姫様、闇を抜ける
「次は役所だ」
「えー!」
倉庫での一仕事を終え、ようやく街で買い物ができると思い込んでいたマリイから、不満の声が出た。
「何しに行くのよ?」
「事情を説明しておかないと。
あいつらがサンリク金貨なんて持ってたら、疑われるに決まってるし、虹の谷への旅行者も制限してほしいし。
長雨が明けたんだから、商人達の移動が始まってもおかしくない」
「おまえは、いろんな所に気が回るな」
で、数時間後。
役所から戻るマリイは、機嫌が悪かった。
「グリーン、次の町ではあたしのこと、バラさないでほしいの!」
「わがまま言うな。
馬を替えたいから、サヒロでこそ、事情を話す」
「だって、サヒロは『マリイ=ホダンは王女と別人です』って証明書をくれた町よ?
あたし、どんな顔してお役人に会えば良いの?
マリイ=ホダンのままでいいじゃない!」
「あきらめろ。時間がないんだから、手間かけさせるな」
「だってーっ!」
サヒロに向かう馬上で、マリイは思い出しては悔しがった。
ウバクロで役人に会った時、グリーンはマリイが『マリイ王女』であることを早々にバラしてしまったのだ。
そこそこの権力がないと、北方への入山規制なんて、できっこない。
それは、分かる。
マリイだって、協力を仰ぐ為には、なんだってしたい。
マリイ一人では信憑性が足りなかったが、そこは有名人である虹の谷の隊長を従えていることで、信じてもらえた。
そして、一安心したその後の展開が、予想外だった。
役人が必要以上に平身低頭し、マリイを王女として扱ったのだ!
一般市民と見くびり、誘拐時に協力すらしなかったことを後ろめたく思ったからかもしれない。
マリイは前回叶わなかったウバクロでの買い物を、それはそれは楽しみにしていた。
なのにまさか、役人が迷惑な気の利かせ方をして、欲しいものを全て取り寄せてくれるとは!
「あの男、あたしが何のために節約してきたと思ってるの!?
お菓子が欲しいんじゃないのよ!
街を歩きたかったのよ!
買い物がしたかったのにぃ!!」
「お目当ての焼き菓子、いっぱいもらえて良かったじゃないか?
おこづかいじゃ買えない高級品ばっかだぞ?
あんまり興奮するな、どうどう」
「馬じゃない~」
マリイはまたもやリベンジを誓ってウバクロを去ることになった。
一行は馬を替えてサヒロを走り抜け、3日目の夕方近く、アシリ近郊にさしかかった。
そこで、思いもしなかった事件。
「…………頼む。
アシリで1泊させてくれ……」
グリーンが泣き言を言い出した!
「は? なんでだよ?
むしろ、ここは夜通し突っ走るべきだろ。
この先の道はなだらかだし、今夜は満月だ。
明朝には王都に着くぞ」
「朝一番で入城なんかできないし、内情も探りたい。
王都で時間をつぶすことになるなら、今、宿屋で休みたい」
顔色も悪く、意外なことに体力の限界らしい。
「俺、馭者台は平気だけど、長時間の乗馬は無理……。
こんなに長いこと走ったの、初めてだ……」
おかげで、マリイも素直に弱音が吐ける。
「隊長、実はあたしも休みたい。膝がガクガク……」
我慢していたが、とっくに限界を越えていたのだ。
「この一大事に、本気かよ!
