第023話 テリトリー
※随分とお待たせいたしました。
今後は不定期更新ですがペース上げて更新していこうと思います。
「あいつ。急に呼び出しやがって。まったく、どういう了見だ」
駅前の広場に立っている猫人族の少女がそんなことを口にしながら空を見上げている。その少女の名はアネモネといい、彼女はセフィロシティの娼館のひとつに所属している娼婦のひとりであった。
アネモネは先ほどから己の髪のハネを気にしながら周りを見渡しているのだが、彼女を呼びつけた男はまだその場には来ていない。
「くそっ、もう何分の遅刻だよ。もしかして私、安く見られてんのか?」
そう言って耳と尻尾をピンと立っているアネモネがその場に立っていると、不意に横から声がかかった。
「よお。待ってるのかい?」
「なんだよ、オセエ……って誰だよ、お前?」
声の方へと勢いよく振り向いたアネモネが眉をひそめた。話しかけてきたのは待ち合わせの相手ではなく、まるで知らない若い男であったのだ。
「いやぁ。君、ずっとそこで立ってたからさ。待ち合わせっていうにはちょっと長いかなって思ってさ。もしかして予定が空いたんじゃないかなーって……違う?」
「ナンパかよ。悪いけどお呼びじゃないんだよ」
ウンザリとした顔でアネモネが言葉を返すが、男の方は笑顔を崩さず「まあまあ」と言って手を広げる。
「そう言わずに。ほら、機嫌直してさ。君のことを放っているような薄情なヤツよりも俺と一緒に遊んだ方が楽しいってば。良いとこ知ってんだよ」
「うるせえな、いいから消えろ。お前、ザクロんところのヤツだろ。同業くらい見抜けよ馬鹿」
そう言ってアネモネが服に付けた、赤い花をあしらったワッペンを見せる。またアネモネの視線の先にあるのは男の手首に付いている黄色い腕輪だ。
それらは、どちらもそれぞれの所属を示している証であった。この街で商売をする上で彼らはそうした特徴的なアイテムを自ら付けて互いの判別を行っていた。実力差の分かり辛い街だ。それが彼らにとっての命綱でもあった。
それから男がようやく状況に気付いたのか、目を丸くして声を上げる。
「うぉ、ミュンさんところのヤツかよ。なんだよ。声かけて損したわ。つか、男漁りかよ?」
「アホ。テメェんところとは違って、こっちは会員制だ。新人だろ、お前?」
アネモネの指摘にバツの悪そうな顔で男が頷く。
「ああ、そうだよ。244街区から出てきてな。ザクロさんところのクラブに入れてもらったわけ」
「ふーん。最近多いな。そういうの」
ノエルが244街区の支配者になったことで、街の中の動きも今は流動的となっていた。人の出入りが激しい分、揉め事も多くなっているのはアネモネならずとも両街区の住人が共通して懸念していることだった。
「金目族がみんなノエル様の傘下になったからな。あっちの界隈はかなりギスギスしてて肩ぁこっちゃってさ。そんで、こっちに来ちゃったってわけ。けどノエル様直轄はやっぱり景気がいいみたいだな。今日はプライベートか?」
「そうだよ。だから、さっさと行っちまえ」
しっしと追い払うようにアネモネが手を振ると、男が「へいへい」と言いながら肩をすくめて立ち去ろうとする。それから何かを思い出したように振り返った。
「分かったよ。せいぜい休日をお楽しみくださいな……と。ああ、そうだ」
「なんだよ?」
「又聞きなんだけどさ。244街区経由から転がし屋が入ってきてるって話があるんだよ。ザハックっていうデブコボルトなんだけどな。ザクロさんが気にしてたし一応ミュンさんにも話を流しといてもらえるか?」
「転がし屋……奴隷狩りか。うちにゃあレアもんも多いし、確かに問題かもしれねえな」
「だろ?」
「わーったよ。そんじゃあミュンさんには話しておくから、離れろっての。ああ、アネモネがよろしくって言ってたってザクロには伝えておいてくれよ」
「アネモネ? ああ、ザクロさんが通い詰めてるっていうのアンタかよ。あの人、ロリコンだったのか」
