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姫様、お逃げください!!  作者: 一本松
6 役人
10/36

姫様、役人に見つかる

 馬車は宿屋に到着する。

 グリーンが幌まで迎えに来てくれ、その顔を見てマリイはほんの少しだけホッとした。


「グリーン……」


「降りて来いよ」


 青ざめたマリイは、なかなか立ち上がることができない。

 今回は、ここサヒロの町で一番大きな宿に滞在し、すでに5泊目だ。

 宿の主人と親しくなり、泊まり客とも顔馴染みになった。


 今は、顔を知られているのが怖い……。


「あのね、グリーン……、もっと小さい宿屋に移らない?

 顔を見られずに済むような、そんな宿屋に――」


「小さい宿屋には、荷馬車を預ける車庫がないんだ。

 何かあった時のためにも、大きい宿がいい」


「そうね……。

 ここの方が安心なのよね」


 マリイは頑張って立とうとした。

 そして、足下に置いてある自分のリュックに気づいた。


 これ……!


 早速、リュックを背負う。

 刺繍の籐かごも持つ。


 うん。もう大丈夫!


「おまたせ、グリーン」


 そこそこ元気に声をかけ、馬車から飛び降りた。

 グリーンの前を歩き、自ら宿屋の扉を開ける。


 その変わりように、グリーンは戸惑った。


「どうした?

その荷物、なんだ?」


「ちょっとしたお道具よ」


 マリイはよいしょっとリュックを背負い直す。

 これが後で、とんでもない災いを招くとも知らずに――――。




「おかえりなさいませ、ホダン様」


 最近代替わりしたばかりという宿の主人は、にこやかに2人を出迎えてくれた。


「宿帳で気づいたのですが、前回、奥様はルームサービスでレモンジュースをお求めでしたね。

 今日は良いレモンがたくさんの手に入りましたので、お持ちしますか?」


 たぶん、その『奥様』はホダン商店を譲ってくれたビビだろう。


「あたしは奥様じゃなくて、妹。

 宿帳、直しておいてね」


 マリイはしっかり訂正した。


 焦ったのはグリーンである。

 馬車での様子から、大人しく隠れるようにしてフロントをやり過ごすものと思っていたのに、まさか、主張するとは!


「これは失礼しました。

 妹様でしたか!」


 店主は慌てて謝罪する。


「わたくしも若すぎるとは思ったのですが、亡き父が間違って記載したようで……。

 確認もせずに申し訳ありませんでした」


 グリーンは頭痛がして、こめかみを押さえた。

 つくづく面倒なコンビを組んでしまった。

 兄妹の設定も、夫婦の設定も、無理がある。

 主人は「似てない兄妹だな」と思っているに違いない。


「あー、なんだ」


 前回と同じく、先に制することにする。


「こいつとは異母兄妹なんだ。

 似てないから、よく夫婦に間違われる。

 気にしないでくれ」


 マリイが、


「でも、レモンジュースは大好きよ。

 お食事の後にいただけると嬉しいわ」


 ちゃっかりリクエストした。


「それでは、お詫びにサービスさせていただきます」


「わあ、嬉しい!」


 グリーンは、マリイを自分の中で一番怖い顔でにらんだ。

 そして、鍵をもらって部屋に行く途中、ひそひそ声で、


「おまえ、どんだけバカなんだよ!

 怖いから小さい宿がいいとか言ってたヤツが、なんで、部屋に人を招くようなマネするんだ!?」


 と叱った。


「ゴメンなさい、うっかりだわ。

 本当にごめんなさい!」


 慌てて謝るその様子は、本当に心から反省しているように見える。

 マリイは反射で思っていることを口にするタイプなのだろう。


「まあ……、下手にこそこそしてるよりかは、怪しまれずに済むだろうけど……」


 グリーンはそう考えることで、自分を落ち着かせることにした。


「ねえ、グリーン。

 お夕食の前にお金の計算する?」


「いや。遅くなったから、先に食堂に行く。

 荷物を置いたら、すぐに出るぞ」


「そう……」


 なんか、ガッカリとした様子。


「?」


 どこが、とは言えないが、なんかマリイがおかしい。


 二人は部屋に荷物を置いて、食堂で合流した。

 グリーンは焼き魚定食を、マリイはオムライスのセットを頼む。


「お嬢ちゃん、また、オムライスかい」


 同じ連泊客で、顔見知りになったおっちゃんが、マリイに話しかけてきた。


「だって、ここのオムライスにはミニチョコパフェが付いてくるのよ?

