姫様、立つ!
久しぶりの王都は賑わっていた。
「朝早いのに、すごい人だな!」
「商店街は朝が早いんだ。
食料品のほとんどは、午前中で売り切れてしまう」
「あのお店、おいしそう!」
マリイは久々の町が楽しかった。
対して、隣にいる隊長は、
「グリーン、まだ見つからんのか?」
都会の人混みと、隙を見つけては声をかけようと狙っている男たちの視線に、みるみる不機嫌になっていく。
「いつまで私を歩かせる気だ!?」
「ちょっと待ってくれ。今度はあの人に聞いてくる」
衣料品店を探して、女の人に声をかけまくるグリーン。
「はん!
あいつがナンパ男に見えてきた。軽薄そうな顔してるしな」
男どものうっとうしさを、グリーンをあざ笑うことで紛らわせている……。
「それにしても、」
追い払っても、追い払っても言い寄ってくる男たち。
「ウバクロでも、ここまでは口説かれない。
王都は美女不足か!」
「王都にも、隊長ほどの美女はいないから」
本当のところ、ウバクロのみんなは隊長の性格を知っているから……が正解だ。
が、これ以上、隊長の機嫌を損ねることはない。
グリーンが戻って来た。
「見つかった!
2つ目の角を左に曲がってすぐらしい」
「グリーン、マリイ、私をお母さんと呼べ。
わざとらしく、大声で、何度もだ!」
美人の弊害に、辟易としているのだろう。
マリイとグリーンは、
「お母さん、次は左だ」とか、
「お母さん、あのおまんじゅう美味しそうね!」
とか、わざとらしい声を掛け合いながら店に目指す羽目に陥った。
「だから、お母さんは城で休んでろって言ったのに!」
「城にいたって、次々と客が来るじゃないか!
おまえの変な作戦のせいだ!」
「俺に何とかしろって言ったのは、お母さんだ!」
とことん美人を利用したにも関わらず、グリーンは、とっとと性格がバレて嫌われてしまえ!――と呪いを掛ける。
程なくして、衣料品店『シュビシュビ』に辿り着いた。
「お母さん、ここだわ!」
グリーンにドアを開けてもらい、マリイは中に入る。
「いらっしゃいませー」
男の声で迎えられた。
壁に飾られたドレス、ハンガーで吊されたワンピース。
会計の脇では生活雑貨も売られていて、どこからか、焼き菓子のいい匂いまでしてくる。
「なんだか、このお店、知ってるような……」
そう思った時、
「おい、マリイにグリーンじゃないか!」
店主の顔に、見覚えがあった。
「あなたは……!」
「おい、シュウかよ!? 驚いた!」
シュウは、ホダン商店を馬車ごと譲ってくれた商人だ。
「ひょっとして、『シュビシュビ』って、シュウとビビ?」
「そうだよ!
ホダン商店は譲ってもらった店だったから、一から自分たちの店を作りたかったんだ。
俺たちの店だって、分かりやすい店名だろ?」
「あんた、何を騒いでんだい?」
奥から、ビビが顔を出す。
「ビビさん、お腹が大きくなってる!」
「うそ! マリイちゃんに、グリーン!?
――そっちは?」
2人とも、隊長の存在を忘れてた。
聞かれたからには、紹介せねばならない。
「こいつはお母さん?っていうか、義理の、あれ? 母親違いだっけ――?」
不意打ちで初期設定にうろたえるグリーンを押しのけ、隊長は自らで名乗った。
「はじめまして。私は虹の谷のマリイ。
このマリイ王女の母親、メアリ王妃の友人だ」
「え? マリイ王女?」
「2人がなんて名乗ったかは知らないが、それが真実だ」
「隊長! あんたまた――!」
隊長は、飛びかからんばかりに怒りだしたグリーンの頭を、片手で押さえつける。
情けないことにグリーンの腕は空を切るだけで、隊長に届かない……。
「マリイちゃん、本当にお姫サマなの?
王女は死んだって、つい最近聞いたけど?」
「誤報だな。ちゃんとこうして生きてる」
「じゃあ、本当に……?」
マリイはいたたまれない。
どういう意図があって、隊長はバラシてしまったのだろう?
「――シュウさん、ビビさん、ごめんなさい」
マリイは観念して謝った。
「ちょっと事情があって、名乗る訳にはいかなかったの……」
結果として、騙して店を手に入れたことになるのだろうか?
「あのっ、ホダンの馬車は大事にしてるわ!
今はちょっと人に貸してるけど、あたしもグリーンも、あの馬車が大好きだから、決して手荒には――――!」
「いや、馬車のことは良いんだ。すでに、譲ったものだし。
けど、マリイちゃんがお姫サマ……」
「どうりで、サンリク金貨なんて持ってるわけね」
グリーンは、「ちっ!」と隊長の手を振り払った。
「――すまない。俺の独断で身元を偽ったんだ」
「いいよ、別に騙されたとか思ってないし」
シュウは言ってくれる。
「マリイ王女には手配書も出回ってたから、そういうことなんだろ?
俺たちは良い値で馬車が売れて、ラッキーだったよ」
「本当? そう思ってくれる?」
「そりゃ、そうさ。
即金でサンリク金貨2枚なんて、冷静になって考えたら、あり得ないもんな。
どうよ、この店。
表通りからはちょっと引っ込んだけど、良い店だろ?」
「あの時、グリーンに『カイソクで王女のドレスが流行ってる』って教えてもらったじゃない。
あたしら、大量に作って売り出してみたんだ。
手配書で話題になってるからバカ売れして、ご覧の通り、順調に経営している」
「この店の名前、サヒロで聞いたんだよ。
結構、話題になってた」
「前のホダン商店の評判も、色んな所で聞いたわ。
子供服が素敵だったとか、カップケーキが美味しかったとか!」
ビビはちょうどお菓子が焼けたところだったのを思いだし、お皿にのせて出してくれた。
「あたし、お金、持ってるわ!」
「いいよ。ごちそうするから、食べてって」
「うれしい!」
3人は「わ~い」と子どものようにカップケーキに手を伸ばし、頬張った。
「これよ、この味!
