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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
11 混迷の谷
29/36

グリーンの困惑

 マリイは考える。

 グリーン、マリイ隊長、お祖母様、ウバクロのみんな。


 彼らに応えるには、どうしたらいいだろう。

 自分には何が出来るのか。

何をしたらいのか。


 隊長がサマニの町に向かって十日経つ。

 我が軍優勢との知らせはあったが、まだ陥落の報はない。


 虹の谷の長老である祖母は、長老会議にて、サンリク軍への補給を認めさせた。

 慣れないウバクロの民を手足に奮闘していたダリアは、かつての仲間に駆けつけてもらい、倍ものスピードでせっせと糧食を送り出している。


 グリーンたちは、早くも道の改修に取り組んでいる。

 戻ってくる隊たちは、少なくとも行きよりはマシな道を通ることができるだろう。


「――お祖母様、相談してもよろしいですか?」


 この十日間考え抜いた答えを、マリイは口に出すことが怖かった。

 虹の谷までの道中、マリイはグリーンと今後を語っていた。

 二人でセツゲンを旅して、小麦を仕入れ、トノイ兄弟にマフィンを焼かせて売り歩こうと。

 それは心から望んだ未来で、あと少しで実現しそうな夢だった。


 なのに、ホダン商店は今、休業状態にある。

 マリイが絨毯を敷いて居心地を良くした幌馬車は荷車になっているし、ホダン商店の金庫や営業証はウバクロの倉庫にある。


 マリイがそうさせた。


 グリーンとは一緒に行かず、王女として城に戻ることを決めた。

 夢は自ら諦めた。

 夢を口にするのが怖い……。


 グリーンが、

「俺はマリイと一緒に行きたかったけどさ……」

 と言ってくれた寂しそうな声が、今もマリイの胸を刺す。


 あの時、マリイは涙を堪えるのに精一杯で、グリーンの顔を見なかった。

 彼はどんな顔をしていただろう。

 グリーンを再び落胆させることが、なによりも怖い……。


 怯えちゃダメ……!

 やってもみないで、諦めちゃダメ……!


「長老、大切なお話でしたら、わたし、外に出てますよ?」


 ダリアが気を使ってくれた。

 お気に入りとなったカモミールジュースとおかきを出してくれる。


「ダリアさんも一緒に聞いてほしいの」


「あら。じゃあ、座っていいかしら?

 腰が痛くって」


「無理をし過ぎるからよ。

 倒れるまで働いて引退したのを忘れた?」


「昔みたいな無理はしてません!」


 と言いつつも、大鍋料理をして補給の指示を出し、次の仕込みの合間にこうしておやつを作っているダリアだ。

 昔は、いったいどんな働き方をしていたのだろう?


 せっかくいれてもらったジュースを一口のみ、マリイは意を決して長老に向き直った。


「お祖母様、――この湖畔で市場を開くことは可能でしょうか?」


「市場?」


 戦況について知りたいのだろうと予測を付けていた長老は、戸惑っている。


「ウバクロとセツゲンの商人を呼んで、ここに国際マーケットを作りたいの」


「セツゲン?」


 更に戸惑った。

 今、まさにそのセツゲンと戦争中なのだが。


 グリーンがサマニでの略奪と暴行を禁じたのは、これを見越してのことだろうか。


「それは――、新たに何かを建てたいということ?」


「――そうね。

 管理事務所くらいは必要になるかも。

 でも、場所を提供するだけの自由市場だから、他にはいらない」


「そう」


 長老は少し、考える。


「この湖畔は有事の駐屯地で、今みたいに兵が寝泊まりする場所なの。

 何もない状態を維持できるなら、市場を開いてもいい。

 小さな事務所くらいなら、建ててもいいわ」


「本当!?」


「ええ。でも、ここでマーケットなんてできるかしら?

 季候は厳しいわよ?

 夏の前に長雨があるし、冬は雪に閉じ込められるわ」


「期間限定でいいの!

 季候のいい時期にだけ開催される市場」


「それ、誰が管理するの?」


「それは――」


 考えていなかった。

 グリーン?

 それとも、ウバクロの誰か?


 一番の適任は……。


「ダリアはダメよ。

 この子は宿の女将なんかしているけど、ちゃんと一族の仕事もあるんですから」


「私、両立できますよ?」


 ダリアは期待通りの返事をくれたが、


「ダメです。

 一族である以上、外の仕事はさせられません」


「あら……。

 ごめんね、お姫様」


「いえ、ダリアさんは適任だから、候補に入れてしまうところでした……」


 マリイは軽く落ち込んだ。

 谷の者に管理をしてもらえれば早いのだが、それは無理らしい。


「まあ、決まったら教えてちょうだい。

 管理人はこの湖畔の住人になるんでしょ?

 よそ者を受け入れるなら、長老会議を開かなくてはいけないから」


「え?」


「谷はよそ者を必要としてないわ。

 会議での満場一致がないと、ここに住まわせることはできない」


「!」


「話はそれからね」


「はい……」


 甘かった。

 マリイはうなだれる。

 管理人捜しは困難を極めそうだ。


「グリーンさんなんて、どうですかね?

 族長受けも良さそうだし」


 ダリアの提案に、長老は難しい顔をした。


「あの子には無理でしょう。

 諸事情がある子に見えるわ」


「あ……」


 長老の目は正しい。

 マリイは思い出した。


 グリーンには手配書が出回っている。


 定住することは、彼の身に危険を及ぼすかもしれない。

 国際マーケットを立案したのは彼だというのに……。


「でもっ、お祖母様!」


 諦めず、食い下がった。


「管理人が見つかったら、マーケットを開いていいのよね?」


「そうね。空いている土地を有効活用するのだったら、多少、うるさくなっても構わない」


「あたし、頑張る!」


 立ち上がるマリイ。


「グリーンに話して来るわ!

 ダリアさん、ジュース、ごちそうさまでした」


 ちょこんと頭を下げると、テッテケ食堂を出て行った。

 マリイがいなくなると、食堂は驚くくらい静かだ。


「—―メアリのお嬢さんは、面白いことを考えますね」


「実現できるかしら?」


 祖母は、楽しそうに窓からマリイを見送った。




 ――「兄貴ッスか? 湖畔でベンチ作ってましたよ」


「ありがとう!」


 グリーンを捜して、マリイは湖畔に向かう。

 昼食を終えて休憩時間のはずなのに、ダリアといいグリーンといい、あの人たちはどうしてこう働きたがるのだろう。


 グリーンは、トノイ兄弟らといた。


「やっぱり、こっちのベンチが座ってて楽だな」


「でも、2人しか座れない。

 背もたれと肘かけがない方だと、3人は座れるよ?」


「兄貴、背もたれの湾曲は、作るのも大変だし、修繕も面倒だ。

 その点、平イスだったら素人でも直せる」


「うーん、背もたれは諦めるべきか……」


 どうやら、ベンチの形状を検分中らしい。

 そういえば、虹の谷の出兵理由は、セツゲン兵によって備品が壊されたからと聞いた。

 壊されたのはベンチだろうか。


「お、マリイ!」


 グリーンが気づいてくれた。


「なあ、おまえはどっちがいい?」


 背もたれのあるベンチと、平ベンチ。


「そりゃあ、2つ比べたら背もたれのある方だけど……」


 マリイとしては、グリーンの好きな方を応援したい。

 が、求められているのは、使用者としての意見だろう。


「あたし、高価なベンチが幾つかあるより、安上がりなのがたくさんあった方がいいと思う」


「わあ。お姫様なのに実用的だね」


「だってこの前、お祖母様を草むらに座らせてお食事したのよ?

 ベンチがあれば、座って食べれたじゃない」


「そうか。ここは観光地だけじゃなくて、駐屯地でもあるしな。

 平ベンチにするか」


「幅をもうちょっと長くすれば、昼寝も出来るぜ」


「長いとたわむから、真ん中にもう一本足を付けよう」


「奥行きも広げたいな」


「白いペンキを塗るのはどう? 素敵になるわ!」


「雪国だし、水に強くなるのはいいな」


 4人であれこれやっていると、


「おい、座らないのなら、その場所を譲れ」


 馬に乗った、2人組の兵士に声をかけられた。


「なんだ、この人たちい!」


 偉そうな態度で(馬上から、まさに上から目線)、弟のジムがさっそくムカついた。


「まあ、怒るな」


 グリーンが制して、


「ベンチですね。

 どうぞ、お好きな方へ」


 にこやかにそう言うと、3人を促してその場を離れた。

 そして、ささっと近くの茂みに隠れる。


「どう使うか、観察しようぜ」


「それはいい案ね!」


 4人は、こっそり観察することにした。


 2人組は地面に突き刺さっている丸太に気づき、


「ちょうどいい。ここに馬を止めよう」


 馬から下りて、手綱を引っかけた。


「兄貴、馬止め、成功だ」


「あそこには水飲み場も欲しいな。

 せっかく目の前に湖があるのに、馬が水を飲めない。

 小川を引けないかな?

 いや、小川のそばにベンチを――」


 彼らは、背もたれがある方のベンチに座った。


「やっぱり、楽ちんな方を選んだねえ」


「2つ並べてあるからだ。

 平ベンチしかなければ、それに座る」


「しっかし、キザな座り方だな」


 彼らは背もたれに腕を掛け、身体を斜めにして足を組んでいる。


「あんな兵士、うちにいたかしら?

 すっごいイケメンよ!」


 マリイは鼻息荒く身を乗り出す。


「女の子は、見所が違うな……」


「あたし、兵士をちゃんと一人一人見送ったもの。

 あんな美形がいたら、気づくわ!」


「そういえば見送ってたねえ。夕暮れまで一人で」


「ちょっと待て。

 どういうことだ、マリイ?

 あいつら、うちの兵士じゃないのか?」


 彼らはサンリク兵に支給されている鎧をまとい、剣を下げている。


「そろそろ準備しようぜ!」


 次の瞬間、ビックリ!

 彼らはサンリク兵装を脱ぎ捨て、セツゲン兵の正装に着替えた!


「どういうこと!?」


「そうか!

 国境沿いはサンリク兵が取り囲んでいるから、偽装して山を登ってきたんだ!」


「ってことは、刺客か?

 マリイ王女の暗殺!?」


「刺客なら、着替える必要はない。

 サンリク兵装のまま王女に近づいて、ブスッと刺せばいい」


「グリーン、ひどい……」


 彼らはいったい、何者か?


「チェックを頼むよ。

 俺の服装に乱れはないかい?」


「うん、美男子だ。俺はどうだい?」


「ばっちり決まっている。

 ここに鏡があればなあ」


 2人はお互いの見た目を褒め合っている。


「兄貴、この場に鏡があったら便利に――」


「いらないよ!

 ヤツら、すっごいナルシストだな」


「美形って、どんな時でも身だしなみを怠らないのね!」


 マリイは変なところに感心している。


「なあ、まだちょっと早いだろ?

 もう少し、休憩してから行こう」


 彼らは再びベンチに座った。

 例の、キザな座り方で。


「マリイ王女は――」


 草むらの4人はさっそく反応する。


「マリイの名が出た!」


「やっぱり、刺客!?」


 続きに耳を澄ます。


「マリイ王女というのは、すっごい美形好きなんだろ?」


「ああ。常に美形を侍らせていると聞く」


 え?


 3人は、マリイを見る。


「違う……!

 あたし、美形を侍らせてなんかいない!」


「隊長のことじゃないか?

 隊長はずっとマリイの護衛をしてたし」


「そうだな。

 虹の谷のマリイは、一般的にすごい美人だ」


 ウバクロの民は、マリイ隊長が絶世の美女であることを忘れがちだ……。


 ヤツらは続ける。


「でもその美形、品がないと聞くぞ」


 うんうん。確かにマリイ隊長には品がない。

 —―失礼に頷くサンリク組。


「仕方ないさ。商人の成り上がりなんだろ?

 品性よりも金稼ぎが大事な連中だ」


「王女のそばにいるのだって、きっと金目当てだろうな」


 あれ?

 なにか、違う。


「美貌で王女に取り入り、副将の地位を手にしたそうだ。

 夫の座も狙っているんじゃないか?

 金の欲にはキリがない」


 商人?

