第52話 無限アナエルといったな、あれは嘘だ。本当は20枚くらい(予算の関係で)
「要求します。
マスター、おかわりを」
目を開けたままキスを要求し、
顔を近づけてくるアナエルを――
主良は必死で押し留める。
――せめて、目を閉じてくれっ!
目と目が合うたびに、唇に残る感触が熱くなった。
「おかわりは、ダメっ!
だけど……おかえり、アナエル」
「肯定します。
――ただいま、帰りました」
たった一日、会えなかっただけ、だけど。
それでも主良にとっては長い長い時間に感じた。
感無量――けれども。
一方で、どんよりとした空気を発しているのは、
鹿の子こと……ナラクだった。
「ボクの……ボクの主良くんが……
うそつき……
ボクだけのマスターになってくれる、って言ったのに。
キスもしてくれるって、たぶん言ってたのに……」
「たぶん、言ってないです……」
「ナラク」と、アナエルが語りかける。
スピリットの姿をしたナラク――
影で作られた手を、アナエルが取った。
「感謝します、切札を助けてくれて」
「べ、別に……今のボクのマスターは主良くんですのでっ。その主良くんの望みを叶えるのは、スピリットとして当然というか何というか。アナエルを助けるくらい、お茶の子さいさいですよ!」
「でも。ナラクに嫌われていました、切札は」
「あっ……!」
★★★
「……ボク、貴方のことが嫌いです」
「疑問です。なぜでしょうか?
切札はナラクに何もしていませんが」
★★★
「ナラクが消失してから、ずっと考えていました。ナラクはなぜ切札のことが嫌いだったのか……言われてしまいましたから、答えを出すのが宿題なのだと」
「それは……。
ごめんなさい、アナエル」
影の帽子を目深に被り、ナラクは頭を下げる。
「ボク、アナエルに八つ当たりしちゃいました。自分のマスターと仲良くして、楽しそうだったアナエルを見て……あの時のボクが、失ってしまったものを見せつけられた気がして。それで、むーっとして……ひどいこと、言っちゃいました」
「えっ。そう、だったのですか?」
アナエルは首をかしげた。
「勘違いをしていました、切札は。
てっきり……切札が可愛いからなのかと」
「なァんで、そうなるんですかぁ!?」
ぽよん、とアナエルは胸元をアピールする。
「大きいです、おっぱいも。
マスターも切札のおっぱいが大好き」
「がああああっ! コイツッ!
ボクを煽った! 主良くんの馬鹿!」
主良は自身の潔白を証明しようと口を出す。
「待ってくれ、鹿の子さん! それはアナエルが捏造した悪質なフェイクニュースだッ! 人の好みは好き好きだし……俺はまだ、そんなこと明言してないからッ!」
「……まだ? 語るに落ちましたね、主良くん!」
「名探偵みたいに言葉尻を捉えないでくれッ!」
「いぇい。切札の勝ちです」
ギャイギャイ、と騒いでいると――
「主良さま。デュエルの最中であることをお忘れになって?」
対戦相手である楠江は、苛立った様子で叫んだ。
「まだですわよっ! まだ、アナエルのカードはわたくしが所有している。アンティデュエルの条件――主良さまが本当の意味でカードを取り戻すには、わたくしに勝つしかない。《コスモグラフィア・アリストクラティカ》を利用した横紙破りなど、絶対に認められませんわ――メロン果汁入りを売りにしたメロンパンのようにねっ!」
「安心してくれ、楠江。
デュエルにおいても……勝つのは俺たちだ」
勝利への道筋は既に出来ている。
ナラク、そしてアナエルと頷き合う主良。
主良はエナジーコストを支払い、更にカードを使用した。
そのカードはまぎれもなくリミテッド・ワン。
本来はデッキに1枚しか入れることが出来ないカード。
だが、制約は取り払われた。
獄庫崩壊。
リミテッドの枷は既に砕け散っているッ!