トノイ兄妹にも食べさせてあげたいわ!」
「へー、これはうまいな」
「なんか、すごく懐かしい……」
グリーンの言葉に、マリイも思い出した。
グリーンと旅を始めて、一番最初に食べたのがこのお菓子だ。
「喜んでもらえて、嬉しいよ」
ビビは、お茶を配る。
「ねえ、マリイ王女、……って、こんな口の利き方して良いのかな?」
「構わないわ。なにかしら?」
マリイは、フウフウ冷ましながらお茶を飲む。
「ひょっとして……なんだけど、その服、あたしが縫ったものかい?」
そうだ。
このワンピースはホダンの馬車にあったもので、グリーンに着替えろと渡された服だった。
「やっぱりビビさんの手作りだったのね。
あたし、この服で旅をしてたの」
「お姫サマに気に入ってもらえるなんて、光栄だ」
「最初は地味だと思ったけど、着心地が良くて好きよ、この服」
のんきに答えながら、マリイはハッと本題を思い出した。
「そうだ、服!
あたし、ドレスを買いに来たんだっけ!」
「ドレス? あら、お客様だったんだ」
「俺も忘れてた。
大至急、マリイにピッタリのドレス、見繕ってくれないか?」
「マリイちゃんのサイズは――150か」
衣料品を扱っているだけあって、ビビとシュウはすぐに目測し、数着の候補を上げてくれる。
「これ、懐かしいだろ!
あの時着てた小花模様の白ドレス。
大好評を博した、最後の1着だよ!」
シュウが見せてくれたのは、例のドレスの廉価版。
「このドレスは、もう似合わないから……」
サヒロでの醜態がフラッシュバックして、マリイは落ち込む。
「じゃあ、これなんかは、どう?」
ビビが選んでくれたのは、今のマリイに似合いそうな赤いドレスと、もう1枚、賢く見えそうな水色のドレス。
「素敵! どっちにしよう!」
マリイは喜んで迷った。
「赤が金貨2枚、水色が金貨1枚と銀貨5枚だよ」
「あっ!」
マリイは、ハタッと我に返る。
財布の残金を思い出したのだ。
「グリーン……、あたし、買えない……」
目を潤ませて、グリーンに訴えた。
「そんなにお金、持ってない……」
「え? あ、しまった!
俺も金がない。
銀貨と、銅貨が数枚。
サンリク金貨なら、1枚、残ってるけど――」
「おいおい、商店街でサンリク金貨は無理だよ。
まさか、また店ごと買うなんて、言わないよな?」
笑えない冗談である。
サンリク金貨さえ使えたら、この店のドレスくらい、いくらでも買えるののに……。
ビビが提案してくれた。
「マリイちゃんがお姫サマなら、ツケでもいいよ?」
「ツケ? それはダメだわ!」
マリイは即座に断った。
「ツケは絶対ダメって、グリーンに言い聞かせられてるの!
あたし、ちゃんと守るわ!」
「おい、それはうちが移動販売店だったからだ。
この場合、ツケを払うのはサンリク城なんだから、買って行こうぜ!」
「嫌!
あたし、城では仕事してないから、お小遣いもらってないの。
返せる当てがないのに、借金なんてできない!」
「小遣い貯めてドレスを買うお姫様がどこにいるんだよ!
被服費は王族の予算にちゃんと入ってるんだから、そこから出してもらえ!」
「無駄遣いしたら、また、国中の噂になるー!」
「王女のドレスは、必要経費だろ!」
「おい、そこの貧乏くさい2人」
大人のマリイが割って入ってくれた。
「ドレスくらい、私が買ってやる。
グリーン、赤と水色、どっちだ?」
なぜか、マリイではなく、グリーンに聞く。
「赤。
マリイには華がないから、ドレスで補わせる」
当然のように答えるグリーン。
「失礼よ! あたしに選ばせて!」
マリイはプンスカ怒ってみせたが、正直、赤でも水色でもどっちでもいい。
とにかくドレスを手に入れられて、頬の緩みを隠せない。
会計の時に、シュウはようやく隊長の美しさに気づいて惚けたが、ビビの視線が厳しいのと、あと、良いことを思いついたのとで我に返った。
「マリイちゃん!
お願いなんだけど、この店、王室御用達って名乗ってもいいかな?
このドレス、金貨1枚と銀貨5枚にまけるから!」
「いいの!?
名乗って、名乗って!」
マリイは銀貨5枚で喜んで『王室御用達』を売った。
グリーンはこんな庶民の店を『王室御用達』にしていいのだろうかと考えさせられたが、人にお金を出してもらっている分際で、口を出すのはどうか……。
マリイ隊長はお釣りを受け取り、
「いやあ、道中の資金として結構な額を用意してきたんだが、グリーンが全部払ってくれるから、使う機会がなくってな!」
ハハハと笑った。
マリイ隊長の宿代から飲み代までを全部支払い、貯めてきた金のほとんどを使い果たしたグリーンは、
落ち着け、殴りかかっても倍にして返されるだけだ……。
と自制した。
あとで、経費としてサンリク王に請求しよう……。
「はい、包んだよ。誰が持つの?」
「あたしが持つわ!」
マリイは嬉しそうに抱きかかえた。
「隊長、ありがとう」
「遠慮するな。
設定上、今はお母さんだからな。
行くぞ」
隊長は店のドアを開け、ひょいひょいとマリイとグリーンを先に出す。
そして、
「私もこの店で買い物をすることにした。
おまえたちは先に戻っててくれ」
自分一人、店に残ると言い出した。
「お買い物なら、付き合うわよ?」
「お直しに時間がかかるから、いい。
昼までには城に戻るよ」
「仕方ないな。
マリイ、先に行こう!」
喜んで先に帰る選択をし、さっさと店を後にするグリーン。
「1人で帰るなんて、男の人たちが寄ってきて大変だと思うけど……」
「薙ぎ払う力があるから、大丈夫だろ」
マリイ隊長は、予告通り、昼食時に帰ってきた。
「遅かったじゃないか。料理はもうきてるぞ」
グリーンは、もっと遅くても良かったのに、とあからさまな態度をとったが、それでも紳士として席を立ってイスを引き、隊長に座るよう促した。
「お、マリイ。
お姫様にしては地味だが、新しいドレス、似合ってるよ」
「へへっ」
マリイは褒められて嬉しい。
隊長は買ってきた包みをベッドの上に放り投げ、一緒に食事を始めた。
「で、何を買ったんだ?」
「食べたら、見せてやる」
フフと笑って、教えてくれない。
料理人が腕をふるったようで、今日の昼食もとても美味しい。
「城での食事が、こんなに美味しいなんて……」
マリイがつぶやく。
「隊長が美人だから、特別うまいのか?」
マリイのレベルでは、料理人が手を抜いていたと言わんばかりの失敬だが、グリーンの口の悪さは今に始まったことではない。
マリイはスルーした。
「普段はお部屋で一人だったし、たまに父様とも食べてたけど、ひとっ言も会話がなくて味気なかったの」
城に戻るからには、また、ああいう食事が続くのだろうか――。
「サンリク王とは仲直りしたんだろ?
