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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
8 王女マリイ
16/36

姫様、おばあ様に会う

 険しい山道を登り切ると,いきなり景色が開けて青く美しい湖が顔を出し、2人は町に入った。

 虹の谷の宿は、白樺の木々に囲まれた湖畔の宿だった。


「思い出した!

 昔泊まった時も、宿の窓から湖が見えてたんだ。

 この宿だったんだな。懐かしい」


「ね、ちゃんと同じとこにあるでしょ?」


 他にも大きな宿がいくつかあったが、客の少ない時期なのか、営業しているのはここ一軒だけだった。

 グリーンが扉を開けると、


「あれ、泊まり客?

 ようこそ、虹の谷へ」


 女将らしき女性が、にこやかに2人を迎えてくれた。

 ものすごい美人で、素晴らしく引き締まった抜群のプロポーションをしている。

 20代後半から30代といったところだろうか。

 長い黒髪をゆるく三つ編みにして、後ろに垂らしていた。

 

 マリイの黒目黒髪は、母親からの遺伝で、この谷由来のものなのであろう。


「とりあえず2泊したいんだ。

 同室じゃなくて、2部屋頼めるかな?」


「客はお前らだけだから、好きな部屋を使うといい。

 眺めのいい、2階の1号室と2号室がお勧めだ」


「じゃあ、そうしよう。

 荷物置いて着替えたいんだけど、すぐに入れる?」


「ほら、鍵」


 女将は、チャリンと投げてよこした。

 案内するつもりはなく、勝手に入って勝手に使えということだろう。

 言葉遣いも振る舞いもガサツだが、それを補うかのように見た目が麗しい。


 マリイはついでに聞いてみた。


「この谷の長老には、どうやったらお目にかかれるかしら?」


「え?」


 自分が指名手配されていることを考えて名乗ろうかよそうかを迷ったが、身元が怪しい者ではお会いできないだろう。

 自己紹介を始めた。



「あたし、親戚なんです。

 メアリの娘で、マリイというのですが、」


「!」


 さすがに『マリイ=サンリク』は名乗らなかったが、彼女は何か気づいたらしい。

 わかりやすく驚いている。


「メアリの、娘……?」


「ええ。長老は祖母にあたります」


 彼女はまじまじとマリイを見る。

 にっこりと笑顔で返すマリイ。


「へ……部屋で待っててくれ。

 わたしはちょっと――、聞いてくる」


 慌てるように、彼女は受付を空にして外に出て行った。


「――なんか、大変なことになりそう?」


「そうね。遊牧民は移動するから……。

 お祖母様にお会いするのは大変かもしれない。

 グリーン、時間がかかりそうだけど、つき合ってくれる?」


「構わないよ。でも、二泊じゃすまないかもな。

 草原を探しに行くなら、野宿の準備も必要か……」


「あたし、野宿初めて!」


「そんなにいいもんじゃない」


 二人は女将に言われた通り、とりあえず部屋に入って待つことにした。

 彼女はなかなか帰ってこない。


 マリイはグリーンの部屋に手芸道具を持ち込み、おしゃべりと手仕事で時間をつぶすことにした。


「この宿、他に使用人はいないのかしら?

 晩ご飯、どうしよう?」


 この時、マリイが気にかけていたのは、こんなことぐらいである。

 予想に反して、女将は小一時間で戻ってきた。

 深刻な顔をしている。


「長老がお会いになるそうだ」


「あら!」


 突然の来訪で、門前払いすら覚悟していたマリイは、素直に喜んだ。


「グリーンも一緒でいい?」


「一人で連れてこいとは、言われてない」


「良かった!」


「おい、二人でいいとも言われてないぞ!

 感動の再会に俺がいたら、邪魔だろ」


「だって、お祖母様がいらっしゃる所まで、ここから何日かかるか分からないじゃない。

 一人じゃ不安だわ」


「長老なら――」


 彼女は言う。


「この町の外れにいらっしゃる。

 湖沿いを歩いて20分くらいだ」


「あら」


「長老ともなると、定住してるのか」


「違う。

 今、長老会議が開かれていて、そのために、ここにいらしてたんだ。

 おまえたちは運がいい」


 彼女について、マリイとグリーンは宿を出る。

 ちょうど、沈みかけた夕日が赤く湖面を照らし、キラキラと光を反射させているところだった。


「きれいなところ!

