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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
12 王子リヨク
31/36

王子様、お戻りください

 雪が溶け、明日あたり旅立つという春の日だった。


「おまえたちはここで待っているように」


 若い男の声が、山小屋の外から聞こえてきた。


「バルロック、なんだろう?」


 リルカと顔を見合わせ、バルロックは荷造りの手を止める。

 玄関がドンドンと叩かれた。


「すみません、尋ねたいことがあります!

 開けてください」


「リルカさん、奥の方に。

 私が開けます」


 念のため、リルカを遠ざけてから、バルロックはドアを開ける。


「ありがとうございます。

 こちらにバルロ=リロクという若い男は――」


 来客は、懐かしい顔だった。


「フウレン?

 フウレンではないですか!」


「リロク様! バルロ=リロク様ですね!

 よくぞ、ご無事で……!」


 フウレンはバルロックを凝視したまま、泣き出した。


「入ってください。

 よく、ここが分かりましたね。さあ」


「ううっ、リロク様……」


「あの……、な、なあ?

 バルロック、知り合いか?」


 記憶を失っているはずのバルロックなのだ。

 知り合いの来訪に、リルカが驚いている。


「リルカさん、紹介します。

 私の友人の、フウレン。

 昨年、私が振り落とされた馬車に、一緒に乗っていたのです。


 フウレン、こちらはリルカさん。

 私の妻です」


「妻? 奥方様ですかっ!?

 リロク様、ご結婚を――!?」


「昨年いたしました」


「!!!」


 フウレンは涙が引っ込み、開けた口がしまらなくなった。


「あー、あたし、お茶を入れてキマス!」


 リルカはドギマギと台所お湯を沸かしに走る。

 フウレンの呼んでいる『バルロ=リロク様』とは、バルロックのことだろうか?


 フウレンは「さあさあ」と促されて中に入り、テーブルに着く。

 向かいに、バルロックも座った。


「――訪ねてきてくれるなんて、嬉しいです。

 馬車から投げ出された後、私はこちらのお父君とリルカさんに助けられのです。

 しばらくは記憶を失っていて、戻ることも、無事を伝えることもできませんでした」


「僕は――、あの後、必死で山中を捜しました……!

 お忍びでしたから、助けを呼ぶことも出来なくて、10日間、必死で……!

 

「フウレン……」


「もしかしたら、すれ違ったのかと思い、城に戻りました。

 そしたら手紙が届いてて、記憶をなくしていたと――。

 城には戻らないと――」


「すまないことをしました……」


 フウレンは、嗚咽を漏らす。

 バルロックが商人に持たせたフウレン宛ての手紙。


 必死でバルロックを捜して見つからず、疲れて帰った先で受け取った『もう帰らない』の手紙は、彼をどれだけ苦しめただろう……。


「本当に、申し訳ありません……」


 それでも、あの時とった行動を悔やむことはない。

 城に戻らなかったおかげで、今のバルロックがある。


「あの後――、誰かが私を捜しましたか?」


 バルロックの質問に、フウレンは悲しく首を振る。

 あの時、リロク王子を捜す者など、城にはいなかった――。


「それで良いのです。

 捜されたところで、私に戻る気はないのですから」


「そ、それは困ります!

 リロク様!」


 立ち上がるフウレン。

 ガタンと音を立ててイスがひっくり返った。


 リルカがビックリして、持ってきたお茶をこぼしそうになる。


「す、すみません」


「いえ、あの、お茶です。

 ドーゾ……」


 フウレンは座り直し、リルカはソソソとバルロックの後ろに立つ。


「あの――、リロク様、すぐに城にお戻りください。

 大変なことが起きているのです」


「私は、戻りません」


 バルロックはすぐに返事した。


「リロク様!

