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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
10 サンリク城
24/36

姫様、立つ!

 久しぶりの王都は賑わっていた。


「朝早いのに、すごい人だな!」


「商店街は朝が早いんだ。

 食料品のほとんどは、午前中で売り切れてしまう」


「あのお店、おいしそう!」


 マリイは久々の町が楽しかった。

 対して、隣にいる隊長は、


「グリーン、まだ見つからんのか?」


 都会の人混みと、隙を見つけては声をかけようと狙っている男たちの視線に、みるみる不機嫌になっていく。


「いつまで私を歩かせる気だ!?」


「ちょっと待ってくれ。今度はあの人に聞いてくる」


 衣料品店を探して、女の人に声をかけまくるグリーン。


「はん! 

 あいつがナンパ男に見えてきた。軽薄そうな顔してるしな」


 男どものうっとうしさを、グリーンをあざ笑うことで紛らわせている……。


「それにしても、」


 追い払っても、追い払っても言い寄ってくる男たち。


「ウバクロでも、ここまでは口説かれない。

 王都は美女不足か!」


「王都にも、隊長ほどの美女はいないから」


 本当のところ、ウバクロのみんなは隊長の性格を知っているから……が正解だ。

 が、これ以上、隊長の機嫌を損ねることはない。


 グリーンが戻って来た。


「見つかった!

 2つ目の角を左に曲がってすぐらしい」


「グリーン、マリイ、私をお母さんと呼べ。

 わざとらしく、大声で、何度もだ!」


 美人の弊害に、辟易としているのだろう。

 マリイとグリーンは、


「お母さん、次は左だ」とか、


「お母さん、あのおまんじゅう美味しそうね!」


 とか、わざとらしい声を掛け合いながら店に目指す羽目に陥った。


「だから、お母さんは城で休んでろって言ったのに!」


「城にいたって、次々と客が来るじゃないか!

 おまえの変な作戦のせいだ!」


「俺に何とかしろって言ったのは、お母さんだ!」


 とことん美人を利用したにも関わらず、グリーンは、とっとと性格がバレて嫌われてしまえ!――と呪いを掛ける。

 程なくして、衣料品店『シュビシュビ』に辿り着いた。


「お母さん、ここだわ!」


 グリーンにドアを開けてもらい、マリイは中に入る。


「いらっしゃいませー」


 男の声で迎えられた。

 壁に飾られたドレス、ハンガーで吊されたワンピース。

 会計の脇では生活雑貨も売られていて、どこからか、焼き菓子のいい匂いまでしてくる。


「なんだか、このお店、知ってるような……」


 そう思った時、


「おい、マリイにグリーンじゃないか!」


 店主の顔に、見覚えがあった。


「あなたは……!」


「おい、シュウかよ!? 驚いた!」


 シュウは、ホダン商店を馬車ごと譲ってくれた商人だ。


「ひょっとして、『シュビシュビ』って、シュウとビビ?」


「そうだよ!

 ホダン商店は譲ってもらった店だったから、一から自分たちの店を作りたかったんだ。

 俺たちの店だって、分かりやすい店名だろ?」


「あんた、何を騒いでんだい?」


 奥から、ビビが顔を出す。


「ビビさん、お腹が大きくなってる!」


「うそ! マリイちゃんに、グリーン!?

 ――そっちは?」


 2人とも、隊長の存在を忘れてた。

 聞かれたからには、紹介せねばならない。


「こいつはお母さん?っていうか、義理の、あれ? 母親違いだっけ――?」


 不意打ちで初期設定にうろたえるグリーンを押しのけ、隊長は自らで名乗った。


「はじめまして。私は虹の谷のマリイ。

 このマリイ王女の母親、メアリ王妃の友人だ」


「え? マリイ王女?」


「2人がなんて名乗ったかは知らないが、それが真実だ」


「隊長! あんたまた――!」


 隊長は、飛びかからんばかりに怒りだしたグリーンの頭を、片手で押さえつける。

 情けないことにグリーンの腕は空を切るだけで、隊長に届かない……。


「マリイちゃん、本当にお姫サマなの?

 王女は死んだって、つい最近聞いたけど?」


「誤報だな。ちゃんとこうして生きてる」


「じゃあ、本当に……?」


 マリイはいたたまれない。

 どういう意図があって、隊長はバラシてしまったのだろう?


「――シュウさん、ビビさん、ごめんなさい」


 マリイは観念して謝った。


「ちょっと事情があって、名乗る訳にはいかなかったの……」


 結果として、騙して店を手に入れたことになるのだろうか?


「あのっ、ホダンの馬車は大事にしてるわ!

 今はちょっと人に貸してるけど、あたしもグリーンも、あの馬車が大好きだから、決して手荒には――――!」


「いや、馬車のことは良いんだ。すでに、譲ったものだし。

 けど、マリイちゃんがお姫サマ……」


「どうりで、サンリク金貨なんて持ってるわけね」


 グリーンは、「ちっ!」と隊長の手を振り払った。


「――すまない。俺の独断で身元を偽ったんだ」


「いいよ、別に騙されたとか思ってないし」


 シュウは言ってくれる。


「マリイ王女には手配書も出回ってたから、そういうことなんだろ?

 俺たちは良い値で馬車が売れて、ラッキーだったよ」


「本当? そう思ってくれる?」


「そりゃ、そうさ。

 即金でサンリク金貨2枚なんて、冷静になって考えたら、あり得ないもんな。

 どうよ、この店。

 表通りからはちょっと引っ込んだけど、良い店だろ?」


「あの時、グリーンに『カイソクで王女のドレスが流行ってる』って教えてもらったじゃない。

 あたしら、大量に作って売り出してみたんだ。

 手配書で話題になってるからバカ売れして、ご覧の通り、順調に経営している」


「この店の名前、サヒロで聞いたんだよ。

 結構、話題になってた」


「前のホダン商店の評判も、色んな所で聞いたわ。

 子供服が素敵だったとか、カップケーキが美味しかったとか!」


 ビビはちょうどお菓子が焼けたところだったのを思いだし、お皿にのせて出してくれた。


「あたし、お金、持ってるわ!」


「いいよ。ごちそうするから、食べてって」


「うれしい!」


 3人は「わ~い」と子どものようにカップケーキに手を伸ばし、頬張った。


「これよ、この味!

