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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
13 姫様、お逃げください!
35/36

王子様、お戻りください!

「リヨク王子、よくぞご無事で……!」


「フウレン……!

 おまえこそ、よく生きて……!」


 グリーンは、片足の不自由なカイソク近衛兵と抱き合った。


「グリーン……?」


 マリイには分からない。

 何が起きているのだろう。


 彼はグリーンをリヨク王子と呼び、グリーンはそれを否定しなかった。


 父、ダンギが言う。


「おまえたちが虹の谷に向かった後、バルロックに――、いや、カイソク王に連絡しておいたのだ。

 リヨク王子はマリイと共に虹の谷に向かったと」


「なんだ、サンリク王は俺がリヨクだって気づいてたのか」


 グリーンが言う。


「当たり前だ。

 君はグリーンと名乗ったろう?

 リルカ=グリーンの名は、耳にタコができるほど聞かされていた。


 それに、君の顔は姿絵で知っていたしな。

 マリイと共に城に現れた時は、心の底から安堵した」


「父様、グリーンがリヨク王子って――」


「ああ、マリイ。

 リヨク王子はさすがおまえの婚約者だ。

 家出したおまえを助けて、しかも、セツゲンと交渉して帰ってくるなんて、サンリクの婿にこれ以上の男はない!」


「グリーンが、リヨク王子……」


 マリイはグリーンを見た。

 グリーンは白々しく、『それがどうした』という顔をしている。


「ひどい!

 リヨク王子なら、そうと言ってくれれば良かったじゃない!

 あたし――、あたしがどれだけ悩んで……!」


 目にたっぷりと涙を浮かべて、抗議した。

 グリーンは、


「ふざけるなよ」


 正面からマリイを見て言い放った。


「噴水広場でおまえを見つけた時、俺はすぐにマリイ王女だって気づいた。

 おまえは、俺の顔も覚えてなかったんだ!」


「だって、それは――!」


 マリイは、リヨク王子の姿絵を貰っていないのだ。


「父様!」


 矛先が、父に向いた。


「父様がリヨク王子の姿絵を隠したの!?

 ひどい!」


「何を言うか!

 私はちゃんとゾフィに渡した!」


「ゾフィ――?」


 ゾフィは「リヨク王子は姿絵すら送ってこない」と言っていた。

 あれは?


「ゾフィを連れてきて!

 今すぐ! ここに!!」


 マリイはヒステリックに命じた。

 婚約直後より、ずっと欲しがっていた姿絵なのだ。


 それを知ってて隠すなんて、ゾフィひどい!!


 そのゾフィは後ろ手に拘束され、すぐに連れてこられた。

 今日は戦勝報告会の後に、反逆者への処分言い渡しが予定されている。

 そのために牢を出され、近くの部屋で待たされていたのだ。


「ゾフィ!」


 すぐさま、マリイは詰め寄る。


「リヨク王子の姿絵を隠したの、ゾフィなの!? 」


 ゾフィは答えない。

 しらを切り通そうとしてではない。

 それどころではないからだ。


「ひ……、姫様、なんて格好を……!」


 マリイの頭から足元まで視線を下ろし、青ざめて、わなわなと震えだす。


「そんな……、なんの変哲も無いドレスに、化粧すらなさらず……!

 ここには殿方が大勢いるというのに、ゾフィがお育てした姫様が、こんなにもひどいお姿で……!」


 全くを持ってひどい言われ様だが、マリイは堂々と言い返した。


「ゾフィのいないあたしなんて、こんなもんよ!

 ドレスはこれしかないし、お化粧だって、どうすれば良いか分かんない!

 ゾフィがあたしを殺そうとしたから、こんなになってるんだわ!!」


「姫様……!」


 わたくしが姫様をこんなお姿に……と、泣き崩れるゾフィ。

 マリイは、それに構ってる場合ではない。


「そんなことより、リヨク王子の姿絵はどこ!?」


「姿絵なら、ガルドに……」


「ガルドを呼んできて!!!」


 使いが、今度はガルドのもとに走った。

 マリイは苛つく。


 姿絵をもらっていないといことをグリーンに証明せねばならないのに、父からゾフィ、ゾフィからガルド。

 なかなか姿絵にたどり着けない。


 やがて、ガルド外務大臣が連れてこられ、跪かせられた。

 50代前半の大男で、虹の谷の戦士だったというだけあって、やたらと眼光鋭くマリイをにらみつける。


 マリイは怯まず、問いただした。


「ガルド!

 おまえ、リヨク王子の姿絵を隠したわね!?」


 ふん、と、後ろ手に捕縛された姿だというのに、不敵に笑う。


「姿絵なら、王女を城から出すのに利用させてもらった。

 まんまと引っかかってくれて、ありがとう」


「許せない!

 あたしがそれをどれだけ欲しがってたと思うの!?

 グリーンに、顔も覚えてないって責められたわ!」


 姿絵一つで、きいいいと、マリイは怒髪天を衝く。


「父様!

 ガルドとゾフィをあたしに下さい!

 2人とも、許せない!!」


「許せないって――、この2人はもう火刑と決まっているからして、これ以上の刑罰は我が国にないから――」


「ください!!」


 退かないマリイ……。


「……分かった、やるよ。

 八つ裂きでも何でも、好きにすれば良い」


 呆れた国王は、2人の処分をマリイに任せた。


 グリーンが、静かに進み出て、大男を見下ろす。


「おまえがガルドか――」


「リヨク王子だな。

 私の悲願を台無しにしたのは、おまえか」


 マリイの知恵ではないことは、見抜かれている。


 それには答えずに、グリーンは問い返した。


「サンリク城にいる王妃の協力者はおまえか?」


「グリーン君、なんと!?」


「リヨク王子!?」


 サンリク王とフウレンが、割って入った。

 ガルドは、


「いかにも」


 ひょうひょうと肯定する。


「王子の旅程に待ち伏せのしやすい峠を選び、王妃に知らせた。

 失敗したようだがな」


「残念だったな。

 俺は生きている」


「どういうこと?」


 マリイには分からない。

 フウレンが教えてくれた。


「マリイ王女、リヨク王子はサンリク城に向かう途中、賊に襲われ行方不明になったんです!

 こいつの仕業で……!」


「あたし――――、リヨク王子はあたしとの結婚が嫌で逃げ出したって聞いたわ」


 それにはゾフィが答える。


「姫様にはそのように申しました。

 城を出ていただくのに、ちょうどよいタイミングでしたので」


「その後に父様が来て、リヨク王子が見つかり次第、あたしと結婚させて城に閉じ込めるって――」


「マリイ、リヨク王子が狙われたのは、第一位の王位継承権を持っているからなんだよ。

 私は結婚で継承権を放棄させ、この城で匿おうとした」


「あたし、そんなの知らなかったから……」


 マリイには、ハッと思い当たることがあった。


「じゃあ、あれはカイソクの王妃が……!?」


 胸元の紐をたぐり寄せ、財布を取り出す。


「おまえ、また、そんなところに……」


 グリーンが呆れて何か言おうとしたが、構わず、マリイは中から手配書を出した。

 古い、色あせた手配書。


『金の髪、緑の瞳で背が高い。

 生死を問わず』


 そこに描かれた姿は、まさにグリーン!


「それ……っ!」


 カイソク近衛兵団長、フウレンがガンガン杖をつきながらマリイに近づいてきて、バッと手配書を取り上げると、そのままビリビリ破きだした!


「な……、なにするのっ!?」


 慌てて紙片を拾い集めるマリイ。


「これは1年前にバラ巻かれた手配書です。

 これのせいでリヨク王子は賞金稼ぎに襲われ、瀕死の目に遭いました!

 回収し尽くしたものと思ってましたが、マリイ王女はどちらでこれを!?」


「ウバクロの賞金稼ぎたちが持ってたのよ。

 ひどい……。

 あたしが持ってる姿絵はこれしかないのに……!」


 マリイはベソベソと、破られたグリーンの絵をつなぎ合わせようと試みる。


「姿絵ではなく、手配書なのです。

 失礼、マリイ王女」


 フウレンはその辺にあった花瓶の水を、紙片の上に、ジャッと掛けた。


「!!!?」


「ウバクロまで出回っているとは、思いもしませんでした。

 誰かがカイソクから持ち帰ったのでしょう。

 これからも私は見つけ次第、破り捨てます!」


 グリーンの手配書は破られ濡らされ、憐れ、復元できないまでにヨレヨレになった……。


「い……、いいわよ、姿絵なんて……」


 涙を拭いながら、マリイはよろりと立ち上がる。


「あたしの結婚相手はグリーンだったんだもの。

 グリーンと結婚できるなら、姿絵なんか、無くてもいい……!」


 ところが、グリーンはフンッと鼻を鳴らした。


「俺は、おまえと結婚しない」


「えええっ!?」


 娘を押しのけ、悲鳴を上げたのはサンリク王である。


「なぜだ!?

 確かにマリイは子どもっぽくて賢さも美しさも足りんが、素直で愛嬌のある子じゃないか!

 サンリクに婿入りすれば王位継承権が消えて、命を狙われることも無くなるというのにっ!!」


「そんな理由で結婚したら、助かりたいがためにマリイを利用するみたいじゃないか。

 父さんと約束したんだ。

 絶対に結婚を利用しないって」


「バルロックめ、余計なことを……!」


 フウレンがいそいそと従者を呼び、帰り支度を指示しはじめた。


「戻りましょう、リヨク王子。

 陛下が心配してお待ちですよ」


「ちょっと待ってくれ」


 意外にも、グリーンが慌てて引き留める。


「俺、もう少しサンリクに居たい。

 破談にしても、サンリク王は観光させてくれて、お土産までくれるって聞いた」


「ん?

