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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
11 混迷の谷
28/36

姫様の憂鬱

「よし、始めるぞ!」


 グリーンは動き出した。

 集まっているウバクロ団に指示を出す。


「まずは役割分担だ。

 主力本体到着に備えて、馬係と飯係を募る」


「馬は俺がやる。

 20人もいれば足りるか?

 やりたい者は、こっちに集まれ」


「じゃあ、メシは俺だな。

 ダリアさんの代わりが出来るヤツぅ!

 材料の調達と竈作りで、50人くらい集まってー!」


「残りは、道と湖の補修だけど――」


「兄貴、大軍を通すなら、伸びてる枝とか、伐採しておいた方がいい。

 倒木も片付けたい」


「おまえに任せる。人を集めて行ってくれ」


「俺、工事の計画書作れるよ。

 材料の値段とかはこいつが詳しい」


「じゃあ、俺と一緒に見回りだな。

 見積もり作るか。

 金が届くまで、優先順位を付けて動かないとな」


 グリーンを中心に、みんな、それぞれが自分に出来ることをやり始めた。


 マリイはどこを手伝おうかと、見回す。

 総大将とは何をしたら良いのだろう?


「マリイ、谷を案内してあげるから、いらっしゃい」


 長老に誘われた。


「ええ。でも――」


「行ってこいよ。

 ある程度の目処がついたら、報告するから」


「そう? じゃあ……」


 マリイは、皆から離れて長老に付いていくことになった。

 作戦会議の時と同じ。

 一人だけ別行動で、落ち込む。


「まずは、ダリアの所でお茶でも飲みましょう」


「あの、みんな頑張ってるのに、あたしだけ、お茶を飲む訳には……」


「あら。私は仲間が行軍中でも、おいしくお茶を頂けますよ?

 谷の長老とお茶をするのは、総大将が頑張るべき仕事ではなくて?」


「そう――、ですね」


 マリイは思い出した。


「お祖母様は、虹の谷の長老でいらっしゃるのだわ」


「そうですよ。トップ会談でもいたしましょう」


 マリイたちは、宿に入る。

 ダリアは、ロビーのソファで休憩中だった。


「お休みのところ悪いけど、お茶をいただけるかしら?」


「もちろん、いいですよ。

 今日は皆さん、外で炊飯するとかって、暇だったんです」


「彼らが自分で?」


「人数が増えすぎて申し訳ないから、って。

 千人鍋を5つ、貸してあげました」


「あなたが大鍋料理が得意なこと、知らないのね」


 食堂に移動し、マリイと長老は窓際のテーブルに着く。

 宿はちょっとした高台にあるので、皆の一生懸命働く姿が見下ろせた。


 なるほど、設置に苦戦している、あのお風呂みたいな大鍋が『千人鍋』か。


「ダリアさんは、どんな戦士だったんですか?」


 マリイは聞いてみた。

 引退した戦士だとは聞いていたが、いかにも宿の女将であるダリアからは、戦う姿が想像できない。


「主に炊事班にいましたよ。

 伝達班とか、補給班にもいました」


 補助系が得意らしい。


「戦士といえば戦うものですけどね、そっちは向いてなかったんです」


 小鍋を取り出して、彼女はお茶を入れる。

 カモミールの、優しい香りが広がった。


「宿の女将なんて、あなたには退屈でしょうに」


 長老がそう言うからには、よっぽどの働き者だったのだろう。


「今は暇ですけど、忙しくなってみせます。

 虹の谷が湖畔の放棄をやめてくれて、本当に良かった。

 去年、土産物屋に置いた織物が好評だったんで、長雨の期間中に作りだめしたんですよ。

 せっかくの傑作が、無駄になるところでした」


「あら! 

 あたしも、町では手芸品を売ってたの!

 お客さんとのやり取りが楽しくって!」


「そうなんですよ!

 ……まあ、一番難しいのが、そのお客さんを呼ぶことなんですけどね」


「そうなの!」


 思いがけず、意気投合できて嬉しい。

 でも、ダリアはちょっと深刻だった。


「年間を通して一番多い客は草原の民ですけど、地元の戦士は、お土産なんて買わないですからねえ……」


「当たり前でしょ。彼らは湯治に来てるんだから」


「あの、」


 マリイは気になった。


「湯治って、ここ、温泉があるんですか?」


「ええ」


 ダリアは言う。


「ここら辺は掘るとすぐにお湯が出るんですよ。

 風向きの関係でここらはにおわないけど、ちょっとセツゲン側に下ると、硫黄臭がすごいですよ」


「それ、この宿から近い!?」


「裏山ですよ。ここから20分くらい?