 母様はここで育ったのかしら?」


 マリイのつぶやきに、


「ここは外交や集会に使う場所だから、現役の戦士はめったに来ない。

 メアリが育ったのは草原だ」


 彼女は答えてくれた。


「そうなのね。

 母様と同じ景色が見られたのかと思っちゃった」


 更に、マリイがガッカリした様子を見せたせいか、追加で教えてくれた。


「――メアリがサンリク王子と出会ったのが、ここだ」


「母様と父様が?」


「王子の接待には、当然、この町が使われた。

 もちろん、泊まったのはさっきの宿ではなく、これから行く迎賓館だったがな」


「まあ!」


 両親のロマンスに、マリイは嬉しそうに復活する。


 グリーンは気づいていた。

 マリイが素性を明かしてから、なぜか女将は表情が優れない。

 せっかくの美しい人なのに、笑わないのはもったいないな、と思った時、


「――死んだと聞いてたが」


 ぼそっと、彼女がつぶやいた。


「え? ええ。

 母様は7年前に亡くなったわ」


「……」


 迎賓館までは、20分もかからなかった。

 『賓』を『迎える』というだけあって、見事な装飾が施された素晴らしい建物だ。


「豪華で立派ね」


「そう言わせるために造った建物だからな。

 私たち草原の民には落ち着かない」


「そういうものかしら」


 マリイは気づいていないようだが、グリーンはこの建物は王の居城に似ていると思った。

 彼女が『草原の民には落ち着かない』と言ったのは、草原から城に嫁いだメアリ王妃に対する何らかの含みだろうか。


 兵士が扉を開け、3人は中に入る。

 入ってすぐは玄関ホールになっていて、左右には2階へと続く大きな階段があった。

 正面に、また大きな扉がある。


「長老、お連れしました」


 彼女が声をかけると、


「お入りなさい」


 中から返事がして、扉が大きく開かれる。


 室内はすでに薄暗く、ランプの明かりが灯っていた。

 ダンスホールにも使えるような大きな部屋の真ん中には絨毯が敷かれ、10数名の、たぶん族長らしき者たちがそこで円座していた。


 一同の視線が、来訪者に集中する。

 マリイは萎縮して身をすくめ、おまけで付いてきたグリーンは身の置き所に困った。


「あなたがマリイですか?」


 よく通る声で、正面奥の女性に呼ばれた。

 彼女が長老だろう。

 やはり、マリイと同じ黒目、黒髪をしている。


「メアリの娘で、マリイです」


 緊張した声で挨拶し、丁寧にお辞儀した。

 祖母で長老というからにはそれなりの老人を想像していたが、年齢はまだ50代ほどで、集まっている族長たちの中で一番若く見えた。


「こちらにいらっしゃい」


「はい……」


 品定めをするかのような大人たちの視線に怖じ気づき、マリイは救いを求めてグリーンを見た。

 が、一人で行けとばかりにあごで追い払われる。


 マリイは祖母の元へ進んだ。


 そして、グリーンはハッと気づく。

 マリイは王女である証明を、何一つ持っていない!

 持っているものはといえば、以前、役人にもらった『マリイは王女ではない』という但し書きが入った通行許可証だけだ。


 どうするんだ、あいつ……?


 ハラハラしたが、マリイの顔が灯りで照らされると、その心配は無用のものだと分かった。


「メアリにそっくりだな……!」

「マリイ王女に間違いないということか……!」


 族長たちが口々に王妃の名をあげる。


「はじめまして、お祖母様」


「マリイ」


 長老はマリイを隣に座らせ、そっとその手を取る。

 そして、じっと顔を眺めた。

 マリイも、長老を見上げる。


 なんだろう?

 怖そうな方なのに、懐かしい……。


 生気に満ちた黒い目は誰よりも厳しく、リラックスしているはずの座り姿にすら威厳が漂っている。


 母も、このような人だったのか……?