 トノイ兄妹にも食べさせてあげたいわ!」


「へー、これはうまいな」


「なんか、すごく懐かしい……」


 グリーンの言葉に、マリイも思い出した。

 グリーンと旅を始めて、一番最初に食べたのがこのお菓子だ。


「喜んでもらえて、嬉しいよ」


 ビビは、お茶を配る。


「ねえ、マリイ王女、……って、こんな口の利き方して良いのかな?」


「構わないわ。なにかしら?」


 マリイは、フウフウ冷ましながらお茶を飲む。


「ひょっとして……なんだけど、その服、あたしが縫ったものかい?」


 そうだ。

 このワンピースはホダンの馬車にあったもので、グリーンに着替えろと渡された服だった。


「やっぱりビビさんの手作りだったのね。

 あたし、この服で旅をしてたの」


「お姫サマに気に入ってもらえるなんて、光栄だ」


「最初は地味だと思ったけど、着心地が良くて好きよ、この服」


 のんきに答えながら、マリイはハッと本題を思い出した。


「そうだ、服!

 あたし、ドレスを買いに来たんだっけ!」


「ドレス? あら、お客様だったんだ」


「俺も忘れてた。

 大至急、マリイにピッタリのドレス、見繕ってくれないか?」


「マリイちゃんのサイズは――150か」


 衣料品を扱っているだけあって、ビビとシュウはすぐに目測し、数着の候補を上げてくれる。


「これ、懐かしいだろ!

 あの時着てた小花模様の白ドレス。

 大好評を博した、最後の1着だよ!」


 シュウが見せてくれたのは、例のドレスの廉価版。


「このドレスは、もう似合わないから……」


 サヒロでの醜態がフラッシュバックして、マリイは落ち込む。


「じゃあ、これなんかは、どう?」


 ビビが選んでくれたのは、今のマリイに似合いそうな赤いドレスと、もう1枚、賢く見えそうな水色のドレス。


「素敵! どっちにしよう!」


 マリイは喜んで迷った。


「赤が金貨2枚、水色が金貨1枚と銀貨5枚だよ」


「あっ!」


 マリイは、ハタッと我に返る。

 財布の残金を思い出したのだ。


「グリーン……、あたし、買えない……」


 目を潤ませて、グリーンに訴えた。


「そんなにお金、持ってない……」


「え? あ、しまった!

 俺も金がない。

 銀貨と、銅貨が数枚。

 サンリク金貨なら、1枚、残ってるけど――」


「おいおい、商店街でサンリク金貨は無理だよ。

 まさか、また店ごと買うなんて、言わないよな?」


 笑えない冗談である。

 サンリク金貨さえ使えたら、この店のドレスくらい、いくらでも買えるののに……。


 ビビが提案してくれた。 


「マリイちゃんがお姫サマなら、ツケでもいいよ?」


「ツケ? それはダメだわ!」


 マリイは即座に断った。


「ツケは絶対ダメって、グリーンに言い聞かせられてるの!

 あたし、ちゃんと守るわ!」


「おい、それはうちが移動販売店だったからだ。

 この場合、ツケを払うのはサンリク城なんだから、買って行こうぜ!」


「嫌!

 あたし、城では仕事してないから、お小遣いもらってないの。

 返せる当てがないのに、借金なんてできない!」


「小遣い貯めてドレスを買うお姫様がどこにいるんだよ!

 被服費は王族の予算にちゃんと入ってるんだから、そこから出してもらえ!」


「無駄遣いしたら、また、国中の噂になるー!」


「王女のドレスは、必要経費だろ!」


「おい、そこの貧乏くさい2人」


 大人のマリイが割って入ってくれた。


「ドレスくらい、私が買ってやる。

 グリーン、赤と水色、どっちだ?」


 なぜか、マリイではなく、グリーンに聞く。


「赤。

 マリイには華がないから、ドレスで補わせる」


 当然のように答えるグリーン。


「失礼よ! あたしに選ばせて!」


 マリイはプンスカ怒ってみせたが、正直、赤でも水色でもどっちでもいい。

 とにかくドレスを手に入れられて、頬の緩みを隠せない。


 会計の時に、シュウはようやく隊長の美しさに気づいて惚けたが、ビビの視線が厳しいのと、あと、良いことを思いついたのとで我に返った。


「マリイちゃん!

 お願いなんだけど、この店、王室御用達って名乗ってもいいかな?

 このドレス、金貨1枚と銀貨5枚にまけるから!」


「いいの!?

 名乗って、名乗って!」


 マリイは銀貨5枚で喜んで『王室御用達』を売った。

 グリーンはこんな庶民の店を『王室御用達』にしていいのだろうかと考えさせられたが、人にお金を出してもらっている分際で、口を出すのはどうか……。


 マリイ隊長はお釣りを受け取り、


「いやあ、道中の資金として結構な額を用意してきたんだが、グリーンが全部払ってくれるから、使う機会がなくってな!」


 ハハハと笑った。


 マリイ隊長の宿代から飲み代までを全部支払い、貯めてきた金のほとんどを使い果たしたグリーンは、

 落ち着け、殴りかかっても倍にして返されるだけだ……。

 と自制した。


 あとで、経費としてサンリク王に請求しよう……。


「はい、包んだよ。誰が持つの?」


「あたしが持つわ!」


 マリイは嬉しそうに抱きかかえた。


「隊長、ありがとう」


「遠慮するな。

 設定上、今はお母さんだからな。

 行くぞ」


 隊長は店のドアを開け、ひょいひょいとマリイとグリーンを先に出す。

 そして、


「私もこの店で買い物をすることにした。

 おまえたちは先に戻っててくれ」


 自分一人、店に残ると言い出した。


「お買い物なら、付き合うわよ?」


「お直しに時間がかかるから、いい。

 昼までには城に戻るよ」


「仕方ないな。

 マリイ、先に行こう!」


 喜んで先に帰る選択をし、さっさと店を後にするグリーン。


「1人で帰るなんて、男の人たちが寄ってきて大変だと思うけど……」


「薙ぎ払う力があるから、大丈夫だろ」




 マリイ隊長は、予告通り、昼食時に帰ってきた。


「遅かったじゃないか。料理はもうきてるぞ」


 グリーンは、もっと遅くても良かったのに、とあからさまな態度をとったが、それでも紳士として席を立ってイスを引き、隊長に座るよう促した。


「お、マリイ。

 お姫様にしては地味だが、新しいドレス、似合ってるよ」


「へへっ」

 

 マリイは褒められて嬉しい。

  隊長は買ってきた包みをベッドの上に放り投げ、一緒に食事を始めた。


「で、何を買ったんだ?」


「食べたら、見せてやる」


 フフと笑って、教えてくれない。

 料理人が腕をふるったようで、今日の昼食もとても美味しい。


「城での食事が、こんなに美味しいなんて……」


 マリイがつぶやく。


「隊長が美人だから、特別うまいのか?」


 マリイのレベルでは、料理人が手を抜いていたと言わんばかりの失敬だが、グリーンの口の悪さは今に始まったことではない。

 マリイはスルーした。


「普段はお部屋で一人だったし、たまに父様とも食べてたけど、ひとっ言も会話がなくて味気なかったの」


 城に戻るからには、また、ああいう食事が続くのだろうか――。


「サンリク王とは仲直りしたんだろ?

