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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
12 王子リヨク
34/36

王子様、出立

 馬車は懐かしい町や村を通り抜ける。

 小さな分厚い窓から外を眺め、リヨクは外に出たい衝動に駆られたが、我慢した。


 これでも、十分にワクワクしているのだ。

 自分のわがままで、大勢を心配させてはいけない。

 まずは無事にサンリク城にたどり着くことが大事なのだ。


 馬車の中に持ち込んだ、1冊の本を開く。

 表紙の裏に、マリイ王女の姿絵が挟んでいた。


 マリイ王女は美人でもなければ、不細工でもない。

 なんともピンとこないが、会ったら何かが変わるだろうか?





 マベツで1泊し、翌朝、サンリク入りする。

 警備の大半をサンリクに引き継ぎ、フウレンは無事にカイソクを出たことにひとまず安堵した。

 この後は、4日かけて王都ウカニを目指す。    


 山を登り、一行は峠に差し掛かった。

 崖沿いではあるが、道幅は広く難所ではない。


 リヨクは揺られ疲れて居眠りをしていた。

 上り坂が続いて、馬も疲れている。


 サンリク兵に休憩の相談に行こうかとフウレンが思った、その時である。


「かかれっ!」


 どこからか上がった合図と同時に、一行は襲われた。

 護衛の列は人数こそ多かったが、山道で間延びしていて、山頂から降るように飛び降りてくる賊に対応できない。


「リヨク様、出てきてはなりませぬ!」


 飛び起きたリヨクは、馬車の入り口の鍵を確認した。

 大丈夫。ちゃんと鍵はかかっている。

 馬車の窓は小さく、例え割られたとしても人が入ってこられる大きさではない。


 リヨクは剣を確認し、いつでも応戦できるように握りしめた。

 後は、外の惨状に、自分が耐えられるかどうか――――。


 馬のいななく声が響いた。

 身を挺して馬車を守っているフウレンが、集中的に狙われていた。


 切られてほとばしったフウレンの血が小窓を赤く染め、何も見えなくなった。


「フウレン……!」


 飛び出して、助けたい。

 が、なんのためにフウレンが守り耐えているのか、考えなくてはならない!


「入り口を壊せ!」


 ――フウレンは、力尽きたらしい。

 馬車の入り口が力尽くで開けられようとし、振動に大きく揺れた。

 剣を突き刺して小窓を割ろうともされたが、ヒビすら入らなかった。


「天井もダメだ!

 隙間の一つもできない!」


 王の馬車なのだ。

 そう簡単に壊されるはずがない。


「お頭!

 後続を押さえていた連中がやれてる!

 急がないと、持たない!」


「時間が無いよ! どうする!?」


 戸惑うと思いきや、よほど切羽詰まった状況なのだろう。

 即座に返答が聞こえた。


「馬車を――、馬車を谷へ落とせ!」


「!?」


 彼らの切迫は、リヨクに幸運をもたらさない。

 すぐに引きずられる揺れが来た。


「そーれっ!」


 掛け声と同時に、馬車がふわりと宙に浮く。


 落ち着け、落ち着いて考えろ!


 リヨクは鍵を外し、馬車の入り口を開けた。

 風に髪が乱れる。


 馬車は、落ちていた。

 眼下に見えるは川。


 前に、カイソク城を飛び出して賞金稼ぎに襲われた時は、橋から川に飛び込み、辛くも助かった。


 今回も飛び込むか?

 いや、ダメだ。

 馬車と一緒に落ちるのだ。衝撃でやられてしまう。


 飛ぶなら……、木!?


 リヨクは、河川敷に生い茂っている木々に向かい、馬車から飛んだ。






 ――しばらく後、木々の枝に受け止められ、気を失っていたリヨクは、


「馬車は大破だ」

「死体がどこにもない!」


 賊どもの声で目を覚ました。


「下流を捜すか?」


「いや。すぐに護衛のヤツらが下りてくる。

 出くわすとまずい。

 撤退するぞ!」


「カイソク城には何と報告する?」


「王子殺害でいいだろ」


()()()()()()()()でいいか?」


「ああ」


 ヤツらは引き上げていった。


「……」


 身じろぎもせず息を潜めていたリヨクは、ようやく身体を起こす。

 

 右手は動く。左手も動く。

 足も大丈夫だ。

 肩が少し打ち付けられて痛むが、大したことはない。

 剣も、ちゃんと鞘に収まっている。


 動いたことで、ギリギリでリヨクを支えていた枝が、とうとう折れた。


「うわ!」


 ザザッと小枝を折りながら落下し、尻もちをつく。


「痛……。ついてない……」


 いや、ついている。

 賊に襲われ、谷から落ち、大したケガもしていない。


「はあ……」


 疲れていた。

 倒れるように、大の字で寝転ぶ。


 空が青い。


 これから、どうしよう……。


 ヤツらは、護衛兵と出くわすとまずいと言っていた。

 護衛兵が来るのなら、ここで待っていれば良い。

 それで、フウレンの安否も分かるだろう。


 だが、


 『サンリク城も同じでいいか?』だと?

