姫様、お金を使う
「ググググリーン、ここ……!」
手芸店に足を踏み入れるやいなや、マリイは踊りださんばかりに浮足立った。
「糸も布もたくさんあるっ!
お道具も!」
「専門店だからな。
俺が言ってた糸はこっち。
このかごの中のが一個買えるぞ」
かごには、『セール品、3割引き!』と張り紙がしてある。
「3割引で銅貨7枚ってことは、本当は銅貨10枚もするのね!
なんて、お買い得!
あたし、算数やってて良かった!」
算数にまで感謝しだした。
「何色にしよう?
ねえ、グリーン、どうしよう?」
「知るかよ」
グリーンはつれない。
いや、本当に分からないのだろう。
「お嬢さん、何を作るの?」
おばちゃん店主が助けに来てくれた。
「何を作ろうかしら?
やっぱりハンカチの飾り?」
買うことが目的で、何を作るかはまだ考えていない。
おばちゃんは言う。
「ハンカチにこの糸じゃ、太すぎない?
花瓶敷きとかに使う太さよ?」
「あら」
言われてみると、カゴに入っている糸は、どれもマリイが使っていた糸より太い。
「本当ね。
ハンカチには使えないわ……」
マリイ、ガッカリ。
棚に並んだ細い糸は、銅貨10枚もする。
「この糸で作りたいのね?
太いかぎ針は持ってる?」
「大中小の三本持ってる。
何ができるかしら?
旅の途中だから、花瓶敷きを作っても使えないの」
「じゃあ、」
おばちゃんは、マリイを上から下まで見て提案してくれた。
「その籐かごの周りを飾るレースは?」
「これ?」
「そう。珍しい大きさのかごね。
ここらじゃちょっと見ない、良い品だわ」
「商人の奥さんにもらったの!」
ラオ婆がくれたかごを褒められ、マリイは嬉しくなった。
「手芸の道具を入れるのに、ちょうど良い大きさなのよ」
おばちゃんにかごの中を見せる。
「え?
籐かごに刺繍糸なんて、引っかかって取り出しにくいんじゃないの?」
「そうだけど……。
かごはこれしかないし、これを使いたいの」
繊維が引っかかって傷んでしまうのは、仕方がないと諦めていた。
「内側に、サテンを貼ってはどう?
巾着みたいにして、紐で上をすぼめるの。
落とした時に中身が飛び出さなくなって、便利よ?」
「便利にしたいんだけど――――」
この中には、グリーンからもらった大事な財布も入っている。
落として無くすわけにはいかないのだけど……。
「あたし、サテン持ってないの。
綿の端切れをパッチワークしてやってみようかしら?」
「パッチワークなら、かごで隠れてしまうのがもったいないわよ。
それに、かごの中なら、やっぱり滑りの良いサテンをおススメするわ。
端切れで良かったらおまけしてあげるから、そうしなさい」
「え?」
「レース糸は、太めのリボンを編んで、かごの縁をぐるっと飾ると素敵ね。
先にサテンを選ぶと、糸が決めやすいから、ほら、選んで」
おばちゃんは、黄色、ピンク、緑、赤、白の布を出してくれた。
「い……、いいの!?」
「色の種類は少ないけど、どれも良い布よ」
「どうせ、ピンクだろ?」
昨日の会話を思い出したグリーンが、ピンクを指した。
マリイは、
「黄色……いただきたいわ」
黄色を選んだ。
「なんで?
ピンクが好きなんだろ?」
グリーンには分からない。
「だって、中に入れる糸がピンクや白なのよ?
同色じゃ、探しにくいわ」
「おまえ――――、意外と機能でモノを選ぶんだな」
「ひどい!」
マリイはムカついたが、今はグリーンよりもレースだ。
「おばさま、白と生成、どちらがいいかしら?」
「そうね。
白が素敵だけど、普段使いで持ち歩くんでしょう?
生成のほうが汚れが目立たなくていいかも」
「その通りね!
