第43話 絶望のアンティデュエル! 脅威の時間停止スピリット!(後編)
ターンを終了する、という――
既存のスピリット・キャスターズには無い効果処理。
楠江が操るイースの力に常識は通用しない。
「このターンのリロール・シークエンスに――
《貯蔵の書》をプレイします」
主良がカードプレイの処理をネットに乗せると、
「では対応して、イースでターンを終了させますわ」
「なんだと……っ!?」
「ターンが終了したことで、
未解決のカードは全て墓地に送られますのよ」
「そ、そういう処理になるのか――!」
ネットに置かれて解決を待っていた
《貯蔵の書》は、未解決のままで墓地に送られる。
「(イースの効果……思った以上に厄介すぎる)」
イースが《波浪遊宙部プロジェクト》の下に敷かれているかぎり、楠江は自分のターンをいつでも終わらせることができる――つまり、ターン終了というデメリットを呑みさえすれば、楠江は自分のターン中にインタラプトされた相手カードをノーコストで無効にできるも同然なのだ。
自分ターン限定のノーコスト万能妨害――
いや、それだけではない。
「わたくしのターンが終了したことで《チケット・トゥ・コズミックライド》でドローしたカードをデッキに戻すタイミングは失われますわ。このまま主良さまのターン開始時となり、わたくしの手札は8枚あるので――《プロジェクト・マーキュリー【全知の図書館、読破してみた】》のミッションを達成。登録者数が30億人増加ですわ~~~っ!」
「くそっ……!
イースの効果はそこまで考えて……!?」
主良が操る【ビブリオマン】は出力・安定性ともに環境トップのデッキと言っていいはず。それでも、イースという未知のカードを軸にした【波浪遊宙部】の動きが読めないために、常に裏目を引かされ続けている。
「(カードゲームでは……わからん殺しが一番怖い!)」
イース軸の【波浪遊宙部】は既に登録者数30億人超の大台に乗っていた。通常の【波浪遊宙部】ではありえないスピードのミッション達成率である――あと、何ターンでイースが着地するのか予測できるものではない。
「(ミッション達成による踏み倒しには、妨害は通用しない……こうなったら、対面とのやり取りには付き合わず、デッキパワーで圧殺するしかないか)」
ギリ、と歯噛みする主良をアナエルが覗き込む。
「マスター……」
「安心して、アナエル。
君を……失ったりは、しない……!」
手が震えようとしているのを、必死に抑えた。
【ビブリオマン】なら何度も回してきたじゃないか。
冷静になれ。判断をミスるな。
楠江だって、ミッションを達成するのに必死で余力は無いはず。
「うふふふふふ」
ところが、対面の楠江は――余裕そのもの。
くそっ、
それもそのはずだっ!
楠江は負けてもシケイダを返すだけで、失うものはない。
だが――こちらには、アナエルの身が懸かっているのだ。
「ターンもらいます。
リロール、エナジーチャージ」
焦るな。落ち着け、主良。
息を整え、最高効率でのデッキ回しを目指す。
《神造核》による墓地回収を絡めながらパーツを集めて、小型でライフを詰めつつ、手札を補充していき、5ターン目には《跳躍の書》《貯蔵の書》《太陽の書》《王者の書》を揃えていく。
「四種類の【書】を墓地から除外することで――
《獅大衆監視塔-パノプティコン・レオ-》をログインします!」
「よくってよ、主良さま。では、召喚以外の方法で相手スピリットがログインしたことにより――《プロジェクト・サターン【現行犯逮捕! STOP、違法召喚】》の効果により、登録者数が5億人増加ですわ」
サターンの効果が誘発するのは読んでいた。
これで楠江の登録者数は39億人を達成――
イース降臨まで、残り31億人。
タイム・リミットが迫る。
だが、その前に楠江を倒せばいいだけのこと。
「バトルです。パノプティコン・レオで攻撃!」
「ライフで受けますわ。まったく、
激辛を売りにしたカレーパンのように激しいですわね」
パノプティコン・レオがいるかぎり、楠江はガードするためのスピリットを展開することが出来ないはず。手札の無色カードを切ることで、除去を受けてもライフZを重ねがけして回避可能――次のターンに再びパノプティコン・レオで攻撃することで、確実に勝てるはず……!
