第49話 逆襲の主良! 影より出でしは、無限アナエル!(前編)
「ゲーム開始前に、
《波浪遊宙部プロジェクト》を宣言しますわ」
楠江が使うのは、
ゲーム開始前から展開される特殊なカードである。
周囲の架想結界に宇宙空間が投影された。
暗黒の大海原に光る、8つの惑星。
プロジェクト・マーキュリー、
プロジェクト・ヴィーナス、
プロジェクト・アース、
プロジェクト・マーズ、
プロジェクト・ジュピター、
プロジェクト・サターン、
プロジェクト・ウラヌス、
プロジェクト・ネプチューン――
8枚のプロジェクト・カードから出現した星々は、デッキから選択された1枚のスピリット・カードを中心にして、大周りを描いて周回し始める。
それらの惑星周期の中心に位置するのは――
《『銀色の瞳』時空観測隊員イース》である。
「(よし、ここまでは前回と同じ)」
主良はこっそりと息を吐いた。
楠江のデッキは外部に情報が漏れていない関係者用カードをふんだんに使った、初見殺し特化のデッキ――リベンジ・マッチでは、顔メタを避けて全く異なるカードを使ってくる可能性もあった。
そのため、主良と千影はナラクを採用した上で、顔メタだけではなく、総合力も考慮してビルドしたデッキを用意してきたのだが――
「(やはり。楠江にはそれほど余裕があるわけじゃないんだな)」
前回は精霊を賭けたアンティデュエルという特殊な状況に翻弄されて、主良も冷静さを欠いていたが……精霊を用いたバトルをすると考えた場合、イースのマスターである楠江はそれほど有利な立場には無い。
「(あのカード……イースの性能はピーキーすぎる)」
楠江の精霊であるイースはコスト99という馬鹿げた設定を持っている上に、通常のカード効果では場に出すことができない。
そのため、《波浪遊宙部プロジェクト》のミッションを達成して踏み倒すことでしか活用する方法がないのだ。
【波浪遊宙部】以外のデッキにイースを入れた場合には、場に出す方法は存在せず、せいぜいが手札コスト程度にしかならない――だが、そういった運用をするのは、精霊同士の絆が問われるバトルでは致命傷となるはず。
謎の大企業の命を受けて活動する、
正体不明の精霊ハンター。そんな風に思ってたが。
主良は楠江の姿をあらためて凝視した。
車椅子に座した少女の体躯は、幼く、小さく見える。
「なぁ、楠江。君って、たぶん中学生くらいだろ? それなのに、なんとか室の室長って……どうして、罪園CPの社員みたいなことをしてるんだ?」
「……わたくしを子供と、馬鹿にしていらっしゃるのかしら。不愉快ですわ。罪園にあまたいる構成員の中で唯一、精霊を意のままに操ることが出来るのは、このわたくしだけ。こうして精霊使いを架想結界で隔離して、カードを封印処置する方法を確立できたのだって、わたくしの才と知恵があってのこと。わたくしは、あのリチャード・カズキングダムの孫娘ですのよ? 優れた者は、優れた役割を果たす必要があるの。年齢だって、身体が自由に出来ないことだって、関係ないのよ――クリスマスのために用意したシュトーレンが、ほんの小さな一かけらだけで、一食分のカロリーを持っているようにねっ!」
「シュトーレンか。美味しいよな……去年のクリスマスには、千影と二人で分け合った。見た目ではわからなかったけど、中にはドライフルーツもぎっしり入っててさ。甘くて……ちょっと甘すぎたぐらいで。一口だけで、あんなに重いとは思わなかったよ」
「主良さま……?」
「今年のクリスマスには、アナエルも食べるんだ。そう決めた――悪いけど、君の仕事の邪魔をさせてもらう。このバトルは、俺が勝つ」
「――っ! このわたくしが、させると思って!?」
互いにデッキをシャッフルし、テーブルに置く。
楠江の頭上には、時計惑星となって浮遊するイース。
主良のかたわらには、探偵姿の鹿の子。
鹿の子は人差し指を唇に当てて、微笑む。
「ボクの本領発揮は、まだ先。相手に情報は与えない――まずは、主良くんのお手並み拝見ですねっ?」
「ああ。行こう、鹿の子さん!」
ランダマイザがターン・プレイヤーを決定する。
先攻となったのは――主良だ。
「闇エナジーをチャージ。
《影牢城》をプレイして、エナジーを要塞化させる」
「なっ……《影牢城》ですって!?」
影で構成された巨大な楼閣が立ち上がる――夜空を突き上げるは犯罪組織アラキ・シンジケートの本拠地たる、魑魅魍魎跋扈する陰謀の分水嶺。
「ターン終了だ。さぁ、楠江のターンだよ」
《影牢城》――シャドウの召喚コストを軽減させる初動カードであると同時に、互いの場に存在するオブジェクトの起動型能力のコストを無色2エナジー分だけ増加させるメタ・カードである。
「楠江のデッキは《波浪遊宙部プロジェクト》のデメリットを、イースの持つ時間停止能力を使ってエンド・シークエンスごとスキップさせることで成立している。だけども――」
「……ターン、エンドですわ」
「この瞬間、《波浪遊宙部プロジェクト》の効果が発動! 俺はカードを追加ドローできる――デッキからカードを1枚ドローするよ」
天に鎮座する星々がまたたき、
主良の元にドローという叡智をもたらした。
旧神復活計画、波浪遊宙部プロジェクト――背景ストーリーでは、計画を達成するためにコスモ・コングロマリットたるザイオンは、企業内部留保の6割を放出したとされている。
相手にも利益をもたらす諸刃の剣。
これまで踏み倒してきたデメリットが、楠江に牙を剥く。
「よくも……イースの起動効果にも《影牢城》のコスト増加が加算されるために、このターン、わたくしはコスト不足でイースの能力を起動できず、ターンをスキップできない。主良さまのデッキ……わたくしを倒すためだけに構築してきたんですのね……!」
「君は精霊を封印処置するためにアンティデュエルを繰り返してきた。君にとって、精霊同士のバトルはゲームではなく、仕事だった。そのために初見殺しの極致となるデッキを組み、BO1の一発勝負でケリをつけてきたんだ――だから、きっと、いなかったんだろう? 君のデッキを知った上で、対策を打ってくるような対戦相手は」
だけど、カードゲームには無敵のデッキなど存在しない。
どんなデッキにも、弱点はある。
だからこそ、強いデッキが出回れば、対策も洗練されていく。
「デッキ間の相性差が生む、ゲーム外のゲーム。
君のおじいさんは、それを”メタゲーム”と呼んでいたんだ。
楠江……本当のカードゲームは、ここからだよ」




