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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
12 王子リヨク
30/36

王子様、逃げ出す

 カイソクの第四王子、バルロ=リロク=カイソクの唯一の楽しみは、城を抜けすことだった。


 母は、王子を産んですぐに亡くなった。

 身分の低い側室だったから、有力な後見人も面倒を見てくれる親戚もいない。

 更に言うと、第三王子、第五王子の母親は有力貴族の娘で、持てる者に挟まれた持たざる者の彼は、いまいちパッとしない、忘れられた王子であった。


「バルロ=リロク様、やっぱりコートを着てくれば良かったですね。

 春とは言っても、まだ気温は低いです」


「駅馬車が通りかかったら、すぐに乗りましょう。

 それよりもフウレン、何度も言ってますが、城から出た時はバルロックと呼んでください」


 お忍び時の服装は、兵士の支給品と決まっている。

 城内で簡単に手に入るし、町での自己紹介も簡単で済む。


 お付きのフウレンも、同じ服装をしていた。

 ただ、階級章だけはフウレンが強く辞退して、バルロックより1つ下の物を付けていた。


「そろそろラヌカの町に行けそうですね」


「え、今日行くつもりなんですか?

 隣町とはいえ、山の向こうですよ?」


「日帰りは無理でしょうから、2、3泊して戻りましょう」


 悲しいことに、彼が数日消えたところで、誰も騒ぎはしない。

 これを幸いと、バルロックは冬の間できずにいた山越えに挑戦する気なのだ。


「この兵士の制服、私に似合うと思いませんか?

 私は、こういう身分で生まれた方が幸せだったのかも知れません」


「王子の服装だって、とてもよくお似合いです」


 バルロ=リロクは流れる金髪以外、これといって特徴の無い平凡な顔立ちをしている。

 が、血統と育ちの良さは極上なのだから、それなりの服装をすれば、それなりに見栄えがする。


 悲しいのは、彼をパーティーに誘ってくれる身内や友人が誰一人としていなく、その良さをアピールするチャンスが他の王子達に比べて、圧倒的に少ないということだ。


 王子の境遇を理解しつつ、励ましながら支えるのが、フウレンの役目であった。


「リロク様、ラヌカヘ行く馬車が来ました。

 あれに乗りましょう」


「バルロックです」


「バルロック様、停めますね」


 フウレンが挙げた手に馭者が気づき、馬車は2人の前で止まった。


「あれ? 客は僕たちだけ?」


「一昨日、大雪が降ったからな。

 昨日は一日中天気が良かっただろ?

 雪が溶けた上に、今朝は冷え込んだもんだから、みんな怖じ気づいちまってんだ」


「ああ、路面が凍っていそうですね。

 バルロック様、僕たちも今日はやめておいた方が――」


「おいおい、俺の腕は確かだよ!