 マリイさんがご案内しませんでした?

 宿の売りなんですけど」


「知らなかった……」


 なんて、もったいない!

 あの馬車に揺られてくたびれていた初日、温泉に入ったら、さぞかし気持ちよかっただろうに。


「あの子に、そんなところまで気を回せなんて、無理ですよ」


 グラスに注がれたお茶が出てきて、マリイはいただく。


「おいしい!

 お茶かと思ったら、ジュース?」


「カモミールティーを冷まして、リンゴジュースと混ぜたんです。

 飲みやすくて、スッキリしているでしょう?」


 ダリアは、こういう工夫が得意なのか。

 楽しそうで、生き生きとしている。


 あたしが得意なことって何かしら……?


 マリイは考える。

 手芸は得意だが、今、それは必要とされていない。


 あたしにできること――。


「悩んでいるのね」


 長老が見透かした。


「マリイ、自信をお持ちなさい。

 あなたはすでに、あなたにしか出来ないことを成し遂げたのですから」


「え?」


 心当たりがない。

 長老はにっこりと微笑んだ。


「虹の谷を、サンリク側に動かしたのは、あなたです」


「あたし――?」


「そう。あなたが来るまで、谷は独立一色だったの。

 残留に持ち込み、援軍を引き出したのは、マリイ、あなたですよ。

 王への書簡でね、谷は傍観するけど、マリイが来るなら私兵を投じてあげると伝えてあったの。

 あなたにしか出来なかった仕事でしょう?」


「でも……、あたし……」


 長老が、元気づけようとしてくれているのは分かった。

 それでも、ポロポロと涙がこぼれるのだ。


「今、何したらいいか分かんないの……。

 あたしだけ、やれることがなくて……」


「あらあら」


 長老は、ちょっとたじろぐ。

 まさか、泣き出すほどとは思っていなかった。

 王女とは言え、まだ十四歳の小娘なのだから、総大将の地位が重いのだろう。


 通常、地位のある者の初陣ともなれば、経験豊かな補佐役があれこれ説明して助け、自信を付けさせるものなのに、マリイにはそれがいない。

 グリーンがそれ担うのかと思いきや、彼はじっと控えている性質ではないらしく、現場に飛んで行ってしまった。


 ――やはり、ダリアを付けるべきだった?

 今からでも――。


 いや、ダリアにはメアリとの接点がない。

 事務的な補佐に徹して、マリイを育てることまではしてくれないだろう。

 となると、やはり適任は隊長なのだが――。


 もう……!

 最後まで面倒を見ないと、ダメでしょう、()()()


 長老は頭を悩ませる。

 孫ではあるが、娘のメアリとはずいぶんと性格が違う。

 どう扱えば良いのだろう。


「――いいわ」


  最終的に、長老は単純に戻ることにした。


「王女に仕事を与えましょう」


 不安の原因が経験の浅さなら、働かせてみよう。

 労働を厭う子ではなさそうだし、落ち込む暇も無いくらいに動かしてみよう。


「町で一番大きな温泉を開放します。

 広場にある小屋から、山側に歩いて15分のところ。

 みんなに伝えてきなさい」


「え……、ええ! ありがとう、お祖母様!」


 涙を拭うマリイ。仕事ができたのだ。

 立ち上がる。


「みんな、喜ぶわ!」


 人を喜ばすことで笑顔になる子らしい。


「ああ、マリイ。

 サンリク軍の大将が来たら、決定事項を報告しに来なさい。

 一緒に作戦を確認しましょう」


「はい! お祖母様、行ってきます!」


 マリイは飛ぶように出て行った。

 この行動力は、メアリに似ている。


 長老は、駆け下りていくマリイを窓から眺める。


「ずいぶんと楽しそうですね」


 菓子を出しながら、ダリアが笑った。


「冷やかしたわね?」


「違いますよ」


「今日は、夕方までここにいるとしましょう。

 あの子たちを見ているのは楽しいわ」


「ご一緒します。私も暇ですから」


 向かいの椅子に、ダリアも座る。

 と、


「あら?」


 マリイが駆け上がってくる。


「もう全員に伝えたの?

