第018話 ホーリーブラッド
『なんなんだよ、これは?』
ゼダン通りにあるホテルレッドアイの入り口前。
そこでは、ミーシャ(人形)と、ミーシャ(本体)を乗せているジャックを、首のない鎧騎士や赤目、中身のない鎧騎士たちが取り囲んでいた。それらはホテルレッドアイのガードを勤める亡霊騎士部隊と、ノエル・レーベの親衛隊たちであった。
『手厚い歓迎だなミーシャ』
『あー、そうだな。それに妙に殺気立ってやがる。敵じゃねえぞ、俺は』
ミーシャが愛らしい顔で周囲を見回す。
ノエルと同じ赤い瞳の吸血鬼一族である赤目の者たちは、いくらかの怯えを瞳に宿しながらもミーシャたちに敵意を向けていた。対してデュラハンや鎧騎士たちは警戒心を持ちながらも同じように怯えている様子はなく、それぞれの武器を握りながらミーシャへと向き合っている。
『埒があかないな』
それからミーシャは今の自分の体である人形のボディと背負っている十字架を見てから、もっとも話の通じそうな顔見知りのデュラハンへと声をかけた。
『で、どういうことだよ? ドゥームのおっさん?』
『貴様におっさん呼ばわりされる覚えはないわ。我が友を倒し、使い魔を奪って調子に乗ったか聖女め。だが、それもここで終いだ!』
ハルバードを突き出しながら叫ぶドゥームにミーシャが頭をかきながら尋ねる。
『いや、だからさ。俺だっての。俺がミーシャだ。ついさっき説明したよなおっさん?』
『黙れぃ。放つ気配を見れば、貴様がどれほどの聖女かはワシにも分かるわ。吸血鬼一族にとっては天敵であろう姿でそう口にしたところで理解できるはずもなかろう』
平行線である。だが、そもそも吸血鬼の天敵を渡したのはノエルの方なのだ。
『話通じねえか。もういい』
ミーシャはノエルに直に連絡を取った方が早いと思い、ツナギのポケットに手を入れた。それには全員が一斉に構えたが、ミーシャはため息をつきながらモゾモゾと目的のものを探し続ける。
『貴様ッ』
『ビビってんじゃねえよおっさん。あんたの頭は今も金庫の中なんだからよ。何されても死にやしないんだから、おおらかに行こうぜ?』
『むう。お前、本当に……』
『それに出すのはこれだぜ。まったくよ』
そう言ってミーシャが取り出したのは、まっぷたつに割れて動かなくなったスマートフォンだった。割れた液晶パネルがポロポロと剥がれて地面に落ちていく。
『締まらねえな、おい』
リボルバーの呆れた声に対し、ミーシャが『マジかよ』と嘆いた。ミーシャのスマートフォンは、先の戦闘の衝撃ですでに亡きものとなっていたのだ。その様子にドゥームが遠慮がちに尋ねる。
『で、それをどうするのだ?』
『あーうん。ノエルにな。連絡したかったんだけど……さ』
そして妙に白けた空気が流れる中、「その必要はございません」との声がその場に響き渡った。ミーシャが声の出元へと視線を向けると、そこにいたのはホテルの中より出てきた執事のリチャードであった。
『リチャード、どういうことだ?』
急に現れたリチャードに、戸惑いながらもドゥームが尋ねる。
「ノエル様よりの伝言です。『そこの面白いのをさっさと通せ』……とのことです」
その言葉にドゥームが『ふむ』と口にする。
それからドゥームはノエルの親衛隊が伸ばしていた爪を戻して銃をホルスターに仕舞ったのを見て、バッと手を挙げて鎧騎士たちに退却の意志を告げた。
そして鎧騎士たちがそれぞれホテルの壁に並んでいる台座に置物としての役割に戻ると、リチャードはゆっくりとミーシャの元へと歩き出す。入れ替わりにドゥームはホテルへと戻り始め、
『後で事情は説明しろよ?』
すれ違い様にそう口にしたドゥームの言葉に対してリチャードは「ノエル様が許すのであれば」とだけ返した。それからドゥームもホテルのロビー中央台座へと戻って座り、ミーシャはリチャードへと『で?』と尋ねる。
『事情は理解してるってツラだなリチャード』
「大まかには。少々お早いお戻りかとは思いましたが」
その言葉には、リボルバーが『よく言うぜ』と笑う。それから赤目のひとり、親衛隊を指揮していた男が一歩前に出て声を上げた。
「お待ちください兄上。兄上ならばお分かりでしょう。それがミーシャか否かは問題ではありません。その中身は……」
「黙れカイル。ノエル様の決定に我ら眷属が異を唱えることなど許されると思っているのか?」
牙を剥いたリチャードに、カイルと呼ばれた男が体をすくめる。それから顔を落としながら「申し訳ございません」と口にして一歩下がった。その様子に見ながら、ミーシャがリチャードへと尋ねる。
『どういうことだ?』
「まあ、ノエル様であればどうあれ『問題はない』のですがね。ミーシャは今自分が動かしている人形の中身をご存じですか?」
訝しげな視線を向けるミーシャに対し、リチャードが逆に質問を返した。それにはミーシャも少し考えてから、口を開く。
「そうだな。これが人形の一種で、俺の血がたっぷり入ってるってことくらいは知ってるな。後、穴んなかに針が仕込まれている」
リチャードが「針?」と首を傾げたが、その言葉を捨て置くことにしたのか、ひとまず話を続けていく。
「ミーシャ。その人形の中に取り込まれたあなたの血は、今は聖血と呼ばれるものへと変化しています。であれば、カイルたちが警戒する理由も分かりますね?」
