第48話 パン屋初襲撃
翌日――三連休、最終日。
カードの精霊・アナエルがやって来てから始まった奇妙な日常も、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。
都内某所、ハングリー・ベーカリーにて。
ゴシック調の黒いドレスを着た少女は、
車椅子の向きを変えると、
パンを掴むためのトングを神経質に鳴らした。
「わたくしも特命顧客相談室・室長として、クレーマーの処理には慣れてきたつもりでしたけれども――まさか、電話やメール越しではなく、プライベートにまで凸してくる迷惑客がいるとは思っていませんでしたわ。いいえ、これほどの蛮行に打って出ると言うのでしたら、もはやお客さまではありませんわね……主良さま。どこで、このお店を知ったんですの?」
「車椅子に乗った、お人形さんみたいに綺麗な金髪の女の子――というだけで、君は他よりも目立つんだよ。パンが好きなのは話していたし、それだけ情報があれば手がかりとしては充分だ。こっちには……名探偵がいるんでね」
――ランチタイムに間に合ったのは、名探偵の手腕のおかげだ。
主良の隣で、探偵姿の鹿の子が一礼した。
「ご依頼なくとも、おせっかい。
名探偵、春井夏 鹿の子――
ボクがいるかぎり、世に悪の種は栄えません」
「……嫌な匂いがする女ですわね。
まるで製菓用のバニラエッセンスのように、
わざとらしい甘ったるい匂い……
イース、どう?」
車椅子の少女――楠江の背後には、長い白髪で片目を隠した、長身の女性が立っていた。
クラシカルなデザインのロングスカートとエプロンドレスを模した、中世ヨーロッパのメイドを思わせる服装をしている女性――だが、2メートル超の長身から判断するに、おそらくは人間ではなく、楠江の精霊であるイースなのだと主良は判断した。
前回は主良たちを奇襲するためにDステルスで姿を隠していたが、非戦闘時の日常では、こうやって楠江の身の回りの世話をしているのかもしれない。
メイド服姿のイースは、主の問いに短く応えた。
「闇エレメント、検知。
推定、シャドウ。
――処置。提案」
「では――回収を実行しましょうッ!」
楠江が指を鳴らすと、イースが両手を広げる――その瞬間に、周囲にあったパン屋の風景は、何もない白い空間へと塗り替わった。
架想結界の展開――
精霊同士のバトルの合図!
「話が早くて助かるよ、楠江。アンティデュエルなら、こちらから仕掛けようとしていたところだった。俺と千影の精霊を、返してもらう」
「アナエルとシケイダを取り戻すため――この短時間で、また新たな精霊を見つけて契約してくるなんて。主良さまは、ずいぶんと精霊におモテになりますのね。うふふ、わたくしにとっても好都合ですわ……!」
楠江の背後で、イースが髪の毛をかき上げた。
長い白髪に隠れていた片目は空洞になっており、中には無数の歯車が回転していた――その複雑な内部機構を保護するように、イースは黒い眼帯を取り付ける。
メイド服は貫頭衣のような白い戦闘装束に変化し、右腕には何重にも黒いベルトが巻かれて、それぞれに異なる時を刻む時計が出現していく。
戦闘態勢――イースは精霊としての本性を見せた。
「新星」
[【Yith】ッ!]
イースの背中から大きな翼が広がり、翼が前面へと広がると、イースの全身を包み込んで球体のような形へと変形していく――空に浮かび上がる姿は、まさしく宇宙空間にただよう機械惑星の模型――巨大な球体時計となり、時を刻む装置と化す。
デッキを取り出した楠江は、
アンディデュエルのルールを説明する。
「ルールはわたくしスペシャルルール! 特殊構築レギュレーションとして、互いに精霊のカードを採用し、BO1の一本勝負でゲームを決める。それ以外は通常のデュエルと同じ。アンティの条件として……わたくしが勝った暁には、主良さまの精霊を回収させていただきますわ」
「異存は無い。ただし……俺が勝ったら、アナエルとシケイダは返してもらう!」
「まぁ。そちらが差し出すのは1枚なのに、こちらから2枚を要求するなんて……ずいぶんと欲深いこと。かまいませんわ。どうせ勝つのは……わたくしなのだから!」
自信満々の楠江。
その牙城を砕くべく――主良は鹿の子と頷きあった。