 早いわねえ。次は何をさせましょう」


 玄関がカランカランと開いて、飛び込んきた。


「ダリアさん!」


「はい?」


 報告ではなく、ダリアに急用らしい。


「あの大きなお鍋だけど、どうやって具をかき混ぜたらいいのかしら?

 みんなが困ってるの!」


「お鍋と一緒に、大ベラを渡しませんでした?

 スコップみたいなヤツ」


「ああ、アレ!

 スコップかと思ったけど、ヘラだったのね!

 伝えてくるわ!」


 マリイはまた、ピューンと坂道を下りていった。

 窓から、伝え回っている姿が見える。


 そのマリイが、また戻ってきた。


「何度もごめんなさい!

 豚汁だけど、器に盛る時は何を使うのかしら?

 普通のお玉じゃ底の具に届かないって、みんなが」


「長杓子も渡したでしょう?

 あれが千人鍋専用のお玉よ。

 いったん、普通の鍋に移してから取り分けるの」


「アレ! 大きすぎて、キッチングッズとは思えなかったけど、確かにアレを使えば届くわね!」


 またせわしなく飛び出していった。

 そして、数十分後……。


「ごめんなさい、ダリアさん……!」


 申し訳なさそうに、またひょっこり現れた。


「あの、雪平鍋ていうのが大量にあったんだけど、ひょっとして、あれも便利に使えるのかしら?」


「あー、もうっ!」


 ダリアは立ち上がった。


「あの男たち、なんでお姫様を使いっ走りにしてるのっ!?」


「皆さん、お肉や野菜を切るので大忙しなのよ。

 あたし、行ったり来たりは得意だけど、包丁は使ったことがないから手伝えないの。

 料理人が手を止めて走るより、あたしが走った方が合理的じゃなくて?」


「……」


 いくら合理的でも、総大将がちょこまか走り回るのはどうだろう?


「――長老、行ってきてもいいですか?」


 とりあえず、許可を求める。


「いいわよ。留守番しててあげる」


 ダリアは、防水の大きなエプロンを、びしっと身にまとう。


「お姫サマ、雪平鍋はお椀代わりに使うんです。

 無精だけど、持ち手が便利でしょう?」


「素晴らしいアイデア!

 確かに、お椀に盛って、お盆で運ぶのは大変だわ!」


「これから、現場の指示は私がします。

 お姫サマが行ったり来たりするより、よっぽど合理的です」


「でも、せっかくの休憩中に、申し訳ないわ」


「みなさんが悪戦苦闘してるのを、まどろっこしく見てたんです。

 現場で仕切った方が、よっぽどスッキリします!」


「じゃあ、お願いしようかしら?

 みんな、喜ぶわ!」


 マリイが、ダリアを連れて坂道を下っていく。

 ダリアの参入に、湧く声が響いてきた。


 ……あの子も楽しそうね。千人鍋なんて、久しぶりでしょうに。

 明日の朝は、筋肉痛かしら。


 そこで長老、ハッと気づいた。


 マリイの力!


 それは知力でも武力でもなく、人に協力させる力。

 危なっかしいながらも必死だから、思わず手をさしのべてしまうのだ!


 グリーンは旅を共にし、マリイ隊長は武力を提供している。

 長老もまた、見限ると決めたサンリクを助けるために私兵を投じている。


 あらあら。これは恐ろしい子だわ。


 あのへなちょこな孫は、人の力を自分のものにしてしまうらしい。

 自分でやらなければ気が済まないメアリと、全てを人任せにできるダンギとの最高傑作ではないか。


 やがて、広場から美味しいにおいが上がってくる。

 マリイがまた、飛び込んできた。


「お祖母様! ご夕飯はこちらにお持ちしますか?

 今日のメニューは、」


「豚汁とししゃも?」


「あら。ご存じでした?」


「においで分かるわ。

 久しぶりにダリアの張り切る姿が見れました」


「ダリアさん、5つの鍋を、ほとんと1人で仕上げてしまったの!

 ししゃもの焼き方とかも皆に教えて!

 何匹お持ちしましょう?」


「下に行きますよ。外で食べた方が美味しそうだわ」


「あたしもそう思います!」


 2人は一緒に丘を下った。

 千人鍋の周りに何本もの行列ができていて、マリイたちも列の最後に並ぶ。


「あれ、お姫様に長老さんじゃないッスか。

 なんで、並んでるの?」


「あたしたちも食べたいわ」


「お偉いさんを並ばせる訳にはいかないッスよ。

 どっかで座ってて下さい。

 運んでくるッス」


「え、王女さま?」

「この人が、虹の谷の長老?」


 皆が振り向いて、ちょっとした騒ぎになった。


「長老、お姫様!

