20 再び注目
その日の午後、学院中に噂が広まった。
アイリス・ヴェルナーの精霊が、人型になった、と。
それも——誰もが目を奪われるほどの姿で、と。
アイリスは噂を聞きながら、食堂でいつも通りの昼食を取っていた。向かいにヴェルドが座っている。
そして、そんな二人を遠巻きに見守る生徒たち、という構図ができていた。
「あれがあのトカゲだった?」
「嘘……。というかドラゴンじゃないの?」
ひそひそと聞こえる声を無視しながら、アイリスは目の前のパスタを消化することだけに集中する。
集中したかった……。
「……そんなに見つめられると、身体に穴が開きそうよ」
人型になってからも、ヴェルドはアイリスの隣から離れなかった。むしろ、距離が縮まっている気がする。
そしてヴェルドはあっさり言った。
「いつも見ていたが?」
「その姿では視線がわかりやすいの」
「そうか」
「やめてほしいって言ったんだけど」
「君の顔を見ていると、落ち着く」
アイリスは返す言葉が見つからなかった。
パスタに目を落とした。耳が少し熱くなっているのを感じる。
「アイリス」
「……なに」
「一つ、話してもいいか」
「どうぞ」
「記憶が……完全に戻った」
アイリスは顔を上げた。
ヴェルドの金色の瞳が、静かにアイリスを見ていた。
「解呪の瞬間に。呪いが解けると同時に、封じられていた記憶も一緒に戻ってきた」
「全部?」
「全部だ」
「とはいえ、ほとんどカーター先生が見抜いていたことだ。風のドラゴンであり、冥紋会に狙われ、記憶を失っていた……、という感じだ」
「冥紋会のことは知っていたの?」
「いや。ただ同族の者からそのような組織があることは聞いていた」
「今のヴェルドなら、もう狙われないよね」
「油断はできない。ただ——」
ヴェルドが少し、目を細めた。
「今の私は、君のおかげで人型まで覚醒している。次に来たとき、同じようにはいかない」
「頼もしいことを言う」
「本当のことだ」
アイリスは小さく、息をついた。
「……ヴェルド」
「なんだ」
「記憶が戻って、怖くなかった?」
「怖い、とは」
「呪いをかけた相手のことを思い出して。消されかけたことを思い出して」
ヴェルドは少しの間、考えるように黙った。
「怖くなかった、とは言えない」
「そう」
「でも——」
「目が覚めたら、君がいた。それだけで、十分だった」
アイリスは何も言わなかった。言えなかった。
ヴェルドが、また静かにアイリスを見ていた。
「アイリス」
「また見てる」
「うん。——好きだからね」
アイリスは、そっと目を逸らした。顔と耳が熱い。心臓の音もうるさかった。
窓の外の冬空が、やけに青く感じた。




