姫様、バレちゃった
行きの時よりも道がよくなってて、ウバクロには明るいうちに着くことができた。
グリーンが選んだ宿は、前回も泊まったあの宿。
部屋に荷物を置くと、早々にグリーンは二人を呼び出した。
「休む間もなくて悪いが、馬車に乗ってくれ」
「トノイ兄弟の倉庫に行くのよね?
遠い訳じゃないし、歩いて行きましょうよ」
「なんだ、ついでに町で買い物したいのか?」
「えっ、ううん? そんなんじゃないわ。
あたしはグリーンに従うわよ?」
さすがに前回の失敗を忘れていない。
「用事が終わった後に、連れてってやるよ。
隊長と俺から、おまえをさらおうなんてヤツは、さすがにいないだろ」
「お、ようやく私の実力を評価し出したか」
「実力は最初っから疑ってないけど……」
グリーンは、「性格に問題が……」という続きを飲み込む。
「まあ、せっかく1泊するんだから、前回の分もウバクロを楽しもう」
「うん……!」
マリイは悲観していた自分を大いに反省した。
そうだ、おおいに楽しまなくては!
「馬車で行くなら、あたし、馭者台に座りたい!」
「いいけど……。隊長が1人、幌の中になってしまう」
「私のことなら、気にするな。昼寝でもしてるさ」
「お言葉に甘えるわね!」
マリイはうきうきと乗り込んだ。
グリーンは馬車を走らせる。
「あたし――、王都まで野宿とかしながら突っ走るのかと思ってた」
「マリイ隊長ならともかく、俺たちが夜に馬で駆けるなんて、無謀もいいとこだよ。
絶対、宿で休憩を取りながらの方が効率がいい。
ウバクロ、サヒロ、アシリじゃあ『ホダン商店のマリイ』で通ってるから、身バレを気にする心配もないしな」
「そうよね。
あたし、何度も『マリイ王女』だって捕まったけど、ちゃんと別人だって認められてきたし!」
それはそれで、本物として微妙だが……。
マリイは久しぶりの馭者台を楽しんだ。
どんなくだらない会話でも、やはりグリーンと話すのは楽しい。
「あれ、グリーンの兄貴?」
途中、炭坑の坑員だろう若い男に声をかけられた。
「誰だ? あの時、倉庫にいたヤツ?」
「覚えててくれなかったんッスか!
見送りにも行ったんッスよ?」
「あれだけいたんだ。覚えられるかって」
グリーンは、ついでに聞く。
「トノイ兄弟、まだあの倉庫にいる?」
「持ち主に許可をもらって、住み着いてるッス!
今日は仕事が休みだから、居ると思いますよ」
「あいつら、仕事が見つかったのか!」
「日雇いッスよー。
今朝は俺と一緒にあぶれたから、お互い休みッス!」
「おまえ、炭坑はどうしたんだよ?」
「不景気だって、人員整理されました。今、無職ッス!」
ウバクロの景気は、日々悪化しているようだ。
「暇なら、おまえも倉庫にくれば?
仕事を探してるヤツに、声かけながら来てもらえると助かる」
「了解ッス!
兄貴がきたとなったら、挨拶したいってヤツがゴマンといるッスよ!
一緒に連れてってもいいッスか?」
「5万も倉庫に入りきらない」
「比喩ッス」
「分かってるよ。
とにかく、大勢、集めてくれ」
グリーンはそのままガラガラと馬車を走らせて、倉庫に向かった。
「あたし――、グリーンは冷たいと思うわ」
マリイは今の態度を注意するが、
「向こうが年上なのは分かってるけど、優しくする必要もないだろ」
改めるつもりはないらしい。
「それにしても、炭坑が不景気なんて、もったいないな」
「そうね。
セツゲンが戦争するくらい欲しがってるんだから、高値で売りつけてやればいいのに」
マリイの思考が商人になってて面白い。
グリーンはちょっと笑った。
「国境までの道を、整備できればいいんだけどな。
まあ、今回の作戦は悪い道をもっと悪くしようってんだから、言える立場じゃないか」
「あれ?