 この襲撃は王妃によるものだと思っていたが、サンリク城にも敵がいるということ?


 まさか、リヨクを招いたサンリク王が?


「……ちくしょう」


 だとしたら、あまりにも間抜けすぎる。

 まるで、王女とおみやげに釣られてノコノコやってきたみたいじゃないか!


「ああ……、もう何も考えたくない……」


 リヨクが、空の眩しさに目を閉じようとした、その時である。


「ひょー、金持ちの馬車だぜ!」


「崖から落ちたんだろ。

 お宝、探そうぜ!」


 馬に乗った、山賊風情の2人組がやってきた。


「お、人がいる」


「貴族の服装だ。お前の馬車か?」


 果たして、この柄の悪い彼らは?


「金目の物を出してもらおう。

 刃向かったり、逃げようとしたらこのナイフで切るぞ。

 その腰の剣も置いてってもらう」


 本当に山賊だった。


「ついてない……」


 リヨクはため息をつきながら身を起こし、立ち上がった。

 腰の剣に手を掛ける。


「そうそう。大人しく――」


 剣を抜いてヒュッと振るうと、太っている方の賊の腕を切り裂き、そのまま足に、思いっきり突き刺した!


「うわあああああ!」


 彼は馬から転げ落ちる。

 すかさずナイフを握っている手を蹴飛ばし、落ちたナイフは拾い上げる。


「言っておくけど、2対1くらいじゃ、俺、負けない」


 多勢に無勢は逃げるにしかずだが、こんな連中だったら、やっつけた方が早い。

 足を痛がる賊の首に、奪ったナイフを当てた。


「待て!

 待て、待て、待って!」


 もう一人が馬から下りて地面に膝をついた。


「悪かった!

 見逃すから、勘弁してくれ!

 親友なんだ、殺さないでくれ!」


「はあ? 俺は見逃さねーよっ」


 リヨクはナイフをくるっと回して、ヤツの頭上に突き刺す仕草をした。


「うわー、勘弁!

 ほんと、許して!」


「――」


 こんなヤツらを殺しても寝覚めが悪いだけ。


 考える。


「――じゃあ、脱げ」


「え?」


「そのシャツを、脱げ。

 心配するな。

 俺のと交換するだけだ」


「あ、はい……」


 交換したシャツに着替える。

 切りつけたのが太っている方で良かった。

 この男のシャツは、サイズがちょうど良い。


「おまえら、名前、何ていう?」


「お……、俺がリロで、こいつがボック……」


「リロとボックか。

 顔と名前を覚えたからな」


 リヨクはニヤっと笑って、ボックの足に突き刺さしたままだった剣を引き抜く。

 ボックが悲鳴を上げて転げ回った。


「いいか、これから会う兵士に『そのシャツはどうした』と聞かれたら、『川を流れてきた死体からはぎ取った』って答えろ。

 『死体はそのまま流した』ってな」


「は、はい……!」


「ところでおまえら、金は持ってる?」


「あの、少しですが……」


「結構、あるじゃないか。

 これ、もらっとくよ。

 こっちの馬ももらおう。

 死ぬよりはいいよな?」


「あ、はい! もちろんデス!」


 リヨクは手に入れた馬に跨がった。


「リロ、ボック、さっき言ったことを忘れるなよ。

 そして、俺のことは忘れろ。

 聞かれても答えるな」


「はい!」

「はい! ……ううう、痛いよお……」


 リヨクはさっさとその場を後にした。    






 リヨク王子襲撃事件は、サンリク王を蒼白にした。


 バルロックの息子が、よりによって、このサンリクで襲われるなんて……!


「安否は――」


「王子のシャツをはぎ取った山賊が、ご遺体はそのまま川に流したと……」


「確認したのかっ!?」


「いえ、川下まで捜索したのですが、見つからず――」


「ならば私は信じない……! 

 山賊の言葉に惑わされるな!

 捜せ!

 必ずや、捜し出せ!」


 王子の姿を見るまで、絶対に認めない。


 王妃を甘く見ていた。

 手を出してくるなら、縁談が破談となり、王位継承権を保持したままカイソクに帰る道中だと考えていた。


 まさか、サンリク城に着く前に襲われるとは思いもしなかった!


 バルロックに限って、こちらを責めたりはしないだろう。

 が、この状況は、サンリクの警護が甘いせいで、サンリクの山賊にカイソクの王子が襲われたということ。


 対外的に、言い逃れのしようが無い!!


 もはや、婚約どころではなくなった。

 王子が見つかったら、即、結婚の発表をして王位継承権を放棄させよう。


 サンリク城で、王子を匿うのだ……!!