「(頼む……!)」
祈るようにターン終了を宣言すると――
楠江は妖艶な笑みを浮かべた。
「わたくしのターン。
プロジェクト・マーズの効果で1億人をプラス。
――うふふ。主良さま、これで終わりですわよ」
「……口三味線かな?」
動揺を抑え込んで、主良は声を張った。
――ありえない。
このターンで30億人以上の登録者数を達成するには、最大で30億までトークンをプラス出来るプロジェクト・ジュピターのミッションを達成するくらいしか方法は無いはず。
何か、あっただろうか?
このターン中に、
ジュピターの条件を満たせるようなカードが……?
「あっ……」
一枚のカードが頭に思い浮かんだ。
千影も同じ考えに至ったのだろう――
小さく、そのカード名を呟く。
「《妄執の大地》……?」
だが、ありえない。
《妄執の大地》は歴代のエナジー加速カードの中でも最強のカードであり――その強すぎる性能故に、禁止制限改定導入直後からリミテッド・ゼロに指定されている。
リミテッド・ゼロ――
すなわち、デッキに1枚も入れることができないカード。
いくら開発者用カードを操る楠江とはいえ、リミテッド・ゼロのカードをデッキに使うことはできないはずだ……と、主良は考えていた。
「嘘だろ……!?」
楠江が、二枚目の開発者用カードを使うまでは。
「スペルカード、発動ですわ――
《コスモグラフィア・アリストクラティカ》ッッッ!」
コスモグラフィア・アリストクラティカ――
その名前には、聞き覚えがあった。
スピリット・キャスターズの原作ストーリーにおける最強のデュエリスト、アスマの切札であり――そのあまりにも強力すぎる性能から、未だにカード化していない伝説のカードの名だ。
「関係者用には、発行されてたってことか……!」
《波浪遊宙部プロジェクト》の効果により周囲に展開していた暗黒の宇宙空間に、一筋の亀裂が走る。亀裂の先からあふれ出すのは光の奔流。無数の本棚が浮遊し、空中を回遊するセラエノの大図書館――そこにあるのは無限の叡智。
楠江は前代未聞のカード効果を宣言する。
「《コスモグラフィア・アリストクラティカ》の発動時――わたくしはカード名を1つ宣言し、このターンのあいだ、指定したカードをゲーム外からプレイすることが可能になりますの(※コストは支払う)」
「ゲーム外からカードをプレイする……サイドデッキや除外領域からの回収じゃなく、自分が所有している全カードから、自由に指定できるのか!?」
「そのとおりですわ。たとえ、リミテッド・ゼロのカードであってもね」
リミテッド・ゼロはあくまで構築にかかる制限である。
最初からデッキに入っていないカードが――
ゲーム中にプレイ可能となる場合は、考慮されていない。
「わたくしが宣言するカード名は……
《妄執の大地》ッ!」
車椅子の少女が伸ばした、たおやかな指先に――本棚空間から1枚のカードが飛来する。楠江は慣れた手つきでカードをキャッチすると、そのまま盤面にカードを置いた。
「《妄執の大地》の効果発動――この効果により、自身のエナジー枚数に等しいカードをロール状態で新たにチャージしますわ。これで合計エナジー数は、10枚。《プロジェクト・ジュピター【大散財企画♪宇宙一の豪邸を建ててみた】》のミッション達成。登録者数が30億人プラスされたことで――ミッション・コンプリート。時の狭間において、封印されていた我が忠実にして最強のしもべが、ここに降臨するッ!」
巨大な時計惑星に、動きがあった。
轟音を立てながら、
全可動部分に仕込まれた歯車が回転していく。
惑星の外殻は卵のように割れて、
駆動アームによって展開していき、
やがて半球状の巨大な白い翼に変形した。
外殻の中から現れたのは、
体育座りをした巨大な人型のスピリットである。
白い肌に白い長髪、
全身には天女の如き羽衣をまとっている。
時計型の紋章が描かれた眼帯に右目を隠し、
もう片方の瞳は銀そのものの輝きを見せていた。
体躯も、腕も、脚も、胸も、その全てが規格外。
巨大な女性型スピリットが立ち上がると、
右腕には何本も黒いベルトが巻かれていることがわかった。
ベルトにはそれぞれ時計がセットされている。
一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、
十一、十二――全ての時計が異なる時間を示していた。
これが楠江のエース・スピリット――
《『銀色の瞳』時空観測隊員イース》ッ!