 副将?


「――それ、兄貴のこと?」


「グリーン!?」


「俺っ!?

 なに、俺、金目当てでマリイのそばにいるのっ?!」


 冗談ではない!、とグリーンは激怒する。

 最初こそ、サンリク金貨を利用させてもらったが、宿代、飯代、その他の諸々をグリーンが仕入れて売った儲けから出してきた。


 金銭的にいえば、持ち出してばっかりなのに!


「だいたい、金目当てだったら、副将なんて引き受けない!

 商人やってた方が、よっぽど儲かる!」


「ままあ落ち着けよ、兄貴。

 ――そうだな。よく見たら兄貴は美形だ」


「そうだねえ。

 最初、殺されそうになったからスルーしてたけど、その顔と体つきはすっごい美青年だよ」


「あたし、初めてグリーンに会った時のこと思い出した!

 物語の王子様みたいって思ったの!」


 グリーンとの出会いを思い出すマリイ。

 王都のウカニで、カップケーキが欲しかったこと。

 手持ちにサンリク金貨しかなかったこと。


「頭叩かれた上に、バカって怒鳴られた。

 王子様なんて吹っ飛んじゃった」


「兄貴って、何気にひどいよねえ」


「誰もが出会い頭に脅されてるのか……」


「なに、言ってんだよ!

 おまえらが悪いんだろ!

 自分たちがしたことを棚に上げて!」


 ギャーギャー騒いでいると、さすがにセツゲンのヤツらに気づかれた。


「なんだ、おまえら?」


 茂みに隠れているのが見つかった!


「さっきのヤツらじゃないか」


 マリイとグリーンは、トノイ兄弟の後ろにこそこそ隠れる。

 彼らは勝手に自己紹介を始めた。


「俺たちはセツゲンの特使、ジンとリウ。

 マリイ王女に面会したいのだが、居場所を知らないか?」


 彼らの歯が、陽に反射してキランッキランッと輝った。


「特使だったわ、グリーン!」


「こんなバカっぽい特使がいるか!

 偽物かもしれん」


「あ、あのっ!」


 ジムは、失礼な会話が耳に入っては大変と、大声を出した。


「俺、知ってますう!

 マリイ王女は迎賓館ですう!」


「なあ、俺たちで案内してやろうぜ!

 すぐにこの場を離れよう!」


 ダンも、この特使から後ろの2人を離すべく提案する。


「有難いな。おまえたちはサンリク兵か?」


「いや――、俺たちは、ええと、派遣された作業員……?」


「後ろの二人もか?」


「えっ!?

 ええと、彼らはなんていうかその、村娘と町男のカップル……?

 あの、人目を忍んでるみたいだから、ほっといてあげてえ!」


「そうだったのか。

 だったらベンチを取り上げて悪いことしたな」


 特使は格好いいポーズでキランッと一枚コインを取り出すと、ピシッとマリイの足下に投げてよこした。


「詫びだ。二人で何か飲むといい」


 サンリク王女の足下に、施しのチップ。

 ひいぃぃぃ!と、トノイ兄弟が慌てた。


「さー! さささ、さっさと行こうっ!

 あっちだ!

 林を横切って、広場を突っ切って、丘を登って行こう!

 早く行こう!」


 特使たちの背中をせっつく。


「あっちだよう!

 馬は俺が引く!

 早く行こう!」


 わたわたと馬止めから手綱を引き抜き、先導した。


「おいおい、慌てなくても、おまえたちにもちゃんとチップをやるよ」


 ハハハと笑いながら、特使たちはこの場を離されていった。

 残された、グリーンとマリイ。


「なんなの、あいつら……?」


「バカ特使だ……」


 マリイは、足下に投げられたコインを拾う。


「グリーン、銀貨だわ」


「捨てとけ」


「なんで?

 せっかくだから、無駄遣いしてやりましょ」


 マリイは首から下げてある細い革紐を手繰り寄せ、服の下に隠してあった財布を取り出す。

 パチンと開いてコインをしまった。


「財布、持ってきてたのか。

 使うとこなんてないだろ?」


「今、お金をしまうのに使ったじゃない」


「あれ? そうか?」


 マリイはまた、服の下に隠す。

 グリーンからもらったこの財布は、宝物なのだ。


「あの特使たち、なんでサンリク兵の格好なんかしてたのかしら?」


「ああ、戦争中の特使ってのはな、途中で殺される可能性が高いんだ」


「?」


「敵軍をかいくぐって大将に会に行くんだから、無事にたどり着けるかどうか分からないだろ」


「大変なのね」


「面会にこぎつけたとしても、油断できない。

 休戦交渉を仰せつかった特使が、勢いに任せてグイグイ行きたい敵軍に会うとするだろ?

 身分を明かした時点で2人とも切り捨てられ、そんな特使は来なかったことにされるとか、1人の首を刎ねてもう1人に持って帰らせて、『これが答えだ!』とかって」


「ひえ~」


 身をすくめるマリイ。


「まあ、その覚悟が出来てるのが普通の特使なんだ。

 さっきのは肝が据わっていない即席特使だな、たぶん」


「イケメンだってことで選ばれたのよね、きっと。

 あたしをメロメロにさせて取り込むために……」


 グリーンがマリイ隊長にやらせたメロメロ作戦の、マリイ版なのだろう。

 チョロイ女と思われているようで、マリイはいささか傷ついた。


 2人は迎賓館に向かって歩く。

 トノイ兄弟はさんざん遠回りする道を教えていたが、なんてことはない。

 迎賓館は湖沿いを歩けばすぐだ。


「特使が来るってことは、大将のおっさん、作戦に成功してるんだな。

 ひょっとしたら、サマニはもう落ちているのかも知れない」


 ダリアの宿まで戻ってきた。


「あたし、着替えてくる」


「そうだな。その格好で『姫』って言っても信用しないだろうし」


 今日のマリイは、白いドレス姿ではなく、旅で着ていた普段着だった。

 どうせ雑務に追われるだろうと気を許した時に限って、客が来る……。


「いいの。

 あそこでひざまづかれても困るし、村娘に見えてちょうど良かった。

 ……でも、ジムのヤツ、なんであたしを村娘で紹介して、グリーンを町男にしたのかしら?

 この差は何?」


「気にすんな、連中はなんの疑問も抱かなかったようだし」


「!」


 これが、本日一番のとどめ……。


「田舎者に見えるってことね……」


 マリイはトボトボと部屋に着替えに行き、グリーンは食堂に寄った。


「あら、グリーンさん。

 おやつ、あるわよ?」


 ダリアがご機嫌で何かを作っている。


「何、それ?」


「暑いから、白玉ぜんざい」


 ダリアは、大汗をかきながらこねた白玉を湯がいた。

 涼を求めて汗をかくのは、矛盾してないだろうか。


 いずれにせよ、戦地に送る大量の飯を作った後に、趣味でおやつを作るダリアの補給魂には感服する。


「ここにお座りなさい」


 窓側の席には長老が座っていて、手招きしてくれた。


「長老は、そこが定位置なの」


「人を置物みたいに言わないで」


 グリーンは、失礼します、と前の席に座る。

 特使が訪ねてきたことを伝えた。


「面白そうね。

 マリイの大将ぶりを見に行こうかしら?」


「ぜひ、助けてやって下さい」


「できましたよ~、冷たいうちに召し上がれ!」


 長老とグリーンの前に、陶器に盛られた白玉ぜんざいが出される。


「白玉なんて、久しぶりだ。

 いただきます」


 感謝の代わりに、グリーンは「うまい!」と言った。


「なにがそんなに美味しいの?」


 白いドレスに着替え、皮の鎧をまとったマリイが顔を出す。


「いいもの食べてるわね」


「お姫様の分もありますよ。

 お時間は大丈夫ですか?」


「あんなヤツら、待たせておけばいいのよ!」


 グリーンに席を詰めてもらって、マリイもテーブルに着いた。


「はい、どうぞ」


 プルプルの白玉、ツヤツヤの小豆。

 「いただきます!」とマリイは一口食べて、「おいしい!」と手でホッペタを押さえた。

 (落ちそうなのか?)


 グリーンがどんなに「うまい」と言ったところで、この顔には敵わない。

 ダリアは非常に満足げだ。


「マリイ、これから特使に会うんですって?」


 長老が祖母の顔で尋ねる。


「ええ。なんか――勘違いしているヤツらでした」


 彼らには、嫌悪すら覚える。


「美形なのを鼻に掛けて、嫌な感じ!」


 一瞬でも、彼らのイケメン面に見惚れた自分に腹が立つのだ。

 マリイはバクバクと白玉を口に運んで、あっという間に完食した。


「美味しかったわ!

 ダリアさん、ごちそうさま」


 一番最後に食べ始め、皆と同時に食べ終わってる。


「では、一緒に向かいましょうか」


 長老が立ち上がる。


「お祖母様も来て下さるの?

 頼もしい!」


 マリイも立った。


「――俺、今回は遠慮しておくよ」


 グリーンは立たなかった。


「え……?」


「いや、だって、俺たちが2人並んだら、さすがにさっきのカップルだって気づくだろ?

 長老がいてくれるなら、俺はいなくても大丈夫だ」


「でも――、あたしたち、ほとんど顔は見られてなかったし……」


「正直――」


 グリーンは疲れたように本音を吐いた。


「あいつらの会話に、ちょっと凹んだ。

 あちこちで悪く言われたおまえの気持ちが分かったよ。

 ここでちょっと休んでから、身体を動かしてくる」


「…………」


 マリイは「分かったわ」と言って、長老と宿を出る。

 道中、グリーンが『野心あふれる成り上がり』扱いされたことを長老に伝える。


「急速に目立つと、必ず何かを言われますからね」


「グリーンがあたしといて得したことなんて、何一つないのに……。

 ひどい……」


 しょげ返る孫に何を言ってあげたらいいのか、長老は悩む。


「あの子、あなたの気持ちが分かったと言ってたわよ?

 良かったじゃない?」


「あたしの気持ちなんて――、分からない方が幸せだわ。

 グリーンにあんな想いをさせるなんて……」


 マリイは下を向いて、「うっ……」と呼吸を引きつらせた。

 泣かれるのを覚悟する長老。


 と、その時、


「お~い、お姫サマあ!」


 トノイ兄弟のジムがマリイを迎えに来た。

 迎賓館はすぐそこなのだ。


「遅いよお!

 俺たち、さんざんヤツらを連れ回したのに、まだ来てないんだもん!

 着替えてたの? 兄貴は?

 まあ、とりあえず早く行って!」


 マリイがゆっくり顔を上げる。

 果たして、泣き出すのか否か?


「うおーっ!」


 意外。マリイは手を握り締めて吠えた。


「あいつら、絶対、許さない!」


 ドシドシ早歩きで迎賓館に入っていった。


「こ、これはマリイ王女……!」


 兵士が慌てて扉を開ける。


「特使はどこ?」


「すでに控えてあります!」


 広間が開かれるのを待てず、バンッと自分で扉を開け放った。


「マ、マリイ王女のおなりです!」


 ツカツカと歩むマリイ。

 奥には、前回の長老会議にはなかった金ピカ豪華なイスが置かれてあり(多分、見せびらかしイス)、特使の彼らは居住まいを正して、マリイの着席を待っていた。


 彼らには目も向けず、フンッと、イスにふんぞり返ると、特使の片方が、流れるように優雅な口調で挨拶を始めた。


「お初にお目にかかります。わたくしどもはセツゲンの」


「何しに来たの?」


 ぶしつけに遮って、マリイは問う。


「両国の友好的な今後を」


「前置きはいらないわ。

 賠償金はいくら出すの?」


「え? あ、はい。

 お手数をお掛けしたお詫びとして、セツゲン金貨100枚を」


「いらない」


「え?」


 今朝、マリイはグリーンからいくら引き出せばよいかを聞いていた。

 セツゲン金貨100枚もあれば十分、と言われていたが――。


「端金なんか、いらない。

 停戦するなら、セツゲン金貨150枚。

 サマニを返して欲しくば200枚持ってらっしゃい」


 彼らは焦って顔を見合わせた。


「あ、ちゃんと大陸金貨に両替して持ってくるのよ。

 ここはサンリクだから」


「あのっ、あの、大陸金貨でのお支払いとなると、100倍で、2万枚もの金貨を運ぶことに――」


「別に無理だったらいいのよ?」


 マリイの冷たい視線に、彼らは身をすくめた。


「払わないなら、このまま兵を進める。

 あんたたちから手を出してきたんだから。

 町一つで済むなんて、こちらを甘く見ないでちょうだい」


「い、いえ! 