これから、会話すればいい」
「父様と、どうやって話そう……」
「いつものマリイで、いいんじゃないか?
おまえはわりと、おしゃべりな女の子だよ」
グリーンは言う。
「そう……ね。努力してみる……」
マリイ次第で、この城も住み心地が良くなるかもしれない。
きれいにデザートまで平らげ、
「で、隊長は何を買ってきたんだ?」
グリーンが再び催促する。
「ふふふ」
不敵な笑いで焦らす隊長。
「見たいだろ?
見せてやるから、グリーン、ちょっと外に出てろ」
「え?」
「マリイは、そのドレスを脱げ」
「え?」
どうやら、隊長の買い物はマリイの服らしい。
それならば、とグリーンは大人しく部屋から出た。
「着てみろ」
隊長は買ってきた包みをポンッとマリイに投げ渡し、自分は持ってきた大荷物を紐解く。
包みを開けたマリイは、
「これ……」
あまりいい顔をしなかった。
「いいから、着てみろ。
こっちは私が着せてやる」
――さて、数分後。
グリーンは隊長に呼ばれて部屋に戻ってきた。
「で、どんなのを買ったん――」
マリイを見たグリーンは、口を開けて、呆気に取られる。
まず、目に付いたのは鎧。
マリイは虹の谷一族の刺繍の入った、革の鎧を着けていた。
そして、鎧の下には――。
「そのドレス……!」
白地に黄緑や薄ピンクの小花模様。
ウエストに巻いた赤いリボン。
「驚いた! マリイが最初に着ていたドレスじゃないか。
なぜか、似合ってる!」
「やはり、マリイ王女と言ったら、このドレスだろう。
私とビビとで、お直ししたんだ。
ほとんど鎧で隠れてるけど、襟のフリルは取っ払ってスッキリさせ、膨らんだ袖は切り開いてヒラヒラさせた。
スカートの裾を膝上から斜めカットで後ろ下がりにしたから、編み上げの乗馬ブーツがいいアクセントになっているだろう?」
「?」
グリーンにはよく分からない。
つまりは、マリイに似合うよう改良したということだろう。
「このスカート、なんで前だけ短いんだ?」
「全部長いと、馬に乗る時、邪魔だろう」
「パンツが見えそうで、ハレンチじゃない?」
「見えない長さで切ってあるし、スパッツ履かせてるよ!
これくらいのスカート丈、今時、珍しくもないだろう!」
「そうなの?」
「商人のくせに、ファッションに鈍すぎる!
おまえはだっさい服を、一生、制服のように着ていろ!」
自慢の腕を評価されなかった隊長は、音痴を相手にするのを止めた。
「マリイ、その鎧の刺繍はな、」
胸に施された刺繍を指さす。
「昔、メアリが私のためにしてくれたものなんだ。
おまえにやるよ」
「なんだ、隊長のお下がりか」
グリーンは余計なことを言ったが、これで正しいのだ。
「初陣はお下がりで揃えるのが、虹の谷の習わしだ。
私のは矢傷一つないから、縁起も良い。
後は、国王から剣をもらえば、完璧だな」
「父様から?」
「メアリが嫁入りで持ってきたのがあるだろ?」
「ちょっと、待って」
グリーンは、聞き間違いかと確認する。
「初陣って、なんだ?
マリイに鎧を着せて、剣を持たせてどうする?」
「そりゃあ、」
隊長は当然という顔つきで答えた。
「今回の軍は、マリイが率いるんだろ?
マリイとグリーンが。
おまえら、ウバクロでそう言ってたじゃないか。
兵を率いて戻ってくるって」
「!」「!」
衝撃だった。
「あた――、あたし、そういう意味じゃ――」
「俺は、軍を要請しに来ただけで――」
「なんだよ!
出すのは口だけで、あとは寝てるだけってか?」
マリイ隊長の口調が厳しい。
「おまえら、そんな卑怯モンじゃないよな?
ウバクロで、みんなが待ってるぞ?」
「うっ……」
マリイは言葉を詰まらせた。
グリーンは負けじと言い返す。
「俺が行くのは構わないけど、マリイはダメだ!
王女を矢面に立たせるなんて、国王が許す訳ない!」
「矢面になんか、立たせねえよ。
何のために私とおまえがいるんだ?
守ればいいだけだろ?」
「うっ……」
グリーンも言葉を詰まらせた。
「異論はないな。
グリーン、おまえの剣を出せ。
使えるように研いでやる」
「使いたくない……」
「マリイを守るのに、手ぶらでどうすんだ!
おまえの分の鎧はないから、ここの兵士のでも借りるんだな」
マリイ隊長は渋るグリーンから剣を受け取り、鞘から抜いた。
「なんだ、昔、カイソクで支給されていた兵士の剣じゃないか。
おまえの父さん、カイソク兵なのか?」
「それ、父の形見……」
「だったら、もっと大事にしろよ。ボロボロに欠けてるぞ。
――ん?
柄に名前が彫ってある。
『リルカ』と、『バルロック』――?」
「母さんと、父さんだよ。
カイソクには、恋人の名前を剣に刻むと、戦で死なないってジンクスがあるから……」
「へえー。ロマンティックでいいなあ。
私も旦那の名前を彫ろうかな?」
「ああ、それはいい。彫ればいい」
茫然自失のグリーンが、実にどうでもよく受け答えしているのが分かる。
マリイは、申し訳ない気持ちに胸が押しつぶされそうになった。
「ごめんなさい、グリーン……。
あたし、またグリーンを巻き込んでしまった……」
「いや――、すまないのは俺の方だ。
守ってるつもりが、おまえを危険にさらす羽目に……」
「グリーンはいつだって、あたしを守ってくれてるわ」
ハラハラと、涙をこぼすマリイ。
隊長は持ち物の中から砥石を取り出してテーブルの上にタオルを引き、そこにあった水をかけてシャコシャコと研ぎ出した。
「あー、なんだ、マリイは、」
研ぐ手を止めて剣を目の高さにし、具合を確かめる。
「マリイはグリーンが好きなのか?」
なんて、無遠慮な!
