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第53話 うぬぼれるなよ、邪悪な願い

「わ、わたくしの……負け。

 そんな……っ!」


 車椅子に座った少女は、力なく肩を落とす。


 アンティデュエルは主良しゅらの勝利に終わった。

 この勝負には、アナエルとシケイダのカードが賭けられていた――よって、主良と千影ちかげの元に、それぞれの精霊が宿るカードが返ってくることになる。


 すでにアナエルのカードは、ゲーム中に主良の手元へと戻ってきていた。

 残るシケイダのカードは――


 すうっ、と楠江くすのえのポーチから光に包まれたカードが浮かびあがる。


「あっ……っ!」


 反射的に楠江がカードに手を伸ばす。

 しかし、勝負の結果は覆せない。


 ――精霊同士のバトルには、強制力が働く。


 楠江の手をスルリと抜けて、精霊のカードは千影の元へ戻った。


「や、やった……っ!

 お兄、ありがとぉ……!」

 にへへ、シケイダのカード!」


 カードが発する光が一層、強くなり――

 千影のかたわらには、

 執事服を着た蝉頭の精霊が現れた。


 千影の精霊――シケイダこと、

 《電脳執事サイ・バトラーCicada Marl/575》である。


「お嬢様――それがし、ただいま戻り申した。

 ええと……

 お久しぶり(6)……じゃなくて、

 久方の(5)、

 見目麗しき(7)、

 主かな(5)……とか」


 蝉人間の胸板を、千影は拳で叩いた。


「はうっ!」


「クソ俳句なんかいいよっ!

 相変わらず、季語が無いしぃ……!」


「クソ、とは。それがし、悲しみ。

 その、お嬢様は、もう少し言葉遣いをですな」


「うるさい……小言なんて、聞きたくないし!」


 まぁまぁ――と、主良は千影をなだめる。


「千影も、シケイダのことが心配だったんだよな? 大会から帰った日、ずっとシケイダが戻らなかったから。全然、夜も眠れないみたいだったし」


「ちょっと、お兄……」


「なんと。おお、お嬢様が、それほどまでにそれがしめを。これは、感謝感激でございます。うむ、早速ですが、この思いを歌にしたくなり申した。そうですな、望外の(5)……歓喜の極み(7)、うーむ、あと、あと5文字……」


 指で文字数を数えながら唸るシケイダ。

 照れ隠しなのか、千影は「ともかく」と話を変える。


「シケイダが戻ったなら、次は私の番だからね」


「はて。どういうことでしょうか、お嬢様」


「私も精霊使いに戻ったから――

 次は、私がアンティデュエルを申し込むの」


 デッキを取り出した千影。

 虚を突かれたのか、楠江は呆けた顔で呟いた。


「わたくしに、千影さまがアンティデュエルを……?

 いったい、なぜ」


「イースを奪うためだよ。楠江さんの手元にイースがあるかぎり……また、アナエルさんやシケイダを狙って、襲ってくるかもしれないでしょ? だから、私がここで禍根を絶つの。楠江さんにはイースを賭けてもらう……私の方は、シケイダを賭けるから」


「イースを……? い、嫌ですわ……っ」


 小柄な身体を震わせて、楠江は縮こまる。


「おいおい……」


 予想外の展開に、一同は困惑するばかりだった。


「待てよ、千影。そんな話はしてなかったじゃないか!?」


「お嬢様、それがしを賭けるなどと……

 そんな、ご無体なぁ」


「お兄、大丈夫だよ。シケイダも安心して。私はアンディデュエルの条件として、BO3(3回勝負)とサイドチェンジの条件を追加する。これなら、運の紛れも減るし……そもそもスピキャスの競技をやる上では公式ルールなんだから、嫌とは言わせないもの。代わりに楠江さんは、関係者用カードでも何でも、好きに使っていいからね。もっとも手の内は読めてるし――やることがわかってるなら、妨害の打ちどころも把握できてるけど」