軟弱だなー、おまえら!」
なんと言われようが構わない。
2人の心境は「馬をおりたい!」で一致していた。
「マリイ、宿屋、鶏肉でいいよな……」
「うん、ここから近いし……」
「は? なんで肉屋っ!?」
グリーンには、説明する気力も残ってない。
「こっちの道。着いてきて……」
フラフラしながら、前回宿泊した、鶏肉料理専門店併設の宿屋に向かった。
正常な意識だったら、以前と町の様子が違うことに、少なくともグリーンは気づいたはずだが、今は無理からぬことだった。
「ホダン商店のグリーン。1泊で2部屋。シングルとツインで」
言葉少なく受付で部屋を取っていると、
「おや、お久しぶりじゃないですか!」
懐かしい男に声をかけられた。
「カク=イッコウさん!」
行きの道中、この宿で会った旅商人だ。
「まさか、こんなに早く再会できるなんて、思いませんでしたねえ」
「北と南、反対に進んだのにな。
ビックリだよ!」
なつかしさに、ちょっと元気がでるグリーン。
二人はガシッと握手を交わした。
と、カク氏はマリイに気づいて会釈し、マリイ隊長に目を留めて、口を開けたまま動けなくなる。
たいていの男は、マリイ隊長から目が離せなくなるのだ。
「ええと……、」
グリーンは、カク氏には『母親が違う』と『父親が違う』、どっちで説明してたっけ?――と迷ったが、結局、
「母です」
ごまかして隊長を紹介した。
アシリで正体を明かす必要はないのだから、ここは、『ホダン兄妹のお母さん』と、設定通りにいきたい。
マリイ隊長は「チッ」と舌打ちしたが、
「初めまして。
こどもたちが世話になったようで」
大人しく母親を演じてくれた。
「お美しい……!
男どもが放っておかないのも分かります!」
カク氏には『父親が違う』と話してあったらしい。
「カクさんは何泊だ?」
「昨日着いたばかりですが、もう発ちます。
自粛ムードが高まると、せっかく仕入れた贅沢品が売れなくなりますからね。
北の様子はどうでした?
もう広まってました?」
「ウバクロは不景気だったけど、サヒロはなかなか――って、自粛ってなんのこと?」
「おや、まだ訃報をご存じない?」
「訃報?」
カク氏は教えてくれる。
「マリイ王女が亡くなったんですよ。
先ほど正式に発表がありました」
「ええっ? 正式って!?」
「あたし……、ここでも死んでるのね……」
虹の谷以来の『王女死亡説』だ。
「マリイ嬢は同じ名前ですから、いい気はしないのですね?」
「まあ……」
同じどころか、本人だし……。
「ろくでもない王女様でしたが、やはり国葬でしょう。
長期間、喪に服すことになりそうです。
苦労して集めた商品ですから、訃報が行き渡る前に売り切らないと!」
「昨日、サヒロを通った時、その話はなかった」
「では、サヒロ以北を目指すとしましょう」
マリイ王女の訃報に追いかけられて、カク氏は忙しくなりそうだ。
「あの――――、マリイ王女の死因、ご存じかしら……?」
自分の死因を尋ねることほど間抜けなことはない。
カク氏は、
「旅先で病死したとの発表ですが――」
続きを、声を潜めて教えてくれた。
「本当は、焼死だそうです」
「ええっ!?」
ショック。
あたしが、病死で焼死!
「この地方の領主の、ニタって跡取り息子を知ってますか?」
「知ってる。
20代前半で、わりと美形だった気がするけど」
別に、美形だったから覚えていたわけではない。
彼は、知性の無さと、性格の悪さで有名だったのだ。
「王女はそいつと駆け落ちして、クーデターを企んだらしく、」
「駆け落ち! クーデター!」
「国王に毒を盛った後はずっと、そいつの別荘に隠れていたそうです」
「!!」
「父親暗殺の噂は、本当だったんですねえ……」
「……」
度重なるショックに、もう、言葉も出ない。
「おいマリイ、大丈夫か?」
マリイは、今にも倒れそうだ。
それでも、更に聞かずにはいられない。
「なんで、焼死……?」
「王家としては病死で通したかったのでしょうが、ニタ様の腐れ根性はすでに有名でしたからねぇ。
すぐに話が広まったんです。
なんでも、役人に居場所を突き止められた二人が、」
「二人が?」
「逃げ切れないと諦めて、別荘に火を放ったそうです。
使用人は誰一人としてケガすることなく逃げおおせたっていうのが、せめてもの救いですねえ」
「マリイ!?」
フラついたマリイは、そのままグリーンにもたれ掛かった。
「カクさん、すまない。
マリイを部屋に連れて行くよ」
「旅の疲れが出たんですね。お大事に。
私はサヒロに向かいます。
また、どこかでお会いしましょう」
マリイを抱えて、グリーンはそのまま階段を上がる。
マリイ隊長は、積んである大きな荷物(三人分!)に手を掛けた。
「運ぶのを手伝いましょうか?」
隊長の美しさにドキドキしながら、カク氏は下心を隠して、紳士として声をかける。
「いや。見た目ほど重くないから大丈夫」
隊長はひょいひょいと荷物を担ぎ上げ、
「今回、ウバクロに行くのはやめた方がいい。
サヒロの次は、西を目指すんだな」
とアドバイスして去って行った。
「荷物を運ぶ姿まで美しい……」
男の目には、なぜかその見事な筋肉が目に入らない。
隊長が部屋を訪ねると、マリイはベッドに座って泣いている。
疲れも相まってか、さすがのグリーンもうまいこと声をかけることができず、ため息をついていた。
「ニタって有名な性悪貴族よ?
