ウバクロの懸念
マリイの軍列はアシリ、サヒロで馬を替え、2日がかりでようやくウバクロが見える地点まで戻ってきた。
精鋭ではない、この隊の進行は遅い。
行軍に慣れない者たちで編成されているので、急ぐと脱落者が増えるからだ。
「グリーン、今回は泣き言を言わないんだな」
隊長が、ニヤニヤしながらからかう。
前回、アシリで限界を訴えたグリーンは、今、皆を励まして進む。
初めて走り続ける辛さを、身をもって体験したからだ。
「さすがに慣れてきたよ。
サンリク城で2泊したのが助かった。
日がなくて焦ったけど、休みなしで折り返してたら、きっと死んでた」
グリーンは体力に自信が無いことを否定しない。
この面において、マリイ隊長に張り合っても無駄なことは、二人の筋肉量が物語っている。
「ウバクロは無事よね?」
町が近づくにつれ、マリイは焦りが増す。
虹の谷を出てから、ここまで来るのに7日かかった。
長雨でグダグダになっていた道は、すでに乾いているはずだ。
ここからは、トノイ兄弟たちが湖を決壊させて道を悪くし、何日分、稼げているかにかかっている。
「安心しろ。ウバクロからは煙が上がっていない。
もう少しすれば先遣隊が戻ってくるから、様子が分かるだろう」
と、話していたばかりの先遣隊が戻ってきて、マリイに報告する。
「セツゲン軍はまだ来ていません!
ウバクロ、日常と変わらず!
虹の谷に向かったトノイ兄弟らは、まだ戻っていないとのことです!」
「戻ってない?」
グリーンは聞き返した。
「は! 彼らは5日前に人と道具を集めて虹の谷に行ったまま、とのことでした!
セツゲン兵が、他のルートを抜けたとの情報もありません!」
「どういうことだ……?」
グリーンは考える。
「とにかく、ウバクロは無事なのね」
彼らの安否が気になるが、一安心である。
マリイ隊長が先遣隊の彼らに命じた。
「悪いが、今度は虹の谷に向かってくれ。
湖畔の様子を知りたい」
「は!」
彼らは来た道を引き返していった。
「わからない!
連中は、まだ谷にいるのか?
なぜ戻ってこない!?」
グリーンは苛立っている。
隊長は言う。
「戦う覚悟を決めたんだろ。
もしくは全員、逃げ遅れて殺られたか、だ」
「!」
考えるまいと片隅に追いやっている答えを、いとも簡単に口にされた。
「どっちにしろ、行けば分かるさ」
それはそうなのだが!
こういう時、グリーンは隊長が憎くてたまらない。
「単純でいいなっ、隊長は!」
「あ? 考え込んだら、動きが止まるんだぞ?
時間がもったいないだろ!」
熟慮とか、長考は時間の無駄なのか。
そう言えば、彼女は一番隊の隊長らしい。
考えるより先に身体が動くタイプなのだろう。
「いいなあ。反射神経だけで生きていけるのって」
「なんだよ、さっきから!」
「羨ましくってさ」
「絶対、イヤミだろ、それ!」
言い合いをしながら、2人は馬を進める。
マリイはこれに参戦しない。
間に入る余裕すらないのだ。
あたしは、間に合わなかったのだろうか……?
それぞれが不安を抱える中、午前9時、隊はウバクロに入る――。
ウバクロでは、熱烈歓迎を受けた。
先遣隊が到着予定を知らせていたので、町民が町長にいたるまでが集まって迎えてくれた。
セツゲンの侵攻に恐々としていた彼らには、まさに救世主だ。
「朝早くではありますが、飲食店を全て開けてお待ちしておりました。
ご自由に召し上がって疲れを癒やし、どうぞ、ウバクロをお守り下さい!」
「トノイ兄弟らは、まだ戻ってないの?」
「はい。彼らは町の浮浪者や炭坑員を数百名ほど連れて谷に向かいましたが、誰一人として戻ってきてはいません」
「そう――。
お食事、ありがとう。
あたしたちも食べたらすぐに谷に――」
「いや、マリイ」
隊長が止めた。
「ここで1時間から2時間の休憩を取る。
この先はずっと山道で、これだけの人数が休める場所はない。
虹の谷はゴールじゃないんだ。
上に行った時に使い物にならなくなってたら、意味がないだろ?」
「――そう、ね」
マリイは、目先のことしか考えていない自分を恥じた。
今、自分は軍を率いているのだ。
しかも、軍属の長い精鋭ではなく、主力に置いて行かれた集団を。
無理をさせて、戦場に着く前に潰してはならない――。
「マリイ、落ち込むな」
グリーンが励ましてくれる?
