第51話 逆襲の主良! 影より出でしは、無限アナエル!(後編)
主良が《"死の怪盗"ナラク》を公開して、
手札に加えた瞬間――
宇宙空間のフィールドの中央に鎮座する、
時計型惑星――イースが無機質な女性の声を放った。
「精霊、感知」
その声に応えるように楠江が叫ぶ。
「そんなっ……あの名探偵を名乗っていたスピリットの正体が、ナラクですって……!? わたくしだって知ってますわ、ナラクは怪盗ですのよ? 名探偵だなんて設定、おじい様が書いたカードのストーリーには存在しませんわっ!」
怪盗ナラク――
鹿の子は、主良の傍らに降り立つ。
「ストーリーなら、あるんですよ。
ボクと主良くんが紡いだ――
カードには書かれてない物語ですっ!」
今思えば、随分とはた迷惑な話だったけど。
「鹿の子さんと一緒に過ごした、
短い時間は……とっても楽しかったよ」
――そうだ、鹿の子さんだけじゃない。
「カードの精霊たちが、俺の元にやって来て――みんな、変な奴ばかりだったんだよな。怪盗のナラクは、自称・名探偵で。歌人のシケイダは、温泉旅館でループしてくるし。破壊サイボーグのアナエルは……純粋で、可愛い女の子だった。みんな、カードのストーリーとは違った。アナエルは、カードの自分は戦うためにあるって言ってたけど……俺はそれだけじゃないと思う。カードゲームが、ただ勝つことを目的とするだけの遊びじゃないのと同じで」
楠江は細い腕に力を込めて、車椅子の腕置きを握った。
その表情は、どこか苦しげに歪んでいる。
「何を、勝ち誇っていますの……!?
主良さまは、まだナラクを引いただけ。
勝負はこれからですわ――ッ!」
いいや、これで終わりのはずだ。
ピーピング(手札を覗き見る)カードから得た情報からの逆算で、楠江の手札は全て透けている――もう、対抗策が無いのはわかっている。
このターンで、決着を着ける――ッ!
「《フロム・ヘル》をキャスト。手札または除外領域からコスト3以下のシャドウをログインさせて、ターン終了時まで疑似スナッチャーを与える――俺が選択するのは手札にある《"死の怪盗"ナラク》です。対応は、ありますか?」
「――ありません。通し、ですわ」
手札から出した《"死の怪盗"ナラク》は、精霊が抜け出したことで絵柄が描かれていない空白カードである。
空白カードを鹿の子に渡すと、
彼女は腕に装着した機械にカードをセットした。
「擬解」
[Dismimic――!]
数えきれないほどに方々へと噴出した影の触手が、鹿の子の全身を包み込み――極端につばの広い漆黒の山高帽をトレードマークにした、紳士怪盗が出現する。
帽子の下で輝くのは、影に覆われた二つの眼。
生ける影、リビングシェイド――
闇のエレメント自体が自我を持った特異存在である。
黒に染まったマントをひるがえし、怪盗ナラクがフィールドに現れた。
「超最悪な運命を予告する――
ボクは貴様のカードを盗む」
対する楠江は、まだ戦意を失っていない。
《フロム・ヘル》の効果に対応して、カード効果を宣言する。
「召喚以外の方法で相手スピリットがログインしたことにより――《プロジェクト・サターン【現行犯逮捕! STOP、違法召喚】》の効果、発動。これで登録者数が5億人増加ですわッ!」
これで遺伝子登録者数トークンは40億人。
あと30億人、登録者数が増えることで――
最強の時間停止スピリット、イースが降臨することになる。
だが、いまさら登録者数を増やしても、もう遅い――ッ!
「バトル・シークエンスに入ります。Dステルスを持つナラクは、場に出てから最初の攻撃時にはガードされません。ナラクで攻撃宣言をします――通りますか?」
「通し、ですわ……」
なら、ここでナラクのサボタージュ能力が発動するッ!
