第012話 フェイカー
ブモーッと声が響いた。
工場跡の入り口の広場では、今まさにタイマンという名のリンチが行われていた。オーク貴族のドラムが一方的に吹き飛び、周囲を取り囲んでいたオークたちがそれを笑って見ている。
だが別にオークたちは寄ってたかって集団でドラムをなぶっているわけではなかった。ドラムの前に立っているのはドルグ・バーバルというバーバルファミリーのボスであるオークひとりであったのだ。
「ブモー。なんという強さか」
腫れ上がったまぶたをどうにか開けて、ドラムは目の前の敵を睨み付ける。
歯が立たないのはすでにドラムも理解していた。ドルグというオークは、小戦車とも呼ばれているドラムであってもついて行くのがやっとなほどの尋常ならざる膂力の持ち主であったのだ。
対してドルグは「フンッ」と鼻息を荒くしながら、口を開く。
「魔弾のバズーカか。だが火力がメインで魔術破壊も付与されていないような弾頭では、俺には届かぬな」
ドルグが笑いながら、自らの覆っている金属製の鎧を叩いた。そこには焦げ跡があった。それを見ながらドラムがブモーっと鳴いてから息を吐く。鎧の焦げ跡はドルグへと直撃したはずの砲弾の跡だった。
「試作品とはいえ、あれを受けきるとは」
ドラムが悔しそうな顔をする。ドルグはミーシャが潜入する前に、正門よりバーバルファミリーの領地である工場跡へと入っていた。そして、襲いかかってきた(とドラムは思っているが、実質的に攻撃を仕掛けたのはドラムの方である)バーバルファミリーのオークたちを倒し、自身が243街区のオーク貴族であることを彼らに告げたのだ。
その上で、ドラムはこのドルグとのタイマンに挑んでいた。
「この俺を並のオークと思ってもらっては困るなオークの坊ちゃんよぉ」
「ブモーッ!」
ドルグが挑発し、ドラムが叫んだ。
だが、オーク貴族の中でも類い希なる防御力を誇るドラムであってもドルグでは相手が悪い。彼はベヒモスの血液を輸血して、強靱な肉体を得た改造オークだ。その膂力はもはやオークという枠を越えている。
力では敵わない。また切り札である四連式のロケットランチャーも一発被弾させることには成功したが、結果は見ての通りである。
今では銃弾に魔術付与が可能ではあるが、まだ歴史の浅い技術故にロケット砲弾への術式は確立していない。
対してドルグが持っているのは巨大なガトリングガンとグレネードランチャー付きのアサルトライフルだ。装填されているのは簡易術式が込められた弾丸のようで、それ故にドラムの鎧を貫通するには至っていない。だが衝撃を殺しきれているわけではないので、ドラムの鎧内部は酷い有様となっているはずであった。
そして満身創痍となり動けないドラムへと、ガトリングガンの銃口が向けられる。
「ではさらばだ。子豚よ」
「まだまだぁあっ!」
ドラムがブモッとロケットランチャーを抱え、最後の一発を放った。それは同時に飛んできた無数の銃弾と衝突し、ドルグに届く前に空中で爆散する。
そして爆煙の中で絶え間ない銃声が響き渡り、その状況に興奮したオークたちから歓声が轟いた。だが、次の瞬間に煙の中から放たれた弾が自分たちに向かって飛んできたことで歓声が悲鳴へと変わった。
「ボス、いきなり何を!?」「ぐぁああああ!」
阿鼻叫喚の声が上がるが、弾幕の中から聞こえたのは「糞がッ」という罵声であり、続けて巨大な金属音が響き渡った。それがガトリングガンが落ちた音だと分かったのは、弾幕の煙が晴れてドルグの姿が見えたためである。
おしてオークたちから愕然とした声が挙がる。煙が晴れた先に見えたのは血塗れで倒れているドラムと、右腕から血を流しているドルグであったのだ。
「お、遅いんだな」
倒れているドラムが朦朧とした顔をすながら、工場から歩いてくる男に向かって呟いた。
「ああ。やっぱり、そういうのは男に言われる方がいいな。あんまり心が痛まないし」
『いや、テメェも大概ヒデエヤツだよ』
その乱入者をドルグと周囲のオークたちが睨みつける。それからドルグが血塗れの腕を前に出して叫んだ。
「テメエか。この腕を撃ったのは?」
