王都、ウカニ
マリイが噴水広場にきて一時間後。
一台の幌馬車がやってきた。
お兄さんとお姉さん(夫婦だろうか?)が下りてきて、看板やらテーブルを出し、品物を広げ始める。
『ホダン商店
衣類、雑貨、本、お菓子
何でもあります!』
何でも屋さんか。
マリイには関係なかった。
マリイが待っているのはドレス屋。
ドレス屋が来たら、工房の職人見習いになれないか、聞いてみるつもりだ。
雇ってもらえたら、万歳。
断られたら、雇ってくれそうな店を紹介してもらおう!
我ながら、粘り強い作戦だと思う。
「そう、最初っから職人になろうとしたって、ダメ。
採寸の時、いつもデザイナーは見習の助手を連れてくるじゃない?
まずは謙虚な気持ちで、あの見習いを目指すんだわ!」
そして、いつかデザイナーになって、ゾフィにドレスを作ってあげよう。
ゾフィはいつも「わたくしのことは結構です」なんて遠慮して着飾らないけど、もとが良いのだから、それは素晴らしい貴婦人になるに違いない。
「あら?」
なんでも屋のお姉さんが、テーブルにカップケーキを並べ始めた。
隣にクッキーの入ったカゴまで置く。
「……」
朝ご飯はちゃんと食べた。
昨日の残りだけど、コクが出て更においしくなったシチューを、軽く焼いたパンと一緒に食べた。
でも、甘い物は別腹じゃなくて?
マリイの革袋には、まだコインが4枚入っている。
コイン一枚で、どれくらい買えるのだろう?
「…………。
あたしは、コインの価値が知りたい。
決して、お菓子が欲しいんじゃなくて、コインの価値を知りたいの!」
誰にともなく言い訳して、噴水の縁からひょいと飛び降る。
マリイはなんでも屋のお姉さんに声をかけた。
「お忙しいところ、ごめんなさい。
お尋ねしてもいいかしら?」
「はい、いらっしゃい!」
愛想よく振り返るお姉さん。
「このコインで、クッキーとケーキ、両方買える?」
「え?」
お姉さん、フリーズ。
マリイが親指と人差し指で挟んでいる金色のコインを見て、彼女は、これ以上ないくらいに大きく目を見開いた。
「そのコイン――」
その瞬間である。
「あーっ!!!!」
背後からの奇声が耳をつんざき、
「すまない、うちの妹が勝手にっ!」
駆け寄ってきた男に、バシッと頭をはたかれ、
「こら!
勝手に持ち出しちゃ、ダメじゃないか!」
不条理に叱られた。
「え……」
なんだろう?
なに?
理解できない。
頭を叩かれた経験など、これまでにないし、
怒鳴られたことなんかもないし、
これはマリイのお金だし、
こんな男、知らないし。
あたし、何……?
「バカ妹!
こっちに、来い!」
乱暴に腕を掴まれ、引きずられるようにして噴水の裏側に連れ込まれる。
そして、開口一番に、
「バカ!」
マリイは再び怒鳴りつけられた。
「なん、なん、なん……!」
何なの、この男!?
キッと顔を上げると、彼は、まだ十代であろう青年だった。
ちょっと長めでボサボサの金髪は太陽の光を受けてキラキラと輝き、瞳は宝石のように透明な緑色をしている。
全体的に細身で、背が高く、容姿だけなら、物語の王子様のようにかっこいい。
そして、思わず見惚れてしまいそうになる涼しげな口元から、はっきりと聞き取りやすい罵声がマリイに飛んだ。
「おまえ、バカだろ!?
買い物したこともないのか!」
「バ……! バカ!?
また、バカって言った!
これで三度目!!」
ここにきて、マリイはようやく理不尽な扱いを受けていることに抵抗した。
「いきなり何!?