「ひっ……!」
「おい!」
マリイは恥ずかしさで、グリーンは怒りで赤くなった。
「何を言い出すんだよ、あんたは!」
「いや――、もしそうならさ、私は邪魔をしないように外に出てるべきかな、と思って」
とくに出て行くそぶりも見せずに、隊長は再び、シャコシャコと研ぎだす。
「あ、あたしがグリーンを好きなんて、そんなこと、そんなことないっ!
ウバクロが片付いたら、あたしはリヨク王子と結婚するんだもん!
グリーンを好きになんか、ならないもんっ!」
隊長はふーん、と再び剣を研ぐ。
「サンリク王がそうだったから、おまえも恋愛結婚するのかと思ってた。
そうか、マリイは政略結婚するのか」
「そうよっ! あたし、谷で誓ったの!
どんな手を使ってでも、リヨク王子と結婚してみせるって……!」
マリイ、言ってて悲しい……。
手段を選ばず、政略結婚したい自分って……。
「どうやって結婚するんだ?」
「え……?」
隊長が、痛いところを突いてきた。
「リヨク王子ってのは、おまえを嫌って逃げてるんだろ?
嫌いな相手と結婚するのって、大変だぞ?
どうやって口説くんだ?」
「それは――」
もちろん、具体的な算段なんかは、マリイにない。
「あの、財政の許す限り贅沢していいから、とか。
愛人が100人いてもいいから、とか……。
良い条件を次々持ちかけていけば、どれかが当たるんじゃないかしら?」
「へえー。
マリイは愛人が100人いても平気なんだ?
意外」
「あら。むしろ、奥さんと子どもは多い方が良いのよ」
マリイは言い切った。
グリーンがギョッとする。
「だって、このサンリク王家を見て?
父様が母様に固執してるせいで、子どもはあたし1人よ。
父様だって一人っ子だし、跡継ぎのことを考えたら、正妻の子だろうと側室の子だろうと、子どもは多い方が良いのよ。
あたしが家出したまんまだったら、どうしてたのかしら?」
「思ったよりドライで、驚いたなあ」
「そりゃ、あたしだって父様の再婚話に泣いた時期もあったわよ?
でも昨日、父様の隠し部屋を見て、考えが変わったの」
「隠し部屋?
あの窓2つ分は隠し部屋だったのか!」
マリイ隊長は、あの部屋を見ていない。
「母様の遺品が、いっぱい飾ってあった。
父様は何かある度に、あの部屋にこもって泣いていたのね。
再婚の噂話はたぶんデマよ。
あの父様に再婚をけしかけるには、よっぽど押しの強い女の人を連れてこないとダメだわ!」
「――いいじゃないか……」
これまで黙っていたグリーンが、聞くに堪えないと、ようやく声をもらした。
「国王は王妃のことを愛してたんだろ?
ずっと独身だって、いいじゃないか!」
「ダメよ!」
マリイは即座に言い返す。
「国王たるものは、立ち止まってちゃダメなの!
だって!
あたしが何が何でもカイソクの王子と結婚しなきゃいけないのは、王の子があたししかいないからよ!
側室に王子がいたら、カイソクの王女をもらってうまくいってただろうし、もっとよくできた姫がいたら、そっちで縁談がまとまって王子が逃げることもなかったんだわ!
あたしだって――、あたしだってあたしだって!」
訴え続けるうちに、涙目。
「嫌がってる王子に無理矢理結婚してもらうの、悪いと思ってるんだからっっ!!!」
うわあああああんと、とうとうマリイは泣き出した。
「ありゃりゃ。
わたし、悪いこと聞いちゃったかな?」
マリイ隊長は、そのまま剣の研ぎ具合を再確認し、
「オッケーだ。
グリーン、後はどうにかしてくれ」
研石を荷物に放り込むと、テーブルの上に剣を置いて、そのまま部屋を出て行った。
泣き続けるマリイ。
グリーンは途方に暮れる。
なんて、絶望的にやっかいな隊長だろう!!
そして、マリイをどうしよう……!?
「――――頼むから……、泣かないでくれ……」
それくらいしか言えない。
「ううう、えぐ、えぐっ……。
あたし、絶対、リヨク王子と結婚して、子孫繁栄させてやる……!」
何を言い出すのやら。
「マリイ、ほら、タオル――。
顏、拭けよ」
「うぐっ、えっ、えっ……」
ひきつけを起こしているかのような嗚咽。
「あ、あたし、カ、カイソクの王子に悪いことしてるって、うぐっ、ちゃんと分かってるもん!
グリーンにも、えう、本当に、本当に申し訳なく……ううっ……!」
「俺のことは、どうでもいいから」
「えうっ、ごめんなさい。
ごめんなさい、グリーン……!」
「いいってば」
泣きながら謝るマリイに、グリーンは胸が痛む。
きっと、道中ずっと気に掛けていたのだろう。
気の休まる言葉をかけてあげたいが、いいセリフが思い浮かばない。
「マリイ、泣くな……。
リヨク王子はおまえを、」
マリイの肩に手を置いた、その時である。
バンッと扉が開いて、
「おい、お呼びがかかった!
行くぞ! 謁見の間だってさ!」
マリイ隊長が戻ってきた。
この隊長には、本っ当にもう、どうして良いのか分からない!!
グリーンは安堵より、なぜか怒りを覚えた。
「あた、あたし、こん、こんな顔で、どうしよう――」
「大丈夫だ。冷やせばすぐに腫れはひく。
このマリイ隊長がうまいこと化粧してやるから、安心しろ」
「あり、ありが……とう」
自分で泣かせて、自分で直していれば世話はない!
