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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
13 姫様、お逃げください!
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姫様、お逃げください!!

 観光兼視察は、マリイとサンリク王のちょっとしたバトルだった。


「グリーン君、この国営牧場は私が5年前から手がけている事業で、常時2000頭もの、」


「グリーン、喫茶室がある!

 アイス、食べましょう!」


 3人で仲良く行動すればよいものを、常にどちらかがグリーンを連れ出す2対1の構図ができあがっていた。


「グリーンは温泉まんじゅう、何個食べる?

 父様は甘い物、お嫌いよね?」


「そう言えば、グリーン君には矢傷があるそうじゃないか。

 ここの温泉は良く効くぞ。

 早速入ろう!

 マリイは女湯だから、あっちに行きなさい」


「ひどい……!」


 マリイのフラストレーションはたまる一方で、これが6日間も続いた。


「信じられない!

 1週間もグリーンと居たのに、ちっともそんな気がしない!」


 城に戻って思い返すと、むしろ、父親と旅行した感の方が強い。


「俺は楽しかったよ。

 実に充実した1週間だった」


「私も楽しかった。

 マリイとお出かけするのはしばらくぶりだった」


「……」


 マリイはこの場(マリイの部屋)に、サンリク王が居ることも面白くない。

 明日がグリーンの旅立つ日で、今が最後の夜だというのに、


 なぜ、

 父親が、

 グリーンの隣に座って、

 お茶を飲んでいるのか!!!


「グリーン、春に虹の谷に行く時は、あたし、マリイ隊長とお祖母様をお呼びするわ」


「え?」


「父様除けよ!

 父様はこの2人が苦手だから、絶対、付いて来ない!」


「……」


 この2人はグリーンも苦手なのだが……。


 サンリク王が会話に口を挟んできた。


「春はダメだ。

 グリーン君、君は雪解けと共に王都に戻るのだ」


「え?

 雪解けから忙しくなるのに!?」


「父様!」


 噛みつかんばかりのマリイを制して、サンリク王は話し始めた。


「サンリクとカイソクで、平和会議を開いてるのを知ってるか?」


「ああ。

 カイソク王はどこに行くにも俺を同行させてたけど、平和会議にだけは置いて行かれた」


 それは、会議という名の飲み会だから……。


「2年に1度、隔年で開催してたが、毎年開くことにした。

 来年はカイソクの主催でマベツだ。

 君を連れて行く」


「え――」


「バルロックに――、父親に会わせてやろう」


「――」


 次の瞬間、マリイは目を疑った。

 下を向いたグリーンが、両手で顔を覆ったからだ。


「グリーン!?」


「父さんには――、もう、会えないと思ってた――」


 指の隙間から伝い落ちる。

 グリーンは声を上げないが、ポタポタポタポタ流れ落ちた。


「――サンリクが気に入ったら……、危篤の報を受けても帰ってくるなって言われた――」


「バルロックは父親が危篤だと騙されて城に戻り、それがリルカ嬢との永遠の別れになった。

 君に会いたくないと言った訳じゃない」


「分かってる――。

 分かってるけど、俺はもう一度会って、無事を伝えたかったから――」


 サンリク王は、グリーンの肩を抱いた。


「無事は私が伝えたよ。

 来年、元気な姿を見せてやれ」


「ありがとう――。

 ありがとう、サンリク王……」


 声を殺すグリーンに、マリイはどうしたらいいか分からない。

 父、サンリク王のように、震える肩に手を置くこともできなかった。


 やがてグリーンはゆっくりと呼吸し、顏をぬぐい、落ち着きを取り戻した。

 そして、


「――ごめん。

 みっともないとこ見せた」


 照れくさそうに顔を上げてくれた。


「いい……わよ。

 あたしなんか、しょっちゅう泣いてるもの。

 ずっと一緒に居たから、泣き虫がうつったんだわ」


「そうかもな」


 少し、笑ってくれた。


「カイソクでのこと、今度、マリイに話してやるよ」


「ちょっとなら――、聞いてる。

 グリーンがいっぱいケガした話でしょ?

