第58話 強敵セミ丸
「どうしよう、お兄……花流光さんに嫌われちゃったら、私、生きてけないよぉ……」
「俺が中学生の頃と、やってること同じじゃないか。初心者にとっては最悪のゲーム体験だろ……。まずはデッキパワーを合わせるところから始めて……いや、その前に、ちゃんとその子に謝るべきだな」
「うん、土下座る……」
自宅マンションにて――
主良は千影と通話していた。
聖ハイリース学園に戻った千影だが、寮で相部屋になっている友達とひと悶着あったらしい――いや、聞いてるかぎりでは、友達には非は一切なく、千影側の過失が致死率十割ゲーマーなのだが。
まぁ、義兄としては――
あの千影に仲の良い友達がいる、というだけで嬉しいところはある。
だからこそ、行動には気を付けてほしい。
友情を失うぞッ!
電話口の先で、千影は鼻をすすった。
「ありがとね、話聞いてくれて。
……あ、そうだ。
お兄、シケイダに代わって?」
「おう。おーい、シケイダ。
千影が話したいみたいだぞー」
「嬉しあじ。お待ちくだされ、お嬢様っ!」
トタトタトタ、と駆け寄る足音。
主良からスマホを受け取ったシケイダは、
ニコニコとした笑顔で通話を始めた。
それにしても――
★★★
シケイダは少年とも少女ともつかぬ、
怪しげな声で応えた。
「兄者殿――
決闘温泉、良い夢かな?」
★★★
「(初対面のときから、性別が判然としないとは思ってたけど……)」
主良は目の前にいる、カードの精霊を観察した。
《電脳執事Cicada Marl/575》――
普段は執事服を着た蝉頭の昆虫人間という異形、
いかにも空想のスピリットらしいシケイダ。
しかし、《スピキャス精霊擬人化計画》というカードの力によって、今は元のスピリットとしての姿を反映した人間態へと擬人化している。
「(これが、人間としてのシケイダの姿か……)」
その顔立ちは――中性的、としか言いようがない。
柔らかな線で構成された輪郭は、角度によっては女性と見間違えそうになるほど――それでいて、どこか凛とした芯があり、見ていて不思議な感覚がある。
深い藍にも、夏空の淡さにも見える青い髪色のショートカットが、少年らしい印象をかろうじて保ってはいるものの――その髪には、蝉の眼を象ったような意匠の可愛らしい髪飾りが左右対称に付けられており、少年らしさと少女らしさの境界、アンバランスゾーンの入り口へと、まるで見る者を誘うようだった。
姿勢の良い立ち姿は、なるほど執事らしい。
服装は、正統派の仕立ての燕尾服だ。
胸元には蝶ネクタイ風の青いリボン。
身体に吸い付くように計算されたラインが、細身の体躯を際立たせている。
「(まぁ……美形なだけで、普通に男子だよな。体型を見るかぎり、あの平らな胸で女の子だとしたら、それこそ鹿の子さん並みの……)」
パシィン!