 払わないのではなく、あのっ、もちろん、このことはセツゲン王に伝えます!」


「ツケはダメよ。

 あんたたちのことなんて、信用してないんだから。

 一括で、1週間以内に持ってらっしゃい」


「い、1週間!?」


「走って帰って、急いでお金をかき集めて。

 間に合うでしょ?

 1週間は兵士を押さえといてあげる。

 もちろん、1週間を過ぎたら攻撃に出ると共に、兵士の駐留にかかったお金を追加で請求するわ。

 押さえつけられた虹の谷の反動、思い知るといいわ」


「あのっ、あの、」


「何よ? もう、用はない。

 さっさと帰らないなら、右の首をはねて、左の男に持ち帰らせるわよ?」


「ひ……!」


 果たして首をはねられる男は、王女側から見て右なのか、特使側から見て右なのか……!


「帰ります!

 帰って、王に伝えます!

 御前、失礼いたしました!」


 特使の二人は、先を争って広間から逃げていった。

 彼らが視界から姿を消し、マリイはふんっ、と鼻息荒く息をつく。


「マリイ、あなたはまあ、よく……!」


 入り口で見守っていた――というか、口を挟む隙も与えられなかった長老が、呆れながらやってくる。


「ずいぶんと吹っかけたわね」


「お祖母様……」


 ふえっ……と、マリイの顔が崩れた。


「あらあら。どうしました?」


 先ほどの威勢は消え失せたようで、へにゃへにゃとその場に座り込む。


「グリーンが……、グリーンが嫌なヤツと商売しなきゃいけない時は、金額をつり上げてやれって……。

 相手をしなくて済むかも知れないし、倍儲かるかも知れないから、やって損はないって……」


 セツゲンが金を渋った場合、この孫はさらなる進撃を続けるつもりなのか?

 ――いや、何も考えていないだけだろう。


 長老は痛む頭を押さえた。


 うちの孫は、極端な行動に出る癖があるらしい……。


「お祖母様、グリーンがあたしから離れていったらどうしよう……!?」


「グリーンさんが?

 なぜ?」


 つまり、マリイは交渉中、ずっとグリーンのことを考えていたという訳か。


「あの子、責任感が強そうに見えるけど?」


「あたしといるだけで、野心家だと思われたのです……。

 嫌になって、あたしから去ったりしないかしら……」


 それを考えると、マリイはいても立っても居られないのだ。


「あたし――、グリーンに報告してきます!」


 半泣き状態で立ち上がった。


「いいわ。一緒に戻りましょう」


 ベソベソした孫を一人で帰す訳にも行かず、長老は付き添うことにした

 舘の前では、トノイ兄弟が心配そうに待っていた。


「あの特使たち、あたふたと逃げるように帰っていったぞ?

 なんかあったのか?」


「うえっ……」


「わあ、泣いちゃってる!?

 失敗したの?

 大丈夫だよ、兄貴が何とかしてくれるって!」


「あたし、グリーンのトコ行く……」


「よしよし。みんなで行こう!」


 妙な4人組で、ダリアの宿に戻った。

 食堂に、グリーンの姿はない。

 マリイから血の気が引いた。


「あら、お姫様。

 何かやっちゃったの?」


 マリイの様子は、誰が見ても何かをやらかしたその姿だからだ。


「あの、グリーンは……」


「グリーンさんだったら、あの後、きな粉で白玉を食べて、みたらしで食べて、最後はあんみつを平らげて出て行ったわ」


「出て行った……?」


 マリイから絶望的に血の気が失せた。


「荷物が重いから、手伝いましょうかって声を掛けたけど、一人で大丈夫だって」


「一人で……?」


 ボタボタと涙がこぼれた。


「お姫サマ、どういうことだ?」


「兄貴の荷物って何だろう?」


 と、


「あ、お姫様!?」


「マリイ!?」


 マリイは宿を飛び出していた。


「グリーン……!」


 グリーンに会いたい。

 グリーンは今、どこだろう?


 行かないで、と言える立場にないことは分かっている。

 でも、待って欲しい。


 自分と居ることで嫌な思いをさせてしまったことを謝りたい。

 そして、今まで一緒にいてくれたことを感謝したい。


 何より……、最後にもう一度、会いたい……!!


「マリイ王女、どうしたッスか?」


 のほほんと木材を運んでいる男と出くわした。

 彼の名は、


「ジャン!」


 そう。その名を呼ぶことはほとんどないが、金の管理を任せているジャンである。


「グリーンを見なかった?」


「兄貴なら、川原に向かったッス。

 いつも米や野菜を洗っている所。

 荷物が重そうだから手伝おうとしたんスけど、断られちゃいました」


「川原ね。ありがとう!」


 この後、ジャンはトノイ兄弟と、虹の谷の長老とも出くわした。

 そしてジャン自身も合流し、グリーンの後を追うマリイを追う。


 さて、川原を目指すマリイ。


 そう言えば、洗い場の下流に馬小屋があることを思い出した。

 グリーンは馬を取りに向かったのだろう。

 馬に乗られたら、もう、追いつけない。


 少し走って、


「グリーン!?」


 グリーンは、作りたてのベンチで休憩していた。

 傍らに、どっしりと重そうな麻袋がある。


「マリイか。

 —―どうした!?」


 慌てて駆け寄るグリーン。

 マリイが取り乱し、半泣きだったからだ。


「あたし、あたし――」


「マリイ!?」


 「うわーん」と、その場で座り込んで泣く。

 置いて行かれた喪失感。

 やっと見つけた安堵。


 マリイは酷く泣いた。


「なんだよ?

 特使に何か言われた?

 失敗したの?」


「うえ、うえ……っ、グリーン……」


 走ってきた息切れもあって、マリイはもう、呼吸すらままならない。

 トノイ兄弟、長老、ジャンが追いついてきた。


 これはもう、ただ事ではないと、グリーン。


「何やらかしたっ!?」


 マリイに詰め寄った。


「うえっ、うう……」


「この子ね、セツゲンの特使に、」


 後ろの達はまだ息を切らせていたが、長老は「ふふっ」と笑う。


「金貨2万枚ふっかけてたわ」


「2万枚!?

 セツゲン金貨、2万枚!?」


 予想価格の2000倍!


「いえ、大陸金貨よ。両替が面倒なんですって」


「大陸金貨って――!」


 貨幣価値は100分の1になったが、それでも最初に提示した額の2倍である。

 グリーンは呆れてマリイを見た。


「どういうことだ?

 俺はセツゲン金貨100枚もあれば十分って――」


「うう……、だって、グリーンが嫌なヤツには吹っかけろって……」


「時と場合を考えろ!

 相手は国家だぞ!?

 戦争が長引いて困るのは、こっちも同じじゃないか!」


「だって、あいつら……!」


 マリイは、えうえう泣き続ける。

 見かねて、トノイ兄弟のジムが間に入った。


「兄貴が悪いんだよう」


「なんだと?」


 にらまれてちょっとビビッたが、頑張って声を張り上げた。


「兄貴が悪いんだっ!

 お姫様を一人で行かせるから!」


「そうだ、兄貴が悪い。

 ちゃんと付き添えば良かったんだ。

 お姫様は泣きたいのを我慢して、気合い入れて頑張ったんだぞ」


「そッスねー。兄貴が悪いッスね。

 聞いたッスよ。

 お姫様を一人で行かせて、自分は宿でおやつを食べてたって。

 ずるいッス!」


「え……、だって、俺は――」


 皆に責められ、グリーンは怯んでいる。


「俺――」


 グリーンにはグリーンの主張があり、言い返したいことが山ほどある。たが――。


「……俺が悪かった……のか?」


 そんな気がしてきた。


「ち、違う……!

 ググ、グリーンは……、グリーンは悪くない……!

 あた、あたし、あたしが――」


 しゃくりあげてて、マリイは言語がままならない。

 あまりにも可哀そうだ。


「俺が……悪かった……」


 グリーンは観念して謝った。


「凹んでたから、八つ当たりで放り出したのかもしれない――」


「兄貴が凹んだあ?」


「なんだよ、あの格好つけに悪く言われたからか?」


「兄貴、性格悪いッスもんね。

 何言われたッスか?」


 ジャンはグリーンにスネを蹴られた。

 グリーンは言う。


「……おまえたちが慕ってくれたから、人に悪く言われるのは久しぶりだったんだ。

 あんなヤツらにちょっと言われてショックだったんだから、城を出た後、ずっと悪く言われてたマリイは、相当辛かったんだろうなと思って……。

 ごめん、マリイ。

 『おまえ、評判悪いぞ』なんて、俺は酷く意地悪だった。

 だから……、自分の行いに凹んでた……」


「そんな!

 グリーンは本当のことを教えてくれただけだわ!

 あた、あたしは、教えてもらえて良かったと思ってる……!」


「いや、俺が悪かったんだ。

 おまえ、ずっと泣いてたもんな。

 無神経な兄さんで、可哀想なことしたよ」


 グリーンはポンッと、マリイの頭に手を置く。


 手のひら、あたたかい……。


「兄貴、その荷物、何ッスか?」


「小豆。

 ダリアさんの宿で食べたぜんざい、俺ので最後だったんだ。

 うまかったから、大量に炊いてみんなで食おうぜ」


「あんこかあ!

 久しぶりだなあ!」


「俺はまた、荷物を持ってこの谷を出て行くのかと思ったよ」


「この状態を放っていくほど、無責任じゃない。

 洗ってくるから、待ってろ」


「手伝うッスか?」


「考え事もしたいから、一人でいい。

 マリイを頼む」


 グリーンはマリイの頭に手を置いたまま、


「特使のことは何とかする。

 気にしないで、こいつらと茶でも飲んでろ」


「うん……」


 ポンポンと頭をはたき、重たい小豆袋を「よっ」と背負った。


「大丈夫ッスか?」


「このくらいなら、なんとか」


 時折よろけながら、洗い場に向かって行く。


「お姫様、良かったねえ。

 兄貴が何とかしてくれるってよ」


 弟ジムに話しかけられ、マリイは、


「うん……」


 とつぶやく。


「え?」

「あれ?」

「お姫様?」

「マリイ、あなた……!」


 マリイは、グリーンの背を見送りながら、ぽおっと赤くなっていた。




 ダリアの宿、食堂にて緊急会議。

 議題『サンリクの明日について』

 参加者はジャン、トノイ兄弟、マリイ王女、虹の谷の長老。

 サポート役、ダリア。


「確かに兄貴は美男子だが、王女と商人じゃあ、さすがに釣り合いが取れない」


「しかも、お姫様には婚約者がいるんだよねえ?」


「カイソクの王子で、この結婚で同盟を結ぶんだろ?」


「戦争は、もう嫌ッスよ。同盟万歳ッス……」


 つい先日、セツゲン兵とやり合った彼らとしては、ぜひともマリイにはカイソク王子と結婚して同盟を維持して欲しい。


「ええと、なんて名前だっけ、カイソク王子」


 マリイは、まだぽうっとしながら答える。


「第一王子のリヨク様……」


「あれ? カイソクの第一王子はバルロ・セキ王子ッス。

 俺、十五までカイソクにいたから、知ってるッス」


「違うわ。バルロ・セキ王子は第二王子。

 あたしの婚約者は第一王子のリヨク様なの」


「おかしいッスねえ……。

 俺、セキ王子の10歳の誕生日パレードに太鼓で参加してるんス。

 セキ王子はリロク王と王妃様に挟まれていて、間違いなく第一王子の扱いだったッス」


「なんだ、おまえ、カイソク生まれか!

