表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私を裏切った精霊は妹に譲り、妹が捨てた精霊と穏やかに生きます  作者: リッカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/20

17 ヴェルドの封印

 二月になった。

 魔域での襲撃から一月が経っていた。

 あの夜以来、黒い外套の人影は姿を現していなかった。学院の警備が強化され、外部からの不審者の目撃情報も途絶えた。表面上は、静かだった。

 ただ、アイリスには気になることがあった。

 ヴェルドの様子が、少し変わっていたからだ。


 変化は、緩やかだった。

 食欲が落ちたわけでも、体調を崩したわけでもない。むしろ体は以前より大きくなり、鱗の光沢もいっそう増していた。

 ただ——ふとした瞬間に、ヴェルドが遠くを見るような目をすることがあった。アイリスが声をかけると、すぐに戻ってくる。でも確かに、そういう瞬間があった。


「どこか痛い?」

『いや』

「眠れてる?」

『眠れている』

「なにか調子が悪いところでも?」

『……何でもない』


 明らかに何かあるときの「何でもない」だった。

 だけどアイリスは追及しなかった。ヴェルドが話す準備ができたとき、話してくれるだろうと思っていた。

 待つことは、得意になっていたから。


 ◇ ◇ ◇


 それが変わったのは、二月の半ば、深夜のことだった。

 アイリスが眠りに落ちかけていたとき、ヴェルドが起き上がった気配がした。

 目を開けると、ヴェルドが窓際に座って外を見ていた。月明かりの中で、その鱗が静かに輝いていた。

 でも——その光が、いつもと違った。安定していなかった。揺れるように、明滅していた。


「ヴェルド」

『……起こしたか』

「起きてた。どうしたの」

『……見えるんだ』


 ヴェルドの声が、いつもより低かった。


「何が」

『夢なのか、記憶なのか、わからない。でも最近、眠るたびに見える。同じものが』


 アイリスは体を起こした。


『暗い場所。石でできた、狭い場所。私はそこに閉じ込められていて、体が動かない。力が出ない。ただ、外から何かが入ってくる。黒い、ねばついた何かが。それが私の中に刻まれていく』

「刻まれる……」

『紋様のようなものだ。一本、また一本と。刻まれるたびに、力が遠くなる。体が重くなる。そうして——気づいたら、小さくなっていた』


 アイリスは息を呑んだ。


『トカゲになっていた、ということだと思う。あれは夢ではない。記憶だ。私はあの場所で、誰かに何かをされた』

「誰かって?」

『顔は見えない。でも——手が見える。その手が持っていた道具が、あの黒い外套の者たちの短杖と、同じ形をしていた』


 アイリスは静かに立ち上がり、ヴェルドの隣に座った。

 窓の外を一緒に見た。冬の夜は澄んでいて、星が多かった。


「あの人たちが、あなたに呪いをかけたということ?」

『おそらく。そして今も、その呪いが私の中に残っている』

「だから人型になれない」

『ああ。力は戻ってきている。でも、核の奥に何かが張り付いている感じが、ずっとあった。それが何なのか、ようやくわかってきた』


 ヴェルドが窓の外から、アイリスへ視線を移した。


『呪いの紋様が、どこに刻まれているかも。薄らとだが、見えるようになってきた』

「つまり、それを消せれば」

『力が戻る。完全に』


 アイリスは少し間を置いた。


「方法は?」

『……呪いの核に、直接触れる必要がある』

「触れるって、どうやって」

『精霊の核は、通常は外から触れられない。でも——契約者なら、できる。魔力を通じて、内側から干渉できる』

「私が、あなたの核に触れる」

『ただし』


 ヴェルドの声が、少し固くなった。


『危険だ。呪いの紋様に触れるということは、その呪力を直接受けるということだ。術式の解体に失敗すれば、君の魔力回路が焼き切れる可能性がある』

「焼き切れると?」

『最悪、二度と魔法が使えなくなるかもしれない。セイレンとしての力を失って……』


 沈黙が下りる。

 アイリスは窓の外を見た。冬の星が、静かに光っていた。その輝きに勇気づけられるように――。


「やる」

『アイリス……!』

「止めても無駄だから」

『聞いてくれ。君はセイレンとして優秀だ。その力を失うことになれば——』

「ヴェルド」


 アイリスはヴェルドの目を見た。


「あなたが三年間、傷ついた私のそばにいてくれた。体調を崩した私を心配して、魔域で私の前に立ってくれた。それを、ここで終わらせたくない」

『それは私が望んでやったことだ。君が危険を冒す理由にはならない』

「じゃあ私だって同じよ」

『……』

「私がやりたいからやる。それだけ。反論は聞かないわ」


 ヴェルドが黙った。長い沈黙だった。

 それから、静かに言った。


『……わかった』

『ただし、一つだけ条件がある』

「なに」

『途中で何があっても、手を離さないでくれ』


 アイリスは少し間を置いた。


「当然でしょう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