第45話 怪盗ナラク、再び
カードショップ『オネスト』にて。
「よかった、まだ残ってた!」
主良は目当てのカードを購入する。
買ったカードの名は――
「《”死の怪盗”ナラク》……?」
と、千影は怪訝な顔をする。
「お兄、【闇単除外ハンデス】でも組むつもりなの? たしかにナラクのリミ1緩和でシャドウ軸は強化されたけど……別に、わざわざ高騰してる初期版の美品なんて買わなくても、プライズパックで再録されてるのに……」
千影の疑問はもっともでもある。
しかし、このナラクはただのカードじゃない。
精霊が宿るカード――
今の状況では、唯一の希望となるカードなのだ。
「このカードじゃないとダメなんだよ。
それよりも、千影……
お金、貸してくれてありがとな」
ほんのりと頬を赤くして、千影はニヤついている。
「ふぇ……ううん。お兄が返せるときに、返してくれたらいいから。……なんか、クセになりそうかも……ふひひ……お兄の弱み、握ってるみたいで……」
なにか、いけない扉を開いてしまっている気がする。
「……できるだけ、早く返すから」
「ふへへ。もっと貸したげるよ……?」
「大丈夫だからッ!」
ありがたいは、ありがたいけど。
千影の教育に良くなさそうだ……。
そんなわけで自宅に帰り、早速――
主良は、神頼みをすることにした。
「頼む、鹿の子さん!
俺に力を貸してくれ!」
机の上にナラクのカードを置いて、
主良は平身低頭の姿勢を取って拝むようにする。
「ふぇ、お兄……何、してるのぉ?」
「千影も『礼』だッ!
今は鹿の子さんしか、頼れる人がいないんだから!」
かくかくしかじか、と千影に事情を説明する。
「うっうーうまうま、ね……わかったよ、お兄……」
「わかってくれたか……!」
「うん。わかった……私が見てないうちに、またお兄が精霊の女の子をつかまえて、こっそりとイチャついてたってことが……っ!」
主良がカドショで出会った名探偵――
春井夏 鹿の子の正体は、
”死の怪盗”ナラクの精霊だった。
色々あって、ナラクは元々のマスターとの絆を失い、カードに戻ってしまったものの――このカードには依然としてナラクの精霊が――鹿の子さんが宿っているはず。
「俺が鹿の子さんの新しいマスターになれば――
きっと、鹿の子さんは戻ってくる……!」
「うーん。でも、それって……アナエルを取り返すために、ボクを利用するってことじゃないですか? お金で女の子を買って、自分の目的のためだけに使い潰すなんて……可愛い顔して、主良くんも意外と悪どい男の子ですよねぇ……」
「いや、これは不可抗力で……って」
「うわっ、誰ぇ!?」
気づくと、
テーブルのカードからは絵柄が消え失せて。
主良と千影のかたわらには、一人の女性が立っていた。
再び姿を現した、春井夏 鹿の子――
人間の見た目になったナラクは、
以前とは、まるで違う空気をまとっていた。
艶やかな黒髪は、短いボブカットに切り揃えられている点は変わらないものの、光を含んだその質感には、かつての少年めいた印象よりも落ち着いた色気がにじんでいる。
主良よりも年上である――ということを意識すると、その立ち姿と佇まいにも余裕を感じてしまう。
そして、服装。
名探偵を名乗っていた頃のコート姿とは対照的に――スレンダーな身体のラインにフィットした無駄のないデザインの漆黒のボディスーツに、瀟洒な色合いで彩られたワインレッドのマントを羽織っている。
きっとこれが、怪盗ナラクとしての正装なのだろう。
白い手袋を着けた指先を唇に添えて、
怪盗淑女は口元を歪める。
「まったく、お説教が必要かもですね? ボクはこれでも、アルフィー・ヴィクトリアの裏社会において、海千山千を乗り越えてきた百戦錬磨の悪党なんですから。そう簡単に、主良くんみたいな子供に利用されるような、チョロい精霊では……」
「鹿の子、さん……!
よかった、また会えて……ッ!」
「ちょ、主良くんっ!?」
もう、会えないと思っていた。
突然、いなくなってしまって――
本当はもっと、言いたいことがいっぱいあったのに。
「鹿の子さんが戻ってきてくれるかどうか、半信半疑だったけど……もう一度、鹿の子さんに会えただけで、俺、嬉しいよ。他人のこと、勝手に助手とか言って巻き込んだくせに……いきなり、消えちゃうもんだからさ……っ!」
「あ、えと、ご、ごめんなさい。
ボク、なんかもう破れかぶれになっちゃって……」
――鹿の子の様子がおかしい。
さっきまでの凛とした雰囲気はどこへやら、
何だか、ふにゃふにゃしている。
「鹿の子さん?」
「主良くんには、アナエルがいるのに。
あのまま主良くんと一緒にいたら、
なんだか、変な気持ちになりそうだったので……」
ううう、と鹿の子はもじもじし始める。
「それで……主良くん。主良くんが、ボクのマスターになってくれるって、さっきの話……それ、ホントです? ボク、前のマスターに捨てられちゃったのに」
「ああ。鹿の子さんの助手である俺が、今度はマスターなんて……変な話だけど。いいかな?」
主良が差し出した手を――
白い手袋を着けた手が、しっかりと握った。
「ふ、ふぁいっ!
ボクなんかで良ければ……お願い、しますっ!」
「ありがとう、鹿の子さん!
俺こそ、頼りないマスターだけど……よろしく!」
この上なく、心強い味方ができた。
名探偵ならぬ、正義の大怪盗。
探偵と助手という関係は逆転し――
怪盗とマスターに反転する。
ナラクと絆を確かめ合う主良のかたわらで――
☆☆☆
ちっ、と千影は舌打ちをする。
「……なんか。また女が増えてるんだけど」
☆☆☆