しかもあなた、先ほどあたしを叩いたわ!!」
彼は平然とマリイを見下ろして、言う。
「暴力をふるう趣味はないが、あれは致し方ない。
バカをフォローするにはそれしかなかった」
「また、バカって言った!」
ムッキーと怒りは頂点に達する。
彼は、不躾にもほどがある物言いで聞いてきた。
「おまえ、自分の名前を言ってみろ」
「名前ですって?」
「無礼者、あなたこそ先に名乗りなさい!」と言ってやりたかったが、それよりも、言ってみたいセリフがマリイにはあった。
もちろん、そちらを採用する。
「あたしの名前はゾフィ。
ゾフィ=クールよ!」
ふふんと、自己紹介した。
ラオの家ではうっかり本名を名乗ってしまったので、次からは偽名を使おうと決めていたのだ。
(ゾフィを名乗っていれば、少しは彼女のような美人に近づけるかもしれないという下心もある)
「ゾフィ=クールだと?」
「ええ。それがあたくしの名前!」
マリイはご満悦だ。
が、なぜかあっさりと見破られてしまった。
「嘘つけ!
おまえは、マリイ=サンリク。
サンリク王国の第一王女だろ」
「えええっ!?」
飛び退くほどに驚いた。
なぜ、バレた!?
ドレスを着ているから?
華麗なるドレスが、偉大なる王家の血を輝かせてならないのだろうかっ!?
男は言う。
「手配書と全く同じだからな」
ほらよ、と、男はポケットからぐしゃぐしゃになった紙を取り出して、マリイに見せる。
それは、マリイのお見合い用の姿絵の模写で、下にこう書かれていた。
『十四歳で、黒髪、黒瞳。
見かけた人は近くの役人に届けてください。
お礼します』
城の者が探してるのだ!
マリイはサーっと青ざめた。
しかも、なんと間の悪いことか。
今着ているドレスは、まさに手配書と同じもの!
ハッと、男を見る。
手配書の最後は、『お礼します』で結ばれている。
「あ……あああ、あたしを役人に売るつもりね!?」
「それもいいけどな、」
男は、ひょいとマリイの手から革袋を取り上げた。
「あたしのお金!」
「サンリク金貨4枚。
すごいな。
これで手を打とう」
「え?」
「付いて来い」
男に引っ張られ、マリイはまた何でも屋に戻って来た。
なあに?
カップケーキ、買ってくれるのかしら?
ちょっと期待してしまう。
店のお兄さんとお姉さんは、二人に気づくと、いぶかしげに見て開店準備の手を止めた。
男が、声をかける。
「あんたが店主?」
「そう、だけど?」
警戒したようで、お兄さんはさりげなくお姉さんを後ろに隠した。
「さっきは妹が勇み足して、失礼なことをした。
俺たち、カイソクの商人なんだ。
サンリクに手を広げようとして、市場を回ってるとこ」
「へえ、同業者か。
なんの用だい?」
「相談なんだけどさ、」
男はしれっと言う。
「あんたたちの店、売ってもらえない?」
「は?」
「は?」後ろのお姉さん。
「は?」何言ってんの、こいつ、とマリイも、聞き返した。
「あんたたち、幌馬車で商売しながら、旅してんだろ?
俺たち、どうせサンリクを回るなら、早々に商売したい思ってさ。
一から品物をそろえるのも楽しいけど、丸ごと譲ってもらえたら手っ取り早い!」
「ばっ……、馬車ごと店を売れってか!?」
「うん」
「これ……、全部、お買い上げっ!?」
「そう」
彼らは呆気に取られて顔を見合わせた。
お姉さんの方が先に我に返り、身を乗り出してくる。
「ねえ、いくらで買ってくれる!?
あたし、お腹に赤ちゃんがいてさ、そろそろどっかに落ち着きたいと思ってたんだ。
金額によっては、売ってもいい!」
「えっ!?
売っちゃうの!?
って、赤ちゃんって本当!?」
お兄さんは知らなかったのだろう。
ビックリ仰天驚いている。
「もう五ヶ月なんだ。
本当に赤ちゃんだよ」
照れくさそうに笑うお姉さん。
この二人、やはり夫婦だった。
「じゃあさ、ご祝儀込みってことで、」
男は、先ほどマリイから取り上げた金貨を二人に見せた。
「馬2頭と幌馬車に、サンリク金貨1枚はどう?
この場で支払うよ」
「……」
お姉さんは、ちょっと考える。
「—―—―それ、さっき妹さんにも見せてもらったけどさ、本当に本物?
あんたたちみたいな若いのが持ってるなんて、悪いけど、信用できない」
「好きに確かめてくれていいよ。
ちゃんと表にサンリク王の顔、裏に国旗が彫ってある」
「見せてくれ」
お兄さんは金貨を手に取った。
裏表とひっくり返したり、噛んだりして確かめている。
噛んで、何がわかるのかしら?