 なに並んでるんですか! こちらに!」


 ダリアが気づいて、前に呼んでくれる。


「お祖母様、お先にどうぞ。

 あたしはゆっくり並ぶわ」


「お姫様、何、言ってんッス!

 こんだけ男がいて、レディを並ばせるのは恥ッスよ!」


「そうだよ、遠慮せずに前に行きな。

 日焼けしちまうぞ」


「お祖母様はともかく、あたしが割り込みするワケには……」


「マリイ、ここの皆さんは紳士よ」


 長老は言う。


「恥をかかせないで、さっさと食べましょう」


 そう言われると、頑固ではいられない。

 列を離れると、マリイはこそっと長老に耳打ちした。


「雪平鍋は先着順だから、譲ってもらえて嬉しいわ」


「鍋から食べたいのね?」


「だって、そんな大胆なお食事、したことないんだもの」


 盛りつけをしているダリアに注文する。


「あたしとお祖母様に、お鍋でお願いします!」


 ダリアはちょっと考える。


「いいけど――、全部食べれるの?」


「え?」


「鍋って、戦士とか男の量だけど、残さず食べれるの?」


「…………」


 無理だ。

 幼い頃より、マリイは腹八分目を徹底されている。


「普通のお椀に、少なめで……」


「そうでしょうね。

 足りなかったら、お代わりに来なさい。

 長老も同じでいいですか?」


「ええ」


 マリイと長老は、少なめの豚汁(それでも多め)、ししゃもと漬け物の乗ったご飯をもらう。


「う……」


 なんか悔しい。


「お姫様、鍋で食いたかったのか?」

「こんなに食べたがってるんだから、鍋、やれよ」

「アルミの鍋に底が透ける量なんて、あっという間に冷めちまうよ!」


「あたし……、」


 マリイは決心を口にした。


「大人になったら、絶対、お鍋で豚汁食べる!」


 長老は吹き出し、笑いの渦が広まった。


「なんで笑うの!

 たくさん食べれる人には分からないのよ!」


「おい、マリイ!」


 騒ぎに気づいて、グリーンがやってきた。

 手に、ご飯と鍋を持っている。


「グリーン!

 一緒に食べましょう!」


「いいけど、長老も?

 敷物ないけど、大丈夫ですか?」


「構いませんよ。

 あちらの草場でいただきましょう」


 と、その時である。


「マリイ王女はどちらにおわしますかっ!?」


 サンリク軍の伝令が1人、馬で駆けつけた。


「この場にいらっしゃる!

 用件を述べよ!」


 雄々しく答えたのはダリア。


「サンリク軍、本隊、20分後、到着です!」


「あい分かった!

 急ぎ戻り、大将には、こちらに来るよう伝えよ!

 飯と替えの馬は用意してある!」


「恩にきる! では!」


 伝令は戻っていった。

 グリーンが驚いてつぶやく。


「――ダリアさん、あんなに大きな声が出るんだ」


「あら。グリーンは料理中のダリアさんを見てないのね」


「?」


 さて、これからがダリアの本領発揮である。

 大きく息を吸い込むこともなく、


「軍隊が来る!

 飯を食い終わった者、馬の受け入れ体制を整えろ!」


 遠くまで届く雄々しい声を飛ばした。

 更に、


「10人より後ろに並んでいる者、飯を後にして炊飯に回れ!

 食ってる者は、終わり次第、給仕しろ!」


 にわかに忙しくなった。   


「第2、第3の鍋をあけろ!

 椀に盛れ!

 空になった釜は、洗って次々仕込め!」


「ええー!?

 俺、腹ペコなのに、おアズケで飯炊き!?」


「まるで軍隊だよ!」


 誰かが、ダリアの前でほざいた。


「貴様ら――」


 聞き逃すダリアではない。


「遠足気分なのかっ!?

 軟弱者!!」


 ウバクロの炭坑員2人の胸ぐらを、右手と左手で平等に持ち上げた。


「補給が嫌なら戦闘に回れ!

 貴様のような軟弱は真っ先に死ね!

 屍になって、せいぜい敵の足場を悪くし、転ばせて役に立て!」


 吊された上に眼前で怒鳴られ、投げられる……。


「10名ほど連れて、釜と椀を洗ってこい!