生成をください!」
「ありがとう。銅貨7枚よ」
マリイは財布から銅貨を出し、チャリンとおばちゃんの手に乗せた。
これが、人生初お買い物だ。
「ありがとう。
これもおまけしてあげる」
おばちゃんは、売り物の太い紐までチョッキンと切って、マリイにくれた。
緑色の紐だ。
「巾着にするなら、紐も必要でしょう?
黄色に緑は、映えるわよ」
「あ……!」
紐なら馬車にも積んでいるが、それは悲しいくらい実用的で、レースのかごには似合わない。
「ありがとう……!」
感謝のあまり、目が潤んだ。
初めての買い物でこんなに優しい人に出会えるなんて、なんて幸運だろう……!
「あたし、素敵なかごを作るわ!」
と、グリーンが、
「おばちゃん、セール品にこんなにおまけ付けてちゃ、もうけが出ないでしょ?」
マリイとおばちゃんとの間に割り込んできた。
「ほほほ。
若い人は未来の上得意ですもの。
投資だわ」
「うまいなあ!」
ハッハッハと笑う二人。
マリイは悔しい。
そして、憎たらしい。
感動の初買い物を、商売っ気たっぷりで台無しにするなんて、ひどい!!
「ねえ、俺もいくつか買うから、安くしてよ」
「あら、あなたも手芸するの?」
「俺じゃなくて、作るのはこいつ」
グリーンが、マリイの頭をツンとつつく。
「あたし?」
「縁がレースのハンカチ、本気で売り出そうと思って。
100枚分くらい、見繕ってくれる?」
マリイは驚いた。
100枚分もの、レースと糸を買ってくれる?
「こちらのお嬢さんだったら、淡いパステルカラーが作ってて楽しそうね」
「俺、作ってて楽しいのより、売れるヤツがいい」
「作り手が楽しい気分だと、できあがりが早いし、丁寧な作りになるのよ」
「そうよ!
作る人の気持ちも考えて!」
抗議したが、買ってもらえるなら、パステルでも原色でもなんでも嬉しい!
「パステルカラーなら、どの色でも白や生成のレースに合うから無駄がないわ。
5色を20枚分ずつ切ってあげる。
布が100枚分で銅貨300枚。
糸が25玉で250枚ね。
合わせて銅貨550枚」
「結構するなー!
俺のもまけてよ」
「お兄さんはお金持っていそうだから、もうけさせてもらう」
「ちぇ」
グリーンは、さっき、余計なこと言わなければ良かったと、ちょっと後悔。
「でも、おまけを付けてあげる」
おばちゃんは、黒い布と黒いレース糸をドンドンっと出した。
「黒? さすがにそれは売れないだろ」
「何、言ってるの!」
おばちゃんはニヤッと笑う。
「お葬式用よ」
「お葬式?」
「葬式か!」
グリーンは気づいたらしい。
「お葬式にハンカチは必需品でしょう?
総レースのハンカチで涙は拭けないけど、レースを飾っただけの綿ハンカチがあれば、絶対売れるわ!」
「ひょっとして、売れ残りの黒を押しつける気じゃ――」
「ほほほほほっ」
否定しない。
おばちゃんも、結構、商売人だ。
「あなたたちの話を聞いて、ピンときたのよ。
とにかくあげるから、作ってみなさい!」
「そうだな。
俺も売れそうな気がするし。
支払いは、金貨5枚、銀貨5枚でいい?」
「お買い上げ、ありがとう」
昨夜、マリイは通貨について教えてもらった。
サンリクで流通しているコインは全部で5種類。
サンリク王の顔が彫られた金銀のサンリクコインと、他国でも使える金銀銅の大陸コイン。
「いいか、マリイ。
大陸銅貨の10倍が銀貨。
そのまた10倍が金貨。
サンリク銀貨は変動するけど、だいたい大陸金貨の10倍。
そのまた10倍がサンリク金貨だ」
「あたしのコイン、すごい大金だったのね」
「さて、ここで問題です」
マリイは嫌な予感がした。
「サンリク金貨は、大陸銅貨の約何倍?」
やっぱり、算数を出題してきた。
「ええと、大陸金貨の10倍がサンリク銅貨で……あれ、銀貨だっけ?」
予想通り、混乱した。
「サンリク金貨は、大陸銅貨の約1万倍だ。
大陸コインの価値は、各国共通で変わらない。
サンリクコインはカイソクに行ったらカイソクコイン、セツゲンに行ったらセツゲンコインに変わる。
覚えておいてくれ」
「努力する……」
忘れないよう紙にも書き取ったが、覚えられる気がしない……。
「あら?