 ダンギは王子襲撃事件を表沙汰にしなかった。

 秘密裏に兵を派遣して捜索させた。


 これが、後のガルドによるカイソク軍のサンリク侵攻のデマに信憑性を与えることとなる。




    

 カイソク城では、フウレンからの使者が王に詳細を告げていた。


「フウレン兵団長は重傷にて歩くこともままならず、私が代わり参りました……!」


 謁見の間の玉座にて報告を受けたバルロックは、動けなくなった。


「下がれ……」


 とだけ告げて、部屋から皆を追い払う。


 リヨクは、サンリクに婿に行こうとしてた。

 王位継承権を持ったまま戻ってくることが、そんなに恐ろしかったか?

 王妃は、それほどまでにリヨクを恐れているのか?


 日が暮れても、夜が更けてもバルロックは動かない。

 侍従が心配して何度か様子を見に来たが、「呼ぶまで来るな」と遠ざけた。



 夜が明けて、日が昇る。



「――陛下」


 王妃がやってきた。


「呼んでません」


 バルロックは顔も見ずに言いやった。

 王妃は構わず進んでくる。


「――リヨク王子が、山賊に襲われたと聞きました」


「山賊は金目の物を奪います。

 連中は即座に馬車を谷底に突き落としたそうです」


「――」


 王妃は、バルロックの前に膝をついた。


「わたくしを、お手討ちになさいますか?」


「――」


 バルロックはそっぽを向いたまま、答えもしない。


「……もう、見向いてもくださらないのですね。

 わたくしが恐ろしゅうございますか?」


 王妃は尋ねる。


「恐ろしいのは、」


 バルロックは答えた。


「あなたにそれほどのことをさせた、私、です」


「――陛下!?」


 バルロックは前のめりにグラリと揺れると、そのまま倒れた。    







 リヨクは頭を抱える。

 国境の町オウマまで来たものの、兵の数が尋常ではない。


 サンリク王がここまであからさまに兵を派遣しているのは、友好国の王子を捜しているからなのか、王妃に手を貸しているからなのか。



 それを見分ける術がない。



 ほどよく混んだ食堂で昼飯を取っていると、


「なあ、おまえも足止めか?」


 同じくらいの年の男に声をかけられた。

 彼は、ちょうど空いているリヨクの前の席に座る。


「俺、ラスク=ライ。

 旅芸人だ」


「俺は――」


 ちょっと考えて、リヨクも名乗った。


「ヤウシュ=グリーン。

 旅商人だよ」


 当面は、祖父の名を借りることにした。


「商人って、何、売ってるんだ?」


「今は何もない。

 山賊に襲われて、全部持って行かれた」


 リヨクは説得力のある顔や腕の擦り傷を見せた。


「災難だったな」


「カイソクにある店に戻る途中なんだ。

 『足止め』って何のことだ?

 ずいぶん物々しくなってて驚いてる」


 果たして、事故から2週間。

 リヨク王子の件は町にどう伝わっているのか――?


 返ってきた答えは、意外なものだった。


「マリイ王女が家出したんだと」


「は?」


 マリイ王女?


「って、サンリクの?」


「そう。国王の一人娘。

 これ、やるよ。

 国境で配られてた」


 リヨクは尋ね人のお知らせを受け取る。

 白いドレスを着た少女。


『十四歳で、黒瞳、黒髪。

 貴族の娘です。

 見かけた人は近くの役人に届けてください。

 お礼します』


 それはリヨクが貰った姿絵と全く同じ絵で、間違いなくマリイ王女だった。


「マリイ=サンリクって書かれてないけど、噂が広がってる。

 なんでも、カイソク王子との結婚が嫌で、逃げ出したらしい」


「はあ!?」


 逃げ出した?

 王女が?

 俺を嫌がって?


「なんだよ、それ!!」


「やっぱ、カイソク人にとって屈辱になるのか?」


「当たり前だろ!」


 リヨクはそれをぐしゃっと握りつぶして、ズボンのポケットに突っ込んだ。


 嫌なら、さっさと断ってくれれば良かったんだ。

 そうすれば、サンリクに出向いたあげく、痛い目に遭うこともなかった。


「今朝も国境を見てきたけど、検問所が出来てて、すごい長蛇の列だった。

 もう3日並んでるって人が大勢いた」


「検問か――」


 それはやっかいだ。

 マリイ王女と一緒にリヨク王子も捜させているかも知れない。


 父さんは心配しているだろう。

 フウレンがどうしているかも気になる。


 早いとこカイソク城に戻りたいが、今、この検問を抜けるのは危険でしかない――。


「この検問なんだけどさあ、王女が見つかるまで続くと思うけど、君はこの町に留まるのかい?」


「宿代がな……。

 いくらかかるんだろう?