 これから、会話すればいい」


「父様と、どうやって話そう……」


「いつものマリイで、いいんじゃないか?

 おまえはわりと、おしゃべりな女の子だよ」


 グリーンは言う。


「そう……ね。努力してみる……」


 マリイ次第で、この城も住み心地が良くなるかもしれない。

 きれいにデザートまで平らげ、


「で、隊長は何を買ってきたんだ?」


 グリーンが再び催促する。


「ふふふ」


 不敵な笑いで焦らす隊長。


「見たいだろ?

 見せてやるから、グリーン、ちょっと外に出てろ」


「え?」


「マリイは、そのドレスを脱げ」


「え?」


 どうやら、隊長の買い物はマリイの服らしい。

 それならば、とグリーンは大人しく部屋から出た。


「着てみろ」


 隊長は買ってきた包みをポンッとマリイに投げ渡し、自分は持ってきた大荷物を紐解く。

 包みを開けたマリイは、


「これ……」


 あまりいい顔をしなかった。


「いいから、着てみろ。

 こっちは私が着せてやる」


 ――さて、数分後。

 グリーンは隊長に呼ばれて部屋に戻ってきた。


「で、どんなのを買ったん――」


 マリイを見たグリーンは、口を開けて、呆気に取られる。


 まず、目に付いたのは鎧。

 マリイは虹の谷一族の刺繍の入った、革の鎧を着けていた。

 そして、鎧の下には――。


「そのドレス……!」


 白地に黄緑や薄ピンクの小花模様。

 ウエストに巻いた赤いリボン。


「驚いた! マリイが最初に着ていたドレスじゃないか。

 なぜか、似合ってる!」


「やはり、マリイ王女と言ったら、このドレスだろう。

 私とビビとで、お直ししたんだ。

 ほとんど鎧で隠れてるけど、襟のフリルは取っ払ってスッキリさせ、膨らんだ袖は切り開いてヒラヒラさせた。

 スカートの裾を膝上から斜めカットで後ろ下がりにしたから、編み上げの乗馬ブーツがいいアクセントになっているだろう?」


「?」


 グリーンにはよく分からない。

 つまりは、マリイに似合うよう改良したということだろう。


「このスカート、なんで前だけ短いんだ?」


「全部長いと、馬に乗る時、邪魔だろう」


「パンツが見えそうで、ハレンチじゃない?」


「見えない長さで切ってあるし、スパッツ履かせてるよ!

 これくらいのスカート丈、今時、珍しくもないだろう!」


「そうなの?」


「商人のくせに、ファッションに鈍すぎる!

 おまえはだっさい服を、一生、制服のように着ていろ!」


 自慢の腕を評価されなかった隊長は、音痴を相手にするのを止めた。


「マリイ、その鎧の刺繍はな、」


 胸に施された刺繍を指さす。


「昔、メアリが私のためにしてくれたものなんだ。

 おまえにやるよ」


「なんだ、隊長のお下がりか」


 グリーンは余計なことを言ったが、これで正しいのだ。


「初陣はお下がりで揃えるのが、虹の谷の習わしだ。

 私のは矢傷一つないから、縁起も良い。

 後は、国王から剣をもらえば、完璧だな」


「父様から?」


「メアリが嫁入りで持ってきたのがあるだろ?」


「ちょっと、待って」


 グリーンは、聞き間違いかと確認する。


「初陣って、なんだ?

 マリイに鎧を着せて、剣を持たせてどうする?」


「そりゃあ、」


 隊長は当然という顔つきで答えた。


「今回の軍は、マリイが率いるんだろ?

 マリイとグリーンが。

 おまえら、ウバクロでそう言ってたじゃないか。

 兵を率いて戻ってくるって」


「!」「!」


 衝撃だった。


「あた――、あたし、そういう意味じゃ――」


「俺は、軍を要請しに来ただけで――」


「なんだよ!

 出すのは口だけで、あとは寝てるだけってか?」


 マリイ隊長の口調が厳しい。


「おまえら、そんな卑怯モンじゃないよな?

 ウバクロで、みんなが待ってるぞ?」


「うっ……」


 マリイは言葉を詰まらせた。

 グリーンは負けじと言い返す。


「俺が行くのは構わないけど、マリイはダメだ!

 王女を矢面に立たせるなんて、国王が許す訳ない!」


「矢面になんか、立たせねえよ。

 何のために私とおまえがいるんだ?

 守ればいいだけだろ?」


「うっ……」


 グリーンも言葉を詰まらせた。


「異論はないな。

 グリーン、おまえの剣を出せ。

 使えるように研いでやる」


「使いたくない……」


「マリイを守るのに、手ぶらでどうすんだ! 

 おまえの分の鎧はないから、ここの兵士のでも借りるんだな」


 マリイ隊長は渋るグリーンから剣を受け取り、鞘から抜いた。


「なんだ、昔、カイソクで支給されていた兵士の剣じゃないか。

 おまえの父さん、カイソク兵なのか?」


「それ、父の形見……」


「だったら、もっと大事にしろよ。ボロボロに欠けてるぞ。

 ――ん?

 柄に名前が彫ってある。

 『リルカ』と、『バルロック』――?」


「母さんと、父さんだよ。

 カイソクには、恋人の名前を剣に刻むと、戦で死なないってジンクスがあるから……」


「へえー。ロマンティックでいいなあ。

 私も旦那の名前を彫ろうかな?」


「ああ、それはいい。彫ればいい」


 茫然自失のグリーンが、実にどうでもよく受け答えしているのが分かる。

 マリイは、申し訳ない気持ちに胸が押しつぶされそうになった。


「ごめんなさい、グリーン……。

 あたし、またグリーンを巻き込んでしまった……」


「いや――、すまないのは俺の方だ。

 守ってるつもりが、おまえを危険にさらす羽目に……」


「グリーンはいつだって、あたしを守ってくれてるわ」


 ハラハラと、涙をこぼすマリイ。


 隊長は持ち物の中から砥石を取り出してテーブルの上にタオルを引き、そこにあった水をかけてシャコシャコと研ぎ出した。


「あー、なんだ、マリイは、」


 研ぐ手を止めて剣を目の高さにし、具合を確かめる。


「マリイはグリーンが好きなのか?」


 なんて、無遠慮な!