「ま、な。そっちの子豚を護るのも俺の仕事なんでね。あんたがドルグさん? まあ、見間違えようのない面構えしてっけど。一応、聞いとくわ」
そう口にするミーシャをドルグが目を細めて見ながら、口を開いた。
「テメェはミーシャ・ドッグ……女王の飼い犬か」
「ああ、知ってんのか? だったら話は早いな。正直、こっちもヒーヒー言ってる状態なんでさ。腹這いになって『ごめんなさいブモー』って言って謝ってくんねえ? そうしたらノエルにお伺いたてるぐらいのことはしてやるからさぁ」
「人族風情が何を偉そうに。不死病感染者だそうだな? 貴様の首を飾り付けて贈ってやれば、あの女もこちらの意図するところを理解できるんじゃあないか?」
『来るぞッ』
リボルバーが声を上げ、ドルグは撃たれていない方の手に持っていたアサルトライフルのアンダーバレルに設置されているグレネードを撃ち、ミーシャがその場を一気に駆けて避ける。
「チッ、こいつでどうだよ?」
ミーシャがサプレッサーをはずした自動拳銃から三発の銃弾を撃ち放つが、一発目と二発目は鎧に弾かれ、残り一発が剥き出しの右耳に命中して吹き飛んだ。同時に背後でグレネード弾の爆発音が響き渡り、
「イテエだろうが、この猿ッ!」
ドルグが怒りに顔を歪ませながら、アサルトライフルの銃口をミーシャに向けてトリガーを引いた。
『突っ切れ』
「簡単に言うなよ。クソッ」
対してミーシャも横に逃げるのではなく、射線を横切る形でドルグの方へと突き進んでいく。
「ガァッ」
途中で銃弾がミーシャの身体に何発も当たったが魔獣のツナギを貫通はしない。ミーシャも受けた衝撃で血を吐き出したが、倒れることなく踏みとどまり、さらに駆けていく。
(やっぱり安物か。まあ、あんだけ撃つんならな)
距離を詰めたミーシャが再度自動拳銃をドルグへと撃つ。狙ったのは剥き出しの頭部であったが、対してドルグもマガジンを交換したアサルトライフルを再び構えて撃つと、今度の悲鳴はミーシャの方から響いてきた。
「グァッ!?」
「馬鹿が。さっきの弾とは違うぜ!」
弾丸が掠められて傷ができた額から血を垂れ流しながらドルグが笑う。そのドルグの視線の先にいるミーシャのツナギは穴だらけになっていた。さらにドルグはトドメとばかりに銃口を向けたが、そこに「ウォンッ」と影犬のジャックが飛びかかる。
「んだと、こいつ!?」
左腕を噛まれてアサルトライフルを落としたドルグへとミーシャが歯を食いしばって一気に駆けていき、自動拳銃を手放して黒いボウイナイフへと変化したジャックを握り、ドルグの懐へと飛び込んで胴を斬り裂いた。火花が散り、鎧に傷ができて内部が切り裂かれて血が吹き出す。
「アダマス合金の鎧を……だが浅ぇええ!」
ドルグが血走った目で笑いながら、右腕をミーシャへと振り下ろす。
「がっ!?」
その一撃でミーシャの身体がまるでゴム鞠のように地面に叩きつけられて飛んだ。
「ミーシャ!?」
倒れているドラムが叫ぶが、ミーシャはゴロゴロと地面を転がって、そのままドラムの近くの壁に激突した。
「イッテエ、だがテメエも逃がしゃあしねえよ」
そして自らに突き刺さった黒いボウイナイフをドルグは左手で掴んで抜き、犬の姿に戻ろうとするジャックを押さえつけながら笑った。全身血塗れ、満身創痍といった有様だが、その獣気に衰えはまったく衰えた様子はない。
「なるほど。用心棒だけはある……が、やはり人族だな。パワーが違うんだよ。こっちはな」
そう言って近付くドルグに、ミーシャが一瞬でホルスターからリボルバーを抜いて撃った。だがドルグはそれを避ける。
「中指弾だったか。直線上にあるものをすべて破壊するっていう犠牲銃の弾丸のひとつだってな?」
来ると分かっているものを避けることは、このオークには容易いことだった。対してミーシャが驚きの顔で口を開いた。
「知ってたのか?」
「当然、あの女の周辺は洗っていたからな。何、ショーにも使われていたようなものだ。調べるには時間はかからなかったぜ」
『まあ……俺様、有名人だからな』
「笑えねえ」
リボルバーの言葉にミーシャがぼやく。