あんなのと手を組むなんて、あたし、そんなにバカじゃない!」
「噂に振り回されて、落ち込んでどうすんだよ……」
「なんでみんな、信じるの?
本当のあたしを、誰も知らないくせに……!!」
隊長は、入り口脇にドカドカッと荷物を下ろした。
ビックリして、マリイとグリーンは振り返る。
「マリイ」
めそめそ泣いているマリイを見下ろす隊長。
「民衆が噂を信じるのは、おまえが今まで、彼らのために何もしてこなかったからだ」
「!」
グリーンは驚いた。
てっきり、泣いている親友の娘を慰めに来たのかと思ったのに。
「噂でしかおまえを知ることが出来ないから、悪い噂でも信じる。
彼らにとっては、マリイ王女も、性悪だというバカ貴族も、同じなのだろう」
「あたしが、ニタと同じ……?」
「信頼を得た者なら、どんなひどい噂がわき上がろうと、誰もそれを信じない。
おまえには、それがないということだ」
「……」
マリイは考える。
グリーンを見た。
グリーンはウバクロのみんなに優しくない。
マリイが身の置き場に困るほど冷たいことを平気で言う。
でも、彼らはグリーンのことが大好きだ。
彼らのグリーンに対する評価は、誰に何を言われようが上がる一方で、決して下がることがない。
それは――――、グリーンが知力を尽くしてトノイ兄弟を助けたから。
マリイの誘拐で、グリーンはトノイ兄弟を役人に引き渡すこともできたし、誘拐犯のまま放っておくこともできた。
でも、わざわざ役所に赴いてなかったことにし、犬のサリーちゃんの報酬まであげて、彼らの生活を助けた。
冷たいグリーンがみんなから好かれるのは、みんな、グリーンが本当は優しくて頼りがいのある人だと知っているから。
「誰も、あたしのことを知らない……」
トノイ兄弟だって、ウバクロのみんなに愛されている。
マリイを誘拐した悪いヤツらだが、2人を助けてくれとみんなが懇願したのは、以前、助けられたから。
切羽詰まって悪いことをしたけど、本当は正義感に溢れる、勇気のある人だと知っているから――。
「マリイ」
隊長は言う。
「北の外れにある虹の谷にだって、王都の噂は届く。
メアリが嫁いだ後、私たちは旅人から聞く噂話が何よりの楽しみだった。
草原の戦士が王室に入ってどうなるのかと、みんな心配してたからな。
意外にも評判が良くて、メアリの努力がうかがい知れた。
おまえを連れて、よく町に出てたんだろ?