「ナラクの攻撃によってプレイヤーにダメージが与えられた場合、ダメージの代わりにバースト値に等しい枚数のカードを相手のデッキから選んでゲームから除外する――現在のバースト値は2。よって、2枚のカードを除外する!」
楠江のデッキがテーブルを離れて、
花吹雪のように散ったカードが空中に展開されていく。
「これが……楠江のデッキか」
主良はカードを手に取って、
1枚1枚、デッキを構成するカードを確認する。
構築自体はオーソドックスな【波浪遊宙部】をベースにしたものだが――異彩を放つのは、やはり、世界で楠江しか使うことが出来ない強力無比な関係者用カードだ。
《コスモグラフィア・アリストクラティカ》である。
「意外だな。《コスモグラフィア・アリストクラティカ》はデッキに1枚しか入ってなかったのか……世界で1枚だけのカード、ってことかな?」
スペルカードだから、《御手月兎》で引っ張ってくることは出来るものの――これだけ強力なカードなら、もっとデッキに入ってるものかと思っていた。
「言ったでしょう、主良さま。わたくしの持つ関係者用カードは、おじい様に許諾を得た上でスピキャスの世界観に合わせてデザインしている――アルトハイネス王家の札遺相伝、アスマ・ディ・レオンヒートの切札である《コスモグラフィア・アリストクラティカ》は世界にただ一枚だけしか存在しない設定のカードですもの。もっとも、フル投入した《御手月兎》を含めれば5枚体制になりますし――どうせ、このカードをキャストした時には勝ってますから」
指定したカードをゲーム外からプレイ可能となる、前代未聞のカード――本来はデッキに入れることが出来ないリミテッド・ゼロさえも指定できるこのカードを使えば、《波浪遊宙部プロジェクト》で課せられた8つのミッションのうち、どれであろうと達成可能となるのは確かだ。
もっとも――
「どうせなら、4枚投入してくれてた方が話が早かったんだけどな」
「……? 何を、言っているの」
「もしも楠江が《コスモグラフィア・アリストクラティカ》をフル投入していたなら――おそらく、キャストする前にシャドウによるハンデスで除外できた。そうすれば、その時点でゲームの決着は着いていたんだよ」
主良が【闇単除外ハンデス】を選んだ目的――
それは楠江の切札である、
《コスモグラフィア・アリストクラティカ》
をゲームから除外することにあった。
「ナラクの効果で、俺は2枚のカードを選択します。
《チケット・トゥ・コズミックライド》と、
《コスモグラフィア・アリストクラティカ》を、
ゲームから除外――そしてッ!」
主良はインタラプトでスペルを唱える。
「このカードは相手のカードがゲームから除外されたとき、このターンに除外されたカードの枚数だけコストを軽減して、インタラプトで唱えることが可能となる。フィールドスペル発動――《シャドウズ・エンパイア》ッ!」
「うそっ……フィールドスペルですって!?」
スピリットキャスターズの頂点に位置するカードタイプ――フィールドスペル。そのカードの発動はいかなる効果も介入できず、妨害できず、フィールドスペルによって展開される領域効果を打ち消すことが出来るのは、同じ領域だけ。
「ナラクで確認した君のデッキには、
フィールドスペルは入っていなかった……」
「む、無駄ですわよ、主良さま。わたくしの《波浪遊宙部プロジェクト》はゲーム開始時からフィールドに常駐し、効果を発揮し続ける――破壊も妨害も無効化も出来ない、領域と似た性質を持つカード……けれども、あくまで領域とは似て非なる効果である《波浪遊宙部プロジェクト》とフィールドスペルでは、領域の押し合いは発生せず……効果が打ち消されることはありません!」
「俺の目的は、領域の押し合いじゃないよ」
「――まさか。この領域の能力は……ッ!」
《シャドウズ・エンパイア》によってフィールドに付与される領域効果――それは"死の怪盗"ナラクが集めた、罪深き財宝の数々が込められた貯蔵庫。
広大な宇宙空間に、一隻の船が現れる。
ナラクに抱えられて、主良は船の甲板に降り立った。
甲板の足下、船内には――
貴金属、九兆を数える武具・秘宝、神秘なる魔道具が眠っている。
未曽有の予算をかけられた船――
否、空を飛び宇宙を往く要塞は、
黄金の回転翼を広げて羽ばたいた。
滅びた大帝国が遺した影の宮殿。
ナラクは自らの領域に、こう名付けたという――
「多層世界拡張魔術――
[神文死蔵財庫スカイウォーカー・パレス]」
リミテッド・ゼロとなり、ナラクが禁止された後。
主無き時代に実装された飛行宮殿、空位なる玉座に、とうとう、本来の乗り手が帰還したのである。
領域効果の処理を終えて、
主良はバトル・シークエンスを終了させた。
「メイン・シークエンス2に移行します。俺は[神文死蔵財庫スカイウォーカー・パレス]の領域効果を発動ッ! ゲームから除外されているカードを、追加コストを支払うことで手札にあるかのようにプレイできる――更に、持ち主が相手のカードをプレイする場合には、追加コストは不要となり、使用するのに必要なエナジーコストを任意の色として支払うことが可能となるッ!」
「わたくしのカードを除外したのは、そのため……ッ!