 この道、二十年だ。

 さあ、乗った乗った!」


 ここで客を乗せなければ、この馭者に今日の収入はないのだ。

 彼は、バルロック達を安心させるべく自信満々に誘った。


「まあ、客が私たちだけというのも気楽でいいかもしれません。

 フウレン、乗りましょう」


「えー……」


 この後、フウレンの悪い予感は的中する。

 馬車は山道を滑落し、バルロックは一人、行方知れずとなった――――。





 バルロックは小さな山小屋で目覚める。


「ここは――?」


「あたしん家」


 答えてくれたのは、バルロックと同じくらいの年の、きれいな女の人だった。

 金色に輝く髪を無造作に後ろでまとめ、澄んだブルーの瞳をしている。


「あんた、誰なの?」


「私ですか? 私は――」


 思い出せない。

 バルロックは狼狽えた。

 バルロックは、自分がバルロックであることを思い出せなかった。


 やたらと体格の良い中年男が、様子を見にきた。


「あんた、山ん中で木に引っかかってたんだよ。

 どれ?」


 彼は、バルロックの金髪をわさわさとかき分けた。


「後頭部に大きなこぶがあるな。

 どこぞに打ちつけたんだろ」


「頭打って記憶をなくすなんて話、本当にあるんだな」


 彼女は納得したようだった。

 そして、


「ま、いずれ、思い出すだろ」


 と言い、


「ちょうど男手が欲しかったんだ。

 思い出すまでここに居ていいから、手伝ってくれ」


 と、バルロックをここに置いてくれた。





 全てを思い出したのは、それから1週間後である。


「私は、崖から落ちた」


 凍結路面をスリップして馬車が横滑りした時、バルロックとフウレンは片側にギュッと押しつけられた。

 弾みで開くドア。

 滑落中の馬車から、バルロックだけが飛び出すように外へ投げ出された。


 フウレンは無事でしょうか……。

 私が、山越えを急いだばかりに……


「バルロック、ちょっと来てくれー」


 呼ばれて、バルロックは外に出る。


「親父が屋根を直すって言ってるんだ。

 おまえ、高いところは平気か?」


 彼女は名をリルカ=グリーンといった。

 リルカは可愛らしいその名や美しい外見に似合わず、言葉遣いも振る舞いも乱雑な娘だった。


「高いところは平気ですが、屋根を直したことはありません」


「平気なら、とりあえず上がって手伝ってくれ」


 ハシゴを登って、バルロックは屋根に上がる。


「おう、来たか。

 傷んだ屋根を張り替えるから、そっちを押さえてくれ」


「こうですか?」


「しっかり力を入れてろよ」


 彼はヤウシュ=グリーン。

 リルカの父親だ。

 見事な体つきをしていて、力持ちの上、手先も器用である。


 母親はとうに亡くなっていて、親子で二人暮らしという。

 旅商人をしていて、冬の間だけ、この山小屋に住んでいるそうだ。


「これから長いこと留守をするからな。

 しっかり直しておかんと、戻ってきた時に大変なことになってる」


「ここ――、いつごろ発ちますか?」


「2日後の昼だな。

 明日の雨で、雪は全て消える。

 明後日は、いい天気になりそうだ」


 彼の予測は、予言といえる程によく当たる。


 記憶は戻ったが、バルロックは本名の『バルロ=リロク=カイソク』を名乗らなかった。

 第四王子であることも伝えていない。


 カイソク城に仕える兵士で、休暇中に事故に遭ったと作り話をした。


「バルロックはいつ、ここを発つ?」


「私は――」


 迷っていた。

 記憶が戻るまでの約束でここに置いてもらっているのだから、本来ならば、もう出て行くべきなのだ。


 馬車から投げ出された時、必死で手を伸ばし、悲鳴のようにリロクの名を叫んでいたフウレン。

 彼を安心させてやらなくてはいけない。


「あの……、」


 なのに、口から出た言葉は違っていた。


「私も、ついて行ってはダメでしょうか?」


「は?

 俺たちと行くのか?

 だっておまえ、城の兵士なんだろ?」


「兵士ですが――」

 王子ですが――。


「私には向いていないようなのです」


 そう。


 カイソクの第四王子は、バルロックに向いていない。

 やりがいも、夢も、希望も感じられない!


「私も、旅商人になりたい!

 お願いします!

 一緒に連れて行ってください!!」


 興奮しながら頭を下げるバルロックに、親父殿はたじろぐ。


「せっかく兵士になれたのに、もったいない!

 安定してるし、給料も良いと聞くぞ」


 とは言うものの、


「まあ、でも、リルカが良いと言うなら、俺はそれでいい」


 まんざらでもなさそうな、顔つきだった。

 リルカ嬢も、


「ついてくる?

 いいよ。

 あんた、おっとりしてて、兵士に向いてなさそうだもんね」


 あっさり許可してくれた。


「でも、旅商人って、けっこう危ない目に遭うよ?

 親父は兵士の腕を見込んだのかも知れないけど、あんた、強そうには見えないなあ」


 バルロックは正直に答える。


「剣技は――、一度も勝ったことがありません。

 際どいところで負けるのが得意でした」


 毎朝、王子達が一堂に会して行われる剣の稽古。

 対戦の時は反感を買わないよう、手抜きだと思われないよう、ギリギリのところを狙って負けるのが常だった。


 自分が強いか、弱いかなんて分からない。


「……まあ、3人いれば、2人よりかは襲われにくくなるだろ。

 格好良く構えていれば、敵がビビって逃げ出すかもしんないし」


「構えは得意です!

 賊に勝つのは難しいかも知れませんが、お2人を守れるよう、精一杯頑張ります!!」


「え?」


「—―え?」


 聞き返されて、戸惑うバルロック。

 なぜ、リルカは赤くなったのだろう?






 翌日は、親父殿が言った通り、雨だった。

 しかも暴風雨である。


 本当に明日は晴れるのだろうか?


「屋根を直しといて良かったな。

 相変わらず、親父の予報は正確だ」


 親子は明日の晴れを疑っていないようで、せっせと身の回りの品を箱詰めしている。


「残りの食材は食べきっていくよ」


 とのことで、バルロックは黙々とスープを煮込んだ。



 昼近くになって、ドンドンドンと山小屋のドアが叩かれ、強風と共に中年男が1人、飛び込んできた。


「すまない!