「俺は――二枚目のアナエルを召喚するッ!」
「……なん、ですって」
主良の盤上に、もう一人のアナエルが現れた。
並び立つ二人のアナエル。
それぞれのアナエルは意思を共有しているらしい。
二人のアナエルは互いに手を振り合うと、
いえーい、
と揃って表情を変えずにピースサインをした。
「ど、どういうことですの!? [神文死蔵財庫スカイウォーカー・パレス]の領域効果によってゲーム外領域からキャストされた《コスモグラフィア・アリストクラティカ》は、既に墓地に送られる代わりにわたくしのデッキの下に戻っているはず。なのに、どうして、主良さまはアナエルを2体も召喚できたというのッ!?」
「どうしても、何も。
俺はテキスト通りの処理をしただけだよ」
「テキスト通り……ですって!?」
「君だって、確認していたはずだろう?」
★★★
「《コスモグラフィア・アリストクラティカ》の発動時――わたくしはカード名を1つ宣言し、このターンのあいだ、指定したカードをゲーム外からプレイすることが可能になりますの(※コストは支払う)」
★★★
「《コスモグラフィア・アリストクラティカ》は、宣言したカード名のカードをコストを支払ってゲーム外からプレイできるようになるカード。これはカードの効果によるプレイではなく、ターン終了時までプレイヤーにカードをプレイする”能力”を付与する処理になる――つまり、テキスト通りに読めば同名カードにかぎれば1ターンに何度でもプレイできるという解釈になる」
「は……はぁっ!!!?」
いやいや、と楠江は首を振った。
「おかしいでしょう!? 《コスモグラフィア・アリストクラティカ》は、原作におけるアスマのカードを再現した開発者用カード。原作のアスマが使ったときには、カードは1枚だけしかプレイできなかった。当然、その効果を再現したこのカードは、1枚だけしかプレイできないと解釈するのが道理のはずよっ!」
「たしかに、原作ではそうだったかもな。けどさ――」
主良の脳裏をよぎったのは、いくつものカードたち。
開発がルールを勘違いしていたために、原作の効果を再現するどころかまともに使うことすら出来なくなってしまったカードや――本来はデザイナーズコンボとして設計されたのが明白でありながら、これまたルールミスによってシナジーが0となってしまったカード――あるいは原作から魔改造されすぎて、環境で使われたはいいが元のテーマデッキと関係なくなってしまったカードなど。
「原作とは異なる挙動をする再現カードなんて――
カードゲームではよくあること、だろ?」
きっと、思い当たることがあったのだろう。
楠江は言葉に詰まってしまった。
「くううっ……ッ!」
事態のなりゆきを見守っていた千影が口を挟んだ。
「楠江さん。これは、私の予想なんだけど……楠江さんの使ってた開発者用カードは、全部、楠江さんのおじいちゃん――リチャード・カズキングダムの監修を受けたって言ってたけどさ。《コスモグラフィア・アリストクラティカ》だけは、未監修だったんじゃない……?」
「ど、どうしてそれを」
「だって、テキストの書き方が明らかにおかしかったもの。いかにもオリカ臭いっていうか、スピキャスの書式的にプレイヤーに能力を与えるのって[表徴]ぐらいなのに、キーワードとして[表徴]を使ってないし。それに、リミテッド・ゼロのカードをゲーム外から使えるのは良いとして――あの書き方だと、同名カードを何回もプレイするような挙動を考慮してなかったんでしょ?」
「わ……わたくしが、原作のアスマのカードを再現するというつもりで設計したから――おじい様にはろくに見せずに印刷してしまったのですわ」
開発者用カードは公には販売されていないカード。
そのため、効果の裁定は不明なことが多い。
「(俺がイースの時間停止能力の解釈をミスって、《貯蔵の書》の効果を不発にしてしまったように……)」
これは、その意趣返しのようなものだ。
世界に一枚だけ、楠江のためだけにあるカードが――
今度は楠江を倒すためのキーカードとなる。
「開発者用カードには公式の裁定は存在しない。仮に、特例として原作効果に合わせるための特殊な裁定を出すとしても――今、この瞬間はカードテキストに書かれたとおりの解釈をするしかない。俺はこのターン、宣言したカード名であるアナエルを何度でもプレイすることが可能となる。それにゲーム外からとはいえ、正式にコストを支払ったスピリットの召喚だから、何度繰り返したとしても、プロジェクト・サターンの違法召喚を咎めるミッションは誘発しないんだ」
そして、場には二人のアナエルが存在している。
アナエルの効果は重複するのだ。
「アナエルがリミテッド・ワンとなった最大の原因。場にいるアナエルの数だけ「神造」と名のつくカードのコストは下がる――コスト2のアナエルは、コスト0となる。つまり、ここからは、無料でアナエルを召喚できちまうんだ」
「そんなっ……アナエルが4体も並ぶというの?」
4体? 何を勘違いしているのか。
この期に及んで、楠江は状況がわかっていないようだ。
「同名カードはデッキに4枚までしか入れられない――というのは、あくまでデッキ構築時に参照される構築制限ルールだ。言ってみれば、リミテッド・ワンやリミテッド・ツーと同じ。《コスモグラフィア・アリストクラティカ》でゲーム外からプレイする場合には、その制限は意味をなさなくなる――」
「肯定します。
マスター、今なら10連無料です。
もらえます、SSRアナエル」
「アナエルはSSRじゃなくてURだろ」
スピキャスにSSRなんてレアリティ無いし。
ともあれ、せっかくコスト0で召喚できるのだから――
ここは景気よく、大量に召喚してしまうとするか!
