第019話 ゴールデンアイ
「貴様など、ノエル様にかかれば……グァアアア!」
「黙れよ。この小児性愛者ども」
ただひと蹴りで赤目の男の顔が潰され、その場に体液と肉片が飛び散る。それを不快そうな顔で見ながら、金目の男ロバートが舌打ちした。
「チッ、雑魚相手に手間取るとは……まったく、ついてないな。ここ最近は」
踏みつけた足にこびりついたものを嫌そうに地面にこすり付けながらロバートが亡骸に唾を吐き、それから周囲を見回した。
その場は243街区と244街区のちょうど境界だ。それからロバートは懐から丸い宝玉を取り出すと、それがポウッと光り始めたのを見て満足そうに頷いた。
「なるほど。それが支配者が得るという子珠か」
後ろからかけられた声に、ロバートが笑みを浮かべて振り向く。そこにいたのは身体の半分が機械でできた人間、先ほどミーシャと戦っていた機人の片割れであるタナカという男であった。
「タナカか。そうだ。これこそが支配者の証。ダンジョン内の魔素を所持者の魔力へと変換し増幅してくれる迷宮珠の分身だ」
そのロバートが掲げている子珠と呼ばれる宝玉は、セフィロシティを含むこの世界を作り上げているダンジョンと呼ばれる迷宮ゴーレムの核より分けられたものだ。
それは本来、ダンジョンの階層を護る番人に与えられるもの。今ではサイタンピラーによって階層同士の空間が繋げられてはいるが、構造自体が変わったわけではない。子珠は自らの領域でなければ、その力を発揮しないものなのだ。
そして子珠の輝きと共に魔力が増大していくのをロバートは感じながらタナカへと尋ねる。
「それで、そちらは仕留めたのか?」
「ああ、問題ない。他にはいないようだ」
「あのガキの僕だ。まあ、その程度だろう。ゴーレムの方は手応えがあったが……な。しかし、あの化け物は」
ロバートが先ほど見たものを思い出して肩を震わせた。それは無意識の衝動。ロバートはつい数時間前に見た化け物の姿を忘れられないでいた。遠目から観察していてなお、足がすくんだのだ。
「あれが不死病感染者の捕食形態か。あんなものが実在したとはな」
「イシュタリアの賢人の恩恵だったか。噂には聞いていたが……実物を見れるとは思わなかった」
タナカの言葉に「恩恵?」とロバートが吐き捨てるように言う。
「呪いの類だ、アレは。おぞましい」
それからロバートは己の支配する街区へと視線を向ける。その場にあるのはすでに閉鎖されて一年は経つ映画館だ。それは243街区と244街区がかつて友好を結んでいたという証であり、ロバートが来たことで終わりを迎えた建造物だった。
「それで、どうする?」
「そうだな。そこの赤目どもは、どうせここに来るまでにあのガキに連絡をしているだろう。であれば引きずり出して、ここで決着をつけてやるというのもいいか。あの人形を奪ってから誘い込みたかったが……で、人形が稼働していないのは間違いないんだろうな?」
その言葉に機人の男タナカが頷く。
「ああ、ヤツは不死病感染者とはいえ、人族だ。アレは魔属の血に含まれる魔素に反応して起動するようにできている。魔素の含まれていない人族では血を吸い尽くされようとも、転化させることはできない。それに適合せずに血を奪われすぎた結果、ああなったのだろう。つまり聖女はまだ使えないはずだ」
「他の連中が使う可能性は?」
「一度起動プロセスに入ったのだから、別のヤツで再起動というのも無理だろう。よほどの術者に解析されれば分からないが……まあ、少なくともすぐさまは無理だな」
そのタナカの言葉にロバートがホッとした顔をする。
「ならば、安心か。あの方より賜ったものだ。敵に利用されたとあっては、目も当てられんからな」
だからこそロバートはもっとも確実に人形の回収をするために、己自身の手で敵地に出向いていたのだ。
間抜けなノエルの通信を盗聴し、先回りしてゴーレムを支配し、それからロバートはそれを隠れて操ることに専念していたわけだが、今となっては正解だったとしか言いようがない。
244街区の金目族を預かるロバートであっても、捕食形態に対して勝てる気はまったくしなかった。
「あの人形を取り返さなければ……」
「分かっているとは思うが、アレは我らのものだ。今回も貸し出しているに過ぎないのだからな」
「ああ、分かっているさ。その回収をあの方に指示されているからこそ、お前のような者の同行も許しているのだ」
「……そうか」
タナカの落ち着いた言葉に、ロバートは少しばかり眉間にしわを寄せたが、言いあっている間に244街区から金目の男たちがぞろぞろと近付いてくるのが見えた。
「ロバート様」
「おお、きたか。我が同胞たちよ」
それは244街区を支配する金目の一族だった。その後ろではタナカがボソリと尋ねた。
「やはり、挑むのか?」
あまり乗り気ではないという顔のタナカに、ロバートが目を細めながら口を開いた。