味?
マリイの疑問を知ってか知らずしてか、お兄さんは答えてくれる。
「偽物は噛むとメッキが剥がれるんだ。
重さといい模様といい、これは本物のサンリク金貨だ」
「そりゃ、そうよ。
偽物なんて、失礼だわ」
マリイが口を挟んだ。
ゾフィが偽物なんてよこす訳がない。
お兄さんは、しげしげと金貨を眺める。
そして悩みに悩んでため息をつき、未練たっぷりに男に返した。
悔しそうに、お姉さんに告げる。
「――すまない、ビビ。
子供が産まれるなら俺も定住したいけど、金貨一枚じゃあ、王都に住むので精いっぱいだ。
とてもじゃないけど、新しい商売を始める余裕はない。
今さら人に雇われるのは無理だし、せっかくの家族を養えなくなってしまう……」
「そんな、あんた!
もっと高値で売りつければいいじゃない!」
交渉相手を目の前に、お姉さんはとんでもないことを言いだした。
「無理だよ」
お兄さんは冷静だ。
「この馬たちはいい馬だが、幌馬車は中古で、金貨1枚は相場だ。
商人仲間相手に吹っかけることなんか、できやしない」
「あんたの正直者なとこ、好きっ」
「おまえの亭主だもんっ」
「ちょっと、二人とも聞いてくれ」
ミニ劇場になりそうなところに、男は割って入った。
「積んである商品に、サンリク金貨をもう一枚近く払う。
それでどうだ?」
「えっ!
そんなに高く買い取ってくれるの?」
「ご祝儀の上乗せ。
こちらとしても、仕入れの手間が省けるのは助かるから」
「そいつはすごいや!
ありがとう! ありがとう!」
夫婦はひゃっほうと喜んだ。
「で、金貨を一枚近くってのは、どういう意味だい?」
その疑問に、男は困っているポーズをして答えた。
「実は俺たち、両替をうっかりして、もう金貨しか持ってないんだ。
この土地の正直な両替屋を知らないし、探す暇もない。
小銭を用立ててくれると助かる」
「なんだ、そういうことか!」
つまり、交渉成立だ。
男はお兄さんに金貨2枚を支払った。
「あたしのコイン!」
勝手に取引され、マリイは抗議したが、
「黙ってろ、指名手配」
低い声ですごまれ、追われる身として、仕方なく引き下がった。
お兄さんは「ちょっと待っててくれ」と馬車の幌に入り、靴箱くらいの木箱と、手のひらサイズの分厚いノート、そして、くるくる丸めた大きな紙を抱えて戻ってきた。
「お釣りだ。
受け取ってくれ」
お菓子をどけたテーブルに、品物を並べて、説明してくれる。
「この木箱は売上金入れ。
数日分の宿代を抜かせてもらったが、残りの全財産を渡すよ。
まあ、大した額じゃないけどな」
「助かるよ」
「それとこれは、」
お兄さんは、巻いてある大きな紙をサッと広げた。
「大陸の地図ね!」
マリイにはすぐ分かった。
地理の講義で、何度か見せられていたからだ。
「シンリウ山脈の東側が、おれたち、ホダン商店の商圏。
現在位置がここ、サンリク王都で、ウカニ。
この道を南下すると、カイソクの王都オーリン。
サンリクの加工肉を持って行くと、飛ぶように売れるぞ――って、あんた、カイソク商人だから知ってるか」
「ああ。でも、情報はもっと欲しい。
カイソクを出て商売するのは、初めてなんだ」
「じゃあ、北のセツゲン王国についても説明する。
おれたちは、セツゲンで仕入れをして南下してきたんだ」
現在、この大陸を左右に分断するシンリウ山脈の東側は、三国に分かれている。
北にセツゲン。南にカイソク。
この二国に挟まれてマリイのサンリク王国がある。
お兄さんは、セツゲンとサンリクの国境である山地を指でなぞりながら言った。
「セツゲンに入るのは、ちょいと面倒だ。
国境のほとんどが岩山や未開の原生林だから、山の中の、虹の谷を越えるしかない」
「虹の谷って、遊牧民の集落があるところよね」
マリイが口をはさむ。
「妹さん、詳しいのか」
「織物や刺繍で有名だもの。
あたし、そこを目指してるの!」
「うそ! 冗談だろ!」
男があきれた声を出した。
「何、考えてんだ?
