第6話 強敵黒イモ
玄関に鍵が刺さる音がする。
主良は思わず、息を呑んだ。
この家の鍵を持ってる人物は、一人しかいない。
ガチャリ。
ドアノブを回して、玄関から姿を現したのは――
「あっ……えへへ。
ただいま、お兄」
黒羽千影だった。
全寮制学校――
聖ハイリース学園高等部の制服に身を包んでいる。
ハイリースの制服は、一般的な高校とはまるで違う。
上品な色合いの黒を基調としたロングスカートは足首近くまで伸び、無駄な装飾は一切ない。胸元から腰にかけてのラインは控えめで、どこか教会のシスターを思わせるような厳粛さと清楚さを併せ持っていた。
服装には、肌の露出はほとんど無い。
ゆったりとした服の上からでも分かる、すらりとした体躯。
長い銀色の髪は、背中を流れるようにまっすぐ伸びている。
しばらくぶりに見る妹は、
お嬢様学校の生徒としてすっかり見違えていた。
兄としての贔屓目抜きで、
誰もが振り向く美人と言っていいと思う。
主良にとっては、自慢の妹だった。
「……おかえり、千影」
主良がそう返すと、
千影はくすりと小さく笑う。
「お兄、どうしたの……?
玄関先で、息なんて切らして……?」
「ははは、ダッシュで下校してきたばかりだったから」
「……そう。慌てんぼうさん、だねっ」
千影は、義理の母譲りの赤色の瞳で玄関を見回す。
ここにいるのは、主良と千影の二人だけ。
まだだ。
まだ……バレてないはず。
「ど、どうかした?」
「お兄、さっき……私がドアノブを回したときに、急いで、鍵をかけなかった? 外から聞こえたけど……それに、バタバタしてたみたい……」
……全然、バレてる!
思わず、主良の意識が自室に向けられる。
「(俺が鍵をかけて時間を稼いでるあいだに、アナエルには俺の部屋に隠れてもらったけど……ここは、なんとか誤魔化さないと!)」
主良は慌てて話題を変えることにした。
「それよりも、急にどうしたんだ? いつも帰ってくるときは、事前に連絡をしてたじゃないか。行ってくれれば、夕飯だって用意しておいたのに」
「……私、LINEしたよ?」
「えっ」
スマホを取り出すと、
前日のメッセージを未読にしていたのがわかった。
「いやぁ、昨日は色々あったんだ。
ごめん、つい見逃してた!」
「ううん、いいよ。
お兄、忙しかったんだね……」
「ごめんな、何の準備もできなくって」
千影はにへへ、とはにかむ。
「準備なんて……
お兄がいれば、それでいいもん」
「そ、そうか?」
「ハイリースの寮……
みんな優しくて、良い子だけど……
お兄がいないと……寂しい」
千影はもたれかかるように、主良に抱きつく。
「あっ……お兄の匂いだ……」
「ちょっと、恥ずかしいだろ……。
ダッシュしたばっかで、汗かいてるし」
逃げるように主良が後ずさると、
千影はその様子をおかしそうに眺めた。
「にへへ。良い、匂いだよ?
お兄の匂い、好き……。
ずっと、好き。
……あれっ?」
すんすん、と千影は鼻をひくつかせた。
ブーツを脱いで、千影が玄関に上がる。
千影と共にリビングに向かうと――
「(……げっ!)」
「やっぱり……」
キッチンの方から、ふわりと香りが流れてきた。
最初に気づいたのは、
バターが溶ける香ばしい匂いだった。
次いで、幾種かのハーブが混じる刺激。
キッチンコンロに置かれた鍋――
そこにはビーフシチューが煮込まれている。
コンロの火は消えているものの……。
先ほどまで煮立てられてたのは間違いない。
主良は、自室に隠れる前のアナエルの動きを思い出す。
「(さっき、アナエルがキッチンに寄ってたのは……)」
★★★
「おかえりなさい、マスター。
ご飯にする?
お風呂にする?
