姫様、来た道を行く
長老会議の結果は、その日のうちに出なかった。
翌日早朝に長老自らが、鎧姿のマリイ隊長を伴って、宿に来てくれた。
「おはよう。朝食はもう取りましたか?」
「美味しくいただきました。
お祖母様はちゃんと眠れました?」
「まだ眠いわね」
努めて、定番の挨拶から始まる。
「連中と来たら、深夜まで会議を長引かせたのよ。
もう少し、年寄りを労って欲しいものだわ」
「お祖母様は、まだお若くていらっしゃるから、大丈夫よ」
「ほほほ」
長老はマリイとグリーンの顔を見た。
マリイはいささか腫れぼったい目をしているが、すっきりした顔をしている。
グリーンは――、寝不足だろうか。顔色が悪い。
まだるっこしい前置きはやめて、そろそろ答えを出してあげないと、かわいそうだ。
長老はキリッと話し始める。
「結果から伝えます。
今回、虹の谷は動きません」
そして、続けた。
「が、独立もしません。
サンリクの様子を見ることにします」
「……」
マリイは目に見えてショックを受けていた。
やはり、祖母には助けてもらいたかったのだろう。
グリーンの方はこの結果を想定していたらしく、特に驚く様子を見せない。
「落ち込むな、マリイ。
独立を回避してくれるだけ、有り難い」
マリイの肩をポンとたたくと、
「長老、お尋ねしてもいいですか?」
寝不足で考えたらしい対応策を打診し始めた。
「虹の谷が独立を考えていたなら、長期戦を見越して、食糧を確保していたかと思います。
それを、俺に譲っていただけませんか?」
「――」
少し考える。
食糧は、確かにある。
「サンリクに手を貸せ、と?
今回、谷は傍観ですよ?」
「違います。
不要になった物資を、俺に売ってくれるだけでいいんです。
マリイはこれから城に戻り、軍隊の派遣を要請します。が、サンリク軍に十分な備えはないでしょう」
市場の様子や、商人仲間からの情報を考えても、サンリクが、セツゲン戦に備えている様子はない。
「サンリク軍と虹の谷とを、商人のグリーンが仲買します。
湖畔の町に、軍の滞在許可と食糧の提供をお願いしたいのです。
手付け金として、サンリク金貨1枚を先にお支払いします。
残りはサンリク王家から徴収し、俺が責任持ってお支払いします」
「虹の谷に—―—―、商売しろということ?」
「俺はカイソクでちょっとは名の知れたグリーン商店の3代目だし、今やってるホダン商店だってサンリクでは信用と実績があります。
虹の谷に、損はさせません」
虚勢もあるが、グリーンは胸を張って言い切った。
「……」
長老は、また少し考える。そして、「ホホホホホホ」と笑い出した。
「筋金入りの商人ね。
いいでしょう。
この地は本来、旅の宿ではなく、戦闘員の駐屯地です。野営も含めたら、1万の収容が可能ですよ。
食糧と駐屯場所、相場にてあなたに提供しましょう」
「ありがとうございます!」
グリーンはさっそく革袋からサンリク金貨を1枚差し出した。
「――それがゾフィの金貨ですか?」
「マリイの居場所を示す目印だったとは思いますが、至る所で役立っています」
「……。
契約書は取り交わさなくて大丈夫?」
「うちの従業員のお祖母様ですから。
そこは信用で」
「ホホホ」
長老は愉快そうに笑った。
「では、信用のお礼に良い物を上げましょう。マリイ」
「はい、長老」
孫のマリイではなく、隊長のマリイである。
マリイ隊長は、荷物から細長い筒を取り出した。
「サンリク王への親書です。
マリイ王女、おまえが父親に届けなさい」
「はい、お祖母様」
孫のマリイが受け取る。
長老が「良い物」と言うからには、何か、マリイ=サンリクにとって都合の良いことが書かれてあるのだろう。
「それともう一つ。ダリア」
「準備は整ってます」
台所から、旅支度をした女将が出てきた。
名を、ダリアというようだ。
「彼女を連れておゆきなさい。
現役を退いていますが、一流の戦士でした。
お料理上手でもあるし、きっと楽しい旅になるでしょう」
「お祖母様、ありがとうございます!」
グリーンとマリイは、顔を見合わせて喜んだ。
この谷に着いて最初の夜の、ラムチョップを作ってくれたのがダリアである。
野宿の日でも、おいしいご飯が期待できそうだ。
「ちょっと、待ってください!」
長老の隣で控えていたマリイ隊長が、割って入った。
「この旅には、ぜひ! ダリアではなく、私を付けていただきたい!」
「え?」
「ちょっと、マリイさん!」
なんか慌てている。どうやらイレギュラーらしい。
「だって、長老、この王女は私の親友の娘ですよ?