 しばらく雨宿りさせてくれないか!?」


 道中、あまりの土砂降りに馬を進められなくなったのだろう。


「リルカ、拭くものを。

 あんた、馬は?」


「外に繋がせてもらった」


「どれ、小屋に入れてやるか」


 親父殿は外へと出て行き、リルカは詰めたばかりの袋から、タオルを出してやる。

 バルロックはスープをついで、男に渡してやった。


「恩に着る。

 大したことないと油断してたんだ」


「とりあえず、温まれ」


 かいがいしく持て成され、男はホッとスープを飲む。

 まるで、数週間前の自分みたいだ――と、バルロックは思う。


 この親子が旅人に優しいのは、自分たちも旅商人だからだろう。

 旅をする者同士、当たり前に助け合うのだ。


 見つけてくれたのが彼らで、本当に自分は幸運だった。


 来訪者は、ラヌカの町で布屋を営んでいる店主だった。

 カイソク城に品物を納めに行く道中、雨に降られたらしい。


 バルロックは手紙を書き、この店主に託す。




 我が友、フウレンへ。


 あの事故で、君は無事だっただろうか?

 私は頭を打ち記憶を失っていたが、酷いケガもなくピンピンしている。


 先日、記憶を取り戻したが、元の場所に戻る気はない。


 旅をしようと思う。

 迷惑を掛けるかも知れないが、どうか、捜さないで欲しい。


 君の友、バルロックより





 翌朝はきれいに晴れた。


 布屋の店主がお礼にと、白い生地を1反リルカに渡していた。

 王室御用達の店だけあって、上等な布である。

 バルロ=リロクのシャツにでもなる予定だっただろうか。


 フウレンが手紙を受け取る頃、バルロックはここにいない。

 布屋は城を目指し、バルロック達はラヌカを目指して左右に別れた。






 意外。


 バルロックの腕は確かだった。

 山中で盗賊に襲われたが、次々と敵をはね除け、撃退した。


「稽古をしてて良かった……」


 継続は力なり、とはこのことだったか。

 サボることも許されず、実戦で使うあてもなく、無意味だと思いながら続けてきたが、ここで敵を追い払うために日々鍛錬していたようだ。


「バルロック、おまえ、強いな」


 そういうリルカ嬢も、相当強い。

 ポケットからジャックナイフを取り出すと、素早く敵を切りつけて回っていた。


「小さなナイフでは、心許なくないですか?

 もう少し大きい、ダガーやレイピアの方があなたには合っていると思うのですが――」


「リルカはうちの看板娘だからな」


 力任せに剣を振るい、敵をなぎ倒していた親父殿が言う。


「物騒な物を腰に下げてたら、客足が落ちちまう」


「か弱い女子は客受けがいいんだ。

 あたしがいるだけで、売り上げが3割違うんだぞ!

 ちなみに、親父が接客すると売り上げが3割落ちる」


 バルロックは、ハハと笑った。


「私も頑張って接客します」


「俺の分も頑張れよな!」



 ……思った通り。

 残念ながら、バルロックの接客はイマイチだった。

 モノの名前が分からないし、そもそも金銭感覚が身についていない。


 店を開いて早々、馬車での荷物整理に回された……。


 バルロックが活躍し出したのは、仕入れを手伝うようになってからである。



 2枚の白シャツを見比べて、


「この型の流行はすぐに終わります。

 逆に、こっちは最先端のものに似てますから、来年も売れ続けるでしょう」


 試しに先のシャツを値切って仕入れ、安く売りさばいた。

 あとのシャツはほぼ言い値であるだけ仕入れ、もっと高く売った。


 予想以上の利益を出した!


「すごい! 

 たいした目利きだよ、おまえ!」


「さすが城で仕えていただけあるな!」


 質こそ違えど、先のシャツは物持ちの良い自分のシャツに似ているし、後のシャツは新し物好きな第一王子のシャツによく似ている。

 流行の最先端は第一王子で、彼の逆鱗に触れないよう生きてきたバルロックは、彼の好みを熟知していた。


「この本は、古くから親しまれている物語の改訂版で、とても読みやすくなっています。

 王室でも、古典の訳本として使われてるんですよ」


「そちらは、パレードで使われている音楽の楽譜です。

 2年後に、第六王子の10歳のお祝いパレードが催されるのはご存じですか?