出たら勝ち、のスピリットが……
出てしまった。
「バトルですわ。
イースで主良さまを攻撃……」
プリベント(地)がある時点で、
地のスピリットではガードできない。
仮にそれがなくても、
Dステルスや飛翔といった回避能力がある。
イースの攻撃を阻む手立ては存在しなかった。
「……通ります」
「セカンドストライクでダメージは倍。
20バーストのダメージで、
わたくしの勝ち……ですわね」
アンティデュエルは終了した――
主良の、敗北で。
精霊同士のバトルが終わったことで、
宇宙空間のフィールドは消失する。
気づけば、元の白い部屋に戻っていた。
「……ふざけるな」
負けた。
こんな、方法で?
納得がいかない。
「こんなめちゃくちゃな開発者用カードで……いくらなんでも、汚いだろ! そんなカードを使われたら勝てるわけがない。楠江、お前どういうつもりで――!」
食ってかかろうとした主良――
その前に、人間大になったイースが立ちはだかる。
「静止、要求」
「くっ……!」
デュエル中は惑星大だったイースだが、人間大になってもその巨体は人間離れしている――身長は2メートルほどあるだろうか。
全身に悪寒を覚えるような威圧感を感じ、
主良は思わず立ち止まる。
「回収――」
イースはボディガードのように楠江の前に立ち――
こちらに向かって手をかざす。
「マスター、危ないっ……!」
「アナエル!?」
主良を庇って、飛び出すアナエル。
イースの右腕のベルトが伸びて、触手のように踊りかかる――その目標は主良ではなく――アナエルに向かって伸びていく。
「なっ……!」
「主良さま。このバトルが公正なものでは無かったことは謝罪いたします。わたくしにとって、これは最初から勝負ではなく……業務。本来は存在してはならない不良品――精霊が宿ったカードを回収し、予期せぬトラブルを回避することが目的。おじい様に無理を言って、開発者用カードを刷ってもらったのも……そのため。わたくしには確実な勝利が必要でしたのよ――ブールのように、丸い勝利がね」
「安心、します。
マスター……
無事で、よかった……です」
黒いベルトに包まれたアナエル。
精霊同士のバトルのアンティが果たされたのか――
主良と千影の元から、空白カードが飛び出していく。
「アナエルッ!?」
「シ、シケイダ……?」
空白カードが光り、絵柄が現れる。
いつの間にか、
黒いベルトに包まれていたアナエルは消失した。
「そんな……アナエルが、カードに?」
白い部屋の空間はかき消されて、
周囲の光景は自宅マンションに戻っている。
楠江はローダーを取り出して二枚のカードを収めると、代わりにアナエルとシケイダのカードを差し出した。精霊が宿っていない、代替品――アナエルの絵柄は元と同じシークレット版のカードだ。
見た目は同じ――
でも、これは主良のアナエルじゃない。
主良がパックから引いて――主良の元に精霊として現れて――ここ数日を、共に過ごしたアナエルとは違うカードだ。
見れば見るほど、同じに見えるのが――
くやしくて、たまらなかった。
「では、ごきげんよう。
主良さま、千影さま。
今後ともスピリットキャスターズをご贔屓に」
「退去」
車椅子を押し、楠江とイースが去った後も――
主良は動く気力がわかない。
そのまま立ち尽くしていたところで、
千影がようやく呟いた。
「ねぇ、お兄……。
シケイダも、アナエルさんも……戻ってこないの?
精霊って……なんだったの?
ふ、ふぇ……」
耐えきれなくなったように、千影が涙をこぼす。
ごめん。
俺が、負けたから……。
負けちゃいけないのに、勝てなかったから。
泣きじゃくる千影の肩を抱き、
主良は、己の弱さを殴り殺してやりたいと思った。




