第022話 イーティングガール
ロバートが笑う前で、路地裏で少女だった肉塊がぶちまけられ、さらには散った肉片が着弾と同時に噴射された液体によって溶け始めた。
「は、はは。これは、これは。私は運があるぞ。ああ、そうだ。勝った。馬鹿が。自らやってきて殺されてくれやがった。はははははははあ、やった。やったぞぉぉおお」
それこそがロバートが用意したノエル用の切り札だった。先ほどの聖女人形にとってはただの高威力の魔銃でしかないが、吸血鬼であるノエルはそれだけでは済まない。同じ吸血鬼であるロバートにはそれがよく分かっていた。
「なるほどの。聖血弾か」
しかし、両手を上げて笑っていたロバートが突然の声に顔を強ばらせる。それは胴体から離れて転がっている少女の首から発せられたものだった。
「な、生きてるだと? 待て。再生が起きて……何故だ!?」
ロバートの目の前で、ノエルの溶けた身体がムービーが巻き戻し再生されたかのように修復されていく。肉片となり、さらには銃弾に内包されていた液体によって溶け始めていたソレは、まだ起伏のない少女の肢体へと戻っていく。それから瞬く間に服までも再生したノエルが、その場に何事もなかったかのように立っていた。
そしてロバートを見て、牙を剥き出しにしてニィッと笑う。
「いいや。吸血鬼としての妾には効いておるよ。あの聖女人形の中にも流れている聖なる血。吸血鬼がもっとも恐れる猛毒よな。しかしな。妾は吸血鬼だけではなく、不死病感染者でもあるからのぉ。十字架も太陽も聖水も、もちろん聖血も、あらゆる弱点であろうとも関係なしに再生することができるのじゃよ。残念じゃったな小僧?」
「な、ニィッ!?」
ロバートの顔が今度こそ歪んだ。
243街区の支配者が不死病感染者を飼っているという噂はロバートも聞いていた。だが、支配者であるノエルまでもが不死病感染者であることを彼は知らない。知らされていなかった。
「それでは、貴様は……まさか、デイウォ……」
「ふむ、妾はデイウォーカーとは言えんよ。ただ灼かれながら再生するだけのこと。とはいえだ。今の一撃は少々効いた。その銃、なかなかのものではあるな」
そう口にするノエルの背から、赤い翼が生えてバサッと開いた。
同時に周囲が赤い霧で包まれ、朱い光で染め上げた瞳を向けながら笑うノエルを見て、もはやロバートは目の前の少女が己とは決定的に格が違う存在なのだと理解するしかなかった。
「そう……か。吸血貴族……お前はあの方と同じ」
「語るに落ちたか。ああ良い。喰ろうてやるぞ。金目の小僧」
そして、絶叫がその場に響き渡った。
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「つつ……はぁ。終わったか」
外から聞こえる勝利の声を聞きながら、ミーシャが映画館の座席に腰を下ろしていた。見渡せば、建物内はど真ん中がパックリと削られて天井も消え去っており、輝く星空が見えている。
(まあ、もう使われなくなってる場所だし問題はないだろうけどな。いや、ノエルがこのまま244街区まで手を伸ばすことになれば、また使えるようになるのか?)
この映画館は一年前までは使用されていたものだとミーシャは聞いている。それが閉鎖されたのは第244街区の支配者がロバートに変わり、第243街区と対立し始めたためだ。
であれば、ロバートがノエルに倒されたことで再びこの映画館も使用されることになるのではないだろうか……とミーシャは考えた。
(ま、使う必要ができたら、ドワーフ連中がどうにかしてくれんだろ。俺が考えることじゃあないな)
ひとまずミーシャはそう楽観視して、目をつぶった。
第243街区に限らず、セフィロシティに存在している建築物の多くはドワーフが人界を模倣して造り上げたものだ。ドワーフたちは人界のものを器用に再現し、またそれ以上のものにも仕上げてくれる。アンナの造った、パーツにアダマンチウム等を取り入れた自動拳銃もそうしたもののひとつだ。
そしてミーシャが一息ついたところに、ホルスターの中から声が響く。
『よう、相棒。どうだい、指の痛みはよ?』
「くそ、聞くなよ。忘れようとしてるんだから」
ミーシャが涙目で舌打ちする。さきほどから左腕が心臓になっているのではないかと思うほどにズキズキと痛む。
千切れた指の痛みは、リボルバーが妥当と認識するまで呪いという形で搾取され続け、消えることはない。
そして、先ほどまでは戦闘の興奮で抑えられてもいた痛みが今はもう誤魔化せない。
それからミーシャが続くリボルバーの言葉を無視しながら腰を下ろしてグッタリしていると、複数の足音が近付いてくるのが分かった。
「また泣いてますかミーシャ」
「なんだよリチャードか。ほっとけ。こりゃ、生きてる痛みってヤツだ」
ミーシャが目を開けて声のした方へと視線を向けると、そこにはリチャードと赤目の兵隊たちがいた。
