姫様、手配される
「絶品!
しっとりフワフワ!
こっちは、ふんわりサクサク!」
マリイはご機嫌で舌鼓を打った。
ホダン商店の焼き菓子は最高だ。
「生クリームもフルーツも付いてないけど、おいしい!
クッキーもシンプルで、いくらだって食べられるわ!」
結果的として、グリーンは金貨でカップケーキとクッキーを買ってくれたことになる。
更に嬉しいことに、馬車の中にはキャンディーやチョコの箱もあり、マリイは今や、お金持ちならぬ『お菓子持ち』となっていた。
「それにしても、おまけで馬車と店が付いてきたのには驚きね!」
「逆だ、逆。
買った店にお菓子があったんだ」
馬たちを川につれて行き、自分も休憩に戻ったグリーンは、「はー、疲れた」と、マリイの隣に腰を下ろす。
「—―って、おい……」
尻に敷いている絨毯を見て、彼は目を疑っている。
「この絨毯、」
「素敵でしょ。
ピクニックにちょうどいいのがあったから、広げておいたわ」
「ふざけるな!」
マリイは吹っ飛ぶ勢いで怒鳴られた。
「織り模様のある絨毯なんて、どう見ても売り物だろっ!
数ある絨毯の中から、なんで、一番高いのを使うんだよ!」
「使うなら、きれいな方がいいじゃない。
あたし、あなたに言われた通り、ブカブカのグレーのワンピースに着替えたわ。
髪もアップでまとめたし、情けないくらい地味な気分。
絨毯くらい、華やかなのを敷きたい!」
「……………………」
頭を抱えるグリーン。
前途多難を覚悟して、
「いいですか、マリイさん」と諭し出した。
「馬車の中にある物は、アメ一個にいたるまで売り物です。
勝手に食べたり使ったりしてはいけません」
「えー!
あたしのお金で買ったのに!」
マリイ、ぶーたれる。
「マリイさん、俺たちは今、サンリク金貨を2枚持っていますね?」
「正確には、あなたに取られた、あたしの金貨だわ」
「そこはいい!
金貨でケーキは買えますかっ?」
「……買えなかった」
「そうです!
サンリク金貨は大金過ぎて、普通のお店では使えません!
両替所に持って行けば小銭にしてもらえますが、俺たちみたいな若造がサンリク金貨なんて持って行ったら、あれこれ詮索されて、あっという間に通報されます!」
「それは大変!
手配書が回っているなんて、思いもしなかったの。
通報はまずいわ!」
「なので、俺たちはこの馬車の商品を売って、日銭を稼がなくてはなりません」
「あたし、頑張って売る!」
「分かりましたね?」
グリーンは急に怖い顔になり、
「つまり、勝手に商品を使ったり、食べたりしちゃ、ダメッ!
これらは売り物です!」
叱った。
「ううっ……!」
マリイは、がっかりしょぼくれる。
「ごめんなさい。
次からはちゃんとあなたの許可をとるわ……」
『お菓子持ち』だったのに、『お菓子の見張り番』に成り下がってしまった。
グリーンは「やれやれ」と、自分もカップケーキに手を伸ばした。
「あ、商品を食べちゃいけないんだ!」
「これらは日持ちしないから、ご飯にしよう」
「じゃあ、あたしももう1個食べる!」
マリイはもう一つを手に取り、はむっとかぶりついた。
上品に食べるマナーは得意だが、こうやって食べた方が百倍おいしい。
「—―—―ところで、お姫サマ」
グリーンはもぐもぐ食べながら、「さっきの続きだけど」と話し始めた。
馭者台と幌馬車の中だったから、移動中はずっと会話ができなかったのだ。
「あんた、なんでカイソク王子との縁談、蹴ったんだ?
んで、なんであんなとこに居た?」
「…………」
カップケーキを口に運ぶ手が止まる。
ごまかして適当な話をすることも考えたが、通報すればお礼がもらえるというのに、彼はマリイを都から連れ出してくれた。
ひょっとしたら、助けてくれるかもしれない人に、嘘はつけない。
「――あたし、カイソクの王子とは結婚しないの」
「はい?」
「カイソク王子とは結婚しない。
だから、城を出たの」
「はい~?」
グリーンは、さも小馬鹿にしたように聞き返してきた。
「理由は何?
王子の性格?
顔?」
「悪い噂をいっぱい聞いたから、性格は悪そうね。
顔は――」
マリイは王子の顔を思い浮かべようとして、姿絵の一枚ももらっていないことを思い出した。
「顔なんか知らない。
本当に性格が悪いんだわ。
噂通りよ!」
「噂? なに?
いい噂を聞かないから、縁談から逃げたの?
国交だろ、これ?
国と国との約束だろ?
逃げ出すんじゃなくて、もっと常識にのっとったやり方、あっただろ?」
「……」
破談が原因で戦争が始まるかもしれないというのだ。
彼が怒るのも分かる。
でも、グリーンが言ったセリフこそ、リヨク王子にぶつけてやりたい!
彼の冷ややかな視線や、怒った態度、呆れた物言いは、本来、マリイがしていいはずのものなのに!