 辛い話なら、教えてくれなくても、」


 王妃に狙われたことや、ひどいケガを負わされたこと。

 どう考えても楽しい話とは思えない。


 でも、


「辛い話じゃない」


 グリーンは言った。


「カイソク王には俺の母親を含めて妻が6人、こどもが8人もいるんだけど、3年間だけ、俺が独占したって話」


「あら。

 人気者を独り占めしたの?」


「父親のいなかった14歳までの分を一気に取り戻した。

 そりゃあ過保護に愛されたんだ。

 サンリク王なんか、カイソク王の比じゃない」


「父様よりもひどいなんて、うっとうしいだけだと思うけど」


 サンリク王がグスッと鼻をすする。


「ううっ……」


 泣いている。


「父様!?

 あたし、そんなにひどいこと言った!?」


「マリイがひどいのは間違いないが……」


 そこは否定しない。


「バルロックは幸せ者だ……!」


 彼は、いつも自分は誰一人幸せにできないと嘆いていた。


 良かったなあ、バルロック……!

 おまえの息子はちゃんと自分で幸せになる力を持っている。

 誰のことも恨まない。

 おまえに、よく似ている――。


 グスングスンと鼻をすするダンギ。


「—―大丈夫よ、父様!」


 マリイは元気に励ます。


「そんなに羨ましがらなくたって、父様もちゃんと幸せになれるわ!」


「おまえ、」


「まだ30代じゃない!

 サンリクの力を持ってすれば、奥さんの6人くらい集まるわよ!

 こども8人は難しいかも知れないけど、王子の1人ぐらいなら授かるかも知れない!」


「違う!

 父様が羨ましいのは、そこじゃない……!」


 グリーンが立ち上がる。


「俺、明日が早いからもう寝る。

 マリイ、おやすみ」


「え?」


 先ほど泣いたのが恥ずかしいのか、そそくさと部屋を出て行ってしまった。


「うそ……、今日が最後の夜なのに?」


 おやすみのキスもしないで、部屋に戻られちゃった。


「ああ、父様も眠くなってきたな」


 サンリク王も、あくびをしながら立ち上がる。


 眠いのなら、もっと早くに出て行けばよいものを……!

 きいいと、マリイは睨み付ける。


「――父様、今夜は我慢するわ。

 明日の朝は絶対、邪魔しないでね……!」


「あれ、何か怒っているのかい?」


「怒ってないわよ!

 明日のお見送りは絶対来ないで!

 父様は昼まで寝ててちょうだい!」


 ダンギは部屋から追い出された。





 翌朝である。

 マリイがおはようの挨拶をしに部屋を訪ねたら、グリーンはいない。


「え……?」


 青ざめるマリイ。


「噴水広場に行くとおっしゃってました」


 扉前の衛兵は、誰もいない部屋を守っていたのか。


「こんな朝早く?」


「朝食前には戻るとおっしゃってましたが……、もう朝食のお時間ですよね」


「あたし……、朝ご飯を一緒に食べようと……」


 ダーッと涙が溢れた。

 まさか、こんな不意打ちみたいに置いて行かれると思わなかった。


「ひどい……」


「なんだよ、俺、なにかした?」


「!」


 振り向くと、グリーンである。


「グリーン!」


 マリイは飛びついた。


「なに?

 何があったの?」


「あの、どうやら、朝食に遅れたことをお怒りのようで……」


 衛兵は、失礼な勘違いをしている……。


「泣くほど腹が減ったのか。

 ほら、これやるよ」


 グリーンはマリイに紙袋を渡して、部屋に入った。


「なに? いい匂い」


「ゴマパン。

 腹が減ったから、途中で買った」


「呆れた!

 買い食いしに行ってたのね!」


「おまえと一緒にするな!

 馬を売ってきたんだ」


「馬?

 城の馬、売っちゃったの?」


「俺の馬を売ったの!