 大した持ち合わせがないんだ」


「野宿するつもり?」


「やめてくれ。

 山賊に襲われたばかりなんだ」


 手配書と同じ顔が野宿なんかしてたら、尋問をかわしようがない。

 別人になりすまして堂々と宿に泊まっていた方が、よっぽど逃れようがあるというものだ。


「あーもう、どうするかなー……」


 リヨクは再び、頭を抱える。


「じゃあさ、」


 ラスク=ライが提案してきた。


「俺と一緒に、ウカニに行かない?」


「は?」


 彼は身を乗り出してきた。


「俺、もう2日もここで足止め喰らってるんだ。

 昨日、宿代がなくなったから、ちょっとした芸で小遣い稼ぎした。

 そしたら、ウカニの興業屋って人に、ぜひうちの劇場でやってくれって誘われた。

 2週間後にウカニでやる契約しちまった!」


「それは――、良かったな」


 その興業に、なぜリヨクが誘われるのかが分からない。

 リヨクは旅商人を名乗っていて、旅芸人ではないのだ。


「俺、ウカニに行ったことないんだよ。

 おまえはある?」


「あるけど……、何年前だっけ?

 もう8年とか、そんな昔だ」


「それでもいいからさ、俺に付いて来てくれない?

 剣を下げてるってことは、多少なりとも腕に覚えがあるんだろ?」


「腕に覚えはあるけど、俺は勇ましくない。

 基本、逃げる。

 今も逃げてきたばっかりだしな。

 命あってこその物種だ。

 戦うのは苦手」


 だいたい、カイソクを目指してここまで来たというのに、なぜ、またサンリク王都を目指して戻らなくてはならない。


「なあ、頼むよ。

 結構な前金もらってるから、盗賊が怖いんだ。

 本職の護衛を雇ったら、足が出ちまうし。

 何かあった時は、一緒に逃げてくれればいい。

 贅沢するのは無理だけど、往復の宿代とか飯代は全部俺が出すから!」


「――」


 リヨクは考える。


 役人の多いこの町に居続けるのは危険だし、金もない。

 ならば、このラスク=ライと共に行動する方が安全では?


「――――ウカニまでのルートは2つある。

 4日かかる峠越えルートと、7日かかる山沿いルート。

 俺は、峠ルートで襲われた。

 のんびりと7日かけて山沿いを行くなら、一緒に行ってもいい」


「良かった!

 約束は2週間後だから、俺ものんびり行きたい。

 よろしく頼むよ、ヤウシュ!」


「グリーンって呼んでくれ」


 リヨクは再び王都を目指すこととなった。







 王妃が泣いている……。


 目覚めたバルロックは、薄明るいランプに照らされたその顔を、しばらく眺めた。


「……なぜ、あなたが泣く?」


 王妃はハッと気づき、顔を上げる。


「陛下……!

 お目覚めに……!」


「頭が重い……」


「医師を――」


「いらない……」


 バルロックは身を起こそうとして姿勢を崩し、王妃が慌てて支えた。


 力が入らない……。


「ずっと、お眠りでしたゆえ――」


 ぼんやりと、部屋の向こう側のベッドが目に入った。

 使われた形跡がない。


「リヨクは――、まだ見つかっていないのですね……」


 ずっと眠っていたとは、どれだけの時間だろう?

 何時間?

 それとも、何日?


 ダンギは何をやっている!!


 カイソクから捜索隊を派遣すれば問題になるだろうか。

 いや、問題になったとて、構わない――。


「私が……行く――」


 ベッドから出ようとしたが、鈍く身をよじっただけだった。


「陛下、無理をなさらないで……!」


「動け……ない……?」


「何も召し上がっておられないからにございます……!

 すぐに粥を――」


「いらない……」


 空腹ではないのだ。

 食べている間も惜しい。


「陛下……、陛下?」


 バッロックは、また眠りについた。





 なぜ、こんなにも力がないのだろう?