 30分で戻れ!」


「は、はいーっ!

 そこにいる10人くらい、すぐ来て!

 急いで! 30分!」


 彼らはガシャガシャと釜に椀を突っ込み、わたわたと湖の方に走って行った。


「……マリイ隊長みたい。

 ダリアさんも虹の谷の戦士だっけ……」


 あれが標準レベルなのだろうか?


「グリーンさん、早く食べましょう。

 これから、もっと慌ただしくなりますよ」


「慌てて食べても、豚汁っておいしいわね」


 汁で飯を流すような食事になった。


 やがて、サンリク軍の大将と参謀が案内されてやってくる。


「総大将王女……!

 虹の谷の長老も……!」


 彼らは戸惑いを隠せない。

 小汚い連中(ウバクロ隊)にまみれ、草場にちょこんと座ってご飯を食べているのが、王女とその祖母君だ。


 王族なのだから、いや、総大将なのだから、迎賓館か、最低でも陣幕の内にいていいはずなのに……!


 大将はハッと我に返り、片膝をつく。


「遅れをとっての到着、面目次第もございません!

 サンリク軍主力部隊、陛下よりお預かりして参りました!」


「お疲れ様。

 あなたたち、お祖母様のことはもうご存じよね?」


「はっ!

 こちらには、演習で何度かお邪魔しておりますゆえ――」


「じゃあ、グリーンだけ紹介するわ。

 こちらが副将のグリーン」


「よろしく!」


「は、はあ」


 箸を口にくわえ、左手に雪平鍋を持ったグリーンと握手する。


「大将、先に私の質問に答えなさい」


 長老から尋ねられた。


「この後は、どうするつもり?」


「は!

 補給の後、国境に向かいます!」


「あと3時間ほどで日が暮れますよ?

 ここに陣営は張らないのですね?」


「下山の難所は山頂に多く、日暮れまでには通り抜けられます。

 明朝、敵陣に全軍の姿を見せつけてやります!」


「それがいいでしょう。

 ――ダリア!」


「はい!」


 すぐさまダリアが食事を持ってきて、2人に、握り飯と雪平鍋を持たせた。



「副将のグリーンから説明があります。

 時間がないから、食べながらお聞きなさい」


「え?

 た、たべながら……?」


 この状況で――、王女と長老の御前で、飯を食せというのか!?


 副将グリーンが、

「ちょっと待ってくれ。俺、今、食べ終わるから」と鍋から汁をすする。


 王女が、

「ラッキー! このししゃも、メスだわ!」と魚に食いつき、


 長老は、

「雄の方が味がいいのよ。食べ比べてみなさい」と孫娘に自分のししゃもを分け与える。


「………………では、失礼して……」


 大将はその場に胡座をかいて座り直し、「いただきます」と食べ始めた。

 参謀もハラハラしながらそれに倣う。


 遠くからダリアの怒声。


「飯が熱くて握れないだと!? 失せろ! 

 川で洗いものして、存分に冷やしてこい!

 走って行け!

 30分で戻れ!」


「魚の焼ける匂い、これは、ししゃもじゃないわね。

 何かしら?」


「あ、総大将王女、おにぎりの具が鮭です。

 鮭でしょう」


「あら、おいしそう!

 2人とも、食べやすくしてもらえて良かったわね」


「もう1つは梅で、あと1つは――、佃煮です」


「急いでいるのにちゃんと具をかえるなんて、さすがダリアさんだな。

 ――じゃあ、始めるか」


 先に食べ終えたグリーンは、座り直した。


「2人はそのまま食っててくれ」


「は、はあ……」


 食べにくいが、お心遣いに従うしかない。

 話し始めるグリーン。


「一昨日、セツゲンが近くまで来たのは、聞いてるか?」


「マリイ隊長から伝令をもらいました」


「うん。今回の作戦ではセツゲンを追っ払い、ついでに国境の町、サマニを落とす訳だけど――」


「あら、追い払うだけじゃなかったの?」


 総大将には初耳だった。


「あ、ゴメン、マリイ。伝え忘れてた。

 余力があったら、サマニを落とすことに決まったんだ」


「余力?」


「軍隊が散ってて、決戦時にどれだけの兵が集まるか、予想がつかなかったろ?