グリーンさんにマリイさんじゃないですか?」
倉庫の前で、中年の浮浪者に声をかけられた。
「みんな、よく俺たちの顔を覚えてるな」
「そりゃ、兄貴は美男子だし、この界隈じゃ有名人だから」
なんの界隈か。
失業者と浮浪者の世界かと思うと、複雑だ。
「ちょうどいいや。馬車ごと倉庫に入りたいんだけど、扉を開けてもらえる?」
「お安いご用ですよ。おーい、トノイ兄弟、すごいお客さんだぞ!」
声をかけながら、彼は扉を開けた。
すぐに兄弟が飛び出してくる。
「兄貴に、マリイちゃん!」
「驚いた!
こんな時期にセツゲンに向かったから、心配してたんだ。
やっぱ、道がひどくて戻ってきたのか?」
「道もひどかったけど、ちょっと頼み事があって」
「二人に頼られるなんて、光栄だあ!」
倉庫の隅に馬車を止め、二人は「どうぞ、どうぞ」と招かれて、木箱のイスに腰掛けた。
浮浪者の彼が、「じゃあ、俺はここで」と帰ろうとしたのを、グリーンは「時間があったら、あんたも聞いてくれ」と引き留める。
倉庫の入り口が騒がしくなり、ぞろぞろと男たちが集まってきた。
「へえ! この子たちが噂のホダン兄妹?」
「グリーンって、すごい人なんだろ?
トノイ兄弟を役人から救ったって?」
4、50人もいるだろうか。予想以上に集まってくる。
誘拐事件に居なかった者たちまで、噂を聞いて駆け付けているらしい。
「こんなに未就労者がいるなんて、ウバクロはひどいな!」
「全くッスよ! 治安も悪くなる一方ッス!」
「あ、俺たち、もう悪いことしてないから!」
「清く正しい無職なんだなあ」
マリイは「正しい無職って何?」と問いたかったが、口にできなかった。
連中の発する体臭がすさまじくて、顔をしかめるのを我慢するので精一杯だったから……。
ある程度集まったところで、グリーンは話を始めた。
「虹の谷に、土木作業の仕事があるんだ。それで、人手を集めている」
場が、「うわあ!」っと盛り上がった。
「やるよ、もちろん!」
「俺もやるッス!」
「久しぶりの仕事だ!」
グリーンは続ける。
「宿と飯は、谷に用意してある。
各自、道具を調達して現地に向かって欲しい」
「虹の谷っていうと、あのひどい道を直すの?」
「いや、湖尻を壊して川を氾濫させる。
セツゲン側の道をもっとひどくしてほしい」
「どういうこと?」
「すまないが、何も聞かないで行ってくれ。
谷の許可は取ってある。
3日で作業を終わらせて、山を下りてくれれば、それでいい」
と、グリーンは説明しなかった。
その時である。
「おい、グリーン」
倉庫の片隅から、声がかかった。
良く通る、女の声。
「何も知らせずに作業をさせるのは、違うだろ?」
馬車の幌から、のそっとマリイ隊長が顔を出した。
見慣れてきたというのに、油断しているとハッとするほど美しい。
彼女は、ひょいと降り立った。
「!」「!」
グリーンもマリイも驚いた。
いつのまにか鎧姿になっていて、しかも腰に剣まで下げている!
集まった連中から、
「マリイ隊長だ!」
「虹の谷のマリイだ!」
の声が上がった。
せっかくの『マリイのお母さんのメアリ』設定が、日の目を見ないまま、崩れ去った。
慌てるグリーン。
「どういうつもりだよ!?」
余裕たっぷりに微笑む隊長。
「悪いな。私はウバクロでは、ちょっとした有名人なんだ」
「食堂荒らしのマリイだ!」
「値切りのマリイだ!」
「乱暴者のマリイだ!」
良い意味の有名ではないらしい……。
「グリーン。
戦闘員じゃないとはいえ、道を荒らしているところをセツゲンの先遣隊に見つかったら、どうするんだ?
こいつら、真っ先に殺されるぞ?