ひょっとして、カイソクやセツゲンではサンリクコイン、使えないの?」
「そう。
だから、基本は使い切るか、両替してから出国する。
うちは高額商品を扱ってないから、まずないと思うけど、もしサンリクコインで支払いたいって客が来たら、必ず俺を呼んでくれ。
偽コインも怖いけど、他国のコインが紛れるのも面倒だ」
「気をつけるわ。
大陸コインにも偽物ってある?」
マリイは、シュウとビビにサンリク金貨を見せた時のことを思い出していた。
いちいち、コインを噛んで確かめるのは面倒だなあ、なんて。
「偽物に気をつけるのは、サンリク金貨だけでいい。
他のコインは、偽物1枚を作るのに、サンリク銀貨1枚分もの金がかかるんだ。
あえて作ろうなんて奴はいない」
「良かった!」
コインを5種類も覚えるのは面倒だと思ったが、こうして買い物をしてみると、確かに銀貨や金貨は必要だ。
銅貨550枚なんて、持ち歩くのも、数えるのも大変!
それが組み合わせで10枚で済むのだから、便利なことこの上ない。
布は紙で巻いてもらってグリーンが担ぎ持ち、マリイは紙袋に入れてもらったレース玉を抱えて店を出た。
「グリーン、いろいろ買ってくれてありがとう」
「いや、これは店の仕入れ。
作って作って、売りまくろう!」
「あたし、頑張る!
こんなに糸や布を手に入れたの、初めてだわ!」
「へえ。
お姫様だから、好きなだけ手に入るのかと思ってた」
意外な顔でマリイを見る。
「父様が、あたしが手芸するのを嫌がるから……。
だから、着られなくなったドレスを布にしたり、ゾフィにこっそり糸を調達してもらって縫い物してたのよ」
「ゾフィ?」
「ゾフィはあたしの世話係でね、」
マリイは張り切って話した。
どんなに素敵な女性か、どんなにマリイに優しくしてくれてたか。
城で唯一マリイを理解してくれ、父との間を取り持ってくれてたのがゾフィだ。
リヨク王子との結婚から逃がしてくれて、サンリク金貨を5枚も持たせてくれた。
「あんたに金貨を持たせたのは、そのゾフィか」
「ゾフィはね、母様が亡くなる一週間前に城に来たの。
本当はパーティのお客様だったんだけど、母様が亡くなった後、あたし、ゾフィに引っ付いて離れなかったんですって」
「へえ」
「それで、あたしが結婚するまで面倒みてくれるって、城に残ってくれたの」
「へえ」
グリーンは「へえ」しか言わない。
「ゾフィの話、興味ない?」
「いや――。興味深い」
グリーンは考え込んだようで、黙ってしまった。
やはり、元お姫様の世話係の話なんて、どうでもいいのだろう。
マリイは、話題を変えた。
「グリーンは商家の生まれ?」
「俺?」
「グリーンの話も聞かせてよ」
「いいけど――」
グリーンはちょっと面倒くさそうにしたが、歩きがてらに話してくれた。
「商家っていうか、母さんも爺ちゃんも、商人だったんだよ。
今の俺たちみたいな、幌馬車の旅商人」
「道理で色んなことに詳しいのね。
お爺様とお母様は、今もカイソクに?」
「いや、5年前に2人とも死んだ。
流行病で」
「あら……」
マリイは聞いたことを後悔した。
それで、一人で旅をしているのか。
「――—―グリーン、今、いくつ?」
「17」
「17! あたしと3つしか違わないの!?」
あまりにも偉そうだから、もっと大人かと思っていた。
いや、そんなことより、17歳ひく5年前で、グリーンは12の年に母親と祖父を同時に亡くしたのか。
マリイも7年前に母を亡くしたが、この世の終わりくらいに悲しかった。
それが、母と祖父を同時になんて、どれほどの悲しみだっただろうか……。
「お父様はどうなさってるの?」
「父さんについては――、あまり話したくない。
ちゃんと生きてるよ」
「あたしと同じね…………」
マリイも、父王については話したくない。
優しい奥さんと再婚して、幸せでいてくれればそれでいい。
「—―――おまえは、さ、」