「隊長が正しいのは、経験が長いからだ。
年増ならではの判断力なんだから、俺たちに考えが及ばないのは仕方ない」
隊長に一矢報いたいだけだった……。
「なんだよ!
おまえ、持ち上げるフリをして貶めただろ!」
「とんでもない!
俺、本当にすごいと思ってるよ!
さすが、一番隊の隊長さんだなって!」
「むかつくなー」
と、このやりとりを聞いていて、ウバクロの町長が気づいた。
「おまえ――、いや、あなた様は虹の谷のマリイ!?」
「おやあ? バレちまったか。
まあ、ウバクロまでもてば十分だろう」
マリイ隊長は兜やマントを、バッと、脱ぎ捨てた。
長い黒髪が、流れるように背中を覆う。
「私の美しさは、こんなものでは隠しきれないらしい」
「粗暴と無神経も隠しきれていなかった」
「うるさい、グリーン!」
率いてきた隊から、歓声が上がった。
「うおー! すごい美人だ!」
出陣式で初めて隊長を知った彼らは、鎧兜とマント姿しか見たことがなかった。
「信じられない!
こんな美人が、この世にいるなんて……!」
「俺、こんな美人と寝食を共に……!」
「美人戦士って、本当にいるんだ……!」
喜びに湧くサンリク軍とは対照的に、
「やばいぞ! マリイ隊長が出た!」
「壊れ物を隠せ!」
「虹の谷のマリイだ! 道端の看板を引っ込めろ! 蹴られるぞ!」
歓迎に集まってた町民たちは、ササッと『虹の谷のマリイ』対策に散っていった……。
「集合は町外れに10時にするぞ。
各隊、飯を食って、駅で馬を替えておくこと。
羽目を外して町に迷惑かけるなよ!」
一番迷惑を掛けそうな本人が注意を呼びかけ、軍は休憩に入る。
町長のはからいで、軍人はどの店で食べてもタダだという。
「それだけ、侵攻が怖いってことか。
喜ぶわけにはいかないな」
「私が生まれる前の話だが、ウバクロは毎年のようにセツゲンの侵攻を受けていたそうだ。
先王の時代に私たち騎馬民族に助けを求め、多額の警備費で国境沿いにある虹の谷を守る取り決めをしたのが、サンリクとの共栄の始まりだ。
ウバクロがセツゲンにビビッてるのは、当時、侵攻に苦しんだ人たちが語り継いでいるからだろう」
町の老人にとっては、悪夢の再来なのだ。
「さて、何食べる?
とりあえず、高級店から回るか。
軍人に開放するからには、マナーってヤツは無視していいだろう」
「止めてくれ。軍人の醜態は、王都の恥だ」
「グリーンって、何気にひどいヤツだよな……」
と、どこからか、チリンチリンと鐘の音が響いてきた。
「もしかして!」
マリイは、ものすごい勢いで周囲を見回す。
「アイス屋の鈴がどうかした?」
「やっぱり、そうなのね!」
首を傾げる隊長に、グリーンは鈴を鳴らしながら売りに来るアイス屋台についてマリイに話したことを説明した。
「チリンチリンアイスなんか食べたいのか?」
「ヘタに期待を持たせてしまったらしい」
「グリーン、来た!
お婆さんが、屋台引っ張ってきた!」
やたらと興奮しているマリイ。
「やめとけ、マリイ。
多分だが、アレはタダにならない。
高級ウバクロ料理店で、高級デザートを頼もう」
隊長は高級にこだわりたいらしい。
「あたし、お金持ってるから!」
マリイは、鎧の胸元からグリーンにもらった財布を取り出した。
「おまえ、こんなとこにまで財布持ってきたのか!?」
グリーンは呆れているが、マリイは今、何を言われても気にならない。
「あれ、いくらするの? 高い?」
「チリンチリンアイスは、たいてい銅貨1枚だ。
子どものおやつだからな」
「良かった、3枚持ってる!」
マリイはぴゅーんと買いに走った。
「……あれ、そんなに旨かったっけ?」
「俺は、うまい、なんて一言も言ってない……」
やがて、マリイが戻ってくる。
「見て! すごい! 大盛りにしてくれた!」
マリイは大盛りアイスを3つ、器用に両手で持ってきた。
「げ、私たちの分まである!
