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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
4 マリイ
7/36

姫様、浮いたり沈んだり

 マリイのすごいところは、切り替えが早いところ。


 1 素敵な服に着替えること、


 2 おいしいものを食べること、


 3 手芸に打ち込むこと、


 で、簡単に落ち込みから浮上できる。

 今回、採用したのは3番の手芸。

 グリーンは馭者台にいるので、マリイは幌の中で一人、黙々とレース編みに集中した。

 最初は刺繍を始めたのだが、揺れの中で針先が定まらず、すぐに諦めた。

 その点レース編みなら、左手さえしっかり糸を押さえておけば全く問題がない。


「かなり長く編めたわ。

 リボンにしようかしら、それとも……」


 そうだ!、と、マリイは絨毯を持ち出す時に、たくさんの端切れが入った箱を見つけたことを思い出した。


「グリーン、ちょっといいかしら?」


 幌をひょいとめくりあげて顔を出し、マリイは馭者台のグリーンに箱に入った布を見せる。


「なんだ、これ?

 中途半端な布だな。

 値札も付いてない」


「パッチワークの材料だと思う」


「パッチワーク?」


 グリーンは手芸に詳しくないようだ。


「使えなくなった布の綺麗なとこだけをつないで、大きな布にするの。

 模様や縫い方を考えて作ると、素敵なカバーが出来上がるのよ。

 あたしのベッドカバーもパッチワークでね、完成まで一ヶ月もかかったの」


「再利用か。

 お姫サマなのに、貧乏くさいんだな」


「!」


 自慢の作品を『貧乏』扱いされて、マリイは気分を害した。

 着られなくなったドレスたちの、一番好きな部分だけを集めて作った超大作なのに……!


「とにかく、この布なんだけど、あたしが使っていい?」


「いいよ。

 俺にはゴミにしか見えないし」


「やった!」


 ゴミ扱いは気になるが、とりあえず、良しとしよう。

 マリイはガッツポーズを決めた。


「それよりマリイ、見ろよ」


 グリーンは、夕暮れに染まる前方を指さす。


「次の町が見えてきた。

 アシリは大きな町だから、情報収集にはもってこいだ」


 町が、馬の速度で近づいてくる。


「あ……、うん」


 さっきの明るさもどこへやら、マリイはしゅんと幌の中に引っ込んだ。

 町が、町の人々が怖い。

 今度は、どんな悪口を聞かされるのだろう……。


 マリイは、再び浮上しようと左手にレース糸を掛けるが、指が震えてうまくいかない。


 怯えるな、マリイ!

 これまでしてきたことを、受け止めるしかないんだ。

 もう、逃げるな……!


 辺りが暗くなるギリギリ前に、馬車は宿にたどり着いた。

 グリーンは車庫に幌馬車を入れ、管理人にお金を払う。


「馬を世話して、荷物を見張っててくれるんだ」


「あなたって物知りなのね」


 受付で部屋を取ると、マリイとグリーンはすぐ食堂に向かった。

 マリイは部屋から出たくないと主張したが、部屋食は高くつくし、ヘタにこもっていると怪しまれるとグリーンに説得され、渋々である。


 宿の食堂は込んでいた。


「ここ、いいかな?」


 グリーンは、一人旅らしきおじさんに相席を求めた。


「空いてますよ。

 あなたたちは――、夫婦?」


「兄妹よ。

 父親が違うの」


 マリイは、覚え立てのことをしっかり答えた。

 グリーンは「余計なことまで……」と苦々しい顔をしたが、特に叱ることもなく、おじさんの前に座る。

 努めてニコニコしながら、マリイはその隣に座った。

 

 作り笑顔は得意なのだ。

 無理やりにでも笑っていると、本当に楽しい気分になってくる。

 どうせなら楽しもうとする努力は怠らない。


「しゃしゃり出る妹ですまない……」


「いえ、夫婦には若すぎるし、兄妹にしては似てないなって思いましたから。

 お母さん、苦労したんですね」


 太っちょで物腰の穏やかなおじさんは、これ以上、追求しなかった。

 先に言ってしまうのは、アリかもしれない。


「わたしは旅商人のカク=イッコウ」


「俺はグリーン=ホダン。

 同業だよ」


「あたしは、マリイ=ホダンね」


 ここに来る前、二人はマリイの偽名をどうしようか話し合った。

 マリイは『ゾフィ』を希望したが、


「おまえは単純だから、絶対、ボロが出る。

 いっそ『王女と同じ』と開き直って、名字を『ホダン』にしよう」


 と、『マリイ=ホダン』に決まった。


「ホダンといえば、ホダン商店って移動販売の店がありますね」


「あ、それがうち」


「ほう!