「…………っ!」


 たしかに、千影の実力なら――

 手の内が読めた楠江を倒すことは、難しくないのかもしれない。


 元より、SCPとしての腕前は千影の方が主良よりも上なのだ。

 新環境のCSで結果を残した【シケイダループ】も手元にある。


 精霊使いとなった千影には、

 アンディデュエルを仕掛ける権利があるし――


「精霊同士のバトルには、強制力が働く……か」


 楠江は横に立つ自身の精霊――

 イースに、すがりつく。


「そんな――っ。わたくしは嫌ですわ……次にやったら、また負けちゃう……もう、やりたくない……っ! イースを奪われるなんて、嫌ぁ!」


 すすり泣く楠江を、千影は冷たい目で見下ろした。


「楠江さん、それはムシの良い話でしょ。私からシケイダを奪って、お兄からアナエルさんを奪っておいて……アンタがやってたのって、それと同じことなんだよ」


「う、ううっ……!」


 楠江のかたわらに立つ精霊、イース――人間離れした長身を持つ白装束の美女は、己が主を守護るように身をかがめて楠江を包みこみ、鋭い眼光で千影をにらみつけた。


「応戦……。刻下、必勝」


「イース、駄目、駄目ですわっ!」


「ふん。ひひ、望むところだし……!」


 まずい。妙な話の流れになってしまっている。

 シケイダのことで、千影の頭に血が上ってるのかもしれない。


「千影、待ってくれよ。いくら千影が強くても――カードゲームには、時の運だってあるだろ? さっきだって、俺はデッキレベルの顔メタをしてたけど――最終的に勝てたのは、ナラクを引き当てることが出来た運のおかげなんだ。下手なことをしたら、また、千影はシケイダを失うことになるかもしれないんだぞ」


「だって……っ! こいつには、私たちの住所や身元も割れてるし。いつ襲われるかわからないんだから、倒せるときに倒しておいた方がいいじゃん。ここで見逃したら、また変な関係者用カードを作ってくるかもしれないんだよ……? お兄こそ、アナエルさんを、また失ってもいいの……っ!?」


「そ、それは……」


 迷う主良に、怪盗ナラク――

 人間の姿に戻った鹿しかが語りかけた。


「主良くん、ここはちーちゃんに任せてもいいのでは? 最悪、シケイダが奪われたとしても――こちらにはまだ、ボクやアナエルがいます。奪われても、また奪い返せばいい……精霊使いと精霊の数は、こちらが上ですから」


「それは、そうかもしれないけどさ……!」


 千影の行動が、間違ってないのはわかってる。

 でも――確かに楠江は、自分たちから精霊を奪った元凶だけど。



 同じことをやり返す――それで、いいのか?



 主良は、目の前の楠江とイースを観察した。

 主を想う精霊と、それを離すまいとするマスター。


 ここで、楠江が負けたとしたら――


 精霊を失い、

 楠江が味わう苦しみを、

 主良はハッキリとイメージできる。


「(千影が言ってることは……正しい。楠江はアナエルたちを狙ってきた敵で、放っておいたら、また同じことをするかもしれないんだ。ここでイースを奪っておくべき……そうだ、何も間違ったことは言っていない)」


 だけど。その選択肢を、取りたくない――

 そう考えている、主良がいる。


「マスター。わかります、切札には」


 迷う主良の手を取ったのは、アナエルだった。


「わかるって、何が?」


「マスターの望みです。

 なりたいです、それを叶える力に」


 精霊はマスターの願いを叶えようとする――

 そう言っていたのを、主良は思い出した。


「そうだ……俺の、願いか。

 俺は……きっと、楠江からイースを奪いたくないんだ」


「肯定します、マスターの想いを。

 今度は、切札がマスターを助ける番です」


 毅然とした様子で立ち上がるアナエル。

 アナエルは、千影に向かって諭すように言った。


「ちー。切札に時間をください、バトルする前に」


「えっ。う、うん……」


 アナエルは静かな足取りで、楠江の元に向かう。


 警戒するイース。

 けれども、楠江はイースの腕に触れて、首を横に振った。


「……承知」


 イースは後ろに下がり、楠江の前にアナエルが立つ。


「質問があります、あなたに。

 よろしいですか?」


「――なんでしょうか、アナエル」


「なぜ封印するのですか、精霊を?」


 アナエルの問いに、楠江は端正な表情を歪めた。

 小さく息を吐く楠江。

 やがて、ぽつりぽつりと話し始めた。


「精霊は、マスターの願いを叶えるもの。それが、どんなに、よこしまなものであっても――ですわ。おじい様が作った、スピリットキャスターズNEXTのカードに、カードの精霊が宿ること……その精霊が実体化し、マスターの願いを叶えようとすること……我々が知ったときには、既にそれは悪用されてましたの。己が欲望を満たすために……犯罪に手を染める者すら現れましたのよ」


 犯罪、と聞いて主良の頭によぎるものがあった。


「そういえば……事情はともあれ、鹿の子さんはカードを泥棒してたよな」


「うっ……それを突かれると、ボクも弱いですよぉ。あと、楠江ちゃんの言ってるとおり……カードの精霊を犯罪に使っている人間なら、ボクも実際に見ましたよ。ほら、二日前にボクが潰したカード強盗団ですっ!」


