第014話 スリーピース
その日。セフィロシティ202街区にあるセントラルドームでは、天使族主催による街の支配者たちの会合が開かれていた。
街全体を支配し行政を担う天使族と、街区ごとの社会を支配している支配者。それらは役割の棲み分けがされてはいるが、主導する立場はあくまでも天使族だ。そのため、この場はセフィロシティの市長であるメタトロスによって仕切られていた。
『なるほどな。やはり問題は旧街区か』
『いっそ……とは思うが、それを管理する者がおらぬのではな』
『では適当にでも良いから支配者を用意すれば』
『は、アレを制御する前に殺されるだろうさ』
そして、議長席に座るメタトロスの前では支配者同士による会話が交わされ続けている。
議会室全体が重苦しい空気に包まれ、周囲を警護する天使族たちもピリピリとした顔をしているが、彼らの会話は途切れることはない。
その中で用意されていた243街区の支配者の席に座っているのは、当然ノエル・レーベその人だ。とはいえノエルは会話には参加せず、その表情は先ほどから険しいまま無言を貫いていた。
「まったく下らん話し合いじゃな」
ノエルがぼそりと呟く。今この会合で議題に上がっているのは、243街区の支配者襲撃計画が企てられた件に関するものだ。言ってみればノエルは魚のツマミにされたも同然であり、その場で犯人探しが行われるわけでもなく、焦点となっているのは騒ぎの起きた旧街区の扱いについてであった。
そもそもが支配者とは力によって他者を支配するものであり、それが殺されるなど殺された方に問題があるとするのが支配者たちの共通認識だ。
それにその認識自体はノエルにしても同様であり、彼女が苛立っている理由はそこではなかった。
「しかし、クソ忌々しい」
それからノエルが視線を向けた先にいたのは、244街区の支配者であるロバート・ダンカートという男だ。先ほどからノエルに向けられていた金色の視線は、ノエルがひと睨みしたことで舌打ちしながら逸らされた。
そのことにノエルは鼻で笑ってから、メタトロスへと視線を戻す。
(さて、アレは何を考えているのやら)
現時点において、ノエルの殺害を企てた主犯の可能性がもっとも高いのはロバートだ。疑われているのを分かっている上で先ほどのような敵意を送っていたのだからいっそ清々しいとすらノエルには思えたが、その意図も何故今襲撃の準備を始めたのかも不明である。
もっとも先ほどの瞳の中にある苛立ちを見れば、相手の考えていることの一端ぐらいはノエルにも理解できた。
(バーバルファミリーが失敗したことがよほど効いているようじゃのぉ)
ロバートは吸血鬼の中でも金目族と呼ばれる出の男である。一年前に244街区の支配者を殺し、新たなる支配者となった彼の次の狙いは、ノエルの治める243街区だと言われていた。実際それが事実であるように、243街区と244街区の小競り合いも最近では数が増えている。
(ま、いい加減鬱陶しくもなってきたしの)
244街区からのちょっかいをノエルはうるさい小虫を追い払う程度にしか思っていなかったのだが、今回の件は少々度が過ぎていた。それから少しばかり何かを考えたノエルが、後ろに控えていたリチャードに声をかける。
「リチャード、アレの用意をさせておくのじゃ。せっかく餌もあるのだから釣りをするぞ」
「ハッ、では予定通りにいたしましょう」
一礼したリチャードがその場から離れて、スマートフォンを使ってどこかへと連絡を始める。ソレを後目にノエルは会合が終わるまで黙ってその場に座り続けた。もっともその表情からは先ほどの苛立ちの色が消え、いつもの余裕のある笑みに戻っていた。
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「……ふぅむ」
ミーシャが目を開けるとそこはいつもとは違う光景だった。天井の模様が違うし、壁も部屋の内装も違う。
一体ここはどこなのか? 半分寝ぼけているミーシャにはそれが分からない。
「どこだ、ここ?」
はて……と思い、己の記憶を掘り起こそうとしたが、その直後に布団の中から何かが這い出てきた。ミーシャはギョッとした顔でその何かを見て、その何かから、ここがどこで自分が何をしていたのかを思い出す。
「よ、寝坊助。お前が一番起きるの遅かったぜ?」
そう言って布団の中から出てきてミーシャの抱きついてきたのは、幼い顔立ちをした裸の女だった。
健康的な褐色の肌、獣人特有のピンと立った耳、それにあまり大きくはない胸が陽光に当たって美しく輝いている。その光景を見ながら、少しばかりの充足感を得たミーシャは「よぉアネモネ。おはようさん」と返した。
「へへっ」
アネモネが八重歯をのぞかせながら笑みを浮かべる。
彼女はミーシャの知り合いのミュンが経営する娼館に勤めている娼婦であり、バーバルファミリーのアジトで助けた女のひとりだ。そのアネモネにミーシャが頭をかきながら尋ねる。
「お前ひとりか。ミュンは?」
「ミュンさんなら台所だよ。あ、ほら来た」
アネモネの言葉通りに、部屋の外からミュンがやってくる。それからミーシャが起きているのに気付くと、微笑みかけた。
「起きたみたいねミーシャ。おはよ」