 お若いのに、手広くやっていらっしゃる!」


 思った以上に、『ホダン商店』は知名度が高いようだ。

 サンリク金貨一枚払っただけはある。


 店員がカクにオムライスを置きに来て、ついでに二人の注文を取った。


「本日のおすすめは、唐揚げ定食です」


 マリイは迷う。


「あたし、唐揚げが大好物なんだけど、おじさんのオムライスもおいしそう」


「じゃあ、オムライスにして、唐揚げを単品で頼め」


「食べきれないわよ。

 残したらもったいないじゃない」


「じゃあ、唐揚げ定食にしろ。

 言っとくけど、俺のオムライスは分けてやんないぞ。

 足りないくらいだ。

 そのかわり、唐揚げが残ったら、食べてあげよう」


「あたしだって両方食べたいのに!」


 ぶーっと膨れるマリイに、店員が笑いながら提案してくれた。


「半分サイズのオムライス、作りましょうか?」


「いいの?」


「おまえのワガママで、手間かけさせるな」


「今日は混んでないから、大丈夫ですよ。

 ご注文は、オムライス二つと唐揚げ単品でいいですか?」


「ありがとう!

 お願いするわ」


 大喜びのマリイに、苦々しい顔のグリーン。

 見ていたカクが笑い出した。


「二人旅は楽しそうですね。

 わたしはいつも一人なので、うらやましいです」


「子守りは大変だ」


「ひどい!」


 憤慨しているマリイを無視して、グリーンはカク氏と話を始める。


「近々、戦争が始まるって聞いたけど、カクさん、何か知ってる?」


「その噂、わたしも聞きましたけど、デマじゃないですかね。

 サンリク各地を回ってますが、志願兵の募集も出てないし、米の価格も、例年通りですよ」


「戦争前は、食糧の買い占めが起こるからな」


「不思議なことに、米の代わりに、セツゲンから輸入している小麦とイモが、倍の値になってます。

 この店だって、オムライスや定食はお値段据え置きなのに、パンやフライドポテトは倍ですよ。

 フライドポテトも頼みたかったけど、さすがに今回はやめました」


「お待たせしましたー」


 グリーンの前にオムライス、マリイの前に半オムライスが置かれ、真ん中にどかっと単品の唐揚げがきた。


「すごい山盛り……!」


「うちは鶏料理が自慢なんで、人気の唐揚げは大盛りサービスです。

 おいしいから、ぺろっといけちゃいますよ!」


「グ、グリーン……!」


 マリイが青ざめる。


「あたし、頼み過ぎた?

 贅沢だったかしら?」


 ウカニで聞いた悪評が、怯えさせているのだろう。


「安心しろ、唐揚げくらいじゃ破産しない。

 俺も食うしな」


「本当?

 あたし、2つで十分なんだけど……」


「え、女の子ってそんなもんなの?」


 これでは残してしまうと、グリーンはカク氏にも勧めた。


「喜んでご相伴にあずかりましょう!」


 一口頬張るごとに幸せ顔をするマリイの横で、グリーンとカクはもぐもぐ話を進める。


「なんで、小麦とイモなんだろうな。

 サンリクもカイソクも、主食は米なのに。

 セツゲンで、なにかあるのかな?」


「不作だったんじゃないですか?

 昨年から異常気象続きで、国境付近にはまだ雪があるって聞きますし」


 マリイには興味のない話が続く。

 食事を終えたマリイは、籐かごから完成させたレースを出し、白い端切れに縫い付け始めた。

 お水のおかわりを注ぎに来た店員が、その作業に気づく。


「ハンカチですか?

 素敵なレースですね!」


 へへっと照れるマリイ。


「お姉さんのイニシャル、教えてもらっていい?」


「わたし?

