表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私を裏切った精霊は妹に譲り、妹が捨てた精霊と穏やかに生きます  作者: ミナト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/24

21 私のものであるはずの話(シェリルの話)

 召喚試験の日から、シェリルの世界は変わった——と、本人は思っていた。

 双頭の雷狼。伝説の高位精霊。学院の歴史に三度しか召喚されたことのない存在が、自分のパートナーになった。お姉様が召喚したのに、契約は自分のところに来た。

 それは当然のことだ、とシェリルは思っていた。

 だってライガルドは最初から、シェリルを見ていた。

 あの黄金の目が、お姉様を素通りして自分を見た瞬間を、シェリルは今でも覚えている。美しい、と言ってくれた。他の誰でもなく、自分に。

 だから、ライガルドはシェリルのものだ。最初から、ずっと。


 ◇ ◇ ◇


 最初の半年は、夢のようだった。

 ライガルドはシェリルの呼びかけに応じた。授業には出なかったが、シェリルが一人でいるときにはそばに来た。森の外れで二人でいると、銀色の毛並みに触れることができた。それだけで、シェリルは満足だった。

 ライガルドは口数が少なかった。でも時々、意識に声が届いた。


『今日も美しい』


 それだけで十分だった。

 友人たちに羨ましがられた。


「ライガルドって格好いいよね」

「シェリルはすごいね、あんな精霊と契約して」


 それらの声が心地よかった。

 お姉様はトカゲと契約して可哀想に、とシェリルは思った。あんな小さな、傷だらけのトカゲ。お姉様はいつもそうだ。自分が損な役回りを引き受けて、誰かのために頑張って——でも報われない。

 そういう人なのだ、お姉様は。

 自分とは違う。


 ◇ ◇ ◇


 秋頃から、お姉様のトカゲの話が学院中で広まり始めた。

 ランクが上がっている、成長が異常に速い、もしかして高ランクの精霊なのではないか——そういう話が、食堂でも廊下でも聞こえてきた。

 シェリルは最初、気にしなかった。

 トカゲはトカゲだ。どれだけ成長しても、ライガルドには敵わない。そう思っていた。

 でも、ある日の昼食後、友人のひとりが言った。


「ねえ、シェリル。アイリスさんのトカゲって、シェリルが召喚したやつだよね?」

「そうよ」

「へえ……なんか、もったいなかったね」


 何がもったいないのか、シェリルには最初わからなかった。


「ライガルドはすごいけど、なんか最近アイリスさんの方が注目されてるじゃない。あのトカゲのせいで。シェリルがそっちを育てていたら、どうなってたかなーって」

「……別に」

「ライガルドとうまくいってるならいいんだけど。なんか最近、一緒にいるとこ見ないし」


 シェリルは笑った。「うまくいってるわよ」と言った。

 家に帰って、一人になってから、少しだけ考えた。


(もったいなかった?)


 違う。あのトカゲは汚くて弱くて、どうしようもない精霊だった。ライガルドの方がずっといい。今でもそう思っている。

 思っている。


 ◇ ◇ ◇


 ある日の昼食のとき、お姉様が近くのテーブルに座っていた。

 シェリルは友人と話しながら、つい本音を言ってしまった。


「ライガルドって、本当に難しいよね。最近むすっとしてて」

「シェリルのことは好きなんじゃないの?」

「好きなのはわかるんだけど——」


 好きなのはわかる。

 本当に、わかるのだろうか。

 シェリルはその言葉を言いながら、自分でも気づいていた。最近、ライガルドが自分を好きだという確信が、薄れてきていることに。


「正直に言っていい? 最近、お姉様のトカゲの方が羨ましくて」

「えっ、なんで」

「なんか……お姉様のトカゲって、ちゃんとお姉様のそばにいるじゃない。言うこと聞くし、一緒に戦うし」


 友人が頷いて「確かにね」と言った。


「なんで私、あんなのと交換しちゃったんだろうって、ちょっと思ってる」


 言葉にしてから、シェリルは気づいた。


(交換した?)