可愛らしい王女の話をよく聞いた。
なのに、メアリが死んでから、おまえの話は一切聞こえてこなくなった」
「—―あたし、城に閉じこもったから……。
町に出なくなった。
馬に乗るのも城の周りだけで、遠乗りもしなくなった……」
「だから、みんなが噂話のマリイ王女しか知らないのも、無理ないと思わないか?」
「……」
一つの結論に達す。
あたしは、知ってもらう努力を怠ってきた。
「さーてと、」
隊長が大きく伸びをした。
「せっかく町に入ったんだから、酒場に付き合えよ、グリーン」
「え? 俺、酒、飲まないし。
飲み食いだったら飯屋で、」
「飯屋で出る酒なんて、たかが知れてるだろ。
隣にいるだけでいい。
一人でいると、男が群がって、うるさいからな」
「男除けかよ!」
「私のこと、お母さんって呼んで良いぞ。むしろ呼べ。何度でも」
隊長は、グリーンの肩を掴んだ。
「善は急げだ!」
「俺、すっげー疲れてんだけど!?」
どうやら、グリーンは逃げられそうもない。
「マリイ、すぐ戻るから!
宿から出るんじゃないぞ!」
「そうそう。ちょとだけ飲んだら、すぐ戻る」
グリーンは隊長に抱えられるようにして、部屋から連れ出されていった。
マリイが一人、部屋に残される。
静かになった室内で、考えた。
あたしは、母様が亡くなってから何もしてこなかった。
持て余した暇を手芸で潰して、着替えやおいしい物のことだけ考えていた。
王女として、唯一出来ることがリヨク王子との結婚だったのに、それすらも放って、逃げ出した。
「本当にバカだ……」
悪い噂を否定するだけの人望が、『マリイ王女』のどこにもないのだ。
何もしてこなかった過去が恥ずかしくて、逃げ出してしまいたい。
ウバクロを見捨ててしまいそうになったその時、コンコンと、ノックが響いた。
「――どうぞ」
グリーンが(隊長から)逃げ出してきたのかと、返事をすると、
「こんにちは、マリイさん」
「ダイアナ……さん!」
ドアを開けたのは、食堂の店員。ダイアナだった。
マリイのために半分サイズのオムライスを作ってくれたり、照り焼きチキン入りのおにぎりを持たせてくれた彼女だ。
「覚えててくれたのね!」
「もちろん!」
一気に元気が戻る。
マリイはダイアナを招き入れた。
「受付でお兄さんにお会いしたの。
すごい美人と一緒で、ビックリしたわ!
マリイさんが一人で部屋にいるって聞いて」
「その美人、私たちの母様よ」
「ええっ!?
お若く見えたから、グリーンさんの恋人かと!」
「グリーン、怒るわ……」
想像すると、ちょっと楽しい。
食事用のテーブルとイスがあるけど、二人は並んでベッドに腰掛けた。
「お茶をお出ししたいんだけど、ルームサービスって頼めるのかしら?」
「この時間のルームサービス係は私。
つまり、マリイさんがルームサービスを頼むと、私がお茶を入れに戻ることになります」
「お茶、なくてもいいわよね?」
「ご挨拶と、ちょっとお聞きしたいことがあって来ただけですから」
ふふっと笑って、ダイアナはポケットからハンカチを出した。
マリイがプレゼントした、刺繍入りのハンカチだ。
「使ってくれてるの? 嬉しい!」
「みんなにうらやましがられます。
ホダン商店が町を出た後、持ち物にイニシャルを刺繍するのが流行って」
「わあ!」
「でも、みんな、マリイさんみたいにうまく出来なくて。それで――」
ダイアナは、言いにくそうにもじもじした。
「なあに? 遠慮しないで言って?」
「私—―、ホダン商店が来たら教えてって、友達に頼まれたんです。
マリイさんたちが来たこと、伝えてもいいですか?」
宿泊客の情報を漏らすことは、従業員の規約に反するのだろう。
マリイは、
「伝えてもらっても構わないけど……、」
申し訳ない気持ちで答えた。
「今はハンカチ、作ってないの。お店を出す予定がなかったから……」
「そうでしたか……」
ダイアナは、あからさまにガッカリした。
「この時期だから、私も欲しかったんですが……」
「時期?」
ハンカチが欲しくなる時期とは?
