第011話 ペイン
工場跡の中を苦渋に満ちた顔でミーシャが走り続けている。それは先を進む影犬とほとんど変わらぬ速度であった。
『焦り過ぎじゃね?』
「黙ってろ。集中力を切らしたくない」
すでにバーバルファミリーの大半は工場入り口へと移動していて、女たちが捕らえられている部屋までのルートには誰もいないのは把握済だ。
障害となるのは部屋の外にいる見張りが2、部屋の中に3、合わせて5人のオークだけ。ミーシャは千切れた三本の指の痛みを気合いで押さえ込んで突き進んでいく。
そして、部屋に近付くとミーシャの意志を受けてジャックが影の中に潜り込み、そのまま影の状態で天井へとスーッと登って角を曲がっていく。その先にはふたりのオークが見張りに立っているはずだった。
小指弾の探査の効力が落ち始め、霞み始めた認識力ではあるが、その位置はいまだ把握できている。
「なんっ、あ!?」
それからドサリと音がした。ミーシャにはオークのひとりが喉を喰い千切られて、その場で倒れ込んでいるのが分かる。そのことに気付いたもうひとりのオークが声を上げようとしたが、その前に飛び出したミーシャが自動拳銃の引き金を引いて頭部を破壊した。
『勿体ねえ』
「うるさい」
放たれた銃弾はエルフの術師マリシアの特注品。
高度な魔術防御をも破壊し、着弾時に衝撃波を発して破壊力を高めているその銃弾は、一発一発が非常に高価なものだ。消音装置で弾丸自体の威力が減衰していようともその効力は変わらない。
そしてミーシャは崩れ落ちたふたりのオークのことなど気にも止めずに、ジャックと共に部屋の中へと飛び込んでいく。
今の襲撃の音が部屋に漏れたかもしれないが、中にいるオークたちの位置は今もミーシャは分かっていた。
「手前のを殺れジャック」
「ウォン」
ミーシャの指示通りにジャックが驚き顔のオークへ飛びかかり、そのままボウイナイフへと姿を変えて喉を貫く。同時にミーシャが奥のオークふたりを撃った。だが、その銃弾で仕留められたのはひとりだけだ。
「テメェ!?」
「チッ」
ミーシャは舌打ちしながら一気に走り、絶命しているオークからボウイナイフを引き抜くと、すぐさまマシンガンを撃ってきたオークへと正面から飛びかかって胸を貫き、そのまま抉ってコアを破壊した。
「痛ぇじゃねえ、たく」
崩れ落ちるオークの前で、ミーシャが少しばかりよろけて呟いた。
マシンガンから放たれた弾丸は、ミーシャの胴体部を斜めになぞるように着弾していたのだ。魔獣の皮でできたツナギに護られて貫通こそしていないが、そのまま上へと通り抜けて、露出していた右頬や右耳なども銃弾によって吹っ飛んでいた。
もっとも不死病感染者であるミーシャの身体はすでに傷の再生も始めている。ツナギの内部も衝撃を受けて青あざができているか、場合によっては骨が折れているかもしれなかったが、同じように再生が開始しているはずだった。
そしてミーシャは痛む身体を引きずりながら倒れている女の前に立つと、女はミーシャを見て笑った。
「おっそい」
「悪いな」
顔が腫れ上がってはいるが、ミーシャはその女を知っていた。その女だけは、すでにさらわれたことをノエルから知らされていたのだ。
女の名はミュン・ヘイマー。ノエルの経営している娼館のひとつを任されているオーナーのひとりだ。昨日に襲撃を受けた娼館はミュンの店だったのである。それからミュンは目をつぶってその場に崩れ落ちる。ここまでに受け続けた暴行によって、もうミュンの身体は限界だったのだ。
「っと、眠っちまったか?」
『意識がなくなったんだろう。こりゃあ、ちと不味いぜミーシャ』
「分かってるっての。だから、予め喰わせておいたんだろうが」
そう言ってミーシャはすぐにホルスターをからリボルバーを抜いてミュンへと構えた。その姿を見て、女のひとりが立ち上がる。
「ちょっと、アンタ。ミュンさんに何をしようってのさ」
