16 告白
実習から戻った夜、アイリスは部屋の窓際に座って外を見ていた。
ヴェルドも隣にいた。二人とも、しばらく何も言わなかった。
戦闘の後の静けさは、特別な種類の静けさだ。
体の緊張が抜けきらないまま、それでも全部が終わった安堵がある。アイリスはその感覚をよく知っていた。前の運命で、何度も経験したから。
『アイリス』
「なに」
『あの者たちが何者か、心当たりはあるか』
「ない。ただ——」
ずいぶん前にカーター先生に言われた言葉が浮かんだ。
『外部から接触しようとする者が出てくるかもしれない』
あれから何事もなかったから、すっかり忘れかけていたけど。
「先生に、似たようなことを言われたことがあるわ。外部から接触があるかもしれない、と。詳しくは教えてくれなかったけど」
『……そうか』
ヴェルドが静かになった。何かを考えているような沈黙だった。
アイリスも黙っていた。
しばらくして、アイリスは口を開いた。自分でも、なぜこのタイミングで話す気になったのかわからなかった。ただ——
話さずにいられなかった。
「ヴェルド。一つ、話してもいい?」
『なんでも』
「前の運命のこと」
『前の運命?』
ヴェルドが、じっとアイリスを見た。
「こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど……」
「私、一度、死んでいるの」
『……』
「嘘だと思う?」
『嘘なのか?』
「嘘じゃない……、多分。私も時々、あれは夢だったのかと思うけど……。多分、現実だった」
『それじゃあ、信じる』
「……ありがとう」
アイリスは窓の外に目をやった。冬の夜は暗く、星だけが見えた。
「死ぬ前の私は、ライガルドと契約していたの。三年間、ライガルドを育成するための素材を集めて、魔域を走り回った。過酷な戦いの日々に、右腕が動かなくなったこともあった。一晩、魔域の奥で立往生したこともある。それでも続けたわ」
『……』
「ライガルドは一緒に戦ってくれなかった。気が向いたときだけ動く精霊だった。でも私は、それでいいと思っていた。高位精霊とはそういうものだと」
言葉が、するすると出てくる。
「私が一人で素材を集める戦いをしていた間、ライガルドがシェリルのところへ行っていることは、知っていた。二年目には友人から教えてもらった。三年目には、シェリルが友人に『ライガルドは最初から自分のものだ』と言っているのを聞いた」
『……それでも、続けたのか』
「続けた。ライガルドを人型にする責任が、私にはあると思っていたから」
アイリスは少し間を置いた。
「馬鹿みたいでしょう」
『……馬鹿じゃない』
「馬鹿よ。気づいていたのに、やめられなかった。やめる理由を作れなかった。ずっとそばで戦ってくれる精霊が欲しかっただけなのに、それを言えなかった」
『アイリス』
「ライガルドが人型になった日、最初にしたことは私を無視して、シェリルの手を取ることだった。そしてシェリルが笑った。最初から知っていたような顔で笑って——ありがとうお姉様、あなたのおかげで素敵な精霊が手に入ったわ、って」
声が、少し掠れた。
「それから、雷が来た。それが最後」
沈黙があった。
長い沈黙だった。
ヴェルドが、ゆっくりとアイリスに近づいた。そして——アイリスの手の上に、静かに頭を乗せた。
重かった。温かかった。
『……辛かったな』
たった一言だった。
同情でも、慰めでもなかった。ただ、そこにあった事実を、静かに受け取った声だった。
アイリスは何も言えなかった。
泣くつもりはなかった。泣かなかった。ただ、目の奥が熱くなって、それをゆっくりと息で押しとどめた。
「……だから、今度は違う選択をしたの」
『ああ』
「あなたを選んだのは、同情だった。私を見てるようで。最初は。それだけだった」
『最初は、か』
「今は——」
アイリスは言葉を探した。
「よくわからない。でも、今日あなたが前に立ってくれたとき、助かったと思う前に——良かったと思った。あなたが無事で」
『……そうか』
『私も』
ヴェルドが静かに言った。
『君が地面に倒れたとき。怒りより先に、恐怖があった。君に何かあってはならないと、それだけを思った』
「ヴェルド」
『前の運命で君を裏切ったものとは、私は違う』
アイリスは少しの間、黙っていた。
『信じてもらえなくても構わない。でも——私は、ここにいる』
「……知ってる」
『知っているか』
「知ってる。だから今日、あなたに話したの」
ヴェルドがかすかに、尻尾を動かした。
窓の外で、風が鳴った。冬の風だったが、不思議と冷たくは感じなかった。
◇ ◇ ◇
その日の夜遅く、アイリスは記録帳を開いた。
今日の出来事を書き留めようとして、ペンを持ったまま手が止まる。
ヴェルドはもう眠っていた。枕の横で、静かな寝息を立てている。翡翠色の鱗が、暗い部屋の中でかすかに光っていた。
(前の運命では、こういう夜はなかった)
誰かに話を聞いてもらった夜。誰かが前に立ってくれた夜。誰かが——ただ、そこにいてくれた夜。
ライガルドとの三年間には、一度もなかった。
アイリスはペンを置いて、記録帳を閉じた。
今日のことは、書かなくていいと思った。
書かなくても、忘れない気がしたから――。