 気が利いてるじゃない」


「なんだい、パフェ目当てか!」


 周りのおっちゃんたちも、一緒になって笑う。

 おっちゃん率が高い宿泊客の中で、一人お嬢ちゃんのマリイは目立っていた。


「パフェだったら、単品の方がゴージャスだぞ。

 このお勧めの山盛りイチゴパフェなんかどうだ?」


 他のおっちゃんにまで声をかけられる。


「大盛り過ぎて食べきれないわよ。

 あたしも本当はイチゴが食べたいんだけど、グリーンはクリーム好きじゃないから、半分もらってくれないの」


「なんだよ、食べたいなら頼めばいいじゃないか。

 残しても、俺は怒らないだろ」


「もったいないじゃない。

 無理して食べると、太るし」


 二人のやり取りを見て、おっちゃんたちはまた笑う。


「商人の兄妹はしっかりしてるなあ!」


「さすが、その若さで『ホダン商店』を切り盛りしているだけあるよ」


 中の一人が、


「おーい、パティシエ、このお嬢ちゃんにイチゴのミニパフェ作ってやれよ」


 と声を掛けてくれた。


「いいわよ、そんな!

 お手を煩わせたら申し訳ないわ!」


「いいよ」


 パティシエらしきお姉さんが、厨房から顔を出してくれた。


「5日も連続でオムセットを頼んでくれたんだ。

 今日は特別にイチゴにしてあげる。

 楽しみに待ってな」


「良かったな、嬢ちゃん」


「嬉しい……!

 みんなのおかげだわ」


 と、その時である。

 食堂の扉がバンッと乱暴に開き、役人が2人、入ってきた。


「この部屋から出ないように。

 調査に協力して欲しい」


 『して欲しい』と頼んでいるようで、有無を言わせない強要である。

 宿の主人にシェフにパティシエ、メイド、部屋にいた泊まり客まで、みんな食堂に集められた。


「我々はマリイ王女をお捜ししている。

 誰か、居場所を知っている者はいないか?」


 マリイは青ざめてグリーンの後ろに隠れた。


「王女なんか、ここにいるわけないだろ」


「明日も早いっていうのに、迷惑な」


 食堂には不平と不満があふれる。


「静かにしたまえ!

 今、各部屋を捜させている。

 かくまっている者がいたら、早々に名乗り出られよ!」


 怯えるマリイに、


「大丈夫だ。堂々としていろ」


 とグリーンは声を掛ける。

 が、青ざめていくのを止められそうにない。


「隊長、こんなものが!」


 部下らしき役人が食堂に飛び込んできた。

 その手に、マリイのリュックがある。


「なんだ?」


 隊長はリュックを開け、中身を取り出す。


「!」


 マリイはギュッと目を閉じた。


「これは!

 マリイ王女のものではないか!!」


 出てきたのは、小花の刺繍をあしらった白いドレスで、手配書のマリイ王女が着ているものだった。


「おまえ!」


 驚いてグリーンはマリイを見る。

 マリイは震える手でグリーンのシャツを掴んでいて、もう顔も上げられない。


「2階の202号室にありました!」


「202に泊まっている者は誰だっ!?」


 グリーンは急いで考える。

 どうしたらいい?

 どうしたら切り抜けられる?