「当然だ。あの方の用意したお膳立てがすべて崩された。見限られる前に、殺るしかないだろう。それに貴様も仲間を殺されたではないか。仇を討つ気はないのか?」
「あれはヤツが前に出過ぎただけのこと。そうした感傷はない」
その言葉にロバートが苛立たしげな表情で「腰抜けが」と牙を剥いた。それにはタナカも肩をすくめながら言葉を返す。
「心配するな。仕事はしよう。それが俺の役割だ」
「ふんっ」
そうしたやり取りに区切りがついたのを見計らった金目の老執事が前に出て、ロバートの前に頭を下げた。
「ロバート様。準備はできております。あの赤目どもに目にものを喰らわせてやりましょう」
「ああ、そうだ。その通りだ。そこに転げている死体をぶら下げて挑発してやれ。ハッ、最初からこうしておけば良かったのだ。すでに滅んだも同然の一族を相手にチマチマとやり過ぎていた」
そう叫んだロバートの前で、金目の男たちが声を張り上げる。
やがて一時間ほど経った後、その場に赤目の兵隊たちが到着した。その間にロバートからノエルへと戦いの宣言が行われていいて、そして吸血鬼同士の、243街区と244街区の抗争が瞬く間に開始されたのであった。
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「で、目覚めて早々って言うかさ。起きてはいたんだけどよ。何なんだかな」
頭の上、コンクリートの屋根から爆発音や銃声、叫び声が響いている中、元の姿に戻った……というべきかは微妙な、いつもの革ジャンにツナギを着た男の方のミーシャが愛犬のジャックとともに暗い通路を歩いていた。
そこは映画館に通じている下水道だ。その中をミーシャが嫌そうな顔をしながら手に持つライトを頼りに歩いていた。
「キィィイッ」
『来たぞ』
「あーもうっ!」
ミーシャが持っていた自動拳銃を構えて、飛び出してきた巨大ネズミを撃ち抜く。消音装置付きであるために、音はそう響かないが、その弾丸一発がミーシャにとっては負担である。
「デカいから的にはしやすいが、弾がなあ」
マリシア製複合術式弾丸の威力は高いが、値が市販のものの数十倍するのが問題だ。
「命のやり取りしてんだから、費用は仕方ないとしてもなあ」
『いいんだぜ、相棒。俺様ならいつでもよ』
『「ネズミのために指を喰わせろってのか」』
ふたつのところから同時に声が響いた。それにはミーシャが眉をひそめて、口を押さえる。それに併せて、黒犬ジャックに乗っている少女も口を押さえていた。聖女人形は今もミーシャが動かしている状態だった。
『あんまり上手く動かせてないようだな、相棒』
「仕方ないだろ。というか、これ使い物になるのかよ?」
対吸血鬼用兵器だと告げられて、同行を強制されたその人形は、リチャードが調べ上げたことで、ある程度の動かし方がミーシャにレクチャーされていた。
「自分が二人いるみたいな感覚。ぜんぜん慣れねえわ」
『ロリビッチが言うには、同時に動かすんなら召喚術師にでも習えって話だったよな』
「操作だけに集中すりゃ、多少マシに動かせるんだけどな。マリシアにでも頼めば教えてくれるかな。けど、これ終わったら返すんだから意味のない話か」
『ま、今からじゃあ間に合わねえ。スイッチしてやるしかねえだろ』
リボルバーの言葉にミーシャは肩をすくめる。ともあれ、聖女人形は確かに戦力としては強力ではあった。
「大体さぁ。この下水道って……さすがにロバートってのにバレてんじゃね?」
『いんや連中、新参らしいからな。この下水道はすでに廃棄された古い地図しか乗ってねえらしいぜ』
「ホントかよ。まあどうせノエルは、バレたらそれはそれでって気持ちで指示してたよな」
『ま、テメェは死なねえってんでテキトーにやってんだろうよ』
『「ハァ」』
『二重音声は止めろや相棒。ジャックがどうしたものかって顔をしてるぜ』
「ああ、悪いなジャック」
横に歩いているジャックに、ミーシャが謝る。そのジャックの背に乗っている聖女人形は時折ミーシャと同期して声を発していた。やはりまだ操作の切り替えは上手くできないようである。
「で、ここから先に確か出口があるはずだが……」
そう口にした直後、ミーシャはわずかな振動を感じて眉をひそめた。
「ん、なんだ?」
『上だ相棒!?』
リボルバーの言葉と共にミーシャの上の天井にひびが入った。その様子を見てミーシャが駆け出した。
「ジャック、下がるぞ」
「ウォンッ」
そして、ミーシャたちが下がった途端に天井が崩落し、そこには巨大な人型の機械が降ってきたのが見えた。それにミーシャが驚きの顔をしながら自動拳銃を構えると、落ちてきたロボットから声が響いた。
『お前も来たのか用心棒。人形は返してもらうぞ!』
RIKISHI-78。装甲にそう書かれたロボットのカメラアイが赤く輝き、右腕に装着されていたガトリングガンの銃口がすぐさまミーシャへと向けられた。