私が守らなくて、誰が守ります!
それに、私は現役の戦士で、一番隊の隊長です!
お孫さんを任せるのに、私ほどの適任はいないでしょう!!」
「でもマリイ、あなたには帰りを待っている旦那さんと娘が――」
「夕べ、ひとっ走りして事情を話してきました。
お願いします!
サンリクとの戦が流れて暇なんです! 私を付けて下さい!」
「!」
こっちが本音か。
「マリイさん、待って!
私はもう旅支度を終えて、準備万端でいるんですよ!」
当然、ダリアが抗議する。
「ちょうどいい。その支度をそのまま私にくれ。
見事に役立てて見せよう!」
追いはぎのごとく、ダリアから荷物を奪おうとするマリイ隊長。
「マリイさん、最初っからそのつもりで鎧を着てたのね!?」
「戦士たる私にとって、鎧は普段着だ」
なんという我の強さだろう。
今後に嫌な予感がしてきたグリーンは、
「マリイとマリイ隊長って紛らわしいから、俺はダリアさんと行きたい」
思い切って、ダリアの味方をすることにした。
マリイ隊長ににらまれる。
「おまえは呼び分けることすら面倒くさがるモノグサなのか?
マリイはマリイ、私のことは隊長と呼べば紛らわしいことは何もない」
「屁理屈を言う武人なんて、絶対、面倒に決まってる!」
「偏見だ。一緒に旅をして、その偏った物の見方を矯正してあげよう」
「マリイさん、私、この旅を楽しみにしてるんです!
昨夜なんか、遅くまで仕事を割り振りして、大変だったんだから!」
「そのおかげで明日、明後日は楽ができるじゃないか。
今、迷惑を掛けているお詫びに、ゆっくり休んでくれ」
「長老、何とか言って下さい!」
「えー……」
長老は考える様子を見せたが、早々に諦めた。
「グリーンさん、ごめんなさい。このマリイは退かせるのが面倒な子なの。
連れて行ってもらえるかしら?」
「「ええっ!?」」
マリイはどちらでもでもいいので、静観している。
「ダリア、長老の判断はいつだって正しいのだ!
大人しく従ってくれ」
勝ち誇って笑う隊長。
長老は、本当に申し訳なさそうに目をそらす。
「グリーンさん、これ、お持ちなさい」
さっきグリーンから受け取ったサンリク金貨を、グリーンに押し付けた。
「迷惑料よ」
「うそ!」
旅立ちの餞別と解釈すればよいのか。
それとも、言葉通りにグリーンにサンリク金貨1枚分もの迷惑を覚悟しろと?
長老はダリアを「今度、お使いに出してあげるから」と慰めた。
かくして王都まで、グリーンとマリイ、そしてマリイ隊長で旅することが決まる。
グリーンは、マリイに加えてマリイ隊長もお守しなきゃいけない不安に寒気がした。
「マリイ隊長、行くなら、頼むから鎧は脱いでくれ。
刺繍入りの鎧なんて、虹の谷の戦士だってことがバレバレだ」
「バレることに、何の不都合がある?
国王に会うなら、正装せねば」
「正装は王都に着いてからでいいんだよ!
それまでは一介の旅人なんだから、最初に会った時みたいな、普通のお母さんの恰好をして欲しい!」
「革の鎧なんて、普段着みたいなもんなのに!」
それでも、マリイ隊長はぶつくさと鎧を脱いだ。
ダリアも、さすがにあきらめて背負っていた荷を下ろす。
「グリーンさん、馬は3頭用意しておいたわ。
あなたたちの馬車は、ここで預かってあげる」
「あ――――、馬車は、ウバクロで使いたいんだ。俺が乗って行く。
マリイ隊長、悪いけど、俺の馬も引いてってもらえる?」
「お安いご用だ。
お姫様は、馬に乗れるのかい?」
「あたし、乗馬は得意よ。
城ではあまりいい顔されないけど、内緒でよく乗ってたわ」
「さすが、メアリの娘」
「へへっ」
マリイは嬉しくて照れくさい。
ダリアが宿の裏に馬車を取りに行ってくれ、マリイとグリーンも荷物を取りに、部屋に戻った。
すでに整理してあったので、背負うだけですぐ出てこられる。
宿を出ると、
「遅いぞ。こっちはすでに万端だ!」
馬上のマリイ隊長に、偉そうに怒鳴りつけられた。
その準備はダリアがしたものなのに……。
言い返すのも面倒なので、グリーンはため息だけ、ついた。
「そうだ。
マリイ隊長の役割、『マリイのお母さん』でいいよな?」
「は?」
「母娘で名前が同じだと変だから、メアリお母さん」
「ちょっと待て! なんで私がメアリだ?」
「マリイがうっかり者だから、ヘタに馴染みない名前を付けると、混乱して呼び間違えるんだ」
「だったら、せめてお姉さん!」
「年齢的におかしいだろ!