 誰からも声が上がらず、しびれを切らした隊長は宿の主人を呼んだ。


「202号室の客を教えろ!」


「202は――」


 主人は言いたくなさそうにモゴモゴしたが、隊長ににらまれ、仕方なくその名を告げた。


「ホダン商店の、マリイ様です……」


「マリイとな!」


 単純にも、隊長は『マリイ』の名に喜んだ。


「どこにおる!」


 宿泊客たちの視線が一斉にマリイに集まったので、名乗り出ずとも、居所は明白になった。

 諦めたグリーンは、一息ついてから声を上げる。


「マリイはここだよ。

 俺の妹のマリイ=ホダンだ」


 グリーンの後ろで震えるマリイ。


「おまえがマリイか!」


 目をむいた隊長が、喜々としてやってきた。


「とりあえず、連行する。

 おい!」


「はっ!」


 下っ端の役人もやってきて、マリイの腕をつかもうとした。

 が、


「待てよ!」


 グリーンがグイッと、マリイを引き寄せた。



「確かにこいつは『マリイ』だが、おまえらの捜してる王女じゃない。

 俺の妹のマリイ=ホダンだ」


「ほほう」


 隊長は言う。


「だったら、このドレスをどう説明する?

 これは手配書と同じ、マリイ王女のドレスだ」


「そうだけど、それはうちの売り物で、王女のドレスのコピー商品だ」


「こんな上等なコピーがあるものか!

 それに、よく見ればその娘、黒い瞳に黒い髪、王女の人相書きにそっくりだ!」


「…………」


 本人なのだから、当たり前か。

 どうしよう。

 グリーンは考える。


 蒼白のマリイは、スカートから出ている膝をガクガク震わせていた。


「よし」


 グリーンは意を決して、マリイに向き直る。


「マリイ、このドレスに着替えろ」


「え……?」


 顔を上げるマリイ。


「このドレスに着替えて、役人に見せてやれ」


「……!」


 マリイは、役人に引き渡されるのだと理解した。

 役人からドレスを奪い取り、マリイに押しつけるグリーン。


「どこか、着替えるところは――」


「あ、そこの右の部屋が従業員の更衣室ですが……」


 宿の主人が、厨房の隣のドアを指さす。


「マリイ、そこで着替えて来い」


「おい、ちょっと待て!」


 役人が口を挟んできた。


「窓や裏口から、逃がすつもりじゃないだろうな?」


 逃走補助を疑われた主人が、憤慨する。


「更衣室に裏口はありませんし、窓ははめ殺しです!」


 つまり、逃げ場はないのだ。


「だったら、良い。

 こちらとしても、マリイ王女とわかりやすい形で捕らえられるのは願ってもない!」


「……」


 マリイはドレスを抱えて、大人しく更衣室に向かった。

 泣き出したいが、我慢した。


 せめて、自分を引き渡すのがグリーンで良かったと思う。

 自分の身柄に報奨金が支払われるなら、今日まで一緒にいてくれたグリーンに報いたい。


 そして、自分が引き渡されるのが『役人』で良かったとも思う。

 裏の窓口に連れて行かれたら、『生死を問わず』で殺されるかも知れない。

 役人だったら、ひどいことにはならないだろう。


 更衣室に入り、ドアを閉めた。


 グリーンに着せられていた、灰色のワンピースを脱ぐ。

 地味でシンプルなワンピースだったけど、着心地は良かった。

 もとから幌馬車にあった服だから、ビビの手作りだろう

 馬車にはパッチワーク用の端切れがいっぱいあったし、彼女はきっと、裁縫好きだ。


 グリーンと旅をしたワンピース。

 楽しかった……!


 自分の作ったハンカチが好評だったこと。

 買い物が楽しかったこと。

 町のみんなが優しかったこと。


 次々と思い出されて泣けてくる。


 頑張ろう。

 先を考えると怖いけど、このドレスを着て、頑張ろう。

 マリイは涙をぬぐって、ドレスに手を掛けた。


 レースをふんだんに使ったこのドレスには、パニエ(スカートを膨らませる下着)がなくてもスカートが膨らんで見えるよう、厚いペチコートが裏に縫い付けてある。

 そして、簡単に脱いだり着たり出来るよう、背中部分をファスナーで止めていた。


 婚約の姿絵用ということで、モデルに負担がかからないように作られた特注のドレスなのだ。


 一人で着られるドレスはこれだけだもの。

 だから、ゾフィはこれを持たせてくれたのね……。


 袖を引き上げて、腕を通す。


「あれ?」




 ――その頃、食堂では、役人の隊長がイライラしながらマリイが出てくるのを待っていた。


「ちょっと、遅すぎやしないか?