しかも、大盛りって……」
「あたしのおごり!
真ん中のアイス、早く取って!
傾いちゃう!」
「ごちそうになるよ……」
グリーンたちは渋々アイスを受け取った。
「マリイ隊長、いつも助けてくれてありがとう。食べて!」
「……ありがとう……」
無邪気な笑顔で、さすがに断り切れない。
ヘラで、コーンにベタベタ大量に盛りつけたアイス。
「冷たい! おいしい! こんなの初めて!」
「甘すぎる。水が欲しい」
「多すぎる。腹が冷える」
三人はそれぞれ感想を述べながらアイスを完食した。
と、ここに、おばあちゃんが引く屋台がもう一台きた。
「あなたがお姫様の総大将ね。
ウバクロのために、ありがとう」
「この匂いは、何かしら?」
「焼きそばパンよ」
「焼きそばで出来たパン?」
「面白いお姫様ねえ。
焼きそばを挟んだパンよ。召し上がる?」
「食べたいけど、もうお金持ってないの」
「軍人さんたちの飲食代は、町が出すのよ。
さあ、どうぞ」
おばあちゃんは、コッペパンにたっぷりと焼きそばを挟んでくれた。
「おいしい! 小麦の産地に近い町は、贅沢ね!」
「そちらのお二方もどうぞ」
「え?」
「え?」
グリーンと隊長の手に、焼きそばパン。
「これから登山だってのに、こんなおやつみたいな飯……」
「どうせ焼きそばを食べるなら、高級あんかけ焼きそば(揚げ麺)食べたい……」
「おーい、お嬢ちゃん!
あんたがお姫様か?
焼き鳥、食べるかい?」
「あたし、チキン大好き!」
マリイはもう次の屋台に引っかかっていた。
「マリイ、もう屋台を呼ぶな!」
「グリーン、タレと塩があるんですって!
どっちにする?」
「……両方もらっとけ。大した量じゃない」
「はい、お姫様、タレと塩!」
「ありがとう! グリーンと隊長の分ももらえるかしら?」
「「マリイ!」」
グリーンと隊長は、焼き鳥を二本ずつ持たされた。
「タレも塩も、おいしいわね!」
「俺は食堂で座って食べたかった……」
「ハーブをすり込んだ高級グリルチキン食べたかった……」
結果、昼食は全て屋台で済ませてしまった。
とうとう隊長がキレる。
「グリーン! おまえ、マリイをどうしつけてたんだ!
高級料理が入るはずだった腹を、ファストフードで満たすなんて、あんまりだ!」
「あんなに屋台が寄ってくるなんて、どう考えても『虹の谷のマリイ』対策だろ!
俺は、ゆっくり座りたかったのに!」
「二人とも、そんなにケンカしないで」
元凶は、割って止める。
「美味しかったから、いいじゃない。それよりも、隊長にお客さんみたい」
「あん?」
兵士が2人、ぜいぜい疲れて、落ちるように馬から降りてきた。
虹の谷に向かわせた先遣隊ではなく、南方から遣わされた主力の先遣隊である。
実質の総大将は虹の谷のマリイと知っているのか、彼らは王女に礼をし、隊長に報告した(軍人の嗅覚がそうさせたのかも知れない)。
主力がウバクロに着くのは4時間後。
ここで食事を取って休憩し、虹の谷到着は夕方だろう、という。
「ご苦労だった。
私の隊はあと1時間でここを発つ。
おまえらは、馬を替えて、食事をしてから戻るといい」
ねぎらいの言葉をかけて、帰した。
「予定通りだ。あとは――」
「何が予定通りだよ。もう集合の時間だぞ。
お茶を飲んでる暇もない」
「グリーン、喉が渇いてるなら、あそこにジュースの屋台が――」
「屋台はもういいよ! 座って休みたかったって意味だ!」
隊は、つかの間の休息を終えて虹の谷へと向かう。
数日前、あんなに苦しめられたぬかるみの斜面は、すっかり乾いて通りやすくなっていた。
「……」
隊長もグリーンも、思うことはあるが口にはしない。
ウバクロ側が通りやすくなったということは、セツゲン側も、同じように通りやすくなっているはずだ。
途中、隊長が送った先遣隊が戻ってきて合流する。
虹の谷へ行って戻ってきたのではなく、途中で虹の谷からの使いに会ったので、伝言をもらって戻ったのだという。
彼らもまた、王女ではなく隊長に報告した。
「――分かった」
報告を聞き終えて、隊長はニヤリとほくそ笑む。
「なんだって?」
グリーンは馬を寄せる。
嫌な予感がしたからだ。
「良い報告だった。着いたら教えよう」
「気になる。今、教えてくれ」
「焦るな。
細い道だ。隣に並んでると、滑落するぞ。
おまえはマリイのことだけ、気にしてろ」
癪に障る言い方で追い払われた。
グリーンはこれ以上の追求を諦め、馬の足取りに集中する。
馬車で通った時より乾いて通りやすくなっているとは言え、雨で削られ、道幅は細くなっているのだ。
注意して通らなければいけないことに変わりはない。
午後になって、マリイたちは虹の谷の湖畔に到着した。
熱烈歓迎してくれたのは――。
「おまえたち……!」
グリーン、唖然として絶句。
「兄貴だあ!」
「お姫様も、久しぶり!」
「待ってたッス~!」
出迎えてくれたのは、トノイ兄弟の一団。
皆、一様にボロボロで、どこかしら負傷していた。
「なんでここに居る!?