「ひっ……!」


「おい!」


 マリイは恥ずかしさで、グリーンは怒りで赤くなった。


「何を言い出すんだよ、あんたは!」


「いや――、もしそうならさ、私は邪魔をしないように外に出てるべきかな、と思って」


 とくに出て行くそぶりも見せずに、隊長は再び、シャコシャコと研ぎだす。


「あ、あたしがグリーンを好きなんて、そんなこと、そんなことないっ!

 ウバクロが片付いたら、あたしはリヨク王子と結婚するんだもん!

 グリーンを好きになんか、ならないもんっ!」


 隊長はふーん、と再び剣を研ぐ。


「サンリク王がそうだったから、おまえも恋愛結婚するのかと思ってた。

 そうか、マリイは政略結婚するのか」


「そうよっ! あたし、谷で誓ったの!

 どんな手を使ってでも、リヨク王子と結婚してみせるって……!」


 マリイ、言ってて悲しい……。

 手段を選ばず、政略結婚したい自分って……。


「どうやって結婚するんだ?」


「え……?」


 隊長が、痛いところを突いてきた。


「リヨク王子ってのは、おまえを嫌って逃げてるんだろ?

 嫌いな相手と結婚するのって、大変だぞ?

 どうやって口説くんだ?」


「それは――」


 もちろん、具体的な算段なんかは、マリイにない。


「あの、財政の許す限り贅沢していいから、とか。

 愛人が100人いてもいいから、とか……。

 良い条件を次々持ちかけていけば、どれかが当たるんじゃないかしら?」


「へえー。

 マリイは愛人が100人いても平気なんだ?

 意外」


「あら。むしろ、奥さんと子どもは多い方が良いのよ」


 マリイは言い切った。

 グリーンがギョッとする。


「だって、このサンリク王家を見て?

 父様が母様に固執してるせいで、子どもはあたし1人よ。

 父様だって一人っ子だし、跡継ぎのことを考えたら、正妻の子だろうと側室の子だろうと、子どもは多い方が良いのよ。

 あたしが家出したまんまだったら、どうしてたのかしら?」


「思ったよりドライで、驚いたなあ」


「そりゃ、あたしだって父様の再婚話に泣いた時期もあったわよ?

 でも昨日、父様の隠し部屋を見て、考えが変わったの」


「隠し部屋?

 あの窓2つ分は隠し部屋だったのか!」


 マリイ隊長は、あの部屋を見ていない。


「母様の遺品が、いっぱい飾ってあった。

 父様は何かある度に、あの部屋にこもって泣いていたのね。

 再婚の噂話はたぶんデマよ。

 あの父様に再婚をけしかけるには、よっぽど押しの強い女の人を連れてこないとダメだわ!」


「――いいじゃないか……」


 これまで黙っていたグリーンが、聞くに堪えないと、ようやく声をもらした。


「国王は王妃のことを愛してたんだろ?

 ずっと独身だって、いいじゃないか!」


「ダメよ!」


 マリイは即座に言い返す。


「国王たるものは、立ち止まってちゃダメなの!

 だって!

 あたしが何が何でもカイソクの王子と結婚しなきゃいけないのは、王の子があたししかいないからよ!

 側室に王子がいたら、カイソクの王女をもらってうまくいってただろうし、もっとよくできた姫がいたら、そっちで縁談がまとまって王子が逃げることもなかったんだわ!

 あたしだって――、あたしだってあたしだって!」


 訴え続けるうちに、涙目。


「嫌がってる王子に無理矢理結婚してもらうの、悪いと思ってるんだからっっ!!!」


 うわあああああんと、とうとうマリイは泣き出した。


「ありゃりゃ。

 わたし、悪いこと聞いちゃったかな?」


 マリイ隊長は、そのまま剣の研ぎ具合を再確認し、


「オッケーだ。

 グリーン、後はどうにかしてくれ」


 研石を荷物に放り込むと、テーブルの上に剣を置いて、そのまま部屋を出て行った。


 泣き続けるマリイ。

 グリーンは途方に暮れる。


 なんて、絶望的にやっかいな隊長だろう!!

 そして、マリイをどうしよう……!?


「――――頼むから……、泣かないでくれ……」


 それくらいしか言えない。


「ううう、えぐ、えぐっ……。

 あたし、絶対、リヨク王子と結婚して、子孫繁栄させてやる……!」


 何を言い出すのやら。


「マリイ、ほら、タオル――。

 顏、拭けよ」


「うぐっ、えっ、えっ……」


 ひきつけを起こしているかのような嗚咽。


「あ、あたし、カ、カイソクの王子に悪いことしてるって、うぐっ、ちゃんと分かってるもん!

 グリーンにも、えう、本当に、本当に申し訳なく……ううっ……!」


「俺のことは、どうでもいいから」


「えうっ、ごめんなさい。

 ごめんなさい、グリーン……!」


「いいってば」


 泣きながら謝るマリイに、グリーンは胸が痛む。


 きっと、道中ずっと気に掛けていたのだろう。

 気の休まる言葉をかけてあげたいが、いいセリフが思い浮かばない。


「マリイ、泣くな……。

 リヨク王子はおまえを、」


 マリイの肩に手を置いた、その時である。


 バンッと扉が開いて、


「おい、お呼びがかかった!

 行くぞ! 謁見の間だってさ!」


 マリイ隊長が戻ってきた。


 この隊長には、本っ当にもう、どうして良いのか分からない!!

 グリーンは安堵より、なぜか怒りを覚えた。


「あた、あたし、こん、こんな顔で、どうしよう――」


「大丈夫だ。冷やせばすぐに腫れはひく。

 このマリイ隊長がうまいこと化粧してやるから、安心しろ」


「あり、ありが……とう」


 自分で泣かせて、自分で直していれば世話はない!