 まさか、逃げたんじゃ!?」


「窓は開かないし、出口はここだけだって言ったじゃない!」


 パティシエのお姉さんが、役人を怒鳴りつけた。


「あんたらは、女の子が着替えるのも待てないの!?」


「むむ……!

 まあ、もうちょっと待つか」


 が、一向にマリイは出てこない。

 隊長はしびれを切らして自らドアを叩いた。


「こら! いつまで待たせるのだ!

 とっとと出てきなさい!」


 その口調は、王女に対するものとは思えないほどぞんざいだ。

 やがて、ドアが少し開き、マリイがちょっとだけ顔を出した。


「グリーン……」


「ようやく出てきたか」


「ひ……っ」


 隊長の視線に気づいて、マリイは慌ててドアを閉めた。


「あ、こら!

 閉めるとは何事か!」


「マリイ、」


 無情にも、グリーンが呼ぶ。


「出てこい。

 どうなったか見せてみろ」


「やだ……」


 隊長が怒鳴る。


「こら!

 さっさと出きなさい!

 ドアをたたき壊すぞ!」


「ううっ……」


 諦めたようで、再びドアが開いた。

 ヒックヒックとしゃくりあげながら、マリイが出てくる。


「ファスナーが……」


 その姿が、なんとも可哀想だった。


「ファスナーが上がらない……」


 まず、裾が足りなくて、中途半端な膝丈になっている。

 そして、背中のファスナーが腰のちょっと上で止まり、それ以上、上がりそうにない。

 その上、可愛らしく膨らんでいる袖が寸足らずで、二の腕がことさら太く見える。


 なによりも不憫なのが、すでに大人びてきたマリイの容姿に、可憐なピンクの小花をあしらった白いレースのドレスが、全然似合っていないこと……。


「…………………」


 その場の誰もが、言葉を失った。

 えっぐえっぐ泣いているマリイの嗚咽だけが食堂に響く。


「な? お役人さん、言っただろ?

 こいつはマリイ王女じゃなくて、ホダン商店のマリイだって」


 手配書のマリイ王女は、ちゃんとドレスが似合っているのだ。


「あたし、あたし……」


 マリイは泣きながら言った。


「今日はとっても落ち込んだから、綺麗なドレスを着たら元気になると思って……、それで、部屋に持ち込んだの。

 それが、こんな事になるなんて……!」


 グリーンはそのセリフに乗じて怒った。


()()()()ドレスを持ち出したから、罰が当たったんだ。


 見ろ!

 マリイ王女と間違われて、このザマだ!」


「うぇええん」


 その場に座り込んで、泣きじゃくるマリイ。

 誰がどう見ても。

 そう。

 役人の目から見ても、憐れだ……。


 少しして、


「あー、その……、着替えてよろしい」


 役人の隊長が言った。

 そして言い方に、同じ女であるパティシエが激怒した。


「それだけ?

 あんた、公衆の面前で女の子に恥かかせて、それだけで済ませるつもりっ!?」


「そうです!

 もう、黙っていられません!」


 宿の主人も声を上げた。


「うちのお得意様に、何てことをしてくれるんです!

 ホダン商店様は、先代からのお客様です!

 3か月前もお二人でご利用くださいました!

 お疑いでしたら、宿帳を持ってきましょうか!?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!