「上客だよ。優しい男は好きだね」
そう言ってアネモネがようやく男を追い払うと、それからすぐさま、またその場で周囲を見回した。話している間にもアイツが来たのではないかと思ったのだろうが、目的の男ではないが己を見ているふたつの視線があることにアネモネは気が付いた。
「あん。アンタは……」
その視線の主は豚獣人と小さな女の子だった。
「ドラムに……女の子?」
アネモネの言葉に、見目麗しいといった表現が似合いそうな少女が「よっ」と手を挙げる。
「ブモー。ミュンさんとこのジャリじゃないか。偶然ではないな。これが待ち合わせの相手なのか?」
ブモーと尋ねるドラムに、少女が『まあなあ』と返すと、続けてアネモネに改めて手を振った。その初対面らしからぬ馴れ馴れしさにアネモネが眉をひそめながら口を開く。
「ええと。お嬢ちゃん、誰? ていうか人族に見えるけど、そのガキっぽくない反応は長命種だろ。何だよ、その組み合わせは?」
このドラムという豚獣人は彼女の上司であるミュンの指名客であった。そして、そのドラムと一緒にいるのは銀の長髪を靡かせる美しい少女だった。
未だ幼さ宿る姿ではあったが、その顔の造形は現実のものとは思えぬ優美さがあり、周囲の男たちどころか女性までもが、その少女に目を向けていた。それはまさしく宝石が街を無防備に歩いているようなものだった。その注目ぶりはドラムがいなければ、何かしらのトラブルに巻き込まれかねないような危うさを感じさせるほどのものだ。
また少女が着ている服にしても、その造りからして民生品のソレではなく、アネモネの着ているものなど太刀打ちもできないようなオーダーメイドの高級品だろうと見て分かった。もっとも、反面アネモネはその少女とどこか会ったようなチグハグな印象も受けていた。一度見れば忘れそうもないはずだが……とアネモネが思っていると、少女は頭をかきながら『あれ、話聞いてないのか?』と口にした。
その言葉にアネモネが首を傾げると、ドラムが少女にこう言ったのだ。
「おい、『ミーシャ』。ミュンさんにはちゃんと話をしたんだろうな?」
……と。
その言葉にアネモネが目を見開いて少女を見た。
「は、ミーシャ? え、マジで? あの寝ぼけた顔の……ああ、そうか。雰囲気は確かにそうじゃんか」
『おい、寝ぼけたってなんだよ?』
「お前、いつも眠そうだろうが」
眉をひそめる少女にドラムがそうツッコミを入れた。
『んだよ。お前も敵か。まあいいや。アネモネ、今日はお前がこの身体の服を買うの手伝ってくれるってミュンから聞いてるんだけどさ。もしかして、何も聞いてないのか?』
驚き顔のアネモネに『聖女人形』が訝しげな顔で自分の身体を指差して尋ねると、アネモネがブンブンと頭を縦に振った。
「聞いてないよ、んなもん。というか、ああ、ああ、そうか。ミュンさんが変わった格好で来るかもってのは言ってたけど、そういうことか。なんだよそれ。幻術か何かか?」
アネモネが尋ねると聖女人形が肩をすくめる。
『幻術でなんで女モンの服なんて必要なんだよ。身体は本物だっての』
「いや、そうだけどさ。ちょっと、ああ……肌のキメが細かい。何なんだよ、その身体?」
近付いて聖女人形をじっくりと見ていたアネモネがそう言う。
「僕も驚いたけど、遠隔操作用の人形らしいんだブモー。ミュンさんから今日はお前にこいつの服を買ってもらうように話を聞いてるブモー。で、僕はガードマンだブモー」
『いらねえと思うけどな』
聖女人形が肩をすくめるが、対してドラムが鼻息荒くして言う。
「その人形の馬鹿力はともかく、見た目が良過ぎるから仕方ないんだブモー。力が妙に遮断されて、あまり強そうにも見えないし、この街で歩いてたら三歩で襲われるブモー」
『う、まあ……そうなんだけどなぁ。善し悪しだよな、そういうのって』
そう交わし合うふたりの会話を聞いて、アネモネもようやく事情が飲み込めてきたようだった。