 どうりで語尾に特徴があると思ってたよ」


「これはカイソク訛りじゃなくて、親父の口ぐせが移っただけッス」


 マリイは、リヨク王子が素行の悪さ故に最近まで幽閉されていたことを知っている。

 国民には知られていない王子なのだろう。


 あたしが余計なことを言う必要はない……。


 彼らのことは信頼しているが、噂とは尾ひれを付けて広まるものだということを、マリイは身をもって知っている。

 婚約者が悪く言われるような話題には口をつぐむべきだ。


「お姫様よう……」


 トノイ兄のダンが、申し訳なさそうに切り出した。


「兄貴は間違いなく良いヤツだが、お姫様には勧められねえ……」


「そんな!

 あたし、グリーンのことなんて!」


 わたわたと動揺して、またポッとを頬を赤らめる。


「いや、本当に……。

 これはその、俺たちが言っていいことかどうか分からないんだが――」


 気まずそうに本題に入った。


「裸の兄貴には傷があるんだ」


「はだか……」


 マリイは更に赤くなってうつむく。


「バカ兄貴、言い方が変だよう!」


「そうッスよ!

 あれはそんなカワイイもんじゃなかったッス!」


「え?」


「いや、ね、みんなでよく温泉に入るんスけど、兄貴には傷跡がいっぱいあるッス」


「しかも、ここ数年で付けられたような新しい傷跡で、特に背中がひどいんだ。

 後ろから切りつけられてて、質が悪い!」


「矢傷もあってさ、さすがに兄貴に聞いてみたら、あと数センチで心臓だったなんて言うんだよう!

 きっと、ヤバい商品扱って、変なヤツらに目を付けられたんだ!」


 さすがにマリイも顔を赤らめている場合ではない。

 青ざめてきた。


 マリイはいつでも赤くなったり青くなったり、忙しい。


「兄貴が別に隠す風でもなく教えてくれたから話すんだが、あれはお姫様が相手にしていい男じゃねえと思う」


「……」


 マリイは無言で唇を噛んだ。


 マリイは、グリーンが高額で裏手配されていることを知っている。

 トノイ兄弟の倉庫から持ち出した手配書だったが、兄弟は気づいていないのだろう。


 グリーンにある傷とは、その追っ手につけられたものだろうか。

 グリーンは何をしたのだろう?


「ひどい目に遭ったのね……」


 マリイはまた、じわっと泣き出しそうになった。


「わー、お姫様、もう泣かないで!

 頼むから泣かないで!

 長老サマ、なんか言ってやってよう!」


「え? 私?」


 いきなり順番が回ってきて、男どもの乞うような視線に長老は困った。

 はて、孫娘に何が言える?

 グリーンを好きになるなとも、なれとも言えない。


「――マリイ」


 考えあぐねて、こう切り出した。    


「グリーンさんが傷だらけなら、ここの温泉は効能がピッタリよ」


「え?」「え?」「え?」

 戸惑う男たち。


「お祖母様、そうなの?」


 顔を上げるマリイ。


「ここは傷を負った戦士の療養場所ですもの。

 打ち身、切り傷、骨折、矢傷に効果抜群よ」


「じゃあ、グリーンにはぜひ、ゆっくりと浸かってもらわないといけないわ!」


「そうね。お勧めしてあげなさい」


「長老!」


 弟ジムが突っ込みを入れた。


「孫の恋愛、止めて下さいよう!

 婚約者がいるのに、兄貴のことが好きなんて可哀想すぎる!」


「あら、ジム。

 あたしはちゃんとリヨク王子と結婚するから、大丈夫。

 グリーンを好きになったりしないわ」


 マリイは元気にそう断言し、


「あたし早速、グリーンに伝えに行きたいのだけど、失礼していい?

 きっと喜ぶわ!」


 主役は喜々として食堂を出て行った。

 男どもに絶望が漂う。


「お姫サマ……、ほんっとうに兄貴のことが好きなんッスね」


「いいのかよ、長老サマ?」


 みんな、不憫のため息だ。

 長老は、


 「仕方ないでしょう」と言う。


「あなたたち、私の娘がサンリク王妃になったのは知ってるでしょう?」


「え? そりゃあ」


 そうである。

 ウバクロの民は知っている。

 マリイの母親のサンリク王妃は長老の一人娘で、将来は族長となるべき戦士だった。


「ダンギ王太子も婚約者が内定していたと聞くし、マリイはそんな2人の子ですもの。

 娘の結婚すら止められなかった私に、孫が止められるはずないわ」


「…………」


 彼らは何も言えない。


 「それにね、」 長老は続ける。


「今のところ、どう見たってマリイの片思いよ」


「えー? あの二人、仲いいッスよ?」


「そうだな。二人で旅してたくらいだし」


「グリーンさんがさっき、『無神経な兄さんでかわいそうなことした』なんてマリイに謝ってたでしょう?

 マリイは妹よ」


「あー……」


 言われてみれば、3人にも心当たりがある。

 さすが、年長者はよく見ているのだ。


「可哀想だねえ、お姫様……」


「バカ、おまえはどっちに転がって欲しいんだよ?」


「兄貴にもお姫様にも、幸せになって欲しい……」


「そして、サンリクに平和が欲しいッス……」


 男3人がうなだれたところで、


「はい、会議はそこまで!」


 ダリアが、テーブルの上にダンッダンッと砂糖と塩の大袋を置いた。


「暇なら手伝ってちょうだい。

 それ持って、外の竈に行くわよ。

 グリーンさんが小豆を洗い終える頃だから」


 サンリクの明日を考える緊急会議、強制終了。

 さて。マリイは――。




「どうした、マリイ?」


 グリーンはダリアの予想通り、小豆を洗い終わってザルにあけているところだった。


「ザル5つ分もあったのね」


「水を含むと、なおさら重い」


「あたしも手伝うわ!」


「こっちは終わったから、小屋からタライを運ぶのを一緒に頼む。

 全部で5つ出しておけって言われたんだ」


 2人は洗い場のすぐ近くにある小屋へと向かう。

 小屋と言いつつも、千人鍋などを保管している2階建ての大きな倉庫だ。


「タライは――、確か、1階の上の棚よ」


「知ってるのか?」


「炊飯でお手伝いしてるもの。

 大ベラとか長杓子を運んだのよ」


「へえー。穴杓子も知らなかったマリイがな」


「そりゃ、あの頃は何も知らなかったけど……」


「バカにしてるわけじゃないよ」


 グリーンは笑いながら小屋の引き戸を開け、2人は中に入った。


「ほら、あそこ」


「なんで、あんな大きなものを高いところに置くかな?

 踏み台はないか?」


 1階には見当たらなく、グリーンは2階に探しに行った。

 マリイはグリーンが戻ってくるのを待つ。


 楽しい。

 グリーンと一緒だと、タライを運ぶのだって楽しい。


 トノイ兄弟らがそれを恋ではと心配していたが、マリイは違うと思う。


 グリーンはあたしの兄さんだもの。

 一緒にいると、まだ旅の途中みたいで楽しいんだわ。


 やがて、グリーンがハシゴを抱えて降りてきた。


「俺がタライを下ろすから、下で受け取ってくれ」


「いいわよ」


 グリーンは棚の下にハシゴを掛け、登る。


 あ、そうだ!――と、ここでマリイはお祖母様の情報を思い出した。


「ねえ、グリーン、ここの温泉が切り傷や矢傷に効くって知ってた?」


「なに、そんないいお湯だったの?」


 タライに手を掛けるグリーン。

 それは大きな金ダライで、5つも重なっていた。

 一気に下ろしたのでは、マリイは重くて受け取れないだろう。


 グリーンはバランスを取りながら一番上のタライを取り、マリイに下ろす。


「あたし、トノイ兄弟たちに聞いたのよ」


 マリイはしゃべり続けていた。

 タライが大きすぎて、グリーンからマリイの姿はもう見えない。


「マリイ、大きいから、気をつけて受け取れよ」


「大丈夫。

 えーと、どこまで話したかしら?

 そうそう、彼ら、グリーンのはだ――」


 裸には傷があるって。

 はだか?


 マリイはカーッと赤くなった。

 言えない!!


「持ったか? 手を離すぞ?」


 その瞬間である。

 グリーンの手を離れたタライが、クァーンッと良い音を立ててマリイの額に落ちた!


「マリイっ!?」


「い……、痛い……」


 タライはガランガランと音を立てて転がっていく。

 グリーンはハシゴを駆け下りた。


「バカ! 気をつけて受け取れって言ったろ!

 どこ打った?」


 グリーンの両手がマリイの両頬を包む。

 至近距離で緑の瞳にのぞき込まれ、マリイは混乱した。


「○×△□っっ!」


 卒倒しそうになり、ぐらっと後ろに揺れる。

 慌てて抱きかかえるグリーン。


 マリイは更にパニックに陥った。


「大変だ! 顔が真っ赤だ!」


「ぐ、グリーン、離し……!」


「顔を打ったかっ!?

 それとも頭……っ!?」


 と、その時だ。

 閉めていた小屋の戸がガラッと開き、


「兄貴、ここか?」


 トノイ兄のダンが顔を出した。

 瞬間、ダンは固まる。


 薄暗い小屋の中、抱き合っているグリーンとマリイ。


「――すまん」


 彼は小屋の戸を閉めた。


「お……、おい、こら!

 状況を考えろっ!?」


 考えたからこそ、ダンは閉めたのだが……。


「早く来い! マリイが大変だ!」


「え?」


 再びダンは戸を開ける。

 異変を察して、他の連中も飛び込んできた。


「何があったんスか?」


「マリイの上にタライを落とした!」


「ええー? いったい、何で?」


「とにかく、顔か頭を打ったらしい。

 真っ赤になってフラフラしている!」


「真っ赤に?」


「あ、本当だ」


「……そうね、本当だわ……」


 見に来たダリアもつぶやいた。


「でも……」


 今、来た連中には分かるのだ。

 原因はグリーン。

 グリーンの腕の中で、マリイは溺れそうになっている……。


「すぐに宿に運ぼう!」


 グリーンはマリイをお姫様抱っこで抱えた。


「!!!!」


 マリイは湯気を出さんばかりの沸騰顔。

 もう……、息すらできない……。


「あー……、あの、兄貴」


 さすがにジムが見かねた。


「下ろしてあげよう。

 お姫サマ、大変なことになってるから……」


「え? ああ、そうか。

 頭を打ったなら、動かさない方がいいのか」


 床に下ろされるマリイ。

 息を吹き返したかのようにせわしなく呼吸する。


 そして、


「うう……、うっ、うっ、うっ、うえ~ん」


 泣き出した。

 ジムはグリーンを押しのけてマリイの傍らに膝を付き、背中を優しくさする。


「いいよ。お姫様、分かるよ。

 俺が宿に連れてってやるから、おぶさりな」


「うっうっ……、ありがとう、ジム……」


 素直にジムの背に乗るマリイ。


「!?」


 その光景に、グリーンはショックを受けた。

 口がきけなくなるほどに……。


「みんな、お姫様はジムに任せて、小豆をやってしまいましょう。

 ジム、食堂に長老がいらっしゃるから、声をかけてあげて」


「分かったよう。行こう、お姫様」


「うう……」


 マリイ、おんぶされて退場。


「ダリアさん、俺たち、何をすればいい?」


「その上にある金だらいを持ってきて。

 たっぷりと水を入れて竈に行くわよ」


「兄貴、邪魔ッス。

 ダンの兄貴、俺が上るッスよ」


「重ねたまま下ろしてくれ」


「うわ、重いッスねー!」


 ジャンとダンがタライを運ぶ。


「この下に落ちてるのが、お姫様の上に落ちたヤツか」


 1人、取り残されたグリーン。


「俺は……」


 やっと声が出た。


「悪くない、……よな?」





「うっ……、ゴメンね、ジム。重いでしょう……?」


「お姫様一人くらい、平気だよう」


 マリイはジムにおんぶされたまま、ダリアの宿に向かっていた。


「どこもケガしてないけど、あたし、歩けそうにない……」


「気にしないでいいよ」


「ひっく……」


 マリイはずっと泣いていた。

 ジムはゆっくり歩く。


「あたし――、グリーンのことが好きなんだわ……」


「うん……。そう見えるよ」


「どうしよう……?