グリーンは忌々しい思いで、隊長が研いでくれた剣を腰に下げた。
隊長は冷やしたマリイの顔に下地を塗って、粉おしろいをはたき、紅やら墨やらで仕上げをする。
「ほら、完璧だ。鏡で見てみろ」
「本当だ……」
鏡の中には、ゾフィが仕上げるより、少し大人っぽいマリイがいた。
「よし、行こう。
グリーン、準備はいいか?」
「隊長こそ、長老の書簡はちゃんと持ったのか?」
「あ、忘れてた。書簡、書簡……」
書簡は、研石と一緒に荷物の中に放ってあった。
「マリイ、おまえが国王に渡すんだ」
「え? だって、みんな、隊長を使者だと思ってるし――」
「長老が、おまえから渡せと言ってただろう。
私はグリーンと後ろに控えているから」
「なんで?」
「行くぞ!」
マリイは急かされて謁見の間に向かい、緊張する間もなく、守衛は客人の到着を告げる。
「虹の谷よりお越しの、マリイ様です!」
隊長でもマリイでも、どちらとでも取れそうだ。
大きな扉が開くと、国王までの赤じゅうたんの左右に、大臣たちが並んで待ち構えていた。
怖じ気づくマリイ。
「大丈夫だ。歩け。
わたしとグリーンが後ろにいる」
マリイはビクビクと一歩踏み出した。
大臣たちがざわめく。
今回ばかりは、後ろに控えている美人のマリイにではなく、死亡が確認されたはずのマリイ王女に、だ。
「マリイ、お前……!?」
国王も驚いていた。
まさか、娘が鎧姿になって出て来るとは思わなかった。
視線の中を進んだマリイは、父王の前まで来ると、ひざまづき、両手で書簡を差し出した。
「虹の谷の長老より、書簡を預かって参りました」
侍従が間に入って受け取り、ナイフで封蝋印を外して、王に差し出す。
「あ……、ああ、書簡か」
国王は開いた口を何とか塞ぎ、書簡を広げた。
大臣たちが、王の御前であるにも関わらず、動揺を口にする。
「マリイ王女が、生きて……!?」
「あれは、虹の谷の鎧では?」
「王妃の里にいたということか?」
「虹の谷なぞ、一番最初に捜したのに!」
「谷の一族がかくまっていた……!?」
書簡に目を通した国王が、苦い顔をする。
そして、周囲のざわつきを諫めもせず、マリイに命じる。
「――マリイ・サンリク。
セツゲンの件は、おまえから皆に報告せよ」
「は、……はい」
急いで頭の中を整理するマリイ。
頑張って、声を出した。
「――わたくしが虹の谷に参りましたところ、セツゲンによるサンリク侵攻の情報を得ました。
彼らはガルド大臣を通じて虹の谷を無力化し、ウバクロの炭坑を奪おうとしています」
再び、大臣らが騒ぎ出す。
「なんと! この情報をもたらしたのは王女であったか!」
「ガルドはいつから裏切っていたのだ!?」
「マリイ王女は、それに気づいて一人、城を出たと!?」
時系列が前後しているが、大臣たちの理解はマリイに都合が良い形で正しい。
「マリイ」
国王は告げる。
「ガルドとゾフィは昨夜捕らえた。
おまえたちの言っていることは、裏付けがとれた」
「では、父様……!」
マリイは懇願する。
「ウバクロのために、兵をお出し下さい。
どうか、ウバクロをお助け下さい……!」
「兵は出す。が……」
国王は、軍務大臣に目で合図した。
彼が一歩進み出る。
「マリイ王女、申し訳ありません。
我々はガルドによるカイソク侵攻の偽情報に踊らされ、軍の主力を南の国境付近に移動させてしまいました。
昨夜、すぐに伝令を向かわせましたが、ウバクロへの到着は、1日、2日遅れるものと……!」
「1日、2日……!?」
マリイは青ざめた。
すでに当初の予定より1日遅れている。
4日かかるとふんでいたものを、さらに2日も遅れさせたら、ウバクロはどうなるのだろう。
「ただ――、」
大臣は続ける。
「王都にはその……、葬儀のために残した兵士がございます。
まずは彼らをウバクロに向かわせ、侵攻を最悪、ウバクロ陥落までに押さえたいと――」
「ふざけないでちょうだい!」
マリイは立ち上がり、怒鳴った。
「ウバクロは落とさせないわ!
各駅に馬を準備させなさい!
昼夜を問わず、馬を替えながら全力で走るのよ!」
「は、はい!
ただちにそのように!」
「父様!」
マリイは、勢いに任せて心を決める。
「わたくしに、母様の剣をお与え下さい!」
「メアリの剣を? おまえに!?」
「わたくしも矢面に立ちます。
先頭に立ち、ウバクロを目指します!」
「マリイ!!」
国王は、悲鳴に近い父親の声をあげた。
隊長のマリイが、ここぞとばかりに前に出る。
「陛下、王女のことは、この虹の谷のマリイと、そこのグリーンがお守りします!
座って吉報をお待ちあれ!」
「虹の谷のマリイ! 貴様がマリイをそそのかし! いや、グリーンまで! 私のマリイは! そこのグリーンだって! いや、グリーンはマリイに、いや、マリイは……!」
王は混乱している…………。
「陛下」
侍従が慣れた様子で水を差し、王はごっきゅんごきゅんと飲み干す。
「ふう……」
「父様、」
落ち着きを取り戻した父王に、マリイは語りかけた。
「父様、あたしなら大丈夫。
隊長とグリーンがいるから、絶対、大丈夫だわ。
ウバクロには、旅で知り合った人たちがいるの。
みんな、あたしとグリーンを信用して待ってる。
あたしは、期待に応えないといけない……!」
「マリイ、おまえは……」
成長した娘に、ぐすんと鼻をすする国王。
マリイの話では、娘に関心のない冷たい父とのことだったが、どうして、感情に支配される「似たもの親子」ではないか。
グリーンは微笑ましげに2人を眺めやった。
「分かった、マリイ。
おまえに剣を与えよう。
兵士も預ける」
国王陛下は観念したようだ。
「明日、早朝の出立を命ずる。
みな、そのように準備せよ!」
ははっ!――と、一同、承る。
国王がその場を去り、その場は散会となった。
大臣たちはそれぞれの準備に散り、マリイたちには侍従から声がかかった。
「姫様、グリーン様、陛下が私室でお待ちです。
虹の谷のマリイ隊長には、お部屋を最上級の貴賓室にお移しいたしましたので、どうぞ、そちらで鋭気をお養い下さい」
「ん? あの部屋もずいぶんといい部屋だったが、最上級とは、どんなかな?」
マリイ隊長が、ウキウキしながら部屋に案内されてゆく。
多分、侍従が機転を利かせて追い払ったのだ。
最上級のお部屋には、美味しい料理や果物が、酒と一緒に用意されているに違いない。
マリイたちが王の私室を訪ねると、
「こっちだ」
王は、またしても隠し部屋にいて、二人を呼んだ。
「父様は、このお部屋がお気に入りね」
マリイは半分呆れている。
「当たり前だ。部屋の扉が閉まっている時は、寝ている時以外、たいていここにいる。
ここが一番落ち着く」
この父王には、もはや緊張も畏怖も抱かない。
「あたし、旅の途中で、父様の再婚話を聞いたんだけど――」
「ああ。一時、流れていたな。
おまえの居場所を知るヒントになればと、幾度となくゾフィを部屋に呼んでいた。
それが誤解を生んだらしい」
「そんなことだろうと、思ったわ」
ショックを受けて泣いていた自分は、いったい何だったのか……。
「それよりマリイ、本当に戦場に行くつもりか?」
「あたしも怖いけど……、行かない訳にいかないの。
頑張ってくるわ!」
「そうか……」
不安しか覚えないが、皆の前で兵を預けると言った以上、取り消すのも都合が悪い。
国王は深く嘆息して、壁に飾ってある剣に手に取った。
「――メアリのだ」
「母様の……」
マリイはしっかりと受け取る。
質実剛健としか言いようのない、何ともまあ、シンプルな剣だ。
「戦士として使っていたものらしい。
王妃になってからは不要の長物だったから、しまってあったんだ。
亡くなった後に、私が見つけて壁に飾った」
マリイは、カチャッと鞘から剣を抜く。
「あら? 柄に名前が彫ってある。
ダンギ――。
父様の名ね!」
「なに?
