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第50話 逆襲の主良! 影より出でしは、無限アナエル!(中編)

☆☆☆



「にひひ。やっぱり、顔メタはお兄の十八番おはこだね……っ。オリカ厨の中坊なんて、やっつけちゃえ、お兄……っ!」


「あれ。ちーちゃん、いつの間にいたのですか?」


 出番が来るまで主良しゅらの横で待機していた、鹿しかは――背後から響いてきた、陰湿な笑い声の主に振り向いた。


楠江くすのえちゃんを怖がってたみたいだったので――

 てっきり、ちーちゃんは外に隠れてたのだとばかり」


「こここ、怖くなんてないしっ!

 ほら、今の私はシケイダのマスターじゃないでしょ……?

 この何とか結界は、精霊使いしか入れないって話だったから」


「でも、実際には入れたと。

 ふむふむ。

 ちーちゃんとシケイダの絆は、まだ消えてないみたいですね!」


 漆黒の宇宙空間が広がる、架想結界――

 招かれざる客の登場に、楠江くすのえは眉をしかめた。


「……オリカ厨、とは心外ですわね。わたくしの使う関係者用カードは、いずれもゲーム開発者であるおじい様の承認を得たもの――スピリットキャスターズの世界観に合わせた形でデザインした上で、仮に量産されたとしても、ゲームバランスを極度に壊さないように繊細な調整を重ねたものですのよ。まるで下火でしっかり火を入れながらも焼き色を付けずに、しっとりした柔らかさと水分を保ったまま形を崩さない白焼きのパンのようにね……!」


「ひっ!」


 自分よりも一回り小さい子供の一睨みで、

 千影ちかげはヘビの前のカエルのように縮み上がった。


 怯える様子の千影に、鹿の子は優しげな所作で手を回した。


「よしよし。ちーちゃん、ボクの傍においで。

 名探偵のボクが守ってあげますよ!」


「お、お願い……鹿の子さぁん」


「フフフ。可愛いですねぇ」


 ところで、と鹿の子は訊ねた。


「顔メタが主良くんの得意技、というのはどういうことなのですか? たしか、主良くんやちーちゃんの話では……顔メタというのは本来はマナー違反、カードゲーマーの風上にも置けない外道行為、スポーツマンシップに反する悪辣あくらつなやり口という話だったのでは」


 千影は鹿の子に抱きつきながら、ぽつりとこぼす。


「お兄がまだスピキャスを始めたばっかりの頃なんだけど……お兄はね、執拗に私に対する顔メタを繰り返してたんだよ……。私が使うデッキを見ては、わざわざピンポイントに刺さるようなメタカードを入れてさァ……ねぇ、ひどいと思わない、鹿の子さん!?」


「それはひどいですね。でも……あの主良くんが、本当にそんなことをしたのでしょうか? ボクの知ってる主良くんは、思いやりを持てる子ですし……そうやって、大事な妹であるちーちゃんのことを、いたぶるような真似はしないと思うのですが」


「ううん、いたぶってたのは――

 どっちかっていうと、私かも」


「は?」


 予想外の返答に、鹿の子は絶句した。


「ちーちゃんがいたぶってたって、どういう」


「始めた頃のお兄は初心者で、あまりカード資産が無かったから、結果的にね。それにプレイングもお粗末だったし、構築時点でテンプレがわかってないくせに、生意気にも独自構築から始めてたからさ。普通にやるだけでボコボコに出来ちゃったの……」


「いや、ちーちゃんの方がスピキャスでは先輩ですよねっ!?

 その、手加減とか……しなかったんですか?」


 カードゲームのことになると、千影は別人になる――

 目を吊り上げて、舌打ちまじりに吐き捨てた。


「手加減なんかできるわけないじゃん、ムリムリ! 私、カードゲームに真剣だから。手を抜くとか出来ないの。お兄のことは好きだけど……勝負となれば、そこは別だし。なのに、お兄ったら……プレイングを磨くよりも先に顔メタを始めて、私のデッキをメタるようなカードばかり使うようになったの。そのせいで、私はミスしてないのに、お兄のプレミだらけの猿回しに負けることもあって、くやしかったなぁ……! カドショ出禁になった時みたいに、カード投げそうになったもん。まぁ、アベレージで言えば全然私が勝ってたし、お兄は基本フルボッコにしてやったけど。ひひひ。


 まったくさァ、

 あの時は本当に最悪だったよッ!」


「ちーちゃんが、ですか?」


「えっ?」


 鹿の子の足元から、影の触手があふれだす。

 黒々とした幾つもの腕が、千影の四肢にまとわりついた。


「ひゃ、ひゃあああっ!?」


「ボクの、マスター……

 主良くんをいじめるのは、許さない……

 お仕置き、です……!」


 鹿の子が呟くと、影の触手は人の手の形を取った。


 伸びる影の指先は、千影の胸元に実る豊満な果実をわし掴みにしつつ、柔らかな感触を味わいながら、沈み込む指の痕を残して形を変えるようにもてあそぶ。


 千影の頬は上気して、吐息には色が混じり始めた。


「んっ……はぁ……む、昔の話だからぁ! 今は、お兄も強くなったから全然フリーも成立してるしぃ……ふぇぇ……た、助けてお兄っ! 鹿の子さん止めてぇ……!」



☆☆☆



「何をやってるんだ、鹿の子さんと千影は……」


 楠江に情報アドバンテージを渡さないために、デッキの主役である鹿の子の正体は隠すという計画だったのだが――まぁ、タイプがシャドウであることはイースに感知されてたみたいだから仕方ないか。