 だって、この子が王女と同じドレスを持ってるから……!」


「……これは、カイソクで大量仕入れしたドレスの売れ残りだよ。

 珍しいものじゃない」


 適当なことを言ったグリーンに、


「このドレスなら、王都でも売ってたよ?」


 マリイにイチゴのミニパフェを頼んでくれたおっちゃんが加勢してくれる。


「シュビシュビって店だ。

 サイズ違いが十着くらいあった。


 なんでも、カイソクで流行ってて、学校じゃあ、体育の着替えに時間がかかりすぎて校則で禁止されたってくらい、女子はみんな着てるらしい。


 あんた、知らなかったのかい?」


 グリーンがウカニでついた嘘が、尾ひれを付けて活躍しているようだ。


「だって、仮にも王女のドレスが、こんなに早く一般市民に広がるわけ――」


「なに言ってるんだよ!!」


 みんながそれぞれに声を上げた。


「あんたたち役人が、手配書にして広めたんじゃないか!」


「王女のドレス姿があっちこっちに貼られてるんだ。

 女の子はみんな、このドレスを欲しがってるよ!」


「!!!」


 隊長、絶句。


「ドレス工房の職人だったら、姿絵一つで、簡単にコピーを作るよな」


「正面からの姿絵しかありませんから、背中はみな違うのでしょうね」


「お嬢ちゃんのドレスは、ファスナーだ」


「本物のドレスだったら、リボンの編み上げか、小さなボタンだろう?」


「スカートにも、あの膨らませる下着がいらないよう工夫されてる。

 庶民の知恵だな」


 絵のモデル用に着脱しやすく作ってあるのが幸いしてか、災いしてか。

 さっきまでとは違う方面でマリイが見世物になっていき、グリーンは慌てた。


「マリイ、もういいから、着替えてこい」


「ううっ……」


 ボロボロと涙をこぼしながらグリーンの手を借りて立ち上がるマリイの、そのあまりにも痛々しい姿に隊長は、


「あー――、マリイちゃん、その、なんだ、すまなかったな……」


 と最低限に威厳を保てる謝罪をした。

 マリイはちょっとだけ顔を上げ、


「いいの……。

 あたしが……悪いんですもの……」


 力なく答えて、更衣室に入っていった。


 罵ってくれた方がまだ救われる……!!


 罪悪感を抱き、落ち込む隊長。

 気がつけば、周囲の視線が冷たい。


「若い娘さんに、とんでもない恥をかかせましたね」


「トラウマにならないといいがな」


 非難の言葉が胸に刺さった。


 やがて、着替えたマリイが更衣室から出てくる。

 庶民のワンピースがよく似合っていた。

 目を腫らしていて、先ほどよりは落ち着いていたが、まだ呼吸が乱れていた。


 だってだって、これが役人の仕事なのだから、仕方ないではないか!


 隊長は自らを弁護するかのように強く思う。

 そして、


 ――ん?

 そうだ。仕事をすれば良いのだ!


 汚名を返上する、良い仕事を思いついた。


「あー、ホダンのご兄妹」


 グリーンとマリイに、せいいっぱい威厳ぶって声を掛ける。


「騒ぎ立てて済まなかった。

 我々も仕事で仕方がないのだ」


「いいよ。

 立場は分かってるし、今回のことは妹が悪い」


「隊長さん、お手間を取らせて、ごめんなさい……」


「うっ……」


 素直な言葉は、時にとんでもない攻撃力を打ち出す。

 隊長はかなりのダメージを受けたが、立て直しつつ続ける。


「あー、なんだ。

 それで、私から特別な提案があるのだが。

 おまえたちは、これからも商売をしながら旅を続けるのかね?」


「そのつもりだけど?」


「そうか!

 ならば、よく聞くがいい!」


 ここからが隊長の見せ場である。


「今日!

 この私の調査で!

 妹さんが『マリイ王女』ではないことは明らかになった!

 しかしだ!」


 ここぞと強調する。


「捜索を行っているのは、我々ばかりでない!

 マリイ王女と名前が同じで、しかも背格好が似ている妹さんは、この先で何度も疑いを掛けられ、大変な目に遭うだろう!」


「覚悟しておくよ」


「それで、だ」


 隊長は良い人そうに優しい顔をした。


「この私が、通行許可証を出してやろう!」


「えっ?」


「本日、私が妹さんに行った確認!

 は、正当で!、必須な!、取り調べ!だったが、

 これが繰り返されるのは、あまりにも妹さんが可哀想だ。


 『取り調べ済み』を但し書きをした通行許可証があれば、この先で妹さんが傷つくことはあるまい!


 本来なら数日かけて厳正な調査をするところだが、この私の特別なはからい!で、

 明日の朝一番!に発行してあげよう!!」


「え――――、本当っ!?