 グリーンは忌々しい思いで、隊長が研いでくれた剣を腰に下げた。


 隊長は冷やしたマリイの顔に下地を塗って、粉おしろいをはたき、紅やら墨やらで仕上げをする。


「ほら、完璧だ。鏡で見てみろ」


「本当だ……」


 鏡の中には、ゾフィが仕上げるより、少し大人っぽいマリイがいた。


「よし、行こう。

 グリーン、準備はいいか?」


「隊長こそ、長老の書簡はちゃんと持ったのか?」


「あ、忘れてた。書簡、書簡……」


 書簡は、研石と一緒に荷物の中に放ってあった。


「マリイ、おまえが国王に渡すんだ」


「え? だって、みんな、隊長を使者だと思ってるし――」


「長老が、おまえから渡せと言ってただろう。

 私はグリーンと後ろに控えているから」


「なんで?」


「行くぞ!」


 マリイは急かされて謁見の間に向かい、緊張する間もなく、守衛は客人の到着を告げる。


「虹の谷よりお越しの、マリイ様です!」


 隊長でもマリイでも、どちらとでも取れそうだ。

 大きな扉が開くと、国王までの赤じゅうたんの左右に、大臣たちが並んで待ち構えていた。

 怖じ気づくマリイ。


「大丈夫だ。歩け。

 わたしとグリーンが後ろにいる」


 マリイはビクビクと一歩踏み出した。

 大臣たちがざわめく。

 今回ばかりは、後ろに控えている美人のマリイにではなく、死亡が確認されたはずのマリイ王女に、だ。


「マリイ、お前……!?」


 国王も驚いていた。

 まさか、娘が鎧姿になって出て来るとは思わなかった。


 視線の中を進んだマリイは、父王の前まで来ると、ひざまづき、両手で書簡を差し出した。


「虹の谷の長老より、書簡を預かって参りました」


 侍従が間に入って受け取り、ナイフで封蝋印を外して、王に差し出す。


「あ……、ああ、書簡か」


 国王は開いた口を何とか塞ぎ、書簡を広げた。

 大臣たちが、王の御前であるにも関わらず、動揺を口にする。


「マリイ王女が、生きて……!?」

「あれは、虹の谷の鎧では?」

「王妃の里にいたということか?」

「虹の谷なぞ、一番最初に捜したのに!」

「谷の一族がかくまっていた……!?」


 書簡に目を通した国王が、苦い顔をする。

 そして、周囲のざわつきを諫めもせず、マリイに命じる。


「――マリイ・サンリク。

 セツゲンの件は、おまえから皆に報告せよ」


「は、……はい」


 急いで頭の中を整理するマリイ。

 頑張って、声を出した。


「――わたくしが虹の谷に参りましたところ、セツゲンによるサンリク侵攻の情報を得ました。

 彼らはガルド大臣を通じて虹の谷を無力化し、ウバクロの炭坑を奪おうとしています」


 再び、大臣らが騒ぎ出す。


「なんと! この情報をもたらしたのは王女であったか!」

「ガルドはいつから裏切っていたのだ!?」

「マリイ王女は、それに気づいて一人、城を出たと!?」


 時系列が前後しているが、大臣たちの理解はマリイに都合が良い形で正しい。


「マリイ」


 国王は告げる。


「ガルドとゾフィは昨夜捕らえた。

 おまえたちの言っていることは、裏付けがとれた」


「では、父様……!」


 マリイは懇願する。


「ウバクロのために、兵をお出し下さい。

 どうか、ウバクロをお助け下さい……!」


「兵は出す。が……」


 国王は、軍務大臣に目で合図した。

 彼が一歩進み出る。


「マリイ王女、申し訳ありません。

 我々はガルドによるカイソク侵攻の偽情報に踊らされ、軍の主力を南の国境付近に移動させてしまいました。

 昨夜、すぐに伝令を向かわせましたが、ウバクロへの到着は、1日、2日遅れるものと……!」


「1日、2日……!?」


 マリイは青ざめた。

 すでに当初の予定より1日遅れている。

 4日かかるとふんでいたものを、さらに2日も遅れさせたら、ウバクロはどうなるのだろう。


「ただ――、」


 大臣は続ける。


「王都にはその……、葬儀のために残した兵士がございます。

 まずは彼らをウバクロに向かわせ、侵攻を最悪、ウバクロ陥落までに押さえたいと――」


「ふざけないでちょうだい!」


 マリイは立ち上がり、怒鳴った。


「ウバクロは落とさせないわ!

 各駅に馬を準備させなさい!

 昼夜を問わず、馬を替えながら全力で走るのよ!」


「は、はい!

 ただちにそのように!」


「父様!」


 マリイは、勢いに任せて心を決める。


「わたくしに、母様の剣をお与え下さい!」


「メアリの剣を? おまえに!?」


「わたくしも矢面に立ちます。

 先頭に立ち、ウバクロを目指します!」


「マリイ!!」


 国王は、悲鳴に近い父親の声をあげた。

 隊長のマリイが、ここぞとばかりに前に出る。


「陛下、王女のことは、この虹の谷のマリイと、そこのグリーンがお守りします!