 鹿の子たちの乱痴気らんちきさわぎを見て、

 楠江は首をかしげた。


「やはり、シャドウのスピリットのようですけれども……名探偵を名乗るシャドウなんて、いたかしら? ”暴力と退廃の都”における光の騎士、ライトナイト・ディテクティブ――探偵クランにはシャドウは所属していなかったはず……。ふん、まぁ、いいですわ」


 ターン開始時の処理――

 プロジェクト・マーズによる登録者増加を解決する楠江。


「これで、遺伝子登録者数トークンは2億人ですわね」


 登録者数が70億人に達した途端に、

 《波浪遊宙部プロジェクト》に封印されたイースが解放される。


「(「光」と「無」以外の全てのエレメントに対するプリベントと、ライフZという除去耐性――何よりも自分ターン限定とはいえ、インタラプト・タイミングでターンを終了させる効果による疑似的な万能無効。イースの着地を許せば、流石に対応は難しい。それに、《波浪遊宙部プロジェクト》による踏み倒しは妨害も出来ないんだよな。ならば――その前に、決着をつけるだけだッ!)」


 主良は、スピリットキャスターズを始めたばかりの頃を思い出す。



 素行が悪くて、近所のカードショップを出禁になっていた千影。


 そんな千影の遊び相手になりたくて――

 義母さんの連れ子だった千影と、

 本当の家族になってあげたくて――


 主良はスピリットキャスターズを始めた。


 当時の主良にとって、対戦相手は千影だけだった。


 自分よりも、実力もデッキパワーも上の千影を相手にしたところで、当然ながら、まともな勝負は成立しなかった。


「(そんな中で、俺は気づいたんだ……)」


 千影のデッキの弱点となるようなカードを入れれば、相性としては有利となり――実力差が離れていても、勝負が成立するようになると。


 後から考えれば、

 それは身内メタ、顔メタと呼ばれる部類のものだ。


 火単色を相手に、

 《治療の亀カメン・ゲド》をメインから採用するのと同じ。


 だけど、それもメタ・ゲームの一つである。


「(当時の俺にとっての環境は、身内である千影一人だけだった。だからこそ、顔メタはメタ・ゲームとして成立したんだ……今回だって、同じ。本来のメタ・ゲームは競技環境全体を見ておこなうものだけど――精霊同士のバトルをするのは、俺と楠江の二人だけ。それなら、そこで勝利を求める選択肢として、顔メタは間違った手段じゃない)」



 もちろん、楠江が前回とまったく同じデッキを使ってくる保証は無かった。


 だからこそ、どんなデッキが相手でも柔軟な戦術が取れる上で、環境クラスの地力を持っているデッキを、主良は選択したのだ。


 主良が選んだデッキは――【闇単除外ハンデス】。


「ターンをもらいます。

 《影牢城》の効果でシャドウの召喚コストを軽減して――

 《スパロウの影忍》をログインします」


 闇の城塞から現れし、青装束の忍者。


「《スパロウの影忍》に疑似スナッチャーを付与。

 バトル・シークエンスに入ります。

 スパロウで攻撃宣言。

 通った場合、バーストの代わりにピーハンが入ります。

 ……通りますか?」


 相手の手札を除外する、ハンデス能力を持つシャドウのカードを中心にした闇単色のコントロールデッキ――元から環境にはずっといたデッキではあったが、リミテッド・ワンとして往年の強カードである《"死の怪盗”ナラク》が釈放されたことで、強力なコンボが搭載されるようになった。


 このデッキのコンボは、相手のデッキ内容に出力が依存する特性がある。


「(楠江のデッキに、まだ()()()()()が入っていれば……勝負は一瞬だ)」


 《スパロウの影忍》は、相手に攻撃した場合にダメージを与える代わりに相手の手札を公開させて、スピリットまたはスペルを1枚選んでゲームから除外するという手札破壊効果を持っている。


 黒一色の影に転じた忍者が、

 片手をクナイの形に変えて投げ飛ばした。


 空中を駆ける、影の一閃。


 まさに、攻撃が入る直前――車椅子の少女が動いた。


「インタラプト! 《スペース・エンカウンター》を発動いたしますわ」


「……っ! 対応、ありません」


 空に浮かぶ円盤――第三種接近遭遇。

 遠くの星から来た者が、精霊使いに知識を授ける。


「互いのプレイヤーはカードを2枚ドローし、その後、手札を2枚選んでデッキに戻す。さぁ、主良さま。カードをお引きになって?」


 やはり……!