「当然、テメエが親指弾の大破壊をベヒモスにすでに使ってるのは知っている。派手にやらかしたからな。狙った場所に必中させる人差し指弾は今、俺の右手に使ったな。確かに手の甲が貫通して今は感触がねえ。大した力だ。もっとも中指弾の直線の弾は今避けた。そんでその左の指が全滅してるのを見りゃあ、使ったんだが装填してんだかは知らねえがよ。治療の薬指弾と探査の小指弾を俺相手に使ったとしても意味ねえよな。で、俺は右指を食わせる気はねえ。詰みだ」
「はぁ、おしゃべりな豚だな。傷に響くぜ」
そう言いながら、ミーシャは震える手で撃鉄を指のない左手で無理矢理上げて銃口を再度ドルグに向けた。
「ハッ、右手はまだあるだろ。握ってる手を見りゃ、モロ分かりだぜ。ハッタリか? 馬鹿かテメエは?」
『いんや、馬鹿はテメェだよ豚ヤロウ』
「は?」
その場に響いたリボルバーの言葉に、ドルグが目を見開く。それにはミーシャも辛そうな顔で、だが勝ち誇った顔で笑う。
「この親指、今義手なんだよ。千切れても持てるようにって固定するためのさ」
「な、にぃ!?」
すぐさまドルグが避けようと飛び退くが、もう遅い。すでにトリガーは引かれている。リボルバーより放たれた赤黒い弾丸はドルグが避けるよりも早く、瞬く間に巨大な質量へと変換されていく。
「が、ぁ?」
まるで掘削機のように無数のドリルを生やしたソレは鎧の魔術防御すらも容易に粉砕し、ドルグの上半身のほとんどを抉り削いでいく。悲鳴を漏らす時間すらもなく、ドルグという存在は肉片の一部を残してその場で散らされた。
後に残ったのはドルグの下半身のみ、それが血を吹き出しながらドサリとその場に崩れ落ちた。
「うっし。仕事完了」
それを見た後、ミーシャがその場で一息ついてその場にゆっくりと腰を落とした。ズキズキと痛む左手と右手に目に涙をためてながらため息をついている。だが、そんなすでに終わった感を出しているミーシャにドラムが声を上げる。
「おい、ミーシャ。まだ終わってないのだよ?」
「あ?」
ドラムの言う通り、ミーシャが倒したのはドルグのみだ。周辺から彼の部下であるオークたちが一斉に殺気を発ち、ミーシャたちを睨みつけている。
ボスを殺された怒りの目、或いはボスを倒したミーシャを殺すことで成り上がろうという欲望の目が、突き刺さるように彼らに向けられていた。もっともミーシャにしてみれば、自分の仕事は『終わって』いる。
「問題ねえよ。ほら」
ミーシャが工場の入り口へと視線を向けると、屈強なミノス族の男たちが次々とその場へと入ってきてオークたちを襲い始めたのだ。
「やったみたいだなミーシャ」
そして、呆気にとられているドラムと、遅ぇよという顔のミーシャの前にやってきたのは旧街区のバファロファミリーボスであるガイアであった。
「ナイスタイミング。やっぱり、見てやがったか」
「たりめぇだろ。このオークの新参連中にはウチも直接被害こそないものの、さんざん煮え湯を飲まされてたんだ。しっかし、どっちもボロボロだな」
「うるさいブモー」「うるせえよ」
呆れた顔のガイアの言葉にドラムとミーシャが同時に言葉を返した。
「ともかく、これで俺は仕事完了だな。ガイア。別にここを占拠するのは構わないが、中のものについてはうちがもらうぜ?」
その言葉に「わーってるっての」とガイアが返す。
ミーシャの雇い主であるノエルに旧街区へと手を伸ばす意図はない。だが、旧街区のファミリーに横から獲物をかすめ取られたとあっては新しい抗争の火種になりかねない。ついでに言えば、ミーシャの報酬の一部もそこから出るのだ。
「まったく、やんなるぜ」
ミーシャは右の鋼鉄製の親指の義手を抜くと、そこからはドバッと血が溢れ出てきた。それを嫌そうな顔で見るガイアとドラムの前でミーシャは義手の中の血を捨てながら、包帯を取りだして巻き始めた。
すでに撃たれた胸部辺りの再生は始まっているが、不死病感染者でも犠牲銃によって喰われた指の再生去れ始めるのは時間にして約一日後だ。
その事実を当然理解しているミーシャが、明日まで延々とこの痛みに付き合わなければいけないかと思うと、やはり陰鬱な気分になって再びため息をつかざるを得なかった。




