第57話 基本に帰れ! 作中カードゲーム解説(後編)
聖ハイリース学園の中庭から、
学生寮の自室(二人の相部屋)に場所を移して――
千影は自身のコレクションから、カードを吟味する。
やがて、一枚のカードを抜きだした。
「まずは花流光さんがわかりやすいように、
このカードを参考にして、説明していくね……」
千影が取り出したのは、背中から白い翼を生やした鎧姿の少女が剣を掲げるイラストが描かれたカードだった。
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》
種別:スピリット
エレメント:光
コスト:7
タイプ:ワルキューレ・ナイト
パワー:2500
バースト:4
効果:
このスピリットを召喚するとき、手札から光のスピリット・カードを選んで墓地に送ることで、送ったカード1枚につき召喚コストを2コスト分まで軽減できる(ただし、1以下にはならない)。
スナッチャー、飛翔
召喚時効果:
自身の墓地からスピリット・カードをX枚まで除外する。
ターン終了時まで、このカードのパワーをX倍し、バースト値をX倍する。
カードを手に取った花流光は「まぁ」と感心の声を挙げる。
「きれいな絵のカードなのね。北欧神話の戦乙女を描いているようだけれども……長い亜麻色の髪をうねるようにして、曲線を描くこの様式は――もしかしたら、アルフォンス・ミュシャのポスター美術をモチーフにしているのかしら。背景の構図にも、曲線や円を多用しているみたいだし」
「ふぇ……わ、私は、よくわかんないけど……良いよね、このイラストっ。このカード自体は20thシークレット版だけど……ランドグリーズは原作でも主人公のユーアが使う、このゲームの代表的なスピリットなの」
「原作って?」
「あ……まずは、そこからだよね。ええと、スピキャスは、正式名はスピリットキャスターズNEXTって言うんだけど……元々の原作は20年以上前に発売された『スピリットキャスターズ』っていう乙女ゲームなんだよ。当時としては画期的な"カードゲームが出来る乙女ゲー"で、作中の攻略対象キャラは全員がデュエリストでね……」
「な。なんなのかしら、その面妖なゲームは」
「原作は人気シリーズだし、リメイク版ならアプリでも遊べるよ。とはいっても原作はあくまでコンシューマゲーの作中ミニゲームでしかないからバランスもめちゃくちゃだしテーマごとのパワーバランスも偏りすぎだしコストの概念も無いし2ライフ制のワンパンで終わるからCPU相手だと一瞬で終わっちゃうし正直なところTCGの勘所がわかってないゲーム屋さんの作ったゲームって感じで売れたのはイラストとシナリオに助けられただけだってわかんだよね意味不明にカードプールに虫のスピリットばっか多いのも変だと思うリメイク版ではNEXTに寄せてるからマシはマシだけどUIはクソでもっさりしてるしフラストレーションがやばいから人気にあぐらかくんじゃなくて他ゲーを見習ってほしいと思ってる現行のアプリ版もアニオリみたいなクソみたいなシナリオ引き延ばしに入ってるの意味わかんないから正直さっさとサ終させて新アプリ立ち上げてほしい……っ!」
ちっ、と舌打ちをする千影。
その瞬間、周囲の空気が一変する――
「千影さん」と、花流光の声が冷たくなった。
「は……はいっ!」
「何度、言ったらわかるのかしら。その、下品な舌打ちを止めなさい。千影さんは、この私のフェアトゥラング・エンゲル――聖ハイリース学園の生徒たちの中でも、最も手本となるべき存在なのよ?」
「うう……注意、します……」
「――よろしい。気を落とさないでね、千影さん。公正に評価すれば……今の千影さんは、学園に入った頃よりも随分と変わったわ。ええ、どこから見ても恥ずかしくない、理想の淑女よ。けれども、カードゲームの話題になるとダメ。そういう意味では……私がカードゲームの知識を得ることは、あなたの成長のためにも理に適っているわ」
「ふぇ……なんで?」
「あなたとカードゲームで遊べるようになれば、より、深い仲になれるもの。今よりも、もっと――お互いを、高め合えるようになると思うのよ」
「今より、もっと、仲良くなれるって……こと?」
千影のまっすぐな物言いに、花流光は目を泳がせる。
花流光はいつもの優雅な様子を崩して、声を上擦らせた。
「あ、有り体に言ってしまえば、そうなるわね……っ」
「ふへへ……花流光さんと仲良しになれるの、うれしいな」
――親友である花流光が、カードゲームに興味を持ってくれている。
「(花流光さんは、私みたいに悪いカードゲーマーにはなってほしくない……!)」
この機会を逃さず、確実に沼に沈めようと――