「まるで、メアリを見ているようですね」


 長老もまた、マリイにメアリを見ていた。


「あたしは……」


 マリイは答える。


「残念ながら、母様みたいに美しく育ちませんでした」

 

「ほほほ、何を言うかと思ったら」


 長老は笑う。


「あなたはメアリなんかより、よっぽど美しくお育ちですよ。

 顔は同じでも、あの子があなたくらいの年には、まだ山猿のようでしたから」」


「え?」


 マリイは心から驚いた。


「母様は、美しく立派な方だったと聞いてますが」


「ずいぶんと褒められたものですね。

 まあ、死んだ者を悪く言う人はいませんから」


 長老は周りに目をやる。


「私に任せてくれます?」


 族長たちは顔を見合わせ、誰もいい顔はしなかったが大人しく立ち上がり、ホールから出ていった。

 2階に客室があるのだろう。

 階段を上がっていく音が響く。


 長老は、入り口脇に突っ立ったままのグリーンにも声を掛けた。


「あなたはどうします?

 客室なら、すぐに用意させますが?」


「俺は――、さっきの宿に戻ります」


 先ほど女将が「落ち着かない」と言っていたが、グリーンにとってもここは落ち着かない。

 去ろうとするグリーンを、


「待って!」


 マリイが呼び止める。


「お祖母様、紹介させてください。

 グリーンとは旅の途中で会ったの」


 駆け寄ってグリーンの腕をぐいぐい引っ張り、長老の前にさし出した。

 長老は決して体格の良い女性ではないが、風格に圧倒されるかのように、グリーンはぺたんと膝を付いて座る。


「はじめまして。

 あの……、グリーンです」


「はじめまして。マリイの祖母よ」


 厳しそうな目が、今度は優しい。


「あなたがマリイを連れてきてくれたのね。

 どういう関係かしら?」


「え?」

「へ?」


 グリーンとマリイは顔を見合わせる。


「恋人?」


「「ええっ!?」」


 二人は同時にうろたえる。


「違いますっ!

 全然、違います!

 旅の間は妹ということにしてきましたが、ちゃんと宿では2部屋取ってました!」


 グリーンが必要以上に強く否定したので、マリイはちょっと傷ついた。


「旅の間は、兄妹?」


 長老は、二人の顏を交互に見る。

 そして、


「その容貌では――、無理じゃないかしら?」


 誰が見てもそう思うだろう疑問を口にした。


「そこはお祖母様、グリーンが『父親が違う』ことにすればいいって」


「違うよ。俺は『母親が違う』って言ったんだ」


「でも、どっちみち父親も母親も違うんだから、同じことよね」


「同じじゃない!

 俺の母さんが節操なしみたいじゃないか!」


「あら。父さんなら節操ナシでもいいの?」


「うっ」


 長老がプッと吹き出し、グリーンは我に返った。


「すみません。お騒がせしました。

 俺、宿に戻ります」


 立ち上がって一礼する。


「外はもう暗いでしょうから、灯りを持ってお行きなさい」


 グリーンは「ありがとうございます」と会場に灯っているランプを1つ受け取り、「じゃあ、マリイ」と手を振って、ホールを出た。

 不安そうなマリイが気になったが、祖母と一緒なのだから大丈夫だろう。


 建物から出ると、すでに辺りは真っ暗だ。

 新月の闇夜を、グリーンはランプの明かりを頼りに歩く。

 木々がざわざわと騒がしい。


「――長老か」


 虹の谷の長老に、今日来て今日会えるとは思わなかった。

 族長が集まって長老会議が開かれていたと言うが、議題はなんだったのだろう。

 マリイを見た彼らの驚きが尋常ではなかった。

 メアリ王妃にそっくりという理由だけではない気がする。


 マリイはここに来て良かったのか……。

 グリーンは嫌な予感がした。



 マリイが宿に戻ってきたのは、それから二時間後。

 食事を取り終えたグリーンは、受付横の喫茶コーナーでお茶を飲んでいた。


「遅くなってごめんなさい。

 もうお夕飯食べた?」


 マリイがことのほか笑顔で、グリーンはホッとした。


「食べ終わって、お茶を飲んでたとこ」


「何食べたの?

 あたし、お祖母様と一緒にいただいたんだけど、ラムチョップがすごく美味しくて。

 グリーンの分もらってきちゃった」


 マリイは持ってきた鍋の蓋を開けて、グリーンに見せる。


「俺も同じものを食べた。

 今夜は向こうに泊まるのかと思ってたけど?」


「グリーンが寂しがるかと思って!