その単語を聞いたミーシャの眉間にしわが寄る。
聖血とは天使族などに流れる血の名称であり、天使がこの街において絶対的な優位性を保ち続けている理由のひとつでもあった。特に吸血鬼にとっては、その液体は猛毒そのものである。
「つまりはね。その人形は、対吸血鬼用の兵器なのですよミーシャ」
そのリチャードの言葉にミーシャも目を細め、リボルバーが『ケッケッケ』と笑った。
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「はっはっは、早い戻りじゃなミーシャ」
それからホテルの最上階へと通されたミーシャを待っていたのは、赤目の吸血姫ノエルであった。
『うるせえよ。なんだよ。こんな格好にさせやがって』
対してノエルの前にいるミーシャの姿はといえば、今は黒いドレスを身に付け、荒れていた髪も解かされ、ルージュを引かれ、一通りの化粧を施されていた。
その姿は女神のごとき美しさがあったが、もちろん本人にそのような自覚があるはずもなく、ミーシャはドサッとソファに座り込む。
「似合っておるぞ、ミーシャちゃんや」
『うるせえよ、クソッ』
ケタケタと笑うノエルとケッケッケと笑うリボルバーを、ミーシャは不機嫌な顔で睨んだ。どうであるにせよ、ミーシャの認識としては女装させられたに等しい感覚だ。であれば、少女への変身願望など持ち合わせていないミーシャが不機嫌になるのも無理からぬところである。なお、ミーシャをそのように仕上げたのはリチャードであった。
「ノエル様の前に、あのようなみすぼらしい姿で出させるわけには参りません」
『あれって、いつものツナギだっただろ?』
「ボロボロじゃったがな。捕食形態になったのじゃろう。でなければ、あれほど破損しておるはずもないからな」
そう言われてからミーシャが不機嫌な顔を隠そうともせずに口を開く。
『家のすぐ近くで狙われたぜ?』
「災難であったな」
ノエルの返しに、リボルバーが『ハッ』と笑う。
『サンドロスが吸血鬼化してやがった。金色の目になってな』
「そちらは予想外じゃったが、まあこうしたことにはリスクは付き物じゃ。用心棒をやっているのであれば、そういう最後になろうことも承知であったはずじゃよ」
『やっぱりお前が情報を自ら流してやがったか。全部仕込み通りかよ』
ミーシャの非難の言葉にノエルは首を横に振る。
「いやいや、なかなか上手くはいかんものでな。実際には予定外のオンパレードじゃよ。サンドロスが死んだことも、十字架の中身が人形でそなたが契約してしまうこともすべてば。妾としてはもう少し楽な釣りかと思っておったのじゃがな」
「契約って、勝手に噛みつかれたんだよ。まさか、あれが契約だったってのか?」
その言葉にノエルが目を細め、少し考えながら口を開く。
「ふむ。あれはドルグに預けられておったものじゃからな。開けたときにそばにいる対象者から血を提供させ、それを契約にするものだったのじゃろう。ドルグの巨体ならば、吸い尽くされることもなかったであろうしな」
『まあ、ヤツはデカかったからなぁ』
旧街区で戦ったオークのボスであったドルグ・バーバル。その巨体であれば……とミーシャも頷いた。
「そもそも妾が囮に考えておったのは、そちらの十字架よ。それ自体も結構な霊装でな。それこそが妾らに対する切り札であったと思っておったのじゃが……まあ連中、存外に本気であったようじゃな。まさか、聖遺物内蔵の聖女人形とは……やり過ぎじゃろう」
『内蔵?』
ミーシャが少女の姿をした己の体を見る。その内側に何か暖かいものがあることはミーシャにも理解できる。
『何かあるのは分かるんだけどな』
「聖杯じゃよ。それがお前の血を内部で聖血に変換させ、人形を聖女と同等の存在へと変異させた。その事実に気付いたときにはさすがに肝が冷えたぞ」
『というか、人形を知らなかったという割にはよく知ってるな?』
ジト目のミーシャにノエルが「ふんっ」と言いながら、不機嫌な顔で口を開く。
「ここに来るまでにそなたはどれほどの時間をかけた? この街は妾の領域じゃぞ。その間に調べ上げることなぞ軽いものよ」
『つまりは気付いてから慌てて調べ上げたってことじゃねーか。ホテル前で待たせたのも時間稼ぎだったんじゃねえの。糞ロリビッチ様よぉ』
『ああ、なるほどなぁ』
「うるさいわ、この馬鹿コンビが」
ガーッと叫ぶノエルを見て、ミーシャが『というかよ』と口を開く。
『さっきから聞いてれば、結局この人形が俺らが襲われた原因なんだろ? どういう由来のものなんだよ、これ?』
「知らんよ。今はそれを用意した当人に聞こうとしておるところじゃ。どうも尾けた親衛隊は捕らえられたようじゃがの」
『当人?』
ミーシャの問いに、ノエルが頷く。
「この街に自ら赴き、サンドロスを支配して、人形を奪おうとし、ついでに妾の配下を殺した愚か者じゃ」
その言葉に、後ろに控えていたリチャードの顔が少しばかり怒りに歪んだ。
『で、誰なんだよ。それは?』
そしてミーシャの問いに、
「244街区の支配者、ロバート・ダンカート本人じゃよ」
ノエルはそう答えたのであった。