「おう。よく眠れたみたいだ。マッサージが効いたらしいな」
「へっへー。昨晩は三人相手にちーっと頑張り過ぎてたからな。しっかし、ボーッとした顔してるくせに思ったよりも男だったじゃん。今もだけどさぁ」
そう言ってミーシャの下腹部に伸ばそうとしたアネモネの手を、ミーシャは面倒そうに払う。
「よせよ。朝からはいいっての。それに頑張ったっていいだろ。ただなんだしさ」
「いや、台無しなこと言うなよ」
アネモネが眉をひそめながらもミーシャの胸元にしなだれかかる。それにミーシャが肩をすくめるが、ミュンは少しばかり眉をつり上げながら声を荒げる。
「アネモネェ、ミーシャが起きたんならそろそろお店に行く準備しな。大体は業者にやらせてるけど、片付けだって色々あるんだしさ」
「えー私、一晩頑張って疲れたからパース。こいつを抱き枕にしてゴロゴロしてるー」
そう言ってミーシャの胸にスリスリと顔をこすりつけるアネモネに、ミュンのゲンコツが落ちた。
「あだっ!?」
「馬鹿言うんじゃないよ。あの豚どもが暴れた後始末しないと店が開けらんないって言ってんだよ。金稼ぐ気がないんなら、ほっぽり出すわよ」
その言葉にアネモネが「へいへーい」と言いながら、のそりとベッドから降りると、尻尾を揺らしながらソファーに置いてあった下着を履き始めた。
その様子をミーシャがまったくの真顔でガン見しているのに気付き、アネモネが眉をひそめた。
「おい。何見てんだよ?」
「いや……なんか、そうやってパンツ履いてる姿ってエロいと思わねえ?」
「変態かよ、お前」
アネモネは顔をしかめるが、仕事上慣れているのか特に気にせずにそのまま着替えていく。
一方でミュンはすでに外出用の服装になっており、アネモネが着替え終わるのを見計らってからまだベッドにいるミーシャに声をかけた。
「それじゃ。ミーシャ、あたしたちはもう出るからね。コーヒー入れといたから好きに飲んじゃっていいわよ。あと、出るときはこの前と同じ場所に鍵入れといてくれる?」
「おう、分かった」
何度か来たことがある部屋だ。勝手知ったるというほどではなかったが、以前通りにしてれば良いのだからとミーシャは気軽に請け負った。
「ほら、行くよアネモネ」
「はーい姉さん。そんじゃあなミーシャ。あんたとは相性良さそうだし、気が向いたらまたしよーぜ」
そう言いながら去っていくふたりにミーシャは手を振り、ひとりになったのを見計らって、あくびをしながらのそりとベッドから起き上がった。
それから少しばかり外を見て、今の時間帯がもう昼に近いことを知る。
(あーあれか。随分と頑張ったみたいだな)
今はドラムと酒を飲もうとしてベヒモスを倒した日の翌々日だ。ミュンにお礼としての誘いを受けて、ミーシャはそれをこの部屋で受け取っていたわけである。
(マリンは……ああ、用があるとかで夜中に出て行ったっけ)
お礼のマッサージは三人で行われたが、起きたときにはふたりだった。その理由はもうひとりはお得意さまに呼ばれて途中で帰ったからである。そんなどうでも良いことを思い出しながら、ミーシャは己のパンツを探し始めた。
「ふぁー。あれ、パンツどこだよ。あ、あった」
『サクバンハオタノシミデシタネ』
ミーシャが自分のパンツを持ち上げたその下には、リボルバーの入ったホルスターが置いてあった。そのリボルバーを嫌そうに見ながら、ミーシャはパンツを元の場所に戻す。
『ザッケンナヨ。くっせぇえええんだよ、この犬ヤロウ!?』
叫ぶリボルバーに、ミーシャがさらに嫌そうな顔で再度パンツを持ち上げて口を開いた。
「なんだよジョニー。なんか文句あるのか。いいだろ、ただだったんだから」
『そういう問題じゃねえよクソがっ。テメエのクッセエパンツの下でジッとしてなきゃいけなかった俺様の悲しみが分からねえのか。ああ?』
「一応、一日おきに洗ってるんだけどな」
ミーシャはパンツの臭いを嗅いでみようとして、それから「いやいや」と首を振って止めて、再び普通に履き始めた。
『つーかよ。テメェ、あのアネモネってガキの方と随分……してたよな。なんかミュンがこっそりプリプリ怒ってたぜ。テメェがロリコンなんじゃないかってブツブツ言ってなぁ?』
「うるせえなあ。若い娘ってのはまあ、いいもんだろ。分かるだろ相棒?」
カチャカチャとズボンのベルトを締めながらミーシャが言う。それにはリボルバーも『へーへー』と呆れて返すしかなかった。それから気を取り直した風な声でリボルバーが声をかける。
『ま、いいさ。そんじゃあよ。テメエの性欲も解消されたんなら、今日は俺様の食欲を解消しようぜ。な、いいだろ? あーんだ。あーん。どの指をぶっ飛ばすんだ相棒?』
「ぶっ飛ばすか馬鹿。今日は仕事もねえし、のんびりするんだよ。ここでしばらく寝てるつもりだしさ」
そうミーシャが口にして、またベッドに横になった直後である。リボルバーの横にあったスマートフォンが震え、メールが届いたことを知らせるアラームが響いてきたのは。
それをミーシャが嫌そうな顔で見て、リボルバーが『ケッケッケ』と笑った。スマートフォンの液晶画面に表示されていたのは、彼の雇い主であるノエル・レーベの名前であった。