 春に、噴水広場でおまえに会う前に預けてたんだ。

 それを忘れて旅に出たもんだから、超過料金がすごいことになってて。

 金が足りなかったから、そのまま売ってきた。

 北に行くのに、城の馬、使っていいだろ?」


「そりゃいいけど――」


「なんだ、その馬屋はカイソク王子から馬を取り上げたのか」


「!」


「父様……」


 また、サンリク王が現れた……。


「寝ててって言ったのに……」


 マリイは怒りを通り越して、もう悲しい……。


「変装もしないで町に出て、大丈夫だったのか?」


「俺の経験からいくと、変装した方がすぐにバレる。

 普通にしてたら、まず人違いで切り抜けられるんだ。

 なんでだろうな?」


「それは、グリーンが、」


 マリイは教えてあげようかと思ったが、やめた。

 グリーンは本性を隠していた方が品良く、ちゃんと王子様に見える。

 それは、普段のグリーンが口の悪いガサツな男だと言っているようなものだ。


「――なんででしょうね?」


 ごまかした。


「それはそうと、父様、何の用?」


「そんな邪険に扱わないでくれ。

 旅程の話だよ。

 グリーン君、当座の資金を侍従に預けた。

 あらかたのものは馬車に積ませたが、他に何か必要なものがあったら――」


「え? 俺、馬で行くよ?」


「え?」


「ダメよ、グリーン!」


 それにはマリイも反対だ。


「馬は傷跡に響くんでしょ?

 馬車で行ってよ」


「何日も走り続けるような強行軍でなければ、平気だよ。

 侍従もいらないから、金は俺にくれ」


「まさか、1人で行く気か!?」


「いや、2人だ。

 市場で知り合いに会って、サヒロの劇場まで護衛することになったんだ。

 通り道だし、宿代出してくれるって言うから、一石二鳥」


「護衛が必要なのは、君だろう……!」


 サンリク王は頭を抱える。

 バルロックは、どうやってこの王子を大人しく城に閉じ込めていたのだろう?


「ところで、俺にちゃんと給料出るの?」


「ああ。それはもちろん。

 毎月使者を送るから、報告書と引き替えに金を渡そう」


「えー……」


 グリーンは、いかにも面倒くさそうな顔をした。


「ガルドに任せずに、ちゃんと君が確認しろよ。

 あと、計画を実行する前は必ず概算を出して私に許可を求めること。

 そして――」


 サンリク王の指示がまだまだ続きそうだったので、グリーンはそっと動きだし、麻袋に荷物を詰め込みだした。


「グリーン君、ちゃんと聞いてくれ!」


「聞いてるよ!

 時間が無いから、支度しながら聞いてる!」


 グリーンは、『サンリクの歴史』も袋に入れた。


「あら。グリーンもその本を読み終えてないのね」


「とっくに読み終わってる。

 おまえと一緒にするな」


「じゃあ、なんで持って行くのよ?

 そんな大きくて重い本」


「え?」


 意外。

 こんなところでグリーンが赤くなった。


「あたし、『サンリクの歴史年表』って小冊子持ってるけど、貸す?」


「いや――、いい」


 この本の表表紙の裏には、婚約者の姿絵が挟まれている。

 グリーンはマリイと違って、大切なものを折りたたみたくない。


 道中は本屋を回って、この大きさでもっと薄い本を探そう。


「サンリク王、俺の給料、こっちで貯めといてくれない?」


「そりゃ、構わんが」


「結婚申し込む時って、指輪がいるんだろ?」


「指輪?」


「未来の女王がする指輪だから、気合い入れて貯める。

 カイソク王は、王様のくせにすっごい安物の指輪をしてるんだ。

 多分、母さんと結婚した時は貧乏だったからだと思う」


「バルロックのあの指輪は、さすがに私もどうかと思う」


「あたしはもらえるなら、どんなでも嬉しいけど?」


「俺はイヤだよ。

 2年で宝石の目利きになって、最高の指輪を買ってやる」


 バルロックの宝物は、マリイにしか理解してもらえない……。


「あの、朝食をお持ちしたのですが……」


 マリイが命じていた食事が届いた。

 使用人は、2人分しかないのに3人に増えてて困っている。


「陛下もこちらでお召し上がりでしょうか?

 すぐに運ばせ、」


「いいえ!

 父様はご自分の部屋でお食べになるわ。

 2人分だけ、すぐに並べてちょうだい」


「そんな! 