馬車の山越えがどんだけ辛いか、おまえ、知らないだろ!
サンリクを回った後は、カイソクを目指す」
「カイソクなんて、あたし行かない!
絶対、嫌!
ろくな男がいない国だわ!」
言い切るマリイ。
「—―—―おまえが、カイソクの何を知ってるって言うんだよ」
男は、ムカッときたのか、睨んできた。
マリイはふんっとそっぽを向く。
「カイソクのことなんて、知らないし、知りたくもない。
あたしはサンリクから出たことないんですからね!」
あれ?
今、自分が何を言ったか、気づいてしまった。
マリイはリヨク王子のことを言っていたのだが、この男もまた、『カイソクの男』なのだ、と。
そして先ほど、マリイはホダンの夫婦に、『カイソクから来た兄妹』と紹介されていなかったか?
「あの、あたし……」
この男の作り話に付き合う義務はないが、指名手配されている以上、怪しまれても困る。
お兄さんとお姉さんが、変な顔をしている。
どうしたらいいか分からず、マリイは口を開けたまま固まった。
「あー……、ええとー、なんだ、その、」
男が、しどろもどろに口を開く。
「話せば長くなるから省略するけど、その、実は俺たち、母親が違うんだ」
「母親が、違う?」
フォローしてくれるらしい。
「その、父親が各国を渡り歩く旅商人だったから、なんだほら、俺はカイソク人だが、妹はサンリク人で。
そういうわけ」
「あー」
お兄さんが、手をポンと叩いて納得してくれた。
「うん。分かるよ。
旅商人の間ではよく聞く話だ。
そうか。
それで妹さんは男嫌いになったのか!」
「?」
マリイには分からない。
(父親が違うのは当たり前だし、それに母親も違う)
お姉さんが「早いとこ定住を決めて、正解ね」と、冷ややかにお兄さんをにらんだ。
ホダンのお兄さんは言う。
「ずいぶん容姿の違う兄妹だから、おかしいなとは、とは思ってたんだ」
マリイだけでなく、男もギクッと慌てている。
彼は金髪に緑の目だし、マリイは黒髪に黒目。
兄妹という設定には、最初から無理があったのだ……。
「その……、全部ひっくるめて、そういうことだと理解してもらえると助かる……」
苦しすぎる言い訳だが、
「うん、分かったよ」
物わかりの良いお兄さんで助かった。
「まあ、それはいいから、今度はこっちを見てくれ」
お兄さんは話を戻してくれ、手のひらサイズの分厚いノートを取り出した。
「これには各地の営業許可証が貼ってある。
旅を続けるつもりだったから、一年間有効のものを取ってある。
『ホダン商店』の名をそのまま使うつもりなら、このまま使ってくれ」
「え?
ホダンの名前までもらっていいのか?」
「いいさ。
資金が手に入ったんだ。
俺はこの町で新しい店を作る。
『ホダン商店』は、俺の叔父から受け継いだ店なんだ。
サンリク金貨一枚に見合うだけの信用と実績がある。
どの地方に行っても、心強いと思うよ」
「有り難い!」
「なあ、あんたらの名前教えてくれよ。
俺はシュウで、こいつはビビ」
「俺はグリーン」
へえー、この男、グリーンっていうのか。
性格の悪さから、もっと図々しそうな名前だろうと決めつけていたが、意外に涼しげな名だ。
マリイも名乗った。
「あたしは、マリイよ」
「!」
すんごい怖い顔でグリーンに睨まれた。
さっき偽名を使って見破られたから本名を名乗ったのだが、ここは偽名を使うべきだったのか?
お兄さんのシュウが言う。
「マリイって、この国の王女と同じ名前だな」
「!」
「!」
身バレした!?
マリイは泣きそうな目でグリーンにすがった。
グリーンはやるせなく深いため息をつく。
本当に、本当に困った様子で眉間を押さえ、
(演技なのか、本心からなのか分からない)
「…………たしかに、こいつは王女様と同じ名前だ」
と認めた!
