第64話 祝☆読者特別賞受賞
☆☆☆
ある日のこと。
――黒羽家のリビングにて。
「おめでとう、千影!」
「祝福します。ちーはよくやりました。
切札も高いです、鼻が」
「ちーちゃん、すごいですねぇ!
ボク、感心しちゃいましたよっ!」
兄である主良と、
彼の精霊であるアナエルと鹿の子――
三人が口々に言う言葉に、千影は困惑した。
「え? え? え?
おめでとうって……、な、何が???」
そもそも、なんで学生寮じゃなく自宅にいるんだっけ?
目を白黒させる千影の元に、執事服の美少年が駆け寄る。
「およよ……お嬢様、おめでとうございます!」
「シ、シケイダまで!?」
「まさか、読者特別賞を受賞されるとは。本当に、ご立派になられて……某も感激でございます。ああ、この喜びを歌にしなくては。ええと……
シャカパチの――
雨落拍子、
良き音かな――」
「読者特別賞って、何……!?」
読者、というからには文芸か何かの賞なのだろうか。
あいにく、千影はそういった活動はしていないはずである。
「小説みたいのは、書いたことないし……noteとかブログもやってないよ? うん……よく、自分の構築を記事にまとめたりする人いるけど……”結論構築”みたいに強い言葉で宣伝して有料記事を買わせるような奴は論外だし……構築は環境に合わせた水物、本当に強いなら集合知はクローズドな調整チームだけで充分だし……不特定多数に公開するのって、結局はさもしい自己顕示欲だもんっ!」
「照れるなよ、千影。
俺もSNSで回ってきたときにはびっくりしたんだぞ」
兄が取り出したスマホには、
web小説サイト『カクヨム』が表示されていた。
そこに書かれていた文字を見て、千影は言葉を失う。
「『第4回「G’sこえけん」音声化短編コンテスト』――!?」
そこには、以下のような文面が書かれていた。
〈総則〉
1.泳者は小説執筆後二カ月以内に任意の分類にて選抜読書への参加を宣誓しなくてはならない。
2.前項に違反した泳者からは執筆権を剥奪する。
3.非泳者は死滅遊戯に投稿した時点で泳者となり選抜読書への参加を宣誓したものと見做す。
4.泳者は読者から評価されることで点を得る。
5.本選抜読書では自ら創作したオリジナル作品のみ投稿可能である。
6.受付期間終了時点までに投稿された本文が一万文字以上かつ二万文字以内でなかった場合、その泳者からは執筆権を剥奪する。
7.既に死滅遊戯上で公開されている作品についても参加を可能とする。
8.ASMR大賞はASMR作品として最高品質な作品に進呈する。ASMR優秀賞はASMR作品として優秀な作品に進呈する。神かわヒロイン賞はASMR部門において特にヒロインの可愛さが際立っていた作品に進呈する。ボイスドラマ優秀賞は会話劇を書いた作品として最も優秀な作品に進呈する。上述の作品は音声作品化を目指す。
9.編集部による審査において点は考慮しない。
10.読者特別賞は読者投票にて人気の高かった作品に進呈する。
千影は文章を読んで、唖然とする。
「ふえぇ……なんなの、この、よく頭に入ってこない難解なデスゲームのルール説明みたいなやつ……?」
主良は画面をスクロールしながら、言った。
「カクヨムで開催されてた小説のコンテストだろ?
千影がASMRに詳しいのは知らなかったけど」
「詳しいってほどじゃないよう。
あれだ、オタクがシコってるやつだよね……?」
「そうとは限らんが……」
主良は手にしたスマホで「ASMR」を検索する。
「自律感覚絶頂反応――要するに、リラックスしたり心地よかったりする感覚のことらしいな。ASMR動画、ASMR音声というのはそれを誘発するように作られた作品のことで――焚火や雨音みたいな環境音声から、声優さんの耳かき動画とかささやきボイスもあって――まぁ、千影の言うとおり、そういう目的のやつも……ある」
「そういう、意味だったんだ……。つまり、ASMR動画とか、ASMR音声のことを"ASMR"って呼ぶのは……『HiGH&LOW』の作中で、九龍グループを破滅させるデータが入ったUSBメモリのことを……琥珀さんや雨宮兄弟が頑なに"USB"って呼ぶのと、同じなんだね……!」
「別に通じればいいだろ」
でも……USBって言ったらUSBポートのことだし。
「ところで、お兄。読者特別賞って言ってたけど……私、ASMRのコンテストなんて知らないよ? そもそも、カクヨムは小説サイトなのに、ASMRって……」
「ASMR音声も、台本が必要だろ? その台本の元となる小説を募集するコンテストなんだよ。えっ、っていうか千影、本当に心当たり無いのか?」
主良の横にいたアナエルが言う。
「困惑します。切札も夢中になって読みましたが……あれは、ちーだったかと。間違いありません」
うんうん、と鹿の子も同調した。
「ちーちゃんそのものでしたね!
ボクの推理が正しければ、間違いなく作者はちーちゃんかと!」
「私が作者、って……!?」
なんだか変な話になってきている。
千影は自分のスマホを使い、話題となってるサイトを見た。
「はぁ……っ!? これが、私ぃ!?」
『【第4回「G’sこえけん」読者特別賞】カードゲーマーな陰キャ妹に死ぬほどソリティア展開されるASMR』
(詳細はカクヨムにて!)
(少女読書中
Now Loading…)
「私だーーーっ!?