「兄者殿!? どうされましたかな、急に!?」
「なんでもない。自分で自分の頬を叩いただけだよ」
とんでもない失礼なことを考えてしまった。
危うく、コンプラ違反でリミゼロ行きになるところだった……。
通話を切り、シケイダは主良にスマホを返した。
「千影お嬢様に、異空間工事の進捗を報告いたしました。お嬢様は寮の自室を、ご学友の花流光殿と相部屋にしているようですので――この家と寮の部屋を繋げるためには、少々の工夫が要りそうでございます」
「あぁ……確かに、何かの間違いで、花流光さんがこの家に迷いこむようなことがあったら大変だもんな」
下手したら、誘拐事件になりかねない。
「然り。しかし、お嬢様のあの性格で、花流光殿のように仲睦まじい友人が出来るとは……某も、まだカードだった頃から計算すれば、お嬢様とは長い付き合いなのですが……いやはや、感無量といったところでありますな」
「シケイダは千影の寮生活をあまり知らなかったの?」
「お嬢様は、聖ハイリース学園ではカードをストレージボックスに入れたままで、あまり外には出さないものでしたからな」
「それもそうか。カードの精霊は、カードでいるときには知覚できる情報が限られるんだな。言われてみれば鹿の子さんも、前のマスターのときには、押し入れの中のことしかわからなかった……って、話してたし」
しかし、寮の相部屋――
なんて話を聞くと、今の状況と重なるところがある。
「アナエルと鹿の子さんが千影の部屋を使うことになったのは良いとして――まさか、シケイダと俺が相部屋になるとは思わなかったよ。本当にシケイダは布団でいいのか? 俺ばかりベッドを使うのは申し訳ない気がして」
「某は居候の身、気にしないでくだされ。カードに戻れない以上、寝所は必要となりまする。まさか、お嬢様の寮に忍び込むわけにも参りませぬし」
「聖ハイリース学園は女子校だもんな。男子であるシケイダが入り込んだことがバレたら、大騒ぎになりそうだ……」
主良がそう言うと、シケイダは目を見開いた。
「えっ……」
「シケイダ、どうかした?」
「い、いえ。なんでも……無いですぞ」
「それにしても、千影の精霊が男子で助かったよ。ここだけの話……俺も困ってたんだ。アナエルも鹿の子さんも、すごい美人だろ? 千影が言う”酒池肉林”じゃないけどさ……同じ家にあんな綺麗な女の子たちばかりがいると……どうしても緊張しちゃって。気楽な一人暮らしだった頃が恋しくなっちゃうっていうか。だから、シケイダがいてくれて、俺も助かってるんだ」
★★★
シケイダは、千影との会話を思い出していた――
「いい? シケイダはお兄と相部屋になって。そうすれば……アナエルさんや鹿の子さんが夜這いするのを防げるでしょ?」
「委細、承知でございます。兄者殿はお嬢様の想い人――であれば、マスターの願いを叶えるのが、精霊である某の務めっ!」
「……あの。シケイダは、変だって思わない? 私とお兄って、兄妹なのに……お兄のこと、男の人として好きだと思ってること。ま、まぁ、血は繋がってないし……一応、セーフ、だよね……っ?」
シケイダは淀みなくうなずき、一句を詠む。
「義理も無為、血縁なれども、応援す。
千影と主良、お似合いカプ。
某は、何があってもお嬢様の味方ですぞ!」
「ふ、ふへへ。ありがと……。
57576だね……っ!」
「ところで、千影お嬢様は……某と兄者殿が相部屋になることについては、構わないのですか? 場合によっては、同衾もあるやもですが」
千影は不思議そうに首をかしげる。
「えっ……だって(お兄の性癖はノーマルだから同じ男の子の)シケイダと一緒に寝ても、何も起きないでしょ?」
「おおっ……(某をこれほどまでにマスターが信頼してくださっているとは)感激いたしました! 後は、某にお任せをっ!」
――とはいえ、一応は予防策として。
千影が帰ってから――
シケイダは擬態の際に、
《サイバー・サラシ》を発動しておく。
「兄者殿が巨乳好きなのは、アナエルを見ても確定的に明らかですからな。念には念を入れて、間違っても誘惑などせぬように――次元ごと折り畳んで、胸部をダウンサイジングしておくとしましょう」
ふにゅふにゅふにゅ。
胸囲100オーバーの千影・アナエルに勝るとも劣らない、
驚異の爆乳は、
脅威の異世界メカニズムによって次元収縮し――
執事服を突き破らんばかりに、
布を押し上げて暴力的に張りつめていたバストは――
スペルカードの効果によって、
またたく間に、平らに収まっていった。
★★★
「あ……ああーーーッッッ!」
頭を抱えて、シケイダは叫びだす。
「ど、どうしたシケイダ!?
頭でも痛いのか?」
「あ、頭が痛いであります。今後のことを考えると……ああ、お嬢様になんて言い訳をすればいいか……とりあえず、寝床は今後一生布団で構いませぬ……ッ!」
「身体を痛めないでくれよ。
せめて、枕は高くしてな」
そんなやり取りをしていると――
ピンポーン、とチャイムが鳴った。
「おや、誰だろ」
主良はインターホンのボタンを押す。
玄関の方から響いたのは、可憐な少女の声だった。
「あ、あの。わたくしです。
リヒャルデ・カズキングダム・楠江、ですわ……」