千影は気を引き締めて、丁寧に説明を続けることにした。
まずは、カードのコストの支払いについて――
先ほどのランドグリーズを例にとると、
コストの支払いに必要となるのは以下の部分のテキストである。
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エレメント:光
コスト:7
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カードを使用するときには、コストに等しい数のエナジーカードをロール(横向きに倒す)してエナジーを発生させる必要がある。
このとき、カードに含まれるエレメントと同じ色のエナジーを最低一つはロールしなくてはならない。
エナジーカードには、
火、水、風、地、光、闇の六色が存在する。
ランドグリーズの場合は、
「光のエナジーを含むエナジーカード七枚」
をロールすることで、カードが使用できるようになるのだ。
カードの中には複数のエレメントを持つマルチカードも存在し、その場合にはコスト支払いの際に含まれるエレメント全てと同じ色のエナジーを最低一つずつは含んでいる必要がある。
ロールしたエナジーカードは、ターン開始時のリロール・シークエンスにてリロール(縦向きに戻す)ことで、再びコストの支払いのためにロールできるようになる。
花流光は、机の上でカードを横にしたり、縦にしたりしてみる。
「横に倒すことで、ロール。縦に戻すと、リロール……千影さん、これはロールすることでカードを使用済みにしたことを表しているのね?」
「そうだよ。ちなみに……間違えてタップ、アンタップって呼んじゃうと、その瞬間に某社に訴訟されるだろうから気をつけて!」
「訴訟されてしまうの……ッ!?(※されません)
顧問の弁護士に連絡しないといけないわね……」
「(コモンの弁護士……? 安そう)」
ところで――
エナジーカードは毎ターン、チャージ・シークエンスに一枚ずつエナジーデッキからチャージされる。この際に、エナジーデッキからエナジーカードを二枚までめくり、その中から一枚をチャージして残りはエナジーデッキの下に戻す処理となる。
単色・二色デッキ程度なら問題は無いが、三色以上のデッキ構築をした場合には、目当ての色のエナジーカードが揃わずにカードをプレイできなくなる事故も発生する――ちなみに、無色のカードならどのエナジーでも支払いに充てることができる。
「そういうわけで、初心者は基本的にはデッキを二色以下にまとめるのが板! じゃなくて……おすすめ、になるの」
「言われてみれば……私が買ったスターターデッキも二色デッキになっているわ。これは、エナジーカードが上手く揃わないような事故を回避して、安定性を高めるためだったのね。ええ、理に適った構築になっているみたいだわ」
エナジーカードは毎ターン、一枚ずつチャージされる。
そのため、たとえばカードのコストが2だった場合には、そのカードを使えるターンは2ターン目、ということになるのだ。
コストの数字は、カードを使うタイミングの目安となる。
「千影さんが先ほど見せてくれたランドグリーズは、コストが7だから――使えるようになるのは7ターン目からになるのね」
「いや、全然。ランドグリーズのコストは実質1だよ」
「えっ」
「カードの左上に書いてある数字なんて、スピキャスでは飾りみたいなもんだから……ほら、ここを見て」
トントン、と品のない仕草で千影はカードを指で叩いた。
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このスピリットを召喚するとき、手札から光のスピリット・カードを選んで墓地に送ることで、送ったカード1枚につき召喚コストを2コスト分まで軽減できる(ただし、1以下にはならない)。
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「ランドグリーズは手札からカードを墓地に送るごとにコストを軽減できるから、3枚以上のカードを捨てればコストは1として召喚できるの。で、墓地に送ったスピリットをそのまま除外すればバースト値をX倍にできるから、5枚捨てた時点で4×5で20ダメージになってワンキルかな。全盛期のカードプールでは理論上は最速で2ターンキル、それは無理でも4ターンキルは当たり前だったみたい。まぁ除去耐性が一切ないから、インタラプトを抱えてるとこに突っ込んだら弱いけど――そのせいで当時の環境には、運王で猿みたいに突っ込む猿キューレの他には、コントロールしかいなかったっぽい。だからリミワンの温泉生活も当然っていうか」
「???
