第60話 「新妹」という言葉の生みの親は公野櫻子という説が有力です
「俺が……楠江の部下に!?」
金髪の少女の思わぬ提案に、主良は驚いた。
特命顧客相談室、か――
「しかし室長、
俺はまだ高校生という立場にありますから」
「順応が早すぎですわッ!
まだ、主良さまは部下でなくってよ!?」
「おっと、そうだった」
周りにボケ担当しかいなかったせいで、
つい、やってみたくなってしまった……。
ともあれ、だ。
自分がまだ高校生ということに変わりはない。
「俺が罪園CPの非正規社員、って。
どうして、急にそういう話になったんだ?」
「……現在の主良さま、それに千影さまは、罪園管理下にある精霊使いとして、わたくしの預かりになってますの。言葉を選ばずに言えば、罪園の監視対象といったところですわね」
監視対象、という不穏な言葉が出てきた。
「えっ、俺たちって監視されてたのか?」
「いえいえ。あくまで、形式上、書類上の話ですわよ。監視なんて、していませんわ。社内の会議では、GPSを付けた方がいいとか、人工衛星で捕捉するべきだとか、ごちゃごちゃと老人どもがうるさかったですけれど……お兄さまのことは、わたくし、信頼してますから……」
「ん?」
「どうしましたの、お兄さま?」
「いや、その……」
「ええ。それで、せっかく友好的な精霊使いが監視下にいるのですから、お兄さまには非正規社員として、ぜひ、特命顧客相談室の業務に協力してもらえないかと」
「…………」
「やっぱり、嫌ですの? まぁ、無理はないですわよね……。お兄さまは、アナエルたちの件で、わたくしや罪園には悪感情があるでしょうし……それに、お兄さまは言ってましたもの――」
★★★
「本来は精霊同士のバトルなんて、やらなくて済むならやらない方がいいよ。だって、カードゲームは……あくまで、ゲームなんだからさ」
★★★
「お兄さまは、精霊同士のバトルを望まない……だからこそ、わたくしの過ちを許して、わたくしとイースを見逃してくれた。でも――特命顧客相談室の主な業務には、悪質な精霊の回収処置や、あるいは、精霊を利用する精霊使いとのバトルが含まれますもの。そういった荒事を強いるのは、お兄さまのポリシーを曲げることになりますものね。やっぱり、この話は無かったことに」
「いや、待ってくれ。正式な返事は、アナエルや鹿の子さんと相談してからになるけど……楠江の仕事を協力すること自体は、嫌じゃないよ」
えっ、と楠江は意外そうに目を丸くした。
「でも、お兄さまは……争いを望まないはずでは?」
「無駄な争いはね。でも、楠江が言うように、カードの精霊の力が悪事に利用されてるとしたら、俺はそのことも許せないよ。俺だって……SCPの一人だし、スピリットキャスターズが好きなんだ。大好きなカードを悪用されて、いい気持ちはしないさ。それに……」
主良は、その先を言いよどんだ。
飲み込まれた言葉を、楠江が上目遣いで促す。
「それに……?」
「俺がやらなくても、楠江がやるんだろ? これまでみたいに、ずっと一人で。まだ、中学生なのにさ。この前の連休も、連勤で休みが無いってボヤいてたし……」
楠江がアナエルやシケイダに対して強硬的な手段を取ったのも、楠江一人の肩に重圧がかかっていたからだ。人知を超えた精霊との戦い――楠江は子供扱いされると怒るけど、高校生の主良から見ても、楠江はまだ小さな子供だ。
だからこそ、力になりたいと思っていたんだ。
「罪園がどうっていうより、楠江の力になりたいんだ。それに、俺がいたら楠江にも心の余裕が出来て……なにも、片っ端から全ての精霊を回収しなくてよくなるかもしれないだろ? 精霊の中には、アナエルたちみたいに、良い奴もいるかもしれないんだから」
「わたくしの、力に。そう言われると、嬉しいですわ……。でも、それでしたら……どうして。お兄さまはずっと、何かを言いたそうな顔をしていたんですの?」
「ああ、それは……なんていうか、な」
それは、この話題が始まってから――
ずっと、違和感があったからだ。
楠江の言動……否、主良の呼び名に。
――これ、聞いてもいいんだろうか?
主良は意を決して、違和感に触れる。
「だって。楠江がずっと――
俺のこと、
お兄さま……って呼んでるからさ」
「え」
まるで時が止まったかのように。
楠江はピタリと動きを止めた。
このリアクション――以前にも覚えがある。
「イース、時間を止めたのか?」
時の支配者たる精霊、
イースはふるふると首を横に振る。
「時間停止、不履行。
リヒ子、自爆。墓穴指名」
「そうか……」
「南無三」と、シケイダが手を合わせて拝む。
なにか、気の毒なことが起きたらしい。
楠江の方を見ると、陶磁器のように真っ白な雪色の肌を、真っ赤な羞恥の色に染めて震えていた。
「わ。わ。わたくし、主良さまのことを……お兄さまって……ああ、主良さまに聞かれ、ちゃった……死んじゃう……もう、おしまいですわ……まるで、バッグ・クロージャーをつけ忘れて、翌日にはカピカピになった食パンみたいに」
やばい。
何がなんだかわからないが、
このまま放っておいたら泣きだしそうな勢いである。
主良は必死にフォローの言葉を探した。
「ほ、ほら、あれだろ? 先生のことをトイレって呼んじゃった、みたいなやつだよな? な?」
「それを言うなら、先生のことをお母さんと呼んじゃった、ですわ……でも、そういうわけじゃないんですのよぉ……!」
「じゃあ、どうして」
「わたくし……ずっと。
主良さまみたいな、お兄さまが欲しくて」
宝石のような瞳を涙で潤ませて、楠江は言った。
「千影さまが主良さまのこと、お兄、お兄、って呼んでいるのを見て……密かに、うらやましくなってしまったんですの。わたくし、一人っ子で……ずっと、素敵で頼れる殿方に憧れてて。それで、お兄……主良さまが部下になると聞いて、一緒に働けると思ったら、つい……」
「(正直、嬉しいんだけど、嬉しがったらそれはそれでキモい気がするな)」
「……お兄さま、って。呼んでもいいですの?」
「いいけど……」
「わたくしの部下になって、お兄さま?」
「ああ……」
主良が答えると、ケロリと涙を引っ込めて――
小さな拳を振り上げて、楠江はほほ笑んだ。
「うふふ、やった……っ!
見立て通りの、シスコンですわ……っ!
こうすれば、
言うことを聞いてくれると思ってましたの!
よろしくね、お兄さまっ!」
――どうみてもガチ泣きだったけど。
まぁ、そういうことにしておくか。
「俺が思ってたより、たくましい女の子で良かったよ」
これ、千影に知られたら、えらいことになるな……。