 王子はサンリク観光を楽しみにしていたのか。

 いいぞ。私自らが喜んで案内してやろう。

 1ヶ月掛けてサンリク中を回る周遊コースを考えていたのだ。

 お土産には黒毛のサンリク牛を、」


「ちょっとサンリク王、1ヶ月なんて長すぎます!

 陛下がどれだけリヨク王子のことを案じてお待ちか、」


「みんな、待ってよ……っ!」


 一人取り残されていたマリイが、怒りをこめて呼び止めた。


「グリーンはあたしの婚約者でしょう!?

 なんで、みんな割り込でくるの!

 父様もフウレンさんも、邪魔しないで!」


「あ――、ああ、そうだったな。

 悪かったよ、マリイ」


「でも、リヨク王子は陛下に――!」


「邪魔しないでっ!!」


 一喝したら、ようやく大人たちは口をつぐんでくれた。

 やっと、グリーンと話が出来る。


 できればみんなには部屋から出て行って欲しい。

 が、近衛兵団長が今にもグリーンを連れて帰ろうとしている今、悠長にそんなことは言っていられない。


 マリイは、恥ずかしさと情けなさをこらえて、グリーンに問いかけた。


「ぐ……、ぐ、ぐ、グリーンは、あたしと結婚するの……、そんなに嫌……?」


 グリーンは、容赦ない。


「嫌もクソもあるか。

 俺は、おまえに2度フラれているんだからな」


「え?」


 身に覚えなんかない!


 グリーンは言う。


「1度目は『リヨク』。

 おまえ、俺に会いもしないうちから結婚を嫌がって、逃げ出した!」


「だって、それは……!」


 マリイはガルドとゾフィに騙されたのだ。


「サンリクの事情なんて、知るか!

 ろくに確かめもしないで真に受けやがって!」


「ううっ!」


 そこを突かれると、痛い……。

 マリイが旅で学んだ事の一つなのだ。


『人の噂なんか、安易に信じてはいけません。』


「『グリーン』でもフラれてるぞ!

 おまえ、俺とセツゲンに行くって言ったのに、『リヨク』と結婚するから行かないって、言った!」


「だって……!

 カイソクとの同盟、大事だもの!

 あたし、グリーンと行きたかったけど、サンリクも守りたかったから……!」


 グリーンの視線は変わらない。


「破談になったからって、同盟は崩れない。

 少なくとも、カイソク王はそうだ」


 サンリク王も、嬉しそうに答える。


「私だって、そうだ。

 友情と国家の一大事を、娘の婚約と秤に掛けたりはしない。

 マリイはなんだって、そんな風に思い込んだんだね?」


「なんでって、国中でみんなが――」


「その噂を流したのは、わたくしです」


 ゾフィが顏を上げた。


「わたくしが、『王女が縁談を投げ出したせいで、カイソク軍が攻めてくる』と言いふらしました。

 姫様の評判を落とすことが目的です」


「ゾフィ……!!」


 また、噂。

 また噂である!

 マリイは噂話に振り回されっぱなしだ。


「グリーン!

 あたし、もう噂に振り回されたりしない!

 グリーンだけを信じるから、あたしと結婚して!!」


 決意と同時に、頑張っての求婚。


 が、


「嫌だ」


 グリーンはつれない……。


「おまえが好きなのは、同盟を維持してくれるカイソク王子だろ。

 結婚しなくても、同盟にヒビは入らない。

 結婚する理由が無くなったじゃないか」


 マリイの思いは伝わらない……。


「なんでよ……。

 なんで、そんな風に思うの?

 あたしはカイソク王子と結婚したいんじゃなくて、グリーンと結婚したいの!

 好きな人と結婚したいと思うのに、理由なんていらないでしょう……!」


「おまえが? 俺を好き?」


 グリーンは冷たく笑った。


「嘘をつくな!」


「え……?」


「いつ、そんな素振りを見せた?

 そんなの、見たことない!!」


「!!!」


 ガクンと、床に膝を着いた。

 もう……、ダメだ――。

 マリイは完全にくじけた。


 トノイ兄弟にも、マリイ隊長にも、虹の谷のお祖母様にもマリイの恋心はバレバレだった。

 なのに、肝心のグリーンに伝わっていない!

 今更ながら、妹に甘んじ、バレないようにとごまかしていた過去が悔やまれる。


 もう、なにをどうすればいいか分からない!


「うぇ――っ……」


 泣そうになった。

 その時である。


「マリイ、諦めるな」


 ダンギ王が娘の肩に手を乗せた。


「はね除けられたくらいで諦めていたら、恋愛は成就できない」


「父様……、だって、グリーンは……」


「グリーン君は、おまえのことが嫌いだなんて、一っ言も言っていない。

 おまえは、試されているのだよ」


「え……?」


「えっ?」

 グリーンも振り返る。


「考えてもごらん、マリイ。

 カイソクで命を狙われた王子が、サンリクに来るのだ。

 この城に危険はないか、意地悪な臣下や親戚はいないか、グリーン君は不安でいっぱいなのだよ!」


「ちょっと待って、サンリク王!

 俺はそんなこと、」


 慌てるグリーンの抗議など、耳に届いちゃいない。

 ダンギ王は続けて娘にアドバイスする。


「マリイ、グリーン君に安心する言葉を差し出しなさい。

 サンリクでの明るい未来を信じさせなさい!

 夢や希望に溢れる魅力的な言葉で、おまえの学識、経験の全てを用いてグリーン君を口説き落とすのだ!!!」


 力強く、発破を掛けた。

 虹の谷の長老から、跡取り娘を奪い取った男だ。


「――分かったわ、父様。

 あたし、諦めない!」


 再び、マリイは立ち上がる。

 このままだとグリーンはカイソクに戻り、マリイは近い将来、見ず知らずの男と政略結婚することになる。

 そして、カイソクから第一王子ご結婚の招待状が届いて、マリイはそれに参列することに――――。



 絶対イヤっ!!!!



 マリイ、自らを奮い立たせる。


 ――が、すでに口説く言葉が、ない。

 結婚して!――は、さっき断られた。

 好き!――も通じなかった。


 他に、何を言えば振り向いてもらえるの?


 あたしの、学識――。

 ダメ。

 こんな時に有効活用できるほど、マリイは勉強熱心ではなかったし、唯一読んでいた物語では、たいていお姫様が王子様に求婚されていて、その逆はなかった。


 使えない!

 使えないわ、あたしの学識!


 不勉強は先に立たず。

 残るは経験のみ!


 グリーンの不安を取り除く経験――――。

 夢や希望であふれる、魅力的な経験談――――。


 旅の思い出をよみがえらす。


 グリーンと出会った時。

 グリーンと商売して各地を回った時。

 グリーンと虹の谷に行って、セツゲンの特使に会った時。


 あ――!


 マリイ、今、それに全てを賭ける!!

 決死の覚悟で、口説くのだ!!


「—―グリーン」


「お、おう……」

 

 親子の気迫に、グリーンはすでに怯んでいた。

 これ以上、脅しかけてはいけない。


「グリーン。

 グリーン、あたしと――、あたしと、結婚してくれなくてもいい」


「え?」


 意表を突いたところで、渾身の一撃!


「あたしと、婚約して!!」


「――え?」


「こんやく?」

「結婚じゃなくて、婚約ですか?」


 サンリク王とフウレンが顔を見合わせる。


 グリーンとの道中、こんなことがあったのだ。

 グリーンがお勧めしている商品を、なかなか購入に踏み切れない客。


「今度こそはと思って買うんだけど、いつも失敗するんだよなー」


 そんな悩める彼に、グリーンは言った。


「じゃあさ、もしダメだったら返品していいから、買って帰って」


「え? 使った品を返品していいの?」


「これには自信があるんだ。

 俺たちは明後日までここにいるから、安心して買っていってくれ」


 彼は買って帰った。

 ならばと、このやり取りを見ていた他の客も買っていった。


 翌日――、半数以上の客が買い増しにやってきた。

 返品に来る者はいなかった。

 この品は完売した!


 マリイは畳みかける。


「婚約なら、結婚ほど重くないし、いつだって解消できるでしょ?

 あたしのことが嫌いじゃないなら、とりあえず、婚約して!

 サンリク城も、まあ、あたしは逃げ出したけど、住めば都って言うじゃない?

 グリーンの居心地がいいように、すべて直すわ。

 そうならないように頑張るけど、嫌になったら、すぐに出てっていい!

 婚約解消にはごねずに応じるから、安心して婚約してちょうだい!」


「え……」


 戸惑うグリーンは、即座に断らなかった。

 マリイ、次の一手を巡らす。


 ――――高額商品の前から、もう30分も動けなくなっている客。


「悩んでるんだったら、メンテナンス商品、おまけに付けようか?

 手入れすれば、これ、30年は使えるから。

 あと、奥さんへのご機嫌取りに、これとこれも付けちゃう!」


 その男はオマケをたくさん抱えて、ご機嫌で帰っていった――。


「グリーン、ウバクロや虹の谷のことは気になるでしょ?」


「あ、うん」


 素直に認めてくれる。


「俺、セツゲンの特使に、マーケット作るって言っちゃったからな。

 おまえがやってくれると嬉しいんだけど?」


「あら。あたしには無理よ。

 グリーンがやれば良いじゃない!」


「俺がっ!?」


「他に適任はいないでしょ!