それともデ・ッ・キ・ビ・ル・ド?」
★★★
「(……あっ!)」
ピピピピピピ――
突然、室内に電子音声が響く。
《お風呂が沸きました。
42℃でお湯を四時間、保温します》
自動給湯装置でお湯が沸いた音。
主良はここにきて、初めて気づく。
「ご飯とお風呂、って……
本当に用意してくれてたのか……!」
てっきり、冗談だと思ってたのに。
千影は訝しげな様子で主良を見上げた。
真紅の瞳が鋭くなる。
「お兄。さっき……帰ってきたばかり、って言ってなかった?」
「あ、ああ、言ったよ???」
「じゃあ、おかしいと、思うな……。
帰ってきたばかりで、お風呂を沸かせたの?」
「実はそうなんだよッ!
最近の風呂は便利でな、
スマホで家の外から沸かせるんだ!」
ふーん、と千影は声を低くする。
「……じゃあ、ご飯は?」
「ビーフシチューは俺の大好物じゃないか。
千影だって知ってるだろう?
だから、帰宅してダッシュで作ったんだよ!」
千影はお玉でシチューをすくうと、
かたまり肉を口に運ぶ。
「ほろほろで、美味しい……ね。
口の中で繊維まで溶けて、
味が芯までしみ込んでる……ふふっ。
作り置きじゃ、こうはならない……」
「当然だよ、自信作なんだから」
へぇ、と千影は呟いた。
「……ダッシュで作って、
こんなに柔らかくできたの?」
「じ、時短レシピなんだ……ッ!」
まずい、誤魔化すのはもう限界だ。
千影が疑心を深めているのがわかる。
この家に、誰かがいる――
そう確信しているに違いない!
千影はドタドタと室内を探り始めた。
父さんと母さんの寝室、
千影の部屋、
そして……
「待って、千影っ!」
主良の静止も聞かず、千影はドアを開ける。
そこは、主良の自室だった。
「ああっ……!」
扉を開けた先にあったのは――
「えっ……アナエル?」と千影は言う。
カードの山がそこにあった。
机の上に置かれていたのは、昨日ストレージからピックアップした【神造】デッキ関連の改造パーツとなるカードたち。主にコンストラクト展開をサポートするカードや、無色エナジーを強化するタイプのカードである。
中でも手前に置かれていたのは、
《次世代神造姫アナエル》。
千影はアナエルのカードを手に取っていたのだった。
実体化したアナエルは、どこに……?
主良は室内を見回す。
「(なるほど。上手く隠れてくれたんだな!)」
帰宅する前は開けっ放しにしていた、
押し入れのふすまが閉じていた。
――どうやらアナエルは押し入れの中にいるらしい。
なんとか、首の皮一枚は繋がったようだった。
「ほら、千影。せっかくシチューが煮えたんだし、夕飯がまだなら一緒に食べようよ。米なら、パックのご飯もあるからさ」
「いらない」
「そんなこと言わずに。ビーフシチューはしっかりご飯のおかずになるんだぜ? シチューはシチューでも、ホワイトシチューとは違って……」
「いらないっ!」
あっ、しまった。
千影の悪い癖が発動したらしい。
別人のように目つきを鋭くした千影は、
机の上に置かれたアナエルのカードを、
トントン、と行儀悪く指で叩く。
どうも、マナーの悪さは変わっていないようだ。
「(せっかく、お嬢様学校でお淑やかになったと思ったのに……!)」
カードを前にすると、千影はこうなってしまう。
なぜなら――
千影は、俺と同じくカードゲーマーだから。
「リミ1になったんだから、
もうアナエルなんてゴミでしょ?
いらなくない?
シングル価格も暴落してるし、
私はちゃんと規制前に売り抜けたよ?
GP前だから、今回で処されるのはわかってたし。
元から規制前提のクソカードだったもんね。
ってか、何?
【神造】自体が元通りの紙になったのに、
もしかして、アナエル軸をリペアするつもり?」
それも、だいぶタチの悪い方の。