 メインの楽器は貴族の子弟が独占しますが、太鼓や笛は一般募集があります。

 曲を知っていると有利ですよ?」


 好きな物を仕入れると、うまく接客できる。

 客層が良く、言い値で売れるので、あっという間に目標を達成し、3ヶ月後には親父殿より多く売り上げるようになった。



 ある日の夕方、馬車に荷物を片付けていると、


「城に仕えただけあって、おまえは博識だな」


 と、リルカに褒められた。


「博識と言われるほどではありませんが、嬉しいです」


「売り上げ増のご褒美だ。

 受け取れ」


「?」


 渡された包みを開くと、白いシャツだった。

 山小屋で助けた布屋がくれた、あの生地で作ってある。


「……良い生地なのですから、リルカさんの服を仕立てれば良かったのに……」


「だってあんた、王宮の制服と親父のお下がりしか持ってないだろ」


「今の私には、あの安く仕入れたシャツで十分です」


「そんなこと言わないで、着てみなよ!

 あんた、品がいいから絶対似合うって!」


 熱心に勧められ、バルロックは馬車の中で着替えることになった。


 肌に馴染む生地。

 城で着ていたシャツそのもので、今は嫌悪感すら覚える。


 外に出て見せると、


「ほら、似合う!」


 リルカは飛び跳ねて喜んだ。

 バルロックとしては、新しいシャツというより昔のシャツを着せられているようで、気が沈むのだが――。


「プレゼントをもらって喜ばれるのは、初めてです」


 贈り物とは、もらう側よりあげる側が嬉しいものなのか。


「なあ、ちょっと剣も下げてみろよ」


 調子に乗ったリルカは、リクエストしてきた。


「せっかく、兵士の服を脱いだのに、剣ですか?」


「いいから、頼むよ!」


 懇願されバルロックは、渋々、外したベルトを着け、剣を下げた。

 これもまた、稽古に向かう数ヶ月前の自分のようで、気が萎える。


「親父、見てくれ!」


 リルカに呼ばれ、親父殿までやってきた。


「ほう! 似合うな!」


「だろ?

 その格好のまま宿に戻ろうぜ!」


「え?」


 正直、嫌だ。

 せっかく城を出たというのに、こんな格好はしたくない。


「あんた、腕っ節も強いし、騎士様みたいだ」


 リルカが言う。


「騎士、ですか?」


「女を守って戦う者を、騎士って言うんだろ?」


「いいえ。馬に乗って戦う者を騎士と言いますよ?

 私は騎乗しませんから、今、戦いに出るとしたら兵卒から――でしょうかね?」


「兵卒……」


 ショックを受けたらしく、リルカはがっくり落ち込んだ。

 兵卒に問題でもあるのだろうか。


「すみません、騎士ではなくて」


「いや……、おまえは騎士でなくても格好いい。

 なあ、そのまま戻ろうぜ」


「……」


 結局、着替えないまま戻ることにした。

 いつも通り、リルカは馬車の幌に入り、バルロックと親父殿は馭者台に座る。


 リルカから、この姿は見えない。


 馬の手綱を握る親父殿が、


「すまないな、あいつのワガママに付き合わせて」


 申し訳なさそうに言った。


「いえ――。

 リルカ嬢は白シャツと剣がお好きなのですね」


「いや。

 あいつはお姫サマ気分に浸りたいだけだ」


「?」


 分からない。

 仮にバルロックが騎士だとして、なぜリルカが『お姫サマ』気分になれるのか。


「か弱い自分を守ってくれる騎士様に憧れてるんだ、あいつは」


「リルカさんはか弱くないと思います。

 十分にお強いですよ?」


「そうなんだよ。

 不憫なヤツだ……」


 哀れんでいるのか。

 親父殿は肩を小刻みに震わせている。


「リルカのやつ、ヘタに腕っ節がいいから、守られる前に自分でやっつけちまう!

 あいつがやりたいのは『助けて~』って叫んだ時に、『私がお守りします』って騎士が来る、アレだっつーのにな!」


 ガハハハと大笑いしだした。

 どうやら、吹き出すのをこらえていたらしい。


「……」


 『助けて~』というからには、姫様は危機的状況にあるのだろう。

 主を危険にさらすとは、ずいぶんと職務怠慢な騎士だ。


「リルカさん、失礼します」


 バルロックは身を乗り出して、馭者台の後ろの幌を開けた。


「なんだ、腹でも減ったか?」


 乾し肉が残っていたはず――と、リルカはその辺を捜し出す。


「いえ、お腹は空いてません」


 バルロックは言った。


「リルカさんは騎士に助けられることをお望みのようですが、私が一緒にいるからには、そのような窮地に陥ることはありません。

 残念ですが、安心してください」


「な……っ!」


 リルカは真っ赤になった。そして、


「てめー、親父!