「マリイさん、領主様の息子が亡くなったことは、もう聞きました?」
「え――、ええ。聞いたわ。
マリイ王女も一緒に亡くなったって……」
自分の死を又聞きで伝えるのは、妙な気分だ。
「マリイさんたち、隣の町で黒いレースのハンカチを売り出したでしょう?」
「よくご存じね」
「評判になってて、ちょうどお葬式があるし、どうせなら素敵なハンカチを持って参列したいって人が、何人か相談に来たんです」
「あら」
複雑だ。
自分の作った黒いハンカチに、ちょうど良く自分の葬式が出されるなんて、笑えない。
が、たとえお葬式であっても、素敵なハンカチで参列したいという乙女心は理解できる。
「仕方ないですね。
お二人のこと、みんなには伝えないでおきます」
ダイアナは笑顔を見せてくれた。
そして、付け加える。
「マリイさんに会えただけでも良かった。
また会いたいって、ずっと思ってましたから」
「え……?」
「私、このハンカチをいただいた時、本当に嬉しかったんです。
あの頃は嫌なことばっかりで、感謝されたのなんて、本当に久しぶりだったから」
「……」
マリイは、すぐに言葉にできなかった。
「あたし、ダイアナさんのお役に立てた……?」
「この仕事をしてて良かったって、ハンカチを見る度に思い出します!」
「—―—―嬉しい……」
本当に、嬉しい。
マリイは、また泣きそうになった。
ただでさえ、涙腺が緩んでいるのだ。
「ハンカチ、お貸ししましょうか?」
プッと吹き出した。
「大丈夫。あたしも落ち込んでたけど、あなたの言葉で救われたわ」
マリイとダイアナはくだらない会話を交わし、それから少しして、ダイアナは食堂を開ける時間だから、と戻っていった。
マリイは久しぶりに手芸かごから道具を取り出し、手作業をする。
悪い噂を、受け入れよう。
自分は、そういうことを言われてしまう行いをしてきた。
噂の自分を受け入れて、その上で、噂を打ち消す努力をしよう。
「ウバクロは見捨てない。
虹の谷も手放さない。
あたしは城に戻って、リヨク王子と結婚するんだ。
でも、城には閉じ込められない。
町に出て、あたしを知ってもらう」
ふと思う。
あたし――、リヨク王子のこと、噂でしか知らない。
会ったこともないし、姿絵も見たことがない。
知っているのは、カイソクの第一王子ということだけ。
どうしようもない乱暴者と聞いたが、祖母は気持ちの良い美男子と言っていた。
本当は、どうなの?
「…………。
会えば分かる。
好きになるかもしれないし、あたしを好きになってくれるかも知れない……」
マリイは、せっせと作業を続けた。
「うう……、せっかくの宿屋だったのに、疲れが取れてない……」
食堂で朝食を取りながら、グリーンは泣き言を繰り返す。
「二人とも、なかなか帰ってこないんだもの。
美味しかったわよ、昨日の唐揚げ定食」
「食べたかったなー。
いや、このグリルチキンもうまいけど……」
くたびれたまま料理を口に運ぶグリーンとは対照的に、隊長は元気はつらつ、本日も美しい。
「唐揚げが食べたいなら、頼んでやろうか?
丸鶏を、私のおごりで」
「朝からそんなの食えるか!」
昨夜、2人は遅くに帰ってきた。
グリーンはちょっと負傷して、マリイ隊長は陽気に酔っ払って。
いったい何があったのかは、教えてもらえなかった。
再度聞く気は無い。
ただでさえ機嫌が悪いグリーンを、思い出し怒りさせるほどマリイはバカじゃない。
ちゃんと学習しているのだ。
「これからのことだけど、」
小声での相談が始まった。
「どうやって、サンリク王に面会しよう?
ゾフィや外務大臣に気づかれずに、こっそり会いたい」
「あたし、普通に帰るのじゃダメ?」
「虹の谷の独立を企てたのがガルドで、手を貸しているのがゾフィなら、見つかった途端に拘束されかねない。
そもそもサンリク王が味方なのかすら、分かんないし」
「えっ……」
敵の可能性もあるのかと、マリイは凍り付いた。
考えないようにしてきたが、マリイを生死を問わずで指名手配したのが、父王であることも否定できないのだ。
「敵だった場合、俺たちは御前から、自力で脱出しなければならない。
はっきり確かめるまで、面会に立ち会う人数は少ない方がいい」
「そうだな。この中で戦えるのは私一人だ。
足手まといを2人も抱えて囲まれたら、逃げるのは困難を極める」
グリーンも足手まといにカウントされたわけだが、簡単に投げ飛ばされた実力差では反論できない。
戦うために鍛えてきた体ではないのだ。
するべきは、そういった状況に陥らない策を練ること!