「相変わらずですね。まあ、犠牲銃を使ったのであれば致し方ありませんが」
その言葉には、ミーシャのため息が返され、リボルバーの笑い声が木霊した。その様子にリチャードが苦笑しながら、周囲を見回す。
「金目たちの残りはいないようですね」
「ああ、親玉以外は始末した。で、ノエルはどうした?」
「ノエル様ならば、先ほどロバートを捕獲し、今は調教を楽しんでいるとのことです」
その返答にはミーシャも「ご愁傷様だな」と言うしかなかった。先ほどの偉そぶったあの男も次に会うときは従順な犬となっているはずである。そのことにミーシャが「やれやれ」と呟くと、今度はリチャードがミーシャへと質問をする。
「それで、あの人形はどうしましたか?」
「ああ、それならあっち。あっちだ」
そう言ってミーシャが指差した方向には、壁にめり込んだ身体を抜いて立っている聖女人形があった。その姿はボロボロで、リチャードは目を細めて聖女人形を観察する。
「ふむ。ノエル様の服がボロボロですね。動きも鈍い」
「散々中身をぶちまけたからな。今だったら聖血もほとんど入ってないわけだし、お前らが持ち帰っても問題ないと思うけど?」
そうミーシャは言う。先ほどの戦いでもあの人形は便利ではあったが、その利点を上回る厄介事の種になりそうな気配もしていた。できれば早々に回収していただくのが一番だとミーシャは考えていたのだが、
「しかし、ノエル様はあれはミーシャにお譲りしたものと言っておりましたし」
リチャードの言葉にミーシャが唖然とした顔をする。それから指の痛みに顔をしかめつつ、リチャードに尋ねる。
「はぁ、聞いて……イツツ……ないぞ?」
「おや、そうでしたか? とはいえ、すでに聖女人形とミーシャは契約を結んでおります。他の誰かにアレを渡すのは不安がありますし、かといって自分たちで所有しておくには性質と中身の問題からして様々な火種になりかねません。そこでミーシャの出番である……とノエル様は言っておられました」
「言っておられました……じゃねえだろ!」
涙目のミーシャの叫びにリボルバーが笑う。
『ケッケ、ようは責任とか問題とか……全部おっかぶせる気だな』
その言葉にリチャードは「否定はいたしません」と返す。
「とはいえ、アレが強力な人形であったことはご理解いただけましたでしょう。あなたにとっても必要なものではあると思いますが」
その言葉にはミーシャも「はは」と笑うしかなかった。銃弾でも傷つかない小型で怪力の人形だ。確かにそれは便利だ。指が喰われる回数も減るかもしれないし、何より『殺したい男を』殺すための力はミーシャも求めていた。
「それに引き受けていただければ、こちらもミーシャに新しい住居を用意する準備があります」
「あー、それもあったかぁ」
リチャードの言葉に、ミーシャがさらに深いため息をつく。昨日までミーシャの住んでいたアパートメントはすでにサンドロスとロバートの戦いで破壊されているとの連絡を受けている。現時点においてミーシャの住む場所はもうないのだ。
「了解。とりあえずは預かっておくよ。と、アレ? 操作ができない?」
ミーシャの素っ頓狂な声を上げて、近付いてくる聖女人形を見た。そしてミーシャの顔が青ざめる。
「ちょっと待て。あれ、どういうことだ?」
ミーシャの制御を受け付けずに近付いてくる聖女人形の、口元を中心とした顔の半分がまるで蜘蛛のように開いているのだ。それはミーシャが最初に人形を見たときそのままの光景だった。
その様子にリチャードが眉をひそめる。
「おや、あのレディはお腹が空いているようですね」
「え、マジで? ちょっと待て。俺、今疲れてるし再生中で動けな……」
「念のため、捕食形態に変化しても被害のないように、捕縛した金目を何人か置いておきますね。カイル、早く連中を中に。それから全員、この場から退避します。急いで。」
「ちょっと待て。リチャード、テメエ。うおっ、また、しがみついて。来るんじゃ……ギャァアアアアアアアアアッ!?」
少女人形に組み付かれたミーシャの悲鳴が木霊する中、リチャードたちは縛られた金目たちを置いてすぐさま退散していく。
その後、捕食形態にこそならなかったものの、ミーシャは己の肉体の再生にかなりの時間を要し、さらにその間にも続く指の痛みに涙することになった。
そしてミーシャが痛みで眠れない夜を過ごしている間に、街の中ではとある情報が瞬く間に広がっていった。
それは、第244街区の支配権が赤の女王ノエル・レーベに移譲され、元の支配者であるロバート・ダンカートがノエルの従僕に成り果てたという話であった。
第2章 ー吸血鬼殺しの聖女人形ー
これにて終了。
第3章 ー少女たちの休日ー
は書き溜め完了後に更新開始します。
開始時期については12月中を目処に考えていますが、ある程度できあがったら活動報告にて報告する予定です。




