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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
8 王女マリイ
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姫様、目標を立てる

 虹の谷までの道のりは険しい。

 山道は、時に馬車1台ギリギリの幅になったり、昨日までの雨で出来た大きな水たまりがあったりで、大変だった。


 馭者台でグリーンと揺られながら、マリイは話し続ける。


「大変なこともあったけど、ウバクロは良い町だったわね」


「そうか?」


 今朝早く、マリイたちが宿を出ようとすると、トノイ兄弟とその他大勢が2人を見送りに集まっていた。


「助けられた上に金貨までもらったんだ。

 あんたたちのことは忘れない」


「本当にありがとう。

 感謝してもしきれないよう!」


「トノイ兄弟を救ってくれて、ありがとッス!」


「見事なモン、見せてもらったよ!」


 彼らは口々にお礼を言い、グリーンを褒め称えた。

 その時のことを思い出す度に、マリイは、誇らしげな気分になるのだ。


 グリーンは、その時を思い出しては苦々しい顔をする。


「この上なく迷惑だった。

 朝一番にむっさい男どもに囲まれるって、どうよ?

 早朝に大勢集まって、宿にも迷惑だ」


「あの人たち、グリーンのことめちゃくちゃ尊敬してたわよ?

 兄貴と呼ばせてくれって!」


「迷惑だ。

 おまえ、あんな目に遭ったくせに、焼き菓子一つで寝返りやがって」


「あら!」


 トノイ兄弟は、ウバクロのお土産として、この町で一番美味しいという店のマフィンとカップケーキをくれたのだ。


「パン屋さんで働いてた人が町一番って言うんだから、絶対美味しいわ。

 時間があったら、あたしも自分で買いに行きたかった。

 頑張ってお金を貯めたのに、結局この町じゃ何も買えなかったもの」


「買い食いしようとして誘拐されたこと、忘れるな」


「ん……」


 痛いところを突かれて、ようやくマリイは口をつぐむ。

 道が開けてきた。


「あそこ、待避所みたいになってる。

 休憩にちょうどいいな」


「だったら、早いけどお昼にしましょうよ?」


「いいよ。腹も減ってきたし」


 馬車は止まる。

 マリイがひょいと御者台から飛び降りると、グリーンは座席になっているふたを開け、その収納場所からもらった焼き菓子の袋を取り出した。


「グリーンの私物って、そこに入ってたのね。

 ウバクロで持ってた剣もそこ?」


「うん。この剣、刃こぼれしてるから、乱闘にならなくて良かった。

 折れたら困るし」


「グリーンは腕に覚えがあるんでしょ?