 本当に、本当に大変なことが起きてるんです。

 あの――、」


 チラチラと、フウレンはリルカを見る。


「あたし、外に出てようか?」


 リルカは気を利かせてそう言ったが、


「お気遣いなく、リルカさん。

 どうせ、あとで教えて差し上げるのですから、一緒に聞きましょう」


 バルロックはリルカのために隣のイスを引いた。


「……」


 バルロックはそういう人なのだ。

 リルカに居座られてしまい、フウレンは更に困った。


 やがて、意を決したように話しだす。


「――奥方様、絶対に、他言無用に願います。

 今――、バルロ=セイ国王陛下が危篤なのです」


「父上が!?」


「!?」


 リルカはバルロックを見る。

 カイソク国王バルロ=セイ陛下を、バルロックは今、『父上』と呼んだか?


 バルロックはリルカに気づいていない。


「――王都に病が広がっているのはご存じでしょうか?」


「数ヶ月前に聞きました。

 流行病はたいてい2ヶ月で収束しますからから、もう落ち着いた頃だろうと思っていました」


「最初に、第3王子が発症しました。

 次にお姉様の第1王女、それから後宮の皆様が感染して、第1王子、第2王子、第5王子とお亡くなりになりました」


「……!」


 バルロ=リロクは第4王子である。

 カイソクの王位は長子相続であるから、バルロックは今、第1王位継承者となった。


「わ――、私は失踪しています。

 第6王子がご無事なら――」


「第6王子は発症しましたが、幸いにも症状が軽く、ご回復なさいました」


「良かった……!

 では、第6王子が王太子に――」


「でも、第6王子はまだ9歳であらせられます!」


 フウレンは立ち上がり、声を震わせた。


「この混乱した状況で、9歳の王では何もできません……!」


「私が戻ったところで、同じです!」


 バルロックも、立ち上がる。


「力も、後ろ盾も、何もない私です。

 9歳のこどもと何が違います!?

 王を祭り上げた権力者が国を動かすのなら、それは私でも、第6王子でも同じこと!

 むしろ、きちんとした後ろ盾のいる第6王子の方が、よっぽど頼もしいではありませんか!

 違いますか……っ!?」


「バルロ=リロク様……」


 フウレンは震える手を強く握りしめ、背の高いバルロックを見上げる。


「とにかく、一度お戻り下さい。

 陛下が危篤でいらっしゃるのです」


「――」


 フウレンは退かない。

 何が何でも、バルロックを連れて帰るつもりなのだろう。


「な、なあ、バルロック――」


 リルカに袖を引っ張られ、バルロックは我に返った。


「すみません、リルカさん。

 私は――」


「バルロックは、王子様なのか?」


 代わりに、フウレンが即答する。


「カイソクの第4王子、バルロ=リロク殿下であらせられます」


「王子様……なのか……」


 青くなっている。

 お姫様を夢見るリルカだが、夫が王子様であることは、違う次元のことなのだろう。


「バルロック、親父殿が危篤なら、会いに行った方が良いよ……!」


「リルカさん?」


「だって……、親父なんだろ?

 息子に会えないまま死なせるなんて、可哀想だよ……!」


「……」


 リルカたち親子と、バルロックと国王とでは関係性が全く違う。

 息子が失踪しても、気づかない程度の親子なのだ。


 それでも、いまわの際には会いに行くべきだろうか。


「行ってこい、バルロック。

 親父にはあたしから話しとくから」


「ありがとうございます、奥方様!

 リロク様、国王陛下がご存命のうちに、早くお戻りください……!」


 リルカに促され、フウレンに急かされ、バルロックはとりあえず一度、城に戻ることとなった。


「リルカさん、私は必ず戻ります。

 申し訳ありませんが、旅立ちは延期して下さい」


「もちろんだ。

 戻ってくるのを待ってる」


「城に着いたら、すぐに手紙を書きます」


「あたしらのことは心配するな」


 元気な笑顔を見せるリルカ。


「――――無理ですよ」


 バルロックはリルカを抱きしめた。


「私が心配なのは、もうあなたたちだけです。

 どうか、私を待っていて下さい」


「うん……」




 旅支度をして、剣を腰に下げる。


「あ、その剣!」


 リルカが呼び止めた。


「それ、置いてってくれない?