 本隊が追いつけるなら、勢いに任せてサマニを落とそうって」


「それでマリイ隊長は張り切ってたのね。

 主力が間に合うと、信じてたんだわ」


 報告がなかったことに腹は立たない。

 ただただ、マリイ隊長の判断力に感服した。


「あの――、我がサンリク兵を、マリイ隊長が率いて下さっていると報告を受けたのですが――」


 サンリク軍大将は鍋と箸を置き、恐る恐る確認する。


「そのまま、連れて山を下りましたよ」


「も……、申し訳ありませんっ!!」


 突然の、平伏。


「あの者らは葬儀の行進用に選出した連中でして、正直、武力ではなく、見た目の良い者を選ばせました。

 マリイ隊長にお預けできるほどの連中では……」


 『虹の谷のマリイ』の名は、サンリク軍に良い意味で響き渡っているのだろう。

 大男である大将の身体が、恐縮で一回り小さくなっている。


「気にするな。

 アレは、アレでちょうど良かったから」


「はあ……」


「どういうこと、グリーン?」


 マリイには分からない。


「後で教えるよ」


 総大将を後回しにして、グリーンは話を進めた。


「サマニを落とした後のことだ」


「は! 我々は、4日で駆けつけ、サマニを陥落せよ、とだけ命を受けています」


「そうか」


 ここからが本題である。

 グリーンはまた座り直し、大将たちは身を引き締めた。


「サマニは破壊せずに落とせ。

 後で、セツゲンに買い取らせる」


「はっ!」


 大将は勢いよく返事をした後、


「…………は?」


 聞き返した。

 ハカイせずにオトセ? カイトラセル?


「あんたら、今回の遠征費用、いくらかかってるか知ってる?」


「あ、はいあの、自分、金のことは――」


 大将はうろたえ、


「あの、軍の概算なら――」


 参謀は慌てた。


「いや、金額を出せってんじゃないんだ。

 予定外の出費がかさんでいるってこと。

 湖の補修にも金がいるだろ?

 これを全部国庫から出してたら、すっごい赤字になる。

 すぐさま緊縮財政で、来年度の予算は軍事費以外、全て縮小だ」


「は、はあ……」


 話が経理的になってきた。


「俺は、この損害をセツゲンに請求したい」


「はい」


 これは分かる。


「だから、勢いに乗じてサマニを落とす。

 が、支配はしない。すぐさまセツゲンに買い戻していただく!」


「はあ」


 また、分からなくなった。


「あの、せっかく落とすのですから、サマニを拠点にして、領土を拡大してはいかがでしょう?」


 軍人的には、こちらの方がやりがいがある。


「ダメだよ」


 商人が却下した。


「サマニは金がかかるだけで維持できない。

 なぜなら、サンリクへの交通はこの虹の谷の難所だけだし、物流の不便から糧食の確保だって困難を極める。

 セツゲンが立て直したら、兵糧攻めで、町ごと干上がるだろ。

 俺は維持費を掛けずに、高値で売りさばきたい」


「はあ」


 国境の町が、生鮮食品か何かのような気がする……。


「だから、あんたらにはぜひ、町に被害を出さず陥落させて欲しい」


「は」


「サマニ町民には手を出さず、略奪を行わないよう、徹底してくれ」


「は!」


「そして、売りつける気でいることはセツゲンに気取られるな。買い叩かれる」


「はあ」


「あんたがさっき言ってた、サマニを拠点にして領土拡大――っていう気合いを前面に押し出して戦ってくれ!」


「は……、はあ」


 難しい。武力派の彼は沈黙してしまった。

 参謀がフォローに入る。


「要は、殺気だけ出しつつも、本当に殺すのはダメってことですな」


「その通り。セツゲンが取り返したくなる状態のまま、手に入れてくれ」


「了解しました。

 戦う相手は兵士のみ。

 戦闘は町の外だけにしてすぐさま封鎖し、刃向かってくる民は片っ端から投獄しましょう」


「それで頼むよ」


 ここで、ようやく大将も理解する。


「では、早速、向かいます!」


 2人は立ち上がった。

 すごい早食いで、もう完食していた。


 マリイたちも立つ。


「この後は軍を小隊に分け、時間をずらして出立します。

 我々は第2陣で出ます」


「そうですね。下りは馬車一台分の道幅しかありません。

 渋滞がおこるより、休憩を長く取らせたほうがいいでしょう」


「マリイ王女」


 彼らはマリイに跪いた。


「この度は我々の失態に、御母君の故郷に駆けつけてのご助力、感謝の表しようもございません」


「あら。偶然こうなっただけだから、気にしないで」


 謙遜ではなく、本当のことだ。

 大将たちは、長老にも頭を下げる。


「長老御自らが指揮をとってのご協力、誠にかたじけなく存じます」


「え?」


 ()()()()()()()()()()()()