 役職を付けるから、グリーンの事業にすればいいわ。

 父様、何かいいのない?」


 ダンギは突然、話を振られて狼狽えたが、すぐに口にした。


「ガルドを処分するから、外務大臣のイスが空く」


「じゃあ、外務大臣で」


「待ってくれ!」


 さすがにグリーンは止めた。


「出来る訳ないし、この若さでそんなポストについたら、それこそ、悪い噂が飛び交う!!」


「そうなの?」


「サンリク王も、考えてものを言ってくれ……」


 マリイにはよく分からないが、グリーンがやる気を否定していないのは良い傾向だ。


「ガルド、考えなさい」


 縛られている囚人に命じた。


「は?」


 彼は、なぜ俺が、と顔を上げる。


「あなた、まだ大臣でしょ。

 サンリクの未来のために考えなさい!

 セツゲン向けに聞きあたりが良くて、他の大臣の反発を買わないポスト!」


 無茶ぶりにもほどがある……。

 ガルドは何やら文句を言いたげだったが、思いついたらしい。


 一案出した。


「北方開発庁長官――とか?」


「長官? それ、良さそう!

 グリーン、どう?」


「まあ――、それなら妬む者なんかいないだろうし」


 そりゃ、辺境勤務な上、庁舎もなければ部下もいないわけで……。


 次が、マリイ、とどめの一撃である。


「グリーン、」


 呼びかけた。


「国際マーケット、あたしと作ろう!

 虹の谷を整備して、お客さんを呼ぶの!

 ウバクロの石炭を売りに行きましょう!

 一緒に! セツゲンに!!」




 一緒に、セツゲンに行こう――。




 虹の谷を目指している時、これこそが、マリイとグリーンの夢であり、希望だった。

 夢破れて、あんなに辛かったことはない。


 グリーンが、寂しげで悲しい表情を見せたのも、あの時だけだ。


「あたし――、あの時、本当にグリーンと行きたかった。

 ウバクロを助けに戻ったことに後悔はないけど、グリーンと一緒に行きたかった……!」


 思い出すだけで涙が溢れる。

 セツゲンは、本当に、すぐ目の前だったのだ――――。


「俺は――」


 グリーンも思い出す。


「あの時……、マリイはすごいって思った。

 生まれながらの王族は、すごいって――。

 目の前にやりたいことがあるのに、国を助けに戻るなんて、おまえはすごいって――」


 あの時のマリイを、グリーンは忘れていない。

 涙と鼻水でグシャグシャになりながら、ウバクロを助けると言って泣いた。


「おまえが覚悟を決めるなら、助けてやろうって—―」


 グリーン、覚悟を決める。


「いいよ、マリイ」


 そして言う。


「婚約する。

 俺も、セツゲンに行くならお前とがいい。

 虹の谷にマーケットを作って、一緒に売り込みに行く!」


「グリーン!」


 マリイはグリーンに飛びついた。


「ありがとう、グリーン!

 うう、うえ……っ。

 あたし、婚約すらしてもらえなかったら、どうしようかって……」


「ちゃんと婚約する。

 だから、もう泣くな」


「ううっ、グリーン……」


「良かったじゃないか、マリイ!」


 気がつくと、サンリク王も鼻をすすって泣いている。    


「グリーン君、マリイを気に入ってくれて、私は嬉しい……!

 気が変わらないうちに、国民にお披露目しようじゃないか!」


「え?」


 さっそく、父ダンギは侍従を呼びつけ、


「15時に婚約発表をする。

 王女が婚約者とバルコニーに出るから、急いで触れ回りなさい。

 城の中庭を開放しよう!」


 と言いつけた。

 侍従は、


「この後に、戦勝報告会と犯罪者の処分がございますが」


 と予定を確認する。


「報告は軍から受けたから、もういい。

 犯罪者処分は――、」


 すでにこの場にはガルドとゾフィがいる。


「マリイ、さっさと処分なさい」


 国王は命じた。


「うう……、バルコニーとか処分とか、後でいいじゃない……」


 マリイは今、せっかくグリーンに抱きついていて、グリーンは別段、嫌がる素振りもなく、されるがままになっているのだ。


 できればもう少し、このままでいたい。

(そして、他の者には出て行って欲しい……。)


「お披露目が延期されて困るのは、おまえだぞ?

 文武両道の上に美形の王子なんて、もたもたしてたら、どこぞの令嬢に横取りされる。

 さっさと発表して、けん制しなさい」


 その上、グリーンが意地悪く告げ口をした。


「サンリク王、それに関してマリイは寛大だよ」


「なに?」


「マリイは、俺が愛人を100人作っても平気なんだって。

 誰の子でも、こどもは多いほどいいそうだ」


「あたしっ、そんな……!!」


 慌てるマリイを、


「おまえ、よくもそんな……」


 サンリク王は、呆れたまなざし見た。


「あたしはその……、リヨク王子に気に入られたくって……」


 確かに、マリイはそんなことを言っていた。

 結婚さえしてくれたら、リヨク王子は何をしてても構わない、的なことを……。


「マリイ!

 そんなこと言ってたら、本当に浮気されるんだぞ!」


 サンリク王はプンプンだ。


「気を引きたいなら、『浮気なんか考えられないほど、充実した日々を約束する』くらい言って愛を誓いなさい!

 私はそう言ってメアリに結婚してもらったんだ!

 そうして約束通り、充実した日々を過ごした!


 ううっ、メアリ、なぜ私を置いて死んだ…………」


「……」


 周囲は無言にならざるを得ない……。

 マリイとグリーンにはそんなセリフ思いつかないし、フウレンとガルドに至っては、思いついても言えやしないのだ。


 繰り広げられるサンリク劇場の最中、ゾフィは、ひっそりと嘆息をした。

 諦めざるを得ない。

 サンリク王は、死後7年が経った今も、王妃への愛が口から溢れるのだ。

 ゾフィが付け入るすきなど、これから先もないだろう……。


 マリイは、ようやく尻に火が付いた。

 俄然、やる気を出す。


「わかったわ、父様!

 あたし、さっさと処分して、バルコニーに出る!」


 やはり、愛人は一人だとて嫌だ。


「では、予定通りにお触れを出します」


 侍従は下がっていった。

 今は午後の12時半。

 あと2時間そこそこでどれくらいの人が集まるか不明だが、バルコニーに立ってしまえば翌朝の新聞に載り、婚約は国内外に広められる。


 そのために、さっさと仕事を終わらせねばならない!

 

 マリイは、ガルドとゾフィに向き直って立った。

 息を吸って言い渡す。


「まずは、ガルド!」


 長年サンリクを欺き、虹の谷の独立をそそのかした上、カイソク王子襲撃に関わり、セツゲン軍を手引きした大罪人。

 何よりも、マリイから姿絵を奪った罪は重い!!


「北方開発庁副官に左遷!

 虹の谷、湖畔の町に移り住み、身を挺して長官を助け、北方の開発に尽力なさい!」


「え?」

「は?」


 一同、きょとんとした。


「マリイ、こやつは処刑だろ?」


 サンリク王が確認する。


「意地悪なヤツだから火あぶりでも車裂きでもいいけど、一族との橋渡し役が欲しいの。

 ウバクロの誰かを使おうかと思ったんだけど、お祖母様は一族以外の定住は認めて下さらないし、一族に外の仕事はさせないっておっしゃったわ。

 ガルドは、谷で人望があるみたいだから、適任だと思う。

 グリーンが北に行くなら、雑用係で、いざという時に盾になって死ぬ人が必要よ!」


 ガルドは言う。


「俺は火あぶりでも車裂きでもいい」


「憎たらしいヤツね!

 でも、ダメ!

 あなたには虹の谷に義理を欠いた責任を取ってもらうわ!

 サンリクのために精一杯謝って、ご機嫌取りしてちょうだい!!」


「――」


 黙る。

 生き延びたことを喜ぶような男ではないし、不本意な仕事をする男でもない。


 サンリクのために生きる覚悟を決めたということだろう。


「次はゾフィ」


 マリイはゾフィに向き合った。

 落ち込んでいる様子だが、相変わらず美しい。


 マリイと父王ダンギを不和にさせた上、王室に対する不信感を国民に抱かせ、さらには王女殺害を企んだ罪人である。


 リヨク王子の姿絵をガルドに渡した罪も許しがたい。


「ゾフィは……、国外追放」


 マリイの目に、涙が浮かぶ。


「財産を全て金銭に換えて、今日中に出て行ってちょうだい。

 もう、あたしと父様のそばにいない方がいい。

 あたしの知らないところで、幸せになって……!」


 母を亡くしてから、ずっと母親代わりだったゾフィ。

 そのゾフィに離れるよう命ずるのは、誰よりもマリイが辛い。


「姫様……」


「うえっ……、ゾフィ……」


 マリイは泣いた。


「姫様は、わたくしがいないとずっとこんなお姿で……」


「あたしを甘やかしたゾフィが悪いんだわ。

 後悔しながら出ていって……!」


 ゾフィの美しい瞳からも、涙がこぼれる。


「これが最後なら……、そのお姿はあんまりです。

 今日は姫様の、15歳のお誕生日でありますのに……」



「え?」



 戻ってきたばかりの侍従に、サンリク王が慌てて問う。


「今日は何日だ!?」


「ああ……! これは失念を!