 リヨクが待っているというのに、行くことができない。


 私にもっと、力があれば――――。


 遠い昔、こんな風に力を欲したことを思い出した。

 私は力が欲しかった。


 私を動かす力はリルカさんがくれた。

 そして、私の願いを叶える力は、王妃と、後宮の妃達が与えてくれた――。    


 騒々しさに、バルロックは目覚めた。

 光が眩しい。


「朝……?」


「陛下!!」


 王妃は、また泣いていた。


「陛下がお目覚めです!」


 その辺にいた医師やら侍従やらがわらわらと寄って来て、脈だの熱だのを測られる。


「重湯をお持ちいたしましょう。

 徐々に回復なさいます」


 医師は心労からくるものと言った。

 情けない。

 倒れている場合ではないというのに……。


 手伝ってもらって身体を起こす。


「もう結構……。

 カーテンを閉めて、下がってください……」


「しかし、陛下――」


「うるさくて考えがまとまらない……。

 呼ぶまで来るな……」


 カーテンは閉められた。

 薄明るい室内から去りゆく王妃は、まだ泣いていた。


 先ほど、なにやら答えが見えたような気がしたが、忘れてしまった。


 今、私がすべきことは――……。



 しばらくして、ギィっと扉が開き、王妃が戻ってきた。


「重湯を、お持ちしました」


 来るなと言ったのに……。


「――そこに置いてください」


「お手伝いいたします」


「必要ない」


 王妃は構わずにやって来て、ベッドの傍らに置かれたイスに座った。

 泣いてはいないが、目が赤い。


 スプーンで重湯をすくい、


「お召し上がり下さい」


 と口元に差し出してくる。


「……」


 もう、追い返すのも面倒だと、バルロックは口を開けた。

 温かな汁が口を濡らす。

 ゴクンと飲み込んだ。


 腹は――、減っていたのかも知れない……。


 王妃は次の一匙を差し出してくる。

 また口を開けた。

 そして飲み込む。


「……自分で食べます」


 さすがに耐えられない。

 手も腕も、なんとか動く。

 小鍋とスプーンを受け取った。


「サンリクから使いは来ましたか?」


 口を湿らせたせいか、言葉は滑らかに出る。


「サンリクからは――」


 王妃はまた泣き出した。


「使いは来ておりません。

 ――――ですが、わたくしの使いは戻りました」


 そして、続ける。


「リヨク王子を殺害したと、報告を受けました」


「――そうですか」


 バルロックは小鍋の重湯を食べ終えると、一息ついて、王妃に器を返した。


「ごちそうさまでした。

 腹は空いていたようです」


「……」


 器を持つ王妃の手が、震える。


「覚悟は、できております。

 わたくしは、どうなっても――――」


「ご冗談を。

 父が母を処分しては、セキが悲しみます」


「セキには……、セキには正直に全て話します。

 陛下をお恨みすることはないでしょう」


「恨まれるのは平気ですが、セキを悲しませるのは勘弁して下さい。

 あれは王になる子です。

 余計な憂いを与えたくない」


「陛下――?」


「もう一度寝ます。

 出て行って下さい」


 王妃はそこを動かなかったが、バルロックは構わず横になった。

 考えることは山ほどある。


 私の、するべきこと――。


 バルロックはまた、眠りに落ちた。




「――陛下、お食事をお持ちしました」


「?」


 意外な声に驚いて目覚めると、ランプの明かりに照らされて、第二夫人がこちらをのぞき込んでいた。


「王妃は?」


「わたくしと交代しました。

 もう夕刻ですのよ?

 昼食は食べ損ねてしまいましたね」


 第二夫人は笑う。

 彼女はサンリク王ダンギのいとこで、第三王子の母親だ。


 明るい性格で、場の雰囲気を盛り上げるのを得意としている。


「久しぶりに陛下とのディナーですのに、粥ですわ。

 こんなもので元気になれるのかしら?」


「食べてみないと、分かりません。

 ――いただきましょう」


 バルロックは身体を起こした。

 大丈夫。人の手を借りる必要はなくなった。


 なのに、


「?」


 第二夫人がなかなか粥を渡してくれない。


「どうしました? 冷めないうちにいただきたのですが――?」


「つまりませんこと!」


 彼女は、むくれてため息をついた。


「どうぞ、お召し上がりを」


 粥は渡してくれたが、不満そうだ。


「何か、ありましたか?」


「わたくし、王妃様に言われてきたのです。

 陛下が『いらぬ』とおっしゃったら、口元に運んで差し上げろと」


「口元に――」


「楽しみにしておりましたのに!」


 バルロックは吹き出しそうになった。


「勘弁して下さい。

 自分で食べられます」


「そのようですわね。

 そう報告いたしますわ」


 おしゃべりな彼女は、最近みつけた楽しみのこと、王子の様子などひとしきり話をして帰っていった。




 翌朝は第三夫人、昼は第四夫人が来た。

 みな、食べよ食べよとバルロックに食事を与え、場を明るくして帰って行く。


 夜には順番通り、第五夫人が来た。

 リヨクが負傷して以来、初の面会である。


「王子たちは元気ですか?」


「あ――、はい。

 あの――、よく考えて行動するように、日々言い聞かせております――」


 彼女も王妃と同じ大臣の娘だが、平民出身のせいか、王族や貴族の娘が居並ぶ後宮で気後れをしているようだ。


「王妃のこと、あなたには申し訳ありませんでした」


「いえ、とんでもない!

