8 二度目の契約
私と教師のやりとりを見たライガルドが、シェリルの前に歩いていった。
二対の黄金の目がシェリルを見て、それから細くなった。
シェリルは最初こそ戸惑った顔をしていたが、すぐに満面の笑みになった。
「まあ……! こんな素敵な精霊と契約できるの? ありがとう、お姉様!」
アイリスはその笑顔を、正面から受け止めなかった。少しだけ視線をずらして、頷いた。
(笑っている。今はまだ、何も知らない顔で)
三年後にその顔が何に変わるか——考えるのをやめた。
今は関係ない。この運命では、もうあの二人とは関わらない。
それだけを、胸の中で繰り返した。
アイリスは召喚陣の前に戻った。
シェリルが残していったトカゲが、石畳の上で小さく丸まっていた。
召喚者に「汚い」と言われ、それでもそこにいた。行く場所がないから、いるのだろうと思った。
アイリスはそっとしゃがんで、視線を合わせた。
大きな目が、じっとアイリスを見る。警戒しているのか、それとも——何かを、待っているのか。
「ねぇ」
アイリスは静かに言った。
「契約しましょう。あなたと私で」
手を差し伸べる。
トカゲは少しの間、動かなかった。アイリスも待った。焦らなかった。せかさなかった。
精霊にも選ぶ権利はある。
ライガルドがシェリルを選び、私を捨てたように。
この子にまで嫌われたら、今度こそ立ち直れないかもしれない。
だから、待った。
やがて、おそるおそる——小さな体が、アイリスの手のひらに乗ってきた。
軽かった。傷だらけで、鱗は光を失っていて、尻尾の先は欠けていた。それでも、確かに、温かかった。
「名前をつけてあげる」
アイリスは手のひらを胸の前に持ち上げながら言った。
「ヴェルド、はどう?この国の古い言葉で竜のこと。あなたはトカゲだけど、竜のように立派な精霊に育ててあげるから」
トカゲがぴこぴこと尻尾を振った。
それを見て、アイリスはふと気づいた。ライガルドと契約した日、あの精霊は頭を下げた。それは服従の仕草だった。
ヴェルドの尻尾は違った。
嬉しいときの動きだ。
(そうか……)
胸の奥の、固く張っていた何かが、少しだけ緩んだ気がした。
周囲はまだざわめいていた。「もったいない」「信じられない」という声がそこかしこから聞こえた。
だが、アイリスは気にしなかった。
今度の人生は、誰かのために命を削らない。静かに生きる。それだけでいい。
そのためにヴェルドを選んだのだと。そして選ばれたのだと。
この時のアイリスは、そう思っていた。
それだけではなかったと気づくのは、もう少し先のことだった――。




