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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
3 ホダン商店
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姫様、手配される

「絶品!

 しっとりフワフワ!

 こっちは、ふんわりサクサク!」


 マリイはご機嫌で舌鼓を打った。

 ホダン商店の焼き菓子は最高だ。


「生クリームもフルーツも付いてないけど、おいしい!

 クッキーもシンプルで、いくらだって食べられるわ!」


 結果的として、グリーンは金貨でカップケーキとクッキーを買ってくれたことになる。

 更に嬉しいことに、馬車の中にはキャンディーやチョコの箱もあり、マリイは今や、お金持ちならぬ『お菓子持ち』となっていた。


「それにしても、おまけで馬車と店が付いてきたのには驚きね!」


「逆だ、逆。

 買った店にお菓子があったんだ」


 馬たちを川につれて行き、自分も休憩に戻ったグリーンは、「はー、疲れた」と、マリイの隣に腰を下ろす。


「—―って、おい……」


 尻に敷いている絨毯を見て、彼は目を疑っている。


「この絨毯、」


「素敵でしょ。

 ピクニックにちょうどいいのがあったから、広げておいたわ」


「ふざけるな!」


 マリイは吹っ飛ぶ勢いで怒鳴られた。


「織り模様のある絨毯なんて、どう見ても売り物だろっ!

 数ある絨毯の中から、なんで、一番高いのを使うんだよ!」


「使うなら、きれいな方がいいじゃない。

 あたし、あなたに言われた通り、ブカブカのグレーのワンピースに着替えたわ。

 髪もアップでまとめたし、情けないくらい地味な気分。

 絨毯くらい、華やかなのを敷きたい!」


「……………………」


 頭を抱えるグリーン。

 前途多難を覚悟して、

「いいですか、マリイさん」と諭し出した。


「馬車の中にある物は、アメ一個にいたるまで売り物です。

 勝手に食べたり使ったりしてはいけません」


「えー! 

 あたしのお金で買ったのに!」


 マリイ、ぶーたれる。


「マリイさん、俺たちは今、サンリク金貨を2枚持っていますね?」


「正確には、あなたに取られた、あたしの金貨だわ」


「そこはいい!

 金貨でケーキは買えますかっ?」


「……買えなかった」


「そうです!

 サンリク金貨は大金過ぎて、普通のお店では使えません!

 両替所に持って行けば小銭にしてもらえますが、俺たちみたいな若造がサンリク金貨なんて持って行ったら、あれこれ詮索されて、あっという間に通報されます!」


「それは大変!

 手配書が回っているなんて、思いもしなかったの。

 通報はまずいわ!」


「なので、俺たちはこの馬車の商品を売って、日銭を稼がなくてはなりません」


「あたし、頑張って売る!」


「分かりましたね?」


 グリーンは急に怖い顔になり、


「つまり、勝手に商品を使ったり、食べたりしちゃ、ダメッ!

 これらは売り物です!」


 叱った。


「ううっ……!」


 マリイは、がっかりしょぼくれる。


「ごめんなさい。

 次からはちゃんとあなたの許可をとるわ……」


 『お菓子持ち』だったのに、『お菓子の見張り番』に成り下がってしまった。

 グリーンは「やれやれ」と、自分もカップケーキに手を伸ばした。


「あ、商品を食べちゃいけないんだ!」


「これらは日持ちしないから、ご飯にしよう」


「じゃあ、あたしももう1個食べる!」


 マリイはもう一つを手に取り、はむっとかぶりついた。

 上品に食べるマナーは得意だが、こうやって食べた方が百倍おいしい。


「—―—―ところで、お姫サマ」


 グリーンはもぐもぐ食べながら、「さっきの続きだけど」と話し始めた。

 馭者台と幌馬車の中だったから、移動中はずっと会話ができなかったのだ。


「あんた、なんでカイソク王子との縁談、蹴ったんだ?

 んで、なんであんなとこに居た?」


「…………」


 カップケーキを口に運ぶ手が止まる。

 ごまかして適当な話をすることも考えたが、通報すればお礼がもらえるというのに、彼はマリイを都から連れ出してくれた。

 ひょっとしたら、助けてくれるかもしれない人に、嘘はつけない。


「――あたし、カイソクの王子とは結婚しないの」


「はい?」


「カイソク王子とは結婚しない。

 だから、城を出たの」


「はい~?」


 グリーンは、さも小馬鹿にしたように聞き返してきた。


「理由は何?

 王子の性格?

 顔?」


「悪い噂をいっぱい聞いたから、性格は悪そうね。

 顔は――」


 マリイは王子の顔を思い浮かべようとして、姿絵の一枚ももらっていないことを思い出した。


「顔なんか知らない。

 本当に性格が悪いんだわ。

 噂通りよ!」


「噂? なに?

 いい噂を聞かないから、縁談から逃げたの?

 国交だろ、これ?

 国と国との約束だろ?

 逃げ出すんじゃなくて、もっと常識にのっとったやり方、あっただろ?」


「……」


 破談が原因で戦争が始まるかもしれないというのだ。

 彼が怒るのも分かる。

 でも、グリーンが言ったセリフこそ、リヨク王子にぶつけてやりたい!

 彼の冷ややかな視線や、怒った態度、呆れた物言いは、本来、マリイがしていいはずのものなのに!