バースト? ダメージ?
千影さん、ダメよ。
また、早口になって目つきが悪くなっているわ……」
「あっ。うう、ごめんなさぁい。
ちゃんと説明するね――」
ため息をつく花流光に、反省する千影。
千影はあらためて、ランドグリーズのテキストを示した。
----------------------------------
パワー:2500
バースト:4
効果:
このスピリットを召喚するとき、手札から光のスピリット・カードを選んで墓地に送ることで、送ったカード1枚につき召喚コストを2コスト分まで軽減できる(ただし、1以下にはならない)。
スナッチャー、飛翔
召喚時効果:
自身の墓地からスピリット・カードをX枚まで除外する。
ターン終了時まで、このカードのパワーをX倍し、バースト値をX倍する。
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「スピリットには、パワーとバーストという二種類のステータスがあるの……パワーは、攻撃をガードされたとき等の状況でスピリット同士でバトルが発生した際に参照するステータスで、バトルの際にはパワーが高い方のスピリットが勝利するんだよ。で、バーストの方はプレイヤーに攻撃する際に参照するステータスで……攻撃してガードされなかった場合には、バースト値に等しいダメージがライフに与えられる」
「ライフ……ルールブックによると、プレイヤーの生命力とあるわね」
「お互いのライフの初期値は20。このライフが0になったときに、プレイヤーは敗北するって感じ……かな」
「理解したわ。スピリットを召喚して、攻撃して、相手のライフを0にする――というのが、このゲームの基本的な流れなのね?」
「だいたい、そう……まぁ、例外については、後回しにしとくっ!」
ちなみに――
スピリット・キャスターズNEXTにおける、
プレイヤーの勝敗条件は以下の通りとなる。
・ライフが0となったプレイヤーは敗北する。
・デッキ枚数が0枚のとき、カードを引けなかったプレイヤーは敗北する。
・カードの効果によって特殊勝利や特殊敗北が発生する時がある。
「基本的なルールは、とりあえずこんな感じ……駆け足だったけど」
「ええ、理解できたわ。思ったよりもシンプルというか、わかりやすいルールだったわね。ゲームデザインとしては、理に適った設計だと思うわ」
「まぁ……基本的なルールはね……」
千影は半笑いをして、カードの山に目を移す。
このゲームに存在する、多様な効果を持つカードたち。
「カードゲームにおいて、最も厄介なのは――
カードのテキストはルールに優先するってこと。
たとえば「カードのプレイにはエナジーを支払う」というゲームのルールがあったとして、「カードのプレイにはエナジーを支払わなくていい」という効果のカードがあったとするよ――まぁ、実際にあってリミワン喰らってるんだけど――その場合、ゲームのルールとカードのテキストが矛盾していると、かならずカードのテキストの方が優先されることになってるの。そういった「ルールを破壊する」カードは常に環境を壊しては、作り変えていく。結局は、カード次第ってわけ」
「……私はまだ、入り口に立ったばかりなのね。ありがとう、千影さん。習うより慣れよ、ということね。じゃあ、さっそく――遊んでみましょう?」
花流光はスターターデッキを取り出した。
千影は、それを見てビクリと身体を硬直させる。
――思い出すのは、兄との数々の虐殺。
「ふぇ……う、うん。でも……私、カードゲームだと初心者相手でも手加減できないから……花流光さん、いやな思いしちゃうかも」
「何を言っているの? 私が千影さんと遊びたいと言っているのだから……いやな思いなんて、するわけないじゃないの」
「ふ、ふへへ。そう、だよね……じゃあ、お言葉に甘えて」
パチパチパチパチ――
パチパチパチパチ――
カードを擦り合わせるようにして、
威嚇するような奇怪な音が寮の部屋に鳴り響く。
「ち、千影さん……?」
「じゃ、対戦よろしくお願いします」
始まったのは、一方的な鏖殺。
百合の花は手折られ、白い花弁は散り散りに乱れる。
嘆きも、呻きも、意味をなさず。
小雨の降りしきる雨音に似た、
カードを擦り合わせる音だけが室内にこだました。
「…………」
「は……花流光さぁん……っ! ふえぇ、ごめんなさぁい」
それから――数日のあいだ。
神米 花流光は、千影に一度も口を聞いてくれなかったらしい。