 私も腹が減ってきた! 一緒に、」


「グリーンのおみやげ、1個あげる。

 さあ、忙しいから出て行って!」


 マリイはゴマパンを押しつけ、国王を部屋から追い出した。            

 扉を閉める前に、


「次に父様がいらっしゃったら、追い返してちょうだい」


 と衛兵に命じる。


「容赦ないな、マリイ……」


 ここまですると、さすがにかわいそうになってくる。


「—―あたし、グリーンみたいに出ていけないから」


「え?」


 マリイは言う。


「グリーンはつかの間だと思うから、優しく出来るのよ。

 毎日、一緒にいるしかないとなったら、きっとあたしみたいにうっとうしく思う。

 ――――朝ご飯、冷めないうちにいただきましょう」


「――」


 2人はテーブルに着いた。

 今日の朝食はサラダとオムレツにチキンのハーブ焼き。

 おみやげのゴマパンも一緒に食べる。


 マリイは痛いところを突くな……。


 グリーンには、心当たりがあった。

 確かに、グリーンはつかの間だと思ってサンリク王に接している。


 旅人の性だろうか。

 多分、相手が誰でもそうだ。

 短い間なのだから、構ってもらえるのは嬉しいし、できるだけ楽しく過ごしたい。


 誰とでもあたりさわりなく付き合っているのかもしれない……。


 自分の放った矢がグリーンに刺さっていることに気づかないマリイは、オムレツを半分に割り、断面の美しさを喜んでいる。


 ふと、思い出した。

 あれはいつのことだったろう。

 何もかもが嫌になり、カイソク王やフウレンに当たり散らした。


「――去年か!」


 思ったより最近のことで驚いた。

 なので、うっかり口に出た。


「去年がどうしたの?」


「いや――。

 去年の今頃、俺、家出したんだ」


「あら、グリーンも家出?

 その話、聞きたいわ!」


「大した話じゃない。

 ちょっと城を出たら、町中に手配書がバラまかれてて、1週間で連れ戻された」


 前に、近衛兵団長が言っていた事件である。


「あたしは半年、逃げおおせたわよ!」


 得意げなマリイ。


「それは俺がいたからだろ!」


「まあ……、そうね」


 否定できない。


「あの時、俺はひどい目に遭ったんだ。

 変装はバレるわ、賊に襲われるわ、川に飛び込んで溺れるわ」


「……」


 聞かなければ良かったと、マリイは後悔した。

 グリーンに出会わなかったら、自分もそうなっていたに違いない。


「目覚めたら城にいて、もうここから出られないと思った時は、ひどく絶望した。

 ――うん。

 確かにあの時、父さんがやたらと鬱陶しかった」


「—―それ、どうやったら平気になった?」


「どうだったかなあ。

 回復したら、また出て行くことを考えるようになって、父さんとの時間を大切にしようって思えるようになった。

 前みたいに素直ぶりっこには戻れなかったけどな」


「ふうん……。

 じゃあ――、あたしには、無理だわ」


 マリイは、朝食を取る手を止めた。


「あたしは――、次に城を出ることなんて考えられない。

 だって、怖いもの。

 道中、楽しかったけど、怖い目にも遭ったし、辛い思いもいっぱいした。

 半年前みたいに、何も考えないで家出するなんて、もう無理だわ。

 グリーンなしで旅に出たら、すぐに賊に襲われて、川で溺れる――」


 マリイの目から、涙が流れた。


「……あたしはもう、無茶できない。

 夏はきっと、父様と馬車で谷に行くわ。

 あとは、ここでグリーンを待つだけ――」


「マリイ」


 うっうっと、マリイは泣き出した。


「つまんない……。

 あたし、もう待つだけだわ」


「俺は、待っててもらえるの、嬉しいけど?」


「うん……。

 あたしは、待つ……」


「城で大人しくしてるのもいいし、サンリク王と一緒に遊びに来るのだっていいと思うよ?

 みんな心配せずに済むし、俺もその方が安心だ」


「うん……」


 外の世界を知った分、前より臆病になった。

 そして、やりたいことと、やっていいことの区別が付くくらいは大人になった。


 けど、つまらないだろう人生を受け入れる覚悟は、まだ出来ていない――。


「――なあ、マリイ、」


 グリーンは立ち上がり、ベッドまで行くと、上に置いた荷物から革袋を取り出した。


「財布隠してるんだろ?

 出せよ」


「イヤ。」


 スンスン泣いてるマリイだが、これはきっぱりと断った。


「姿絵を取り上げる気でしょ?