 リヨク王子に好きになってもらわなきゃいけないのに、グリーンのことが好きなままじゃ、結婚してもらえない……」


「そうだねえ……」


「うえ……っ」


「うう……」


どう助言していいか分からなくて、ジムまで泣いてしまった。


「お姫様も、大変だねえ……」






「俺は悪くない!」


「ええ、そうねえ。

 グリーンさんは悪くないわ。

 あ、砂糖を入れたら、次は塩よ」


「塩も入れるんッスか!」


「甘さを引き立てるのよ」


「どういうことだ!?

 俺の抱っこがダメで、ジムのおんぶはいいって、なに!?」


「そりゃ、兄貴が無神経だからだ。

 兄貴が悪い」


「俺は、悪くないだろ!」


「――そうだな。兄貴は何も悪くない」


「どっちだっ!?」


 グリーンはずっと吠えていた。


「兄貴、それはそれとして、鍋に砂糖をスコップ10杯入れるッス」


「スコップ、10杯だと!?」


「砂糖をケチるとあっという間に腐るから、ちゃんと入れるのよ!

 小豆が硬くならないように、3回に分けて!」


「ちくしょう、俺が、何をしたって言うんだ……」


 グリーンは愚痴りながら、ちゃんと10杯砂糖を入れた。


 何が悪かったのだろう。

 タライから手を離すのが早すぎたのか?


 いや、俺はちゃんとマリイに確認した。


 でも、マリイが「確実に持ちました。手を離しても大丈夫です」と言うのを待つべきだった?

 いや、そこまで確認しなきゃダメなこと?


「ちくしょう……」


 小豆色の鍋の中、くつくつと白い砂糖が溶けてゆくのを眺めながら、グリーンは深~く落ち込む。


「大丈夫ッスよ。

 お姫様は兄貴のこと、嫌っちゃいないッス」


「じゃあなんで、ジムにおんぶなんだよ?」


「兄貴は馬鹿ッスね~」


 馬鹿っぽい言い方で馬鹿に馬鹿にされ、グリーンは更に落ち込んだ。


「……ただいま」


 ジムが、グリーンと同じくらい落ち込んで戻ってきた。


「お姫サマどうだったよ?」


「可哀想に、熱を出して寝てるよう。

 タライをぶつけたのが額だったみたいで、長老が『一石二鳥ね』って冷たいタオルを当ててた」


「――知恵熱ね、それ」


 ダリアが言う。


「知恵熱だと!?」


 グリーンが怒る。


「セツゲンとの交渉で忙しくなるっていうのに、誰だよ、マリイに余計な知恵を付けたの!?」


 みんなが、「あー……」と嘆いた。


「誰か、兄貴に知恵を付けてさしあげろ……」


「付けたところで、不毛ッスよ……」


「余計なことは、しないであげよう……」


 また、空気がどんより濁る……。


「あー、もうっ!」


 ダリアが切れた。


「グリーン、あっち行け!

 小豆がまずくなる!

 復活するまで戻ってくるな!」


 調理中のダリアは厳しい。


「兄貴、早いとこ逃げた方がいいッスよ!

 30分間洗い物の刑に処されるッス!」


「……」


 グリーンはむむ~っと不満顔。


「俺!

 セツゲン対策に!

 行ってくる!」


 ぷんぷん怒りながら、土木組が拡幅工事をしている林道の方に向かっていった。


「さあ、まぜるわよ!

 こっちの2つはあんこにするから、潰すように混ぜる!

 そっちの3つはぜんざいにするから、潰さないように軽く混ぜる!

 混ぜたら、火から下ろして蒸らすよ!」





 夕方、マリイの部屋にグリーンが訪ねてきた。


「夕飯持ってきた。

 開けていいか?」


「グ、グリーン!?」


 慌てるマリイ。

 熱が出て暑いからと、下着姿で寝ていたのだ。


「待って、待って、待って!」


「ねえマリイ、カーディガンを羽織る?

 着替える?」


「着替える!」


 マリイはベッドを飛び降り、長老から普段着のワンピースを受け取ると、速攻で被った。


「あー、なんだ……、会いたくないなら、ここに置いていくが……」


「大丈夫! もう、大丈夫!

 開けていいわ、グリーン!」


 素早くベッドに戻る。


「邪魔するぞ」


 ドアが開いて、グリーンが顔を出した。

 今のグリーンは、マリイの目に3割増し格好良く映っている。


「まだ、顔が赤いな。

 熱が下がらないのか?」


「うん……」


 今、赤くなったのですよ、と、ベッドの向こうでイスに座っている長老は、笑いをこらえる。


「ご飯、食べろよ」


 ベッド脇のサイドテーブルに、グリーンはトレイを置く。

 ジュースと卵雑炊と、ぜんざいがお盆に載っていた。


「小豆、上手に煮えたのね」


「ダリアさんは冷やして食べさせたかったみたいだけど、みんなが味見味見ってちょっとずつ持って行って、気づいたら鍋5つ分が無くなってた」


「あら。じゃあ、これは?」


「俺が隠しておいた分。

 氷室で冷やしたから旨いぞ。

 食後にしないで、冷たいうちに食えよ」


「うん」


 マリイは、ぜんざいを一口食べる。


「おいしい!」


 火照っているので、冷たい小豆が気持ちいい。


「良かったな」


 グリーンが優しく笑うので、マリイはなおさら暑くなった。


「全部食えよ」


「……うん」


 グリーンはイスを持ってきて、ベッド脇に座る。

 すぐに出て行く気はないらしい。


 長老は悩んだ。


 ここは――、私が気を利かせて出てくべき?

 でも、寝室に二人っきりにさせるなんて、ダメよねえ?

 いえいえ、グリーンさんは紳士だわ。

 変なことにはならないはず。

 でも、紳士が寝ている乙女の部屋に入ってくるかしら?

 ああ、私がここにいるからか。

 私がいれば、ヘタな誤解は招かない。

 仕方ないわ。

 マリイにはお邪魔でしょうけど、お祖母様が居座ってあげますか……。


「お祖母様?」


「え?」


 声にこそ出してはいなかったが、身振り手振りや顔つきでおかしかったようだ。


「あー、小豆!

 私の分はどこかしらと思って!」


 小豆をさがすフリをする。


「あ!」


 グリーンが、しまった!――という顔をした。


「すみません。マリイの分しか取れなかった」


「あら。

 ―—いいのよ。ほほほ。

 私のはダリアが確保しているでしょうから」


「それが――、ダリアさん、最近の長老は甘い物を食べ過ぎだから、今日くらい抜いても大丈夫だって……」


 ダリアのヤツ……。

 いや、別に食べたい訳ではなかったから、いいのだけれど……。


「ごめんなさい、お祖母様。

 あたし、全部食べてしまったわ」


「ほほほ、孫の分を取ったりしませんよ」


 長老は笑いが引きつる。

 食いしん坊みたいになってしまった……。


 マリイは雑炊も食べた。


「――食べながらでいいから、聞いてくれ」


 さっそく、本題に入るグリーン。


「セツゲンの賠償金のことだけど――、俺はサンリク王女が要求した額を訂正したくないし、かといって、金貨2万枚は要求しすぎだと思う」


「――ごめんなさい……」


 マリイはおじやをサイドテーブルに戻した。

 この話を食べながら聞くのは無理だ。


「謝らなくていいよ。

 俺、サンリクにはカイソクと同盟を結んでるように、セツゲンとも友好関係を築いて欲しいと思ってる。

 だから、セツゲンの財政を圧迫して、サンリクへの悪感情を募らせることは避けたいんだ」


「うん……」


 グリーンにとって、セツゲンは敵国ではなく、旅をして回りたい憧れの土地なのだ。

 国交を断絶することだけはして欲しくないのだろう。

 が、やってしまったことは、取り返しがつかない。


 今から何ができるだろう?


「だからさ、」


 グリーンは解決策を提案してくれる。


「次に特使が来たら、お土産を持たせて帰そうと思う」


 え?


 長老は、ズッコケそうになった。

 なんの接待だ、それは!?


「さっき手配した。

 マリイは気にせず、休んでてくれ」


「うん」


 ここで肯く孫も孫である。


「でも、グリーン……」


 聞き返すマリイ。


 そうよ王女、正しなさい!

 ――心の中で、長老はエールを送る。


「セツゲンは、お金を持ってくるかしら?

 この1週間で兵を増やして、反転攻勢に出たりしない?」


 お土産に関してスルーだった……。


「間違いなく、持って来るさ」


 グリーンは断言する。


「金貨2万枚はセツゲンにとって辛い出費だけど、出せない額じゃない。

 この先、戦争を続けるより、よっぽど安上がりなはずだ」


「分かった。あたし、グリーンに任せる」


 ……。


 今度は長老、グリーンに感心してしまった。

 商売っ気のある言い方が発言の品を落としているが、分析力は確かだ。


「――マリイ」


 突然、グリーンが手を伸ばして、マリイの前髪をかき上げた。


「!?」


 マリイはカアッと赤くなる。


「額が腫れてるな。

 ここを打ったのか?」


「み! 見ないで!」


 グリーンの手を払い、マリイは慌てて前髪を直した。

 タライがぶつかったおでこなんて、恥ずかしすぎる……。


「おまえ、なんだって、タライを受け損なったりしたんだ?」


「それは――」


 グリーンの裸を想像したから……なんて言えるわけないじゃない!

 マリイは布団を引っ張って顔を隠した。


「言っておくが、それについては俺、謝らないぞ!

 俺は悪くない!、と思う!」


 グリーンも頑固なのだ。


「でも――、」


 視線をそらせて続けた。


「……知らないうちにおまえを傷つけてたら、教えてくれ。

 泣かせるのは、もう嫌だ……」


「グリーン……」


 布団からちょこんと顔を出し、グリーンを見上げるマリイ。

 照れたのか、グリーンもちょっと赤くなった。


 長老はいよいよ身の置き所に困る。

 やはり、外に出るべきだった……。


「よし、そろそろ行くか!」


 長老を思いやってのことではないが、グリーンは立ち上がった。

 マリイの頭をくしゃくしゃっと撫でる。


「明日には元気になれよ」


「うん……」


 そして、長老に向き直った。


「ダリアさんから、伝言です。

 夕食は食堂で用意しますんで、下りてきてくださいって」


「え? ああ。そう。

 そうね。すぐに行きましょう」


「失礼します」



 グリーンは長老に頭を下げ、マリイの方をちょっとだけ見て、部屋を出て行った。

 マリイはぽうっと、布団を握りしめ、頬を赤らめている。


 大丈夫かしら、この子?

 熱が、更に上がりそうな予感がする。


「グリーンさんのこと、そんなに好きなの?」


 長老は単刀直入である。


「う……」


 今さらながら、マリイは返事に窮する。


「お――お祖母様、」


 布団をさらにぎゅうっと握りしめた。


「あたし――、リヨク王子と結婚しなきゃならないんです。

 長老会議でも、そう言って皆さんに留まってもらいました」


「そうだったわねえ」


「だから――、だから、あたしが好きになるべきは、グリーンではなく、リヨク王子なんです」


 あらあら、目に涙を浮かべている。


「でも、マリイ、」


 長老は語りかけた。


「今、ここにリヨク王子はいないのよ?」


「え? ええ――」


「リヨク王子が現れるまでは、グリーンさんを好きでもいいんじゃない?」


「ええっ!?」


「あっちは好きで隠てるんだから、そのことを文句を言われる筋合いないわ。

 王子のことは、出会ってから好きになればいいのよ」


「えーっ!? だって、お祖母様!」


 虹の谷の長老は、いったい何を言い出すのだろう。


「リヨク王子だったら、会えば必ず、あなたは好きになりますよ。

 だから、安心して他に目を向けていなさい」


 浮つくことを勧められた!


「そんな、簡単に――」


「だって、あなた、美形がお好きでしょう?」


「う!」


 言葉を詰まらせるマリイ。


 確かに、マリイが好きになったグリーンは美形で、幼い頃からそばに居てくれたゾフィも見目麗しい。

 ついでに言えば、マリイ隊長なんか見た目が超絶美女で、あの特使らが言ってた『王女は常に美形を侍らせている』というのは、あながち間違っていない。


「あ――、あの、偶然、あたしの周りに美形が集まっているだけで、あたしは美形が好きってほど美形好きじゃ――」


「ダンギ王は娘をよく見ているわ。

 リヨク王子は、あなたが好きになりそうな実に整った顔立ちをしています。

 性格だって、わかりやすく優しい子ではないけど、サバサバしていて気持ちのいい子だし、あなたが嫌いになる理由がありません」


「はあ……」


 断言されてしまった。


 そうなのか?