グリーンは、マリイを見て立ち止まった。
「これから、どうしたい?」
「え?」
「俺は、このまま旅を続けるつもりで仕入れをしたけど――、先に聞いておくべきだったな。
ホダン商店はおまえの金で買った店だから、明け渡せと言われりゃ、そうするのが筋だと思うし、俺はちゃんと出て行くよ」
「……」
思いがけない展開で、マリイは持っていた袋と籐かごを落っことしてしまった。
「あ、こら!」
グリーンは袋から飛び出して転がるレース玉を慌ててを追う。
たたんだ布を抱えて、それはそれは大変そうだ。
が、マリイはそれに目もやらず、
突っ立ったまま、
「あたし……、グリーンに付いていきたい!」
と言った。
「グリーンさえ良ければ、あたし、ずっと一緒に旅をしたい……!」
拾ったレース玉を手に、グリーンは笑ってくれた。
「それは良かった」
袋に戻す。
「俺も、ホダン商店を続けたい。
最初はカイソクに戻るつもりだったけど、市場に出て、久しぶりにワクワクした。
ホダンの幌馬車は、爺ちゃんや母さんと旅してた頃のものに似てるんだ。
あの時は爺ちゃんが馭者台で、母さんと俺は幌の中だった」
懐かしそうに遠くを見る緑の瞳が、本当に17歳のように輝いた。
「じゃあ、マリイ」
にっこりとほほ笑む。
金色の髪が揺れた。
「これから、よろしくな」
「う……、うん……!」
忘れていたが、彼は本当に美形なのだ。
油断していると、見惚れるくらいにカッコイイ!
「あたしもっ、よろしくお願いします!」
グリーンに紙袋と籐かごを手渡され、自分で落としておきながら、拾うのを手伝いもしなかったことを謝る。
「グリーン、あたし、お店を渡されてもどうしていいか分からないわ。
お願いだから、置いて行かないでね」
「そんなことはしない。
俺、あまり金を持ってないし、おまえは、あと2枚金貨を持ってるからな」
「あら」
物語のような美青年なのに、口から出る言葉は我に返るほど現実的だ。
お金か。
ではやはり、ウカニでマリイをお尋ね者と見破ったのは、報奨金目当てで手配書を覚えていたからか。
金貨を持っていたおかげで、マリイは通報されずに済んだ。
マリイは、またもやゾフィに感謝する。
「グリーン、あたしを役人に引き渡さないでくれてありがとう。
こんなに好きなことばかり出来るの、初めて」
「おおげさだ」
「町に出たのも、7、8年ぶりなの。
母様が亡くなってからは、ずっと城にこもってたから」
「お姫様って、そういうもの?」
「…………」
ずっと胸に秘めていたことで、誰にも話したくなかったことが、マリイにはある。
が、出会ったばかりのグリーンには、聞いてもらいたいような気がした。
「あたし……、母様と比べられるのが嫌なの。
町に出て、王妃に似てないって思われたくなかった。
城には肖像画一つ残ってないから、顔を思い出せないんだけど、誰よりも強くて賢くて、美しい人だったんですって。
美人のゾフィが、『足下にも及ばない』って褒めるくらい。
あまりの美しさに、父様が一目惚れして王妃になったんですって」
「へえー」
グリーンはまじまじとマリイの顔を見る。
「だから、嫌なのよ。
あたしは父様似」
母にちっとも似ていないことは、ずっと、マリイのコンプレックスだ。
「母様の娘じゃなくて、ただのマリイとして城から出られるなんて、思ってもいなかった。
今が一番楽しいわ」
「楽しい?」
グリーンは驚いたように、マリイを見る。
そして、ちょっと考えてから、言った。
「そうだな。
俺も母さんたちに死なれてからは色々あったし。
言われてみれば、今が一番楽しい」
「あら」
マリイは、「おまえといると楽しい」と言われたかのようで、嬉しくなった。
口の悪いグリーンだけど、この旅は、楽しいものになるかもしれない。
「あ、」
ふと、グリーンが金物屋の前で立ち止まった。
「何か、買うの?」
「うーん……。
馬車にあった調理器具だけど、ほとんど売れてしまっただろ?