俺たち、道中は腹違いの兄妹で来たんだぞ。
ここで姉が増えるのは、無理!」
「あたし……」
マリイが、目をキラキラさせながら隊長を見上げる。
「マリイ隊長のこと、お母さんって呼べたら嬉しいわ。
草原で待ってらっしゃる娘さんが気を悪くするかしら?」
「うっ!」
早くに母を亡くしているマリイだから、母代わりが出来るのが嬉しいのだろう。
その無邪気さにマリイ隊長は言葉を詰まらせ、
「……いいよ。お母さんになってやろうじゃないか」
しぶしぶ母親役を引き受けてくれた。
「マリイは、さすがメアリの子ね」
長老がポロッとこぼしたのを、グリーンは聞いた。
メアリ王妃と隊長は親友だったと聞く。
王妃もこんな風に隊長を御していたのだろうか。
隊長の横暴に頭を抱えていたグリーンだが、マリイを「使えるかも」と、小さな希望を持った。
ダリアが、馬車に乗って戻ってくる。
「マリイさん、荷物を下ろしなさい。
馬車で行くなら、積んでしまえばいいわ」
「さすが、ダリア!
頭がいい!」
天然のご機嫌取りで隊長はダリアに従い、背から荷物を下ろした。馬に括りつけた荷も解く。
ダリアはいったん宿に入り、大きなバスケットを抱えて戻ってきた。
「荷物になるからと諦めたけど、馬車なら持っていけるでしょ」
「この匂いは、パンケーキだな」
「今朝焼いたのよ。
バターとハチミツが挟んであるから、冷めてもおいしいわ。
リンゴのジュースも入れておいた」
「さすが、ダリア!
気が利いている!」
隊長は大きなバスケットを受け取った。
「俺が持つよ」
グリーンは、そのバスケットを隊長から受け取る。
体格は敵わないが、女性に大きな荷物を持たせる訳にはいかないからだ。
が、
「じゃあ、私はこっちを」
隊長は両手が空いたからと言わんばかりに、ダリアが用意した旅支度を背負い、更にマリイとグリーンが持ってきた大荷物も「よっこらせ」と全部抱えて、馬車に積み込んだ。
「……」
無言になるグリーン。
マリイはいつもの手芸かごを、グリーンはおやつの入ったバスケットを運んだ。
「王都に……、戻るのね――――」
マリイの緊張が高まる。
来た道を戻るだけだが、マリイにとっては逃げ出して来た道だ。
ことさらに気が重い。
「マリイ」
見かねたのだろうか?
お祖母様の長老が、
「良いことを教えてあげましょう」
と、 マリイに声をかけた。
「なにかしら?」
長老は、グリーンの顔も見る。
「あ! ひょっとして、今後の展開に役立つことですか?」
「ホホホ、違うわ。
グリーンさんには申し訳ないけど、マリイの気持ちは楽になるでしょう」
「お祖母様?」
長老は言った。
「私は、リヨク王子を知ってますよ」
「えっ!?」
マリイは大きく目を見開く。
「本当……ですか!?」
「ええ。
気持ちの良い青年で、見た目も美男子です」
リヨク王子に関しては、城の誰からも、道中の誰からも、情報を得られていない。
「まさか、お祖母様がご存じだったなんて……!」
「ホホホホホ。
まあ、無責任な子ではありませんから、落ち着いたら姿を現すでしょう」
「リヨク王子が、美男子……!」
さらに気持ちのよい青年で、無責任な人ではない!
確かに、マリイのテンションは上がった。
グリーンが、
「食えない婆さんだ」
罵るようにつぶやいたが、長老は特に気を悪くする様子もなく笑っている。
「行くぞ」
グリーンが御者台に飛び乗る。
「そうだな」
マリイ隊長も馬にまたがる。
マリイも、「よろしくね」と馬に声をかけると、あぶみに足を掛け、勢いを付けてまたがった。
「なかなか様になっているじゃないか」
「へへっ」
「気をつけてお行きなさい」
虹の谷の長老と女将のダリアに見送られて、3人様御一行は、王都を目指し山道を下った。