っていうか、私とお兄が中坊だった頃の話……!」
「やっぱり作者は千影だったんだな。俺も読んだときは驚いたよ。あの頃のちー……千影は、本当に最悪だったもんな……」
ふむ、とシケイダが口を挟む。
「異論がありますぞ。某が読むかぎりでは、今のお嬢様も大して変わらないかと。いやはや、三つ子の魂百まで、ですなぁ」
「わ……私だって、ちょっとは反省してるもん。いや、そんなことよりもさ」
ありえない。
自分と兄しか知らない謎の黒歴史が、小説にされて……
なぜか、全世界に発信されてしまっているッ!
それが、読者特別賞だなんて!
千影は死滅遊戯の総則を思い出した。
★★★
4.泳者は読者から評価されることで点を得る。
10.読者特別賞は読者投票にて人気の高かった作品に進呈する。
★★★
「重要なのは、総則第四項と第十項。このパパラッチ・ドキュメンタリー小説が読者特別賞ってことは……それだけ、読者の人に読まれてるってことぉ!?」
あと、音声作品化するとか書いてなかったっけ……?
千影は、読者特別賞の詳細を確認する。
「ふえぇ……よ、良かったぁ。ASMR音声化するのはASMR大賞、ASMR優秀賞、神かわヒロイン賞、ボイスドラマ優秀賞の四つだけで……読者特別賞は音声作品にはならないんだ。そうだよ、こんなイロモノが受賞するわけないし……あれでしょ、この読者特別賞っていうのもさ……カテエラでコンテストを荒らした作品が変に人気出ちゃったから、一応は賞を与えて黙らせることを目的にしてるやつでしょ、ふひひ」
「おい、千影。自分の作品を卑下するのはいいけどさ……他の読者特別賞を取った作品に、その言い方は失礼なんじゃないか? 他の作品にも作者さんがいるんだぞ」
「だから、私が書いた小説じゃないんだもん……!」
肩をすくめる主良。
この様子だと、千影の言うことを信じてないらしい。
アナエルは千影の手を包むようにして握る。
「ちー。あらためて、おめでとうございます」
にっこり、とアナエルが微笑む。
氷の彫像のようなアナエルの美しい顔立ちが柔和にほころび、その様子を見て、千影はドキリとした――
「アナエル、さん……」
「ちーが、ちーなりに、切札たちカードを愛してくれているのは知っています。その思いが行き過ぎる故の衝突――この小説はASMR台本形式であるために、マスターのセリフは一言も入っていませんでしたが――それでも、まるでマスターの声が聞こえてくるようでした。切札は、ちーの作品が好きです」
「あ、ありがと……」
正面からそう言われてしまうと、流石に照れる。
作品を書いたのは自分じゃないけど……
作品の中の自分を褒められるようで、悪くない。
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
主良と、鹿の子と、シケイダが拍手をする。
アナエルも続いて、拍手をする。
一同は、一様に満面の笑みで――
「(あれ……っ?)」
違和感。
千影の中で、何かが引っかかっている。
氷の彫像の如き、人外の美貌をした精霊の少女。
彼女の特徴と言えば、そう。
温泉を共にして、優しい言葉をかけてくれたときも――
★★★
「肯定します。優しいですね、ちーは」
★★★
目の前で、義兄の唇を奪ったときも――
★★★
「計画的犯行でした。
とても美味しかったです、マスター。
切札は要求します、おかわりを」
★★★
いつだって、彼女は無表情だった。
楽しいときも、嬉しいときも、悲しいときも――
まるで、初めからそういう機能が無いかのように。
「(なら……目の前で、笑顔を見せている彼女は、誰?)」
違和感はそれだけじゃない。
千影は自らの精霊――
忠実な下僕である歌人精霊、シケイダに問う。
「ねぇ……シケイダ。さっきの歌、もう一度、言ってみて?」
拍手の手を止めて、シケイダは逡巡する様子を見せた。
「はて? ええと、たしか――
シャカパチの――
雨落拍子、
良き音かな――
でしたかな?」
やっぱり、変だ。
「575。字余りでも、字足らずでもなく……何よりも、シケイダの即興クソ俳句にしては、ハンドシャッフル(シャカパチ)の立てる音を降りしきる雨音の詩情にたとえるのは、ちょっとクオリティが高すぎるよ……っ!」
「ひ、ひどいっ!」
つまり即興ではなく――仕込みだったということ!
決闘天然温泉、死刑打流布――
かつて【シケイダループ】デッキのループ構造を利用して、シケイダは夢の世界を作ったことがあった。
今回も、きっと同じ。
「シケイダ~?」
「ひ、ひいいっ。御許しを。某は、どうか、ありのままのお嬢様の良さを全世界に知ってもらいたくて……!」
「余計な下世wifi!
私の良さなんて、お兄だけ知ってればいいのっ!」
「ごめんなさいいいい!」
「こら待て、シケイダあああああ!!!」
やがて、夜は明け、夢は覚めていき――
☆☆☆
翌日のこと。
主良の元に千影から着信があった。
「なぁ、シケイダ。千影がえらい剣幕で怒ってるんだけど……シャカパチASMRとか、カゲ妹とか、読者特別賞とか言ってて……あと、クソ俳句は仕込みとかアナエルは笑ったりしないとかって……なんか、心当たりある?」
シケイダは目を丸くして、首をかしげた。
「えっ。何ですかそれ」
※ガチ夢でした。
☆☆☆
「ふぇぇ……夢オチなんて……最低っ!」