 ダイアナで、『D』ですけど?」


「好きなお色は?」


「青、かしら」


「青ね」


 マリイはかごから刺繍の輪っかと、青い糸を取り出すと、ハンカチを輪っかに留め、ササッと『D』の刺繍をした。


「あら! まあまあ!」


 マリイの素早さに、彼女の目をまん丸にして驚く。


「出来た!」


 輪っかを外して、布の端をピンピンと引っ張り、きれいに折りたたむ。

 そしてマリイは、店員のダイアナに差し出した。


「オムライス、おいしかったわ。

 まだアイロンがかかってないけど、もらってくれるかしら?」


「!」


 ダイアナは口をあんぐり開けて、更に驚く。


「こ、こんな高級品、受け取れませんよ!」


「高級じゃないわ。

 ただの端切れにレースを付けて、刺繍しただけ」


「お代はちゃんといただくんですし、品物までもらう訳には――」


「もうイニシャル刺繍しちゃったから、あなたしか使えないわ」


「そう、ですか……?

 では……」


 ダイアナは申し訳なさそうにハンカチを受け取った。

 そして、なんとも嬉しそうに刺繍とレースを眺める。


「素敵……」


「ほほう」


 それを見ていたカク氏が、キラリンと目をつけた。


「ホダンの新作ですか。

 今期は高級志向で?」


「いや、新作……、というか試作品というか……」


 グリーンはまんざらでもない気がしてきたのだろう。


「ハンカチなんて、売れるかな?」


「売れますよ、絶対!」


 ダイアナが、身を乗り出してきた。


「ほとんどの女性は、レースや刺繍が大好きです!」


「ほう。

 ではわたしも、ちょっとお高いドレスなんかを仕入れてみましょうかねえ」


 カクのつぶやきを、


「ドレスなんか買っても、着ていくトコありませんよ」


 彼女は一刀両断、切り捨てた。


「ハンカチだからいいんです。

 ポケットに入れるにも、眺めるにも、ちょうどいい大きさですから」


 ハンカチの用途に『眺める』があるとは知らなかった。

 ダイアナは奥の席から、「おかわり、頼むよ」と呼ばれ、


「これ、大事にしますね!

 ホダン商店の名前、覚えておきます!」


 と、慌てて追加注文を取りにいった。


 グリーンは言う。


「—―マリイ、あのハンカチ、もっと作れる?」


「3枚くらいなら、すぐよ。

 それくらいのレースが出来上がってるから」


「じゃあ、頼むよ。

 明日、試しに売ってみよう」


「レース糸があれば、もっと作れるんだけど」


「ハンカチが売れたら、買ってやるよ」


「本当!?

あたし、頑張って作る!」


 思わぬところで、プレゼントがもらえる期待だ。

 マリイは俄然、張り切った。


「部屋に戻っていい?

 集中して作りたい」


「いいよ。

 俺はもうちょっとカクさんと話してから戻る」


「お先に失礼するわ」


 マリイはいそいそと食堂を後にした。

 受付で鍵をもらい、自分の部屋に入る。

 シングルのベッドと、鏡台があるだけの小さな部屋。

 浴場、トイレ、洗面所は共同だと説明を受けている。


 共同なら、誰かに使い方を聞けるから安心ね。


 すぐにハンカチを作るはずだったのに、我慢できず、ベッドに転がった。

 疲れていた。

 今日は、本当に色々なことがあった。


 ラオ爺の家を出てグリーンと出会い、馬車を手に入れて、この町に来た。

 道中、戦争の引き金なっていることを知り、国民に嫌われていることを思い知らされ――……。


 これだけだったら、マリイはとても眠れそうにない夜を過ごしただろう。


「でも、あたしの作ったものを喜んでくれる人がいた……!」


 嬉しい。

 マリイの手芸を喜んでくれたのは、ダイアナが初めてだ。


 城では父王がこの趣味を嫌ったので、表だって作品を持ち歩いたり、誰かにプレゼントすることはできなかった。

 ゾフィにこっそり作り方を教わり、内緒で材料を調達して、こそこそ自分のものばかり作っていた。


「人に喜ばれるって、嬉しい……」


そのまま、マリイは寝てしまった。




 朝食は照り焼きチキン定食。


「このタレ、絶品だな」


「本当ねっ!