山を下りろと言ったろ!」
「だって、セツゲンが攻めてくるって言うからー」
「そうだよう! やつらが谷を下りたら、町が大変なことになるじゃない!」
「俺たちの町は、俺たちで守らないとな!」
兄のダンは左腕に包帯をしてるし、弟のジムは顔も身体も擦り傷だらけだ。
「おまえら、兵士じゃないんだぞ!
セツゲン兵と戦って勝てる訳――」
「戦ってないから、安心してよう」
「そうッス! 邪魔してただけッス!」
みんな、口だけは元気に動いている。
ダンが言った。
「誰一人として死んでないから、安心してくれ。
みんな、危なくなったらちゃんと逃げた。
兄貴たちが来るまで、ちゃんと時間を稼いでた」
「どうやって?」
「そりゃ、石投げたり、大玉転がしたり」
「大玉? 投石は分かるが、大玉って――?」
「ヤツが竹職人だから、」
30代半ばだろう『ヤツ』が、てへっと手を上げる。
「大人が入れるくらいの大きな玉を作って、坂道を転がしてやったんだ。
ヤツら、馬ごと将棋倒しになって、谷底に落ちていったよ」
「10回くらいはうまく足止めしてたんだけど、今度はヤツら、矢を射ってきてさー」
そう言う彼の肩から胸に掛けては、包帯が巻かれている。
「矢傷か!?」
「痛かったよー。
でも、湖を決壊させて、津波みたいに押し流してやったらスカッとした!」
「え?」
やばい!――とトノイ兄弟は青ざめる。
グリーンは頭の中で反芻している。
今のセリフ、順番がおかしい。
「—―おい、湖を決壊させたの、いつだ?」
「一昨日の朝ッス!」
慌てる兄弟に気づかず、お調子者が正直に答えた。
「一昨日? おまえら、それまで何やってたっ!?」
「だから、石投げたり、爆竹鳴らしたり、大玉転がしたり――」
「さっさと水浸しにして、逃げろって言ったじゃないか!」
「――すまん、兄貴」
頭を下げるダン。でも、悪びれた様子はない。
「どうせ決壊させるなら、ヤツらを引き付けてからやった方が効果的だろ?
決壊させた後に攻め込まれたら、俺たちもぬかるみで戦うことになるし、そうなったら勝ち目がない。
兄貴が戻ってくるまで、時間を稼ぎたかったんだ」
「おまえら――」
グリーンは唇を噛んだ。
彼らがウバクロの住民であることを、グリーンは忘れていた。
町を守りたいという想いは、グリーンたちのそれよりずっと強い。
だからこそ、負傷しても逃げ出さずに、戦うことを選んだのだろう。
「グリーンの兄貴、頑張った俺らを褒めてくれよう」
弟のジムが余計なことを言ったばかりに、連中はそのチャンスを失った。
「バカっ! こんなとこでケガしやがって!
さっさと仕事を終わらせてウバクロで茶でも飲んでてくれた方が、よっぽど褒めようがあった!!」
怒鳴られた。
「ひでえ!」
「ひでえよ、兄貴!」
「冷徹だ!」
「人非人だ!」
「バカ、兄貴は照れてるだけだ」
「本当は褒めたい気持ちでいっぱいなんッスよね?」
「大バカ!