つまり今日ミュン経由でアネモネがミーシャに呼ばれたのは、ミーシャが操作する人形のお洋服を買うためであったのだ。ミュンを通してのお誘いも妙だとは思っていたのだが、デートはアネモネの勘違いであった。
とはいえ、それを悟られるのもしゃくであったアネモネが腕を組みながらジト目で聖女人形に尋ねる。
「でー。つまり、あたしはお前のその人形に合う服を買いに行けばいいのか?」
『おう。さすがに俺ひとりで女物の服を買うのも厳しいしな。ひとりで歩くとやたら声がかかるし、襲われるし、後始末が面倒だし』
すでに何度か襲われて、しかもかなり物騒な方法でお引き取り願ったようである。
「その見た目が良過ぎるんだブモー」
『わーってるよ。だからカモフラージュできる服が欲しいんだよ』
「まあ、確かに……この街だとかなり危ないかも」
アネモネが周囲を見回しながら言う。すでに狙われている可能性も高く、色々と頭の痛くなる状況ではあった。
『だろう? 野郎どもに変な目で見られて、気持ち悪いったらありゃしねーんだよ』
「まあ、そりゃあそう見えるよな。しかし、人形って。まるで生きてるようにしか見えねえが。死蝋……いや、剥製か? お、お前。そういう趣味が」
己の推測に思わず後ずさり始めたアネモネを見て、聖女人形が慌てた顔をする。
『ちょっと待て。なんだ、その猟奇的な発想は』
「わりいけど、あたしはそういうのはちょっと。いや、まさかあたしも狙って?」
『おい、ちょっと待て。お前何考えてやがる? こいつはノエルにもらった戦闘人形なんだよ。けど、見ての通りに出来が良過ぎんだけどな』
そう聖女人形が言う。それにアネモネが「なんか。変」と言いながら、聖女人形の全身を、上から下へと見渡して、それからペタペタと触り始めた
「この綺麗な肌艶なんか人間っていうか天使族みたいだな。匂いだって……なんだよ、これ」
スンスンとアネモネが鼻を動かす。猫人族のアネモネは犬人族ほどではないにしても鼻が利く。身体全体から安心するような甘い香りをアネモネは感じていた。
『おい。あんま顔近づけんな。くすぐったい』
「感覚があるのかよ。じゃあ、こっちの方も」
『あ……』
アネモネが上と下とまさぐると、聖女人形の口から声が漏れた。
「すげえな。上も下もバッチリ感じるのか。こりゃあ、女のあたしが見ても襲いたくなるぜ。うちの店で働けば、トップ行けるぞ」
『触んな。勘弁しろよ。男と抱き合う趣味はねえ。ていうかその手を離せ。まったく』
そう言って嫌そうな顔をしてアネモネの手をどける聖女人形に、アネモネがニヒリと笑う。
「そう言えば、お前……ここら辺弱かったよな」
『うるせえよ。敏感なんだよ俺は。マリシアが変な顔して見てんだから勘弁しろよ』
「マリシア?」
『仕事仲間だ。今、本体はマリシアんところで調整してくれてんだよ。パスが混線してジャックが参ってるんでな』
その聖女人形の言葉にアネモネが少しだけむくれる。
「おいおい。お前、私とデートするのに、別の女と一緒にいるのかよ」
『デートじゃないし、あっちもイチャイチャしてねえよ。全身に呪文を描き込まれて動けねえんだよ。いいからとっととここ離れたいんだけど。周りの目がなんか突き刺さるし』
すでに注目を集めすぎている。そうした視線に慣れてない聖女人形が居心地悪そうな顔でそういうと、アネモネが肩をすくめながら頷いた。
「あいよ。ま、ミュンさんからの頼まれごとだからな。適当に付き合ってやるよ」
『助かるぜ。ドラムも頼んだぞ。ここらはこんな貧相なガキを見て興奮してる変態ばかりみたいだ。この街はロリコンが多すぎる』
「任せろミーシャ。僕がしっかりとガードしておいてやろう」
ブモーっとドラムが己の胸を叩いた。
それからアネモネが駅の方へと歩き始め、それに聖女人形とドラムが続いていく。こうして、聖女人形の初めてのお使いが開始されたのであった。