 バルロックに何、言いやがった!?」


 バルロックを押しのけて幌を飛び出し、運転中の親父殿に掴みかかる。


「リルカさん、危ない!」


「リルカ、良かったじゃないか!

 バルロックが守ってくれるってよ!」


 ガハハハハハハハ!と親父殿が豪快に笑う。


「黙れ、このクソ親父!」


 その夜、リルカは機嫌を損ねたまま、誰とも口をきいてくれなかった。


 ただバルロックは、白シャツはリルカ嬢を守られている気にさせるのかと、少しだけこの服装が好きになった。






 馬に水を飲ませるために、リルカとバルロックは森の中を湖に向かう。


 親父殿は一人、馬車を守るために山道に残った。

 年だから疲れるんだと、最近は、二人で使いに出されることが多くなった。


「曇ってるせいか、ずいぶんと湖の青が濃いな」


「リルカさんの瞳の色ですね」


「ここまで青くはないだろ」


 二人は草むらに腰を下ろし、馬と一緒に休憩をとる。

 夏の終わりで、風が心地良い。


 鳥の鳴く声がして探してみると、岸辺に一羽の水鳥を見つけた。


「昼のメインにしようぜ!」


 リルカはポケットからナイフを出す。


「やめてあげましょう」


 バルロックは止めた。


「陰にもう1羽います。

 夫婦だったら、可哀想でしょう?」


「2羽とも仕留めれば、可哀想じゃない。

 肉が増えて私も嬉しい」


「…………1羽を仕留める時に、もう1羽は逃げ出しますよ」


「そんな薄情な鳥は肉になれ」


 リルカは食べる気満々なのだ。

 バルロックは、言い方を変えた。


「比翼の鳥だったら、残された1羽が私たちに襲いかかります」


「ヒヨクの鳥?

 あれは水鳥だろう?」


「ああ、違います。

 比翼の鳥とは、仲良し夫婦のことです」


「? 2羽並んで飛ぶから?」


「ちょっと違いますが、似たようなものですね。

 聞いたことありませんか?

 比翼の鳥、連理の枝」


「枝? 知らないな。

 枝も仲良し夫婦か?」


「ええ。木は離れたところで芽を出しても、成長につれて近づいて、枝が絡み合うようになるでしょう?」


 バルロックは湖畔の木々を指さし、リルカは見上げる。


「そう言われると――、手をつないでいるように見えないこともない」


 そうこうしているうちに、水鳥は飛び立ってしまった。


「あー、バルロックのせいで、おかずに逃げられた」


「すみません。

 私のパンをお分けします」


「いいよ。メシが足りない訳じゃないし」


 リルカは寝転び、再び木々を眺める。


「――あの葉っぱの緑、バルロックの目みたいだな」


「確かに私の瞳は緑ですが――、あんなに濃い色をしてますか?」


「ほらな!」


 笑われて、バルロックは先ほどの会話を思い出した。


「私の瞳と、リルカさんの瞳の景色ですね」


「気持ち悪いな!」


「ひどい……」


 二人は、声を上げて笑った。


 雲の絶え間から太陽の光が漏れてくる。

 リルカは眩しさに堪えきれず、起き上がった。

 そして、


「わあ……!」


 目の前に広がる景色に、声を上げた。


「見ろよ、バルロック! すごい……!」


「え?」


 バルロックは振り返った。


「これは……!」


 空から、幾筋もの光が降り注いでいる。

 湖面に反射して、もやがかかったような幻想的な光景を織り成していた。


「すごい!

 薄明光線ですね……!」


「光線?

 それは違うだろ、バルロック」


 リルカはチッチッチと指を振った。


「これは、『天使のはしご』というんだ。

 あたしが前に行った町じゃ、そう呼ばれてた。

 バルロックは博識だが、光線なんてつまらない!」


「!

 確かに……!

 この景色に『光線』では情緒が足りない。

 天使の、はしご……」


 うまいことを言うものだ、と思った。

 今にも天使が下りてきて、祝福のラッパを吹き鳴らしそうな光景。


「――リルカさんは、私に色々なものを与えてくれる」


 バルロックはつぶやいた。


「ん? 一つ物を覚えて利口になったか?」


 リルカが、軽口を叩く。


「ええ」


 バルロックは素直に認めた。


「リルカさんは、何もなかった私の過去を意味のあるものに変えてくれる。

 あなたこそが、私の生きる価値……」


「どうした、バルロック?