 ーーーー着飾って王子を待っていたのに、逃げられたあたしの身にもなって欲しい……。


 説明すれば分かってもらえる……かもしれないが、一国の王女として、一人の乙女として、『王子に逃げられた可哀想なお姫様』と同情されるのは、どうしても嫌だった。


 性格が嫌なのか、顔が気にくわないのか。

 知りたいのはあたしの方だわ。


 ぷいっとそっぽを向くマリイに、グリーンはイラッときたようで、吐き捨てるかのように、


「まあ、いいけどね。

 もう、帰れる状況じゃないし」


 と言われた。


「どういうこと?」


 マリイは振り向く。


「シュウたちを宿屋に送った時、マリイ王女について、いろんな人から話を聞いてみたんだ。

 悪いけど、俺、王女について何も知らなかったしな。

 ひどい噂をいっぱい聞いたよ」


「噂?」


 しかも『ひどい』とは?


「あんた、すっごい浪費家なんだってな」


「え?」


「グルメとおしゃれが、国庫を圧迫するレベルだって聞いた」


「ええっ!?」


 マリイこそ驚いた。

 が、心当たりがないワケではない。


「そりゃ……、あたしはおいしい物が好きだし、おしゃれも大好きだけど……」


 国庫を圧迫するほど飽食し、着飾っていただろうか?


「まだあるぞ。

 一人娘だから甘やかされていて、ひどくわがままだとか」


「!」


「すぐにかんしゃくを起こして、国王でも止められない暴れようだとか」


「!!」


 ショックで、言葉も出ない……。


「とにかく、可愛いレベルから、吐き気がするレベルまで次々と悪口が出てきた。

 しかも、とどめが婚約破棄に逃亡だろ?

 わがままにも程がある!」


「……」


 泣きそうになった。

 自分が国民にそんな思われ方をしていたとは、今の今まで知らなかった。

 ひょっとして、リヨク王子が逃げ出したのは、この評判が原因だろうか?


「えーと、ーーまあ、これは置いといて」


 マリイをどん底に落としておいて、彼は話題をかえた。


「あんたの噂が街に流れ始めたの、三週間前だってな」


「……ええ。

 あたし、三週間前に城を出たの……」


 話題が変わったくらいでは、立ち直れない。


「俺がカイソクとの国境で、あんたの手配書をもらったのも三週間前なんだ」


「そう、なの……?」


「セツゲンから来たシュウたちが、あんたのドレスを『見たことがある』って言ってただろ?

 たぶん、彼らも北の国境付近で手配書を見たんだ」


「そう、ね……」


 確かに、そうだろう。

 マリイのドレスはお見合いの姿絵用で、まだ国民にお披露目をしていない。

 グリーンは『コピー商品』なんてごまかしてくれたが、デザイナーが最新のドレスをお披露目前に漏らすわけないのだから、手配書で配りでもしない限り、旅人にまで知れ渡るはずはないのだ。


「ーーーー早すぎやしないか?」


「え?」


 マリイは顔を上げる。


「この手配書、よく見ろ」


「?」


 べつに不自然なところはない。

 印刷したものに彩色した手配書で、お見合い用のマリイの姿絵を、じつにうまく模写している。

 ドレスの色や模様まで正確だ。


「これがあっちこっちに配られてるってことは、配った奴は、これを山ほど作ったってことだろ?」


「そうね」


 彼は何を言いたいのだろう。

 グリーンは、しびれを切らして教えてくれた。


「準備が良すぎるだろ!」


「?」


「考えろよ!

 あんたが家出したと同時に、国境でこれが配られたんだぞ!

 王都ウカニから南北の国境まで、馬で最短4日!

 この手配書だって、束で配れるほど作るのに1日、2日かかる。

 まるで、おまえの家出に合わせて、準備してたみたいじゃないか!」


「!」


 考えもしなかった。


「だって……、あたし、あの日に初めて思い立って城を出たのよ?

 前々から準備していたわけじゃないわ。

 王子が逃げたって聞かされて、それで――」


「王子が逃げた?」


 マリイは、しまった!、と手で口を覆った。

 グリーンは聞き逃していない。


「おまえ、王子が逃げたって聞いたのか?」


「知らないわよ!」


「……」


 追及されるかと思いきや、グリーンは「まあ、いい」と切り上げてくれた。

 乙女心を察してくれたのだろう。

 それでも、マリイは恥ずかしかった。


「ーーーー馬を連れてくる。

 発つから、片づけておいてくれ」


 グリーンは立ち上がり、そして、


「仕組まれていたのかもな」


 と、ぽつり言って、川縁に馬を迎えに行った。

 片付けを頼まれたものの、マリイはすぐに動けない。


 仕組むって、『誰』が?

 マリイを逃がしてくれたのはゾフィだけど、前もって相談していたわけではない。

 思いつきで出たから、荷物だってドレス一着と、髪を結う道具が少しだけだ。


 ゾフィは、誰かに見張られていたのだろうか?


「ゾフィーー」


 マリイのフリをしてやり過ごすと言い、ゾフィは城から逃がしてくれた。

 身代わりがバレて、ひどい目に遭ってやしないだろうか?

 城に戻って確かめたいけど、もう、戻れない。


「怖い……」


 グリーンが集めてきたマリイ王女の悪い噂は、王都に引き返すには恐ろしすぎた。



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