1 最初の召喚試験
召喚試験の朝は、いつも霧が出る。
王立セイレン学院の中庭に、入院したばかりの生徒が整列していた。石畳の上に描かれた召喚陣が朝の光を受けて鈍く光り、百人近くいる生徒たちの緊張が、霧よりも濃く空気に漂っていた。
アイリス・ヴェルナーは列の中ほどに立ち、前を見ていた。隣では妹のシェリルが、金色の巻き毛を指に絡めながら落ち着かなげに周囲を見回していた。
「ねえお姉様、緊張しない? 私すごくドキドキしてるんだけど」
シェリルが隣で囁く。その碧い目が、上目遣いにアイリスを見た。
「しない」
「冷たいなあ」
シェリルがふくれっ面を作ったが、アイリスはそちらを見なかった。正確には——見ないようにしていた。
妹は美人だ。金色の髪、碧い瞳、華奢な体、くるくると変わる表情。男子生徒たちの視線が今朝もずっとシェリルに向いていた。アイリスには慣れた光景だった。
召喚試験は一人ずつ呼ばれる。自分の番が来たとき、アイリスは静かに召喚陣の中心に立った。
深く息を吸う。
精霊を呼ぶのは、技術よりも何か別のものだとアイリスは思っていた。うまく言葉にはできない。ただ、意識の奥にある何かをほどいて、広げて——届かせる感覚。
陣に光が集まり始める。
最初は小さな光だった。それが急速に広がり、膨れ上がり、見たことがないほど強烈な白光が中庭を焼いた。教師たちが目を細め、生徒たちが悲鳴を上げて後退した。
光が収まったとき、そこにいたのは——巨大な狼だった。
銀色の毛並み。二つの頭。その体から絶え間なく迸る紫電が石畳を焦がし、空気が焦げた匂いで満ちた。黄金の目が二対、中庭を睥睨した。
「ライガルド……」
誰かが呟いた。震える声だった。
「双頭の雷狼が、本当に……!」
伝説の高位精霊。学院の歴史でも、召喚された記録は三度しかない。
アイリスは動じなかった。ライガルドの黄金の目と正面から向き合い、一歩踏み出した。
そのとき。
ライガルドの視線が、逸れた。
アイリスを素通りして、その後ろへ。
アイリスは振り返らなかった。振り返る必要がなかった。なぜなら——わかっていたから。
『……美しい』
低い声が、頭の中に直接響いた。精霊の声は耳ではなく意識に届く。
『お前が飼い主か』
「違います」
アイリスはライガルドの視線の先を遮るように、一歩横に動いた。
「私が召喚者です。契約はこの私と結ぶ」
黄金の目が、ゆっくりとアイリスに戻ってきた。値踏みするような、冷たい目だった。
『……強い。それは認める』
長い沈黙があった。
『いいだろう』
ライガルドが頭を下げた。低く、しかし確かに。周囲から歓声が上がった。
アイリスは契約の言葉を告げながら、一度だけ後ろを見た。
シェリルが、唇を噛んでこちらを見ていた。