「カード強盗団って……ああっ!」



★★★


「実績なら」と、

 店長さんと話していたお巡りさんが言った。


「一応、あるみたいですよ。先ほど、カードショップ強盗団『ゾンビズ』のアジトを突き止めて、警察が逮捕する手助けをしたみたいで」


★★★



「あの強盗団って、精霊使いの組織だったの?」


「ええ。もっとも、ボクが捕まえられたのは人間だけで、肝心の精霊には逃げられちゃったんですけど。また、別の人間と契約して悪さをしてるのかもしれません」


 カードの精霊を使って、悪さをする人間がいる。

 楠江はそのためにカードの精霊を封印していたのだろう。


「よこしまな、願い」とアナエルは呟く。


「そうですわ。だから、わたくしは封印処置の手順を構築して――おじい様の愛した、おじい様のカードが悪用されないように、罪園ザイオンCP内に精霊対策の特別な部署を設立したの。それが、特命顧客相談室……もっとも、罪園ザイオン側の精霊使いが、わたくししかいない以上――ハードワークのワンマン部署ですけれども」


 ――楠江の事情はわかった。


 話を聞き終えたアナエルは、楠江に問いかける。


「質問があります、もう一つ。

 よこしまな願い――と、あなたは言いました」


「ええ……」


「切札の願いは――マスターと、また遊ぶことです」



★★★


「おっしゃっていましたね、マスターは。抜くしかないよな、って……もう、マスターと一緒にデュエルできないかと思ったら……切札は、とても悲しくなりました。マスターと離れたくない……そう思って、気づいたらこの世界に来ていました」


★★★



「切札の願いを叶えると言ってくれました、マスターは。マスターの願いも――切札と、遊ぶことです。切札たちの関係は、遊びなんです。ずっと、一緒にいたい。マスターと一緒にいて……ちーや、ナラクや、シケイダも一緒にいて、ずっとマスターと一緒に、あなたの祖父が作ったカードゲームで遊びたいんです。それも、いつかは終わる遊びなのかもしれませんが。それでも、その時間を、できるだけ長くしていたいと……この、切札の願いは……封印されるべき、よこしまな願い――なのでしょうか?」



 まっすぐな思いを言葉に乗せて、アナエルは問いかける。

 その表情には、相変わらず、動きは無い。

 けれども、楠江は言葉の裏にある情を読み取ったようだった。


「一緒に、遊ぶこと……それがアナエルと、主良さまの願い。そう。わたくしが、お二人の願いを……何の罪もない、ささやかな願いを……奪って、しまったのね」


 楠江は両手で顔を覆い隠した。


 指と指の合間からは、涙がこぼれ落ちて――

 か細い声には、すすり泣きが混じり始める。


「ごめん、なさい……! 勝手に、精霊は全て、危険だと決めつけて……! あなたの願いは、よこしまなんかじゃないわ……アナエル。その願いは、おじい様の孫娘であるわたくしこそ、本当は守らなければならないものよ。なのに……わたくしは、なんて、お詫びすればいいの……ごめんなさい……ごめんなさい!!!」


 嗚咽をしながら、ぽろぽろと泣く楠江。

 アナエルは片膝を立てて、少女と目の高さを合わせた。


「嬉しいです。

 切札たちの願いが、よこしまな願いでなくて」


「うう……っ! ごめんなさい、アナエル……!」


 あの様子なら――もう、大丈夫だろう。

 千影の様子を見ると、バツの悪そうな顔でそっぽを向いていた。


「ふん……あれだって、初めて自分の精霊が狙われたからビビっただけ、でしょ……結局、命乞いみたいなものだし。お兄もアナエルさんも、ホント、甘いんだから」


「そうかもな。でも、本来は精霊同士のバトルなんて、やらなくて済むならやらない方がいいよ。だって、カードゲームは……あくまで、ゲームなんだからさ」



 アンティデュエル――


 トレーティング・カードゲームの最初期には、カードゲームの公式ルールとして、互いにアンティ(賭け金)として互いにカードを差し出すルールが存在したゲームもあった。もっとも、現代では廃れている。


 アンティルールが廃れた理由は明白である。


 カードゲーマーは、自身がコレクションしたカードに価値を感じたり、あるいは、自分のカードとしての愛着を持った――賭けがもたらす緊張感により、カードゲームをエキサイティングにするための仕掛けとして機能すると思われて実装されたアンティルールは――またたく間に、それぞれの公式ルールから消えていったのである。


 カードゲーム自体の魅力――

 それ自体が、

 遊んで楽しい、ゲームであること。


 それこそが、アンティをも上回る――

 TCGというゲームが歴史に残った理由である、

 何よりもエキサイティングな仕掛けだったのだから。

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