 そろそろ、大人の考え方を持つべきか?


「それに、」


 長老は、マリイが考えないようにしていた核心を突いた。


「グリーンさんは、あなたのことを恋愛対象として見てないじゃない。

 どうせ、一方的な片思いでしょ?」


「ぐっ!」


「普通の男は、女性が寝てる部屋に入ってきたりしないし、気安く頭をなでたりもしないものよ。

 さっきのは、なんとも思ってない証拠じゃない」


「ううっ……」


 ダメ押しも効いている。


「マリイ」


 長老は優しく語りかけた。


「遠慮無く、グリーンさんのことを好きになりなさい。

 そして、リヨク王子が現れたら、リヨク王子を好きになりなさい。

 最終的にうまく収まれば、あなたが今、誰を好きであろうと問題はありません」


「で、でも……っ、」


 マリイは頑張って言い返す。


「繋ぎみたいにグリーンを好きなのはグリーンに悪いし、フラれたからリヨク王子というのは、リヨク王子に失礼なことでは……!?」


「あなたの気持ちに気づきもしないグリーンさんがそんな風に思うはずはないし、リヨク王子だって、姿も見せないくせに文句を言うような理不尽な男ではありません」


「そう――――

、なのですか……?」


 もう、マリイにはよく分からない。


「そうですよ」


 長老は断言する。


「残りのご飯を食べてしまいなさい。

 さっき、元気になれと言われたでしょう?

 明日は頑張って起き上がらないと!」


「はい……」


「わたしもご飯を食べてきます。

 食べたら、寝ていなさい」


 長老は、にっこりと笑って部屋を出て行った。

 虹の谷の思考は、勇ましくも単純だ。


 あたしが考えすぎなの?

 本当にグリーンが好きでいいの?


 マリイは雑炊を味わいもせず飲み込んで、ベッドに横になった。


 傍から見てもグリーンに相手にされていないのはダメ押しだけど、リヨク王子が美形な上に、理不尽な男ではないというのは良い情報だ。


 会えば好きになるかしら?

 グリーンよりも?


 マリイは考えるのに疲れ、やがて、眠ってしまった。




「あれ、マリイ」


「おはよう! グリーン」


 マリイは元気いっぱいにみそ汁をよそった。


「もう大丈夫なのか?

 無理してぶり返されたら困るんだけど」


「絶好調よ!

 具材、たっぷり入れておいたわ」


 マリイの後ろからダリアが来て、


「お姫様、代わってあげるから、あなたも食べなさい」


 と、お玉を受け取った。


「あたし、仕事を始めたばっかりなんだけど――」


「マリイ、今日は忙しくなる。

 食える時に食っておけ」


「そう――? じゃあ……」


 もちろん、マリイに仕事を全うしたい気持ちはある。

 が、ここでダリアに甘えると、グリーンと朝食をとることができるのだ。

 結局、


「いただいてきます!」


「あっちで食べよう」


 2人は木陰で、朝食をとることになった。

 マリイはご機嫌だ。


「午後から大岩を爆破するけど、おまえ、見に来るか?」


「あたし、邪魔にならない?」


「離れたとこから見せてやる。

 昼食とったら一緒に行こう」


「ありがとう!

 お昼はマーボー丼で、あたし、豆腐を切る係なの」


「うまく作れよ」


 マリイが寝込んでから3日経つ。

 グリーンはわかりやすいほど優しくなっていた。


「あー、これは、あれッスね」


 ちょっと離れたところから、同じく朝食をとっているウバクロ組が分析する。


「ジムにお姫様を取られたのが、よっぽど悔しかったんスよ」


「兄貴の抱っこから降りて、ジムにオンブだもんな」


「俺、見かねて仕方なく……」


「しっかし、なあ!」

 はあああっと、3人はため息をつく。


「タイミングが悪い男だな、兄貴は!」


「あのまま離れとけば、お姫様も諦めがついたのにねえ」


「若さッスよ。

 経験が浅いから仕方ないッス」


 グリーンは『兄貴』だが、仲間内では一番の若者なのだ。

 年長者は若輩者の恋愛を温かい目で見守ってあげなくてはならない。


「—―おい!」


 優しい彼らの視線に気づいたグリーンは、


「何、のんびりくつろいでるんだ?

 今日は土木班だろ。

 さっさと行け」


 冷たく追い払おうとした。


「ひどい!

 まだ、朝飯の途中ッスよ!」


「早飯も仕事のうちだろ。

 無能を露呈するな」


「人でなしだ……」


 マリイに優しくなった分、ウバクロ組に厳しい。

 きっと、グリーンの優しさの総量は決まっていて、誰かに優しくなった分、誰かへの優しさは減るのだろう。


 そこへ、


「兄貴、特使って人が来てるぞ。

 マリイ王女に会いたいんだと」


 土木班の一人が、伝えに来てくれた。


「こんな朝早く――?」


「馬で3名と、小型の馬車が一台だ。

 御者は用心棒みたいな身体つきをしてる」


 多額の賠償金が積また馬車なのだろう。

 盗賊対策で夜間に移動し、今、到着したのだろうか。

 いや、前回に無礼があっただけに、朝一で参上し、礼を尽くすつもりかもしれない。


「ジム、前と同じ道のりで、迎賓館に案内してくれ。

 ダンとジャンはお土産の準備を。

 マリイ、着替えるぞ」


「あたし、ご飯食べたら、お鍋洗わないといけないんだけど……」


「鍋を洗う代わりはいても、王女の代わりはいない。

 今回は俺も立ち会う」


「本当!?

 グリーンが一緒なら、心強いわ!」


「ほら、早く食え」


 下心を疑うほどに、グリーンは優しい。

 が、それを単純に喜ぶようなマリイでは、もうない。

 むしろ、反動で冷たくされるのではないかと不安ですらある。


 マリイは急いで焼き魚とご飯を口に突っ込み、味噌汁で流し込んだ。


「ごちそうさま!

 お待たせ、グリーン」


 この虹の谷で、マリイはかなりの早食いになった。


『急いで食べると満腹感に気づくのが遅れ、太る原因になります。

 ゆっくりとよく噛んでお召し上がり下さい。

 ドレスが入らなくなりますよ』


 どこからかゾフィの叱責が飛んできそうだが、この野営炊事場でゆっくりお上品に食べることは、次に食事を控える班と、片付け班への迷惑に繋がる。


 ダリアの宿に着くと、長老は食後のお茶を飲んでいた。

 彼女は基本、この食堂でくつろいでいる。


「お祖母様、セツゲンの特使が来てるみたいなんですが、ご一緒願えますか?」


「いいですよ。行きましょう」


 長老は聞きそびれていたグリーンの『お土産』を知りたいのだ。


「じゃあ、俺たち、着替えてきます」


「あら、グリーンも着替えるの?」


「この格好でお姫様の隣にいたら、小間使いにしか見えない。

 今日は岩を取り除く予定だったから、おもいっきり作業着だ」


「あたし、普段着に慣れたから、もうドレス面倒くさい……」


 あらあら、みすぼらしいお姫様たちだこと……。


 長老は、2階へと上がっていく2人を見送る。

 やがて、2人が着替えて下りてきた。


「まあ!」


 孫にも衣装、いや、馬子にも衣装だ。

 鎧なしでいつもの白いドレスを着たマリイと、こざっぱりした白いシャツに赤いリボンタイを締めているグリーン。

 見違えるほど、二人ともそれらしい。


「マリイはやっぱり、そのドレスが似合うわ。

 グリーンさんも、いつもその格好でいればいいのに」


「あたしもそう思う!

 グリーンの白シャツ姿、格好いい!」


「行軍の時と同じ服装じゃないか」


 珍しく、グリーンが照れている。


「あの時は、上に父様の鎧を着てたじゃない。

 赤いタイなんか見えなかったもの」


「あら」


 長老は少し意外そうな顔をして聞き返した。


「あの鎧は、ダンギ王のものなの?」


「初陣にはお下がりがいいからと、験担ぎで貸してくれたんです」


「まあまあまあまあ!」


 わざとらしいほどに驚いてみせる。


「やっぱりそうだわ!

 あれ、勇者の鎧でしょう?」


「え?」


「剣と鎧の2点セット。

 サンリク王家の家宝と聞いてるわ」


「そう、なのか?」


 グリーンはマリイを見る。


「武具に興味ないから、分かんない。

 でも、勇者の剣は宝物庫にあったような気がするから、その奥にでも飾ってあったかしら」


「戦士の間では、有名な装備ですよ。

 グリーンさん、防具だから傷が付くのは仕方ないけど、ちゃんとお返ししないとダメですよ?」


「そりゃ、借りたままにする気はないけど――」


 グリーンは正直面倒くさいと、借りたことを後悔する。

 たいした品に見えなかったけど、王のお下がりなのだから、それなりの品であってもおかしくない。

 

 家宝というなら、最初に用意された甲冑の方が、よっぽどそれらしくなかったか?

 まあ、俺は武器商人じゃないから分かんないけど。


 見る目がないということが、商人としてちょっとショック……。


 長老が「では、行きましょうか」と立ち上がり、三人は宿を出た。


「前回、失敗したから緊張する……」


「俺が隣にいる。堂々としてろ。

 停戦交渉に来たのなら、王女を不快にさせるようなマネはしないだろ」


「困ったらグリーンの方を見るから!」


 長老は自らの存在意味を考える(つまり、また身の置き所にまた困った)。

 孫はグリーンさえ居ればよく、祖母を必要としていないらしい。

 妹扱いでも、今を楽しく過ごす方を選んだのか。

 不憫ではあるけれど、賢明な判断だ。        


 迎賓館に着くと、特使はすでに中で待っていた。


「マリイ王女のお越しです!」


 今度はきちんと誘導されてホールに入る。

 マリイと長老はイスに座り、グリーンはマリイの傍らに立った。


 中年のおっさんと、前回の美男子2人がひざまづいている。


 上官を連れて来たのね。

 年齢からいって、大将とか副将あたりかしら?


 おっさんはセツゲンの外務大臣と名乗り、マリイの背中に冷や汗が流れた。


「だいじん……」


 これまた、大物を呼び出してしまった。

 自国の大臣とさえ、まともに会話をしたことがないのに……。


 面会は謝罪から始まる。


「先だってはうちの使者が無礼を働き、誠に申し訳ございませんでした。

 本日は賠償金を持参し、お詫びに参った次第にございます」


「あら。

 では、これが?」


 特使たちの前には、中型の宝箱が全部で20も並んでいる。


「大陸金貨2万枚です。

 お納め下さい」


「あらためさせていただきますね」

 

 グリーンがニコニコしながら進み出て、箱を一つ開けた。


「まあ!」


 マリイは思わず声を上げる。

 輝く金貨が、箱を埋め尽くしている!


 あたし、本当に法外な要求をしたんだわ……。


 前回の失敗が具現化して眼前に並び、落ち込む。

 グリーンは幾つかの箱を開け、10枚の金貨を取り出すと使用人を呼び、重さを量ってこいと命じた。


「失礼かとは存じますが、わたくしは商人の出なものでして。

 確かめる習慣があるのをお許しください」


 慎重に言葉を選んでいるのか、しゃべり方がやたらと丁寧だ。

 (が、言っていることは無礼)


 セツゲンの特使は感情を押し殺し、


「もちろん、全てお確かめ下さい」と受け入れた。


 グリーンが上品にほほ笑む。

 マリイが見惚れそうになるほど、麗しい微笑みだ。


 あ、呆けてちゃダメ!

 ここは、しっかり偉そうに見せないと!


 マリイ、凜々しく彼らに問うた。


「金貨を用意したということは、停戦ではなく、サマニを返せということね?」


 停戦なら金貨1万5千枚、サマニ返還なら2万枚と伝えてある。


「マリイ王女」


 特使たちはさらに低頭した。


「サマニの領民は、セツゲンの大切な民です。

 彼らと、彼らの領地をお返し下さい」


 マリイは、どうしよう?――とグリーンを見た。

 さっさと返してしまいたいが、待ってましたとばかりに引き渡すのも足下を見られそうか?