 ……あの――」


 彼女は怖じ気づきながらも、精一杯話し始める。


「わたし――、王妃様には感謝しかないんです」


「感謝?」


「あの方は、誰にも平等な方です。

 あの……、わたし、父に後宮の上下関係を厳しく教えられてここに来たんです。

 陛下に捨て置かれることも覚悟してました。

 でも、王妃様は陛下を独り占めすることなく、皆に平等に機会を与えて下さいます。

 今も、こうしてお目通りが叶っていますし……」


「はあ」


 思い返してみれば、確かにバルロックの父の時代、後宮には見えざる上下関係があった。

 母を失い、後見人のいないバルロックは、肩身が狭く、周りに気を使いながら生き延びていた。


「王妃様はわたしの王子たちも、他の王子様や王女様たちと同じように可愛がってくれます。

 あの時は、ルイとヤンが早合点した行動に出てしまい、王妃様には本当に申し訳ないことを……」


「そうでしたか」


 彼女はそう言うが、王妃が意図的に王子たちをけしかけたのは間違いない。

 ただ、リヨクのことを除けば、王妃はうまく後宮を納めてくれていたのだろう。




 翌日――。


「おや?」


 食事を持ってきたのは侍従だった。


「私ではご不満でしょうか?」


 彼は、からかうように笑う。


「そうですね。

 一周したので王妃に戻るのかと思っていました」


 顔に出てしまったのなら、否定しても仕方がない。


「サンリクからは何か?」


「まだ、何もござません――」


 食事は柔らかめではあるが、普通食になっていた。

 固形物の摂取で、ようやく頭が働き出す。


「王妃は?」


「お部屋におこもりです。

 昨日より何もお召し上がりでないご様子で、今朝の食事もそのまま下げられておりました」


「そうですか。

 ――では、粥を用意しなさい。

 私が持って行きます」


 バルロックは食事を終えるとようやくベッドから立ち上がり、身支度を整えて、後宮に向かった。




 東の奥の部屋はバルロックの私室から遠く、王子たちの部屋からも、他の妃達の部屋からも遠い。

 扉を守っている衛兵が王に気づき、王妃に知らせようとしたが、制する。

 バルロックは無言のままで中に入った。


 人の気配に王妃は、


「誰も来るなと言ったであろう……!」


 バルロックを見向きもせず、低い声でうなった。

 ベッドの上で、一人泣いていたようだ。


「――――私の時もそうでしたが、皆さん、言うことを聞いてくれないのです」


「!」


 声の主に気づいて、王妃は慌ててベッドを降りる。

 手で顔を拭い、体裁を整える。


「無礼なことをいたしまして――」


「何も召し上がっていないと聞きましたので、お持ちしました」


「そんな、病み上がりでいらっしゃるのに……!」


「この部屋は遠くて参りましたよ。

 さあ、おかけ下さい」


 バルロックはイスを引いて、テーブルに着くよう勧めた。


「重湯ではなく、粥です」


「……」


 王妃は黙ってイスに座る。

 が、握りしめた手を膝の上に置いたまま、食事に手をつけようとはしない。


「陛下……」


 震える声で話し出した。


「今朝早く……、使いが来ました。

 リヨク王子のシャツを着た男がいて……、

 尋問すると、川を流れてきた遺体からシャツを剥ぎ取り……、

 遺体はそのまま、川に流したそうです――」


「――あなたの雇った者は優秀だ。

 私の所には、まだ何の報告もありません」


「……」


 王妃の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。


「なぜ、あなたが泣くのですか?」


「申し訳ありません……!

 わたくしは――、わたくしは今になって――」


 ここにきて、王妃は激しく後悔していた。


 なぜ、あんなにもリヨクさえ始末すればうまくいくと思い込んでしまったのだろう?

 自分は罰を受けこの世を去るかもしれないが、王とセキ王子はうまくやっていくものと思い込んでいた。


 結果、王は倒れて寝込み、セキは継子殺しの母を持つ身となった。

 この後は、母の手による王位簒奪の汚名に苦しめられるだろう。


「陛下は……、第一夫人の子が傷つくのを見ながら、わたくしの子を気遣っていたというのに――、

 わたくしは、セキのことしか見ていなかった……!

 王妃であるというのに、わたくしは、セキだけが愛しい……!」


 申し訳ありません……、申し訳ありません、と何度も謝る。


「……」


 バルロックは椅子をひいて、王妃の隣に座った。

 粥を一匙すくって、王妃の口元に持ってゆく。


「口をお開けなさい。

 毒は入っていませんよ」


「……」


 恐る恐る口を開ける王妃。

 バルロックは粥を差し込み、王妃は飲み込んだ。


「まだ温かいでしょう?」


「は……い……」


 バルロックはもう一匙すくった。


「わたくし――」


「私は2口まで耐えましたよ?

 どうぞ」


「……」


 王妃は2口目も飲み込んだ。


「泣き止んで下さって良かった」


 気がつくと、彼女の涙は止まっている。


「申し訳ありません……」


 王妃はうつむいた。

 自分の非道を理解していないかのようで恥ずかしい。


 スプーンを置いたバルロックが、王妃に向き直る。


「謝るのは――、私の方です」


 王妃は驚いて顔を上げた。


「あなたの力を利用して大きくなったというのに、私はあなたとの約束を守ろうとしなかった。

 あなたが怒るのも無理はない」


「そんな……! 