見せてみろ!」
国王は剣を奪い、確かめた。
「本当だ。メアリは、なぜ剣などに私の名を……?」
「カイソクには、恋人の名前を剣に彫ると死なないってジンクスがあるんですって。
あたしも、さっきグリーンから聞いたの。
母様は、誰かカイソク人からお聞きになったんじゃないかしら」
「ああ、それならカイソク王だろう。
国境での会談には、よくメアリも連れて行った。
メアリはそれで――」
国王はグスンと鼻をすすり、剣を壁に戻そうとした。
「ダメよ、父様!
それ、あたしに下さるとおっしゃったわ!」
「他の剣ではダメか?
これには、メアリが刻んだ私の名が!
もっと良い剣をおまえにやろう!
勇者の剣なんて、どうだ?」
「初陣はお下がりで揃えるものなんですって。
戻ってきたら返しますから、あたしに下さい!」
「うう……、マリイがメアリに似てきて嬉しい……。
メアリ、私の名を剣に刻んだのに、なぜ死んだ……!」
マリイは奪い取った剣をさっさと腰に下げた。
母のご加護がありそうな気がして、嬉しい。
「そうだ、」と、国王が顔を上げる。
「グリーン君の鎧も、用意しておいたぞ」
「え? 俺の?」
隅っこで話を聞いていたグリーンは驚いた。
この状況下で、自分のことまで気に掛けてくれるとは思わなかった。
国王は鼻をすすり、体裁を整えてから侍従を呼ぶ。
「あちらに用意してございます」
隠し部屋から出ると、プラチナにキラキラ光り輝く甲冑が用意されていた。
「私の祖父のものだ。君にやろう」
「ええっ!?」
フルフェイスの兜に、胴を覆い尽くす鎧。
肘当て、手当て、膝当て、足当て、盾まである。
みんな、ピカピカ。
グリーンは言葉を選びに選んで……、
「…………いらない……」
と、辞退した。
「なんだと!?
王が自ら授けてやろうというのに!」
「だって、だって!
マリイも隊長も、皮の鎧じゃないか!
俺だけこんな重装備、恥ずかしい!」
「祖父の形見を恥ずかしいとは!」
「普通のでいいんだよ!
これだと俺だけ助かる気満々で、いたたまれない!」
「戦も知らぬ若造が、格好ばかり気にしおって!
マリイを守ってもらわなくては困るが、マリイを守って死なれても困るのだ!
皮の鎧では貫通して死ぬ!
マリイの盾にもなれん!」
王はさんざんグリーンを脅したが、それでも最後は侍従に、
「昔、私が着ていたものに、軽装の、皮のものがあっただろう。
あれを出してやりなさい」
と指示した。
「別に、王のお下がりじゃなくていいんだよ。
衛兵のお古で、城で余ってるヤツを貸してもらえれば……」
「初陣はお下がりの方が良いのだろう!?
衛兵のお古より、王のお古の方が生存率が上がりそうではないか!
君は死にたいのかねっ!?」
「……」
観念して黙った。
何を言ってもムダだろう。
マリイ隊長とは別の意味で、この王もやっかいだ。
少しして、侍従が革の鎧を持ってきてくれた。
着てみるとサイズもピッタリで、こなれていて、実に動きやすい。
「ありがとうございます!
これで、マリイを守ります!」
「うむ」
王も満足げだ。
が、すぐに不安に駆られ出したらしい。
「なんか心許ないな。
その上に、鎖帷子を着てはどうだろう?
安全性が増すのではないか?」
「俺は十分です。
娘さんに着せてあげて下さい」
「あたし、いらない。
暑くて重くて、バテちゃう」
2人は、なんとか軽微な軍装で、王の御前から逃げ出した。
退出して扉が閉められると、同時に、ふうっとため息をつく。
思っていた以上に話しやすいお方だったが、そこは一国の国王で、多少のプレッシャーはあったらしい。
「マリイ、おまえの父さん、」
「父様って――、にぎやかな人だったのね。
これからは、もっとお話ししてみよう……」
「……。そうだな」
せっかく良い印象を持ち始めたマリイに、余計な愚痴は聞かせないほうがいい。
グリーンはこぼすのを諦めて黙った。
「ねえ、グリーン、すぐ隣があたしの部屋なのよ。見ていかない?」
「おまえの部屋?」
マリイの部屋などどうでも良い、と思ったが、サンリク王女の部屋にはちょっと興味がある。
「—―じゃあ、ちょっとだけ」
「来てきて!」
部屋の主が長いこと留守をしているので、扉の前に守衛はいない。
マリイは自分で扉を開け、グリーンを招き入れた。
「良かった。
あたしがいない間も、ちゃんと掃除をしてくれてたのね。
埃だらけだったら、どうしようかと思ったわ」
窓が少し開けられていて、さわやかな風が入ってくる。
上品な飾り彫りが施されたシリーズ物の本箱、衣装ダンス、ベッド、テーブル、勉強机、鏡台。
「天蓋付きのベッドって、幌馬車みたいだな」
「言われてみればそうね。
幌の中が落ち着くのは、そのせいだわ!」
マリイはポンッとベッドの上に座る。
馬車を思い出しているのか、上を見上げて楽しそうだ。
グリーンはベッドカバーに気がついた。
「これが、――何て言ったっけ?