 グリーンはささやくように答えた。


「マリイ王女は、礼には礼を尽くす方ですから」


 「返していいぞ」ということだろうが、「無礼には無礼で返すからな!」という脅しとも取れそうだ。


「道中はさぞ大変だったことでしょう。

 この時間にお越しいただくには、夜通し山中を走らねばなりません。

 2万枚もの金貨を抱えておいで下さったのですから、無下にするようなことはなさらないはずです」


「――そうね、グリーン」


 所作の一つ一つが優雅すぎて、くどい言い回しに誰も気づかない。


「いいわ。サマニは返す。

 停戦命令を出して、三日以内に兵を退かせる」


「ああ! ありがとうございます!」


 大臣と特使は安堵して、深く深く頭を下げた。

 本日のイケメン特使2人、こってりと絞られてきたのか、ずいぶんシュンとしていて今日は歯も光っていない。


 ざまーみろだわ。

 あんたたちの発言は、グリーンが許しても、あたしが許さないんだから!


 マリイが厳しい表情をしているのに、セツゲンの大臣は気づいた。

 なぜ――、ひょっとして不本意な停戦なのか……?


 そういえば、多額の要求といい、枚数のかさばる大陸金貨を指定したことといい、まさか、無理難題を押しつけて、更に攻め込むつもりでいたのでは――!?


 セツゲンが数年がかりで進めてきたガルド前外務大臣と侍女ゾフィの隠謀を見抜き、谷の独立をひっくり返した王女である。

 10代前半の少女だというのに、こうして自ら戦地に乗り出し、指揮まで取っているのだ。


 そら恐ろしい……。


 大臣に戦慄が走った。

 王女の母親は、虹の谷の長老の娘。

 王家の権力に戦闘民族の血がながれ、鬼才の女帝を生み出そうとしているのか……?


 大臣はこの謁見、更に心してかかることに決めた。

 後ろに控えるバカ2人の二の舞になっては、セツゲンに未来はない――。


「そういえば、後ろの2人に聞きたいのだけど、」


 思い出したかのようにマリイ王女に声をかけられ、大臣はビクッと身をすくめた。


 こいつらは、まだ何かをやらかしてたのかっ!?


「あなたたち、グリーンが商人だって、誰から聞いたの?」


 単純に、素朴な疑問である。


「あ、あの、」


 イケメン特使は声を震わせながら返答した。


「捕虜がそのように申しておりまして――」


「捕虜?」


「王女、」


 グリーンが説明に入る。


「情報を流したのは、戦の最中に捕らえられたサンリク兵でしょう」


「まあ! 不心得な兵士がいたものね!」


 マリイが見送ったあの兵の中に、

 『王女は、商人から成り上がった美形を副将にして侍らせている』なんて言いふらした馬鹿がいたのか。


「そう言えば、忘れてましたね。

 捕虜の交換は如何いたしましょう?」


 グリーンはセツゲンの大臣に持ちかけた。


「いいわよ、交換なんかしなくて!」


 マリイは口を挟んだ。


「解放してくれれば、それでいい。

 サンリクを愛する者は自力で戻ってくるでしょうし、後ろめたい者はそのまま去ればいい!」


 ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 そして、しまった……!と青ざめる――。


 あたし、また余計なことを言った……。


 こそっとグリーンを見ると、グリーンは、


「まあ……、交渉ごともございませんし、移送も大変ですからね。

 そうしましょうか」


 賛同してくれた。

 ホッと胸をなで下ろすマリイ。


 次は、セツゲンの大臣が青くなった。


 この王女は、兵を選別している――!

 自らの意志で戻った者を集め、屈強な精鋭部隊を作るつもりだ!!


「セ――、セツゲンといたしましても、現地で解放していただくことに異存はありませぬ――」


 本当は次なる戦に備え、一兵でも確保しておきたい。

 そんな心境を、見透かされている気がした。


「では、サマニの戦後処理は、三日後の解放で終わらせましょう」


 グリーンが話を切り上げてくれ、セツゲン一同はホッと一息ついた。

 無事に対話を終わらせることができそうだ。


「ところで、わたくしから提案があるのですが」


「!」


 気を許した途端にこれ。

 まだ続くのか!?――と、再びセツゲンは身をこわばらせる。


「ああ、サマニのことではないので、そんなに構えないでください。

 ウバクロのことです。

 皆さんは、彼の地で良質の石炭が取れるのをご存じですか?」


「は――」


 何を意図しての質問か分からない。

 ご存じも何も、今回の出兵はそれが目当てだった。


 グリーン副将は言う。


「セツゲンにも良質な鉱山があることは知ってますが、それはかなりの北方で、雪深い地域と聞いています」


「はい――」


 そこは冬が長い地域で、地吹雪がひどく、夏の一時期にしか作業ができない。

 それゆえ、(セツゲンから見て)南方のウバクロに目を付けたのだ。


 副将が、マリイ王女を見る。


「話を続けてもよろしいですか?」


「グリーンの好きにしていいわ」


 ずいぶんと王女の信頼が厚いらしい。

 大臣は、グリーンの本意を掴むことに集中した。


「わたくしには、ある計画があるのです」


 マリイも緊張して耳を傾けた。

 サンリクにとっては、ここからが本題だ。


「ウバクロの石炭は良質で、産出量も多く見込めそうです。

 が、サンリクには各所に鉱山があり、残念ながら、ウバクロの燃料をさほど必要としておりません」


「はい――」


 ならば、くれ!――大臣は叫びたかった。

 タダとは言わぬ、売ってくれ!――と。


 セツゲンの冬は寒い。

 町が凍り付き、痛みを伴うほどの冷えが襲う。


 国内の炭坑だけでは民に燃料が行き渡らない。

 北の民は、ウバクロの燃料を喉から手が出るほど欲している……!


「わたくしはウバクロの石炭を、あなた方に買っていただきたいと思っているのです」


「はい。それはぜひ」


 ――あれ? 声に出てたか?


「これは、良い方向に向かいそうですね」


 副将が微笑んでいて、幻聴ではなかったらしい。


「問題は、この谷の悪路なのです」


「はい」


 その通り。

 だからこそ、セツゲンは戦を仕掛けたのだ。


 この谷は、サンリクの天然なる要塞。

 馬車1台がやっとの険しい道と、虹の谷の一族でサンリクは国境を守っている。


 それゆえ、サンリクがこの悪路を直すことはないだろう。


 石炭は重く、かさばる。

 あの悪路では、一度に大量を運ぶことはできないのだ。

 

 現在もサンリク産の石炭は輸入されているが、危険を冒して小さな荷馬車で輸送するその結果、価格は庶民の手が届かないほどに高額となり、やはり、セツゲンの民は凍えている。


 ならばと、セツゲンは戦を仕掛けたのだ。

 虹の谷一族を独立させて谷を無防備化し、悪路ごとウバクロを奪う算段だった。


 ――今のウバクロを見ろ。


 あの町にサンリクの恩恵は届いていない。

 失業者が浮浪者となり、浮浪者が犯罪者となって荒廃している。


 サンリク王国ウバクロは、セツゲン王国ウバクロに変わった方が幸せではないか!?


「この道は、わたくしどもが直します」


「――――――は?」


 大臣は、無礼にも聞き返してしまった。

 サンリクが道を直す?


「ダンギ国王陛下、虹の谷の長老の許可はすでに得ています。

 あなた方がここに来る途中、道を直す作業員たちに会いませんでしたか?」


「そういえば――」


 伝令に走ってくれたあの者は、そのための作業員だったか?


「本日は、この町を出てすぐ先の難所から、大岩を取り除きます。

 あなた方が朝早く訪ねて下さって、本当に良かった。

 午後からは通行止めの予定です」


「はあ……。

 そう言えば、他にも道幅が広くなっているカーブがあったような――」


「第3カーブは一昨日、拡幅工事が終わりました。

 明け方の薄暗い時間でも、安全に通れたでしょう?」


「はあ」


 本当、だ。

 本当にサンリクはこの道に手を付けたのだ。


 大臣は、まだ信じられない気持ちの方が強かった。

 なので、


「よいの、ですか?

 国境の警備を考えたら、道はあのままの方が――」


 わざわざ意に反することを聞いてしまった。


「警備を考えたら、ですか?」


 グリーン副将は、意味ありげに復唱する。

 小首を傾げたその姿が彫像のように美しくあるのだが、今はそんなこと、どうでもいい!


「警備を考えたら、セツゲンとは同盟を結びたいですね、わたくしは」


 彼は続けてくれた。


「肥大した軍事費を更に増やすより、仲良く経済活動するためのインフラ整備に金を掛けることの方が有意義だとは思いませんか?

 わたくしは商人出身ですから、国境を自由に行き来し、物を通してお互いになくてはならないパートナーとなることを望みます。

 戦争を考えずにすむなら、国境の警備など形式的なもので十分では?」


「……!!!」


 大臣は息を呑んだ。


 商人は商圏拡大のために何よりも平和を愛する。

 この副将は、本当に平和を望んであの悪路に手を付けたのだ!


 できるのか?

 大国サンリクが、軍備費ではなく和平のために金を掛けるなどと、そのようなことが出来るのか!?


 握りしめた大臣の手が、興奮で震えだした。


「まあ、そんなにうまくはいかないでしょうね」


 王女の隣に座っている年配の女性の冷水で、彼は我に返った。


「経済が戦いを生むこともありますから」


 はて、この女性は?

 なんと紹介されていたか、緊張のあまり覚えていない。


 マリイ王女が親しげに声をかける。


「やってみないと分からないわ、お祖母様」


 マリイ王女の『お祖母様』!

 つまりは、虹の谷の長老!!


 戦闘民族の長である彼女は言う。


「グリーン副将、この湖畔で、国際マーケットを開きたいと言いましたね。

 やってごらんなさい。

 問題が起きたら、一族が助けます。

 通りやすい道が攻めやすい道であることは、どちらにとっても同じなのですから」


「!!」


 釘を刺されたのだ――。

 若者が甘いことを言ってるからと、甘く見るなよ、と。


 今回の騒動で、セツゲンは虹の谷の独立問題をかき回した。

 長老は怒っておいでなのだ。


 その怒りをを押さえているのが、御孫様でいらっしゃるマリイ王女。

 そして、マリイ王女が絶対の信頼を置いているのがグリーン副将――……。


「そうそう、マリイ王女はですね、」


「はっ!」


 大臣は気を引き締めて、副将のお言葉に全身を傾けた。


「焼き菓子が大好物でいらっしゃるのですよ」


「は!

 …………あ、あの、焼き菓子というと、クッキーとかマドレーヌとかで……?」


「そうね。

 あたし、カップケーキが一番好きだけど、クッキーもマドレーヌも好き!」


「こ、これは、お持ちしませんで、気の利かない真似を――!」


 マリイ王女は手土産のないことをご不満にお思いなのか!?


「違いますよ。

 持ってこいと言っている訳ではないのです。

 先ほど、長老が国際マーケットをご許可下さったでしょう?

 わたくしはここで石炭を売り、セツゲンからは小麦を買いたいと思っているのです。

 他にも、多くの産物を売り買いできるといいですねえ」


「そ、それはもちろんです!

 わたくしもそう思います!」


 ここにマーケットが出来るということは、この谷からウバクロまで下らずに済むということ。

 小麦を積んでここに来て、石炭を積んで帰ることができれば大幅な経費節減になるではないか!!


「ここ1、2年で実現できればと考えています。

 セツゲンにはぜひ、品揃えを豊富に準備していただきたいですね」


「はっ! 戻りましたら早速、小麦の作付面積を倍に増やす提案をいたします!」


「頼もしいわ!」


 マリイ王女が立ち上がった。

 大臣は緊張し、イケメンたちは身構える。


 王女は歩み寄り、跪いている大臣に立つよう促した。

 随分と小柄で、大臣の肩までの身長しかない。

 不注意にも王女を見下ろす姿勢となってしまい、大臣は恐縮した。


「セツゲンでは、カップケーキ1個がおいくらかしら?」


「カップケーキ、ですか?