次の町に行くのに、何か仕入れていこうか、どうしようか」
「チョウリキグなんて、昨日売れたものにあった?」
マリイは首を傾げる。
「料理で使う道具、いっぱい売っただろ。
あ、おまえ、料理したことないな?」
「ないわ」
マリイは、『食べる』専門である。
「お姫様だしな」
グリーンも期待していなかったらしい。
スープに使う『お玉』すら分からなかったのだから、当然だ。
「俺も得意じゃないんだよ。
もう、家庭用は諦めて、飯ごうとかダッチオーブンとかでも仕入れてみるか」
「ハンゴウ?
ダッチオーブン?」
「旅人用の鍋。
道中でも、料理するだろ?
毎回、宿屋で飯が食えるわけじゃないんだから」
「そうなの?」
意外そうなマリイに、グリーンは驚いた。
「――あんたが城を出たの、もう一ヶ月近く前だよな?」
「ええ」
「俺に会うまで、どこで、どうしてた?
金に不自由してないなら、ずっと宿屋か?
いや、宿屋にいたら、とうに役人に見つかってるはず。
野宿なんて、できそうもないし――」
なにやら、失礼な品定めをされているが、実際そうなので仕方ない。
「あたし、ラオ夫婦の家に居たの」
「ラオ?」
「七十くらいの老夫婦でね、ゾフィの古い知り合いなんですって」
「ゾフィの?
また、ゾフィか!」
「そこに三週間いたわ」
「三週間も、そこで何してた?」
「何って……。
編み物を習ったり、ドライフラワー飾ったり」
つまり、何もしてないに等しい。
「上げ膳据え膳か」
「あげ? なに、それ?」
上げ膳据え膳とは、何もせずに、ただもてなされているだけということ。
グリーンがここ数日間見たところ、マリイには料理の経験も掃除の経験もない。
フライパンもホウキも持ったことはないだろう。
「そのラオの家って、民宿じゃないよな?」
「普通のお宅よ?
でもあたし、お別れの時にお礼を渡したわ。
サンリク金貨一枚だけど」
「サンリク金貨!?」
グリーンが大きな声を上げた。
「知らなかったのよ、使いづらいお金だって。
ラオ爺は気を使うなって遠慮なさったけど、ラオ婆が受け取ってくれたわ」
「受けとったのか!
サンリク金貨を!」
「ええ。せっかくだからって」
「…………」
グリーンは困惑している。
「あたし、何か失敗した?」
「……」
言うべきか迷って、何も言わないほうを選んだ。
そういえば、出会った時からおかしかった。
あの時マリイは、手配書と同じ服装で、買い物客が集まる市場のど真ん中、中央噴水前にいた。
まるで、捕まえてくださいと言わんばかりに。
マリイは、ハメられた?
誰に?
ラオとかいう老夫婦に?
三週間かくまうことに意味はあるのか?
さらに、何度も話に出てくるゾフィ。
こいつが最も怪しい。
政略結婚を嫌がる姫君を、家出させる世話係がどこにいる!?
「――――サンリク金貨は、目印……?」
「なあに?」
マリイにはよく聞こえなかった。
「何でもない」
グリーンは、マリイに伝えなかった。
父親の再婚話であれほど泣かせてしまったのだ。
不確かなことまで伝える必要はない。
サンリク金貨5枚。
数年間、遊んで暮らせる大金だ。
一介の世話係に用意できるとは思えない。
金貨の出所は、どこだろう――?