俺の! どこに! 照れる必要があるっ!?」
連中は、ヒイッと身をすくめる。
「彼らの頑張りは、一族を動かしたわよ」
女の声に振り向くと、ダリアだった。
「ダリア! 伝達、ありがとう!」
隊長がダリアと右手をパチンと合わせ、挨拶を交わす。
登山途中で隊長に届いた伝言は、ダリアが送ってくれたものらしい。
「この人達の戦い方、すごかったわあ。それはもう!」
「さっき、聞いた。
石投げたり、大玉作ったりしたんだってな」
「そんな、かわいいモンじゃなかった……!」
ダリアは吹き出しそうになりながら、教えてくれた。
「崖っぷちを曲がった先に落とし穴を掘ったり、こしょうや唐辛子を入れた風船を飛ばして彼らの頭上で割ったり。
あとは、片栗粉爆弾とか、水風船投げまくりとか」
「片栗粉の次に、水がくるの?
素人の戦い方って怖いな……」
玄人には考えつかない戦法だったらしい。
「で、接近戦を諦めたヤツらは、弓を使ってきたのよ」
「だから、負傷者のほとんどは矢傷なのか」
いらんことに合点がいく。
「調味料浴びながら矢で追い払って、さあ、突撃!ってところで、水攻めよ。
すさまじかった……」
「敵に回したくないな……」
「あまりの奮戦に長老が感心してね、今朝方、兵を出して下さったわ」
「えっ!?」
みんな驚いたが、一番慌てたのはマリイ隊長だった。
「私を待っててくれなかったの!?」
「流れ矢が谷の備品を壊したのを好機に、ユキが出ていったわ」
「ユキ!? 二番隊に先を越されるなんて!!」
「あなたの一番隊も率いて行ったわよ」
「私の!? 長老、ひどすぎる!」
「ひどくありませんよ」
長老が出てきた。
「お祖母様!」
「おかえり、マリイ。
懐かしい鎧を着てますね。似合ってますよ」
えへへ、と王女のマリイは照れくさそうに笑う。
隊長のマリイは抗議した。
「長老、私の隊をユキに任せるなんて、あんまりです!
虹の谷の参戦は、サンリク軍突撃の後って決まってたじゃありませんか!」
「戦況は刻一刻と変わるものです。
だから、あなたを残してダリアを行かせようとしたのに、行ってしまうのですもの」
「うう……」
隊長の悔しがる姿が、グリーンには小気味良い。
が、少しばかりの感謝の意を長老に伝えた。
「マリイ隊長が来てくれて、助かったことも色々ありました」
もちろん、酷い目にあったことも色々あったが。
「そう言ってもらえると、私の罪悪感が薄れます。
この子は有事において優秀だけど、普段は微妙な子ですから」
「長老、あんまりです……」
長老にかかっては、マリイ隊長も「この子」なのが面白い。
湖の方から、ぞろぞろとウバクロ組が戻ってきた。
5、60人もいるだろうか。最初からここにいた人数を合せると、結構な数になる。
「ずいぶんと大所帯になってるな」
マリイも気づいていた。
いったい、何人いるのだろう?
倉庫にはこんなにいなかった。
彼らは報告する。
「壊した湖尻はふさいだよ。
応急処置だけど、ぬかるんだ道には土を敷いておいた」
「落とし穴も埋めた」
「危ないカーブに、ガードレールつけたよ」
トノイ兄が説明してくれる。
「町で人を集めてから来たんだ。
湖や道は、元に戻さなきゃいけないだろ?
ここに来るのは遅れちまったが、土木関係やら治水関係やら、みんな、連れてきた。
俺たちはここを直してから町に戻るよ」
ハッと気づかされるグリーン。
「俺――――、直すことまで考えてなかった。
……おまえたちの任せて良かったよ。
谷に迷惑かけたまま、何日も放ったらかしにするところだった」
「うわ! グリーンの兄貴に褒められたよう!?」
「あんたがグリーンか。噂通りだな」
「会ってみたかったんだ」
あっという間に、グリーンはウバクロ団に囲まれた。
慕われる人というのは、こうなのだろう。
みんなのために一生懸命だから、みんなが応えてくれる……。
マリイはその光景を羨ましく見ていた。
あたしも、グリーンのようになれるかしら……?