事情を話してから、作業させるべきじゃないか?」
隊長はズカズカやってきて、トノイ兄弟がササッと避けて空いた木箱に、ドカッと座った。
「美人だ……!」
「マリイ隊長だけど、美人だ」
「年増だけど、なんて麗しい!」
見た目の美しさに、周りからはため息が漏れる。
本当に、隊長は見かけだけなら、ものすごい美女なのだ。
グリーンは、悔しそうに口を開く。
「隊長の言う通りだ……。
みんな、すまない。
先遣隊のことは考えていなかった」
「おい、兄貴が頭を下げてるよ!」
「潔い!」
有り難いことに、グリーンの評価は落ちなかった。
「でも、セツゲンのセンケンタイって何?」
改めて、グリーンは説明する。
「1週間後に、セツゲンが虹の谷を越えて攻めてくる。
確かな情報だ。
狙いはウバクロの炭坑」
「攻めてくる!?」
「ここに!?」
「戦争っ!?」
倉庫内はざわついた。
「俺は、セツゲン兵を虹の谷で足止めしたい。
そのために湖を決壊させて、足場を悪くするんだ。
おまえたちに、協力して欲しい……!」
「お……、おう!」
「まかせてよう!」
苦しいながら、即答したトノイ兄弟だが、
「なあ……、さっき、隊長が言ってたように、先遣隊ってヤツらに見つかったら、俺ら、殺されるんだろ?」
「さすがに殺されるのは……」
ほかの者たちの賛同は得られない。
グリーンは前に出た。
「川の氾濫を確認したら、すぐに下山していい!
セツゲンの侵攻は7日後以降。
俺たちはこれから王都に行って、軍を要請する。
応援が来るまで、最短で8日かかるんだ。
1日、2日足止めをして日数を稼いでほしい!」
「なあ、虹の谷のことなら、俺たちでやらなくても一族が何とかしてくれるんじゃないか?」
誰かが余計なことに気づいた。
隊長は親切にも教えてやる。
「今回、虹の谷は見物だ。サンリクを助けない」
「なんで!?」
連中は、かなり慌てた。
サンリク北方に暮らす者にとって、虹の谷一族の存在は大きい。
頼りがいのある防護壁が機能しなくなるのは、恐怖でしかない。
「安心しろ。加勢はしないが、宿とメシは提供してやる。
グリーンが、個人的に長老と取引したんだ」
「兄貴、虹の谷の長老と親しいんッスか!
「すごい! さすが兄貴だ!」
意外な所で、グリーンの評価がまた上がる。
「それにしても、この一大事に国は何をやってんだ?」
「役人や軍人は、王都に集められてるらしい。例の、マリイ王女の捜索で」
「こんな大事な時に!」
王家とマリイの評価がガクンと下がり、マリイは落ち込んだ。
それを見て、隊長がまた余計な口を挟む。
「おいおい、あまり責めるな」
と、更に一言。
「王女のマリイが、しょげ返るじゃないか」
「!」「!」
一瞬、時間が止まったかのように静まりかえった。
が、すぐにアハハと笑いに包まれる。
「隊長も、間違えたかあ!」
「この子は王女じゃないです。
ホダン商店のマリイちゃんですよ」
「隊長と王女とマリイちゃんが同じ名前って、紛らわしいな」
アハハ、アハハとウバクロ人は笑う。
隊長はその輪に加わらない。
不敵に微笑んだ。
「この子は本物のマリイ王女だよ。
虹の谷から嫁いだ、メアリ王妃の娘だ」
「またまた~」
みんなが冗談だと笑いとばしていたこの時、グリーンだけが、冷静を失っていた。
周りが見えていない。
彼が冷静だったら、まだ誤魔化せたかもしれないのに……。
「なんの、つもりだ……?」
「グリーン!?」
グリーンは立ち上がり、「余計な……!」と、マリイ隊長に飛びかかった!
彼は素早かったが、勝負になる訳がない。
いとも簡単に隊長に吊るし上げられ、軽々と倉庫の隅に投げ飛ばされた。
積んであった荷物にぶつかり、幾つかのズタ袋が、とどめとばかりにグリーンの上に崩れ落ちる。
「グリーン!」
駆け寄って、非力ながら袋をどかすマリイ。
その様子を見て、
「え……?
本当の話なの……?」
連中は顔を見合わせた。
隊長は言う。
「本当だよ。そっちのマリイはグリーンの妹じゃない。
サンリクの王女、マリイだ」
場がどよめく。
隊長は、更につけ加えた。
「サンリク城にセツゲンの内通者がいて、隠謀があったらしい。
で、いち早くそれに気づいたマリイ王女が、各地で協力を求めながら旅をしている、らしい」
作り話は、隊長の優しさか。
「じゃあ……、じゃあ、マリイちゃんが本当にお姫サマ……」
「ああ、そうだ。
散々な噂をばらまかれた上、敵に命を狙われている、かわいそうなお姫様だよ」
「言われてみれば王女の噂って、国庫を食い潰すとか、父親暗殺未遂とか、ちょっとあり得ないくらいひどいもんな……」
「お姫サマなのに、『生死を問わず』なんて指名手配されてるし」
「そんな14歳の女の子、いるわけないよな!」
視線が、隊長ではない方のマリイに集まる。
「あ……、あたし――」
マリイは怯えた。
「喋るな、マリイ!