 美味しいわねっ!」


 大して味も分からないまま、マリイはグリーンをご機嫌にしている照り焼きに感謝する。

 今朝はグリーンの怒声と、ドアを叩く音で目覚めていた。


「いつまで寝てんだよ!

 朝食時間が終わっちまう!」


 ハッと飛び起き、約束したハンカチにちっとも手を付けていない事態に青ざめたのだ。


 できたか聞かれたら、どうしよう……?


 マリイがビクビクしながら口をもぐもぐ動かしていると、


「ハンカチは仕上がったのか?」


 さっそく、きたー!!


「え、ええ!

 後はレースを縫い付けて、刺繍するだけだわ!」

(つまり、なにもやっていない……)


「そうか」


 グリーンは言う。


「一人で頑張らせて悪いな」


 思いがけず、優しい言葉で呆気にとられた。

 手芸について、何も知らないのだろう。


 手芸音痴に大感謝!


 マリイは安堵の息を吐き、パクッと照り焼きを頬張った。


「タレ、最高ね!」


 ようやく食べ物の味がしてきた。


「今日は中央広場に店を出すぞ」


「広場?」


「この地区の営業許可書を、ホダン商店が持ってたんだ。

 ウカニみたいな自由市場じゃないから、朝一で商工会議所に行って、場所を取ってきた」


「早くから、ご苦労だったのね」


「朝食も食べずに行ってきたよ」


「……」


 グースカ寝ていて、ゴメンナサイだ。

 このまま大人しくしていようかとも思ったが、怖い物見たさだろうか。

 マリイは、聞かずにはいられなかった。


「ねえ、グリーン……」


 勇気を出す。


「夕べあたしが部屋に戻った後、『マリイ王女』の評判をカクさんに聞いたでしょ?

 教えてよ」


「あ……」


 グリーンは言いよどんだ。

 つまり、聞いたのだ。

 そして、良くない話だったのだろう。


「あたし、ちゃんと受け止めるから、教えて」


「そう……?」


 グリーンは、歯切れ悪く話してくれた。


「すっごいワガママだってことは、王都で聞いたのと一緒だったけど……」


「……」


 覚悟はしていたが、やはりマリイは落ち込む。


「ただ、昨日は具体的な話が上がった」


「?」


 具体的とは?


「国王の再婚話をことごとく暴れて潰したって、本当?」


「再婚話――? 父様の?」


 マリイは記憶の糸をたぐる。

 ここ数年、サンリク王に再婚話なんてなかったからだ。

 あれは、いつのことだったか……。


「ああ! あたしが八歳の時の、あれね!」


 王妃の一周忌で、マリイは誰かに聞かれたのだ。

「新しいお母様は、どんな人がいい?」って。


「あたし、暴れはしなかったけど、確かに泣いて反対したわ。

 だって、母様の遺影の前だったのよ?

 それ以来、父様の再婚なんて、あたしの耳に入ってこなくなったから、そのことしかないと思うけど……」


「ふぅん……」


 グリーンは、何やら続きのある顔をしている。


「ちゃんと教えてよ」


 催促されは、仕方ないだろう。


「サンリク王に――、再婚話が持ち上がってた」


「え?」


「マリイ王女の話はこの延長で出たんだ。

 大反対していた王女がいなくなったから、ようやく再婚できるんだろうって」


「あたしがいなくなって、ようやく再婚?」


 マリイは言葉が続かなかった。


「あ、おい!

 やっぱ黙ってれば良かった!」


 グリーンが慌てている。

 ポタポタと木のテーブルが濡れたけど、それを拭うための手を、マリイは動かせなかった。

 朝食を取り終えた人たちが続々食堂を出て行き、やがて、客は二人だけになってしまう。


「あの……、妹さん、大丈夫ですか?」


 昨日のダイアナが、声をかけてくれた。


「すまない、今、出るから」


「ゆっくりしていただいて、結構ですよ。

 冷たいお水、お持ちしましょうか?」


「いや。

 マリイ、いったん、部屋に戻ろう」


 グリーンに支えられて、イスから立ち上がる。

 手を引っ張ってもらい、食堂を後にした。

 部屋に入ると、グリーンはマリイをベッドに座らせ、


「俺――――、馬車の準備をしてくるから。

 その、元気になったら、来いよ?」


 と、部屋を出て行った。


 気を使ってくれたのだ。

 出会い頭に頭をはたいて怒鳴りつけてきたグリーンが優しいなんて、あたしは今、そんなにひどい状態だろうか?