 陛下は、ちゃんとセキのことも考えて下さいました……!」


「後悔しています。

 リヨクがケガをした時、私は取り乱して後宮を後にしましたが、ちゃんとあなたに向き合うべきだった。

 そうしたら、今頃、こんな事にはなっていなかったでしょうに……」


「わたくしは…………」


 ハラハラと、ふたたび涙をこぼす王妃。


「わたくしは、おかしくなっていたのです。

 第一夫人に対する嫉妬と、優秀なリヨク王子に焦って、もう、自分が何をやっているかわからなかった。

 わたくしにはすでに、王妃の資格などないのです……」


「あなたは、よくやってくれています。

 後宮は私の力の源で、私が大王とまで呼ばれるようになったのは、あなたたちのおかげなのですから」


 バルロックは続けた。


「セキの隣の部屋をあなたにお返しします。

 食べ終えたら、引っ越して下さい。

 ここは遠すぎるし、妃達の様子も、子どもたちの様子も分からない。

 王妃が取り仕切らないと、私の後宮が乱れてしまいます」


「わたくしはもう――」


「あなたにしかできないことなのです」


 バルロックは立ち上がった。


「リヨクは悪運の強い子ですよ。

 無事に生きていることを、一緒に祈って下さい」


 王妃の私室を後にした。





 サンリクからの使いが来ないということは、遺体は見つかっていないということ。

 ダンギは捜索の手を抜くような男ではない。

 懸命に捜しても、見つからぬのだ。


 リヨクはどこかで生きている!!




 ――――サンリクからの待たざる使者がやってきたのは、その翌日だ。

 リヨクが行く時に着ていたシャツに、手紙が添えてあった。



 バルロック、遅くなってすまない。

 事件当日、リヨク王子のシャツを着ていた山賊を捕らえた。

 川を流れてきた王子の遺体から、シャツを奪ってまた川に流したのだという。


 そのシャツを見てもらいたい。

 木々に引っかけたような小さなかぎ裂きが無数にあり、返り血まで浴びている。

 確かに質の良いシャツだが、このようなシャツを着た死体が流れてきたとして、それを奪い、着替えたりするものだろうか?


 もう一人の賊は、腕と足に剣による傷を負っていた。

 また、彼らは二人組であるにも関わらず、馬を一頭しか持っていなかった。


 サンリクにて王子が襲われたことは、何度謝罪してもし尽くせるものではない。

 川の捜索は引き続き行う。

 そして、同時に周辺の捜索も行う。


 今後を考えて姿絵は広めず、私の親衛隊のみで捜索を続けることにした。


 バルロック。

 もし王子が生きていて、どこかで新しい生活を始めていたら、連れ戻してもいいのかい?



