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第62話 新時代食料自給【シケイダ編】

 本来は実在しないはずのカードの精霊――

 スピリットキャスターズのキャラクターたち。


 主良しゅらにとっては予想外の出会い。


 彼女たちとの同居生活では、

 思わぬトラブルも多発することになった。



 その一つが――食性である。



【《電脳執事サイ・バトラーCicada Marl/575》の場合】


「樹液です」


 執事服の胸元についた、蝶ネクタイ風の青いリボンを整えながら――少女と見まがうほどに整った顔立ちを得意げにして、シケイダは言った。


「この辺りだと、やはり百識公園のサクラの樹が格別ですな。喉越しといい、エグみが混ざらない甘みといい、正に別格。あれに比べればレオポルディーネ公園の樹液はカスです」


「何かを上げて何かを下げる話法だ……」


 主良の部屋――

 シケイダと同居している自室にて。

 

 主良はスマホをいじり、近所の不審者情報を検索した。


「ところでさ、シケイダ。百識公園で、夜な夜な樹に抱き着いている不審な人物が目撃されているらしいんだけど……」


「不審者、と。ううむ。それがしの記憶が正しければ……昨夜、公園に行ったときには、それらしき人影は見ませんでしたぞ?」


「そうか。ところで目撃情報によると、不審者の服装は上下黒の燕尾服。胸元には青いリボン。鮮やかなマリンブルーの髪色に、蝉の眼を象った髪飾りをつけた10代前半から後半の美少年らしいんだ……」


 主良はシケイダの全身を観察する。

 その容姿は、まさに目撃情報とドンピシャだ。


 シケイダの顔色が青くなる。


「まさか……それがしのドッペルゲンガー!?」


「どう考えても、不審者はお前だろッ!」


 まぁ、コピー能力を持ったスピリットみたいのも――

 ひょっとしたら、そのうち出てくるかもしれないが。


 コピセルとか、ミミクリー・ドラゴンフライみたいな奴。


「最初にリヒャルデに見つかったのも、警察に通報されたのが原因だったよね? これからは公園で樹液を吸うのは禁止だから」


「殺生なっ! それがしにとって、樹液は主食。それを禁止するということは、死ねというのも同じでございまする」


 とはいっても、このままでは逮捕は時間の問題だ。

 シケイダが司法の厄介になると、面倒になるし。


「そういえば、シケイダってセイレン・パブケイブの一員だったよね。あの海の底で、どうやって樹液なんて見つけて食べていたの?」


「オグラ海域には島亀が周遊しております。島亀の背中には樹が生えているので、定期的に上陸しては集めていました。ほら、兄者殿も《タートル・ペアー》ならカードでご存じでしょう」


「ああ……イラストは梨なのに、どうしてタートルなのかと思ったら。あの果実って島亀のスピリットから収穫できるんだ。で、その樹液をすすっていたと」


 それにしても――

 セイレン・パブケイブは魚人が築いた国である。


 カードになっている歌人たちも、ほとんどがマーフォークかマーメイドのタイプを持つスピリットであり――インセクトであるシケイダだけが、その中の例外。


 タイプがインセクトであるおかげで、規制を受けてリミワンになってからも《千蟲譜目録》でサーチできるシナジーはあったりするんだけど。


「(シケイダにも、それなりに事情はあるんだろうな)」


 本来はインセクトが住まない異郷における生活。

 それは現実世界にやってきた今も、変わらないのかもしれない。


「樹液はそれがしの生命線です……!

 こほん。

 兄者殿、どうかよろしく、御請願!」


「575……本気だな」


 しかし、このまま不審者として徘徊されるのは困る。


「セミの餌、か。

 そういえば、マユちゃんの動画で見た気がする」


「マユちゃん、とは?」


 主良はスマホで動画サイトを開く。


「流行りのVtuberだよ。蛹野さなぎのマユ……名前のとおり、最初は昆虫系の配信者だったらしいんだけど、スピキャスが趣味だって雑談配信で漏らしてからはカードゲーム系の活動も増えて、だんだんと話題になっていったらしいんだよね。今では女性カードゲーマーとして大人気で、俺もそこから知ったクチ。とはいえ、いまだに趣味として昆虫系の動画も定期的に作ってて……以前にセミについての動画もあげてたんだよな」


 動画サイトを開き、マユちゃんねるをスクロール。

 やがて、目当ての動画が見つかった。


 画面の向こうから、太陽のように明るい声が響く。


「さぁ――始めるわよ!