 確かに今日は、姫様のお誕生日でございます!」


「へえ。俺、初耳。

 マリイ、今日が誕生日なのか?」


「あたし、15歳になったのね……!」


 マリイも忘れていた……。


「皆様、お忘れになるなんてひどい……」


 覚えていたのはゾフィだけだ。


「あの、マリイ様のことはその、ゾフィ殿が全て取り仕切っておいででしたので――」


 改めて、ゾフィがいなくなったら誰がマリイの世話をするのか、そら恐ろしい……。


「姫様! バルコニーにお立ちになるのでしたら、わたくしに身支度を整えさせて下さいませ。

 ゾフィの最後のお願いでございます」


「ゾフィ……」


 マリイとて、ヘタな化粧でバルコニーに立つのは恥ずかしい。

 でも、ここは突っぱねるべき?


「――お願いするわ、ゾフィ」


 マリイは侍従にゾフィを拘束している縄を解かせた。

 断るなんてできない。

 マリイだって、ゾフィにしてもらうのが一番嬉しいのだ。


「――父様、母様の剣をもう少しお借りしてていい?」


「いいけど、何をするつもりだ?」


 どうせならと、マリイは強気に出る。


「あたし、戦闘服でバルコニーに立つ!

 母様の鎧も着けるわ。

 このドレスを着て出るより、よっぽどいいと思う!」


「まあ、姫様!」


 ゾフィはいつも通りにたしなめる。


「確かにそのドレスはいただけませんが、戦闘服はなりません!

 婚約のお披露目ですよ!」


「……好きにすれば良い……」


 しょんぼりと肩を落とす国王。

 侍従はハラハラしながら、


「そのドレスは、陛下自らがマリイ様のために選んだものです」と、


 よっぽど口を挟もうか迷ったが、父王としての威厳をおもんばかると、なかなか言えない……。


「マリイが戦闘服なら、俺も鎧を着けて出ようかな……」


 グリーンがつぶやく。

 闘志を抱く姫の横で、ちょこんと正装するのは恥ずかしい。


「もう好きにすれば良い……」


 国王はまだショックが冷めやらぬご様子で……。


「陛下、勇者の鎧をもう少しお借りしててもいいですか?」


「なんだ、その勇者のとやらは?」


 逆に尋ねられるグリーン。


「お借りした鎧――……」


 グリーンは、入り口に置いたままになっている借り物の鎧を指さした。


「あれは私のお下がりだと言っただろう。

 私は勇者でも何でも無いぞ」


「!」


 グリーン、気づいた。


「あの、ババア!!」


「お祖母様、グリーンを騙したのね……!」


「なんだ?

 それが『勇者の鎧』だとでも言われたのか?

 あの御仁はメアリの母君でいらっしゃるが、なかなかにたちの悪いお人だぞ」


「そうみたいだなっ!」


 グリーンはカンカンに怒っているが、マリイは感謝が止まない。

 『勇者の鎧』のおかげで、グリーンをサンリク城に連れ帰り、婚約してもらうことができた。


「お祖母様は、グリーンがリヨク王子だってご存じだったのだわ」


 これで、ようやく祖母の言動に合点がゆく。


「俺から話したんだよ!

 年寄りが孫を心配したら可哀想だと思って!

 それなのに、チラチラと漏らしやがって!

 俺は黙っててくれって頼んだのに!」


「――――リヨク王子に、マリイ王女」


 突然、声を掛けたのはガルドである。

 二人はびっくりして同時に振り返った。


「メアリ王妃の母君は、一族の頂点に立つお方だ。

 油断してはいけない」


「お……、おう」


「そう、ね。

 お祖母様は長老ですものね」


 なんと返していいか、分からない。

 ガルドは、またも喋る。


「マリイ王女に誕生日プレゼントをやろう」


「え?」


 意地悪なおっさんのプレゼントなんていらない、と言いそうになったが、言わなくて良かった。


「リヨク王子の姿絵だ。

 執務室にある、俺のジャケットの裏地の中だ」


「ええ!?」


「それをやろう」


「……!」


 それは、マリイが欲しくてほしくて堪らなかったもの。


「だ――、誰か、ジャケット取ってきて……。

 早く!」


 衛兵が執務室に走った。


 ドキドキが止まない。

 本当に手に入るのだろうか?


 唯一持っていたグリーンの手配書は、先ほどフウレンに破られてしまった。

 もう、手元にグリーンの絵はないのだ。


「リヨク王子」


 ガルドはグリーンにも声をかける。


「おまえにも婚約祝いだ。

 そこに、カイソク王妃からの書簡も入っている。

 王妃を追い落とす証拠の品になるだろう」


「!」


 場が、一気に緊迫した。

 王妃が協力を依頼した文書。

 今後の安全を約束する、重要な証拠となる。


 果たして――。


 衛兵は、ガルドのジャケットを持って戻った。

 場が一変していて、戸惑っている。


「――俺にくれ」


 マリイの手に渡るはずだったジャケットは、グリーンが受け取った。


 グリーンは書簡をどうするつもりだろう。

 王妃を払いのけ、第一位の王位継承権を主張するつもりだろうか。


 だとしたら、サンリク王女マリイとの婚約はどうなる――?


 グリーンはテーブルにジャケットを広げ、ナイフを出して裏地を裂く。


「サンリクの最高刑は火刑だ。

 万が一は、これを着て燃えるつもりだったか」


「思いがけず生き延びたからな。

 全てをおいて行く」


 何枚もの書類が出てきた。

 数枚めくると、グリーンには見覚えのある、カイソク王家の紋章を浮き彫りにした便せんが出た。


「――――燃やす。

 火をくれ」


 グリーンは言った。


「リヨク王子!

 それがあれば、カイソク城に戻って――」


 フウレンは何としてでも阻止したい。


「これは燃やす。

 こんなの、父さんとセキが困るだけだ」


「…………」


 侍従がロウソクの明かりと皿を持ってきて、そっとテーブルの上に差し出す。


 グリーンは便せんを一枚ずつ、燃やした。

 全部で三枚。

 内容は確認しなかった。


「……」


 フウレンは、耐えられずに目を背けた。


 3年前、父を訪ねてフウレンの元にやってきたリヨク王子。

 その時の驚き、親子を会わせることができた喜び。

 フウレンにとっては、リヨク王子を守ることこそが、バルロックとリルカを引き離した贖罪だった。



 王子はもう、カイソク城に戻らない――――。



 グリーンは更に書類をめくった。

 1枚だけ、紙質が異なるものがある。

 厚紙で、人物が描かれている。


「あ! それがあたしのね!」


 気まずい空気の中で浮かれた声を出してしまい、マリイは恥じ入る。

 それでも、喜びを隠しきれずに手を伸ばす。


 が、グリーン。


 何も言わず、その紙にも火をつけた!!


「きゃあああああ!?」


 マリイのヒステリックな悲鳴。


「あたしの姿絵!!!」


 正確にはマリイに宛てられたグリーンの姿絵だ。

 すかさず取り上げて火を払うも、時すでに遅し。


 人物はあっという間に燃え、何も描かれていない端っこだけが残った。

 灰色の煙が、虚しく天井にのぼる……。


「ひどい……!

 ひどいわ、グリーン!

 ようやく、あたしのものになったのに……!」


 マリイはぺたんと座り込んだ。

 今回はショックで涙も出ない。


 グリーンが、キラッキラの王子様顔で言う。


「必要ないよ、マリイ。

 本物がここにいるじゃないか」


「!」


 騙されない。


「良くないわよ!

 あんまりだわ!

 どうせ、すぐに虹の谷に行っちゃうくせに!

 姿絵すら取り上げるなんて、酷すぎる――!!」


 うわーんと、やっぱりひどく泣き出した。


「こ、これ、マリイ!

 これからバルコニーに立つんだぞ!?

 顔を腫らすな!」


 慌てるサンリク王。


「ゾフィ、何とかしてくれ!」


「姫様、15にもなったレディがそのように泣くものではありません」


「ううう、グリーンが……、グリーンの姿絵を……っ!」


「お部屋で顔を整えましょう」


 マリイは、ゾフィに支えられて退場した。


「グリーン君、さすがにあれはひどいよ。

 なんだって……」


「ひどくない。

 今まで無かったものが、本当に無くなっただけだ」


 ガルドですら同情する……。

 が、しょせん、ガルドだ。


「ところでだが、リヨク王子」


 ガルドはとっとと話題を変えた。


「グリーンとは、王子のことか?」


 グリーンたちの入城時にガルドは城にいなく、知らなかったのだ。


「旅の間はヤウシュ=グリーンとか、グリーン=ホダンを名乗ってた。

 母方の姓だよ」


「大臣の印を返上する前に、北方開発に必要な書類を用意しようと思ってな。

 グリーンで名が知られているなら、リヨク=グリーン=カイソクとするか?」


「それ、いいな!

 北では、ずっとグリーンだったし。

 本名にしてしまおう!」


 そこに、浮かれたサンリク王。


「結婚したら、リヨク=グリーン=サンリクだな!」


「え?」


 フウレンには聞き捨てならなかった。


「あんまりです!

 リヨク様から『カイソク』を消してしまうなんて!」


「大げさだな。

 グリーン君は婿入りするんだから、サンリク姓になるのは当然だろう?」


「カイソク王がお悲しみになられます!」


「バルロックは、そんなことで悲しまない!

 親友の息子になるんだぞ!」


「ああ――、フウレン、じゃあ、」


 グリーンは解決策を提案した。

 フウレンが言いたいことも分かるのだ。


「父さんの血統の、バルロも付ける。

 バルロ=リヨク=グリーン=カイソク。

 これならいいだろ?」


「バルロ=リヨク様ですか。

 それなら……」


「おい、バルロ=リヨク=グリーン=カイソクってだいぶ長いぞ?