 意外にも、頭の中は冷静なのだ。


 母が亡くなってから、父とはほとんど接触がなかった。

 マリイのせいで母は死に、娘だというのに、強く賢く美しかったという母にちっとも似ていない。

 勉強も得意ではなく、父が嫌う手芸を趣味として、マリイはさぞかし疎ましい娘であっただろう。


 それでも父は、あのマリイが八歳だった日。

 再婚に反対して大泣きした娘のために、ずっと独身でいてくれたのか?


「あたし、愛されてた?

 父様は、あたしのために再婚しないで一人で居てくれた?」


 一国の王なのだ。

 マリイに知らされていないだけで、再婚話は出ていたのかもしれない。


「あたしのために一人で居てくれたのだとしたら――」


 マリイは今、初めて親孝行していることになる。


 ――『大反対していた王女がいなくなったから、ようやく再婚できる』――。


 初めて父の愛が感じられたこの瞬間、マリイの中から、城に戻るという選択肢が完全に消えた。


「相手は……誰だろ。

 ゾフィだといいな……」


 もう二度と、会うことはできないけど。




 手芸の籐かごを持って、立ち上がった。

 部屋から出て、途中、洗面所があったので立ち寄って顔を洗った。

 鏡の中のマリイは、ひどい顔をしている。


 嘆いたって、今さらどうしようもない。

 過去はやり直せない。


「今、できることをするんだ――」


 廊下にあった時計をみると、もう十一時近い。


「グリーン……」


 まだ、待っててくれてるだろうか。

 せっかく朝一番で場所を取りに行ったというのに、申し訳ないことをした。


 受付前には、グリーンだけではなく、食堂のダイアナもいた。


「あ、出てきましたよ!」


 彼女もまた、マリイを待っててくれたらしい。


「朝ご飯、残したでしょう?

 おにぎりにしたから、持って行ってください」


 ダイアナは、ピンクのナフキンの包みをマリイにくれた。


「わざわざ……?」


 その包みは、まだホコホコと温かい。


「ありがとう……」


 また泣きそうになる。

 ダイアナは言った。


「聞きましたよ。

 お兄さんとケンカしたんですって?」


 グリーンは、そう言ってくれたらしい。


「私にも兄がいるんです。

 ちょっとした失敗を、ここぞとばかりに責める兄が!

 お兄さんに、よーく指導しときましたから!」


「おい!

 おれ、そんなに意地悪な兄ちゃんじゃないよな、マリイ?」


 グリーンがおどけてくれて、マリイは笑う。

 気遣いが、とてもありがたい……。


「ホダン様は、今夜もうちにお泊まりですか?」


「明日の朝食まで、お世話になるよ」


「じゃあ、お夕食、張り切って用意しますね。

 鶏に飽きたら、豚や魚もお出しできますよ!」


「いや、ここの鶏料理は絶品だから、鶏でいい。

 そうだろ、マリイ」


「うん……。

 もう一回、唐揚げ食べたい」


 マリイが顔を上げて笑ったので、二人はホッと表情を緩めた。


「楽しみにしててください!」


 「お気を付けて」と見送られて、宿を出た。

 宿の前にはすでに馬車が待っていて、グリーンは馭者台に、マリイは幌の中に乗り込んだ。


 別々がもどかしい。


 食堂で泣いたこと、長く待たせてしまったことを謝りたいのに、走行中では会話がままならない。

(幌から顔を出して会話することは出来るが、馬の走る音や車輪の音がうるさいので、大声で怒鳴らないと聞こえないのだ)


 市場についたら、なんて声をかけよう?

 なんて謝ろう?

 

 だんだんと落ち着きを取り戻す。

 いつもみたいに、元気にしよう。

 グリーンを心配させないように、いつもみたいに――――――――。


 馬車が止まった。


「着いたぞー」


 声を掛けられ、マリイは立ち上がる。

 そしてその瞬間、マリイはハンカチを仕上げていなかったことを思い出した!


「品物、下ろすの手伝ってくれ」


「えっ、ええ!

