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私を裏切った精霊は妹に譲り、妹が捨てた精霊と穏やかに生きます  作者: リッカ


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17/20

16 告白

 実習から戻った夜、アイリスは部屋の窓際に座って外を見ていた。

 ヴェルドも隣にいた。二人とも、しばらく何も言わなかった。

 戦闘の後の静けさは、特別な種類の静けさだ。

 体の緊張が抜けきらないまま、それでも全部が終わった安堵がある。アイリスはその感覚をよく知っていた。前の運命で、何度も経験したから。


『アイリス』

「なに」

『あの者たちが何者か、心当たりはあるか』

「ない。ただ——」


 ずいぶん前にカーター先生に言われた言葉が浮かんだ。

 『外部から接触しようとする者が出てくるかもしれない』

 あれから何事もなかったから、すっかり忘れかけていたけど。


「先生に、似たようなことを言われたことがあるわ。外部から接触があるかもしれない、と。詳しくは教えてくれなかったけど」

『……そうか』


 ヴェルドが静かになった。何かを考えているような沈黙だった。

 アイリスも黙っていた。

 しばらくして、アイリスは口を開いた。自分でも、なぜこのタイミングで話す気になったのかわからなかった。ただ——

 話さずにいられなかった。


「ヴェルド。一つ、話してもいい?」

『なんでも』

「前の運命のこと」

『前の運命?』


 ヴェルドが、じっとアイリスを見た。


「こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど……」

「私、一度、死んでいるの」

『……』

「嘘だと思う?」

『嘘なのか?』

「嘘じゃない……、多分。私も時々、あれは夢だったのかと思うけど……。多分、現実だった」

『それじゃあ、信じる』

「……ありがとう」


 アイリスは窓の外に目をやった。冬の夜は暗く、星だけが見えた。


「死ぬ前の私は、ライガルドと契約していたの。三年間、ライガルドを育成するための素材を集めて、魔域を走り回った。過酷な戦いの日々に、右腕が動かなくなったこともあった。一晩、魔域の奥で立往生したこともある。それでも続けたわ」

『……』

「ライガルドは一緒に戦ってくれなかった。気が向いたときだけ動く精霊だった。でも私は、それでいいと思っていた。高位精霊とはそういうものだと」


 言葉が、するすると出てくる。


「私が一人で素材を集める戦いをしていた間、ライガルドがシェリルのところへ行っていることは、知っていた。二年目には友人から教えてもらった。三年目には、シェリルが友人に『ライガルドは最初から自分のものだ』と言っているのを聞いた」

『……それでも、続けたのか』

「続けた。ライガルドを人型にする責任が、私にはあると思っていたから」


 アイリスは少し間を置いた。


「馬鹿みたいでしょう」

『……馬鹿じゃない』

「馬鹿よ。気づいていたのに、やめられなかった。やめる理由を作れなかった。ずっとそばで戦ってくれる精霊が欲しかっただけなのに、それを言えなかった」

『アイリス』

「ライガルドが人型になった日、最初にしたことは私を無視して、シェリルの手を取ることだった。そしてシェリルが笑った。最初から知っていたような顔で笑って——ありがとうお姉様、あなたのおかげで素敵な精霊が手に入ったわ、って」


 声が、少し掠れた。


「それから、雷が来た。それが最後」


 沈黙があった。

 長い沈黙だった。

 ヴェルドが、ゆっくりとアイリスに近づいた。そして——アイリスの手の上に、静かに頭を乗せた。

 重かった。温かかった。


『……辛かったな』


 たった一言だった。

 同情でも、慰めでもなかった。ただ、そこにあった事実を、静かに受け取った声だった。

 アイリスは何も言えなかった。

 泣くつもりはなかった。泣かなかった。ただ、目の奥が熱くなって、それをゆっくりと息で押しとどめた。


「……だから、今度は違う選択をしたの」

『ああ』

「あなたを選んだのは、同情だった。私を見てるようで。最初は。それだけだった」

『最初は、か』

「今は——」


 アイリスは言葉を探した。


「よくわからない。でも、今日あなたが前に立ってくれたとき、助かったと思う前に——良かったと思った。あなたが無事で」

『……そうか』

『私も』


 ヴェルドが静かに言った。


『君が地面に倒れたとき。怒りより先に、恐怖があった。君に何かあってはならないと、それだけを思った』

「ヴェルド」

『前の運命で君を裏切ったものとは、私は違う』


 アイリスは少しの間、黙っていた。


『信じてもらえなくても構わない。でも——私は、ここにいる』

「……知ってる」

『知っているか』

「知ってる。だから今日、あなたに話したの」


 ヴェルドがかすかに、尻尾を動かした。

 窓の外で、風が鳴った。冬の風だったが、不思議と冷たくは感じなかった。


 ◇ ◇ ◇


 その日の夜遅く、アイリスは記録帳を開いた。

 今日の出来事を書き留めようとして、ペンを持ったまま手が止まる。

 ヴェルドはもう眠っていた。枕の横で、静かな寝息を立てている。翡翠色の鱗が、暗い部屋の中でかすかに光っていた。


(前の運命では、こういう夜はなかった)


 誰かに話を聞いてもらった夜。誰かが前に立ってくれた夜。誰かが——ただ、そこにいてくれた夜。

 ライガルドとの三年間には、一度もなかった。


 アイリスはペンを置いて、記録帳を閉じた。

 今日のことは、書かなくていいと思った。

 書かなくても、忘れない気がしたから――。


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