 本当にいいのか?」


「俺、もう名前はどうでもいい」


 本名を使う機会なんて、どうせほとんどないのだ。

 ただ、バルロを付けるなら、改名させられたあの時に、父の希望通りにしておけば良かったなと思う……。


 グリーンは、ついでに思いついた。


「なあ、ガルド。

 書類作るなら、開発予算もたくさん付けといてよ。

 工事に整備に、あそこは金がかかるから」


「セツゲン側の下り坂だろ?

 俺はもう予算に口出しできないから、個人資産を回すか?

 結構な額が貯まっている」


「あんた、金の使い道、知らなさそうだもんな」


「ちょっと待て!」


 サンリク王が慌てて割って入った。


「犯罪者の金を北方開発に使うなどと、とんでもない!

 あれはグリーン君の初めての公共事業になるんだぞ。

 不透明な金でケチがついては困る!

 ガルドの財産はすべて国庫に没収だ。

 その後で、改めて予算を付ける!」


「えー、それ、時間がかかるじゃないか」


「サンリク王は形にとらわれて流動性がないのだ。

 つまり、機敏性に欠ける」


「文句を言うな!

 北方開発については、全て私の許可を得てからやるように!!」


 なんとなく、ガルドの奴めはグリーン君と気が合いそうな気がする。

 サンリク王は、悪い方向に行かないよう気をつけねばと、気合いを入れる。


「――リヨク様」


 フウレンが、寂しそうに声をかけた。


「私は帰ります。

 サンリクの皆さんと楽しそうで、安心しました」


「せっかくなのだから、バルコニーに立つ姿を見ていったらどうだ?」


 サンリク王が引き留める。


「いえ――。

 早く、カイソク王にご報告したいので……」


 なにか、悔しい気持ちもある。

 フウレンとしては、サンリクで、ではなく、カイソクでの楽し気な姿を見たかった。


「リヨク様、あれをお渡ししますね」


 フウレンは部下に荷物を持ってこさせた。

 そして、一冊の本を取り出す。


「カイソクからお持ちになったものです。

 馬車は大破して川に浸かっておりましたが、その本は無事でしたので」


「あー。これを持ってきたんだっけ」


「なんだね? 『サンリクの歴史』?

 嬉しいなあ!!

 さすが婿がねだ!」


 サンリク王は無邪気に喜ぶ。


「別に!

 その、これから行く土地の予習くらいはするだろ?」


「その言葉、マリイに聞かせてやりたいよ……」


 いよいよ、フウレンとの別れの時である。

 グリーンはフウレンに右手を出した。


「フウレン。今まで、ありがとう」


「リヨク王子……」


 フウレンは、その手を両手で包んだ。

 初めて会った時、14だったこの手は、大きくなった――。


「その足――治るのか?」


 杖をついている左足を気遣ってくれる。


「時間はかかりますが、ちゃんと治るそうです」


「不死身だな」


「リヨク王子こそ!」


 お互いに、死にそうで死なない者同士、笑いあった。


「――お元気で」


「フウレンもな」


 フウレンは、すでに慣れた杖をつきながら退室していった。

 膝から下がない、義足をつけた足だから、リヨクにバレないうちにその前から去りたかった。


 リヨクが崖から落ちて行方不明になったあの日、フウレンは左足を失った。

 そうなって、良かったとすら思う。

 リヨクを見失い五体満足のまま生きていたとしたら、命を絶っていただろう。


 この後は、こっそりとリヨクがバルコニーに立つ姿を見届けるつもりだ。

 先ほどはサンリク王に断ったが、リヨク王子の立派なお姿をバルロ=リロク様にお伝えしたら、それはそれは喜んでくださるだろう――。





「なんてこと……!

 本当にこの服しか着られるものがありませんわ……!」


 マリイのタンスやクローゼットを全て開き、ゾフィは頭を抱えている。


「グリーンが選んでくれた赤いドレスが、一番、まともなんだけど――」


「どこの工房で作らせましたの?

 デザインはまあいいとして、布地は安物だし、縫製も雑ですわ」


「既製品なの。

 城に戻ったら全部小さくなってて、時間が無かったから」


 唯一、ゾフィのお目に叶った服は、マリイ隊長がお直ししてくれた、あの戦闘服だった。


「なぜに、前だけこんなに短くしてしまったのでしょう……?」


「馬に乗る時、邪魔だから」


「馬?

 姫様、馬にお乗りになりましたの?」


「あ!」


 失言である。

 ゾフィはマリイが馬に乗ることを快く思っていない。


「ごめんなさい、ゾフィ……」


「いえ――。

 わたくしが馬に乗ることを反対するのは…………、メアリ王妃が落馬してお亡くなりになったからです」


 今日、この一時がゾフィとマリイの最後である。

 ゾフィはすべてを語るつもりでそう言った。


「やっぱり。母様は病死ではなかったのね」


「――わたくしが、馬を驚かせてしまったのです。

 姫様と二人、暴れ馬に囲まれたところを、王妃様が救って下さいました。

 その時に無理をされたため、落馬なさったのです」


「あたしを、助けるために――――」


「違います。わたくしが暴れさせた馬から守るためです」


 この二つの違いは大きい。


「王妃様の最期は起き上がることもできず、姫様にはその印象が強かったのでしょう。

 病弱ゆえの衰弱死という姫様の思い込みを、わたくしは否定しませんでした」


 ゾフィもまた、サンリク王ダンギから愛する者を奪ったこと、まだ幼い王女の母を奪ったことを認めたくなかったのだ…………。



「――これを着るしかなさそうですね」


 諦めてゾフィは、マリイの戦闘服を手に取った。


「これが一番、お似合いです」


「ゾフィが持たせてくれたドレスは、すぐに着られなくなったのよ。

 あたし、10センチも背が伸びたの」


「計算外でした。

 あのドレスは着やすく作らせましたし、何よりも姫様がお気に入りでいらしたので、ずっとお召しになっているものと思っていました」


「だから、手配書にあの姿絵を使ったのね?」


「逆です。

 手配書にしてバラ撒くために姫様がお気に召すようなドレスを作らせ、姿絵を描かせたのです」


「……」


「もっと早く見つかるか、死体で戻ってくると思っていましたのに……」


「……」


 マリイは口をとがらせる。

 不思議と、悲しくはない。


「ゾフィは本気であたしに死んで欲しかったんだ」


「ええ。わたくしは昔から子どもが大嫌いなのです。

 初めてお会いした時も、姫様のことが嫌いでしたわ。

 王女であるから無下にもできず、馬に八つ当たりしたら、王妃が死んでしまいました」


「……」


「これ幸いと、王妃にとって代わる予定でしたのに……」


 ゾフィはマリイが着ているドレスを脱がせた。


「あら。このレースは素敵です。

 色合いもちょうどいいですし、外してそちらのドレスに付け直しましょう」


 ゾフィははさみを持ってくると、スカート周りのレースを外しにかかった。


「きれいな人は、お直しが上手ね。

 白いドレスを戦闘服にしてくれた人も、すっごい美人なのよ?」


「一時でも変な服をまといたくないからですわ。

 常に美しくあるためには、自らの手で直してでも素敵な服で身を包まなくてはなりません」


「それなのに、ゾフィは地味な使用人の服装で、あたしのそばに居てくれたんだわ」


「違います。

 姫様のそばにいたのは、ダンギ王の気を引くためです」


「ゾフィは父様の気を引いたりしなかったじゃない!」


「それは――、私が、なにも知らなかったからです……」


 ゾフィはマリイを立たせると、マリイ隊長のドレスを着せた。

 そして、赤いドレスから外したレースを裾周りや、腰回りにあてがってみる。


「ダメですね……。

 足を隠そうとすると、やぼったくなる……」


「バルコニーだから、どうせ足は見えないわ」


「見えなければいいというものではありません。

 ああ、こうしましょう」


 ゾフィはレースをクシュクシュまとめてベールみたいにすると、マリイの腰に当てた。


「あ、かわいい!」


「後ろ下がりのスカートなので、ちょうどいいですわ。

 後ろだけ、隠しましょう」


 ウエストに赤いリボンのベルトを巻いて、その上からレースを縫い付ける。


「この上に鎧を着けるの?」


「鎧なんか付けませんよ」


 ネックレスや大きめのコサージュで、縫い目をごまかします」


「剣も下げないのね……」


 マリイはちょっとガッカリした。


「――王子に言い寄る女人を、けん制するおつもりでしたの?」


「えっ、いえ、そんなことはしないわっ!」


 マリイはわかりやすく狼狽える。


「15の姫君が、剣や鎧で悪い虫を追い払うのは、いかがなものでしょう」


「うう……。だって、父様があんまり脅すから。

 虫除けしとこうかな、って思うじゃない?」


 マリイは戦う気満々だったのだ。


「わたくしは――、」


 ゾフィは言う。


「戦い方を知りませんでしたわ」


 縫物の手が止まった。


「おそばにいれば、そのうちお声がかかるものと思っておりました。

 自分から言い寄って気を引くなんて、考えたこともなかった――」


「ゾフィは美人さんだから。

 でも、父様では相手が悪すぎるわ」


「ええ。

 長いこと、姫様がいらっしゃるから振り向いてもらえないのだと思っておりました。

 でも、姫様がいなくなっても、亡くなったとお伝えしても、ダンギ王の目がわたくしに向けられることはなかったのです。

 結局、メアリ王妃には勝てないのですね」


 ゾフィは再び手を動かす。

 腰に小物やアクセサリーをたっぷり盛った。


「こんなものでしょうか。

 鏡台に移動して下さい。

 お髪を整えましょう」


「はあい」


 素直に鏡の前に座る。

 ゾフィはマリイの髪をポニーテールにしたり下ろしたりと試行錯誤して、結局、高い位置のツインテールにまとめた。


「子どもっぽくない?