 座って吉報をお待ちあれ!」


「虹の谷のマリイ! 貴様がマリイをそそのかし! いや、グリーンまで! 私のマリイは! そこのグリーンだって! いや、グリーンはマリイに、いや、マリイは……!」


 王は混乱している…………。


「陛下」


 侍従が慣れた様子で水を差し、王はごっきゅんごきゅんと飲み干す。


「ふう……」


「父様、」


 落ち着きを取り戻した父王に、マリイは語りかけた。


「父様、あたしなら大丈夫。

 隊長とグリーンがいるから、絶対、大丈夫だわ。

 ウバクロには、旅で知り合った人たちがいるの。

 みんな、あたしとグリーンを信用して待ってる。

 あたしは、期待に応えないといけない……!」


「マリイ、おまえは……」


 成長した娘に、ぐすんと鼻をすする国王。


 マリイの話では、娘に関心のない冷たい父とのことだったが、どうして、感情に支配される「似たもの親子」ではないか。

 グリーンは微笑ましげに2人を眺めやった。


「分かった、マリイ。

 おまえに剣を与えよう。

 兵士も預ける」


 国王陛下は観念したようだ。


「明日、早朝の出立を命ずる。

 みな、そのように準備せよ!」


 ははっ!――と、一同、承る。

 国王がその場を去り、その場は散会となった。

 大臣たちはそれぞれの準備に散り、マリイたちには侍従から声がかかった。


「姫様、グリーン様、陛下が私室でお待ちです。

 虹の谷のマリイ隊長には、お部屋を最上級の貴賓室にお移しいたしましたので、どうぞ、そちらで鋭気をお養い下さい」


「ん? あの部屋もずいぶんといい部屋だったが、最上級とは、どんなかな?」


 マリイ隊長が、ウキウキしながら部屋に案内されてゆく。

 多分、侍従が機転を利かせて追い払ったのだ。

 最上級のお部屋には、美味しい料理や果物が、酒と一緒に用意されているに違いない。


 マリイたちが王の私室を訪ねると、


「こっちだ」


 王は、またしても隠し部屋にいて、二人を呼んだ。


「父様は、このお部屋がお気に入りね」


 マリイは半分呆れている。


「当たり前だ。部屋の扉が閉まっている時は、寝ている時以外、たいていここにいる。

 ここが一番落ち着く」


 この父王には、もはや緊張も畏怖も抱かない。


「あたし、旅の途中で、父様の再婚話を聞いたんだけど――」


「ああ。一時、流れていたな。

 おまえの居場所を知るヒントになればと、幾度となくゾフィを部屋に呼んでいた。

 それが誤解を生んだらしい」


「そんなことだろうと、思ったわ」


 ショックを受けて泣いていた自分は、いったい何だったのか……。


「それよりマリイ、本当に戦場に行くつもりか?」


「あたしも怖いけど……、行かない訳にいかないの。

 頑張ってくるわ!」


「そうか……」


 不安しか覚えないが、皆の前で兵を預けると言った以上、取り消すのも都合が悪い。

 国王は深く嘆息して、壁に飾ってある剣に手に取った。


「――メアリのだ」


「母様の……」


 マリイはしっかりと受け取る。

 質実剛健としか言いようのない、何ともまあ、シンプルな剣だ。


「戦士として使っていたものらしい。

 王妃になってからは不要の長物だったから、しまってあったんだ。

 亡くなった後に、私が見つけて壁に飾った」


 マリイは、カチャッと鞘から剣を抜く。


「あら? 柄に名前が彫ってある。

 ダンギ――。

 父様の名ね!」


「なに?

 見せてみろ!」


 国王は剣を奪い、確かめた。


「本当だ。メアリは、なぜ剣などに私の名を……?」


「カイソクには、恋人の名前を剣に彫ると死なないってジンクスがあるんですって。

 あたしも、さっきグリーンから聞いたの。

 母様は、誰かカイソク人からお聞きになったんじゃないかしら」


「ああ、それならカイソク王だろう。

 国境での会談には、よくメアリも連れて行った。

 メアリはそれで――」


 国王はグスンと鼻をすすり、剣を壁に戻そうとした。


「ダメよ、父様!

 それ、あたしに下さるとおっしゃったわ!」


「他の剣ではダメか?

 これには、メアリが刻んだ私の名が!

 もっと良い剣をおまえにやろう!

 勇者の剣なんて、どうだ?」


「初陣はお下がりで揃えるものなんですって。

 戻ってきたら返しますから、あたしに下さい!」


「うう……、マリイがメアリに似てきて嬉しい……。

 メアリ、私の名を剣に刻んだのに、なぜ死んだ……!」


 マリイは奪い取った剣をさっさと腰に下げた。

 母のご加護がありそうな気がして、嬉しい。


「そうだ、」と、国王が顔を上げる。


「グリーン君の鎧も、用意しておいたぞ」


「え? 俺の?」


 隅っこで話を聞いていたグリーンは驚いた。

 この状況下で、自分のことまで気に掛けてくれるとは思わなかった。


 国王は鼻をすすり、体裁を整えてから侍従を呼ぶ。


「あちらに用意してございます」


 隠し部屋から出ると、プラチナにキラキラ光り輝く甲冑が用意されていた。


「私の祖父のものだ。君にやろう」


「ええっ!?」


 フルフェイスの兜に、胴を覆い尽くす鎧。

 肘当て、手当て、膝当て、足当て、盾まである。

 みんな、ピカピカ。


 グリーンは言葉を選びに選んで……、


「…………いらない……」


 と、辞退した。


「なんだと!?

 王が自ら授けてやろうというのに!」


「だって、だって!

 マリイも隊長も、皮の鎧じゃないか!

 俺だけこんな重装備、恥ずかしい!」


「祖父の形見を恥ずかしいとは!」


「普通のでいいんだよ!

 これだと俺だけ助かる気満々で、いたたまれない!」


「戦も知らぬ若造が、格好ばかり気にしおって!

 マリイを守ってもらわなくては困るが、マリイを守って死なれても困るのだ!

 皮の鎧では貫通して死ぬ!

 マリイの盾にもなれん!」


 王はさんざんグリーンを脅したが、それでも最後は侍従に、


「昔、私が着ていたものに、軽装の、皮のものがあっただろう。

 あれを出してやりなさい」


 と指示した。


「別に、王のお下がりじゃなくていいんだよ。

 衛兵のお古で、城で余ってるヤツを貸してもらえれば……」


「初陣はお下がりの方が良いのだろう!?

 衛兵のお古より、王のお古の方が生存率が上がりそうではないか!

 君は死にたいのかねっ!?」


「……」


 観念して黙った。

 何を言ってもムダだろう。


 マリイ隊長とは別の意味で、この王もやっかいだ。


 少しして、侍従が革の鎧を持ってきてくれた。

 着てみるとサイズもピッタリで、こなれていて、実に動きやすい。


「ありがとうございます!

 これで、マリイを守ります!」


「うむ」


 王も満足げだ。

 が、すぐに不安に駆られ出したらしい。


「なんか心許ないな。

 その上に、鎖帷子を着てはどうだろう?

 安全性が増すのではないか?」


「俺は十分です。

 娘さんに着せてあげて下さい」


「あたし、いらない。

 暑くて重くて、バテちゃう」


 2人は、なんとか軽微な軍装で、王の御前から逃げ出した。

 退出して扉が閉められると、同時に、ふうっとため息をつく。


 思っていた以上に話しやすいお方だったが、そこは一国の国王で、多少のプレッシャーはあったらしい。


「マリイ、おまえの父さん、」


「父様って――、にぎやかな人だったのね。

 これからは、もっとお話ししてみよう……」


「……。そうだな」


 せっかく良い印象を持ち始めたマリイに、余計な愚痴は聞かせないほうがいい。

 グリーンはこぼすのを諦めて黙った。


「ねえ、グリーン、すぐ隣があたしの部屋なのよ。見ていかない?」


「おまえの部屋?」


 マリイの部屋などどうでも良い、と思ったが、サンリク王女の部屋にはちょっと興味がある。


「—―じゃあ、ちょっとだけ」


「来てきて!」


 部屋の主が長いこと留守をしているので、扉の前に守衛はいない。

 マリイは自分で扉を開け、グリーンを招き入れた。


「良かった。

 あたしがいない間も、ちゃんと掃除をしてくれてたのね。

 埃だらけだったら、どうしようかと思ったわ」


 窓が少し開けられていて、さわやかな風が入ってくる。

 上品な飾り彫りが施されたシリーズ物の本箱、衣装ダンス、ベッド、テーブル、勉強机、鏡台。


「天蓋付きのベッドって、幌馬車みたいだな」


「言われてみればそうね。

 幌の中が落ち着くのは、そのせいだわ!」


 マリイはポンッとベッドの上に座る。

 馬車を思い出しているのか、上を見上げて楽しそうだ。


 グリーンはベッドカバーに気がついた。


「これが、――何て言ったっけ?