 ダンギ=サンリクより





 元の部屋に戻った王妃の後悔は、日を追うに連れて深くなってゆく。


 王は王子の生存を疑わず、遺体は流したとの報告を受けてもう1週間も経つというのに、襲撃事件は伏せられたまま、葬儀の話が出ない。


 あの聡明な王が、逃げておられるのだ。

 王妃が第一王子を殺害したという、受け入れがたい現実から……。


 王妃は、早くリヨクを弔いたかった。

 母を亡くし、継母に殺され川に流された可哀想な王子を悼みたい。

 墓を建てて、その前で泣きすさびながら懺悔したい――――。


「母上、楽器が見当たりませんが、前の部屋にお忘れですか?」


 セキ王子は母が隣室に戻ってきたことを素直に喜んでいる。


「第五夫人に譲りました。

 必要でしたか?」


「いえ――。

 久しぶりに母上と合奏したいと思ったので……」


 王妃は弔いの香を焚く。

 ゆらゆらと上りゆく煙。


 リヨク王子がいたこの部屋で、音楽を奏でることはもうないだろう。

 音色も、笑い声も美しいドレスも、全てが不謹慎に思えて、王妃の持ち物は極端に減った。


 王子には母の変化に気づき、何か訝しんでいる様子が見られる。

 が、その理由を知ることはないだろう。


 リヨク王子のことは、一切をセキに知らせず、墓場まで持って行くことを王と約束した――――。


「なぜ、サンリクの王女と婚約するのが兄上なのでしょう?」


 何も知らないセキ王子が、無邪気な疑問で王妃を刺す。


「兄上は私よりも2つほど年上ですが、2年後の私が、兄上に追いついているとは到底思えないのです。

 カイソクの将来を考えたら、兄上ではなく、私が国を出るべきだと思いませんか?」


「そなたは、」


 王妃の声が震える。


「サンリクに行きたいのですか?」


「そういう訳ではありませんが……。

 正直、父上の後を継ぐのは、重荷です……。

 大王と呼ばれる父上と比べられることを考えると、恐ろしくすらなるのです。

 兄上を陰で支える役こそが、私にふさわしいと思うのですが……」


「そのことを、陛下に申し上げたことは――」


 セキ王子の返答が、王妃のとどめとなった。


「父上にはもう何度も伝えました。

 ……でも、聞き入れてもらえないのです。

 継承順位からいっても、兄上が王となるのが一番良いはずなのに……」


 東の部屋にこもっていて、王妃は息子の思いを知らなかった。


「全て――、母が……悪いのです……」


 王妃はセキ王子しか見ていなかったのではなく、セキ王子すら見ていなかった。

 自分の思いのみを遂げようとして愚挙に出たことを、今、ハッキリと自覚した――。


「セキーーーー、セキも……私と祈ってくれますか?」


「何をです?」


「リヨク王子が無事、戻られることを……」


「私はずっと祈ってますよ、母上。

 あ、破談を願っているのではないのです。

 私と代わっていただいたいのです。

 私は陰ながら、兄上を支えたいのですから」


 ――――生きていて欲しい。

 死んではいないと現れて、わたくしを罵って欲しい。


 ゆらゆらと、香の煙が立ち昇る。


 虚しくあることを知りつつも、この日から王妃は、ひたすらリヨクの帰還を祈り続けた。






 その頃、リヨクは川で洗濯をしていた。


「しっかし、驚いたな!

あんた、めちゃくちゃ強い!

 へっぴり腰なこと言ってたから、弱いのかと思ってた」


 町を抜けたところで、2人は盗賊に出くわしていた。

 6人組の、チンピラのような連中で、リヨクは彼らをあっという間にやっつけた。


「俺はできれば戦いたくない。

 切られると痛いし、切ったら返り血で服が汚れる。

 逃げるのが一番だよ」


「その身体で言われると、説得力あるなー」


「……」


 洗うためにシャツを脱いだリヨクの上半身には、古いのやら新しいのやら傷跡がいっぱいある。


「くっそ……。

 血の汚れはなかなか落ちないな。

 どこかで、セツゲン産の粉石けんを手に入れないと……」


 ジャブジャブこすり洗いをしたシャツを絞り、パンッパンッと伸ばしてしわを取る。


「商人ってのも大変なんだな。

 金目の物持って移動するんだから、そりゃあ、狙われるか」


 濡れたままだが、リヨクはシャツを羽織った。

 傷だらけの身体はあまり見せびらかしたくない。


「それより、俺を弱いと思ってたくせに、なんで護衛に雇ったんだよ?

 おかしいだろ?」


「んー?

 別に、おかしくないさ。

 俺は護衛じゃなくて、一緒にウカニに行ってくれる人を捜してたんだから」


「?」


「言ったろ、俺はウカニは初めてだって。

 本当のことを言うと、遠出も都会も怖いんだ。

 行くなら、強そうなおっさんとビビりながらじゃなくて、気の合いそうなヤツと楽しく行きたい」


「そう、か……?」


「そうだよ! 

 俺は芸人だから、金を奪われても、命さえ無事なら食うには困らない。

 どれだけ楽しいかが重要なんだ。

 あんたが強かったのは嬉しいオマケだ。

 声をかけて良かったよ」


「俺も――。

 そうだな。

 あんたに付いて来て良かった」


「だろ!」


 ラスク=ライとの旅は楽しい。

 同世代と語り合うのは久しぶりだったし、何よりも、装甲車に閉じ込められるのではなく、風を感じて馬で走り、次の町を目指すのがいい。


 一度も役人に声をかけられず、一枚も自分の手配書をみかけることもなく次々と町を通り抜けていると、このまま、旅に出てしまうのはどうだろう――、と思うようになっていた。


 誰か託せる人がいたら、父さんに手紙を書こう。

 まずは金を稼いで、それから――!




 出立から7日後、2人は予定通りウカニの劇場前に着いた。


「こんなに貰っていいのかよ?

 気前が良すぎるだろ」


「言ったろ。

 俺は金に興味ないって。

 むしろ、たくさん持ってて狙われる方が怖い。

 帰りは一人なんだから、ちょっと豪勢にやってくれ」


「そう?

 悪いような気がするが……」


「グリーンは、すぐオウマに戻るのか?」


「いや。

 まだ検問が続いてるだろうし、市場を回ってゆっくりしていく。

 うまいこと仕事が見つかったら、稼いで、北を目指すかも」


「そうか。じゃあ、」


 お互いに頑張ろうな、と言い合い、2人は別れた。





 噴水広場で月に1度の昼市が開かれることを聞きつけ、リヨクはそこを目指す。

 まだ早いが、待ちきれない。

 仕事を探すにしても、早くから行っていた方がいいだろう。


「待ちな、兄ちゃん」


 呼び止められた。


「この時間からは出店者以外、馬の乗り入れ禁止だ。

 そこの馬屋に預けてくるといい」


「ありがとう!」


 買い物客の安全を優先している市場らしい。

 好印象だ。


 早速、案内された馬屋を訪ねる。


「まだ店は出てないよ?」


「出店準備から見たいんだ」


 噴水まで、結構な距離を歩いた。

 誰よりも早く来て、店の準備を始めている幌馬車がある。


 そして、噴水の縁に腰掛けて、じっと開店準備を眺めている先客。



 どこかで見たような……。



 黒髪。黒い瞳。

 そして、白いドレス。


 マリイ=サンリク!!


 姿絵そのものの女の子が、そこにいた。        

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