 すごい!

 また嫌な思いをせずに済む!

 ありがとう、隊長さん!」


 ヒュウ! と、どこからか口笛が鳴り、非難の声は賞賛に変わった。


「役人も、やりますね」


「この先の役人の手間も省けるだろうよ」


 隊長、名誉挽回、面目躍如である。


「あー、マリイ嬢、明日の朝、役所に取りに来なさい。

 戻ったら、すぐ!に手続きしておくから」


「ありがとう、お役人さん……!」


 マリイにようやく笑顔が浮かぶ。

 隊長だけではなく、その後ろの下っ端役人たちも胸をなで下ろした。


 これで、明日からも頑張ってお仕事できる!!


 彼らは何一つ成果をあげなかったが、良い『仕事』をしたと満足して宿から退場した。




 さて、食事はまだだったが、グリーンとマリイは食堂を引き上げた。

 ドレスが邪魔だったのと、マリイの目が酷く腫れたからだ。


 部屋にて、


「グリーン、余計な事をしてごめんなさい。

 それにあたし、役人に引き渡されるのかと疑ってしまったわ」


 マリイは再び目に涙をためる。


「いいから、泣くな。

 これからも兄妹として堂々とやっていこう!」


 グリーンは一切、責めない。

 なぜならそれは、後ろめたいから――。


 彼は、出会った時にブカブカだったマリイにのワンピースが、いつの間にかジャストサイズになっていることに気づいていた。


 そして、あの白いドレスが、出会った時、すでにギリギリのサイズだったことも……。


 つまり、あの惨状を予期してマリイに着替えさせたのだ。

 結果オーライで本当に良かった。

 マリイが惨めな姿をさらしたあげく捕らえられていたら、人非人は役人ではなくグリーンの方だった。


 ドアがコンコンと叩かれ、


「先ほどは申し訳ありませんでした。

 宿の主人とパティシエでございます」


 二人が、カートを押してやってきた。


「タオルと冷たい水です」


 主人はベッド脇のサイドテーブルに、水を張った金だらいとタオルを置く。


「あたしは、ふたりのご飯を持ってきたよ。

 また食堂に来るの面倒だろ?

 お兄さんは焼き魚定食。

 マリイちゃんには、シェフが特別にレディースセットを作ってくれた」


 パティシエのお姉さんは、丸テーブルに食事の乗ったトレイを二つ置く。


 グリーンの定食は至って普通だが、マリイのには、小さなオムライスの横にハンバーグやらエビフライが少しずつ盛りつけてあり、デザートはイチゴのミニパフェだった。


「おいしそう……!

 すごく豪華ね」


「お子様ランチか」


「レディースセットだよ!」と、グリーンはパティシエに叱られる。


 同じ品でも『お子様ランチ』だと失礼で、『レディースセット』だと豪華という乙女心を、グリーンは理解できない。


「飲み物はレモンジュース。

 お兄さんのも同じにしたけど、良かったかい?」


「ああ。俺の分まで、ありがとう」


 宿の主人は言う。


「宿帳のこと、もっと早く話せていれば、恥をかかせずに済んだかも知れません……。

 本当に申し訳ありませんでした」


「気にしないでくれ。

 あの状況じゃあ、着替えて見せるまで、役人は納得しなかったさ」


 パティシエも言う。


「明日の朝は、食堂に顔出してよ。

 みんな、心配してるからさ」


 彼女らは、「元気出してね」と部屋を出て行った。


 グリーンが、


「食べるか?

 それとも先に、目を冷やすか?」


 と聞いてくれる。

 マリイは、


「アイスが溶けるから、先に食べる」


 と、テーブルに着いた。


 パフェが目的でオムライスばかり食べていたが、本当は色々食べてみたいと思っていた。

 シェフやパティシエは、そのことに気づいてくれたのだろう。


「ねえ、グリーン」


 マリイはパフェを一口。

 ほてった顔に、アイスが冷たくて美味しい。


「あたし、もうドレスがなくても平気だわ。

 元気になれる」


 と言った。 



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