 構えがとっても様になってて、格好良かったわ!」


「腕に覚えはあるけど、得意じゃないんだ。

 だから、入れっぱなし」


 グリーンは馬を連れて、水場を探しに奥に行った。

 お留守番のマリイは、雨で濡れている足元に絨毯を敷くわけにいかず、御者台に昼食を広げる。

 宿で用意してもらったサンドウィッチと飲み物、あとはトノイ兄弟からもらった焼き菓子。


 グリーンは、何をして手配されたんだろう――。


 ここに来る途中、マリイは何度か質問したい衝動に駆られた。

 が、行動に移さなかった。


 彼は色んな話をしてくれる。

 お母様とおじい様と、3人で旅商人をしていた話。

 2人が亡くなって、その後は1人で大変だったという話。


 マリイがグリーンと出会った時、彼は馬車も商品も何も持っていなかったから、そのあたりに理由があるのかもしれない。


 分かっていることは、マリイと同様、彼の指名手配も裏なのだから、賞金に値するだけの理由が何かある、ということ。


「――どうでもいいことだわ」


 同じ懸賞金を掛けられた者として、マリイはその結論に至ったのだ。

 自分だって、なぜ裏手配されたのか、その理由を知らない。


 ただ――、グリーンは自分が賞金首であることを知っている、と思う。


 道中、彼にこそこそ逃げ隠れるような態度は見受けられなかった。

 むしろ、グリーン=ホダンとして、役人が相手でも堂々と渡り合っていた。


 が、その一方で、商店街が管理していない市場、裏通りや治安の悪い町、身が危ぶまれそうな場面は徹底的に避けていた。

 馬車の商品と、マリイのことを考えれば当然かもしれないが、恐らく、自分の身をも守っていたのだろう。


 ウバクロで、グリーンはちゃんと安全な宿を取り、マリイには「危ないから外に出るな」と忠告してくれた。

 にも関わらず、マリイはうかつに捕まったのだ。

 役人ではなく、グリーンもその対象である賞金稼ぎに。


 それでも、助けに来てくれた。

 普段は持ち歩かない、得意ではないという剣を携えて。


 今思うと、震えが走るほど恐ろしい。

 自分はなんて危ないことをしでかしたのだろう。

 自分のみならず、グリーンまで危険にさらした。


 マリイは心に決める。


「あたしはもう二度と、勝手に動かない。

 あたしの軽率な行動は、グリーンまで危険にさらす……」


 今、何よりもグリーンと離れることが怖い。

 この旅を終わらせるようなことはしたくない――。


「あれ? マリイ、どうした?」


 グリーンが戻ってきた。

 ひょいと御者台に上がってくる。


「どうもしてないわよ?

 グリーンを待ってたの」


「それは悪かったな。

 てっきり先にパクついてるものと思ってた。

 連中のマフィン、そんなに美味しそうじゃないのかな」


「美味しそうよ。すっごくいい匂い!

 早く食べましょう」


「うん?」


 グリーンは首を傾げながら、マフィンを手に取る。

 グリーンとの会話が楽しくて、サンドウィッチと焼き菓子が美味しくて、マリイは、ずっとずっとこの旅を続けていたいと強く願った。


 お茶で一息ついた後、再び、馬車は走り出す。

 ぬかるみがひどく、御者台にまで泥が跳ね上がってくる道中、マリイは「幌の中に入ってろ」と言われたが、「平気だから」とグリーンの隣に居座った。


「虹の谷一帯は、遊牧民の土地だろ?

 前に来たのって6、7年前だけど、宿は前と同じ場所にあるのかなあ?」


「あら。谷には定住者の町があるのよ。

 旅人で宿泊したなら、町の宿ね。潰れてなければ、同じ場所にあるわ。

 遊牧民が生活しているのは、谷の西側にある草原の方なの」


「へぇ。サンリク王女だけあって、詳しいな」


「虹の谷は、母様の出身地だから」


「え?

 サンリク王妃って、元遊牧民?」


 マリイの言うところの、『誰よりも強くて賢くて、美しい人』だったという王妃だ。


「国境の視察に来た父様が、母様に一目惚れして、猛アタックしたんですって」


「へえー、サンリク王は恋愛結婚か。

 婚約者とか、大丈夫だったの?

 おまえだって、14歳で婚約させられそうになったんだろ?」


「…………」


 マリイは逃げ出したリヨク王子のことを思い出し、ちょっと不機嫌になった。


「――サンリクとカイソクは、昔から婚姻で繋がってきたけど、父様の代、カイソク王家に姫はいなかったんですって。

 カイソク貴族の娘を貰うか、姫が産まれるのを待つかで揉めてて、その隙に、母様と出会ったって聞いたわ」


「へー! だから許されたんだ」


「それがね、第2夫人とかだったら恋愛結婚でも許されるけど、王妃だけは国策で選ばれるから、本来はダメなのよ。

 でも、おばあ様は当時から一族の族長で、虹の谷の長老でもあったから、」


「長老?」


「お年寄りって意味じゃないわよ?