 グリーンは17よ?」


「姫様は15です。

 お似合いですわ」


「グリーンの婚約者がお子様じゃ、困るんだけど……」


「姫様は、婚約者の顔を見なかったのですか?」


 ゾフィは呆れた口調でたしなめる。


「あれだけの美貌の持ち主です。 

 姫様がどんなに美しく飾り立てたとして、引き立て役にしかなりません。

 せめて年相応に王女らしく仕上げて、存在感を出さないと」


「……」


 マリイはぐうの音も出ない……。


 ゾフィはツインテールに赤いリボンを結び、少し油を付けてからカーラーを巻いた。


「お顔を向けてください。化粧をします」


 マリイの顔に、ペタペタとクリームが塗られた。


「ちゃんと手順を覚えて下さいね。

 代わりが見つかるまで、ご自分でなさらないといけないのですから」


「……」


 今の今まで覚える気にならなかったものが、果たして、この短期間で覚えられるだろうか。

 ゾフィは粉をはたき、眉を描き、チークを塗った。


「――マスカラを塗ります。

 泣かないでくださいね」


「うっ、」


 そのとたん、泣きたくなった。

 マスカラの次は口紅で、たぶん、それがゾフィとの最後なのだ。


 目が、みるみる潤んでゆく。


「ああ、チークまで流れてしまう――」


「ゾフィ、今まで……ありがとう……。

 ゾフィがあたしを嫌いでも、あたしはやっぱりゾフィが好き……」


 今、言わないと、もう伝える機会が無い。


「あたし、ゾフィのおかげで、グリーンと政略結婚しないで済んだ。

 ありがとう、ゾフィ……」


「姫様……」


 ゾフィの美しい顔が歪む。

 平静を装うのはもう無理だ。

 ゾフィも今、伝えねばならない。


「わたくしこそ…………、ありがとうございました――。

 次に誰かを好きになったら、ちゃんと姫様みたいに言い寄って、気を引いて……、

 好きになってもらいますわ……」


 ゾフィは化粧水を含ませたコットンで丁寧にマリイの顔を直した。


「もう、泣いてはいけませんよ」


「もう、泣かない」


「マスカラをお塗りしますね」


「うん」


 ゾフィの手は、いつも魔法のようにマリイを整えてくれる。

 ゾフィは、リボンと同じ色の赤い口紅を塗った。


「とても可愛らしくおなりです。

 姫様……、

 お元気で――」


「ありがとう、ゾフィ……」


 マリイはもう、ゾフィと目を合せなかった。


「あたしはもう大丈夫。

 泣かない。

 今のうちに、行って……!」


「この部屋を出る時は、頭のカーラーを外すのを忘れないでくださいね……」


「あたし、忘れない――」


 ゾフィはそっとマリイから離れ、部屋を出た。        

 マリイの部屋の隣に、ダンギ王の部屋がある。


 王に、出立の挨拶ができる立場ではない――。


 いや、陛下にお別れがしたいわけではない。

 牢に閉じ込められていた時、姫様は『王の部屋に、メアリ王妃の肖像画がある』と言っていた。

 そして、王妃はゾフィが言うほど美しくはなかった、と――。


 メアリ王妃のお姿を拝見したい。


「ご面会ですか?

 ゾフィ殿はすでに罪人ゆえ、以前のように気軽にお通しするわけには――」


 守衛が、気まずそうに扉を守っている。


「――用はない」


 ゾフィはそう言うと、足早にその扉から遠ざかった。


 メアリ王妃は美しかった。

 太陽を背に、馬で駆け付けてくれたあの時、ゾフィは、こんなに美しい人には勝てないと思った。

 ダンギ王も、それゆえ他の女人には見向きもせず、独身のままおられるのだろう。


 はて。

 ダンギ王から離れることに、何の感情も湧いてこない。


 ――わたくしは、本当にダンギ王が好きだったのだろうか?


 それを考えることすら、どうでもいい。


 城を出て、どこに行こう?

 国外追放を言い渡されたからには、カイソクか、セツゲンか。

 シンリュウ山脈の西側諸国でもいい。


 ああ、でも、まずはドレス工房に向かわねば。


 姫様にドレスを届けさせなくてはならない。

 すぐに着られるものを何点か。

 それと、これから着られる秋物と、冬物も少し大きめのサイズで注文していこう。







「ゾフィの何が気にくわなかった?」


 ガルドが尋ねる。


「なんだ、敬語も忘れたか?」


 サンリク王は不満顔で、ガルドから返却された印と書類を受け取った。


「まあ、おまえはもともとメアリのお付きで、私の家臣ではないからな。

 あれが死んだ後は谷に戻るものだと思っていた」


「ここからでしか出来ないことをやって行こうと思ってな。

 数年がかりで計画を立てたが、まさか、メアリの娘に邪魔されるとは思わなかった」


「ざまあみろ、だ」


 サンリク王はフンッと笑う。


「で、ゾフィの何が気にくわなかった?」


 ガルドはしつこい。


「あの女は王妃としても、王女の母親としても申し分なかっただろう?

 王子を産んでくれたかも知れないぞ?」


「王子はいらん」


 サンリク王は答える。


「婿は選べるが、生まれてくる息子は選べないからな。

 だから、新しい妻もいらん」


 それは、ガルドの知らないサンリク王の一面だった。


「唯一の心配は、私の選んだ婿をマリイが気に入らなかったらどうしようということだった。

 私が政略結婚を勧めたところで、説得力がないからな。

 おまえらがヘタな企てをしてくれたおかげで、マリイは無事、カイソクの王子を気に入った。

 そこら辺、おまえらには感謝している」


「……」


「リヨク王子は、カイソク王が寝食を共にして政治経済をたたき込んだだけあって、発想に根拠があり、交渉事も強い。

 先ほどは逃げられたが、そのうち実力で大臣になって、宰相にまで上り詰めてくれるだろう。

 サンリクにとって、これ以上の婿はない」


「――なるほど」


 ガルドの分析では、サンリク王ほど人を育てるのが下手くそな上役はいない。

 たった一人の娘ですら、容易く奸計に乗せられ、引き離された。


 ゆえに、カイソク王が育て上げたリヨク王子がどうしても欲しかったのだろう。


「ただ――、王子にも欠点がある。

 あの顔だ」


 王は言う。


「いつ何があってどこぞの娘に奪われるか、気が気ではない。

 ガルド、北方では彼に女を近づけるな」


「俺が、おまえの言うことを聞くとでも?」


 今度はガルドはフンと笑う。


「これくらいは、聞いてもらうさ。

 私はおまえのカイソク王子襲撃事件を隠蔽する。

 サンリク王女の暗殺未遂もだ。


 見合った仕事をしろ」


「――――」


 黙るガルド。

 この2点が公になれば、さすがに孫の頼みでも、虹の谷の長老は立場を鑑みて、ガルドを処分しないわけにはいかないだろう。


 湖畔の町での苦境を覚悟していたのだが――。


「――サンリク王は、まっすぐで融通の利かない男だと思ってた」


「こんな時に融通を利かすための、まっすぐだ。

 おまえは素知らぬ顔をして職務を全うしろ。

 この私が、娘と娘婿の暗殺を企てた者を野放しにしているなど、誰も思わん」


 思う以上に、サンリク王は計算高い。

 ガルドは、ふと、わき上がった疑問を尋ねずにはいられなかった。


「まさか、メアリとの結婚も――?」


「阿呆」


 王は答える。


「メアリとの出会いは運命だ。

 ただ、メアリが独立を阻止したい一族の娘だっただけだ」


「……。ふっ……」


 その返答もまた、計算かも知れない。

 実直なバカと見せかけて、とんだタヌキだ。


 メアリが惚れただけはある――。


「谷との橋渡しは任せろ。

 王子も俺が守る」


「ああ。あらゆる意味で守ってくれ」


「俺はこれから発つが、まずは弾劾されるだろう。

 王子には一週間後に発つよう伝えてくれ。

 庁舎を用意して待つ」


「さっさと行け」


 ガルドは一礼もせずに執務室を出て行った。


「無礼なヤツめ」


 守衛によって扉が閉められ、執務室にはダンギ一人である。

 天井を眺めた。


 ようやく、一連の虹の谷問題が片付いた。

 これだけかき回されたのだから、しばらくは大人しくしているだろう。

 後は、ガルドとリヨク王子がどこまでやってくれるか、だ――。


 サンリク王は立ち上がり、メアリ王妃の小部屋に向かった。





 ゾフィはもう、城を出たかしら……?


 そのことを考えただけで、


「うぇっ……」


 マリイは泣きそうになった。

 と、その時である。

 ノックが響いて守衛が扉を開け、


「マリイ様、リヨク王子が面会を――」


「マリイ、ちょっといいか?」


 グリーンが顔を出した。


「あら!」


 瞬時に涙が引っ込む。

 マリイが返事をする前に扉を開けた守衛をたしなめる気にもならない。


「来てくれるなんて、嬉しい!