黙ってろ……!」
グリーンは前に立ちはだかって庇おうとしたが、落ちてきたズタ袋が頭でも打ったのか、「っつぅ!」と顔をしかめてよろけ、立ち上がることもできなかった。
「グリーン!」
涙ぐむマリイ。
「ごめんなさい……!
ごめんなさい、あたし……!
あたしが悪いの……」
マリイはみんなに向き直った。
「あたしは……マリイ王女だわ。
嘘をついてごめんなさい……!
どうしても、役人に捕まる訳にはいかなかったの……!」
「ええ~!?」
「本当に?」
「うそー」
嘘でも本当でも、驚きの声を上げながら人を疑うのは、性なのか。
「グリーンに嘘をつかせたのも、あたし――。
ごめんなさい。
本当にごめんなさい……」
マリイはポロポロ泣き出した。
「いや、その……、さらって金に換えようとした俺たちの方が悪いんだし」
ダンが言う。
「本当だよお。お姫サマに無礼なことしちゃって、ごめんなさい」
ジムも言った。
皆が、わあっとグリーンとマリイを取り囲む。
「すげーッスね!
グリーンの兄貴、お姫様の従者だったんだ!」
「違うわ。
グリーンは旅の途中で、あたしを助けてくれただけ」
「兄貴、ただの親切な人!?」
「誘拐犯の俺たちでさえ助けてくれたんだ。
お姫様なら当たり前に助けるだろ」
「さすが、兄貴だ!」
この土地で、グリーンの評価が下がることはないらしい。
当のグリーンは、マリイ隊長を睨み、頭を押さえながら、ふらふら立ち上がった。
「あんた、どういうつもりで――」
木箱に座った隊長は、長くて美しい足を余裕をもって組み替える。
「これから、命がけの戦争が始まるんだぞ?
隠しごとがあっちゃ、存分に戦ってもらえない。
こいつらには、軍隊が到着するまでの数日間、虹の谷で頑張ってもらわないといけないんだからな」
「戦わせない!」
グリーンは言い切った。
おおーっ!……と、連中から声が上がる。
隊長はその歓声を無視した。
「サンリク軍の到着が1日でも遅れたら、ウバクロなんて、あっという間に侵略される。
いま、戦わずして、いつ、戦うんだ?」
「余計なことを言って、あおらないでくれ!
軍人相手に、坑員や浮浪者に何が出来るってんだ!」
グリーンがみんなに向き直る。
「おまえらに頼みたいのは、道を悪くすることだけだ!
仕事が終わったら、さっさと逃げてくれ!
戦う軍人は、俺が王都に行って要請する。
ここにいるマリイが報酬を約束するから、ウバクロで大人しく待ってろ!!」
「あ、あたし、約束するわ!
必ず兵を率いて戻ってくる!
報酬もきちんとお支払いする!」
「う……、うおーっ!!!!」
彼らは、拳を振り上げて盛り上がった。
「兄貴! 俺たち、あんたの期待に応える!」
「お姫サマ、あんた、ちっちゃいのに勇気あるねえ!」
「グリーンさん、すげえよ!」
「さすが、俺たちの兄貴だ!」
皆、口々に二人を称えたが、その歓声が、先ほど打ったグリーンの頭にズキズキ響く。
「やかましい……!」
凄んでも、
「あ、照れてら」
と軽く流されて、褒め殺しが続いた。
少しして、見物していたマリイ隊長が立ち上がる。
「おい、そろそろ宿に戻りたいぞ。
明日、早くに発つんだろ?」
「あ――、ああ、そうだな……」
グリーンは言ってやりたいことが一言も二言もあるのだが、頭も痛むし、やめることにした。
(力でも敵わないことは、痛みを伴って分かっているし)
「ダン」
トノイ兄弟の兄を呼ぶ。
「おまえが隊長だ。みんなを連れてってくれ」
「お……、おれ!?」
「みんなも、ダンでいいよな?」
「いいぜ、兄貴が決めたなら」
「ダンの兄貴なら適任だよ」
湖決壊ウバクロ隊の隊長は、ダンに決まった。
「ホダンの馬車も、あんたに任す」
「え、馬車?」
「え、馬車?」
マリイも驚いた。
「この馬車に、道具を積んで行ってくれ。
売り物のスコップとかは、そのまま使ってくれて構わない。
必要のないものは、この倉庫に置かせてもらうけど、いいよな?」
「もちろんだ!