「マリイ、城内でおまえの味方は誰だ?」
問われて、真っ先に浮かんだのは、
「ゾフィ」
敵認定された人物だ……。
グリーンが呆れてため息をつく。
「あ、待って!
トルタとも仲がいいわ。トルタは馬番なの。
あたし、馬に乗るのをみんなに反対されてたから、こっそりお願いして乗せてもらってたの」
「馬番は、王に面会できるのか?」
「…………無理ね」
「だろうな」
落ち込むマリイ。
つくづく自分の味方は少ない。
「—―マリイ、城の面会時間は、夕方の5時まででなかったか?」
隊長が、フォークをくるくるさせながら、何か思いついたようだ。
「そうね。
6時にお夕食だから、王族への面会は基本、5時までよ」
「遅くに着いた来た客はどうするんだ?
追い返すのか?」
「大切なお客様なら、客室にお泊まりいただいて、翌朝、お会いするわ」
「じゃあ、私が5時を過ぎてから面会を申し込んで、城に入る。
虹の谷からの使者は、大切なお客様だろ?」
「お祖母様のお使いだったら、どんな時間だってお会いするわよ。
翌朝に回すなんて、そんな失礼なことしないわ」
「そこは、グリーンがうまく考えるさ。
あとのことは、入城してから考えさせよう」
「考えるの、全部、俺かよ!」
グリーンが頭を悩ませつつも同意して、この話はいったん、おしまいとなった。
ダイアナが、頼んでおいたお弁当を持ってきてくれる。
「デザートに、バナナとオレンジを入れておきました」
「ありがとう。
あのね、ダイアナ」
マリイは、かごから2枚、布を取り出す。
「夕べ、作ったの。
もらってくれる?」
まず、黒いハンカチ。
黒い糸で『D』と、ダイアナのイニシャルを刺繍した。
「ええっ!?
私、そんなつもりで行ったんじゃないんです!」
「あたしが嬉しかったから作ったの。
使ってくれると、もっと嬉しいわ。
それから、これ」
マリイは、『A』から『Z』までを刺繍した、もう1枚のハンカチも渡した。
「刺繍の、図案表……?」
「刺繍が苦手だっていうお友達に差し上げて。
なんのイニシャルか聞かなかったから、全部縫ってみたわ」
「マリイさん……」
ダイアナの声がちょっと涙ぐむ。
「ありがとうございます。
マリイ王女のお葬式では、このハンカチで涙を拭いますね」
「え……? 評判の悪い、マリイ王女、の?」
「だって、14の若さでお亡くなりになるなんて、お気の毒じゃないですか」
「!」
マリイの胸が苦しくなった。
あんなマリイ王女のために、ダイアナは泣いてくれるのだ。
「ありがとう、ダイアナ……」
再び、ダイアナに救われる。
「お葬式では、泣かなくていい。
マリイ王女は生きてるから」
「え?」
グリーンが、ガッターン!とイスを鳴らして立ち上がった。
「よし! 出発しよう!
今日も元気に出発しよう!」
「そうだな。休憩はおしまいだ」
マリイ隊長も立ち上がる。
「このバカ!」
グリーンに小突かれ、マリイは余計なことを言ってしまったと、気づいた。
「あの、ダイアナさん、また近くに来たら、寄らせてもらうわね!」
「え、ええ。マリイさん、お元気で」
3人は、わたわたと食堂を後にする。
途中、機嫌の悪いグリーンに何度もなじられたが、マリイは笑って謝った。
さあ、行こう。
サンリク城は、もうすぐだ。