 え、ええと、」


 大臣はここで初めて後ろの2人に助けを求める。

 甘い物には詳しくないのだ。


「あの、セツゲンの王都では、銅貨2枚くらいが相場かと……」


 と1人が答え、


「そうです!

 カップケーキとフライドポテトと飲み物のセットが銅貨5枚なので、若いカップルは銀貨1枚もあれば、デートできます!」


 と、もう1人が教えてくれた。

 マリイの足下に銀貨を投げたのはこいつであったか。


「ウカニでは、カップケーキ1個が銅貨8枚もするの。

 クッキーは銅貨5枚。

 焼き菓子なんて、こどものおやつじゃない? 

 子どもが買えないお値段なんて悲しいわ」


「誠に、その通りで……!」


 大臣は、この王女が商人に化けて国中を回っていたという話を思い出した。

 市井の流通に詳しいのだろう。


「あ、あの、セツゲンは寒冷地ですので、乳牛がよく育ちます。

 バターの生産量も増やして、マーケットが出来たらお持ちしましょう。

 あと、小豆もセツゲン産は良質で、」


「あら! まあまあまあまあ!」


 王女はパアッと顔を輝かせる。


「グリーン! あたし、セツゲンと仲良くしたくなってきた!」


「そうですね。

 ぜひ、そうしましょう」


「ぜひ! 仲良くしてください!!」


 なんたる僥倖、なんたる棚ボタ!

 我々はマリイ王女のご機嫌取りに成功している!


 農産物の輸出で、石炭の輸入資金が確保できるのでは!!!?


「失礼いたします」


 先ほど、金貨の重さを量ってこいと命ぜられた使用人が戻ってきて、副将に報告する。


「全部で70グラムありました」


「そうですか。例の物を」


「はい」


 使用人は下がっていった。

 はて、例のものとはなんであろう?


「特使の皆様方、大変失礼で、申し訳ないことなのですが――」


 副将が不吉な言葉で語りかけてきた!


 慌てる大臣。


 なんだ、間違いでもあったか!? 

 金貨に混ぜ物などしていない!

 7グラム金貨10枚で70グラムは、正しい数値であろう!?


 グリーンは告げる。


「先ほど、午後から大岩を砕く作業があるとお伝えしましたが、皆様には今、お帰りいただかないと、本日はお泊まりいただくことになってしまいます」


「あ!」


 そう。作業中は通行止めになると言っていた。


「作業を遅らせれば済む話ですが、そうすると、サマニから兵を撤退させるのに、影響が出ます。

 お越しいただいて、こんなことを言うのは心苦しいのですが……」


「いえ!

 我々はもう、十分すぎるお言葉をいただきました。

 直ぐさま王都に持ち帰り、セツゲン王に伝えます!」


 なんだ、通行止めになる前に帰れということかと、大臣は胸をなで下ろす。


「失礼のお詫びといっては何ですが、少しばかりのお土産を用意しました。

 こちらへどうぞ」


 グリーンは、特使らに建物から出るよう促した。


 お土産は、なにかしら?

 一番気になっているのは、長老だ。


 果たして、過大請求の戻り金に、彼は何を用意したのだろう?


 皆で外に出ると、迎賓館の前にズラーッと荷馬車が並んでいた。

 荷台に何かが積んであるが、青いシートで覆われていて分からない。


 グリーンはシートの紐を解き、少しめくって見せた。

 黒光りする石炭。


「これは……!?」


「道幅に合わせた小さな馬車なので、台数ばかりが増えてしまいました。

 どうぞ、馬車ごとお持ち帰り下さい。

 輸入について皆様を説得するには、現物があった方が早いでしょう?

 試供品です」


「試供、品」


 まさか、石炭をもらうとは思わなかった。

 しかもこの台数の馬車ごと!


 大臣は計算する。

 積載量も素晴らしいが、これらを引き連れて王都に戻ることは、実に見た目が華々しい!!


 敗軍としての交渉で惨めに帰ることを覚悟していたが、さすが、商人出身の副将は分かっていらっしゃる。

 マリイ王女ではないが、今後ともども仲良くしたい!


 2万枚もの金貨を支払った特使団。

 彼らはそれを忘れ、ほくほくと帰路についていった。



 ――さて、グリーン。

 特使団を見送った後、


「疲れた!」


 と、その場にへたり込んだ。


「お疲れ様、グリーン!

 すごかったわ!」


 マリイは隣にしゃがんで労う。


「見事な化けっぷりでしたよ、2人とも」


 長老は、本当に見事だったと感心する。

 セツゲンの大臣を相手に、2人がここまで渡り合えるとは思ってもいなかった。


「あの馬車は全部で何台用意したの?

 12台までは数えたんですけどね」


「俺にも分かりません。

 ウバクロに、金貨1万枚分の石炭と馬車を発注したら、あれだけ来ました」


「金貨、1万枚分!」


 手に入れた金貨は2万枚だから、半返しだ。


「少しはウバクロも潤うし、数年後にあの馬車で買い物に来てくれれば、さらに渡した甲斐がある」


 あの馬車は、買い物カゴであったか……。


 グリーンは立ち上がり、マリイの頭にぽんっと手を置いた。


「おまえも、お疲れ様」


「……」


 マリイが、また赤くなる。


「ここ数日、ずっと緊張してたろ?

 特使が来てから、おかしかったもんな」


「……うん……」


 マリイがおかしかったのは緊張のせいではないはずだが。


「そうね。あたし、緊張してたみたい」


 てへっと、マリイは全て特使のせいにした。


「……」


 長老は、なんと声をかけていいか分からない。

 グリーンがさもあらん様に説明する。


「マリイは、緊張でよく調子を崩すんです。

 サンリク王に会う時も、口数が少なくなって、おかしかった。

 これで、いつものマリイに戻れるな!」


「心配かけて、ごめんなさい」


 何の進展もしてないのに、嬉しそうにしているマリイ。


「早く着替えて、メシ場に行こう。

 午後の作業、見に来るんだろ?」


「あ! あたし、炊事当番だったのに何もしてない……!」


「王女の仕事は代わりがいないから、仕方ないさ。

 長老、今日はマーボー豆腐だそうです。

 ご一緒しませんか?」


「遠慮します」


 長老ははっきりきっぱり断った。

 まどろっこしくて、アホらしくて見ていられない。


「第1小隊と第2小隊が戻ってくるでしょうから、一度、草原に顔を出します」


「では、俺たち、行ってきます」


「グリーン、あたし、着替えたい」


「そうだな。この格好じゃ、作業できない」


 マリイとグリーンは、ペコリと頭を下げて、ダリアの宿へと向かっていった。

 後ろ姿を見送りながら、


「どうなるのかしらねえ」


 長老は優しい顔でつぶやいた。





 3日後の夕方、虹の谷の小隊と、サンリク軍が谷に戻ってくる。

 大岩が取り除かれ、道幅が広くなっていることに、皆、驚いていた。

 ウバクロの工事隊は良い仕事をした。


 更に4日後、マリイたちは虹の谷を発つ。


「みんな、後は頼んだわよ!」


 金貨2万枚(5割使用済み)の勝金を持っての凱旋である。

 来た時とは違い、5日も掛けてのんびりと国土を縦断した。


 王都に帰還して入城すると、マリイは食事と入浴を済ませて、急いで身支度を調える。

 そして、当然のごとくグリーンいる貴賓室に直行する。


「父様、偉い人と面会中で、まだお会いできないの」


「だからって、こんなとこに来てていいのかよ?」


 グリーンはベッドにごろりと横になり、待ち時間をくつろいでいるところだった。


「ドレス着てるんだから、化粧とかしなくていいのか?」


「だって、ゾフィは投獄中なんだもん。

 旅姿のままってわけにはいかないから、さすがに侍女に着替えさせてもらったけど、ゾフィ以外に顔を任せるくらいなら、あたし、もうすっぴんでいいわ。

 どうせ、お会いするのは父様だし」


 マリイは不満を愚痴った。

 今着ているピンクのドレスだって、サイズこそピッタリだが、気に入ってはいないのだ。

 ゾフィなら、もうちょっと、何か目新しいセンスの物を出してくれただろうに……。


「大変になりそうだな、おまえの今後も」


「うん……」


 ゾフィの代わりなんて、見つかるのだろうか。


 凱旋報告の後に、ゾフィとガルドの処分が予定されている。

 国家への反逆罪だから、おそらく死刑は免れないだろう。


「あたし、ゾフィに助けるって言ったの。

 なんとかならないかしら……」


「おまえを指名手配して、暗殺を企んだ女だろ?

 なんで助けようとするんだよ?」


「だって……。

 母様が亡くなってから、ずっと面倒を見てくれた人なのよ?

 意地悪されたくらいじゃ、嫌いになれない」


「……………………。

 まあ、そうだな」


 甘さを指摘されるかと思いきや、意外にも、グリーンは同意してくれた。

 どちらにせよ、助ける手立てがあるとは思えないが。


 マリイは、自分でカップにお茶を注ぎ(使用人は追い払った)、

「グリーンも、どう?」と誘う。


「……もらおうか」


 くつろぐのを諦めて、グリーンはテーブルに着いた。

 自室に戻らず、ここで呼び出しを待つつもりだろう。

 当たり前のようにおやつを食べ始めた。


「――あたし、グリーンとは湖畔でお別れかと思ってた」


 それを覚悟して、特使が帰ってから出立までの1週間を過ごしたのだが。


「また城に来てくれるなんて、思ってもみなかった」


 グリーンは言う。


「だって、仕方ないだろ?

 まさか、サンリク王から借りた鎧が『勇者の鎧』だったなんて……。

 家宝と知った以上、他人に預ける訳にもいかないし」


 家宝を着せた父に、心から感謝だ。

 返却を果たすまで、マリイはグリーンと一緒にいられる。


「本当はこんなトコに来ないで、ずっと温泉に浸かっていたかった」


 マリイの心を知らないとはいえ、酷いことを言うグリーン。


「――背中、傷だらけって聞いた」


「ウバクロの連中にか?

 あいつら、驚いてたからな」


 本当に気にしていないのか、グリーンは笑い飛ばす。


「あの温泉、本当に効くんだよ!」


 そう言えば前回の道中、グリーンは「身体が辛い、休ませてくれ」と弱音を吐いていた。

 乗馬に疲れたということではなく、傷が痛んだのかもしれない。


 今回の帰還も、グリーンに負担を掛けただろう。


 ごめんなさい。

 ごめんなさい、グリーン。

 それでも、あたしは来てくれて、嬉しい……。


 マリイは泣きそうになったが、せっかくの時間を涙で過ごすのは嫌だ。

 必死で堪えて、美味しそうにクッキーを食べて見せた。


 コンコンと、ドアがノックされ、


「グリーン様、謁見の間にお越し下さい。

 ――あれ、姫様もご一緒ですか?」


 呼びに来たのは、トルタだった。


「トルタ、城内勤務になったの?」


「頑張りが認められて、小間使いに昇格しました!

 あ、姫様の馬は、引き続きちゃんと見てますよ!

 俺、もっともっと頑張ります!」


 頼もしい限りである。


「じゃあ、行くか」


 グリーンが立ち上がり、


「そうね」


 マリイも立ち上がった。


「あれ、姫様は呼ばれてないですが?」


「え? どうしてグリーンだけ?」


「先に鎧を返せってことじゃないか?

 俺もさっさと返してしまいたい」


 グリーンは鎧を入れた袋を背負う。


「じゃあ、あたしも、母様の剣をお返しする。

 一緒に行きましょう」


 今は少しでも一緒に居たい。


 謁見の間に顔を出すと、


「なぜ、マリイも?

 呼んでおらんぞ?」


「グリーンが呼ばれたから、一緒に来たんだけど……。

 出直した方がいいかしら?」


 父王ダンギは、まだ客との面会中だった。

 客が、マリイたちを見て、えらく驚いた表情をしている。


 そんなにお行儀が悪かった……?


 マリイが怖じ気づいて部屋から下がろうとした、その時。

 彼は、マリイの後ろのグリーンに向かって、


「リヨク王子!!」


 と叫んだ。




 



 



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