 なんか、大げさなこと言ってないか?」


「ちっとも大げさではありません。

 リルカさん」


 バルロックは、リルカの手を取った。


「私はあなたと一緒にいたい。

 騎士ではありませんが、あなたを一生、お守りしたい! 

 私と、結婚してください」


「!?」


 リルカは固まった。


 今、求婚された気がする。

 求婚とは、こんな突然にされるものか?


「あた――、あたしは、あの――」


 動転して、うまく言葉を繋ぐことができない。


 その様子を変に察して、バルロックは慌てた。


「すみません!

 無理を言いました!

 リルカさんは騎士の方がよろしいのですよね。

 忘れてください!」


「違う……!

 無理、じゃない……」


 真っ赤になったリルカは顔も上げられず、精一杯頑張ってバルロックのシャツの裾を掴む。


「騎士様に憧れるけど、好きなのはバルロックだから、無理じゃない……。


 あたしも――、バルロックと結婚したい――」


「リルカさん……!」




 帰り道、二人は手を繋いで並んで歩いた。


「親父殿に、なんと報告しましょう?


 よく聞く話ですが、やはり、殴られたりするのでしょうか?」


「バルロックが殴られたら、あたしが殴り返してやる!」


「そこは……、見守っていてください」




 さて。

 親父殿は馭者台に寝転んで、退屈そうに2人を待っていた。


「親父ー、話がある」


「なんだ?」


 起き上がって振り返ると、リルカとバルロックは、まだ手を繋いでいる。


「なんだ、今日は仲良しだな。

 バルロック、リルカを嫁にもらわないか?」


「はい、ぜひ」


「……」


 終了。


「この……、クソ親父……!」


 リルカがぶち切れて、親父殿に飛びかかった。


「せっかく、バルロックがいろいろ考えてくれてたのに!」


「なんだよ、俺が何したっていうんだ!

 良かったじゃね―か、嫁にもらってくれるってよ?」


「くたばれ!!」




 国境の町、マベツで二人は結婚届を提出した。


「こいつ、頭を打って名字が思い出せないんだ。

 大丈夫か?」


「大丈夫ですよ。

 バルロックさんと、リルカ=グリーンさんですね。

 おめでとうございます」


 無事に受理され、バルロックはホッと胸をなで下ろした。

 名字を書かないこともそうだが、本名すら名乗っていないことが不安だったからだ。


「これが結婚証明書です。

 本日に限り商店街で使えますよ」


「?」


 『この二人が夫婦であることを、マベツ町役場が認めます』と書かれている証明書。

 商店街でどう使うというのだろう?


「これを持って行くと、指輪や家具が半額で買えるんですよ」


「なんと!」


 親父殿を含めた三人は、そのまま商店街に向かった。


「雑な役所でしたね。

 現住所や出生地を書けと言われたら、どうしようかと思ってました」


「国境の町だし、皆が皆、定住者じゃないからな。

 というより、これはアレだ。

 役場と商店街の陰謀だ」


「バルロック、指輪買おうぜ、指輪!」


 リルカは一人、はしゃいで先をゆく。

 親父殿は言った。


「おまえは、買う予定のなかった指輪を買わせられる」


「いえ、求婚の前に用意しておくべきでした。

 リルカさんには申し訳ないことをしました」


「いいんだよ、バルロック」


 リルカの目が、キラキラと輝いている。


「思い立ったが吉日って言うだろ?

 指輪を用意してからの求婚じゃ、半額券がムダになるところだった!」


 指輪はもちろんそうだが、半額というお得感が割増しで嬉しいのだろう。


「結婚指輪は、割引で買う物ではないと思いますが……」


「そこは安心しろ、バルロック」


 親父殿はこそっと耳打ちする。


「店主は絶対、定価の倍の値を付けて待ち構えている」


「……」




 三人は、宝飾店に入った。


「いらっしゃいませ~、結婚ホヤホヤのご夫婦様でいらっしゃいますね!」


 店主は売る気満々だ。


「指輪を見せてくれ!」


「こちらのケースにたくさんあります!

 どれも、一流品でございますよ」


「うわ、高いな」


「役場の証明書はお持ちですか?

 どれも半額になりますから、この機会に良い物をお選びくださいませ。

 このダイヤなんかいかがです?