そして、更に続ける。
「しかも、王女と同じドレスを着ている!」
!!!
あたしを売る気!?
「すごい格好だとは思ってたけど、王女と同じドレスだったのね。
どうりで、なんか見たことあるはずだわ」
ビビの言葉に、グリーンは嘘を重ねる。
「これは王女のドレスのコピー商品で、百着ほど作らせたが、飛ぶように売れた人気商品なんだ。
学校に着ていく娘が続出して、カイソクでは校則で禁止される騒ぎになった!」
「女の子って、そういう時期があるものね」
「しかも、マリイは髪型まで真似している!」
「あ、本当だ。
この頭も、見たことある」
お兄さんとお姉さんが、哀れむような目でマリイを見だした。
「……痛いねぇ」
「お年頃だもの……」
「え、なに?
どういうこと?」
マリイは今、どういう扱いを受けているのだろう?
王女だとバレた?
バレてない?
「ああ、そうだ」
タイミング良く、お兄さんのシュウが何かを思い出すくらいには、どうでもよいことらしい。
「マリイ王女で思い出したけど、あんたらさっき、行き先を揉めてたろ?
そっちのマリイちゃんが言う通り、今回はカイソク行きを見送った方がいい」
「え? なぜ?」
「サンリクとカイソクで、戦争の噂があるんだ」
「なんですって!?」
「詳しく聞かせてくれ!」
マリイもグリーンも、身を乗り出した。
「マリイ王女とカイソク王子との縁談があったろ?」
「知ってる」
「知ってるわ!」
それが、マリイの家出の原因なのだ。
「この縁談をマリイ王女が蹴ったらしくて、」
「え?」
蹴られたのは、マリイだが?
「怒ったカイソクが、サンリクに攻め込むって噂が流れてる。
国境沿いに各地から兵が集結してて、とんでもない騒ぎになっているって聞いた。
商売どころじゃないよ」
「……!」
「戦争が始まる前は、武器や日持ちする食糧が大量に売れるから、あえてカイソクに行くっていうのも商売の一つだけど、『ホダン商店』を名乗るなら、俺はやめてほしい。
ホダン商店は日用品で名を挙げてきた平和な店だし、戦争で金を稼ぐと、後々厄介だ」
「そう、だな」
グリーンはうなづいた。
「じゃあ、俺たちは馬車を明け渡す準備をするよ。
商品は置いていくけど、身の回りの品は持って行っていいだろ?」
「もちろん」
マリイとグリーンは、噴水の縁に腰かけて夫婦の荷造りが終わるのを待つ。
やがてマリイの手足が、みっともないくらいにガチガチと震えだした。
あたしのせいで戦争が始まる?
今すぐ、城に戻った方がいい?
戻って、リヨク王子と結婚した方が――。
「マリイ、幌馬車に入れ」
「—―え?」
城に戻ることを考え始めたマリイに、グリーンは言う。
「急いでウカニを出る。
とりあえず、虹の谷を目指してもいい」
「でも――、あたし――」
マリイに構わず、グリーンは夫婦に声をかけにいく。
「おーい、荷物は降ろさなくていいよ。
このまま宿屋まで送っていくから」
「え?
ここで店を広げてりゃ、客がわんさか来るぞ?
一番に来て、一番いい場所取ったんだから!」
「今日は商売しない。
だって、奥さんは妊婦だろ?
荷物を持って、歩かせるわけにはいかない。
送らせてくれ」
「忘れてた!
腹の中には、俺の子どもがいるんだっけ!」
グリーンは馭者台に座り、マリイは夫婦と一緒に幌馬車に入る。
ぎゅうぎゅうに商品が積み重なり、天井にまで物がぶら下がっている狭い幌の中。
「揺れがきつくない?
赤ん坊のこと、もっと早く教えてくれたら良かったのに~」
「あたしも最近、気づいたんだ。
新しい店は、どんな所に開こう?」
「さっそく物件探し、しないとな!
こどもが育てやすいところがいいなあ!」
いちゃついている夫婦がうらやましくて、マリイは涙が出そうになった。
城に戻ったとしても、あたしにこんな新婚生活はやってこない。
あたしの顔が気にくわないと断ってきたリヨク王子と幽閉されて、おばあさんになるだけだ。
明るい未来なんか、あたしには、ない。