「いえいえ。今回、虹の谷は――」


 谷は関係なくて、私個人が孫のために、私兵を投じてあげただけ――と返そうとしたが、



 1番隊隊長のマリイが国土を縦断して行軍し、

 虹の谷というこの場所で元班長のダリアが補給の指示を取り、

 2番隊隊長のユキが先陣を切っているこの状態。


 更に、マリイが着ている鎧には、虹の谷の刺繍が施してある!



 ――ダメだわ。関係ないなんて通用しない……。


 なによりもの失態は、ランチの流れとは言え、長老である自分が今、軍議に参加していることだろう。


「そうね……。虹の谷もちょっと助けましょう……」


 さすがに諦めた。

 これは、マリイ隊長の策略だろうか?

 

 大将たちが、うやうやしく礼をして隊に戻って行く。


「私も、ちょっと失礼しますね」


「お祖母様?」


「族長たちを集めないと。

 長老とはいえ、勝手に進める訳にはいきませんから」


「あたしもお供しますか?」


「1人で結構。

 マリイはここで、状況をお聞きなさい」


「はい!」


 嬉しそうに返事をするマリイ。

 長老は「あらあら」と思った。

 祖母に付き添うよりも、グリーンといる方がいいらしい。

 少し寂しくはあるが、メソメソ泣き言を吐かれるよりはよっぽどいい。


 長老は迎賓館に向かった。



「ねえ、グリーン、」


 残されたマリイは早速、聞く。


「さっき言ってた、葬儀用の行進隊がちょうど良かったって、あれ、なに?」


「ああ、あれ」


 グリーンはちょっと困った。

 後で教えると言ったものの、本当に教える気はなかったのだ。


「いや、マリイ隊長に確認した訳じゃないから、俺が言うのもナンだけどさ……」


 渋々話し出す。


「アシリで、俺と隊長が酒場に行ったの、覚えてる?」


「2人が夜遅くまで帰ってこなかった、アレでしょ?」


 隊長は酔っ払ってご機嫌で、グリーンは負傷してて偉く不機嫌だった。


「あの日の酒場は、マリイ王女の悪口で盛り上がってたんだ」


「え……」


 マリイは青ざめた。


 隊長は、悪い噂をされる本人にも原因があると言った。

 そのすぐ後に、盛り上がるほどの悪口を聞かれたのか。


「……」


 恥ずかしくて、消えてしまいたい。

 今度は赤くなった。


「隊長が、ひどく激怒して」


「え? 怒った、の?」


「大変だったんだ。

 あいつが怒って暴れるとどうなるか、想像がつくだろ?

 剣こそ抜かなかったから死者は出なかったけど、力がすごいから負傷者はいっぱい出た」


 ひょっとして、グリーンはそれを止めようと、とばっちりを受けたのだろうか。

 だとしたら、そのケガはマリイのせいだ。


「ごめんなさい、グリーン……」


「いや、おまえのせいじゃない!」


 グリーンは力強く否定した。


 ヘタに責任を感じて泣かれると、非常に困ったことになるのだ。

 サンリク兵も、ウバクロの連中もすぐそこにいる。


「ただ、俺はマリイ隊長のことを少し見直したんだ!」


 マリイが泣き出さないように、良い方に話を持っていった。


「あいつ、ウバクロでおまえの正体バラしたろ?

 わざわざ、こいつがマリイ王女だって」


「ええ」


「あれって、おまえは悪い子じゃないって、認めてくれたからだと思うんだ。

 これが本当のマリイ王女だって、みんなに伝えたかったんだと思う。

 あの後、誰もおまえを責めたりしなかったろ?

