第59話 パン屋再襲撃
主良の元を訊ねたのは、対照的な二人の女性だった。
一人は、身の丈2メートルを超える長身の美人。
身にまとうのは、白いレースで装飾されたクラシカルなメイド服だ。
服のシルエットの下には、戦うために鍛え上げられたであろう、瞬発力と持久力を兼ね備えた筋肉と――女性らしい柔らかな脂肪が存在を主張している。
主に――エプロンを押し上げる、はち切れんばかりの大きさの乳房にも。
主良の視線は思わず、そこに吸い寄せられて――
「…………(じろり)」
「あ、す、すみません……」
慌てて、目を逸らすことになる。
彼女は、同じカードの精霊であるアナエルと同様に、傍目からは感情が読み取りづらいクールな佇まいをしており――その怜悧な表情には真っ白な長髪がかかり、片目を覆い隠していた。
隠された右眼、
その奥には……
歯車仕掛けの時計があることを、
主良は知っている。
精霊を狩る力を持つ、時の支配者――
《『銀色の瞳』時空観測隊員イース》である。
「突然、訪問。陳謝。
リヒ子……挨拶」
「わかってますわ。
あ、あの……主良さま?」
車椅子に座ったまま、上目遣いで主良の様子をうかがうのは――人形の如き美貌を持つ、金髪の少女だった。
まだ幼い体躯、薄い身体つきを装飾するように、品の良いゴシック・ドレスを着こなしている。黒いリボンがあしらわれたヘッド・ドレスが、さらさらとしたミディアム・ロングの金髪に鎮座し――その出で立ちは、まさしくアンティークの西洋人形のようで、この完成された「美」が目の前で生きて動いていることに、なにやら不思議な感動を感じてしまう。
リヒャルデ・カズキングダム・楠江。
イースのマスター、罪園CPの特命顧客相談室の室長として、数日前にはアナエルたちを狙って襲ってきた刺客。
今では……
「いらっしゃい、楠江。
今日はどうしたの?」
「先日のこと、あらためてお詫びしたくて。
……ええと、入っても?」
「うん、どうぞ」
同じカードの精霊を持つ、マスター仲間といったところである。
そんなわけで――
突然の訪問に、慌ててもてなす準備をすることになった。
リビングに二人を案内すると、
早速、執事服の少年の姿になったシケイダが、
ティーバッグで淹れた紅茶を用意してくれる。
「ようこそ、楠江殿。
こちらは粗茶ですぞ」
「ありがとう……って、あなた、シケイダ!?
ずいぶんとイケメンでしたのね……」
「フォフォフォフォフォ。
擬態を解けば、この通り」
シケイダが自身の顔に手をかざすと、
一瞬だけ、蝉頭の異形が出現した。
「きゃあああっ!!!
虫、虫こわいですわ……っ!」
黄色い声をあげる楠江。
イースは剣呑な声色で圧をかける。
「リヒ子、守護。
昆虫人間、殲滅……許可申請」
「こここ、これは戯れにてっ!