 『デュエリストしかいないメンバーシップで昆虫系動画を作ってしまったのだけれど「マユちゃんねる」ではよくあることよね!?』、

 本日は夏の風物詩であるセミについて解説していくわ!

 興味がない人は、ここから興味をもってくれると嬉しいわね!」


 まるで異世界アニメに登場する悪役令嬢のように、セットするのに何時間もかかるんじゃないかって感じの、らせん状に巻かれた青紫色の縦ロールに――エメラルドグリーンの瞳と切れ長の眉――凛とした鼻筋の立った、気の強そうな美少女――蛹野マユは、その外見に似つかわしくないはつらつとした様子でセミの習性を解説していく。


「はいっ。では、次に恒例の「ペットとして飼う場合の飼い方」だけれども……結論から言うと、セミをペットとして飼うことはおすすめしないわ。種にもよるけど、一般的に成虫である時期の寿命が短いのはみんなも知ってるわよね? それに元気な虫だから、狭いカゴの中では飛び回ってケガをしてしまうこともあるの」


 ちらり、と主良はシケイダを見る。


「そういえば、シケイダは飛び回ったりしないね」

「執事ですからな」

「え、どういうこと?」


 蛹野マユは「それでも」と続けた。


「たとえば、一時的に観察するために数日だけ飼うとかの場合。セミの餌は樹液だから――樹液を再現した砂糖水や、スポーツドリンクなんかは代用になるわ」


「砂糖水かぁ。それなら用意できるかも」


「うーむ。味気なさそうですなぁ……」


 難色を示すシケイダ。

 たしかに、栄養とかどうなんだろう?


 主良が疑問を抱くと、それを読んだかのように動画の中でマユが答えた。


「もっとも、これらはあくまで一時的な代用。セミは活動に必要な栄養を樹液から集めてるけど――それらの栄養を効率的に摂取するためには、代用食では足りないわ。長期的に飼うのは難易度が高いけれども……たとえば、昆虫用のゼリーを砕いて、水に溶かすのがいいかもしれないわね」


 昆虫ゼリー、という言葉を聞いてシケイダが目を輝かせる。


「おお、昆虫ゼリーとな。

 なにやら響きが良い。美味の予感がしまする」


「よし。しばらく、こっちで試してみるか」


 樹液を公園から食べるのはリスクが大きい。

 しばらくは昆虫ゼリーを主食にさせてみよう。


 話がまとまったところで――

 マユはセミの習性についての話を続けた。


「ところで、セミと言ったら鳴き声よね! あれはオスがメスにアピールするための習性――つまり、鳴いているセミは、実はオスだけなの。腹弁という発声のための器官は、基本的にはオスのセミにしかついていないわ……」


 主良は、マユの説明に引っかかりを感じた。


「そういえば――シケイダはセミの精霊だけど。これまでに、鳴いてるところを見た覚えがない気がするな……フォフォフォフォ、とか変な笑い方はしてるけど」


「ギクリ」


「(もしかして……)」


 主良はシケイダの顔をまじまじと見た。


「あ、兄者殿……近いですぅ」


 つるりと艶を帯びた白い肌。

 形の良い、小さな唇。

 その容姿は、見れば見るほど少女にしか見えず……


 揺れる髪からただよう香りは、

 同じシャンプーを使っているのに柔らかく、甘い。


「ま、まさか」


 これまで何日も、同じ部屋で寝ていたけど。


「シケイダ、君は本当は/「みいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみん」


「うわあっ、うるさい! 近所迷惑だってば!」


 扉を開けて、アナエルと鹿しかも入ってくる。


「肯定します。

 壁ドンされました、お隣さんから」

「主良くん、シケイダを止めてくださいっ!」


 あわてて主良はシケイダの口をふさぐ。


「もがもがもがもがもが」


「びっくりした。

 これまで、ずっと我慢してたんだね……」


 こくこく、とシケイダはうなずいた。


「(これからは、定期的に鳴かせてやらないとダメか)」



☆☆☆



 皆の注目がシケイダに集まっている中で――

 ひっくり返ったスマホの中で、蛹野マユが言う。


「そういうわけで、今日の動画はここまで。ところでスピキャスのシケイダ・マールって……《逢坂の関》のイラストで見るかぎりは腹弁が描かれてないから、実は女の子なんじゃないかって思ってるの。もしも擬人化したら、どうなるのかしら」

 

 その言葉は、幸いにも誰にも聞かれていなかった。


「男装美人の執事も、カードゲームではよくあること、よね!」



☆☆☆

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