 部族を統率する人。

 おばあ様がお偉い方だったから、結婚が許されたみたい。

 カイソクの方は、父様のいとこ姫が嫁ぐことで決着したんですって」


「なるほど。

 サンリクは長老の娘を王妃にすることで北方との連携を強化し、いとこ姫で同盟を維持したのか」


「そういうことね。……たぶん」


 マリイはグリーンの分析にビックリした(言われてみれば、そういうことだ)。


「虹の谷の一族は、馬や羊を飼ってる遊牧民だけど、戦闘能力の高い騎馬集団でもあるの。

 一時はサンリクから独立して国を建てるって話も出てたくらいだから、長老の娘が王妃になるのは大歓迎されたんですって」


「虹の谷がサンリク領なのは、王妃のおかげか」


「当の母様は亡くなってしまったけどね」


 そういえば、今、サンリクと虹の谷の関係はどうなっているのだろう?

 王妃が亡くなってからも、良好なのだろうか。


 マリイは、もっとまじめに勉強しておけば良かったと後悔した。


「マリイはさ、」


 グリーンは言う。


「おばあさんに会いたくて、虹の谷を目指してたのか」


「え?」


「目的地、虹の谷なんだろ?」


「え……ええ。そうね」


 戸惑う。

 旅の目的。それは何だろう?

 どうせなら、祖母に会いたいと思っているが、それが目的ではないような気がする。


「グリーンの目的って何?」


 マリイも聞いてみた。

 そして、彼も悩む。


「俺は成り行きでここまで来たからなぁ。

 旅が目的っていうか……。

 あ、できるなら、昔、商売して回った土地をもう一度回ってみたいな。

 王都のウカニからアシリを通ってウバクロに抜けるルートは、昔通った道なんだ。

 虹の谷を抜けた後は、セツゲンを一周した」


「セツゲンを一周?」


 外国の話に、マリイは心躍る。


「ねえ、おばあ様に会った後は、そうしない!?

 セツゲンで旅商人しながら、一周するの!」


 2人の手配書も、セツゲンまでは届いていないだろう。


「マリイ――、虹の谷で暮らさなくていいのか?」


「それは……」


 考えてもいなかった。

 虹の谷は母の故郷であって、マリイの故郷ではない。


「あたし、グリーンと一緒にセツゲンを回りたい」


「え? そう、なの?」


 グリーンが、照れつつも、とても嬉しそうな顔をする。

 彼のこんな顔は珍しい。


「じゃあ、決まりにしよう!

 虹の谷の後は、セツゲンに向かう!

 セツゲンは、ウバクロよりも焼き菓子が安いぞ」


「え?」


「小麦の産地だからな。

 サンリク側の国境に虹の谷があるだろ?

 虹の谷一帯が道の悪い難所だから、大型の馬車は通れないんだ。

 小型の馬車を何度も往復させるから、輸送費がかさんで値が高くなってしまう。

 ウバクロは焼き菓子が安いって、前に言ってただろ?」


「ええ。あたしは買えなかったけど」


 ウバクロで買い物ができなかったことを、つい、恨みがましく言ってしまう。


「小麦粉の値は、セツゲンから遠ざかるにつれて上がる。

 送料だよ。

 だから、ウバクロでは安いけど、アシリやウカニでは高い。

 シュウやビビはそこに目を付けて、仕入れた小麦粉を菓子にして売ってたんだ」


「あ、そうだわ!」


 シュウとビビの名で、マリイは良いことを思いついた。


「グリーン、セツゲンから戻ったら、トノイ兄弟にお菓子を焼いてもらうのはどう!?

 レシピをあげて、ホダンの焼き菓子を再現してもらうの!」


「いいな、それ!

 ヤツらが俺たちの頼みを断るわけがない」


「グリーンは兄貴だものね」


「やめてくれ。

 あっちの方がずっと年上なんだ」


 二人は笑う。


 楽しい。なんて楽しいのだろう。

 旅の目的が、今、できた。


 おばあ様に会った後は、セツゲンを回って小麦粉を仕入れ、お菓子にしてサンリクで売る。

 もちろん、マリイのハンカチも一緒に、だ。

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