兄者殿、とりなしをお願いしますッ!」
「まったく……」
言われてみれば、女の子って虫が苦手なパターンが多いか。
ましてや人間大の蝉なんて、そうそう見るものではない。
「千影みたいに虫なんて全然平気、みたいな方が珍しいもんな。そういえば……」
主良は、以前の楠江の言動を思い出す。
★★★
「楠江。
お前はシケイダの行方を知っているんだな」
「えぇ、もちろん。
タチの悪い害虫でしたけど、すでに回収済みですわ」
★★★
「……楠江、初めて会ったときにも害虫とか言ってたな」
「あっ……!」
口を抑える楠江。
シケイダはショックを受けた風で、目を白目にした。
「兄者殿、それは、まことですか……。が、害虫って……某、何もしてない無害な精霊ですぞ……っ!」
「そう言えば、最初にシケイダが回収されたときって、どういう経緯だったんだ?」
色々あったから聞いてなかったのを思い出す。
あらためて訊ねると、楠江は言い出しづらそうにした。
「警察からの情報提供で、街に昆虫人間が出没したという通報がありましたの……それでイースと共に現場に駆け付けたら、樹木に張り付いた巨大な蝉を見つけて……わたくし、恐怖のあまりにイースを差し向けてしまいましたわ」
「何やってんだ、シケイダは」
「背に腹を、代えられずにて、空腹が。栄養を補給しようと、近場の公園にて樹液を吸っていたのでございます」
「そりゃ、通報されるだろ……!」
絵面がホラー映画のそれ過ぎる。
「(しかし――)」
初めて敵として対峙したときの楠江は、底知れない雰囲気を持つ強者のオーラがあったが。
こうして、あらためて対面した楠江は、年相応のあどけなさがある、気が弱そうな女の子だ。
「なんか、意外だな。楠江って、もっと怖い子かと思ってたよ。まだ学生だろうに、罪園でも会社員みたいなことしてるみたいだったし」
「……ナメられたら、おしまいですもの。わたくしの仕事は人知を超えた力を持つ精霊と対峙し、対決して、その力をカードに封印することにあった……ざっくり言えば、カードキャプターさくらみたいなものでしたから」
「自認魔法少女だったの?」
――たしかに、衣装はフリフリでそれっぽいけど。
上品な仕草で紅茶を含み、楠江は嘆息する。
「主良さまが契約した精霊たちの方が、むしろ例外ですのよ。でも……ごめんなさい、シケイダ。あなたのこと、何も知らないのに害虫だなんて。言い過ぎでしたわ」
「いえいえ、お気になさらず!」
「でも、あの姿を急に見せるのは……
もう、勘弁ですわ……ッ!」
「し、承知……」
シケイダには酷だが。
女子にはインパクトがありすぎる見た目なのは確かである。
そういえば、と楠江は話題を変えた。
「アナエルやナラクはどちらに?」
「鹿の子さんは、居候なりに食い扶持を稼ぐとか言って……名探偵としての事件を探しに行ったみたい。アナエルも一緒についていったのかな」
「そうでしたの。では、こちらはアナエルたちと一緒に食べてくださいまし」
楠江が取り出したのは、包装された紙袋だった。
包み紙には「ハングリー・ベーカリー」とある。
「これ、俺たちが楠江を見つけたパン屋さんの?」
「おすすめの名物ドーナツですわ。生地には豆腐を練りこんで、繋ぎに牛乳と生クリームを使っているから、生地がしっとりしていて、飲み物要らずですのよ」
「ありがとう! でも、ドーナツってパンだっけ?」
「あれはパンですわ。
わたくしが、そう判断しました」
有無を言わせない口調だった。
楠江にとっての、パンの適用範囲は意外と広いらしい。
まぁ、パン屋さんが売ってるならいいのか。
「楠江はパンが好きみたいだもんな。でもほら、以前にも”休日はパンを焼く”って言ってたから……お土産にしても、てっきり、ホームベーカリーのパンかと」
「そんな、わたくしの手作りなんて……素人の手慰みのようなものですわ。プロのパン屋さんの方が、日持ちもするし、味もずっと……」
「いや、単純にホームベーカリーのパンって食べたことなかったからさ。俺も興味があったんだ」
主良がそう言うと、楠江は一際、声を小さくして言った。
「……どうしても、というのでしたら。
今度、焼いてきますわ」
「えっ、いいの!?」
コクリ、と楠江はうなずく。
「あ、あまり味は期待しないで。それと、ドライフルーツとナッツを入れるので、アレルギーを教えてくださいまし……」
楠江の隣に控えていたイースが、ちょんちょん、と楠江の肩を叩く。
「賄賂、有効。本題会話……提案。
リヒ子、努力」
「わ、わかってますわ! そう、急かさないで」
「本題って?」
やはり、急な訪問には理由があったらしい。
それも、どうやら言いにくい話のようだ。
楠江は申し訳なさそうにして、本題を切り出す。
「これは、提案なのですけど……
主良さまには、我が社の非正規社員になっていただきたいの。
特命顧客相談室、社員――
つまり……わたくしの部下、ですわ」