 端切れを縫い合わせて作ったヤツ?」


「パッチワーク。

 よく見て。細かいところも上手に出来てるでしょ?」


「思ったより貧乏くさくない」


「失礼ね!」


「本箱は――、難しい本はきれいなままだな。

 好んで読んでいたのは物語」


「……細かいところは見なくていわ」

 

 マリイは難しい……。


「なんか、わりと――、って言うか、普通だな。

 いや、どれも高そうだけど、贅沢って感じはしない」


「ああ――、あれ。……そうね」


 2人は、町で聞いた『マリイ王女は贅沢』という噂を思い出していた。


「なんで、あんな噂が広まったかな?

 王女としては、そこそこ普通の部屋なのに」


「いいのよ。それよりも、グリーン、」


「グリーン君、」


 入り口の方から突然、声がかかった。


「!?」「!」


「残念だが、君に、今夜をここで過ごしてもらう訳にはいかない。

 相応の部屋を用意させよう」


 開けたままの入り口に、何と国王のお姿!


「陛下!」

「父様!?」


「マリイ、散歩のついでに、ちょっと立ち寄ってみたよ」


 絶対、嘘だ!――とグリーンは思う。

 マリイの部屋より先は行き止まりだ。

 ここからどこに行くというのか?


「父様、グリーンはどこで寝るの?」


「どこがいいかな?」


 後ろに控えている侍従が答える。


「昨夜は2階の、4人部屋にお泊まりいただきました」


「4人部屋? マリイ隊長と一緒にか?」


「護衛ということで、同室にしたそうです。

 知らぬとはいえ、マリイ王女もご一緒でした」


「それはいかん!」


「虹の谷のマリイ様には、最上級の貴賓室にお移りいただきましたので、グリーン様はその隣の部屋ではいかがでしょう?」


「それがいいな。そうしなさい」


「えっ、今夜はあたし1人!?」


「お前には、ちゃんと自分の部屋があるのだし」


「そんなの寂しいわ!

 あたし、昨日と同じ部屋がいい」


「マリイはともかく、俺も、昨日と同じでいい。

 どうせ、明日には発つんだし、荷物を移すのも面倒だ」


「そんなに大部屋がいいのなら、2人とも、私の部屋に来なさい。

 広いから、ベッドが増えたところで、なんの問題もない」


「それは……」


「あたしも、嫌」


「なぜ!?」


 国王がショック受けている隙に、グリーンは、


「すみません! 明日早いので、失礼します!」


「あ、グリーン!」


 無礼を承知で、すたこらさっさと逃げ出した。


 マリイの帰還で、国王は突然、父性に火が着いたらしい。

 飛び火がやっかいだ。

 呼び止める声を振り切って、最初の貴賓室に戻ってきた。


「よう。一人でお帰りかい?」


 隊長が、ソファにふんぞり返って足を組み、酒を飲んでいる。


「最上級に移ったんじゃないのか?」


「見てきたが、豪華すぎて落ち着かない。

 金を掛ければ良いってもんじゃないな」


「俺は、マリイの部屋を見てきた。

 普通だったよ。上品で落ち着いてた」


「やっぱり、噂はデマか」


 グリーンは腰の剣を外して、鎧を脱ぐ。


「俺もこの部屋使うけど、同室でいいの?」


「別に、構わん。

 もう少ししたら会議が開かれるらしい。

 戻るのは遅くなるだろうな」


「遠慮なく先に寝てるから、起こさないでくれ」


 隊長は美人だが、グリーンの中で『女性』には含まれない。

 離れたベッドで寝ている程度では、まったく気にならない。


「グリーン」


 逃げてきたらしく、マリイが顔を出した。


「あたしもここで寝ていい?」


「親父さんはいいのかよ?」


「バレてないから、大丈夫!」


 マリイは可愛いが、安眠の妨げにはならない。


「バレたらすぐに戻れよ」


「うん!」


 マリイは喜んで入ってきた。


「隊長、美味しそうな果物ね」


「汁気たっぷりだ。鎧を汚すなよ」


「気を付けるわ!」


「グリーン君」


「!」「!」


 国王陛下が現れた!


「父様!?」


「私も、今夜はここで眠ろうと思うのだが」


「「なんで!?」」


「ベッドが1つ、余っているではないか!」


 マリイ隊長が、ははーんと笑う。


「私の隣に来たいんだろう?」


「そんな訳あるか!

 おまえは1時間後の、兵士の会議に出るんだろ?

 入れ替わりで、私が来る!