 《影牢城》によるコスト増加だけで勝てるほど、楠江も甘くない。


「ドローします……!」


 《波浪遊宙部プロジェクト》のデメリット効果によって、主良はこのゲーム中、既にカードを2枚ドローしている。

 加えて《スペース・エンカウンター》による2枚のドロー。


 合計で、4枚。


 喜色満面の笑みを浮かべて、楠江が宣言する。


「この瞬間ッ! 《プロジェクト・アース【フォロー&リツイート! レア・メタル一式プレゼント企画】》のミッション達成。デュエル中、わたくしのカード効果によって主良様が合計で4枚以上のカードをドローしたことで――登録者数トークンが20億人増加ですわ!」


 可能性としては、考えていた。

 だけど――楠江がこのカードを採用していたなんて。


「驚いたよ、楠江。《スペース・エンカウンター》……通常構築の【波浪遊宙部】では、プロジェクト・アースのミッション達成のために必須に近いカードだけど。イースのターンスキップ効果で《波浪遊宙部プロジェクト》のドローデメリットを踏み倒せる、楠江のデッキにも採用されてるとは思わなかった」


 "3枚は引いておけ"――

 【波浪遊宙部】デッキと対戦するときの定石である。


 4枚以上のドローはプロジェクト・アースの条件を満たしてしまう。

 逆に言うと、3枚までで留めておけば――

 《スペース・エンカウンター》が無いかぎり登録者数は増えないのだ。


 楠江はくすりと笑い、トークンを積み上げていく。


「不用心でしたわね、主良さま。わたくしがイースだけに頼りきっていると思ったら、大間違いですわよ」


「だが――ハンデスは受けてもらう!」


 インタラプトが解決されたことで、

 《スパロウの影忍》の攻撃処理に移行する。


 スパロウのサボタージュ能力(攻撃の代わりに実行する能力)によって、楠江の手札が公開された。よしっ――目的のカードは、予想通り楠江の手中にあるッ!


「《チケット・トゥ・コズミックライド》を除外します!」


「くっ……っ!」


 《影牢城》のコスト増加は着実に効力を発揮している。

 プロジェクト・マーキュリーの達成は阻止できたようだ。


「本来なら、君は前のターンに《チケット・トゥ・コズミックライド》をプレイして、手札を補充した後で――イースの効果でターンを強制終了させることで手札を戻す処理をスキップして、プロジェクト・マーキュリーの手札8枚以上というミッションを成功させることもできた。だけど、《影牢城》でイースの効果にコストがかかるようになったことで、同一ターンで動くコストが足りなくなり――ハンデスが間に合ったんだな」


「こんなもの……わたくしが、次のターンで引けばいいだけよ!」


 疑似スナッチャーを付与したことで、攻撃が終了したタイミングでスパロウはフィールドを離れて、ゲームから除外される。


 相手の手札を除外しつつ、自身も除外されるシャドウの特性。

 こうして除外領域にカードを貯めていくことが、このデッキの戦略目的だ。


「俺はこれでターンを終了します」


「わたくしのターン!

 プロジェクト・マーズの処理を実行して――

 ドローですわ!」


 前のめりな気勢とは裏腹に、ドロー後の表情は冴えない。


「光エナジー2コストで、

 イースの効果を起動。ターンをスキップしますわ」


 ――ブラフでも無さそうだ。


 《チケット・トゥ・コズミックライド》は、飛んでこなかった。


「(()()()は避けられたみたいだな)」


 重要な場面で、望むカードを引き当てる――

 トップデッキによる今引きが、ハンデス側としては一番怖い。


 もっとも、ドローに懸けるのはこちらも同じだが。


「(頼むぞ、鹿の子さん……!)」


 ハンデスを交えて遅延しつつ、

 タッチで投入した無色による妨害を挟んで、

 楠江のミッション達成を阻んでいく攻防。


 今引きに怯えながらも、

 着実にアドバンテージを稼いで主導権を握る。


 しかし――


「ミッション達成!

 プロジェクト・ウラヌスで登録者数が10億人増加――

 これで登録者数は、35億人ですわよ!」


 それでも、じわじわと伸びていく登録者数に、

 主良の背筋に寒気が走ってきたところで――



「(来た――――ッ!)」



 主良は絶好のタイミングで、カードを引き当てた。


「《スニーク・スネーク・ハンド》をキャスト。

 デッキからシャドウをサーチします」


「シャドウ専用の、万能サーチですわね……。

 通しますわ」


 デッキに潜入する、影の手先。

 この状況で最も必要なシャドウをサーチする。


 必要となったのはゲームを終わらせるもの――

 言うなれば、フィニッシャーである。


 手札に加わるのは、孤高のリミテッド・ワン。

 かつては、デッキに1枚も入れることが許されなかった者。



 元リミテッド・ゼロは獄門を破った。



 暴力と退廃の都、アルフィー・ヴィクトリアにおいて――

 ならず者たちの悪徳に染まりながらも、

 その心を闇に堕とさなかった一人きりの義賊。


 正義の大怪盗――

 

「《"死の怪盗"ナラク》を、手札に加えます」

 

 先に精霊の手をつかんだのは、主良の方だった。

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