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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
1 姫様、お逃げください!
2/36

姫様、逃げ出す

「――姫様」


「ん……」


 目を覚ますと、部屋は暗かった。


「お疲れになったのでしょう。

 長いことお休みでしたよ」


 ゾフィは次々とランプに灯りをともす。


「もう、夜?」


「深夜です。

 お腹を空かせていらっしゃるかと思いまして」


 キッチンカートに乗っている食事の、ドームカバーを取って見せる。


「いい匂い!

 唐揚げね」


 ゾフィは肉、おにぎり、ジュースとテーブルにセッティングした。


「そういえば、お腹がペコペコ」


 嬉しそうにマリイは席に着く。


「野菜ジュースは、残さず飲むのですよ」


「あー、うん……」


「生野菜が苦手でいらっしゃるのですから、せめてジュースで栄養のバランスを取らないと!」


「はあい……」


 野菜ジュースは好きではないが、ゾフィに叱られるのは嬉しい。

 自分のことを考えてくれているのだ。


 マリイは頑張って飲み干した。


「ごちそうさま。

 唐揚げ、おいしかった。

 夜中なのに、揚げ物なんて、珍しいわね」


「わたくしもどうかと思いましたが……、今夜は仕方ありませんわ」


 さすがに気を使ってマリイの好物を出してくれたのだろう。


「――姫様」


 ゾフィは皿を下げる手を止める。

 真剣な顔つきで、マリイに向き直った。


「なあに?

 リヨク王子のこと、何か進展があった?」


 険しい顔のまま、すぐには答えてくれない。


「ゾフィ、教えて」


「……」


 ゾフィは、ようやく重い口を開いた。

「姫様、お逃げください」


「……え?」


 ランプに照らされたゾフィの顔が、怖い。


「どういうこと?」


「陛下に……、姫様のことをお伝えしたのです」


 ゾフィの話し方は辛そうだ。


「姫様がもともとリヨク王子との縁談に乗り気ではなかったこと。

 今回のことにショックを受けて寝込んでしまわれたこと――」


 ゾフィはうつくしい瞳から、はらはらと涙をこぼす。


「ああ……!

 わたくしが……出しゃばりだったのです

 陛下はお怒りですわ。

 そのような態度だから、王子に逃げられるのだと――」


「そんな!」


 マリイが王子に何をしたというのか。

 姿絵を送っただけではないか!


「陛下は、リヨク王子が見つかり次第、結婚させて、二人とも北の塔に幽閉するとおっしゃいました」


「幽閉!?」


 信じられない。

 隣国の王子と娘を、幽閉してまで結婚させたいだなんて――!


「申し訳ありません。

 わたくしが余計なことをしたために、姫様にとんでもないことが――」


「ゾフィ……!」


 ショックだった。

 王子の件ではない。

 父王が、マリイを疎んじていることは、うすうす感づいていた。

 でも、やはり父と娘なのだから、気のし過ぎだと思いたかった。



 それが今、決定的になったのだ。



「……どのみち、そうなる運命だったのよ……。

 そうではないかと、思っていたの……」


 マリイは両手で顔を覆う。


 王女マリイは、乱暴者と結婚して、父王に幽閉される運命だ。

 この先、どんな苦難が待っているか、想像もつきやしない。

 母を亡くし、父親にすら愛されない娘の運命なんて、こんなものなのか。


「姫様、」

 ゾフィはガシッとマリイの両肩を掴む。

 普段にはあまりない力強い行動に、ビクッと、マリイは顔を上げた。


「姫様は、これから旅に出るのです!」


「え?」


「そして、すてきな殿方と出会い、幸せな結婚をするのです」


「ゾフィ?」


 ゾフィはキッチンカートの下から、布で隠してあった大きなリュックとバッグを取り出す。


「リュックには着替え、バッグにはお手入れの道具が入っています。

 そして、これをお持ちください」


 握らせられたのは、手のひらサイズの革袋。

 チャリンと音がする。

 紐をほどいて、中身を取り出してみると――。


「これ?」


「金貨です。

 5枚ほど用意しました。

 これ以上荷物が増えると門番に怪しまれます。

 必要な物は町でお買い求めください」


「このお金――、ゾフィが貯めたものでしょ?