 この子たちを2人っきりにはさせられない――じゃなくて、まだ早い――でもなくて、2人には積もる話があるからな!」


 言い切ると、陛下は拒否されないうちにさっさと戻っていった。


「――変わらないな、ダンギ国王陛下は」


 隊長が呆れたように笑う。


「父様、昔からああなの?」


「昔っからああだ」


 隊長は、マリイの知らない父と母を知っている。


「ダンギはな、私の嫌がらせにもめげず、あの調子でメアリに猛アタックしたんだ。

 そして、見事、サンリクに持ち帰った」


「並々ならぬ不屈の精神だな」


「グリーン、何か含んでるだろ?」


 隊長はグリーンの含み顔を睨みつけてから、マリイの頬をつつく。


「おまえはダンギによく似ている。

 猛アタックすれば、リヨク王子だって落とせるさ」


「あたし……、父様みたいに頑張れるかしら……?」


「――」


 グリーンは聞いていないフリをした。


「おい、グリーン、」


 隊長はそっぽを向いているグリーンを、振り向かせた。


「聞いておきたい。

 おまえら、セツゲンを追い払った後、湖畔の町をどうするつもりだ?」


「え? 湖畔の町?」


「そうだ。湖畔の町は、今回の件でかなりの被害を受けるぞ。

 水浸しの損害はどうしてくれる?」


「サンリクに補修工事をして貰うつもりだけど――」


 湖の決壊を指示した者として、逃げるつもりはない。

 マリイが言った。


「あたし、あの道は元どおりじゃなくて、ちゃんと直したい。

 あそこが楽に通れるようになったら、絶対、商人の行き来が増えるわ。

 そしたら、カップケーキが銅貨2枚で買えるようになるかも!」


「カップケーキ?」


「あー、なんだ、マリイは小麦の輸入量が上がり、値が下がるかも、と言っている」


 グリーンの通訳に、隊長は深く考える。


「商人の行き来か。

 確かに、今は悪天候による滑落者が多いからな。

 道を直すのは良いかもしれん」


「賛成してくれる!?」


 マリイの顔がパアッと明るく輝いた。


「けど、セツゲンの侵攻も受けやすくなるぞ?」


「え?」


「今までセツゲンが大人しかったのは、私たち虹の谷の力も大きいが、軍隊が楽に通れない道のおかげでもある。

 道を直したら商人の往来が増えるのと同時に、敵の侵入も容易くなるけど、いいのか?」


「…………小麦を安くすることは、難しいのね」


 マリイは落ち込んだ。


「でも、道が良くなったら、石炭を売りに行けるんだよな」


 グリーンがつぶやく。


「なんで石炭?」


「ウバクロの炭坑が不景気で、どんどん人が切られてるだろ?」


 この場合、『クビにされている』という意味で、殺人ではない。


「セツゲンが石炭を欲しがってるなら、ガンガン採掘して輸出して、代わりに小麦を輸入すればいいと思うんだ」


「グリーン、それ名案だわ!」


「あの湖畔の町、セツゲンとサンリクの国際マーケットにできないかなあ。

 春から秋にかけての、期間限定でもいいんだ」


「それは出来るだろうな。

 市場なら建物はいらないし、場所はいくらでも空いている」


「商人が泊まれば宿だって儲かるし、場所代と参加料を取れば、町だって儲かるぞ」


「問題は、道よね……」


「いや、道を直す金なんだよ。

 侵攻の損害はサンリクで出してくれるだろうけど、さすがに改修する金までは出してくれないだろ?」


 結局、最後はため息をつくしかない。


「そうだわ!

 湖畔の町が儲かるんだから、虹の谷で、道を直してくれないかしら?」


「それはあり得ないな。

 族長どもは、湖畔の発展に興味がないから」


「あら、ひどい」


「虹の谷の戦士って、あの湖畔に冷たいよな」


 グリーンは隊長を見ながら、嫌味のごとく言う。

 隊長はさすがに、ムッと顔をしかめた。


「あそこは会議とか駐留の場なんだよ。

 現役の戦士がくるのなんて、大けがを負って療養する時くらいで、もともと、草原の民には縁が薄い場所なんだ。

 ダリアみたいに引退した奴らは、外との交流を図ろうとしてるみたいだけど、そんなのほんの一部で、金を掛けてまであそこをなんとかしようって物好きはいない」


「みんながダリアさんみたいに思ってくれればいいのに……」


 とどのつまり、虹の谷からの資金提供は見込めないようだ。


「あたしが嘆願したら、政府がお金を出してくれるかしら?」


 マリイ『王女』が奥の手を出そうとする。


「やめておけ。

 ただでさえ、今回の遠征で予定外の出費がかさむんだ。

 おまえの評判が悪くなるだけ」


 グリーンに、即座に否定され、落ち込むマリイ。

 結局、『王女』といえども何も出来ないのだ。


 グリーンはベッドに寝ころび、天井を仰ぐ。


「戦勝国だったら国庫も潤うけど、今回のは、ただ追っ払うだけだからなあ」


「そうなんだよ。追っ払うだけなんだよなあ……」


 隊長が、いかにもつまらなさそうにグリーンに同意する。

 みんなで、深いため息をついた。


 コンコンっと、扉がノックされ、守衛が顔を出す。


「国王陛下がお越しです」


「なんだよ、また来たのか」


「無礼な奴め。おまえは会議の時間だ」


「え? もうそんな時間?」


「さっさと行け。若者の相手は、私が務める」


 グリーンもマリイも望んでいないのだが……。


 隊長は「う~ん」と伸びをして立ち上がり、そして、言った。


「グリーン、ダンギ国王陛下、一緒に行こう」


「は?」


「なんで、私とグリーン君が!」


「だって、明日のサンリクを決める重要な会議だろ?

 首謀者が出なくてどうする?」


「俺が企てたみたいに言うなよ!」


「陛下だって、父親として娘が何をするのか確認しておきたいだろ?

 みんなの前で『兵士をマリイに預ける』って言ったんだ。

 今回の総大将はマリイだ」


「なんと!」


 王は今、気がついた。


「撤回だ! 前言撤回!

 マリイを旗頭にはさせられん!

 一番狙われる役ではないか!」


「言ったのは、あんただよ。

 まあ、撤回するにしろ、やらせるにしろ、会議には出といた方がいいだろうな」


「私としたことが、なんてしくじりを……」


「じゃあマリイ、おまえは明日に備えてゆっくり寝ておけ」


「え? あたし、ひとり!?」


 隊長が2人を連れて出ていき、マリイはひとり、取り残されてしまった。


「嘘……!」


「あの……、マリイ様、お茶でもお持ちしますか?」


 守衛が気を使ってくれる。


「……いいわ。果物の食べ過ぎでお腹いっぱい」


 もう、食べることもやることも残っていない。

 

「つまんない!」


 かといって、軍事会議に参加してもマリイには理解できないだろう。

 守衛を下がらせ、とりあえずは着替える。


 いつまでも皮の鎧を着けたままでは暑苦しいし、白いドレスも明日の本番を前に、汚したら大変だ。

 赤い庶民のドレスは、着るのが簡単でいい。


 そう言えば、家出を決めた日も赤いドレスを着ていて、それはゾフィに着替えさせてもらった。

 髪に、真珠の髪飾りも挿してもらった。


「ゾフィ……」


 父王はガルドとゾフィを捕らえたと言っていた。

 二人はどこにいるのだろう?


 マリイは扉を開け、こそっと守衛に尋ねる。


「ガルドとゾフィがどこにいるか、ご存じ?」


「はっ! 存じております!」


 元気に答えられては、こっそり聞いた意味が無い。


「もう少し、小さな声で教えてちょうだい。

 2人は一緒なの?」


「いえ、口裏を合せられるとやっかいとのことで、ガルドは東の地下牢に、ゾフィは西の地下牢に捕らえられています」


「そう」


 マリイは決めた。


「あたし、ちょっとお散歩してくる」


「お供します!」


「結構。グリーンたちが戻ってきたら、散歩中だって伝えて」


「はっ!」



 西の塔に向かって歩く。

 ゾフィは、どうしているだろう。


 直接聞くのだ。


 本当にあたしを騙していたのか、それとも、ゾフィが騙されていたのか――。


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