 あたし、もう財布は出さない」


「出さないって、それじゃあ、持ち歩いてる意味ないだろ!」


「買い物の時は出すけど、グリーンの前でなんか出さない!」


「いいから、出せ!」


「イヤ!」


 思った以上に強情だ。

 グリーンは諦めた。


 革袋から何かを取り出すと、ツカツカ歩み寄ってイスに座ったままのマリイの手を引きり、


「ほら」


 何かを握らせた。

 マリイが手を開くと、


「これ、ゾフィの――」


「おまえに返す」


「……」


 ピカピカのサンリク金貨。


 最初は5枚あった。

 1枚はラオ爺とラオ婆に。

 2枚はホダン商店のシュウとビビに。

 もう1枚はウバクロで軍資金にかわり、最後に、1枚、残った。


「両替屋のことは教えたよな?

 これでもう、宿にも飯にも困らない。

 馬車を買ってもいいし、護衛を雇ってもいい。

 そうだ、マリイはハンカチが作れるから、それを売りながら来るのもいい」


「……」


 マリイはグリーンを見る。

 グリーンは言った。


「何かあったら、俺の所に逃げて来い」


「……」


「俺はウバクロか虹の谷かのどっちかにいる。

 まあ、ウバクロで聞けば、誰かが案内してくれるだろ」


「あたし――」


「ここからウバクロなんて、もう何度か往復してるから大丈夫だろ?

 懸賞金は撤回されてるし、前回の行軍でマリイの顔も周知された。

 困ってたら、誰かが助けてくれるさ」


 マリイはもう一度、サンリク金貨を見る。


「あたし……、行けるかしら……?」


「行ける」


「グリーン、心配しない?」


「心配する」


「……」


「仕方ないだろ?

 おまえみたいな危なっかしいヤツが一人旅なんて、めっちゃくちゃ心配するに決まってる!」


「だったら――」


「それでも、何かあったら、俺のとこまで逃げて来い。

 じっと我慢して待っていられるのは、一人旅で心配させられるより辛い。

 正直、俺には絶対できないことだから」


「……」


「マリイはいつだって逃げ出せる。

 だから、ここにはマリイの意志でいて欲しい」


「……………………。

 そう、ね」


 マリイはうなづいた。


「あたしは――、やることがあって、ここにいるんだわ。

 春にはグリーンが戻ってくるんだから、頑張って――!」


「頑張れ、マリイ」


 グリーンはマリイの額にチュッとキスした。


「おでこ……?」


 おでこでも赤くなることに変わりはない。


「さてと、」


 グリーンは革袋をしまい、荷物を背負う。


「サンリク王が来ないうちに出る。

 護衛10人とか付けられそうだ」


「本当に一人で平気?

 10人もいらないけど、1人くらい――」


「マリイは俺がカイソクから来る途中、どうやって襲われたか聞いてない?

 カイソク兵とサンリク兵に守られながら、国王の馬車で来たのに、馬車ごと崖から落とされたんだ。

 護衛が100人いたって、ダメな時はダメだ。

 だったら、気楽に行く」


「う……」


 恐ろしいことをサラリと言う。

 本当に安心させるつもりがあるのだろうか?


「俺は、俺のするべきことをする。

 マリイはここで、やるべきことをやれ」


「うん……」


 マリイは返事をする。


「そうね」


 覚悟を決めたら、だんだんとやる気が湧いてきた。


「あたし――、頑張る!

 逃げ出す時のために、ハンカチ、いっぱい作る!

 城には端切れがいっぱいあるから、ベッドカバーとか、クッションとかも作って、」


「マリイ」


 調子に乗りすぎた。

 グリーンの声が低い。


「おまえ、自分のやるべきこと、本当に分かってる?

 なんで俺と一緒に行けなくて、城に残ることになったか、ちゃんと覚えてる?」


「それは……、ですね、」


 グリーンから湯気のよう出ている怒りが恐い……。


「それは、あたしのお勉強が遅れてて、とても外には出せないって父様が……」


「あー、もうホントに信じられない!」


 グリーンは軽くぶちキレた。


「家庭教師付いてて、ずっと城に閉じこもってたっていうのに、なんで中等教育が終わってないかな!?

 もう15だろ!

 何、やってたんだよ!」


「お、お勉強は苦手なのよ!