 受け取れないわ」


「お気になさらなずに。

 本当はご一緒したいのですが、ゾフィはここで姫様のふりをして、やりすごします。

 二、三日は一人二役でごまかせるでしょう。

 姫様はその間、遠くへお逃げください」


「ゾフィ!」


 お城を抜け出して、自由に旅をする。

 そして素敵な殿方と恋に落ちる。


 それはマリイがつい最近読んだ物語だった。

 自分には出来そうもないと、あきらめていた物語。


「あたし……、逃げていいの?

 後でゾフィが叱られるのでは?」


「わたくしは大丈夫。

 いざとなったらわたくしも逃げます」


「ゾフィ、あたし、本当に逃げていいのね?」


「ええ。

 姫様を乱暴者と結婚させた上、幽閉させるようなことになっては一生、悔いが残ります。

 城を抜けるなら、夜明け前の今しかありません。

 急いで、着替えましょう!」


 マリイはゾフィに手伝ってもらって、ドレスを脱ぎ、お化粧を落とした。

 真珠の髪飾りも外して、下働きの少女が着るような、灰色の綿のワンピースに着替える。

 特徴的な黒髪は後ろでお団子に結い、深緑のコートを着て、フードを被る。


「……ちゃんと下働きに見えるわね。

 残念だわ」


 鏡の中の自分に、ため息をつく。

 光り輝くべき王家の血筋は、マリイの場合、簡単に綿服で覆い隠せる程度のものだった。


 薄汚れたバッグを肩から斜めにかけ、おおきなリュックを背負った。


「バッグの中に手紙が入っています。

 町まで逃げおおせたら、読んでください。

 そして、町に着くまでに捕まってしまったら、その時はどうぞ、破り捨ててください」


「分かった。

 ――ゾフィ」


 マリイがつらいのは、リヨク王子のことでも、父王のことでもない。

 大好きなゾフィ。

 

 マリイはゾフィに抱きついた。

 

「泣いてはダメですよ、姫様。

 お急ぎください。

 夜が明けると面倒です」


「あたし、ゾフィの親切は忘れない!」


「わたくしも、忘れません。

 わたくしが、大事にお育てしてきた姫様ですもの。

 ――いってらっしゃいませ」


「うん――。

 行ってきます!」


 マリイは、下働きの姿で部屋を出る。

 隣の部屋は父王の寝室で、扉を守る兵士たちに声をかけられたらどうしようと緊張したが、なぜか彼らは、二人そろって寝こけていた。


 あたしが暗殺者だったら、どうするのかしら?


 最後まで折り合うことの無かった父だが、暴漢に襲われることがないよう祈りながら、部屋の前を通り過ぎる。

 階段を降りて、城を出た。


「おい、こんな時間にどこへ行く?」


 あと少しで城門というところで、一人の衛兵に声をかけられた。

 心臓が、ドッキンと高鳴る。


 落ち着け!

 落ち着け、あたし!

 ここでは――。


 マリイはゾフィに教えられた通りを口にする。


「ゾフィさんのお使いで、虹の谷まで行くの」


「虹の谷?

 そりゃあ遠くて大変だな。

 ちょっと待ってな」


 衛兵は「おーい」と門番に声をかけると、


「お使いの下働きが通るぞ。

 門を開けてやってくれ!」


 と、手助けしてくれた。

 ギイイと音を立てて、最大の難関だった城門が開く。


「気をつけて行きな」


「ありがとう、おじさん!」


 夜明け前の薄暗さが功を奏しているのか、仕える姫の顔をよく知らないのか。

 マリイは簡単に門を抜けることが出来た。


 背中を緊張させながら、城から遠ざかる。

 一歩、二歩、また一歩。


 走り出した。

 夜明け前はまだ寒い。

 白い息が漏れる。

 振り返ると、城が小さくなっていた。



 すごい! あたし、一人で城から出てる!

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