 付けてみてください」


「似合うかなあ?」


 リルカは取っ替え引っ替え指輪を試し、楽しそうだ。

 全く興味のない親父殿はソファに座って出された茶を飲んでいる。


 バルロックは壁際の陳列ケースを眺めた。

 宝飾品は、後宮の着飾った女達を思い出す。


 ああいった労働をしない女人ならいいのだが、大きな石の付いた指輪など、リルカはどこでするつもりだろう?

 日常生活の邪魔にならないだろうか?


 バルロックは一つの指輪に目を留めた。

 プラチナの平べったいリングで、小指の先くらいのサファイアが埋め込まれている。

 その青が、リルカの瞳の色とおんなじだ。


「バルロックのはどれがいい?」


「え? 私も、ですか?」


「結婚指輪だから、おまえもだろ」


「そうだな。

 バルロックも指輪をした方が良い」


 親父殿が口を挟んだ。


「他の女に誘われると、リルカが怒るぞ」


「親父、黙れ!」


 リルカはバルロックを引き寄せてショーケースを見せる。


「どれにする?」


「これなんかは、いかがでしょう~?」


 店主には、見栄えの良い金の指輪を薦められた。


「――――でしたら、あちらのサファイアを見せてください」


 バルロックは、後ろのケースを指さした。


「あの、あちらは結婚指輪にはちょっと物足りないかと――」


「石が気に入ったのです。

 かぎ爪で留めているのではなく、埋め込まれているのもいい。

 普段使いでも邪魔にならないデザインですし」


「おまえ、サファイアなんか好きだったのか」


 リルカも、後ろのケースを見に行く。


「リルカさんの瞳と同じ色なんです」


「へー。

 じゃあ、あたしはこっち緑の石にしようかな」


 リルカは、エメラルドの指輪を指さした。

 同じデザインで、一回り小さいものがちょうどある。


「付けてみたい!

 二つとも、出してくれ!」


「え……、ええと、こちらは紳士の小指用ですし、サイズ調整のできないデザインですので、お合いになるかどうか……」


 店主は明らかにテンションを落とし、それでも仕方なく指輪を二つ出した。

 運悪くそれは、


「あたしの指に、ピッタリだ!」


「私もです」


 二人の薬指にちょうどよくはまった。


「このまましていくから、包まなくていい。

 箱もいらない。

 半額でいいんだよな?」


「え? え、ええ。

 ありがとうございます……。

 お二人の未来に祝福がありますよう――」


 三人は、さっさと金を払って店を出た。


 リルカの指に、緑の石の指輪。

 バルロックの指に、青い石の指輪。


「あー、良かった!

 そっちのケースは半額じゃないって言われたら、どうしようかと思った」


「半額じゃなくても、買いました。

 でも、いいんですか?

 ダイヤの指輪を気に入ってらしたのでは?」


「あれは見て楽しむもので、付けてたら何もできない。

 途中で気づいたよ」


 リルカはご満悦だった。


「バルロックの目と同じ色。

 きれいだなー」


 親父殿は言った。


「おまえら、悪趣味だ。

 お互いの目玉を指にはめるだなんて、怖くて浮気もできねえ」


「しませんよ、浮気なんて」


「親父、最低だな!」


 一行はこの後国境を越えて、サンリクに入る。





 カイソクの山の家に戻ってきたのは4ヶ月後、冬に入ってからだった。    


「なぜ、町ではなく山に住んでいるのですか?」


 暖炉に薪をくべながら、バルロックは聞いてみた。


「不便ではありませんか?」


「うーん」


 夕飯の支度をしながら、リルカは答える。


「数年前までは、あたしらも町で冬を過ごしてたんだ。

 あたしが学校に通ってたから」


「ああ、この辺では学ぶところがありませんからね」


「でも、学校を卒業したら、冬の3、4ヶ月だけ住むのに町の家賃は高すぎるんだ。

 その点、ここはタダ同然だし」


 ドアがバンッと開いて、親父殿が戻ってきた。


「食料、買ってきたぞ。

 バルロック、野菜を運ぶのを手伝え」


「はい」


 冬の間、食料は納屋で保存する。

 雪で冷え込み、天然の冷蔵庫になるのだ。


「うー、冷えてくると足が痛むな。

 俺も年を取った」


「荷物は私に任せてお休みください」


「何を言ってる。

 まだまだ、俺の方が力持ちだ」


 最近、親父殿は身体の痛みを訴え始めた。

 もう、旅をする生活は辛いのだろうか。


「親父殿は――、町で店を開くことは考えていませんか?」


 今度もバルロックは聞いてみた。


「店って、屋台じゃないほうの店だよな?