闇ハンに、そんなカードがあったなんて」
「本来の【闇単除外ハンデス】ではオーバーキルのカードだからね。君が知らないのも無理はないよ。けれども――唱えただけで勝てるようなカードが相手のデッキに入っているのなら、話は別さ」
代替コストとして光の代わりに闇を支払い、
主良は楠江の除外領域からカードを唱えた。
「俺は《コスモグラフィア・アリストクラティカ》をキャストします」
宇宙の深淵から、光の門が開く。
スピリットキャスターズの全カードが納められた叡智の大図書館。
「(カード名を宣言すれば、何でも使用可能になる……)」
主良が宣言するカードの名は、
とっくに決まっていた。
それは、自らの元から失われたカード。
本来はデッキに一枚までしか入れることが出来ない――
ナラクと同じ、リミテッド・ワンであるカード。
だが、《コスモグラフィア・アリストクラティカ》はゲーム外からカードをプレイ可能とするカードである以上――既にリミテッド・ワンとしてナラクをデッキに入れていた場合でも、ゲーム外からそのカードをプレイすることが可能となるのだ。
そのカードとは、すなわち――
「《次世代神造姫アナエル》を宣言します。
来い――、アナエルッッッッッ!!!!!」
究極の門の向こう側へと、主良は手を伸ばす。
失った相棒の名を、高らかに告げて。
「(既に、精霊が宿ったアナエルのカードは楠江のものだ。それでも――この局面で、俺はアナエルを手にしたかった。それが……勝利に繋がると信じたから!)」
そう、精霊が宿ったカードは既に失われている。
ここで召喚するのは、あのアナエルではない。
それでも、主良は叫び、
この数日間を過ごした輝きを呼び起こそうとした。
驚いたことに――
天は、もう再び見られないと思った恐るべき力で応えた。
「えっ……!?」
門の向こう側から現れたカードは――空白。
カードのイラストから光の球が飛び出すと、暗黒宇宙を亜光速で駆ける銀の流星となって、複雑怪奇に歪む曲線の軌跡だけを漆黒のキャンバスに残しながら、人が瞬きをする間のわずかな刹那に発光し、変形し、真っ白く小柄な姿を取って――主良の胸に、飛び込んでくる!
全身を包むのは、女性らしく蠱惑的な曲線を描くボディラインを強調する、近未来的なシルバースーツ――宝石のように澄んだサファイヤの瞳、ツインテールにまとめられた銀髪に、プルンと小さく突き出された唇――えっ、唇?
「……ッ!」
呼吸が止まり、心臓が止まりそうになり、
血の気が引くような気持ちになった。
以前にも嗅いだ覚えのある、甘い匂いが鼻をくすぐる。
それも、そのはずだ。
目と目が合い、鼻と鼻がぶつかりそうな気配。
他人の顔をこんなに近くに見たのは初めてかもしれない。
主良の全神経は、
自分の口元に触れた、柔らかな人肌の温度に集中していた。
「ぷはっ。あっ、ああっ!」
二、三歩後ろに下がり――
主良はようやく状況を理解する。
唇から伝播した体温は、主良の腹の奥を熱くさせた。
アナエルと――キ、キスしてしまった!?
目の前に立つのは、美しい精霊の少女だ。
氷像のように冷たい無表情は、
まるで、主良を軽蔑しているかのようにも見える。
「ごめんっ! 今のは、その、不可抗力というか……
いや、事故なんだけど……とにかく、ごめ」
「否定します。事故ではありません」
アナエルは再び、主良の胸に飛び込んだ。
クッションのような優しい反発力が、
ガチガチに硬直した主良の全身を包み込む。
「アナエル……!?」
「計画的犯行でした。
とても美味しかったです、マスター。
切札は要求します、おかわりを」
「お……おかわりって」
そうだ、この子ってそういう感じの子だった!
「……しばらく離れてたうちに。
ちょっと、美化しすぎてたかもしれない」
事態についていけない主良を尻目に、
対戦相手の楠江はブツブツと戦況を分析し始めた。
「わたくしが作った架想結界は、外界から遮断されているから――《コスモグラフィア・アリストクラティカ》のカード効果でゲーム外からアナエルをプレイ可能な状況を作った時点で、この閉鎖環境の中で使用できるアナエルのカードが自動で選択されて――わたくしが所持していた精霊の宿るカードが主良さまの元へ行き、アナエルが再実体化したというわけかしら。まぁ、あくまでゲーム中にコントロールが奪われただけで、持ち主が変更されたわけじゃないから、まだ奪われてないし……ふ、ふふふ、ここで勝てばいいだけの話ですわ……というか、わたくしは業務として真剣にデュエルしてるのに、何、イチャイチャし始めてますの? キ、キッス、なんて、わたくしもしたことないのに……というか、殿方とお付き合いしたことだって……。まったく、ラブコメでもしてるつもりなのかしら。あっ、この小説ってジャンルはラブコメでしたわね。ああっ、っつーか、サブタイトルにあった「無限アナエル」って、結局、何のことだったんですのーッ!? ううう、こらぁ、イース、説明しなさい!」
「……次回。期待」