端切れを縫い合わせて作ったヤツ?」
「パッチワーク。
よく見て。細かいところも上手に出来てるでしょ?」
「思ったより貧乏くさくない」
「失礼ね!」
「本箱は――、難しい本はきれいなままだな。
好んで読んでいたのは物語」
「……細かいところは見なくていわ」
マリイは難しい……。
「なんか、わりと――、って言うか、普通だな。
いや、どれも高そうだけど、贅沢って感じはしない」
「ああ――、あれ。……そうね」
2人は、町で聞いた『マリイ王女は贅沢』という噂を思い出していた。
「なんで、あんな噂が広まったかな?
王女としては、そこそこ普通の部屋なのに」
「いいのよ。それよりも、グリーン、」
「グリーン君、」
入り口の方から突然、声がかかった。
「!?」「!」
「残念だが、君に、今夜をここで過ごしてもらう訳にはいかない。
相応の部屋を用意させよう」
開けたままの入り口に、何と国王のお姿!
「陛下!」
「父様!?」
「マリイ、散歩のついでに、ちょっと立ち寄ってみたよ」
絶対、嘘だ!――とグリーンは思う。
マリイの部屋より先は行き止まりだ。
ここからどこに行くというのか?
「父様、グリーンはどこで寝るの?」
「どこがいいかな?」
後ろに控えている侍従が答える。
「昨夜は2階の、4人部屋にお泊まりいただきました」
「4人部屋? マリイ隊長と一緒にか?」
「護衛ということで、同室にしたそうです。
知らぬとはいえ、マリイ王女もご一緒でした」
「それはいかん!」
「虹の谷のマリイ様には、最上級の貴賓室にお移りいただきましたので、グリーン様はその隣の部屋ではいかがでしょう?」
「それがいいな。そうしなさい」
「えっ、今夜はあたし1人!?」
「お前には、ちゃんと自分の部屋があるのだし」
「そんなの寂しいわ!
あたし、昨日と同じ部屋がいい」
「マリイはともかく、俺も、昨日と同じでいい。
どうせ、明日には発つんだし、荷物を移すのも面倒だ」
「そんなに大部屋がいいのなら、2人とも、私の部屋に来なさい。
広いから、ベッドが増えたところで、なんの問題もない」
「それは……」
「あたしも、嫌」
「なぜ!?」
国王がショック受けている隙に、グリーンは、
「すみません! 明日早いので、失礼します!」
「あ、グリーン!」
無礼を承知で、すたこらさっさと逃げ出した。
マリイの帰還で、国王は突然、父性に火が着いたらしい。
飛び火がやっかいだ。
呼び止める声を振り切って、最初の貴賓室に戻ってきた。
「よう。一人でお帰りかい?」
隊長が、ソファにふんぞり返って足を組み、酒を飲んでいる。
「最上級に移ったんじゃないのか?」
「見てきたが、豪華すぎて落ち着かない。
金を掛ければ良いってもんじゃないな」
「俺は、マリイの部屋を見てきた。
普通だったよ。上品で落ち着いてた」
「やっぱり、噂はデマか」
グリーンは腰の剣を外して、鎧を脱ぐ。
「俺もこの部屋使うけど、同室でいいの?」
「別に、構わん。
もう少ししたら会議が開かれるらしい。
戻るのは遅くなるだろうな」
「遠慮なく先に寝てるから、起こさないでくれ」
隊長は美人だが、グリーンの中で『女性』には含まれない。
離れたベッドで寝ている程度では、まったく気にならない。
「グリーン」
逃げてきたらしく、マリイが顔を出した。
「あたしもここで寝ていい?」
「親父さんはいいのかよ?」
「バレてないから、大丈夫!」
マリイは可愛いが、安眠の妨げにはならない。
「バレたらすぐに戻れよ」
「うん!」
マリイは喜んで入ってきた。
「隊長、美味しそうな果物ね」
「汁気たっぷりだ。鎧を汚すなよ」
「気を付けるわ!」
「グリーン君」
「!」「!」
国王陛下が現れた!
「父様!?」
「私も、今夜はここで眠ろうと思うのだが」
「「なんで!?」」
「ベッドが1つ、余っているではないか!」
マリイ隊長が、ははーんと笑う。
「私の隣に来たいんだろう?」
「そんな訳あるか!
おまえは1時間後の、兵士の会議に出るんだろ?
入れ替わりで、私が来る!