 みんな、こうして虹の谷まで来てくれた」


「そう……ね」


 そう思ってくれたのなら、とても嬉しい。


「でも、みんなが進んで協力してくれるのは、グリーンのおかげよ」


「まあ、それもあるけどさ」


 そこはちゃっかりと否定しない。


「それでもやっぱり、俺が援軍を連れてくるって言うのと、サンリク王女が援軍を連れてくるって言うのとじゃ、信憑性が全然違うんだ。

 あそこで正体を明かした隊長の判断は正しかったと思う」


 グリーンは少し悔しそうだが。


「あいつは衣装まで用意してお膳立てして、さらに自分も行軍に加わって不慣れな俺たちを引っ張ってくれた。

 そこまでして、みんなにマリイ王女がどんな人かを知らしめたかったんだと思う」


 行軍中、隊長は兜を被り、マントまで羽織って自分の存在を隠していた。


「私の美しさは、せっかくの初陣をペンペン草にしてしまうからな」


 黒子に徹して、マリイを目立たせてくれたのだ。


「――――実力じゃなくて、見た目が大事だったのね。

  マリイ隊長は、あたしが格好いい軍隊を率いて戦に向かう姿をみんなに見せたかったんだ……」


「俺はそう思う。

 更に言うと、隊長は王女の初陣を大勝利で飾りたがってるぞ。

 だからこそ、サマニを落とすんだ!」


「え?」


「だって、考えてみろ?

 敵軍を追っ払うのも見事な金星だけど、翌年に財政難で増税したら、せっかく押し上げた王女の人気がだだ下がりするじゃないか。

 サマニを落として、買い戻させる。これで収支はトントン。

 マリイ王女の人望は変わらない!」


「――――じゃあ、」


 マリイは気がついた。


「この戦は、あたしのため……?

 あたしのために、隊長はセツゲンを追い払った後も戦うの?

 みんな、あたしのために危険なところに――?」


「違う!」


 グリーンは慌てて否定した。


「おまえのために戦っているのは、隊長だけだ。

 他のみんなは、ちゃんとサンリクのために戦っている!」


「……」


 マリイの目に涙がたまる。


「おい、泣くな!

 誰だって増税は嫌だろ?


 ついでに言うと、隊長も半分くらいは自分のために戦ってるぞ!

 ユキとかいう2番隊の隊長と競ってるんだろ?

 だるいサンリク軍を率いて山を下りたんだ。

 きっと、向こうで解き放たれたように楽しく戦ってる!」


「うえ~、グリーン」


「泣くな……!」


 無理だ。マリイはベソベソと泣き出した。

 グリーンは本当のことを言っていないと気付いたからだ。

 マリイ隊長の考えが翌年の増税にまで及ぶはずがない。


 『マリイ王女』の来年を心配してくれたのは、グリーンだ!


 グリーンが、あたしのために今回の作戦を立ててくれた。

 グリーンは、あたしのために、今、ここにいる――。



「――兄貴、何やってんッスか。

 ダメですよ、お姫様を泣かしちゃ」


「ちが……っ!」


「なんだ、兄貴が泣かせたのか?」


「違うよっ!」


「あの――」


「違うって言ってんだろ!?」


「……スミマセン……」


「あ、」


 最後に声をかけてきたのは、サンリク軍の大将だった。


「出立の準備が整いましたので――」


「そうか。そんな時間か」


「明け方までに、虹の谷の軍勢と合流します」


「大将……!」


 マリイは泣いたまま、大将の手をガシッと握った。


「無事に戻ってくると約束して!

 頑張って欲しいけど、無理はしないで……!」


「え……、ええーっ!?」


 勢いを付けての出陣なのに、無理するなと言われ大将は困った。


「本当はあたしが前に出なきゃいけないのだけど、足手まといになってしまうから……。

 あたし、ここで精一杯応援するから!

 ケガをしないように、気をつけて……!」


「いや、あの、ケガくらいはその……、はい!

 その、ガンバリ、ます……!」


 第1陣は、スンスン泣いているマリイ王女に見送られて湖畔の町を出た。

 第2陣、第3陣もマリイ王女に見送られ山を下りる。

 第4陣、第5陣と続き、結局マリイは、最後の一兵まで突っ立って見送った。



「兄貴……」


 日暮れ時、トノイ兄弟のダンが代表して尋ねた。


「お姫サマ、まだ立ってるんだが……」


「ほっとけ。疲れたら座るだろ」


 カラスが、「カー!」と鳴いた。

 大将は無事、難所を渡りきっただろうか。


「今日はここまでにして、温泉に行くか」


 グリーンは言った。


「温泉! みんなにも、声をかけていいか?」


「ああ。みんなで行こう」


 男たちは「温泉、温泉!」と山に入る。


 マリイはサマニの方角を見ながら、「みんな、無理しないで……」と祈るようにつぶやく。


 カラスが、「カー!」と鳴いた……。

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