 昔、王都のオーリンで経営してたよ」


 彼の答えは意外だった。


「夫婦で旅商人をやってたんだが、リルカが生まれて定住したんだ。

 まあ、定住つっても、女房が店、俺が仕入れで、ほとんど家には居なかったけどな」


「それは――、お互いお寂しかったでしょうね」


「まあな」


 親父殿は白菜をどかどかと積み重ね、むしろを被せる。

 バルロックはにんじんやジャガイモを運んだ。


「女房が死んで、3歳のリルカと二人になった時、もう旅はやめようって思った。

 でも、3ヶ月ももたなかった。

 じっと町に留まってるのに我慢できなくて、店を売って、リルカを連れて旅に出た」


「小さいリルカさんを連れて、ですか?」


「何とかなるもんだよ。

 定住に、俺は向いてないんだ。

 あの3ヶ月が限界だった」


 どうやらこの親父殿、働き者と思いきや、じっとしているのが苦手なだけのようだ。


「リルカが学校に行く年齢になった時も、定住を考えた。

 でも、リルカも家というものに向いてないんだ。

 早々にあきらめて、冬の間だけ、学校に通わせることにした」


 作業を終えて納屋から戻ると、テーブルにはすでに夕食の準備がされていた。


「おお!

 早速、肉を焼いてくれたか!」


「コート脱げよ。

 冷めないうちに食べようぜ」


 頭の雪を払い、コートを脱いで、着席する。

 買い物に出た日の食卓は豪勢だ。


 親父殿は肉に食らいつきながら、


「バルロックは定住を考えてるのか?」


 と聞いてきた。


「え?

 なに、バルロック?

 さっきの話はそういうこと?」


 リルカがうろたえる。


「いえ、違うんです」


 バルロックは慌てて否定した。


「私にも、定住するつもりはありません」


 王都に住むのも、近隣に住むのも落ち着かない。

 それでも、城の様子は気になるのだ。


 旅を続け、年に1度帰ってくるこの暮らしがちょうどいい。


「ただ――、親父さんの身体が辛そうなので、旅を続けるのは限界なのかと――」


「なんだ、そんなことか」


 リルカは言った。


「このクソ親父のために、考えなくていいよ。

 定住して健康になるより、無茶してのたれ死ぬ方を選ぶバカ親父だ」


「なんだと?

 おまえだってバカ娘じゃねーか。

 せっかく町の学校に入れたのに、毎日抜け出しやがって!

 卒業するのに12年もかかりやがった!」


「ずっと机に向かってると、飽きるんだよ!

 あたしがバカなのは、バカ親父の血を引いてるからだ!

 バカの根源っ!」


「バカ娘!」


 二人は罵り合い続けたが、バルロックは一安心して先に食事を終わらせた。


「リルカさん、ナイフを貸してもらえますか?」


「何すんだ?」


 バルロックはナイフを受け取ると剣を出し、暖炉の前に座った。


「教えろよ?」


 リルカも食事を終わらせ、バルロックの隣に座る。

 バルロックは剣の柄に、文字を彫り始めた。


「数年前、兵士たちの間で流行ったんです。

 恋人の名前を刻むと、戦で死なないって。

 興味深く見てたのをさっき思い出しました」


「数年前はやらなかったのか?」


「恋人がいませんでしたから」


「あ、そっか」


 リルカは、自分の名前が刻まれていくのを満足げに眺める。


「おまえら、仲良いよなー」


 一人、食卓に取り残された親父殿は冷やかす。


「そりゃ、夫婦だからな。

 あたしらは比翼の鳥なんだ。

 なあ、バルロック」


「連理の枝ですよね」


「なんだよ、トリとかエダとか。

 教えてくれ」


「――申し訳ありません。

 恥ずかしいので勘弁してください」


「仲間はずれはやめろ!」


 親父殿は膨れたが、それでもリルカたちの幸せそうな姿に頬を緩ませた。


「――そうだ、おまえら」


「なんだよ、かまって欲しいのか?」


「違うわ! 聞け!」


 バルロックとリルカは、素直に親父殿に向き直る。


「今日、山を下りる途中で旅人に聞いたんだ。

 王都で変な病が流行ってるって」


「伝染病ですか?」


「多分、そうだな。

 それで王都には行かず、ラヌカで買い物をした。

 おまえら、当分、山を下りるなよ」


「ああ。

 その予定もないしな」


「心配ですね。

 王都では5、6年に一度は伝染病が蔓延しますから」


「大都市っていうのも善し悪しだな」


 この不穏な病が、2ヶ月後に夫婦を引き裂く。

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