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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
2 ラオの家
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姫様、出立

「マリイさんは手芸がお上手ね。

 上達が早いわ」


「ゾフィに習ったの。

 ゾフィは教えるのが、とっても上手なのよ」


 ラオの家での三週間は、あっという間だった。

 一日の大半を、マリイはラオ婆からレース編みや刺繍を教わって過ごした。

 一週間のうち二日は、ラオ爺が商用から戻ってきて、旅の話を面白おかしく話してくれる。


 あまりにも楽しくて、この小屋を出た後はどうするのか、それを決めていないことに気づいたのは、


「ああ、明日はもう孫娘が帰ってくる日ね。

 工房まで迎えに行かなくちゃならないの。

 王都に行くなら、マリイさんも馬車に乗っていく?」


 と聞かれた時だった。


「……!」


 今までの、のんきな気分が一変した。


 そうだ、あたしはお孫さんが帰ってくるまでの居候で、明日には、この小屋を出て行かなくちゃいけなかったんだ!


 突如、不安に襲われる。


 ここを出て、どこに行こう?

 このまま置いてもらうわけにはいかないだろうか?

 いや、ダメ。

 この狭い家でお孫さんが戻ってくるのだから、ベッドを明け渡さなくてはいけない。


 ゾフィの手紙に、ここからの指示はなかった。

 これからは、自分で決めて、自分で動かなければならないのだ――――。


 あたしが、決める?


 マリイは生まれてから十四になるこの日まで、一度もそんなことをしたことがない。


「あたし――」


「あらあら、不安になったのね」


 ラオ婆の優しい手が、マリイの頭をそっとなでてくれた。

 思わず涙がこぼれる。


「大丈夫よ、マリイさん。

 きっと何とかなるわ。

 あなたは手先が器用だから、孫娘みたいにどこかの工房で働いてはどうかしら?」


「工房?」


「ええ。

 工房は常に人手不足と聞くわ。

 刺繍も、編み物も得意なんですから、きっとすぐに働き口が見つかるわよ」


「あたしに……できるかしら?」


「そりゃあ!

 そうだわ。

 お部屋に飾ってある、あの素敵なドレスを着て行ったらどう?

 センス良く見えるし、あなたに勇気を与えてくれるのではなくて?」


「あのドレス……。

 そうね。

 あれを着たら、あたし、頑張れるかも知れない」


 マリイは、すんと鼻をすする。

 ラオ爺が商用から戻ってきた。


「いい鶏肉が手に入った。

 今日はマリイさんの最後の日だろ?

 送別会をしよう」


「おいしそうなお肉だこと。

 焼こうかしら、それとも、煮物?」


 ラオ婆が、マリイの顔を見る。


「……あたしが来た日に作ってくれたシチュー……。

 あれ、おいしかった」


「じゃあ、今夜はシチューで送別会ね。

 さっそく、煮込むわよ!」


 ラオの家の、最後の夜。 

 ラベンダーとレースが所狭しと飾られた家で、マリイは、湯気があがるシチューを食べる。

 作るのは3時間もかかったのに、あっという間にお鍋は空になり、その後は、あっという間に夜が更けて、夜明けが訪れて――……。



 朝早くから馬車に揺られた三人は、あっという間に王都の中心街、市場のある噴水広場に着いた。


「いつもは朝市じゃが、今日は月に一度の昼市だ。

 まだ早いから、ここで人が集まるのを待つといい」


「爺さん、ドレスを汚さないよう気をつけてあげて」


「うむ」


 ラオ爺は、ドレスの裾に気を使いながらマリイを抱き上げ、馬車から下ろしてくれた。

 昨日のアドバイス通りに、マリイはゾフィが持たせてくれた白いドレスを着ている。


「とても可愛らしいわよ。

 すぐにドレス工房の人の目に留まるわ」


 ラオ爺の手を借りて、ラオ婆も馬車から降りる。


「お名残惜しいわね、マリイさん。

 これを持ってらっしゃい」


「ラオ婆?」


 ラオ婆は、手に持っていた小さめの籐かごをマリイに渡した。


「差し上げるわ。

 あなたが使っていた編み針とレース玉、それと刺繍の道具を入れておきました。

 ここで、手芸をして見せてはどう?

 あなたの腕は確かだから、必ず工房の目にとまるわ」


「ありがとう、ラオ婆……!

 あたし、頑張る。

 誰かが声をかけてくれるまで、何日でもここで粘るわ!」


「マリイさんくらい可愛くて器用なら、すぐに決まるわい」


「ありがとう、ラオ爺……!」


 これで、ラオ爺とラオ婆とは最後になる。

 マリイは何かお礼をしたくなって、斜めがけにしているバッグを開け、小さな革袋を取り出した。

 中から、コインを一枚出す。


「これ――、受け取ってください」


 差し出す。


「とんでもない!

 気遣いなんか、無用じゃて!」


 固辞されたが、マリイは退かない。


「あたし、とってもお世話になったわ。

 お孫さんが戻ってくるのだから、おいしいごちそうを用意してあげて」


「そんな、気を使わんでも――」


「爺さん、—―—―受け取りましょうよ。

 せっかくですもの」


 ラオ婆は、すっとコインを受け取ってくれた。


「ありがとう。

 孫も喜びますよ」


「お二人とも、お元気で……!」


 去りゆく馬車を、マリイは見送る。

 ラオ婆が、いつまでも手を振ってくれた。

(ラオ爺は手綱を握っているので、手は振れない)

 マリイも、見えなくなるまで手を振り続け…………。


 そして、ポツンと、取り残された。

 噴水の水音だけがジャボジャボ響く。


「ああ……」


 マリイは縁に腰掛ける。


「気落ちしてちゃダメ、マリイ!」


 頑張って顔を上げた。

 このドレスを着て、頑張ると決めたのだ。

 そう。

 ドレスはマリイに勇気を与えてくれる。

 大好きなゾフィが用意してくれたドレスだ!


「頑張る!」

 

 声に出して自分を励まし、籐かごから編み針を出して、マリイはレース編みを始めた。


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