「待ちなよアネモネ。そいつはミーシャだ。黙って見てな」
片頬を腫れ上がらせた、背の小さな女アネモネを別の女が後ろから押さえつける。
そしてアネモネの視線がミーシャを射殺すかのように向けられているが、説得する時間が惜しいと考えたミーシャは予め装填しておいた薬指弾をミュンへと撃った。
「ミュンさんはまだ助かるんだ。トドメなんて……え?」
アネモネが叫んだが、すぐさまミュンに発生した現象に気付いて目を丸くする。撃たれたミュンの身体が魔力光に包まれ、徐々に怪我が癒え始めたのだ。
流れた血や身体に付いた埃や汚れこそ残っているものの、傷口や痣などは完全に消え、血色も良くなっていくのがアネモネの目にもすぐに分かった。
「ふぅ。間に合ったか。あーもう、この様子じゃ今日は左手、全滅だな」
そう言ってその場に座り込んだミーシャが涙を流しているのは、ミュンが助かったことへの安堵のためではなく、痛みに耐えていた緊張の糸が切れたためだ。
左手の指が三本千切り喰われ、再生中ではあるが銃弾を身体に何発も受けている。この場に来るまで気力で持たせていた分、蓄積されたモノが一気にミーシャを襲っていたのである。
「ミュンさんは、ミュンさんは無事なのか?」
そのミーシャに、アネモネが近付いてきて尋ねる。それにミーシャも涙と脂汗を流しながらも頷いた。
「ああ、大丈夫だろうよ。顔はそれほどやられてないか。歯でもとれたらちょっと治せなかったけど……ま、血のなせる技か。ライカンスロープってのは頑丈だわ」
「そっか。良かった。えっと。じゃ、じゃあ……これ、こっちも」
アネモネがジーッとミーシャを見た後に、自分の腫れ上がった頬をクイッと前に出した。自分の傷も治せという意思表示だろうが「あ?」とミーシャは嫌そうな声を出して、シッシと手を振って追い払う。右手の薬指まで失ってアネモネの頬を癒す道理はミーシャにはないのだ。
「なんだよ。ケチィな」
「アネモネ、あんたね。たく。ミーシャ、助かったわ」
「助かったかどうかはこれからだけどな。クソ、いてぇ」
「なんだよ。怪我してんじゃねえか」
ミーシャの左手から流れる血を見てアネモネが顔をしかめる。そこにはもう人差し指と中指しか残っていなかった。
「言うな。よけいに痛む」
そう言いながらもミーシャが壁にもたれ掛かりながら立ち上がる。
「そっちの……マリンだったよな、アンタ?」
「あら、憶えててくれたのね」
マリンと呼ばれた女が笑い、ミーシャが「まぁな」と顔をしかめながらも笑みを返す。
「撃たれた音が外に届いているか分からないが、長居はオススメできない。ジャックに案内をさせるから、ミュンを連れてさっさとここから出てくれ」
「あれ、アンタが案内してくれないの?」
「俺は仕事だよ。仕事。お前らはついでだ。クソッ」
吐き出すその言葉に、アネモネは「ついでかよ」と不満顔だ。だがマリンはその言葉から、ミーシャが自主判断で自分たちを助けに来てくれたのだろうと察していた。
それからマリンは申し訳ない顔をしながら頭を下げると、ジャックに案内されて女たちと共に部屋を出ていったのである。
「こーれで、やっかいごとひとつ片付いたな」
そしてひとりと一丁となったその部屋で、ミーシャが壁に倒れ込むように座り込んで息を吸ってから大きく吐いた。それから指が二本しか残っていない左手を見た。
ここから先のことを考えれば心底気が滅入る。だが、やむを得ないと考えてミーシャは己を納得させるように頷く。
『ケッケッケ、まったく今日は最高な日だな相棒。ついでに景気よく右も全部ぶっ千切ろうぜ?』
「ざけんなよ、畜生。けど、やるしかねえんだよな」
そう言ってミーシャは、リボルバーを取り出して銃身を折る。それから左手の残りの指を躊躇いなく突き入れると、すぐさま絞り出されるような悲鳴がその場に響いたのであった。