ーーーー着飾って王子を待っていたのに、逃げられたあたしの身にもなって欲しい……。
説明すれば分かってもらえる……かもしれないが、一国の王女として、一人の乙女として、『王子に逃げられた可哀想なお姫様』と同情されるのは、どうしても嫌だった。
性格が嫌なのか、顔が気にくわないのか。
知りたいのはあたしの方だわ。
ぷいっとそっぽを向くマリイに、グリーンはイラッときたようで、吐き捨てるかのように、
「まあ、いいけどね。
もう、帰れる状況じゃないし」
と言われた。
「どういうこと?」
マリイは振り向く。
「シュウたちを宿屋に送った時、マリイ王女について、いろんな人から話を聞いてみたんだ。
悪いけど、俺、王女について何も知らなかったしな。
ひどい噂をいっぱい聞いたよ」
「噂?」
しかも『ひどい』とは?
「あんた、すっごい浪費家なんだってな」
「え?」
「グルメとおしゃれが、国庫を圧迫するレベルだって聞いた」
「ええっ!?」
マリイこそ驚いた。
が、心当たりがないワケではない。
「そりゃ……、あたしはおいしい物が好きだし、おしゃれも大好きだけど……」
国庫を圧迫するほど飽食し、着飾っていただろうか?
「まだあるぞ。
一人娘だから甘やかされていて、ひどくわがままだとか」
「!」
「すぐにかんしゃくを起こして、国王でも止められない暴れようだとか」
「!!」
ショックで、言葉も出ない……。
「とにかく、可愛いレベルから、吐き気がするレベルまで次々と悪口が出てきた。
しかも、とどめが婚約破棄に逃亡だろ?
わがままにも程がある!」
「……」
泣きそうになった。
自分が国民にそんな思われ方をしていたとは、今の今まで知らなかった。
ひょっとして、リヨク王子が逃げ出したのは、この評判が原因だろうか?
「えーと、ーーまあ、これは置いといて」
マリイをどん底に落としておいて、彼は話題をかえた。
「あんたの噂が街に流れ始めたの、三週間前だってな」
「……ええ。
あたし、三週間前に城を出たの……」
話題が変わったくらいでは、立ち直れない。
「俺がカイソクとの国境で、あんたの手配書をもらったのも三週間前なんだ」
「そう、なの……?」
「セツゲンから来たシュウたちが、あんたのドレスを『見たことがある』って言ってただろ?
たぶん、彼らも北の国境付近で手配書を見たんだ」
「そう、ね……」
確かに、そうだろう。
マリイのドレスはお見合いの姿絵用で、まだ国民にお披露目をしていない。
グリーンは『コピー商品』なんてごまかしてくれたが、デザイナーが最新のドレスをお披露目前に漏らすわけないのだから、手配書で配りでもしない限り、旅人にまで知れ渡るはずはないのだ。
「ーーーー早すぎやしないか?」
「え?」
マリイは顔を上げる。
「この手配書、よく見ろ」
「?」
べつに不自然なところはない。
印刷したものに彩色した手配書で、お見合い用のマリイの姿絵を、じつにうまく模写している。
ドレスの色や模様まで正確だ。
「これがあっちこっちに配られてるってことは、配った奴は、これを山ほど作ったってことだろ?」
「そうね」
彼は何を言いたいのだろう。
グリーンは、しびれを切らして教えてくれた。
「準備が良すぎるだろ!」
「?」
「考えろよ!
あんたが家出したと同時に、国境でこれが配られたんだぞ!
王都ウカニから南北の国境まで、馬で最短4日!
この手配書だって、束で配れるほど作るのに1日、2日かかる。
まるで、おまえの家出に合わせて、準備してたみたいじゃないか!」
「!」
考えもしなかった。
「だって……、あたし、あの日に初めて思い立って城を出たのよ?
前々から準備していたわけじゃないわ。
王子が逃げたって聞かされて、それで――」
「王子が逃げた?」
マリイは、しまった!、と手で口を覆った。
グリーンは聞き逃していない。
「おまえ、王子が逃げたって聞いたのか?」
「知らないわよ!」
「……」
追及されるかと思いきや、グリーンは「まあ、いい」と切り上げてくれた。
乙女心を察してくれたのだろう。
それでも、マリイは恥ずかしかった。
「ーーーー馬を連れてくる。
発つから、片づけておいてくれ」
グリーンは立ち上がり、そして、
「仕組まれていたのかもな」
と、ぽつり言って、川縁に馬を迎えに行った。
片付けを頼まれたものの、マリイはすぐに動けない。
仕組むって、『誰』が?
マリイを逃がしてくれたのはゾフィだけど、前もって相談していたわけではない。
思いつきで出たから、荷物だってドレス一着と、髪を結う道具が少しだけだ。
ゾフィは、誰かに見張られていたのだろうか?
「ゾフィーー」
マリイのフリをしてやり過ごすと言い、ゾフィは城から逃がしてくれた。
身代わりがバレて、ひどい目に遭ってやしないだろうか?
城に戻って確かめたいけど、もう、戻れない。
「怖い……」
グリーンが集めてきたマリイ王女の悪い噂は、王都に引き返すには恐ろしすぎた。