 看板を出して、小物を並べるのよねっ!」


 落ち込んでいる場合じゃない。

 大変だ!

 マリイはえっさほいさとグリーンに荷物を渡し、ホイホイと箱から小物を出してテーブルにディスプレイした。


「確か、こんな感じよねっ!」


 ホダン商店の奥さん、ビビが並べているところをしっかり見ておいて良かった。

 我ながら、おしゃれに並べることができた。


「あたしっ、ちょっと幌の中で、」


 マリイがハンカチを作るために馬車に戻ろうとした時、


「店員さん、もう買える?

 このジョウロ、可愛いわー」


 お客さんに呼び止められた。

 すでに周りで店が賑わっている時間帯にやってきて、遅れて店を開いたのだ。

 みんな、品出しから注目していた。

 『ホダン商店』という先代の知名度もある。


「お姉ちゃん、この前買った『北国の氷も楽々割れる剣先スコップ』、あれまだある?

 もう一つ欲しいんだ」


「ポケットが付いた五歳用のワンピース、どこ?

 友達がホダンで買ったって教えてくれたんだけど?」


「あう、あう……」


 参ったことに、新人の店員より客の方が商品に詳しい。


「マリイ、接客は俺がやる。

 馬車の中から、品物持ってきて!」


「はい!」


 幌の中には戻れたが、手芸どころではない。

 何かを探しては、馬車とお客の間を往復することになった。


「『スクリューネジ』ってなに!?

 分かんない!」


「グルグルのネジになってるクギ!

 工具箱ごと持ってきて!」


「『アナジャクシ』って、どんなクシ!?」


「穴が空いているお玉!」


「オタマ?」


「穴あきの、でっかいスプーン!

 料理の道具、持てるだけ持ってこい!」


 お菓子のみ、モノと名前が一致してスムーズに提供することができたが、それ以外は全くダメだった。

 最初、マリイに気を使って優しかったグリーンが、どんどんイラついて、気配が恐くなっていく……。


 ―—―—やがて、日暮れ。

 店じまいの二人は、クタクタになっていた。

 悲しかったことも、辛かったことも、もうどうでもいい。

 とにかく、疲れた。


「――マリイ、おまえには金計算を覚えてもらう」


「無理よ、無理!

 あたし、お金使ったことない!」


「いーや、覚えてもらう!

 無知で非力なおまえに会計させて、俺が品出しと接客した方が絶対効率がいい!

 今夜から計算の特訓するぞ!」


「今夜はレースを編む予定よ!」


「手でレース編みながら、頭で計算しろ。

 できるだろ」


「できないわよ!」


 と、その時、


「あの……」


 水色のワンピースを着た、可愛い女の子に声をかけられた。

 マリイと同じくらいの年頃だ。


 グリーンがすちゃっと営業スマイルに切り替わる。


「何をご用意しましょう?」


「あの、食堂のお姉さんが、素敵なハンカチ見せてくれたんだけど……」


「ハンカチですね。

 マリイ、お出しして」


「え、ええ!」


 忘れてた。

 当然、できていない。


「すぐに、お好みに仕上げるわ!

 レースは白だけど、布は何色がいいかしらっ!?」

 

 歯切れを箱ごと持ってきて、客に選んでもらう。


「このピンクの」


「イニシャルは?」


「S」


「Sね。糸は何色にしよう?

 濃いピンクもいいけど、水色も素敵よ」


「じゃあ、水色」


「すぐに作るから、待っててね!」


 マリイは彼女の目の前で輪っかをはめ、『S』を刺繍した。

 そして、ぐるりとレースを縫い付ける。


「上手だわ!

 すっごく手が早い!」


「ふふ。できたわ。

 あなた、胸ポケットのあるワンピースを着てるのね。

 レースを見せて差し込むと、コサージュみたいで素敵よ?

 こうやってね、」


 マリイはハンカチを三角に折りたたみ、ポケットにスッと入れて形を整えた。


「ちょっとだけピンクを見せるの。

 うん、可愛い!」


「素敵……!

 あたし――、本当はまだフリルやピンクが好きなんだけど、子どもっぽいから、もう着られなくなっちゃって!

 ハンカチなら、まだ大丈夫よね!」


「もちろんよ!