「よし、アナエルを10体召喚だッ!」
「承知しました」
「10連無料」
「10連無料……」
「10連無料です」
「10連無料?」
「10連無料ぉ」
「10連無料☆無料」
「10連無料という説が有力」
「無だ、全ては」
「10連無料ッッッ!!!」
10体追加して、立ち並ぶ12体のアナエル。
「お待ちなさい、主良さまッ! ゲーム外からプレイするとして――このアナエルたちはどこから来たんですの? 閉鎖空間である、この架想結界にこれだけのアナエルのカードがあるはずなんて……!」
「アナエルなら、あるさ」
主良は持ち込んだストレージ・ボックスを開ける。
中から出てきたのはアナエル、アナエル、アナエル。
「ざっと、20枚ちょっとくらいは。無限回収とまではいかないけど――リミ1を食らって弱体化したことで、シングル価格が下がってくれたのは助かった。それでも、イラストが良すぎるせいでそれなりに値は付いてたけどね……ッ!」
「に……20枚もッ!?」
「ふひひ。お兄に、また、お金貸しちゃった……!」
購入費用の一部は、千影からの借金である。
……マジで、早めに返さないとドツボに嵌まる気がする。
「というわけで、さらにもう10連ッ!」
正確には8連だけど。
盤面に20枚のアナエルが並ぶようにする。
これで、勝利に繋がる盤面は構築できた。
「俺は最後に召喚したアナエルの効果を発動――ログイン・ボーナスで、デッキから「神造」と名のつくカードを手札に加えることができる」
「……ッ!? 主良さまのデッキは、シャドウ軸のはず。「神造」のカードなんて、入っているわけがありませんわっ!」
「それは……どうかな?」
カードゲームアニメでは定番のやり取り。
一回は言ってみたかったセリフである。
「俺はデッキから《螺鈿の神造迷宮》を手札に加える」
「そんなっ……! わたくしのデッキから《コスモグラフィア・アリストクラティカ》を奪うことを前提に、「神造」カードをシルバー・バレット(銀の弾丸戦術)していたというのッ!?」
すべては、この構図を描くためにあった。
《コスモグラフィア・アリストクラティカ》を一回でも唱えることができたなら、そこで勝負が着いてしまう状況――チャンスは一度だけ。もし二回目があったとしたら、この裁定は運営サイドにいる楠江に潰されてしまう可能性すらある。
「「神造」カードのコストが20下がっていることで、《螺鈿の神造迷宮》はコスト0で使用可能となる。このコンストラクトを配置して、ターンを終了する――すると、このカード以外に場に存在する「神造」オブジェクトの数だけ迷路踏破カウンターが載って――20個のカウンターが載ったことで、エクストラ・ターンに突入だッ!」
神が作りし生命の似姿である神造が立ち並ぶ、螺鈿の迷宮――深淵怪奇のダンジョンを踏破したご褒美として、プレイヤーには報酬が与えられる。
最大難易度のプライズ、
エクストラ・ターン追加の達成は通常なら困難。
だが、1ターンで20体のアナエルを並べられる状況でなら容易である。
新たなターンを迎えて、アナエルたちのロックが解ける。
スピリットキャスターズでは、スナッチャーを持たないスピリットは召喚されたターンには攻撃できない――だが、エクストラ・ターンでは話は別だ。
攻撃が可能となったアナエルが20体――あとは、殴るだけ。
仮に1ターンキルを防いでも、エンド・シークエンス時には再びアナエルを参照することで迷路踏破カウンターが置かれて、エクストラ・ターンが継続する。
もはや、楠江にターンは回ってこないのだ。
無数のアナエルに囲まれた楠江は、わなわなと震える。
「う、嘘ですわ……たった1枚の《コスモグラフィア・アリストクラティカ》から、これだけの展開が出来ちゃうなんて――ッ!」
「次があるなら……このカードのテキストは、エラッタすることをオススメするよ。とはいえ、その前に使うだけ使いきるのがカードゲーマーの悪いところだけど」
主良の呟きに、
アナエルは頷き、ナラクは苦笑する。
「肯定します。
誕生してしまいました、最強アナエルデッキが」
「フフフ。
ボクたちは、悪いマスターを選んじゃったみたいですね?」
アンティ・デュエル、リベンジマッチ。
勝者は――黒羽 主良。