この子たちを2人っきりにはさせられない――じゃなくて、まだ早い――でもなくて、2人には積もる話があるからな!」
言い切ると、陛下は拒否されないうちにさっさと戻っていった。
「――変わらないな、ダンギ国王陛下は」
隊長が呆れたように笑う。
「父様、昔からああなの?」
「昔っからああだ」
隊長は、マリイの知らない父と母を知っている。
「ダンギはな、私の嫌がらせにもめげず、あの調子でメアリに猛アタックしたんだ。
そして、見事、サンリクに持ち帰った」
「並々ならぬ不屈の精神だな」
「グリーン、何か含んでるだろ?」
隊長はグリーンの含み顔を睨みつけてから、マリイの頬をつつく。
「おまえはダンギによく似ている。
猛アタックすれば、リヨク王子だって落とせるさ」
「あたし……、父様みたいに頑張れるかしら……?」
「――」
グリーンは聞いていないフリをした。
「おい、グリーン、」
隊長はそっぽを向いているグリーンを、振り向かせた。
「聞いておきたい。
おまえら、セツゲンを追い払った後、湖畔の町をどうするつもりだ?」
「え? 湖畔の町?」
「そうだ。湖畔の町は、今回の件でかなりの被害を受けるぞ。
水浸しの損害はどうしてくれる?」
「サンリクに補修工事をして貰うつもりだけど――」
湖の決壊を指示した者として、逃げるつもりはない。
マリイが言った。
「あたし、あの道は元どおりじゃなくて、ちゃんと直したい。
あそこが楽に通れるようになったら、絶対、商人の行き来が増えるわ。
そしたら、カップケーキが銅貨2枚で買えるようになるかも!」
「カップケーキ?」
「あー、なんだ、マリイは小麦の輸入量が上がり、値が下がるかも、と言っている」
グリーンの通訳に、隊長は深く考える。
「商人の行き来か。
確かに、今は悪天候による滑落者が多いからな。
道を直すのは良いかもしれん」
「賛成してくれる!?」
マリイの顔がパアッと明るく輝いた。
「けど、セツゲンの侵攻も受けやすくなるぞ?」
「え?」
「今までセツゲンが大人しかったのは、私たち虹の谷の力も大きいが、軍隊が楽に通れない道のおかげでもある。
道を直したら商人の往来が増えるのと同時に、敵の侵入も容易くなるけど、いいのか?」
「…………小麦を安くすることは、難しいのね」
マリイは落ち込んだ。
「でも、道が良くなったら、石炭を売りに行けるんだよな」
グリーンがつぶやく。
「なんで石炭?」
「ウバクロの炭坑が不景気で、どんどん人が切られてるだろ?」
この場合、『クビにされている』という意味で、殺人ではない。
「セツゲンが石炭を欲しがってるなら、ガンガン採掘して輸出して、代わりに小麦を輸入すればいいと思うんだ」
「グリーン、それ名案だわ!」
「あの湖畔の町、セツゲンとサンリクの国際マーケットにできないかなあ。
春から秋にかけての、期間限定でもいいんだ」
「それは出来るだろうな。
市場なら建物はいらないし、場所はいくらでも空いている」
「商人が泊まれば宿だって儲かるし、場所代と参加料を取れば、町だって儲かるぞ」
「問題は、道よね……」
「いや、道を直す金なんだよ。
侵攻の損害はサンリクで出してくれるだろうけど、さすがに改修する金までは出してくれないだろ?」
結局、最後はため息をつくしかない。
「そうだわ!
湖畔の町が儲かるんだから、虹の谷で、道を直してくれないかしら?」
「それはあり得ないな。
族長どもは、湖畔の発展に興味がないから」
「あら、ひどい」
「虹の谷の戦士って、あの湖畔に冷たいよな」
グリーンは隊長を見ながら、嫌味のごとく言う。
隊長はさすがに、ムッと顔をしかめた。
「あそこは会議とか駐留の場なんだよ。
現役の戦士がくるのなんて、大けがを負って療養する時くらいで、もともと、草原の民には縁が薄い場所なんだ。
ダリアみたいに引退した奴らは、外との交流を図ろうとしてるみたいだけど、そんなのほんの一部で、金を掛けてまであそこをなんとかしようって物好きはいない」
「みんながダリアさんみたいに思ってくれればいいのに……」
とどのつまり、虹の谷からの資金提供は見込めないようだ。
「あたしが嘆願したら、政府がお金を出してくれるかしら?」
マリイ『王女』が奥の手を出そうとする。
「やめておけ。
ただでさえ、今回の遠征で予定外の出費がかさむんだ。
おまえの評判が悪くなるだけ」
グリーンに、即座に否定され、落ち込むマリイ。
結局、『王女』といえども何も出来ないのだ。
グリーンはベッドに寝ころび、天井を仰ぐ。
「戦勝国だったら国庫も潤うけど、今回のは、ただ追っ払うだけだからなあ」
「そうなんだよ。追っ払うだけなんだよなあ……」
隊長が、いかにもつまらなさそうにグリーンに同意する。
みんなで、深いため息をついた。
コンコンっと、扉がノックされ、守衛が顔を出す。
「国王陛下がお越しです」
「なんだよ、また来たのか」
「無礼な奴め。おまえは会議の時間だ」
「え? もうそんな時間?」
「さっさと行け。若者の相手は、私が務める」
グリーンもマリイも望んでいないのだが……。
隊長は「う~ん」と伸びをして立ち上がり、そして、言った。
「グリーン、ダンギ国王陛下、一緒に行こう」
「は?」
「なんで、私とグリーン君が!」
「だって、明日のサンリクを決める重要な会議だろ?
首謀者が出なくてどうする?」
「俺が企てたみたいに言うなよ!」
「陛下だって、父親として娘が何をするのか確認しておきたいだろ?
みんなの前で『兵士をマリイに預ける』って言ったんだ。
今回の総大将はマリイだ」
「なんと!」
王は今、気がついた。
「撤回だ! 前言撤回!
マリイを旗頭にはさせられん!
一番狙われる役ではないか!」
「言ったのは、あんただよ。
まあ、撤回するにしろ、やらせるにしろ、会議には出といた方がいいだろうな」
「私としたことが、なんてしくじりを……」
「じゃあマリイ、おまえは明日に備えてゆっくり寝ておけ」
「え? あたし、ひとり!?」
隊長が2人を連れて出ていき、マリイはひとり、取り残されてしまった。
「嘘……!」
「あの……、マリイ様、お茶でもお持ちしますか?」
守衛が気を使ってくれる。
「……いいわ。果物の食べ過ぎでお腹いっぱい」
もう、食べることもやることも残っていない。
「つまんない!」
かといって、軍事会議に参加してもマリイには理解できないだろう。
守衛を下がらせ、とりあえずは着替える。
いつまでも皮の鎧を着けたままでは暑苦しいし、白いドレスも明日の本番を前に、汚したら大変だ。
赤い庶民のドレスは、着るのが簡単でいい。
そう言えば、家出を決めた日も赤いドレスを着ていて、それはゾフィに着替えさせてもらった。
髪に、真珠の髪飾りも挿してもらった。
「ゾフィ……」
父王はガルドとゾフィを捕らえたと言っていた。
二人はどこにいるのだろう?
マリイは扉を開け、こそっと守衛に尋ねる。
「ガルドとゾフィがどこにいるか、ご存じ?」
「はっ! 存じております!」
元気に答えられては、こっそり聞いた意味が無い。
「もう少し、小さな声で教えてちょうだい。
2人は一緒なの?」
「いえ、口裏を合せられるとやっかいとのことで、ガルドは東の地下牢に、ゾフィは西の地下牢に捕らえられています」
「そう」
マリイは決めた。
「あたし、ちょっとお散歩してくる」
「お供します!」
「結構。グリーンたちが戻ってきたら、散歩中だって伝えて」
「はっ!」
西の塔に向かって歩く。
ゾフィは、どうしているだろう。
直接聞くのだ。
本当にあたしを騙していたのか、それとも、ゾフィが騙されていたのか――。




