第63話 新時代食料自給【ナラク編】
名探偵、春井夏 鹿の子。
様々な難事件を解決する彼女には、
実は大怪盗「ナラク」という裏の顔がある。
彼女は主良が契約したカードの精霊の一人。
「まったく、昆虫ゼリーを要求するなんて。
シケイダもお金と手のかかる子ですね!
そもそも、シケイダの飼い主はちーちゃんですし。
ちーちゃんに食費を請求してはどうですかぁ?」
「ええと……で、鹿の子さんのご飯って」
【《”死ノ怪盗”ナラク》の場合】
「はぁい、主良くんですっ♪」
自宅マンションのリビングにて。
ソファに腰かけた主良――
その隣に、鹿の子が座っている。
いいや、隣というよりも。
「(……鹿の子さん!?)」
鹿の子はぴったりと密着していた。
彼女が身にまとうのは、怪盗としての正装であるボディスーツ風のコスチュームである。光沢のある漆黒が、身体の線をそのままなぞるように張り付き、そこには余計な布の遊びが一切ない。肩から腰へ、腰から脚へと続くするりとした曲線、女性の身体つきを表わすシルエットが、隠しているはずなのに隠れていない。
閉じているのに隙間が見えるほどの、細い太ももと太ももが、押し付けられるように主良の下半身に接触していた。
体温が伝わり、熱が高まる。
思わず、ソファの端に身を寄せるが――
獲物に食らいつく動物のように、
鹿の子の柔らかい腕が主良の腕を絡めとった。
「フフフ……仮面ライダー龍騎でも、三体のミラーモンスターと同時に契約した王蛇や、無数のギガゼールに目をつけられたインペラは、餌の問題で困っていましたよねぇ……でも、ボクは低燃費の精霊だから安心ですよぉ。こうやって、主良くんの傍にいるだけで……こうやって、主良くんを吸うだけで……はぁはぁ」
鹿の子の顔が背後に回り、主良のうなじの辺りで息を荒くする。
ショートカットの黒髪がふわりと揺れて、主良の首元をくすぐるように触れた。
――これ以上は、流石にまずいっ!
「だ、だめだってっ!」
主良は顔を真っ赤にして立ち上がる。
「えぇー……まだ、吸い足りないです」
おあずけを食らった犬のように、鹿の子はしょんぼりした。
「主良くんには、話しましたよね? ボクたちシャドウ――リビングシェイドは、実体が存在しない、世界に落ちた影法師――定期的に生物の生気を吸うことで、自身の存在を証明し続けないかぎり、物言わぬ影に戻ってしまう、って……」
「い、言ったけどさ。
あんなにくっつく必要は無いでしょ!?」
「でも……主良くんも喜んでたじゃないですか」
「はぁっ!?」
「ボクがくっつくたびに、一段と陽の気が満ちて……生気の質が向上してましたよ。フフフ、主良くんリニューアル、美味しくなって新登場」
「やかましいわ。あのさ……鹿の子さんは、元はシャドウのナラクだったのかもしれないけど……今は《アナグラ・ミミック》で人間の女の子になってるんだよね。その……こんなことして、恥ずかしかったり、しないの?」
胸元に手を置き、鼻を鳴らす鹿の子。
「何を言うかと思ったら。
別に、ボクが恥ずかしかったりするわけ」
…………。
鹿の子は突然黙り込み、固まった。
「……鹿の子さん?」
――なにか、変だ。
鹿の子の様子がおかしい。
「大丈夫?」
「う、ううう……」
主良は気づく。
鹿の子の耳元がほのかに朱に染まっていた。
「(も、もしかして……!)」
固まった姿勢のまま、鹿の子は脱力し、
その場で丸くなる。
「は……恥ずかしい、かもです」
「えっ、今さらっ!?」
「意識したら急に……胸が、ドキドキして。これまでも、何度もギュっと抱きしめたりしてたのに。ボク、なにかいけないことをしているのでしょうか……?」
「自覚が出てくれたのは助かるが……」
鹿の子の、年上らしい落ち着いた美貌――
それが子供のように半泣きになっているのを見て、
謎の罪悪感が芽生えそうになる。
「と、とりあえずさ。鹿の子さんも食事は必要だろうし……あんまりくっつかない感じで、続けようか……?」
小声になって、鹿の子が答える。
「はい……ふつつか者ですが、よろしくお願いします……っ」
再び、主良はソファに座る。
今度は、互いの距離は拳一つ分。
これでも、パーソナルスペースとしてはかなり近い。
「どう……鹿の子さん?」
「味がするような……しないような」
少し、距離を詰める。
それでも反応は芳しくない。
「うーん……」
次は、鹿の子が動く。
触れるか、触れないかの距離……
「ひゃっ」
「あ、ごめん!」
主良の肌に、触れた感覚があった。
今のって……!
太ももの付け根。というよりは――
「(お尻と同じだ……!)」
たしか、鹿の子さんはお尻の大きさを気にしてたはず。
ここはフォローしないと……!
「あ……ありがとう(?)」
「フォローになってないですよぉ……!」
これでは、とても鹿の子さんの食事にならない。
さて、どうしたものか。
…………。
……………………。
…………………………………………。
「へ、へへへ。主良くんっ。
やっぱり、「直」は素早いですね……っ!」
「偉大なる死?」
結局、変に触れるかどうかのギリギリを攻めるより。
いやらしくないところで触れ合うのが良いだろう。
鹿の子さんの手を取り、主良は手をつなぐ。
暖かな体温を感じ、鹿の子と微笑みあった。
「……ふふっ」
「…………っ!」
そう、いやらしくない。
これは、いやらしく、ないはずだ……っ!
☆☆☆
「ふむ。判定は、いかがですかな、アナエルや?」
「有罪です」
☆☆☆