 戻ってきちゃった」


「俺は寂しがらない。

 一人で帰ってきたのか?」


「お祖母様に送っていただいたわ。

 一緒にお茶でもってお誘いしたけど、引き返して行かれたの」


 グリーンは「そうか」と少し考え、立ち上がった。


「心配だから送ってくる」


「あら……。

 そうね。今夜は闇夜だし、帰りは一人ですものね」


 マリイは、祖母の帰り道にまで気が回らなかったことを恥じた。


「ラムチョップ、戻ったら食べるから」


 ランプを手に、グリーンは宿を出る。

 少し歩くと、遠くに揺れる灯りが見えて、グリーンは走って追いかけた。


「長老、グリーンです!」


 前方の灯りが止まる。

 気づいてくれたようだ。


「足下が悪いので、送ります」


「気が利くわね。

 私がマリイを送って、あなたが私を送って。

 あなたを誰に送らせましょう?」


「俺は、1人でも帰れます」


「そうね」


 ほほほ、と長老は笑い、すぐに察してくれた。


「ご用件はなにかしら?」


 読心術でもできるのかと、身構えるグリーン。

 今更ながら迷ったが、前置きもやめて、単刀直入に伝えることにした。


「マリイのことです」


「あの子からも、いろいろ聞きましたよ。

 政略結婚が嫌で、逃げ出して来たんですってね」


「そのことですが――」


 意を決するグリーン。


「サンリク城で、何やら問題が起きています。

 俺とマリイは――、陰謀に巻き込まれている気がします」


 杞憂で済めば、それに越したことはない。

 が、それで済まなかったらどうなる。


 グリーンはずっと、誰か大人に話を聞いてもらいたかった。


「あなたには、マリイに見えないものが見えているのね。

 聞かせてもらいましょう」



 ―—――それから、2時間。

 部屋に戻らずに、喫茶コーナーでずっとずーっとグリーンを待っていたマリイ。


「あれ、ひょっとして、ずっとここにいた?

 ただいま」


 宿に戻るなりグリーンは、


「遅いわよ!」


 怒鳴られた。


「どこで寄り道してたの!」


「ごめんごめん。

 話し込んじゃって」


「グリーンが、お祖母様と何を話すって言うのよ?」


「おまえがどんな子か、詳しく話してた」


「え?」


 グリーンはマリイの向かいのソファに座る。

 お鍋のラムチョップに手を伸ばした。


「あたしのこと、お祖母様に何て言った?」


 身を乗り出すマリイ。


「んー」


 グリーンは肉に食らいついて、モグモグごっくん。


「自分だけおいしい物を食べようとせずに、ちゃんと俺の分を持ち帰る優しい子だって言った」


「あら!」


 嬉しそうだ。


「でも、3本あるうちの1本を我慢できずに食べてしまうような、食いしん坊だとも言っておいた」


「え?」


 確かにマリイが持ち帰ったのは3本で、1本をさっき、つまみ食いしたところだ。

 バレないよう遠くのごみ箱に骨を捨てたのに、グリーンは持ってきた本数をちゃんと覚えていたらしい。


「だって、グリーンも夕食に食べたっていうから――――。

 3本のうち2本食べたっていうなら食いしん坊だけど、たった1本よ?

 あたし、そんなに食いしん坊じゃないわ」


「はは」


 グリーンは紙ナプキンで指を拭った。


「明日の昼過ぎにな、」


「うん?」


「もう1度、迎賓館に来てくれって。

 大事な話があるらしい」


「何だろう?

 お忙しい方がこんなに会ってくださるなんて、嬉しいわ」


「そうだな――」


 グリーンは言う。


「マリイ、明日の午前中は、谷を探検しないか?」


「え、楽しそう!

 あたし、お肉を食べた後だからもう少し起きていようかと思ったけど、早く寝ることにするわ!

 明日たくさん動けば、さっきの分は帳消しよね」


 マリイとグリーンは2階の客室へと上がった。

 夜中の2時頃、マリイはとっくに寝ていたが、グリーンは宿を出ていた女将が帰ってきたらしい玄関の音を聞いた。


 こんな時間まで、どこで何をしていたのだろう。

 グリーンだけ、気になって寝付けない夜をすごした。

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