 違う。交換したのではない。お姉様が勝手にそうしたのだ。シェリルは何も悪くない。ライガルドは最初から自分のものだった。お姉様が勝手に——

 視線を感じた。

 テーブルの向こうで、お姉様がこちらを見ていなかった。でも確かに、聞こえていた気がした。

 だから話題を変えた。


 ◇ ◇ ◇


 二年目に入ると、少し違和感が出てきた。

 演習の授業で、ライガルドが動かなくなった。

 最初の頃は、気が向いたときだけ動く、ということは知っていた。高位精霊とはそういうものだと聞いていた。でも一年目は、それでもたまに一緒に戦ってくれていた。

 二年目からは、まったく動かなくなった。


「ライガルド、お願い。今日の演習、一緒に戦って」

『嫌だ』

「なんで? あなたが動いてくれれば、私の成績が上がるのに」

『成績のために動くつもりはない』

「じゃあ何のために動くの」

『……』


 答えなかった。

 シェリルは不満だったが、友人たちの前では笑った。「ライガルドって気まぐれなの、高位精霊だから」と言って笑った。みんなも笑った。それでよかった。


 演習の成績は下がった。

 でも、まだ大丈夫だと思っていた。卒業試験まで時間はある。そのうちライガルドも本気を出してくれる。自分が困っていれば、助けてくれるはずだ。

 だって——ライガルドは、自分のことが好きなのだから。


 ◇ ◇ ◇


 お姉様のヴェルドが人型になった、という噂が学院中に広まった日、シェリルは教室でその話を聞いた。

 翡翠色の髪の長身の男。金色の目。絶世の美貌——そういう言葉が、噂の中にあった。

 シェリルは窓の外を見た。


(お姉様が)

(お姉様が、また)


 また、先を越された。また、自分より先に。

 召喚試験でも、成績でも、いつもお姉様は先にいた。でもお姉様はトカゲと契約していた。ライガルドは自分のところにいた。それだけが——それだけが、自分の方が良かった部分だったのに。


「シェリル、見に行かない? ヴェルナー先輩のドラゴン」

「……行かない」

「なんで? すごく格好いいって話で——」

「行かないって言ったの」


 友人が黙った。

 シェリルは窓の外を見続けた。


(お姉様のトカゲが、ドラゴンになった)

(私のライガルドは、人型にもなれていない)

(なんで)

(なんで、いつもそうなるの)


 夜、シェリルはライガルドを呼んだ。


「お姉様のトカゲが人型になったって、聞いた?」

『聞いた』

「あなたも、そろそろ人型になれるでしょう。ライガルドの方が強いんだから」

『……』

「お願い。卒業試験まで、もう時間がないの。人型になってくれれば、私が卒業できるのよ?」

『知っている、だが』


 ライガルドが、シェリルを見た。黄金の目が、静かにシェリルを見た。


『お前のために人型になりたいとは、思えない』

「なんで——」

『お前は俺を育てたか』


 シェリルは黙った。


『育てていない。俺がそばにいることを求めただけで、俺を育てようとしたことはない。お前にとって俺は、格好いい精霊でいてくれれば、それでよかったのだろう』

「……だって、あなたは高位精霊で、強くて、私が何かしなくても——」

『お前の姉は、弱いトカゲを育てた』


 シェリルが息を呑んだ。


『傷だらけで、力もなかったトカゲを。それが今、風竜になった。俺はそれを——』


 ライガルドが少し、黙った。


『羨ましいと思った」

「……羨ましい?」

『ああ。あのドラゴンが、ではない。あのドラゴンが得たものが、だ』


 シェリルには、その意味がよくわからなかった。

 ただ——ライガルドの目が、もう自分を見ていないことだけはわかった。


(奪われた)

(お姉様に、また奪われた)


 違う、とどこかでわかっていた。奪ったのではない。ただ——

 そう思わなければ、やっていられなかった。


 ◇ ◇ ◇


 卒業試験の前日の夜、シェリルは鏡の前に座った。

 金色の髪、碧い目、整った顔。それは変わっていなかった。変わっていないのに——鏡の中の自分が、ひどく頼りなく見えた。


(ライガルドは、明日、人型になってくれるだろうか)


 わからなかった。

 初めて、わからなかった。

 召喚試験の日、ライガルドが自分を見てくれたとき、すべては決まったと思っていた。自分のものになったと。これからも、ずっとそうだと。

 でも違った。

 何が違ったのか、シェリルにはまだはっきりわからなかった。ただ——何かが、ずっと前から間違っていた気がした。

 鏡の中の自分が、黙って見返してきた。

 シェリルは鏡から目を逸らした。

 明日になれば、きっと大丈夫だ。

 そう思うことにした。

 そう思うしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