 足したり掛けたり、ワケ分かんなくなるし、長い文章読んでると眠たくなるしっ!」


「そんなんだから、お釣りの計算はしょっちゅう間違えるし、自国の歴史書すら読み終わらないんだ。

 とっとと、やれ!

 そして、終わらせろ!」


「ううう……、お別れの時なのに、グリーン、ひどい……」


「ひどいのは勉強サボって叱られてるのに、反省もしないで窓やタッセル数えてたおまえの性根だ」


「ぐうう……」


 ぐうの音はでた……。


「じゃあ、俺、行くから!」


「門まで送るわよ!」


 マリイは立ち上がる。


「別れが辛くなるから、ここでいい」


「うう……」


「いいか、何かあったら、逃げてこい。

 でも、ちゃんと終わらせろ」


 つまり、終わるまでは逃げられない。

 サンリクコインを握りしめて軽く絶望するマリイに、グリーンは希望を見せる。


「全部終わらせたら、来年の夏は湖畔でデートだ。

 サンリク王は連れてくるなよ」


「うん……!」


 喜んで顔を上げたら、口を塞がれた。

 グリーンは結構、キスが好き?


「……」


「――じゃあ」


 そそくさと、グリーンは部屋を出て行く。


「夏に、グリーンとデート……」


 マリイはぽおっとつぶやいた。


 虹の谷の、あの湖畔のベンチでデート。

 何を着ていこう?

 どんな髪型で行こう?


 今からもう楽しみだ。


 さっさと勉強を終わらせて、父親を置いていく算段を企てないといけない。

 どんな、理由を付けよう?


 ノックと共に、部屋の扉が開く。


「あ、あの、陛下がいらっしゃいました」


 マリイは追い返せと命じていたが、衛兵の分際で国王にそんなことができるわけない。

 サンリク王はのんきに顔を出し、


「あれ、グリーン君は?

 当座の資金を持ってきたんだが――」


 と、部屋を見回す。


「とっくに行ったわ」


「ええっ、金も持たずに1人で!?」


「お金なら、グリーンは自分で何とかするわ。

 馬を売ったって言ってたし」


「私に一言あってもいいじゃないか!

 金も持たせず、1人で辺境に行かせたなんて、バルロックに何と思われるか!」


 父、サンリク王はカイソク王にやたらと気をつかう。

 そう言えば、親友だと言っていた。

 だから、グリーンとカイソク王がどのような親子なのか知っていたのだろう。


「父様――」


 マリイは一つ、決意した。


「あたし、父様を越える」


「なんだね、いきなり?

 女王になる決意かい?」


「そんなんじゃないけど、絶対、越えてみせるわ」


 サンリクコインを強く握る。


 夕べ、グリーンが泣いた時、マリイはなにもできなかった。

 父がグリーンの肩を抱き、優しい言葉で慰めるのを見ているだけだった。


 あたしは、父様よりも大きな人間になる!

 そして、次にグリーンが泣いた時は、あたしが肩を抱いて慰めるんだ!!


 勉強は頑張ろう。

 とっとと終わらせて、夏には1人で虹の谷に行こう。


 王が視察に出た時が、城を抜け出すチャンスかもしれない。


 大丈夫。

 城下町の商店街には、シュウとビビの店がある。

 彼らに聞いて、旅に必要なものを揃えればいい。


 アシリではダイアナさんの宿に泊まろう。

 彼女はマリイ王女の訃報に心を痛めてくれた。

 マリイが王女本人だと伝えたら、どんな顔をするだろう。


 サヒロではあの役人を訪ねて、そしてウバクロに着いたら、虹の谷はもう目前だ!

 トノイ兄弟も他のみんなも、きっとマリイを喜んで迎えてくれる。


 春にグリーンが帰ってきた時、この計画を話したら驚くだろうか?

 喜んでくれるだろうか?


 マリイは服の下に隠してある財布をたぐり寄せ、中にサンリクコインをしまった。


「なんだね、マリイ?

 そんなところに財布なんか隠して」


「父様、あたし、午後の予習するから、邪魔しないでね」


 財布を戻すと、マリイは自室に向かう。


 頑張ろう。

 夏に逃げ出すために、今、できることをやる!




 了

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