まずは、一生懸命にやることから始めなくてはならない。
と、
「長老、私もサマニに向かっていいですか?」
隊長が、長老に許可を求めた。
サマニはセツゲン側の国境の町である。
つまり、長老が出した合同隊はセツゲンを追いつつ、サマニを目指している。
「このサンリク軍、烏合の衆に見えるけど、あなたに付いて来られるかしら?」
「付いて来させますし、役に立たせます!
これはサンリクとセツゲンの侵略戦争ですから、虹の谷はおまけ程度に頑張ります」
「分かってるなら、いいわ。
行ってらっしゃい」
この時点で指揮系統が長老→マリイ隊長→グリーン→マリイ王女、の実力順に切り替わった。
残念ながら混乱はない。
「ユキはすでに国境に陣を張ったそうよ」
「自分の隊を取り戻してきます!」
隊長は馬に跨がった。
マリイとグリーンがそれに続こうとした時、
「王女は総大将だ。
ここで後続の軍を迎えろ」
「え? あたし、居残り!?」
一生懸命になろうとした途端、外されてしまった。
「マリイ、面倒は下っ端に任せて、あなたはここから指示を出すの!」
長老にも止められて、もう受け入れるしかない。
付いていく実力がないことは分かっている。
「マリイ隊長……、サンリク兵をお願いします」
「俺たちに任せて、待っててくれ」
グリーンは格好良く馬に跨がった。
と、
「いや、おまえも残留だ」
「え?」
「ユキと競ってる最中に、おまえがいては足手まとい――じゃなくて、えーとなんだ、ここには、おまえにしかできない仕事があるから、だ!」
「……」
見え隠れしている本音を捉え損ねるグリーンではない。
そして本人も、戦力において足手まといになるだろうことは自覚している……。
「いやホント、おまえにしかできない仕事があるんだって!」
珍しいフォローが、むしろ情けなさを増長する。
「落ち込むなって!
ここに、積算できるヤツが必要なんだ。
今回の軍事費と補修工事費、誰がサンリクに請求する?
さっさと始めないと、ウバクロのヤツらを賃金未払いで帰すことになるんだぞ。
お前がやれ!」
「え、俺らの賃金の話?」
思ってもいなかった話題が出て、ウバクロの連中は色めきだった。
「でも、俺たち、グリーンさんに頼まれて来たわけじゃないから――」
「そう。金目当てじゃなくて、ボランティアのつもりで――」
「トノイ兄弟の倉庫で雇われた連中には、報酬がでるって聞いたけど」
「俺たちも、仕事を休んで来てるワケだし……」
「自分の町を守っただけだけど……」
「ウバクロに帰ってからの生活も……」
「あー、もう!」
グリーンは言った。
「分かったよ! 金関係は全部、俺がやる!
来た奴全員に日当が払えるよう計算して、サンリクに請求する!」
「兄貴!」
「やった!」
「すげー、兄貴が交渉してくれんの!?」
連中は大いに喜んだ。
「給料出すからには、きっちり仕事してもらう!
マリイ隊長、財源確保のためにもサマニの陥落、頼んだぞ!」
「任せておけ!
な、私は別に2人を邪魔者扱いしてるわけじゃなかったろ?」
「……」
早く行け!……と、グリーンは笑顔の裏で追いやる。
「では長老、そしてマリイ王女、行って参ります!」
隊長は馬上で畏まった礼をし、颯爽と駆け出す。
サンリク軍がそれに続いた。
その隊列を見送りながら、長老は2人に教えてくれる。
「あなたたちは、最初からここまでだったのよ」
「え?」
マリイもグリーンも、戦場に出る覚悟をしていたのだが。
「サンリク王への書簡で、そう約束していたの。
そうでもないと、あの王が許す訳ないでしょう?」
それでも道中を心配されて、グリーンは甲冑やら鎖帷子やらを着せられそうになったのだが……。
「最初っから、戦力外だった訳か」
「あら、悔しい?」
「いや――。俺には金計算の方が合ってる」
「あたしも、足手まといになるだけだし」
「身の程をわきまえることは大切よ」
悔しいとすれば、マリイ隊長によって無用の覚悟を決めさせられ、踊らされたことか。
いや、覚悟もしないでここまで来る方がよっぽど危険だった。
ここに残ることは、きっと戦略として正しいのだろう。
「マリイ、俺たちにできることをしよう」
「ええ!」
マリイは元気に返事した。