 入って!」


 マリイは喜んで招き入れる。


「ずいぶんと機嫌がいいんだな」


「どうして?」


 姿絵を燃やされ、泣いて退場したのをマリイは忘れているらしい。


「なんでもないよ。

 機嫌がいいのは、良いことだ」


 わざわざ思い出させる必要はない。


「そのドレス、また変えたのか。

 可愛く仕上がってる」


「本当!?」


「その頭に付いているポンポンも面白い。

 似合ってるよ」


 後ろめたさもあって、グリーンは褒める褒める……。


「これはですね、カーラーといって、取るとほら!」


 調子に乗ったマリイが丸いカーラーボールを外すと、ツインテールがキュルルンとカールしている。


「へー!

 女子のアイテムって面白いな!」


「あたしの髪、重い直毛だから、すぐ元に戻っちゃうんだけどね」


 だからこそ、ゾフィは部屋を出る前に外せと言ったのに……。


「あら。

 グリーン、ずいぶんと大きな本、持ってきたのね」


「ああ、これは――」


 フウレンが届けてくれた本だ。

 マリイはのぞき込む。


「『サンリクの歴史』?

 これ、あたしの本棚にもあるわよ」


「知ってる。

 手垢一つ付いてない新品のような本だった」


「あたし、歴史よりも今が大事だと思うの!」


「歴史あってこその今、だ。

 為政者が歴史を知らないと、政策で失敗する。

 そんなんで、後継者が務まるのか?」


「う……」


 グリーンは手厳しい……。


「今夜から、読む予定だったんです……」


「寝る前に読めば、いい睡眠導入剤になるな」


「……」


 ぐうの音も出なくなり、マリイは黙り込んだ。

 グリーンはハッと反省する。

 ケンカをしに来た訳ではないのだ。


 マリイも気まずい空気に気づいて、気持ちを切り替える。


「あのっ、グリーンの着てるシャツ、格好いい!

 鎧はやめたのね」


「ゾフィさんが来て、マリイもやめるから、これを着ろって」


「さすが、ゾフィだわ!

 行ってしまって寂しい……」


「……」

「……」


 またもや、空気がおかしくなった……。

 もう、本題に入ってしまおうと、グリーンは切り出す。


「マリイ、虹の谷に行く前に、」


「待って!」


 マリイは止めた。


「ごめんなさい!

 あたし、お化粧してるから、泣くわけにいかないの!

 お別れの言葉なら、バルコニーが終わってからにして!」


「お別れ?」


「だって、バルコニーから戻ったら、虹の谷に発つんでしょ?」


「いや?

 発つのは一週間後になった。

 それまでは、サンリク王と観光して過ごす」


「父様とっ!?

 なんで、あたしじゃなくて、父様なの!?」


「だっておまえ、サンリクのこと、何も知らないじゃないか。

 どこを案内してくれるんだよ?」


「うっ!」


 ずっと城に引きこもっていたマリイは、グリーンよりもサンリクのことを知らない……。


「あ――、あたしも一緒に行っちゃダメ?

 あたしだけお留守番なんて、辛すぎる……」


「いいんじゃないか?

 サンリク王だって、娘と一緒の方が楽しいだろうし」


 思いがけず、お許しが出た。

 嬉しい!


「父様が邪魔だけど、ガイド付きのデートだと思うことにする!」


「デートって――」


 珍しい。

 グリーンが赤くなった。


「あら……」


 つられてマリイも赤くなる。

 欲望が駄々洩れだったかしら……?


「――デートなら、虹の谷でしようよ」


 照れくさそうに、グリーンが言ってくれた。


「父親付きのデートなんて、イヤだよ。

 虹の谷の、あのベンチの場所でしよう?」


「背もたれ付きのベンチね!」


 一脚だけ、湖畔に背もたれ付きのベンチを置いていた。

 青くきらめく水面を眺めながら、木陰で並んで座るのは、きっと素敵に違いない。


「あたしも虹の谷に行っていいの?」


「いいに決まってるだろ?

 王女として視察に来いよ」


「うん!」


「雪解け後の春と、長雨明けの夏なんて、どうだ?」


「秋も行きたいわ」


「秋は――、秋は俺がサンリク城に来るからいい」


「え? 戻ってきてくれるの?」


 グリーンはまだ赤くなっている。


「だって……。

 秋にはマリイの誕生日があるだろ?

 来年のこの日、俺が戻ってくる」


 そして、さらに照れくさそうにしてつけ加えた。


「マリイ、15歳、おめでとう」


 マリイに、きれいな顔を近づけた。


「…………目、閉じてもらっていい?」


「う――、うん……」


 マリイの唇に、グリーンの唇が重なる。


「――」


 思考停止。

 やがて、グリーンの唇が離れていくと、マリイはぽ~っとしながら目を開ける。


 ――と、

 目の前のグリーンは、ひどく青ざめ困った様子で、マリイから視線を逸らした。


「なあに?」


「ごめん、マリイ――」


 キスされた後に、その態度は傷つく。


「マリイ、ほんとう、ごめん!」


「なんで、謝るの?」


「だから、その――」


 グリーンはボソリと言った。 


「口紅、取っちゃった……」


「あら……」


 グリーンの口に、マリイの赤い口紅が付いている。


「俺、誰か女の人呼んでくるっ!」


 飛び出そうとするグリーンを、


「待ってよ!

 口紅くらいなら、自分で直せるから!」


 マリイはタックルで止めた。


「本当か?」


「本当、本当!」


 口紅くらいで誰かを呼びに行かれたら、そっちの方が恥ずかしい。

 何と説明するつもりだろう?


 マリイは鏡台の前に座ると、筆で紅を取り、塗って見せる。


「すごいな、マリイ!

 お化粧、出来るようになったんだ!」


 この程度のことを褒めてくれるのは、嫌みではなく、本当に知らないからだ。


「偉いぞ!

 助かったよ、ありがとう!」


 グリーンのおしゃれ音痴に、ちょっと感謝……。


「あの……、あの、グリーンの唇に、あたしの口紅が付いてマス……」


「あ……」


 グリーンも赤くなり、慌てて手の甲で拭う。

 紅が、手の甲に移った。


 ハンカチを貸そうかと思ったが、マリイはそのままにしておくことにした。


「あの、あのね、グリーン、」


 嬉しくなって、マリイは照れ照れしながら聞いてみる。


「あのっ、あたしにキスしたってことは、少しはその、あたしのこと、好きなってくれたのかしら?」


 よい返事が返ってくるのを期待したが、


「――――なに、それ?」


 予想外。

 グリーンの顔がみるみる険しく陰る。


「だって……。

 あの、あたし、婚約してもらったけど、あんまり好かれてるようには思えないから――」


 グリーンの顔に、怒りの表情。

 マリイは怯え、それ以上、言葉が続かなくなった。


 グリーンが睨む。低い声。


「おまえ――、俺のこと、どう思ってるわけ?」


 予想通りに、次は怒鳴られた。


「俺っ、好きでもないのにキスしないし!

 好きでもない子と婚約しないしっ!

 マリイは俺に、失礼すぎるっ!!!」


「だって、だって――!」


「だってじゃない!

 俺のこと、誰でもデートに誘って、すぐにキスして、流されて婚約するような男だと思ってるんだ!?」


「そうじゃないけど、だけど――」


「だけど!?」


 マリイはもう泣きそうだ。


「だって……、グリーン、あたしと結婚しないって断ったじゃない……!

 姿絵、目の前で燃やされて、すごく悲しかった!

 一枚の絵ですら、あたしにくれるのがイヤだった……?」


「あ、」


 グリーン、クールダウン。

 悪いことをした自覚はあるらしい。


「その、結婚しないって言ったのは、好きじゃないわけじゃなくて――、ほら、俺、顔合わせでここに来た訳だし、その――、」


 今度はグリーンがしどろもどろだ。


「じゃあ、最初から結婚じゃなくて、婚約を申し込んでたら、すぐにオッケーしてくれてたの?」


「いや。それも断ってた」


「……。

 やっぱり、好かれてないんじゃない……」


 マリイは悲しそうに口をとがらせた。


「俺――」


 グリーン、観念する。


「求婚は自分からしたかったんだ……」


「え?」


「なのに、親子で婚約だ、結婚だって迫ってくるから――。

 ついムキになって、結婚しないって言った。

 ……ごめん……」


「そんな……」


 マリイ、脱力。


 あたし、待ってれば良かった?

 待ってたら、グリーンから求婚してくれた?


 急かして、けしかけた父に腹が立つ!!

 『プロポーズされて頬を赤らめるお姫様』になり損ねた!!


「マリイ」


 グリーンが照れくさそうにマリイの手を取ってくれた。

 マリイはもっと照れる。


「俺――、2年後のマリイの誕生日に求婚する。

 湖畔の町には、きっとそれくらいかかるから。

 開発を終えて王都に戻ってきたら、俺と結婚して欲しい」


「グリーン……!」


 今のは、『求婚』のカウントに入らないのだろうか?

 2年後の前振りか?

 練習?


 ああ、でも、すごく嬉しい!


「それと、姿絵だけど――」


 グリーンは気まずそうに本来の目的を切り出した。


「目の前に俺がいるのに、やっぱり欲しい?」


「欲しかったわよ。

 今は目の前にいるけど、いなくなっちゃうじゃない。

 手配書は破られるし、あの姿絵、すっごく欲しかった!」


「姿絵は――、俺が持ってる」


「え?