 分かるわ。

 あたしもピンクが好きだけど、さすがにもう着られない」


 グリーンには分からない。

 着たいなら、着ればよいではないか。

 そう言えば、食堂のダイアナも「ドレスは無理だがハンカチなら」とか言っていた。

 この分野に関しては、口を出さないほうが良さそうだ。


「お支払いは、おいくらかしら?」


「え?」


「ハンカチのお値段」


「ああ!」


 マリイはグリーンを見る。


「おまえが作ったんだから、おまえが決めろ」


 なんと!

 グリーンは教えてくれない。


「普通のハンカチが銅貨3枚だから、あたし、10枚持ってきたわ。

 足りるかしら?」


 マリイには銅貨の価値すら分からない。

 グリーンが、


「この町の手芸店で、レース1玉が銅貨10枚で売られていた。

 セール品は3割引で銅貨7枚」と言った。


「じゃあ……」


 マリイは、ドキドキしながら言ってみる。


「銅貨7枚……いただいても、よろしくて?」


 すぐに、高すぎたかしら? あたしのハンカチにそんな価値はない?――と不安になったが、彼女はスッと銅貨を7枚渡してくれた。


「大事にするわ!」


 胸ポケットに入れたハンカチを手で押さえ、満足げに走り去って行く。

 その後ろ姿が本当に嬉しそうで、マリイはそれ以上に嬉しくなった。


「グリーン……、あたしのハンカチ、売れた……!」


「おめでとう。

 俺は銅貨10枚の価値があると踏んだが、ずいぶん、遠慮したな」


「だって、1玉からハンカチ4枚分のレースが取れるのよ?

 銅貨3枚でもいいかなって思ったけど、どうしても新しいレース糸が欲しかったから……!」


「明日、買い物に連れてってやる。

 ほら、今日の給料だ」


 グリーンは、手のひらサイズの茶色い革製品をマリイにくれた。


「小物入れ?」


 がま口になっていて、金色の金具をパチンとすると、カパッと開く。


「財布だよ。

 その銅貨はおまえにやるから、売り上げ箱に入れずに、そこに入れるといい」


「……!」


 もう、言葉にならない。

 さっそく7枚の銅貨を入れ、パチンと金具を閉じた。

 財布が、ずしっと重い。


「ありがとう、グリーン……!」


「撤収するぞ。

 ぼやぼやしてたら、日が暮れてしまう」


 グリーンにせかされて、マリイは財布を籐かごにしまった。

 テーブルや看板を片付けて、幌の中に入ろうとして、思いつく。


「ねえ、グリーン、あたしも馭者台に座っていい?」


「え? ここ寒いぞ?」


「平気よ。

 あたし今、暑いくらいだわ」


「別にいいけど……」


「お邪魔するわね」


 マリイはよいしょと馭者台に手足を掛け、ひょいと乗り込む。

 こう暗くなっては、幌の中で編み物なんかできやしない。

 一人で寂しく座っているより、こっち方が楽しそうだ。


「意外に運動神経いいんだな」


 グリーンが失礼なことを言った。


「あたしのこと、トロいと思ってたのね?」


 マリイは口を尖らせて見せたが、今日はもう、何にも怒れる気がしない。


「お姫様がこんなトコに座るなんて、思わなかった」


「あら。あたし、風を切って走るの好きよ?

 座って手芸してると、腰とかお尻が痛くなるから、気分転換に馬で走るの」


「静と動が極端だな」


「それにしても、今日は素晴らしい日ね」


 風を受けて、マリイは夕暮れの空を見上げる。


「午前中は落ち込んだけど、ダイアナのおにぎりは美味しかったし、あたしのハンカチは売れるし!」


「あのおにぎりが無かったら、俺たち、夕方まで持たなかったな」


 グリーンも、ダイアナからおにぎりをもらっていた。

 二人はそれを販売の合間に食べたのだ。


「具が照り焼きチキンでビックリした!

 あたしが残したの、ちゃんと使ってくれたのね」


「俺も驚いた。

 タレが染みてうまいの!

 おにぎりの可能性って、無限大だな」


 たわいもない会話で、宿屋まであっという間だった。

 一番星に気づき、マリイはもう一度、


「今日は素晴らしい日だったわ」


 と言った。

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