みんな、さっそくやろう! 馬車のものを出すぞ!」
「おう!」
数人が馬車に乗り込み、バケツリレーよろしく使わない物を外に運び出されてゆく。
絨毯、布の箱、シュウとビビが作った服。
マリイとグリーンで集めた売り物たちが、続々と倉庫に積み上げられた。
「兄貴、この箱はどうしよう?」
それはホダン商店の売り上げ箱だった。
「中身は抜いてある。ここに置かせてくれ」
「このノートは?」
それは、各地の営業許可証を収めたもの。
「売り上げ箱に入れといてくれ」
あたしとグリーンのホダン商店が、取り除かれてゆく……。
マリイは泣くのを我慢しながら、その様子を見守った。
「兄貴、こっちのノートも置いてくの?」
「ん? なんだ、それ?」
古い、ピンクのノート。
「それは!」
マリイが眺めるだけだったノートだ。
「ホダン商店のレシピノートよ。
――――トノイ兄弟にあげる。
カップケーキのレシピが載ってるわ」
「え? そんな秘伝、もらっていいの?」
「あたし、お菓子焼けないし」
「じゃあ、セツゲンを追い払ったら、焼いてやるよ!」
マリイに、少し笑顔が戻った。
夢の十分の一ぐらいが、今、叶っている。
「外に出すものは、これくらいですね。
すっきり片付きましたよ」
幌の中で作業していた人たちが出てきた。
「じゃあ、馬車はおまえらに任せる」
「大事にするよお!」
「子どもの頃から好きだったホダンの馬車だからな」
「あ、グリーン!」
マリイは大切なものに気がついた。
「剣は? 馭者台の下にある剣!」
「あ! 忘れてた!」
グリーンは慌てて座面を開け、剣を取り出した。
「それ、兄貴が乗り込んできた時に持ってた剣か」
「あの時は怖かったねえ」
剣と聞いて、マリイ隊長がやってきた。
「なんだ、グリーンは戦えるのか?」
「得意じゃない。
この剣だって、刃こぼれしたまんまだし」
「見てやろうか?」
「いや――。飾り物でいいんだ。虫除けぐらいには、なるだろ」
グリーンはそのまま腰に下げた。
「ありがとう、マリイ。
なくすところだった」
「ふふっ」
役に立てて嬉しい。
「おい、おまえらの中に、金の管理が出来るヤツいないか?」
グリーンが尋ねると、
「ジャンが得意だ」
「ジャンってどいつだよ?」
「俺ッス~」
金の管理に一番不安そうなヤツが、指名されて出てきた。
「こいつ、炭坑で経理をやってたんだ。
経費の認定に厳しいのが上層部の反感を買って、クビになった」
「そうなんッスよー。
経営が厳しいっていうから経費削減に力入れてたのに、真っ先にクビになったッス」
「そ、そうか」
意外だ。
「じゃあ、金はおまえに任せる」
グリーンは革袋からサンリク金貨を一枚取り出し、ジャンに渡した。
「こ、これ!?」
「当座の金だ。
道具を買ったり、馬を借りたり、いろいろかかるだろ。
持ち出しがあったら、後で請求してくれ」
「サンリク金貨だ!」
「初めて見た!」
「俺にも見せて!」
みんな、サンリク金貨に群がる。
グリーンはダンに言った。
「出立が遅れるほど、セツゲンと接触する可能性が高くなる。
道具を揃えたら、すぐに虹の谷に向かってくれ。
頼んだぞ」
「もちろんだ、兄貴」
年齢的にはダンの方がずっと年上だが、ダンはグリーンを兄貴と呼ぶ。
「兄貴も気をつけて行ってくれよ!」
他の浮浪者たちも、炭坑員たちもそう。
まだ10代で一番年若のグリーンが、気がつけばこの中で一番の頼りがいのある兄貴になっていた。
グリーン一行は盛大に見送られ、徒歩で、倉庫を出る。