 ――でも、あたしの目の前で燃やされて、」


「あれはニセモノ。

 本物は俺が持ってる」


「ええっ!?」


 グリーンは持ってきた本、『サンリクの歴史』を開いた。

 裏表紙の裏に、画用紙が挟んである。


「――やるよ」


「本当っ!?」


 受け取る手が震えるくらい嬉しい。

 ようやく、ようやくマリイは婚約者の姿絵を手に入れることができた。


 念願だった、姿絵のグリーンと対面。


「あら? このグリーン、笑ってない」


 美少年ではあるが、不機嫌そうにそっぽを向いている。


「俺は無意味やたらと笑わない。

 それが本物の俺だ」


「—―そうね。

 グリーンがキラキラ微笑むのって、商売の時か、何か企んでる時だけだし」


「……」


「あたし、描かれている時に、ゾフィや絵描きにしつこいくらい『笑え、笑え』って言われたの。

 無理して笑わなくても良かったのね」


「そうだな。

 マリイはすぐ騙される。

 婚約のための姿絵は、別に笑ってなくてもいい」


「見事、騙されちゃった」


 今、グリーンに騙されている――。


「ありがとう、グリーン。

 宝物にするわ!」


 マリイはそれを、それはそれは大事そうに胸に抱えた。


 捨ててしまおうか迷った姿絵だが、持ってきて良かったと、心から思う。

 用紙を折らずに挟める本を捜して、それはそれは苦労した。

 ちょうどいいサイズで薄い本は見つからず、結局、大きくて分厚い『サンリクの歴史』なんかを持ち歩くことになってしまった。


「よっ」


 マリイはおなじみの動作で、胸元に納めてある財布を取り出す。


「おまえ、まだ、そんなところに財布を――」


 そして、次。

 グリーンの姿絵を、丁寧に折り始めた!


「なん……!?」


 四つ折り、八つ折りにして財布に押し込み、また服の中に戻す。


「―—―—返せっ!

 苦労して持ってきたのに、そんなに折るなんて!」


「あたし、もう絶対、人前で出さない!

 これまで破られたり、燃やされたりしてたまるものですか!」


「いいから、返せ!」


「絶対、イヤ!」


「何をやっているのだね……」


 気がつくと、サンリク王が扉を開けて立っていた。


「父様。何のご用?」


 グリーンが来た時とは、えらい差である。


「時間だから、迎えにきたのだ。

 バルコニーに立つのだろう?」


「あら、もうそんな時間?」


 時計を見ると、15時に30分前。


「なんのケンカをしてたんだ?

怒鳴り声が私の部屋まで響いていたぞ。

 せっかく婚約したんだから、仲良くしてもいいじゃないか」


「……」


 マリイはグリーンの手の甲を見る。

 マリイの唇からグリーンの唇に移り、さらに移った赤い紅。


 仲良くは、してたわよ。


 思い出すと恥ずかしい。


「どうした、マリイ?」


 赤くなっているのを心配したのか、グリーンが顔をのぞき込んでくる。


「なんでもない!」


 マリイは言った。


「――あたし、父様の部屋の隣ってもうイヤ」


「え?」


「だって、あたしの部屋に来るには、父様の部屋の前を通らないといけないじゃない。

 グリーンが来てるの、丸わかりよ。

 ヘタしたら、会話の内容だって、筒抜けだわ」


「そんなことはないぞ!

 何か怒鳴り合ってたのは聞こえたが、内容までは分からなかった」


「やっぱり聞こえてるんじゃない……」


 侍従が迎えに来て、3人はバルコニーに立つために部屋を出る。

 隣のサンリク王の部屋はなぜか扉が開け放たれていて、確かに誰かが通ると、丸分かりだ。

 (多分、わざと開けてあるのだ)


「年頃の娘を心配をするのは、親として当然だろう?

 さらにお前は家出までしてるんだ。

 分かってくれ」


「もっと離れた部屋に移して欲しい。

 15にもなって父親が隣で監視してるなんて、過保護よ。

 グリーンもそう思うでしょ?」


「俺は――、別にいいと思うけど」


「えー!」


「さすがだ、グリーン君!

 親の気持ちを分かってくれるのだな!」


「そういう訳じゃないけど――」


 隣の部屋どころか、父の部屋に家具を運び込んで一緒に寝起きしていたグリーンには、何も言えないのだ。


 小さな家で育って、母も祖父もすぐそばに居る生活だったから、疑問は抱かなかった。

 でも、セキも他の王子も、ある程度大きい子はみんな一人部屋だった!

 俺だけ父さんと一緒は、変だった!?


 ―—―—もはや、どうでもいいことだ。


「――いいじゃないか、マリイ」


 いろいろ開き直って、グリーンは言う。


「仲の良いとこ、見せつけてやろう。

 サンリク王も再婚したくなって、王子が産まれるかも」


「それはいいわね。

 あたしが跡を継がなくて済むわ。

 グリーンもその方が気楽でしょう?」


「二人とも、ひどすぎるよ……。

 父様はおまえもグリーン君も、」


「あ、父様、明日からグリーンと観光するって聞いたけど、あたしも一緒に行くから」


「え、マリイも?」


「あまり、邪魔しないでね」


「!」




 ホールまで来ると、やたらと外が騒がしい。


「賑やかだな。

 みんな、マリイを見に来たのか」


「そんな訳ないわ。

 あたし、評判の悪い姫だもの。

 使用人の姿が見えないから、みんな、気を使って中庭に出てるんだと思う」


「あ、姫様!

 お早くどうぞ!」


 ホールの扉はすでに開け放たれていて、トルタが入り口を見張っていた。


「トルタ、扉係になったの?」


「大人がみんなかり出されてるので、臨時の守衛です」


「やっぱりね。

 まあ、新聞記者さえちゃんと来てれば、それでいいわ」


「何を言っておる!

 早く出たまえ!」


 サンリク王にグイグイ押されて、2人はホールを突っ切り、バルコニーに出た。

 途端、すごい歓声に襲われた!


「な、なに?」


「すごい人だ!」


 中庭を埋め尽くす、人、人、人!

 みんな、「わー!」とか、「きゃー!」とか言いながらマリイを見ている。


「マリイの人気は大した物だ!

 セツゲンを追い払うための、あの行軍が効いてるな。

 初陣が大勝利だし!」


「みんな、あたしを見に来てくれたの……?」


「ほら、手を振りなさい!」


 マリイがおずおずと手を振ると、一層すさまじい歓声が上がった。


「おい、あの一番前にいるの、シュウとビビじゃないか?」


「赤ちゃん抱っこしてる!

 もう生まれたのね!」


 グリーンは身を乗り出して、「お~い」と2人に手を振った。

 途端、シュウとビビ以外から、黄色い歓声が沸き上がった。


「なんだ?」


「グリーン君!

 前に出すぎだ!

 もっと下がって!」


 サンリク王は慌ててグリーンを引っ込めた。


「今日の主役はマリイだから!」


「ごめん。うっかりしてた」


 うっかりしてたのはサンリク王である。

 カイソクの王子が美形だと、世に知らしめてしまった。

 マリイとの結婚の前に、狙われてしまうかも知れない!


 そうだ!


「今日は婚約発表も兼ねてるんだから、2人とも、くっついて前に出なさい!

 ほら、腕でも組んで!」


「えっ!?」


「ほら、マリイ!

 もっとグリーン君と仲良く!」


 グリーンは下がれと言われたり、前に出ろと言われたり、訳が分からない。


「バルコニーに出るって、大変なんだな」


「シュウさんとビビさん、驚いてる。

 あ、そりゃそうね!

 あの人達、グリーンがカイソクの王子だって知らなかったんだ!」


「まあ、マリイが王女だったんだから、俺が王子ってのもありだろ。

 今度、買い物がてら説明に行こう」


「うん!」


 マリイとグリーンは歓声に応えて手を振る。

 あまりに人が集まりすぎていて、この中にフウレンがいることも、ゾフィがいることも気づかない。


 笑う。手を振る。

 笑う。手を振る。


「――父様、疲れた」


「いつまで続くんだ、これ?」


 笑顔が引きつり始めてきた。


「みんな、列になって進んでるだろ?

 人が集まりすぎたので、使用人が総出で順路を作り誘導してるんだ。

 最後の一人が中庭から出ていくまで、頑張りたまえ」


「ええーっ!?」


「嘘だろ!」


「先頭の連中なんか、2時間前から並んでたそうだ。

 ここは頑張って手を振り続けなさい!」


「うう、頬がこわばってきた……」


「俺、もう飽きた……」


「情けない2人だな!

 ほら、もっと笑って!

 くっついて!

 手を振って!」


 最後の1人が中庭から出た時、すでに日は暮れ始め、カラスが鳴いていた……。

 マリイとグリーンは、疲れ果ててホールにへたり込む。


「あたし、もうバルコニー出ない……」


「そうだな。

 これだけ集まるならパレードの方が良いかもしれん。

 おっと、私は明日からの観光――じゃなくて、視察の打ち合わせがあるんだった。

 先に行くぞ」


 サンリク王はホールを出て行く。


「カイソク王もそうだけど、国王って、パワフルだよな……」


「そうね。

 父様、何を張り切ってるのかしら。

 あちこち連れ回されそうなイヤな予感がする……」


「マリイ、父親に厳しいな」


「正直言って、グリーンとあたしの仲を邪魔してるの、父様だと思う。

 何も、1週間後に居なくなるグリーンを連れ回さなくてもいいと思わない?」


「1週間も城にいて、何するんだよ?

 俺は、視察でも観光でも楽しみだ」


「そりゃ、グリーンはお出かけが好きだから良いかもしれないけど、あたしはもっと――」


「もっと、何?」


「……何でもない」


 真っ赤になったマリイの顔を、グリーンはのぞき込む。


「—―あのさ、もう、口紅が取れてもいい?」


「う……、うん……」


 マリイは、自分から目を閉じた。

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