 待ってる間、心強いから!」


「では、これを私の代わりに……」


 リルカは、抱きしめるように剣を預かった。


 山小屋を出ると、2名の兵士が馬を用意して待っていた。

 顔に見覚えがある。

 バルロ=リロクの護衛だった二人だろう。


「リロク様、よくぞご無事で……!」


「心配を掛けましたね」


 バルロックは馬に跨がった。


「バルロック!」


 呼ばれて振り返ると、リルカが嬉しそうだ。


「馬に乗ってるの、騎士様みたいで格好いい!」


 バルロックも笑う。

 そういえば、リルカの前で馬に乗ることはなかった。

 喜んでくれるなら、これからは馬で移動しようか――。




 フウレンを先頭に、一行は山を下りる。

 かつてお喋りだったはずの彼らが終始無言であることをいぶかしんだが、王都から活気がなくなっていることに気づくと、そういうものかと思った。


 1年ぶりのカイソク城に入城する。


「バルロ=リロク王子、よくぞお戻り下さいました」


 大臣たちが出迎える。


「私ごときに、大げさすぎます」


 バルロックはまっすぐに国王の寝室に向かおうとした。

 なぜか、フウレンが行き先を遮る。


「どうしました?」


「――僕は、謝らなくてはなりません」


 フウレンは跪いた。


「なんです、いったい――?」


「国王陛下は―――――、1週間も前にお亡くなりでした」


「!?」


「山小屋にリロク様がいらっしゃることは、昨年末から確認しておりましたから、崩御の後に城全体を消毒してから、リロク様をお迎えに上がったのです」


「では、私が急いで戻ってくる必要はなかったと?」


「お急ぎいただく必要はありました」


 大臣の一人が前に出た。


「これから、国民に国王の崩御を知らせます。

 同時に、王子様、王女様、お妃様のご逝去も知らせねばなりません。

 これらの悲しみや不安は、9歳の王子では拭いきれないのです。


 バルロ=リロク様、どうか喪主となり、葬儀を取り仕切って下さい。

 1年後の戴冠式で、国民は晴れて元気を取り戻すでしょう」


「――――」


 目の前が、真っ白になった。


 謀られた……?

 大臣たちと、フウレンに?


「申し訳ありません、リロク様!

 奥方様は、明日、改めて僕がお連れします!

 何があったかも、全て説明します!

 申し訳ありません!

 申し訳ありません……!」






 それから先を、バルロックはよく覚えていない。

 次の日、フウレンはリルカと親父殿を連れて来なかった。


「手紙が……、残されていました……」




『バルロック


 おまえはこれから、大変になるんだな。

 あたしが王妃様になったら、おまえに恥をかかせてしまう。

 あたしはそれが、一番怖い。


 離れていても、あたしたちは比翼の鳥で、連理の枝だ。

 あたしはあたしで頑張るから、おまえも頑張れ。


 リルカ=グリーン』




 リルカさん……!


 比翼の鳥は、一羽では飛べない。

 連理の枝は、一本では倒れてしまう。


 私はもう、あなたにそれを教えることすら叶わない――――!




 バルロ=リロクが呼び戻されたのは、第6王子、第7王子の母親がともに勢力を二分する大臣の娘だったからと推測される。

 国王不在の混乱の中で政局までもが分裂することを恐れ、後ろ盾も母親もいない、家出中の第4王子が目を付けられた。




 何の力も持たぬことが、私を国王にした――。




 城に戻って以来、バルロックはずっと考え続けた。

 愛する妻と、尊敬する義父から引き離され、ここにいる理由を。


 ゆえに、国王であることには意味がなくてはいけない。




 私には、力が必要だ。

 為すべきことを成す、力が――。





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